●準備
「北条さんとは、久々に一緒だな。よ、よろしく頼む」
人喰い虎が出た廃工場の入口で、酒井・瑞樹(
ja0375)が北条 秀一(
ja4438)へと言う。
「こちらこそよろしく。今回はどうにもふざけてはいられない形状か……かなり厳しい戦いになるな」
中に入る前の準備として瑞樹は窓や出入口の場所を確認しているようだ。
そして秀一は建屋から敵が透過して逃走するのを防ぐ為に阻霊符を構造物に貼り付けている。
ちなみに自分が持っていないと効果は発揮しなかったりするがやはり言わないでおこう。
中から漂う鉄錆のような臭いの死臭に山木 初尾(
ja8337)は顔を青ざめる。
(この臭いは嫌いだ……亡くなった人に連れて行かれる気がする……)
死んだら楽になりはするだろう。しかしやり直す事は出来ない、たった一度の人生なのだから。
「人喰い虎、か……虎狩り、ですね」
周囲を警戒しつつ夏野 雪(
ja6883)は出入口付近から顔を覗かせて中を覗き込もうとする。
同じ様にレイ(
ja6868)も虎を探すべく、顔を近づける。
すると中から声が聞こえてきた。
「モフモフー、ねー遊ぼうよー! むー……っ、何だか今日のモフモフ変だよー?」
レイにはお馴染みとなった悪魔が下僕である虎に声をかけ、遊ぼうとしているのが見えた。
しかし主の命令を聞くつもりが無いのか虎は無視してその場に立つ。
それはまるで、自分達は何時でも倒す事が出来るという様にも見えた。
「ぉ〜……こりゃまたデッカイ虎ちゃんだ……。ん、家? ホームレス……にしちゃぁ、変だね。どっちかっつーと……アレ用?」
レイと雪が見ている所にL・B(
jb3821)が増え、巨大な虎に驚きの声を漏らした。
兎に角、これで敵の様子は知る事が出来た。
後は戦うだけであった。
●人喰い虎の仕留め方
8人の撃退士達が光纏すると共に工場内へと突入した。
逃げられない対策として、エルム(
ja6475)が光纏した直後、阻霊符を発動させ透過能力を無効化する領域を展開させた。
「わはー、こっわぁいのが出てきたんだよっ……でも、ふゆみ負けない!」
新崎 ふゆみ(
ja8965)が巨大な虎を見て漫画とかでありそうな感じに決めポーズを取った。
そして、骨のある敵の訪れに虎は高らかに吼え、工場が揺れた。
「あの口でガブリンチョ……とはされたくないもんだよっ、と……おいでダイナ!」
軽口を言いながら、L・Bはストレイシオンを召喚する為にカードを飛ばし、飛ばしたカードが光るとそれは召喚され……幼くも勇ましい青き竜が現れた。
「う……、血の臭いが残ってる。最悪だ……死にたくなる」
工場内に充満する臭いに初尾が嫌な顔をしながら、遠距離から護符を構え雪の玉を直線的に放つ。
同時にエルムが朱色の刀身が特徴的な日本刀を構え、虎の周囲を回るように移動し出来た死角から横薙ぎの一撃を振るう。
だが、束ねられた針金を斬る様な重い感触に刀は戻されてしまった。
「……補足しました。推して参ります!」
突きに移ろうとした瞬間、雪が叫び魔法書を開くのが見えた。
「魔法を使います、注意を! 秩序を乱すモノ、平和を侵すモノ、裁きを受けるがいい!」
言葉と同時にエルムがバックステップで後ろへと下がった。瞬間、虎の立つ位置の中空に光球が生み出され、爆発した。
直後、虎へと光の十字架を打ち立てられ、動きが鈍くなった。
それを行った相手である雪へと虎は唸りを上げて身体の筋肉をバネの様にして、矢の如く自身を放とうとした。
「お前の相手は俺だろ?!」
しかし、不意に掛かった声と逸らす事が出来ないオーラを放つ秀一に視線が移った。
そして雪への怒りは秀一に向けられ、虎は自身を放った。その攻撃を秀一はアウルを纏いそれを受け止めた。
「くっ――重……!」
「北条さん、耐えるんじゃなくて受け流すんだ!」
速さが制限されてしまっているにも関わらず、その突進は重く秀一の体は吹き飛ばされそうになる。
それを見ていたレイから指示を貰うが、上手く体勢を変える事が出来ない。そして秀一が吹き飛ばされるよりも早く、2つの影が虎の側面へと動いた!
「危ない北条さん!」
「素早いね……とりあえず、脚一本もらっとこうか……」
ダイナの力とL・Bのアウルを融合させ、口から雷の様なエネルギー体を蓄え虎の前足へと撃ち放った。
同時に瑞樹が光り輝く太刀を構え、雷が命中した足を大振りで攻撃したがエルムと同じ様に斬り裂く事は出来なかった。
だがそれにより虎の自重が崩れ、秀一が体勢を変える隙が生まれ……即座に実行した。
直後、体勢を崩した虎は地面に転ぶとそのまま前転し、地に倒れた。
その衝撃は工場を揺らし、古くなった鉄骨を軋ませる。
「そーれ☆ きゅきゅっとねっ★」
倒れた虎へとふゆみが飛び掛り、頭の上に跨ると海のように蒼いワイヤーを伸ばし口へとぐるぐる巻きに巻きつけた。
反抗すべく虎は転がり回り始めながら、唸り声を上げる。その度に締めたワイヤーが喰い込んで行き、ボンレスハムの様になって行く。
ある程度締め上げると同時に衝撃に耐えられなくなったふゆみは虎から放り出されてしまった。
だがこれで虎は噛み付き攻撃をする事は出来ないだろう。しかしその瞳から撃退士達に対する殺意が消えた訳ではない。
「……裁きを受けるがいい!」
そんな虎に向け雪が詠唱し、再び中空に光球を生み出し爆発と共に地面へと光の十字架を打ち立てた。
だが先程受けたからか当たると何が起きるか理解してるらしく、四肢を動かしその十字架を横跳びで避けた。
そのまま虎は後足に力を込めると地面を蹴り、L・B目掛けて鋭い爪を振り下ろした。
「そう簡単にやられてたまるもんかい! ミストだ!」
彼女の声と共にダイナが口から白い霧を吐き出すと、周囲を白く染めた。
直後、虎の爪はL・Bが立つ場所へと振り下ろされ、彼女の肉を裂き、地面を血で濡らす……事は無かった。
振り下ろした先に彼女は立っていなかった。何故居ないのか疑問に思った瞬間、離れた場所から初尾が雪の玉の様なものを撃ち出した。
命中すると同時にふゆみが飛び出し、大太刀を構えて虎を薙ぎ払った。
「ふゆみ必殺☆ ずばばーんっ!」
横からの攻撃に虎は横転し、腹を見せた。そこへエルムが刀を構え、踏み込んだ。
「秘剣、翡翠!」
腹に狙いを定め、疾風の如き鋭い剣閃がエルムの手から放たれた。
狙った剣閃は硬い毛に覆われた腹に吸い込まれて行き、肉の厚みを掻き分けながら刀身を減り込ませて行く。
そして素早く引き抜くと、突き刺した腹から赤い鮮血が吹き零れた。
『グルアォォォォ!!』
同時に虎は塞がれた口から漏らす様に雄叫びを上げた。
そこに勝機を抱き、瑞樹が別の刀を抜き取ると、駆け出した。
近づいてくる瑞樹に気づいたのか虎は腹這いになりながらも、前足を振り上げ攻撃へと移った。
「武士たる者武器を選ばず、なのだ」
呟きながら、短い刀身から滲み出る白い光を刃とし、振り下ろされる前足へと振り被った。
前足と瑞樹の攻撃は交差し、虎の頭では断ち切る事無く瑞樹を押し潰していた事だろう。
だが現実は違った。光の刃はチーズを裂く様にして虎の前足に突き刺さっていく。
このまま行けば虎に大打撃を与える事が出来たはずだった。だがその前に、瑞樹へと近づく影があった。
「酒井さん、横! 気をつけて!!」
レイの声に横を向いた瞬間、瑞樹の目には自分を殴り飛ばそうとするウーネミリア(jz0114)の姿が移った。
見えるはずの拳であった。しかし、迫り来るそれに瑞樹の脳裏は数日前までの出来事からずっと昔の出来事まで遡っていった。
所謂走馬灯というものだろう。だが、そんな2人の間に別の影が飛び出してきた。
「危ない、瑞樹!! ――っぐぅ!!?」
「くぁっ! ほ、北条さん……大丈夫か?」
ウーネミリアの一撃に大剣を構えた秀一だったが、耐え切れずに瑞樹ごと吹き飛ばされてしまった。
そして、2人を吹き飛ばしたウーネミリアは……プンプンと怒っていた。
「モフモフと遊ぶのはいいけど、いじめちゃダメー!」
漫画やアニメでよく見かける様な感じのプンスカといった怒り方だった。
彼女をどうにかしないと、虎を如何こうする事は出来ないようだった。
と言うよりも下手をすれば、自分達の命が危ないだろう。そういう状況に立っているのに彼らは気づいているのだろうか?
●ハウスの中
プンスカと怒るウーネミリアと直面する中、初尾はこっそりとあの悪魔が造ったであろうダンボールハウスに足を踏み入れていた。
中は暗く、足元に何があるかは上手く分からない。そして、鼻を突く……臭いにおい。
明かりがあれば良かったのだが生憎と初尾は持っては居なかった。だが明かりが無くて良かったかも知れない……。
何故ならこの臭いは……。
(死臭だ……っ!? 硝子じゃ無いのを踏んだ……?)
ネガティブになりそうな思考のまま、硝子片を踏み締める足に違う感触が伝わった。
例えるなら、そう……じんわりと冷たく硬いコンニャクの様でいてそうでない感触だった。
そして臭いは足元のそれから漂ってきていた。恐る恐る、初尾はそれに手を近づけた。
その時、彼は少し後悔しながら……小三の頃を思い出していた。
おばが家へと遊びに来た時に連れてきた猫、それは凶暴でただ前を歩いていただけだったのに……脹脛を噛まれた。
結果、猫は全然可愛くない生き物と言う認識が初尾の中には生まれていた。
だからそれを持ち上げ、近くで見た瞬間……顔を青くした。
「これって……うぁ、や……やばいかも……」
吐き気と共にハウスの壁に身体を預けそうになるが絶対に倒れてしまう。
口元を押さえながら、フラフラと手に持つそれを投げ捨てたい気持ちが一杯になっていく。
「モフモフはウーネと一緒に遊ぶのー! だから、護ってあげるのー!」
「ぐぬぬ、ふゆみだって負けてないもん、えいえいっ!」
ウーネミリアの怒った声と何を負けていないのかふゆみが飛跳ねる音が聞こえた。
このままでは色んな意味で不味いかも知れない。ぐちゅりと言う生肉を掴む感触に耐えながら、初尾は急いでダンボールハウスから外へと飛び出した。
「おい、悪魔。お前の言ってるモフモフは後ろのそいつじゃなくて、こいつだろ……?」
蒼ざめたまま、初尾は持っていた猫の生首をウーネミリアに見せるべく掲げた。
既に死んで時間が経っているのか、蝿が首の周囲を飛び……目と舌が外へと飛び出していた。
キョトンとしたのか、ウーネミリアは動かなくなり、振り返る様に虎を見た。
「モフモフじゃ……ない?」
気づかれたと言わんばかりに虎は前足を顔に当てる仕草をした。
これでようやく、目の前の虎はウーネミリアのモフモフではない事が明らかとなった。
暫く静寂が生まれた……が、良く見るとウーネミリアの体が震えている事に気づいた。
「モフモフを動かなくしたの……きみ達?」
圧倒的な威圧感で撃退士達を舐め付ける様に見回した。まるで死神が鎌を首筋に当ててきた様な寒気を感じた。
そんな彼らの口から無意識に震える声で「違う」と洩れ出た。
「じゃあ……、きみ?」
否定なのか肯定なのか分からないが、虎は唸るが口を縛られている為に喋る事が出来ない。
つい先程までのプンプンとした感じではなく、冷たい声音と態度で虎へと近づく。
虎の近くに行くと、ウーネミリアは倒れた虎の前足を掴み……トマトのように潰した。
「きみがモフモフ動かなくしたんだよね? どうなの? ねえ、ねえ?」
冷酷な声で聞きながら、悪魔は虎の足を次々と潰して行く……そして、全ての足を潰し終えると次に目へと手をゆっくりと刺し込んで行く。
激痛が走っているのか、頭の中を掻き回されているのか、縛られた口から絶叫が洩れる。
「モフモフも動かなくなったから、きみも……動かなくなろう、ね?」
眼から手を抜くと、ウーネミリアはそう言いながらエルムが貫き傷を付けた箇所へと両手を差し込む。
そして腕を奥まで沈ませ……左右に広げた。結果、虎は腹を大きく割かれ大量の血が虎の腹から噴出した。
しばらくビクビクと身体を痙攣させていた虎だったが、ぱたりと動かなくなくなった。
そして静寂が生まれた……が、ヒクッと言う声が聞こえたと思ったら。
「うえーん、モフモフー……!」
血塗れになりながら、ウーネミリアは泣き出した。
●不穏な影
子供の様に泣き続けるウーネミリアへとL・Bが一応警戒しつつも、チョコを取り出した。
「……食べるかい?」
くすんと泣きながら、差し出されたチョコを受け取るとウーネミリアはそれを食べた。
甘かったのか、直ぐに泣くのをやめモグモグとチョコを食べる。
それを見ながらレイも棒付きキャンディを差し出す。
「飴ちゃんもあげるー甘いよー」
「わーい、美味しいー★」
甘いお菓子を食べる事に夢中になったのか、モフモフを殺したであろう虎もモフモフももう如何でも良くなっているようだった。
レイとL・Bがウーネミリアの相手をしている中、他の仲間達は工場内を散策していた。
「ゲートがあったりしないかな」
あの悪魔が創ったディアボロ以外のものが出たのだから、エルムはそれを気にかけながら調査を行う。
秀一と瑞樹にライトヒールをかけ、傷を癒し終えた雪もそれに交わり工場内を歩く。
同じ様に秀一と瑞樹の2人も工場内を歩くが、拳が効いていたからか足をもつらせ転びそうになってしまう。
だが運よくエルムが立っており、偶然ながら抱きつく様な形になってしまった。
「ほ、北条さん! えっちなのは良くないと思うのだ!」
「いや、少し足をもつらせただけだぞ」
「大丈夫ですか? 少し休んでいた方がいいですよ?」
エルムがそう言い秀一に休憩を促し、秀一に怒った瑞樹は何でこんなにも胸がざわつくのか分からなかったりした。
「天魔に殺されるなんて、運が無かったな……」
バラバラにされた死体へと手を合わせながら初尾は呟く。
こうなってしまった彼らに出来る事といえばこれぐらいしかないのだから……。
「美味しかったー★ またねー♪」
「ぬぬーっ! また出るつもりねっ☆」
手を振りながら去っていくウーネミリアへとふゆみはグギギとする。
そんな様子を遠くから見ている者が居た。
だけど、直ぐにその影は振り返ると二度とその場所を見る事無く去っていくのだった。
こうして、廃工場に居ついたディアボロは退治されたが、あの虎のディアボロを創った悪魔は一体誰だったのかはまったく判らなかったのだった……。