●おいでませ、わんこの森へ。
冬の肌寒い気温の中、8人の撃退士達はキャンプ場兼森林公園となっている森へと足を踏み入れた。
息を吐くと白く彩られて空気中に吐き出される。
この中にわんこが2匹いる……気を引き締めなければならないだろう。
「北条さんと組んでの戦闘は初めてだったな。よろしく頼む」
「ああ、こちらこそよろしく頼む瑞樹。……おかしなことに成る前に、事態を収束させる事を最優先すべきだな」
思い出したように酒井・瑞樹(
ja0375)が頭を下げると北条 秀一(
ja4438)が手を挙げ返事をし、事件解決への意欲を示す。
その近くを歩くレイ(
ja6868)は葛藤に苛まれてたりもしていた。
(かわいいわんこを倒すなんて……オイラには出来ない! ああ、しかし目的はわんこを倒す事で……心を鬼にして……いやいや、心を猿にして倒そう)
「その心は犬猿の仲、ウキー!」
何を考えていたかは分からないがいきなりの雄叫びに隣を歩く山木 初尾(
ja8337)がビクッとする。
……何か暗い表情がますます暗く見えるのは気のせいだろうか?
あるとすれば……忘れたい記憶の中に何かあるのだろう。
「うぎゃおおおおお!!」
そう思っていた瞬間、新崎 ふゆみ(
ja8965)が咆哮を上げた。
咆哮は空気を震わせ、木々に休んでいた野鳥達が声を上げながら飛んでいくのが見えた。
「わんこがじゃれついて殺されたら、かわいそうだもんねっ」
キャルン、といった効果音が付きそうな表情でふゆみは言う。
(う〜ん……なんだかイヤな予感がしないけど、放っておくわけにもいかないよね……)
そんな中、エルム(
ja6475)が一抹の不安を感じる。
いや、あと2人はきっとまともで――。
「これでわんわんを釣るっす!」
元気にニオ・ハスラー(
ja9093)が犬用おやつとおもちゃを持ちながら言う。
切り分け用の大判ジャーキーと頑丈そうなロープだった。
如月 千織(
jb1803)の方はヘッドホンを掛けている……音楽を聞いているのだろう。
(……うん、不安だ)
全員がアレすぎる事に不安が倍増されながら、エルムは遠くを見ながら歩くのだった。
●森で発見、白黒わんこ
しばらく森を歩くとキャンプ場に近い位置で2匹のわんこの姿が視認できた。
そしてキャンプ場の方に何か一際目立つようなテントが見えた……あれ、そんな話何処にも載っていなか――げふげふ。
『わふわふっ』
訪れた存在に気づいたのかわんこ達は立ち上がるとハッハと白い息を吐きながらキラキラした目でこちらを見つめた。
良く見るとフサフサ尻尾がブンブンと揺れている。……どう見ても人懐っこい様子だった。
それを見ながら彼らは行動を開始する為に行動を開始した。
「良い子だ。こっちへおいで」
「わんわん! こっちを見るっす! ビシッ」
瑞樹が手を叩き、トリミング用のブラシをチラつかせながらわんこ達に語りかける。
隣ではニオが頑丈そうなロープを地面にビタンビタンさせながら呼び掛けた。
すると、尻尾をパタつかせながらわんこ達は走り寄って来た。
しかも口は開いて、涎が垂れて相手をペロペロさせる準備は完了済みだ!
『わふーん』
いざ、ペロペロ! そう言わんばかりにわんこは軽快に鳴き、跳び上がった。
その瞬間、秀一が白いわんこに向け大剣を振ると光の波が放たれた。
『わふんっ』
命中したわんこは鳴いて、後ろに少し飛ばされた。
いきなり攻撃された白わんこは何が何だか分からない顔をしており、黒わんこも例外では無かった。
そこへふゆみが接近すると、掌底を打ち出した。
「ふゆみひっさつ☆どどーんっ!」
気を込めた一撃で黒わんこは白わんこと離され、2匹を囲むように4人ずつに分かれて包囲した。
攻撃されて離れ離れとなったわんこだったが、すぐにこれは愛情表現だと勘違いして円らな瞳を自分を囲む者達へと向ける。
「早く片付けて、散策でもしてゆっくりしたいな……」
溜息を吐きながら、初尾は呟いた。
●ぺろぺろするお
「わんこかわいいー! 我慢できない!」
レイが突然叫び出すと黒わんこへと突撃した。
やはり可愛いものに我慢出来なかったのだろう。
黒い毛並みは温かくもふもふしており、体を暖めていく。
「うーん、もふも―」
『わふっ』
あまりのもふもふさに夢見心地に陥りそうになった瞬間、わんこがレイの顔を舐めた。
舐めて舐めて、パクッと頭を咥えた。
少し手足を動かしていたが、プラーンとレイの体は動かなくなった。
「離れなさい!」
エルムが死角に回ると、レイをペロペロする黒わんこへと大剣を振り下ろした。
斬られた傷口からは血が噴出し、黒い毛並みを濡らす。
その際、痛みに黒わんこがキャンと鳴き口からレイを離した。……凄く、涎がベトベトです。
しかしこれはスキンシップ(とわんこは思ってる)
だからわんこも熱烈なスキンシップをしようと、斬ってきたエルムに寄って来た。
凄く尻尾を振りながら近づくわんこに対して、エルムが大剣を構えると罵声と共に横に振った。
「近寄るなっ!」
だが大剣は何も掠る事は無かった……何故なら。
『わふっ』
わんこはその前に跳躍し、気づいた時にはエルムは押し倒されてキラキラした瞳と息を間近で感じていた。
「よし、良い子だ良い子だ。よしよし……」
『わふっ、わふんわふんっ』
頭を撫でたり、ブラシで毛繕いをしながら瑞樹は少しずつ白わんこを黒わんこから離す為に移動を行う。
その間に数回ほど顔や上半身をペロペロされたりしていた為、涎塗れとなっていた。
着ている服が肌に張り付き、少し離れた所では邪魔をしないように秀一が木の影から覗き込んでいた……ストーカーにしか見えないが心配だからだ。
(もうそろそろ良いだろう)
準備が出来た事を知らせる為に仲間に合図を送ろうとした所で、瑞樹にアクシデントが起こった。
地面に盛り上がった木の根に引っ掛かり転んでしまったのだ。
「うわっ!? ――や、やめるんだっ!」
倒れた瑞樹へと白わんこがペロペロと舐め始めた。
右から左から上から下から縦横無尽にわんこは瑞樹を舐め回して行く。
犬にとっては愛情表現だが、されている本人にとってはたまって物ではない。
そしてそれを見ている者は暴れる瑞樹のが見えて目を逸らしたり見守ったり様々だった。
「くっ、い……今出て行ったら瑞樹に危険が……!」
尤もらしいが、動けない口実に聞こえるような言葉を呟きながら秀一は後輩が切り抜けるのを見守る。
決して目に入れても痛くない可愛い後輩がペロペロされているのを凝視したいわけじゃないんだからねっ!
そして……初尾は初尾で見た瞬間、過去のトラウマが蘇りフリーズしていた。
そう、あれは小一の頃だった。通学路に大型犬が鎖に繋がれている家があった……。
その犬は初尾や子供を見る度にワフンと鳴いて、大きな尻尾を振っていたのだ。
きっとあれは構って欲しかっただけだろう、しかし彼にとってはとても怖かった。
そんなある日、その犬は……自分の家の庭ではなく、初尾の歩く前に立っていたのだ。
「う、うわー!」
後退り逃げようとした彼に犬は飛び掛り、ペロペロと大きな舌で顔を舐め続けていた。
しばらくして飼い主が鎖が取れている事に気づき、助けられたがあの犬の恐怖は忘れる事は出来なかった……。
そして、学校には擦り傷を作り、泣きながら足跡と涎で汚れた服で登校した。
……そんな、思い出。
「い、いぬこわい。いぬこわいいぬ……」
誰にでも苦手な物があるのだから仕方ないだろう。
その間にも瑞樹がペロペロされて涎塗れになっていく。
「人懐っこい犬過ぎて何故か可愛そうな気もしますねぇ……」
何時の間にか千織が白わんこの背後へと回っており、手にはロッドが握られていた。
ロッドを振り被ると力一杯、白わんこの尻を殴りつけた。
『きゃうんっ』
白わんこが鳴き、その場で跳ぶとタイミングを見計らう為に瑞樹がペロペロされる様を見ていた秀一が一気に近づき、横から攻撃を放った。
「大丈夫か瑞樹!」
後に、S・Hさんは語る。「ええ、ワザとじゃないんです。でも、男だから……見ますよね?」と。
暴れたからか、服が肌蹴たり捲れたりで下着が見えた。ベトベトになった顔は上気し……助かった事を認識し始めたのか、艶のある瞳が秀一を見た。
「た、助かった……北条さん」
「ああ、ご馳走様。じゃなくて大丈夫だったか?」
首を傾げる瑞樹に手を差し伸べ、秀一は立たせようとするが……白い弾丸に横から突き飛ばされてしまった。
吹き飛びながら、秀一はそれを見た。凄く尻尾を振る白わんこを。
『わふわふっ』
ああ、これは……遊んでくれると思ったんだ。
「このエロ犬、舌を引き千切るわよ!」
嬉しそうに交互の頭でエルムを舐める黒わんこだったが、舌を掴むとエルムは怒気を込めてそれを引っ張った。
ヌルリとした舌を引くと痛かったのか黒わんこが跳ぶと、きゃいんきゃいんとエルムの周囲を跳ねた。
涎で濡れた白いシャツから透けるように白い下着が見えるがこれは水着である。どうやら事前に着ていたらしい。
『わふーっ』
しかし負けじと黒わんこはエルムの背後に背後から飛びつく。
その重さに耐え切れずに、エルムは潰れてしまった。だが爪が服に引っ掛かって破けたりしないだけマシだろう。
そんな中、側面へとふゆみが近づくと黒わんこに強烈な攻撃を叩き込んだ。
「ごめんねっ☆ すぐに助けてあげるからねー!」
「たすかりました……」
キャハッ☆とポーズを取るふゆみにお礼を言いながらエルムは立ち上がる。
そんな光景(ついさっきのペロペロされているのを含め)をいつの間にか復帰したレイがデジカメで撮影していた。
大丈夫、これはKENZENな写真だから!
しかし、天罰というものは起きるものらしく……気づけばレイの背後に黒わんこが立っており振り向いた時、既にレイの顔に口が近づいている所だった。
「あなたの死は無駄にしないっす」
「もがもごもがー」
ホロリとしながらレイをぺろぺろするのに夢中のわんこに向け、審判の鎖を放つ。
この時、レイが何かを叫んでいたがニオには「おいらの事は良いから早く倒すんだぜ!」と誤認識した。
聖なる鎖は黒わんこをその場に拘束させ、動きを封じる。
「くらえ、エロ犬!」
「たーっ、やーっ! しんぢゃえー★」
そこにエルムとふゆみが左右から攻撃を放つ。
スキンシップに黒わんこは鳴きながらベロンとふゆみの顔を舐めた。
「むぎゃ――う……うひゃああ! だ、だーりんに買ってもらったリボンがあああ!」
ベトベトになったリボンに泣き、ふゆみは憤怒の表情で黒わんこへと力いっぱい斬り込み始めるのだった。
「ほ、北条さん……くっ、どちらが先に根をあげるか、勝負なのだ!」
星となった秀一に涙しながら、瑞樹はブラシを手に取ると白わんこへと突撃した。
もふもふもふもふ、ぺろぺろぺろぺろ……ブラッシングとペロペロ、2つの行動が交差する。
それを見ながらも初尾は幼少のトラウマを必死に堪え、遁甲の術で白わんこの背後へと回ると仕込み刀を持つ手に力を込める。
(こ、怖くない……怖くない、怖くない……っ!)
気合を入れて、初尾は刀を抜くと一気に白わんこを斬り付け、後ろへと下がった。
いきなりの攻撃(スキンシップ)に何が起きたのか白わんこは驚く。しかし、すぐにそれを行った相手として千織を見つける。
実際は違っているのだが、わんこにとっては構わない★
『わふっ』
「……生暖かい」
下から上に舐められながら、涎に濡れながらぼんやりする千織は呟く。
その間にも、初尾は必死に近づいて攻撃し一気に下がると言う行動を繰り返した。
「さあ、来るのだ!」
そしてやっぱり、白わんこは初尾に気づかず……両手を広げる瑞樹がスキンシップしたと勘違いしてじゃれ付いた。
じゃれ付く白わんこの背後へと、かなり限界気味な初尾と顔を涎で濡らした千織が立った。
●奴は大事な物を奪いました。それは
「うわぁ、はやくシャワーを浴びたいよぉ……」
白黒2匹のわんこが動かなくなったのを見届けると、エルムはウンザリしながら服の襟元をパタパタさせる。
少しでも涎を乾かそうとしているのだろう。
「もう、やだぁ……だーりんになぐさめてもらおっ★」
動かないわんこにふゆみは蹴りを入れ続ける。大事な彼氏から貰ったリボンを汚した恨みは深いようだ。
隣ではニオが合掌しているが、わんこの冥福を祈っているのだろう。
(もっと遊んでみたかったっすね〜……安らかに眠ってくださいっす)
千織は千織で細長い何かを腕に巻きつけながら音楽を聴いている。
少し離れた所に視点を移すと、静かになった森林公園内をゆっくりと散策する初尾の姿が見えた。
楽しそうに歩いているのは静かで清らかであると言う事と、わんこを倒す事が出来たからだろう。
「おや、そういえば北条さんは?」
「あいたたた……」
吹き飛ばされた秀一はテントの中へと突っ込んでいた。
頭を打ったからか少しくらくらする。そんな状態のまま、秀一は手に生暖かいモノを掴んでいるのに気づいた。
何故だか解らないが……擦ってみよう。そんな天の啓示を受け取りながら彼はそれを少し強く掴むと擦り始めた。
「んっ、ひゃ……ひゃうっ!? うー……なに――きゃうんっ★」
すると掴んでいる物の先にある塊から艶のある声が洩れビクッと震えた。
良く見ると……ウーネだった。そして握っている物は――尻尾だった。
どうやらこのテントはウーネがわんこと遊ぶ為に用意してもらっていた物の様だ。
そして、これは駄目な事だったのか……そう思い尻尾を離した瞬間。
「うー、ウーネの初めてがぁ……う、うわーんっ!」
頬を赤くして、今にも泣きそうな雰囲気のウーネの拳が――秀一の顔を捉えた。
その強烈な拳に秀一はきりもみしながら空へと飛んだ。
(何だか知らないけど、初めては俺なのか――)
ちょっと自慢したい気持ちを感じながら、秀一は頭から地面へとめり込んだ。
「うわーん、わーんわーん!」
地面に減り込んだ秀一の近くでウーネが顔の近くに手を置いて子供みたいに泣き喚く。
そんな中、デジカメで色々撮影していたレイが偶然現れた。
「ウーネさん発見! って、あれ……泣いてる?」
「しくしく、ぐっすん……うわーん」
「うーん、……そうだ。ウーネさん、焼き芋でも食べてください」
レイが焼き芋を渡すと泣きながらウーネは焼き芋を食べ始めた。
黄金色でホックリとした美味しそうな焼き芋だ。
「もぐもぐ……わー、これ美味しいー★ おタマさんにもあげよーっと♪」
すぐに笑顔となり、ウーネは翼を広げると空へと飛ぶとすぐに見えなくなった。
それを目で追いかけながら、レイは地面に突き刺さった秀一を見るのだった。
……こうして、2匹のわんこはウーネの記憶から忘れ去られ、森林公園に平穏が戻ったのだった。