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マスター:嶋本圭太郎
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:14人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/10/09


みんなの思い出



オープニング

「へえ、ずいぶん立派なものが出来たじゃないか」

 久遠ヶ原の斡旋所職員で、潮崎 紘乃(jz0117)の上司である牧田は、冊子をぱらぱらとめくりながら感心した。
 『久遠ヶ原の歩き方 2015/16』と銘打たれたその冊子は、製本こそ簡素な作りではあるが、学生視点による様々な紹介記事が並んでいて、読み物としてもなかなかに面白い。表紙には小中高それぞれの制服を着た女子生徒が並んで映っていた。
「去年までのとはえらい違いだな」
「そりゃもう、今年は力の入れ方から違いましたから」
 皮肉めいた牧田の言葉だったが、紘乃は平然と受け流した。

「‥‥で、これは斡旋所のカウンターに置くだけなのか? それだけってのはちょっともったいない気もするんだが」
「私もそう思ったので、ちょっと企画を考えてきました」
 紘乃はそう言うと、自分の机の下からなにやら取り出す。
「久遠ヶ原と言えば、やっぱりこれですよねっ」
 それはテレビのバラエティー番組で見かけるような、顔ほどの大きさの六面体ダイスだった。



「新入生歓迎! 久遠ヶ原オリエンテーリングにようこそっ! ルールの説明をしますから、よく聞いてくださいねっ」

 斡旋所に集まった君たちを前に、紘乃が声を張り上げた。

「皆さんの手元にしおりはありますか? 今日はそちらを確認しつつ、久遠ヶ原の各所を巡ってもらうオリエンテーリングです。でもそれだけではつまらないので」
 と言うと、紘乃は例のダイスを顔の高さに持ち上げる。
「各チェックポイントで、ダイスを一回振ってもらいます。‥‥こんなふうにっ!」
 紘乃がえいっとダイスを放り投げた。柔らかい素材で出来ているらしいそれは床で何度か跳ねながら転がる。
 よく見ると出目は1から6という訳ではなく、二桁の数字になっているようだった。ダイスが止まると、「30」という数字が上面に書かれている。
「あら、結構高得点ね」
 別に私がいい点とっても意味はないのだけれど、と紘乃はちょっと苦笑しながら、ダイスを取り上げた。
「こうやって各ポイントで得点を稼いでもらいます。最終的にもっとも高得点を取った人が優勝! ‥‥でも、時間までにここへ戻ってこないと失格なので、気をつけてね」
 詳しいルールはしおりと一緒に渡した紙を見てね、と紘乃。
「優勝したからってそんなすごい賞品は無いのだけれど‥‥何か考えておくわね。新入生は久遠ヶ原のことを知ってもらういい機会として、そうでない人も改めていろんな場所を回って見て、楽しんでくれると嬉しいわっ。それじゃ、頑張ってねっ!」


リプレイ本文

 斡旋所の入口前に立った潮崎 紘乃(jz0117)が、眼前に並ぶ学生たちを見回している。
「学園は広いから、ポイントを全部回る必要はないわよ。時間までに、回れる範囲で回ってきてね。最終的な得点上位者には、ちょっとしたプレゼントもあるから、楽しみにしててねっ」
 一通りの説明を終えると、紘乃は大きく息を吸い、声を張り上げた。

「それじゃ、久遠ヶ原オリエンテーリング‥‥用意、スタート!」


 声にあわせて、学生たちは三々五々に散っていく。帰還の早い人にはボーナス得点があるということもあって、何人かは全速力で飛び出していった。
 新入生たちの隙間を縫うようにして、まずエイルズレトラ マステリオ(ja2224)がぽんと前にでた。撃退士として活動する間に鍛えてきた地足の速さを活かし、彼は見る見る新入生たちを引き離していく。
 が、そんなエイルズレトラよりもさらに一歩前をいくものがいた。
「まずはスタートで驚かせてっと」
 俊足をとばした神谷春樹(jb7335)は、縮地を発動してさらにその差を開こうと試みる。
「在校生としては、新入生が上を目指す上での壁になって見せないとね!」
 狙い通りにその実力を見せつける春樹‥‥だったが、食いついてきたのはやはり在校生のエイルズレトラだった。
「ハート!」
「うわっ!?」
 召喚獣を春樹の足下に出現させ、まとわりつかせる。突然出てきた仔竜を春樹がやり過ごす間に、エイルズレトラがまた一歩前にでた。
「一着は渡しませんよ!」
 そう言い残し、エイルズレトラは学園入口の方へ全速力で駆けていく。
「まあ、僕が行くのはそっちじゃないですから‥‥」
 春樹の方はさくっと方向転換して、エイルズレトラとは別の道へ入る。トップ争いは一旦お預けとなった。

 アルティミシア(jc1611)は、そんな二人の争い──というか、どんどん先を行く学生たちを見送っていた。軽く目を閉じ、耳に流れ込む喧噪に身を任せたりして。
「賑やかなのに、うるさくない。良いですね、楽しくなって、来ました」
「あなたは出発しないの?」
 気がついたら最後の一人になっていたらしく、紘乃が声を掛けた。
「そんなに急ぐ必要はないけれど、早く戻ってくれば追加で点数がもらえるわよ」
「え? 点数? お散歩では、ないのですか?」
 とぼけた返事に、紘乃は軽くずっこけた。改めてルールを説明すると、アルティミシアはふんふんと頷いた。
「‥‥そうですか。ふふっ、福引きみたいで、なんだか楽しそう、ですね」
「そうそう。そんな感じでいいわよ」
「それでは、行って、来ますね」
 紘乃に軽く会釈して、アルティミシアも学園の中を歩き始めるのだった。



「『アイドル部。』へようこそ!」
 スタートダッシュを決めた春樹を、川澄文歌(jb7507)が笑顔で出迎えた。
「唯一無二のアイドルスターは常に輝いているもの‥‥ということで、見事一番に到着した春樹さんにはボーナスポイントをプレゼントです!」
 先んじた甲斐があって、春樹は『30』ポイントを獲得した。
「ここへ来たのは、やっぱり、ボーナス目当てですか?」
「ん、まあ、勝ちを狙ってるのもあるけど‥‥いろいろ縁のある部活だから、ね」
 春樹は照れたように頬を掻くと、六面体のダイスを受け取った。
 ダイスに書かれた数字は10から最大でも25までで、春樹にはまだぴんとこないだろうが低めの設定である。ボーナスポイントがある代わりにこうなったようだ。
 それでも春樹がダイスを振ると、『20』と高めの数字が出た。ボーナスと合わせて、50ポイントをここで獲得した計算だ。

「さて、得点も決まったところで‥‥春樹さん、一休みに一曲どうでしょう?」
 文歌が部室の奥を示した。そこにはカラオケステージが設置してある。
「じゃあ‥‥一曲ね」
 選択した曲のイントロが流れはじめ、春樹はいくらか頬を赤くしながらマイクを握った。


 鳳 静矢(ja3856)がアイドル部。に到着したのは、春樹の熱唱が最後のサビに差しかかる、そんな時分だった。
「どうやら一番乗りは逃してしまったか」
 苦笑しつつ、歌の邪魔にならないよう静かに入室する。やがて歌が終わると、文歌と一緒になって拍手をした。
「あれ‥‥聞いていたんですか」
「途中からだけどね。なかなかいい歌声だったよ」

「それでは静矢さん、ダイスをどうぞ♪」
「ああ‥‥ありがとう」
 春樹は一足先に退室し、静矢が文歌から受け取ったダイスを転がすと、出目は春樹と同じ『20』。まずまずだが、ボーナスが無い分春樹からは後れをとった。

「さて、それでは‥‥」
「もちろん、一曲歌っていきますよね?」

 文歌がにっこり、静矢を奥へ促した。
 せっかくのイベントだしな、と実は静矢も最初に斡旋所へ戻ることを目指しているのだが‥‥。
「‥‥せっかくのイベント、だしな」
 ここで誘いに乗らないのは無粋というものだろう。静矢は頷き、文歌に袖を引かれて奥の舞台へ向かっていくのだった。

   *

 星杜 藤花(ja0292)は最初のポイントとして、学園入口にやってきた。
 真っ先にここへ向かっていたはずのエイルズレトラの姿はもう無い。さっさと先へ行ってしまったのだろうか。

「ここは‥‥得点は低いけれど、確実にゲットできる、そんな配点でしょうか」
 そんな予想をしながら係からダイスを受け取ると、得点は15点から5点刻みで40点まで。概ね予想通りである。
「えいっ」
 両手で投げたダイスは地面を何度か跳ねて転がって──『15』の面を上に向けて止まった。
「あら‥‥でもマイナスがなかっただけ、良しとしないとですね」
 ちょっと残念そうに微笑みながら、藤花はダイスを拾い上げて係に返した。
「この後は図書館へ行って‥‥そうだ、あの子に絵本でも借りてあげましょうか」
 イベントを楽しみながらも、穏やかな休日を過ごしているかのような心持ちで、藤花は次のCPへ向かっていった。

   *

「あっそっぼー♪ あっそっぼー♪」

 割とみんなが知っているメロディに替え歌を乗っけて白野 小梅(jb4012)が校舎内を闊歩していた。
 彼女が向かうのは──生徒会室。
 得点が低いのではないか、と事前に予想されていただけあって、近づくほどに人影が少なくなっていき、小梅の歌声は反比例して響きわたっていく。

「たのもー」

 役員でなければ入室に許可がいる生徒会室はこのイベントにおいても開放はされておらず、入口前に設置されたテーブルの上に六面ダイスがちょこんと置かれているのみであった。
 まさかこれも、がっかりスポットの演出‥‥という事なのだろうか。

 小梅はダイスを掴みあげると、思いっきり放り投げた。天井にぶつかったダイスは勢いよく床で跳ねて転がり‥‥『5』点を示した。
 ちなみに、他の面でも得点に大差はなかった。

「うん、ガッカリ異常なし!」
 むしろ満足そうに腕組みした小梅は一人頷くと、ダイスをテーブルの上に戻して次の目的地へ向かうのだった。

   *

 長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)は『久遠ヶ原学園拳闘部』にて参加者の来訪を待っていた。
「是非皆様に、ボクシングの魅力を知っていただきたいですわ」
 自分で淹れた紅茶を口にしながら、待つことしばし。

「こんにちはー‥‥」

 ゆっくりと扉が開いて、春苑 佳澄(jz0098)が顔をのぞかせた。
「ようこそ、拳闘部へ!」
 みずほは立ち上がって佳澄を迎えると、まずはテーブルへと案内する。
「さあ、美味しい紅茶をどうぞ」
 そして、佳澄の前に新たなカップを用意すると、紅茶をそそぎ入れた。
「わあ、いい香り!」
 一度鼻で大きく息を吸い込んでから、佳澄は遠慮なくカップに口を付ける。

「ボクシングには、興味がありまして?」
「うーん‥‥あんまり見たことはないけど。でも身体を動かせるスポーツならだいたい好きだよ!」
 それに、天魔との戦闘にも役に立つかもしれないし、と佳澄。
「そうですわね。わたくしも大いに活用しておりますわ」
 みずほは席を立つと軽くポーズを取り、フットワークからのワン・ツーをして見せた。直前の優雅な立ち居振る舞いからのギャップに、佳澄は驚きながらも感心する。
「このまま基礎を教えて差し上げてもよろしいのですけど‥‥イベントの途中でしたわね」

 紅茶を飲み終えた佳澄が案内されたのは、ゲームセンターなどで見かけるようなパンチングマシンの前だった。
「拳闘部ではダイスを振る代わりに、これを殴って出たスコアをポイントとさせていただきますわ」
「ここを叩けばいいんだね!」
 目を輝かせる佳澄。右手を握り拳にすると、思いっきり反動を付けて目標を殴りつけた──が、出てきた得点は『10』と低いものになってしまった。
「あれえ?」
「あら‥‥なかなかいいパンチに見えましたのに。残念でしたわね」
 みずほはまた遊びに来てくださいね、と佳澄を見送るのだった。



 月乃宮 恋音(jb1221)は、図書館でのダイスを振り終えて、次のCPへ向かう。去り際にふと仰ぎ見て、
「そういえば、進級試験もそろそろ‥‥のはずですねぇ‥‥」
 久遠ヶ原では年に一度しかないが、それだけに毎年大騒ぎになるイベント(?)のことを思い出したりしていた。

 次の目的地である購買へ歩いていると、進行方向からエイルズレトラがやってきてすれ違っていった。
「おぉ‥‥? もしかして、もう二つ目を通過したのでしょうかぁ‥‥」

 勉強用具から食料品、魔具魔装まで取り扱う久遠ヶ原の購買。よく見ると品ぞろえは結構カオス。それ故に──か。
「マイナスがありますねぇ‥‥」
 ダイスの目は、六つのうち二つがマイナスになっていた。
 恋音は、なむなむしてぽい、と投げる。
「お、おぉ‥‥?」
 出目は『60』。六つあるうちの、最高点だった。
「なかなか、いい感じでしょうかぁ‥‥?」
 図書館と合わせて二箇所で合計は『80』点。全体ではなかなかいい出足であった。

   *

 今回のチェックポイントで、唯一久遠ヶ原島外に設定されている場所がある。しおりで紹介されていたからだが、茨城県の野球場、ラークススタジアムだ。

「このような場所もありましたか」
 きょろきょろと周囲を見回し、感心した風で呟くのは賦 艶華(jc1317)。新入生、というわけではないが、生来インドア派ということもあって学園内でもあまり出歩いていない。
 そんなこともあって紘乃からは新入生扱いされ、斡旋所でダイスを一回振らせてもらっていたりした。

「‥‥でも、特に学園の施設というわけでは、ないのですね」
 しおりをめくると、この球場をフランチャイズにしている茨城ラークスについて、熱気に溢れた紹介が記事になっていた。
「学園に来て、しばらく経ちますが‥‥全く知りませんでした」
「だったら、これから知って、ついでにファンになってくれたらいいのよ」
 後ろから追い越していった六道 鈴音(ja4192)が振り向いて、艶華に微笑みかけた。
「その記事、私が書いたのよ」

「私としては、投打が上手く噛み合えば、Aクラス入りだって夢じゃないと思うのよ」
「はあ‥‥」
 艶華に球場を案内してあげつつ、ラークスの現状を語って聞かせる鈴音。
「あそこが売店。応援初心者なら、メガホンかフラッグから入るのがいいかな‥‥でも今日は試合がないから、閉まってるけど」
「そうなのですね」
 なるほど試合がないから人が少ないしお店も開いていないのか、と艶華は納得した。
「でも、練習はやってるかもしれないわ。どう? 一緒にこっそり中に入って見学を‥‥」
「残念だけど、今日は練習も休みだよ」
 悪巧みの鈴音に、後ろから声がかかった。振り向くと、童顔だが体つきはしっかりした若い男が、苦笑混じりの顔でこちらを見ていた。
「ゆっきー‥‥浅野選手!? 何してるの!?」
「君のところの職員さんに頼まれて、イベントのお手伝いさ」
 ラークス選手・浅野雪貴は答えると、ぽかんとしている艶華に挨拶をした。

「今日ってオリエンテーリングなんだろ? 案内してくれるのも嬉しいけど、ダイスを振ったら?」
 浅野が差し出した六面体ダイスを、艶華が進み出て受け取った。
 ぽんと軽く投げられたダイスは地面を転がり、『60』を示した。
「だいたい真ん中、悪くない数字だよ。良かったね」
 浅野の祝福を受けてから、艶華は球場を後にした。

(戻ったら結構時間が過ぎてそう‥‥四箇所回るのは厳しいでしょうか)

 鈴音のダイスも『60』点だった。
「最高は『120』なんだけど‥‥さすがに出ないね」
 浅野がそう言いながらダイスを拾い上げると、新たな人影が。
「チェックポイントはここかな?」
 砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)が柔和な笑顔で浅野を見下ろしていた。

「今日は全然人が少ないんだねえ。試合がある日とはずいぶん違うんだ」
「あれ、見に来てくれたことあるの?」
「や、バイトでね。そこの六道ちゃんと一緒に、『ビールいかがですかー』って。まあ、僕が売ってたのはお弁当だけど」
 雑談を交わしながら、ジェンティアンはダイスを受け取った。
「さて、せっかく遠くまで来たんだし、いい目出てよ‥‥!」

 ──と、気合いを入れて放られたジェンティアンのダイス、『30』点。

「えー‥‥」
「あらら」
 露骨にがっかりするジェンティアンに、浅野も眉尻を下げたが。
「こっそりもう一回とかダメ?」
「それはダメ」
「あ、ダメ」
 そこはきっぱり断られてしまった。

「仕方ない、試合予定でもチェックしていこうかな」
「お、見に来てくれるの?」
「いや? 野球には特に興味ないし」
 お返しに? そう言って浅野をずっこけさせて去っていくジェンティアンであった。


「‥‥ところで、君は行かなくていいの?」
「せっかく依頼でスタジアムに来たんだし、すぐに帰るのはもったいないわ」
 鈴音、堂々言い放った。
「今日はこのままここに来る新入生に球場を案内してあげようかな。そして一人でも新たなラークスファンを‥‥!」
「いいのかな‥‥」

 規定の時間までにはちゃんと帰りましたとさ。

   *

 再び学園に舞台を移して、ここは屋上。
「うーん‥‥いい風ですね」
 アルティミシアが、吹く風に髪をそよがせていた。
 オリエンテーリングの参加者だろう新入生たちが、ダイスを振っては思い思いのリアクションをして、また次のCPへ向かっていく。
「皆、楽しそうですね。やっぱりこの空気、良いですね」
 呟く彼女の表情ははっきりした感情を表さない。だが清々しい秋の陽気も手伝ってか、纏う空気は穏やかで、心地よいものであった。
 屋上のフェンスから外を覗き、アルティミシアは広大な久遠ヶ原を見通した。
「ここはボクの、楽園です‥‥悪魔ですが」
 ひとしきり楽しんだ後で、彼女もダイスを振ることにして設置場所へ向かう。
 と。屋上の扉がバーン! と開いて、小梅が現れた。

「ニンジャー」
 ‥‥いません。

 小梅はかまわずダイスを手にすると、「とりゃー」と転がした。『20』点。
「終わり! 次!」
 そのまま風のように‥‥去っていこうとして、こちらを見ているアルティミシアに気がついた。転がしっぱなしのダイスを拾い上げる。
「はい」
 ぽん、と手渡す。
「あ‥‥ありがとう、ございます」
「じゃあね!」
 小梅はぱたぱたと駆けていった。背中を見送ったアルティミシアは、ほんの少しだけ表情を緩ませた。

   *

「いらっしゃいませ♪ 和風サロン『椿』へようこそ♪」

 木嶋香里(jb7748)が女将をつとめる「椿」には多くの新入生が訪れ、彼女の歓迎を受けていた。
 ここではダイスを振るだけではなく、広い学園内を歩き回る参加者の為に用意された香里からの心尽くしを受け取ることができるのだ。
「やあ、木嶋さんのところもCPになっていたか」
「静矢さん、いらっしゃいませ♪」
 アイドル部。に続いて知り合いの部活を訪れた静矢のことも、香里は笑顔で出迎えた。
 渡されたダイスを確認すると、ここは25から40点と、高得点はないがまとまった範囲で得点が稼げる内容になっていた。
(こういうのも代表者の傾向が出ているのだろうな)
 ここでの静矢の得点は『30』点。
「よかったらこちらも、どうぞ♪」
 香里が差し出したお盆には、緑茶にお菓子が添えられていた。静矢は礼を言って緑茶に口をつける。
「ん? これは‥‥」
「ふふ、疲労回復に、少し蜂蜜をたらしてみました♪」
「なるほど、それで甘みがあるのだな」
 納得してもう一度お茶をすすると、ほのかな甘さが身体に心地よい。

「ところで、静矢さんの部活もCPになっているのではありませんでしたか?」
 人心地ついたところで、香里が聞いた。
「ああ。そちらは『店長』に任せて来たのでね‥‥」
 さてどうなっていることやら、と静矢は思いを馳せる。

   *

 そんな静矢が部長を務める『飛翔の塔』。しおりでも紹介された部内のお店、喫茶店【まんてぃす】がCPになっている。
 訪れた新入生たちに、他では味わえない刺激を与えているのは、決してダイスの目ではない。
 出目に応じて提供される、一風変わった料理の数々であった。
「蜜柑の細胞のみ分裂させたぶつぶつみかん」やら、「丸刈りのおっさんが焼くマルガリータ」なんてのはまだいい。丸刈りのおっさんって誰だよという疑問は残るが、いいということにしておく。
 問題はやはり「ねこまんま」に「わんこいんらんち」だろう。
 それぞれ猫と犬がまるまる一匹器に入ったという問題料理‥‥料理? を提供された新入生たちは、固まるか、逃げるか‥‥。ダイスの目がいくつだったかなんて覚えてない。(ちなみに猫は50、犬は40)

 そして今、よく分からずにここを訪れたリュミエチカ(jz0358)の前に「ねこまんま」が供された。

「‥‥これ、食べ物?」
『にゃあ』

 器の中のねこが返事した。
 その返事をどう受け取ったのか、リュミエチカはねこをむんずと掴むと口元へ運び──。
 ぱくり。

『にぎゃー!』
 ねこおおあばれ。

 そんなこんなで【まんてぃす】はいろんな意味で大盛況だった。

   *

「‥‥ん、まあ何とかなっているだろう」
「静矢さん?」
 香里に声をかけられて静矢は我に返った。
「おっと、私もそろそろ次に向かわなくては」
 お茶を飲み干し、改めて香里に礼を言って席を立つ。
「最後まで頑張ってくださいね♪」
 香里は静矢を笑顔で見送るのだった。



 オリエンテーリングも後半戦。

 小梅は三箇所目のCP、久遠ヶ原拳闘部へやってきた。
「おじゃましまーす」
 出迎えたみずほからここでのルールを聞くと、さっそくパンチングマシンへと駆け寄っていく。
 ──が。
「えいっ、えいっ」
 パッドに手が届かない。
「あら‥‥どうしましょう」
 困った様子のみずほに、小梅は両手を差し出した。「だっこ!」

「これでいいんですの?」
「大丈夫!」

 みずほに両脇を抱えられて、確かに手は届くようになった。
 これでは踏ん張りようがない──とみずほは思うのだが、小梅はお構いなしで狙いを付けている。
「えいやー」
 ぱちーんと音がして、パッドが沈み込む。
「まあ! 高得点ですわ!」
 得点は『45』点。設定上の最高スコアだ。

 さらに。
「紅茶の底に何か書いてあるのぉ」
「あら、それは本当ですか?」
 みずほに淹れてもらった紅茶のカップの底に『15』と数字が。
 確認すると、みずほは拍手した。
「おめでとうございますわ! ボーナスポイントを差し上げますわ!」

 こうして、拳闘部で取れるだけの得点を獲得して、小梅は最後のCPに向かっていったのだった。

  *

「わあ!?」
 佳澄が三つ目に訪れたのは、星杜 焔(ja5378)が部長を務める『おうちごはん』部──のはずだったのだが、入るなり白いもこもこした物体と目があって飛び出してきてしまった。
「‥‥ええと」
 もしかして、あれが噂の飯食えオバケだろうか。
 恐る恐る、もう一度部室をのぞき込む。
「やあ、佳澄ちゃんか‥‥入っておいでよ〜」
 室内にはちゃんと焔がいて、オバケの姿は消えていた。
「???」
 今のはなんだったんだろう‥‥と首を傾げながら佳澄は部室に入っていった。

「新入生も来なくなったから、お弁当を配りにいこうかと思っていたところだったのだよ」
 言いながら、焔はダイスを渡す。
「ダイス目に合わせて料理をごちそうするよ〜」

 部名からも分かるように、ここは食事がメインの部活である。購買の焼きそばパン抗争に敗れた時などに思い出してここへくれば、代わりに美味しいごはんにありつけるはず──。
 というしおりの紹介文で新入生を惹き付けていたが、さすがに昼時も過ぎたので人が減ってきていたのだった。

 しかし佳澄はお昼がまだだったので問題はない。
「何が(料理)出るかな?」
 とダイスを振ると、『45』点となかなかの高得点だった。
「その点数だと‥‥何でも好きなのを作ってあげるよ〜」
 と、焔が言った。ただし、メニューにないものはいちから作るので、時間がかかるのだが。
「うーん」と考えた後、佳澄は言った。「星杜くんのお料理なら、やっぱり、カレーが食べたいな」
 カレーは、もともとのメニューにもある。
「いいのかい?」
「うん。またごちそうしてくれる、って、言ってたし」
 そう言えば、春の終わりに地下の底で、そんな約束も交わしていた。
 焔は嬉しそうに微笑むと腕まくりした。
「よし、それじゃあ‥‥何カレーにしようか〜?」

 佳澄がカレーを食べ終わる頃、扉が開いて、藤花が入ってきた。
「あっ、おじゃましてまふ」
 スプーンを口にくわえたまま、佳澄は思わずそう言った。
「佳澄さん、いらっしゃいませ」
 藤花はくすりと微笑んで、焔の側へ寄る。
「図書館で、絵本を借りてきました。後で‥‥」

 二人が睦まじく会話をしている間に、佳澄はカレーをきれいに平らげた。
「あたし、もう一箇所まわらなきゃ」
「最後は、どこへ行くんですか?」
「香里ちゃんの『椿』にしようかな」
 藤花に聞かれ、そう答える。
「お茶、出してもらえるし」
 食後に向かうには最適だよね、と笑って、佳澄は部を後にした。

「私は、ここが最後ですよ」
「じゃあ、ダイスを振らないとだね〜」
 焔に渡されたダイスを藤花が投げる‥‥得点は『15』。
「その得点だと‥‥食わず嫌いの料理を一品、食べてもらわなくてはだね‥‥」
「え‥‥あの、焔さん?」
 いそいそとキッチンに向かおうとする焔。
「大丈夫だよ‥‥藤花ちゃんが『食わず嫌い』なだけで、ちゃんと美味しいから‥‥」
「ほ、焔さん?」

 さて、藤花の食わず嫌いな一品とは、なんだったのだろうか‥‥。



 恋音は科学室から転移装置へ移動する。彼女のCP巡りはこれで最後だ。
(転移装置は‥‥「片道だけ」なのが欠点、ですよねぇ‥‥)
 ふとそんなことを思う。遠方の依頼でも駆けつけるのは近場と変わりないが、帰りは基本的に公共の交通機関を使うので、場所によってはちょっとした旅行気分だ。
(せめて拠点になる都市から、学園に移動できる施設があればいいと思うのですがぁ‥‥)
 しかし現実にはそうなっていない。もちろん、そこには何かしらの理由があるのだろう。
(「資金面」か「防御面」‥‥あるいはその両方‥‥といったところ、でしょうかぁ‥‥?)
 一学生の恋音には想像するくらいしかできない。おそらく新入生たちも、遠方の依頼の帰り道で似たようなことを思うのだろうな、とちょっと気の毒に思うのだった。

   *

 恋音とは逆に、艶華は先ほど科学室についたところだった。
「やはり時間的に、ここを最後にした方が良さそうですね」
 遠方のスタジアムを経由した分、他の参加者より進行が遅い。
 それはともかく、科学室のダイスは六面のうち三面がマイナスという、ギャンブルそのものな目になっていた。
 しかし、艶華はギャンブルに勝利し、『80』点というかなりの高スコアを獲得した。
 ほっと胸をなで下ろし、ダイスを拾い上げながら、室内の方へと視線を送る。今日も科学室自体は稼働しており、中からは一般生徒の怒号や悲鳴が漏れ聞こえていた。
「一度、強化の様子を、詳細にモニタリングしてみたいですね」
 研究者の娘らしく、ブラックボックスと言って過言ではない強化の仕組みを徹底解剖してみたいと思う艶華。後ろ髪を引かれつつ、今日のところは科学室を後にするのだった。

   *

 ジェンティアンは、アイドル部。でマイク片手に美声を響かせていた。
「ごめん、僕結構上手いんだわ」
 という本人の言葉通りの歌唱力で、合わせて踊る文歌も聞き入っていた。

 歌い終わると、ジェンティアンは満足した表情で文歌にマイクを返した。
「いやあ、いい気分転換になったよ」
「ふふ、それはよかったです♪」
「さてと、最後は科学室にいって、最後の大勝負でもしようかな」
 だがジェンティアンがそう言うと、文歌は時計を見やった。
「あら‥‥でも、そろそろ斡旋所に戻らないと、時間じゃないですか?」
「え、嘘?」
 慌ててジェンティアンも時計を見ると、確かに制限時間が近かった。
 彼も遠方のスタジアムを経由した上、「椿」でお茶を楽しみ、アイドル部。で歌を楽しみ‥‥紘乃の言葉通り、イベントをしっかり楽しんだ結果、もう時間が無いのだった。
「しょうがない、戻るか‥‥っていうか、走らないと間に合わないかも?」
「頑張ってくださいね!」
 文歌に激励されて、ジェンティアンは部室を飛び出していった。
「さてと、私も斡旋所に行きましょう」
 文歌はビデオを手にする。今日彼女は撮影係も兼務していた‥‥部室がCPとして盛況だったので、あまり出歩けなかったのだが。
 せめて最後の様子はしっかり撮影することにして、文歌も部室を後にした。

   *

 ジェンティアンがアイドル部。を飛び出すよりも‥‥結構前。
 春樹は最後のCPだった購買で買ったスポーツドリンクの詰まった袋を両手にぶら下げて、斡旋所への道を急いでいた。
「大人げないだけの先輩だって思われるのは流石に嫌だしね」
 ゴールした後は新入生たちを出迎えて、ドリンクを配るつもりなのだ。

「‥‥僕って今何番目なんだろう?」
 走りながら、ふと不思議に思う。スタートで飛び出していったエイルズレトラの姿は、ここに及んで全く見えない。また妨害があるかも、と踏んでいたのだが。
「急いでまわってきたから、かなり早い‥‥つもりなんだけど」

 実は──。

「いっちば〜ん!」

 エイルズレトラは、春樹が購買で買い物をしている頃には、すでにゴールの斡旋所に辿り着いていた。それもそのはず、彼はCPを近場だけ、しかも三箇所しかまわらずに戻ってきてしまったからである。
 もちろん、ルール的にはそれでもかまわないのだが‥‥。
「いいの? まだ時間あるわよ」
 紘乃にそう聞かれても、エイルズレトラは涼しい顔。
「ええ。僕は一着にしか興味ありませんから」
 真っ先に戻ってくることだけを考えていた彼の得点は、(途中の購買で『ー30』を出したこともあり)一着のボーナスを含めても、下から数えた方が早い順位になっていたのだった。



 結局、春樹は全体の二番目でゴール。エイルズレトラがどや顔で彼を出迎えた。

 ボーナスの対象である三番目に斡旋所にやってきたのは恋音。
「お帰りなさい! 恋音ちゃんも早かったわねっ」
「おぉ‥‥お手伝いすることがあるかと思って、早めに戻ってきたのですがぁ‥‥」
 そんなやりとりをしてる間にも、静矢が斡旋所に入ってきた。
「どうやら、ボーナスはとれなかったか‥‥まあ私は、途中の転移装置でマイナスを出してしまったから、総合順位には絡めないだろうが」
 今日は全体的に運がなかったな、と苦笑する静矢である。

 その後、新入生たちも含めてCPを回り終えたものたちが続々と斡旋所へと戻ってくることになった。

   *

「ゴール、ですね。なかなか楽しいイベントでした」
 アルティミシアが斡旋所へゆっくり帰ってきた。ちょうどきりのいい時間になっている。
「それじゃ、結果の集計を──」
「待った待った! まだセーフだよね?」
 紘乃が参加者を呼び寄せようとしたところで、ジェンティアンが駆け込んできた。
「ぎりぎりセーフ、ってことにしておきましょうか。それじゃ、結果を集計して、発表するわよっ」


「総得点一位は‥‥月乃宮恋音さん!」
 合計得点は210点。彼女は購買だけでなく、科学室でも最高点を出した。その勝負運の強さが勝利に結びついたのだ。
「賞品はなんと! 『マツタケ』ですっ」
 今回、上位三名には新歓イベントで作成された各種アイテムがプレゼントされることになったのだ。おかげで一位賞品はなんとも豪華になった。
「これは食べても、変なことにはならない‥‥と思うわよ?」
 たぶん。

「続いて二位は‥‥神谷春樹君!」
 合計得点は195点。
「賞品は‥‥『某学園生の自己紹介VTR』です」
「えっと‥‥」
 これで友達を増やしてね、ということだろうか。

「そして三位は‥‥えーっと?」
 紘乃は艶華に顔を近づけた。
「ミツギ、です」
「そ、そう読むのねこれ‥‥賦艶華さん!」
 合計は190点。春樹は最後のボーナスポイントで彼女を逆転したのだった。
「賞品は、『戦闘記録アルバム』よ」
「戦い方の研究‥‥に使えるでしょうか?」


 表彰が終わり、紘乃は改めて参加者に向き直った。

「今日は時間の関係で全箇所は回れなかったと思うけど‥‥新入生のみんなも、今日参加してくれた在校生のみんなも、これから時間のあるときに、是非いろんなところをまわってみてね。きっと楽しいことがあると思うわよっ」

 しおりに書かれている場所だけでも、全部まわるのは大変なほど。久遠ヶ原には、とても冊子には収まりきらない膨大なスポットがある。
 そのなかで、もしかしたら人生を変えてしまうような、大事な何かに出会うかもしれない──。

 一人でも多くの学生が、そんな場所に出会えることを、願ってやまないのだ。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 奇術士・エイルズレトラ マステリオ(ja2224)
 大祭神乳神様・月乃宮 恋音(jb1221)
 揺れぬ覚悟・神谷春樹(jb7335)
 外交官ママドル・水無瀬 文歌(jb7507)
 ハッカー候補生・賦 艶華(jc1317)
重体: −
面白かった!:8人

思い繋ぎし紫光の藤姫・
星杜 藤花(ja0292)

卒業 女 アストラルヴァンガード
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
闇の戦慄(自称)・
六道 鈴音(ja4192)

大学部5年7組 女 ダアト
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
Standingにゃんこますたー・
白野 小梅(jb4012)

小等部6年1組 女 ダアト
勇気を示す背中・
長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)

大学部4年7組 女 阿修羅
ついに本気出した・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

卒業 男 アストラルヴァンガード
揺れぬ覚悟・
神谷春樹(jb7335)

大学部3年1組 男 インフィルトレイター
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
和風サロン『椿』女将・
木嶋香里(jb7748)

大学部2年5組 女 ルインズブレイド
ハッカー候補生・
賦 艶華(jc1317)

高等部3年1組 女 鬼道忍軍
破廉恥はデストロイ!・
アルティミシア(jc1611)

中等部2年10組 女 ナイトウォーカー