「それじゃ、並んで下さい」
久遠ヶ原学園入口。黒井 明斗(
jb0525)が呼びかけると、三人の女生徒がそれぞれに前に並び出た。
「‥‥良く思い出したらこの制服を着たのは編入時に撮った生徒証以来ですね」
こなれていない制服の、袖の具合を気にしながら左に立ったのは小等部の雫(
ja1894)。もうじき中等部に上がるであろう彼女がそんなことを口にするのも、服装に関してほぼ規則がないと言える久遠ヶ原ならではである。
「んぅ、キツキツです」
中等部の制服を窮屈そうに着て真ん中にいるのはマリー・ゴールド(
jc1045)。
「‥‥マリーさん、それはご自分の制服ですか?」
「私、あの‥‥既製品はサイズがなくって」
ともすればおへそが見えてしまう制服の裾を必死でおろしながら恥ずかしそうに言う。顔を赤らめて身をくねらせる様子がやたらに色っぽく見えるのは気のせいだろうか。
「まさかの冒頭からサービスシーンとな!?」
右隣で違和感なく高等部の制服を着こなしていた歌音 テンペスト(
jb5186)が目をむいた。
「これはいわゆる皆で脱げば怖くないというヤツですね。さあ雫さん、あたしたちもヘソを!」
「え‥‥と」
「いや、普通でいいですから!」
慌ててストップを掛ける明斗であった。
「笑顔でお願いしますね」
明斗が構えたカメラに、三人が視線を向ける。
今年は有志の学生の手で作られることになった学園紹介のしおりの、これが表紙を飾る写真となるのだった。
●
学園入口での写真を取り終えた明斗は、そのままカメラを担いで敷地内へ。
今日はこのまま各所を回って部活動などを取材し、しおりに掲載する写真を撮る予定なのだった。
「ようこそ、こちらは拳闘部‥‥ボクシングを行う部活ですわね」
『久遠ヶ原拳闘部』という少々いかめしい看板の奥に広がる光景は、その名にふさわしいもの。ただし、明斗を出迎えたのは金髪美女の長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)。彼女を知らないものならば、少々不釣り合いに感じたかも知れない。
ただし、それは最初のうちだけだろうが。
「日々トレーニングに勤しみ、自らを鍛えお互いに拳を交える‥‥それは素晴らしいことですわ!」
カメラを構えながら話を聞く明斗に、みずほは滔々とボクシングの魅力を語って聞かせる。
「試合をすることで味わえる魅力‥‥これは是非皆様一度体験していただきたいと思いますわ。初心者の方にはわたくし達が丁寧に指導いたしますわよ」
と、勧誘のアピールも忘れない。
「ちょうどわたくしの試合が決まっておりますの」
「これからですか?」
「ええ、是非取材していただけないかしら」
試合が始まると、気品深いお嬢様然としたみずほのイメージは一変した。何しろ内容は真っ向からの壮絶な打ち合いであったから。
表情を歪めながらもなお相手に向かっていくみずほの勇姿を、明斗は圧倒されつつもカメラに収めた。試合前と試合中、ふたつの表情を並べて載せれば、きっと目を引くことだろう。
*
「ええと次は‥‥アイドル部ですか」
「『アイドル部。』です。『。』まで入って正式名称ですよ」
部室の看板を見上げた明斗に背後から声がかかった。
「私、川澄文歌(
jb7507)が部長を務めてます。今日はよろしくお願いします」
文歌はアイドルらしく洗練された笑顔で明斗を出迎えた。
「普段は屋上で歌やダンスの練習をして、その成果を動画サイトにアップしているんです」
文歌はパソコンを操作して、そのいくつかを明斗に見せた。
「へえ‥‥男性もいるんですね」
「はい♪ 男性メンバーも募集中ですよ。黒井くんもどうですか?」
突然振られて、明斗は苦笑した。
「ええと、他には?」
「不定期ですけど、イメージカラー総選挙ってイベントを開いてます」
ちなみに私のカラーは青です、と文歌。
「総選挙って名ですが‥‥色が被ったら、サイコロで勝負!」
その辺、いかにも久遠ヶ原だ。
「ピンクだった子が今回は緑、などもあります。でもイメージ色が変わると気持ちも一新で楽しいですよ」
明斗がカメラを向けたので、文歌はそれっぽくポーズをとる。
「アイドルにちょっと興味がある子からプロ志望の子まで、いつでも大歓迎です♪ ‥‥今入部すると、部員の歌う音楽CDが貰えます!」
淀みない宣伝文句でびしっと決めたのだった。
*
明斗の取材はまだ続く。学園の敷地内になぜかぽつんとあるプレハブ小屋が次の目的地だ。
「よくきたな。ここは『不良中年部』だ」
そこはかとなくけだるい空気の漂う室内で、ミハイル・エッカート(
jb0544)が出迎えた。
「学園は子供ばかりで、俺みたいな大人な学園生は肩身が狭いだろ? そんな大人同士でつるもうっていう部活だ」
ミハイルは灰色のソファに深く腰掛け、くつろいだ様子を見せる。
「‥‥といいつつ、入部は老若男女自由、大人の魅力を知りたい若者も歓迎だ。部長は俺」
ミハイルは親指の先で自分を示した。
「よく、例の先生が顧問だって間違えられるが、あの先生は一般部員扱いだぜ。そこんところ、よろしくな」
プレハブを出た明斗が続いて向かうのは‥‥。
「よくきたな。ここは『インフィルトレイター研究部』だ」
「‥‥あれ?」
出迎えたのはまたしてもミハイルだった。
「‥‥気にすんな。さて、器用貧乏と言われるインフィだが、実はそうでもない」
「そうですね‥‥僕は本職ではありませんが、命中力の高さは特筆すべきものがあります」
「その通りだ。だがそれだけじゃない」
ミハイルは嬉しそうににんまりと笑った。
「スキルのバリエーションの広さも売りだぜ。攻撃だけでなく諜報面も活躍できる。最初は何から手を着けていいか戸惑うかも知れないが‥‥」
そんなときはここへ来れば、先輩インフィ達が優しく教えてくれる、という訳だった。
「極めると格好良いインフィで一緒に頑張らないか? そしてモテモテになろうぜ!」
拳銃を構えてニヒルにポーズを決めるミハイルを、明斗はしっかり写真に収めるのだった。
*
「いらっしゃいませー」
夕刻になり、明斗は学園を出て島のはずれ、コンビニ「ハッピーストア」へ足を伸ばしていた。
レジには表紙モデルを務めてくれた歌音がいて、淡々とレジ打ちをこなしている。
「アルバイトの様子を紹介するというのも大事ですよね」
学園生はすなわち撃退士であるから、依頼を受けることで収入を得ることができるが、こういった一般的な手段ももちろん存在するのだ。
「ええ。もちろん朝は食パンをくわえて『遅刻遅刻〜!』というお約束な風景も存在します」
歌音は自分で撮影したという紹介写真を明斗に見せた。
「‥‥この青汁とカマボコと‥‥微妙な薄さの本が積み重なっている写真はなんでしょう」
質問しながら一方で、理解しない方がいいのではと考える明斗である。
奥からもう一人のアルバイト、モブ子(愛称)が出てきた。
「お疲れ様でし」「モブ子センパイ! さあ今日もめくるめく愛の世界へお疲れ様でしたああああ!」
──と思ったら歌音にかっさらわれていった。
「ええと‥‥」
「あ、よかったらバイト募集中、ってしおりに書いといて貰えるとうれしいなあ」
一瞬の出来事に呆然とする明斗に、レジに入った店長が疲れ切った声で言うのだった。
*
場所を変えてこちらは茨城県にある野球場、ラークススタジアム。
「さあ、あと一人ですよ潮崎さん!」
「そうね鈴音ちゃん!」
デーゲームで行われているプロチーム・茨城ラークスの試合を、六道 鈴音(
ja4192)と潮崎 紘乃(jz0117)が必死になって応援していた。
「これでなんとか三連敗は免れ‥‥ってああっ! なんでそこでヒットを!」
「だ、大丈夫よ! あと一人! あと一人!」
ラークスは抑えの斉木がマウンドに上がっていたが、ツーアウトながら走者を溜め込んでいる。果たして勝負の結果は──!
*
「ハラハラしたけど、見事ラークス勝利! いい取材ができたわ!」
鈴音はほくほく顔で、球場名物ラークス焼きを頬張った。
「そう言えばこれ、取材だったのよね‥‥」
「ラークススタジアムは、久遠ヶ原の主要スポットでしょ!」
島内かどうかは、この際気にしない構えである。
「Aクラス入りに賭ける意気込みを、原稿に込めますから! あと、獅号選手のこともちょっと触れておこうかな」
「今年はトラブルなくやれてるみたいね、獅号選手‥‥シーズンオフには、また遊びに来てくれるかしら」
ラークスの元エースである獅号 了(jz0252)は、久遠ヶ原に何かと縁がある人物である。
「きっと来ますよ。さあって、ラークスファンが増えるような原稿を書かなくちゃね!」
ファン獲得のため、気合いを入れる鈴音であった。
●
翌日。
取材を続ける明斗がやって来たのは、和風サロン『椿』。出迎えたのは部長‥‥というか女将の木嶋香里(
jb7748)。
「よろしくお願いします」
「はい、おもてなしさせて頂きますね♪」
香里は礼儀正しく微笑んだ。明斗の他、紘乃や友人の春苑 佳澄(jz0098)も招待されている。
「春苑に誘われて一緒に来たが‥‥構わなかったか?」
と香里に尋ねたのは川内 日菜子(
jb7813)。
「もちろんです‥‥お茶の用意をしますので、皆さんは掘炬燵でお寛ぎください♪」
香里に誘われ、一行は奥へと進んだ。
「な、なんか緊張するわね‥‥」
香里が洗練された所作で抹茶を点てるのを見て、紘乃は体を固くした。
「ふふ、気負わず楽にしてください」
「んー、お茶の良い香りがして‥‥とっても美味しい!」
「ありがとうございます♪ お茶請けの栗羊羹も味わってくださいね♪」
佳澄が素直な感想を述べる。そんな様子を、明斗が少し離れた位置からカメラに収めていった。
*
「紹介原稿は明日には提出しますね。差し入れを持って伺います♪」
「ええ。僕も今日一杯は写真撮影ですから」
明斗は香里とそんなやりとりをして『椿』を後にした。紹介を希望する部活はまだまだある。彼は今回、大忙しなのだ。
「今日は食べ歩きなんだよね!」
佳澄は屈託のない笑顔を日菜子に向けた。
(ずいぶん元気になったみたいだな)
その様子に少し安堵する日菜子。今日は佳澄との時間をつくるのも目的の一つだった。
(とはいえ依頼は依頼だ。完璧に実行しなくては)
彼女たちの目的は、学園周囲のグルメマップの作成。基本的に寮生活となる学園生にとって、食事情は重要であるに違いなかった。
「学生向けの紹介だし、やはりリーズナブルなところをピックアップしていくべきだな」
学園の外へ出て、いくつかの食堂などをチェックした二人は、続いてとある鉄板ステーキ店へと足を運んだ。
「やあ、いらっしゃいませ〜」
二人を出迎えたのは星杜 焔(
ja5378)だった。
「ここかあ、星杜くんがバイトしてるお店」
「クッキングパフォーマーのバイトだよ〜こちらの席へどうぞ〜」
「お肉の焼き加減はいかがなさいますか」
鉄板を挟んで向かいに立った焔が落ち着いた態度。ディバインナイトの紳士的対応はこんなときにも大活躍らしい。
「それじゃあ焼いていくよ〜」
煙を立てる肉の上で、調理器具を持つ焔の手が踊る。一枚肉が一口大のサイズに刻まれて、望みの焼き色がつけられていく。
「塩コショウするよ〜」
今度は両手に調味料。焔はペッパーミルを空中に高く飛ばし、その間に塩を振る。終わったところで背中にミルが降りてきて、前を見たまま後ろ手にキャッチ。
「やった!」
佳澄が拍手した。
焔は実に楽しそうな笑顔で調理を続け、美しく焼けたステーキがお皿に載った。
肝心のお味は──。
「‥‥うん、完璧だな」
とのことであった。
「しおりにこのお店のクーポンをつけてもらうつもりなんだ」
「それなら学生の懐にも優しいな」
日菜子の目的にもしっかりマッチしている。
「ごちそうさま、星杜くん!」
「学園でも『おうちごはん部』で家庭料理を振る舞っているから、よろしくね〜」
焔に見送られて、二人は店を後にした。
「まだ行けそうか?」
お腹に手を当てて、日菜子が佳澄に尋ねた。
「うん、大丈夫‥‥あっ、あのビルは?」
「『飛翔の塔』か‥‥確か、あそこも学園生が運営している場所だったな」
「『【喫茶店】まんてぃす』へおいでませなの!」
ビル一階の店舗へ足を踏み入れた二人を、着ぐるみ姿の香奈沢 風禰(
jb2286)が出迎えた。
「わあ、かわいい! その格好、カマキリ?」
「そうなの! 私は店長のカマふぃなの!」
両手のカマをゆさゆさ振りながら佳澄達を席に案内する風禰。
「ご注文はなんにしますなの?」
「メニューは‥‥これか」
日菜子がメニュー表を取り上げると、そこには‥‥。
・ねこまんま
・きつねうどん
・たぬきうどん
・ワンコインランチ
「‥‥ねこまんま?」
食事メニューには見慣れない単語に興味をかられた佳澄。
「ワンコインランチか‥‥」
日菜子はそちらを選択した。
「しばらくおまちくださいなの!」
カマふぃ店長はそう言って奥へ引っ込んでいった。
*
「お待たせしましたなの!」
風禰が佳澄の前に「ねこまんま」を置いた。
「え‥‥これって‥‥」
「ねこまんまなの!」
『にゃーん』
鳴いた。
「まんますぎるよ!」
「さあ、ぱくっと! ぱくっといくの!」
「むむむ無理だよ!」
「ちなみにきつねうどんはきつねが──」
「わー、わー!」
佳澄はねこまんまを抱きしめて逃げていった。
「私も逃げた方がいいのか‥‥?」
戸惑う日菜子の前にワンコインランチが置かれた。
「まさか、これが‥‥」
「ワンコインランチなの!」
『くぅーん』
わんこ イン ランチ だった。
「さあ、まずは一口! ひとくちなの!」
「無理に決まっている!」
青ざめた日菜子はワンコインランチを抱えて佳澄を追いかけていった。
「あっ‥‥行っちゃったなの。今ならカマぽすプレゼント中だったのに」
自分のサインが入ったポスターを手に、風禰は呟いた。だが、彼女はめげない。
「しおりで宣伝して、新入生にも来てもらうなの! 皆、是非、まんてぃすへいらっしゃいませなのなの!」
嬉々として原稿づくりに取りかかるのだった。
「本当に、いろんな場所があるな、久遠ヶ原は‥‥」
「お、ヒナちゃんじゃねーか」
学園に戻った二人が息をついていると、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)がやってきて日菜子に声をかけた。
「やあ、ラル」
表情柔らかく、日菜子は答えた。
「そういえば、ラルもしおり作りに参加するんだろう? どこを紹介するつもりなんだ」
するとラファル、いたずらっぽく口角をあげた。
「俺は学園迷所を紹介するぜ」
「名所?」
「迷所、な。久遠ヶ原には四つの有名な裏路地がある。
非モテ共が日々怨嗟の声を上げる世紀末、漢ロード。モヒカン共が出す明日の種もみ定食は爺の涙の味がするって噂だ。
腐女子共が薄異本屋や執事喫茶に群がる乙女ロード。最近は壁ドンのやり過ぎで壁の穴が目立つらしいが、そこは許してやってくれや。
美男美女のカップルの巣窟、勝ち組が集うリア充ロード。ここを爆破したいってヤツは多いだろうな。っていうか俺がしたくてたまらねー」
「知らないところばっかり‥‥」
佳澄はぽかんと聞いている。
「そしておとめんロードだ。第三の性をもつもの達の生息地。気弱君が理想の彼女を探したければここに来るといいかもな」
ただし後のことは知らんけれど、と言ってラファルは笑う。原稿の仕上げがあるから、と二人に手を振り、立ち去っていった。
「‥‥本当にあるのかな?」
「春苑は、知らなくて良いと思うぞ‥‥」
*
黄昏ひりょ(
jb3452)は久世姫 静香(
jc1672)を連れて、学園の中を案内していた。
「撃退士が集まるって言っても、学校だからね。それっぽい行事も結構あるんだ」
「そうなのか」
静香はまだ学園に来て日が浅い。彼女ならしおりに対しても、新入生に近い視点で意見を言えるだろう。
「時期が近いのは進級試験と‥‥文化祭かな。結構本格的な料理が食べられるところもあったし、お化け屋敷とかそういうのもあったよ」
「ほう‥‥そうか」
静香は感心した様に頷いた。
「先日の大きな戦いには私も参加したが‥‥厳しい戦いをこなす一方で、そうした行事もあるのだな。そういうメリハリが効いた部分はいい所なのかもしれぬ」
「でも、その辺は撃退士の学校だから‥‥内容はハードだったけどね」
ひりょは頬を引っ掻いた。
「運動会もグレードが半端なかったよ。大玉転がしまくったり、くず鉄投げまくったり‥‥」
「くず鉄?」
会話を続けながら歩いていると、向かいから佳澄と日菜子がやってきた。
「ひりょ君だ。こんにちは!」
「やあ、春苑さん」
「‥‥そっちの子は?」
ひりょは静香を紹介する。何気ない会話をかわして行き違った。
「‥‥ふ」
「どうしたの、久世姫さん?」
不意に静香が笑ったので、ひりょはきょとと問う。
「少し、安心したのだ。今の様子を見て」
静香曰く、ひりょとは何か因縁があるらしい。ひりょ自身にはあまり実感はないのだが。
「私にも友達が沢山出来るといいが」
「大丈夫、きっと出来るさ」
何しろ学生だけで数万在籍する久遠ヶ原だ。静香にもかけがえのない存在が生まれてゆくに違いない。
自身の経験を胸に、ひりょは確信を持って頷いて見せたのだった。
●
「この場所は前もって知って置いた方が良いですよね」
普段の格好に戻った雫がいるのは、科学室前であった。
自身の所持品を強化しようとする生徒達が日参するこの場所。雫自身も、何度となく通った場所だ。
「‥‥取材の目的で来てみると、改めて、こんなに生徒の悲鳴が飛び交う場所は他にないのではないでしょうか」
絶望に満ち満ちた悲鳴は、愛用品がくず鉄になり果てたものに違いない。
同じ悲鳴でも喜びが混じったものもある。突然変異で何か良いものが生まれたのだろうか。
「‥‥扉の外に居るだけで中で何が起こったか判りますね」
雫は心から同情しつつ、利用の際の注意点をまとめていく。
「この辺の事を紹介しておけば、新入生達の被害も収まる‥‥のかな?」
しかし悲鳴に混じって時折聞こえる歓喜の声が、やはり彼らにも同じ洗礼を浴びせんと誘惑してくることだろう。
「教訓も込めて、『この扉をくぐる者は一切の楽観を捨てよ』と締めましょう」
彼女の心遣いが、多くの新入生に届くことを願うばかりである──。
「この手のしおりは簡素なものが好まれると思われやすい。だがそれは断じて否だ」
黒毛に埋もれた黒目を光らせ、学園の廊下をズンズン進んでいるのは下妻笹緒(
ja0544)。
「読んでも読まなくても同じような当り障りの無い内容では、新入生の心には響かないし、久遠ヶ原のなんたるかを理解してもらうことなどできないのだ」
そう持論をぶつ笹緒が目指しているのは、生徒会室だ。
ビッグスクープでなくてもいい。役員がこっそり隠しているお菓子はないかとかそんなことでも、ただ生徒会の役割を記事にするよりきっと注目を集めるだろう。
「取材ですか? 構いませんけれど‥‥」
笹緒の応対に当ったのは生徒会長の神楽坂茜(jz0005)だった。
「ご覧の通り忙しいので、あまりしっかりした応対はできませんよ?」
「それで結構。勝手にやらせてもらう」
むしろ笹緒からすれば、その方が好都合である。
基本的に役員か、役員同伴でなければ立ち入れない生徒会室を、笹緒はじっくりと見て回る。
机にはノートPC、そして対応中の書類が山と積まれ、役員たちが皆忙しそうに仕事をこなしている。
棚にはぎっしりファイルが並んでいる。何か役員の私物的なものがないかと目を凝らしたが、何もない。
──ぶっちゃけそれだけであった。
(これは、予想以上だ‥‥!)
笹緒は驚愕した。さすが『久遠ヶ原三大がっかりスポット』と言われるだけはある。
しかしただでは引き下がれない。笹緒のパンダ・アイは、部屋の奥にひっそりとある扉を捉えていた。
あの先には何があるのか。きっとそこにこそ、求めていたものが存在するに違いない──!
だが、笹緒が扉に近づいたところで、背後から声がかかった。
「すいません、奥へは役員でないと入れない規則なのですよ」
学園最強クラスの生徒会長に背後につかれてそう言われては、さすがの笹緒も引き下がるほかはないのであった。
●
さらに翌日。
紘乃が作業の為に借りた教室に人が集まり、製本に向けた作業が行われた。
「原稿、書けたわァ‥‥内容を見てもらってもいいかしらァ?」
黒百合(
ja0422)が席を立つと、奥の方で作業をしていた月乃宮 恋音(
jb1221)が手を挙げた。
「おぉ‥‥では、こちらへお持ちいただけますでしょうかぁ‥‥」
黒百合の原稿を受け取り、さっと目を通す恋音。
「これは、購買の紹介ですねぇ‥‥」
「事前に確認したところだと、誰もいなかったみたいだしィ‥‥でも、必要でしょォ‥‥?」
「はい、助かりますぅ‥‥」
どことなくイントネーションに共通項のある二人の会話である。
原稿では、購買は「科学室と並ぶ学生達が絶望と希望を味わう場所」と紹介されていた。
「強力な装備は籤で手に入れるしかないものねェ。購買品でも十分戦えるから、そこは自分の財布と相談、かしらァ‥‥♪」
「自分を強くするのなら、スキル関係も大事だよな」
龍崎海(
ja0565)が黒百合の隣に立ち、原稿を差し出した。
「というわけで、俺は屋上の紹介記事を書いたよ」
海の記事は、学園の屋上で出来ること‥‥スキルの習得・強化・そしてオリジナル化の手順が書かれ、さらに指導員のコメントも載っているなど盛りだくさんな内容だった。
「スキルは全部載せられないから、そこは実際に行ってだね」
代わりに校内のいろんな屋上の様子が紹介されていた。校舎も無数にある久遠ヶ原なので、一口に屋上と言ってもいろんな風景がある。
そして記事の最後には、「『スキルについてのFAQ』はよく確認しておくべき」という、海自身のコメントが添えられていた。
「これは実際にスキルを使ってきた先輩達の検証結果であり、よりよく使う為に読んでおくべき‥‥俺自身、はっとさせられたこともあるしね」
「装備やスキルで自分を強くしたら、次はいよいよ天魔との直接対決! といったところでボクの記事は新旧取り纏めたネームド天魔のコーナーや」
蛇蝎神 黒龍(
jb3200)が威勢良く提出した原稿のトップには、悪魔レガ(jz0135)の写真が限界まで引き伸ばされて載っていた──といっても学園の資料写真は戦闘中のものしかなかったので、小さいのだが。
「使うとわかっとったらこないだ会うたときに一枚撮らせてもろたんやけどね。惜しいことしたわー」
「イケメンコーナー、ですかぁ‥‥」
恋音がレガの写真を見て呟いた。
「んー、それともコッチの『魅惑のオッパイネームドレディ』のコーナーがトップの方がええかな?」
こちらは名だたる女性天魔の写真が掲出されている。意外と胸元がばっちり写っている写真が多い気がするのは気のせいか、はたまた撮影者の性なのか。
「このアングルめっちゃええ‥‥散った英霊に感謝や‥‥」
黒龍は目頭を押さえて感激している。あと撮影した人死んでないと思うよ。
「では、原稿はお預かりしますねぇ‥‥」
原稿は恋音が一旦預かり、昨日までに明斗が撮影した写真と併せて全体のレイアウトに組み込んでいく。事務に明るい彼女が手伝ってくれるので、紘乃は大助かりである。
彼女自身も、こちらもやはり多くの撃退士が世話になる「転移装置」や、完全に裏方となる事務関連の紹介記事を手がけていた。
「裏方志望、という生徒も、割といらっしゃいますのでぇ‥‥」
戦うばかりが撃退士ではない、ということなのだった。
「焔さん、『おうちごはん部』の紹介見出し、これでどうですか?」
星杜 藤花(
ja0292)が隣席の焔に見せた紙には、美しい手書きで部名と紹介タイトルが記されていた。
「ありがとう〜さすがだね」
「ふふ‥‥これでも文字を書くのは得意ですから」
実際に部の紹介を書くのは焔である。藤花はしおりの各所で、手書き文字が必要な部分を受け持ったり、清書を手伝ったりと編集に加わっていた。
「主要な場所はほとんど紹介できそうですね‥‥それなら私は、『妖怪飯食えお化け』の噂話でも書いてみましょうか」
「なあに、それ?」
興味深そうに聞いたのは、須藤 緋音(
jc0576)。
「ええと‥‥学園にいるお化けの噂です。元気のない人の所に現れては美味しいお弁当を食べさせるって言われてるんですよ」
「へえ‥‥やっぱりそういうお話もあるのね」
感心する緋音。藤花は焔をちらりとみたが、焔は何も言わない。もちろん藤花も、真相はそっと胸にしまっておくのだった。
「そうだった、私も原稿を持ってきたの」
飯食えお化けやおうちごはん部の話を聞き入っていた緋音が思い出したように用紙を取り出した。
そこには、学園の図書館についての記事が書かれていた。
「さすがに初等部から大学部まであるし、大きな学園だから‥‥本の種類は夢の様に豊富よ。それに、天魔についての研究書や歴史についての著書もね」
緋音はうっとりとしながら記事の内容を説明する。本が好きなのだろう、ということが態度からも伝わってきた。
「私も文芸関係の本ならだいたい判るから‥‥授業が終わると大体そこにいるし、判らなかったら聞いてね」
藤花が内容を確認していくと、最後には緋音のおすすめする読書スポットの記載があったが、殆どが「海が見える」「潮騒が聞こえる」場所に集中していた。
「海がお好きなんですか?」
「ええ‥‥海が見える学園で、好きなだけ読みたい本が読めるなんて、夢のようね」
幸せそうに笑う緋音であった。
「遅くなってすまない。私も原稿を持ってきたよ」
編集作業の進む教室に鳳 静矢(
ja3856)がやってきた。
「‥‥おぉ‥‥鳳先輩は、どこを‥‥?」
「いや、私はこんなものを作ってきたんだ」
恋音に向けて静矢が原稿を差し出す。それは、学園の年間予定表と、学生達と天魔の抗争が激しくなった二〇一一年以降の大きな事件を記した年表だった。
特に事件の年表は初めての大規模作戦となった京都での戦いから、もっとも最近の秩父、今なお進行中の種子島の出来事まで、大きなものは軒並みフォローしてあるようだった。
「改めてこうしてみると、いくつもの戦いが、日本各地で起こっているものだね」
特に一三年以降はほぼ年ごとに二、三度は大規模な戦いが発生していることがわかる。
「今年はもう、すでに三度ですか‥‥」
雁鉄 静寂(
jb3365)が年表を覗き込み、溜息混じりに言った。
「ああ、しかも、まだ何か起こる可能性は高いだろうね」
「新入生の方々も、そう時間をおかずに大規模作戦へ召集されるかもしれませんね」
言いながら、静寂が自分の原稿を取り出す。
「ちょうど、大規模作戦についての紹介を書いてきたんです。それから──」
「そういう方には、僕達の部活がぴったりですよ!」
そこへ割り込むような格好で、佐藤 としお(
ja2489)が声を上げた。
としおが広げて置いた原稿には、「私達は【Invisibles】です」とタイトルが記されている。
「初心者でどうしていいのかよくわからない‥‥とか、ボッチじゃ寂しすぎて死にそうだ‥‥とか。そんな思いがフッと心の隅をよぎったらお越しください。優しいチーム員がきっと貴方の心の隙間を埋めてくれるはずです‥‥ええ、きっと」
としおは原稿の内容を朗々と読み上げた。
「大規模作戦で記録員の目に留まりたい、家族兄弟関係者が多すぎて手に負えない、なんでもOK! 入部の切っ掛けなんてちょっとしたことなんですよ!」
としおが力説していると、教室内で原稿を書いていたマリーがそこへ加わってきた。
「私が紹介するのも、大規模作戦で動く戦闘小隊ですよ」
彼女が所属する『討伐組【紫】』は、新人クラスのメンバーも大勢居るらしい。
「最大のウリは‥‥男子が可愛いこと、です」
そう言ってマリーは微笑んだ。
「それなら、わたしたちの部活【カラード】も、同じですよ」
置いて行かれそうになった静寂があわてて声を挟んだ。
「男子が可愛いんですか?」
「いえ、そちらではなく」
静寂はこほんと咳払い。
「【カラード】は団長を中心に団員の意見をまとめて作戦を練ります。前線で敵の主力や大将を狙うことが多いですね」
新規団員も常に募集中です、と静寂は締めくくった。
「新入生、沢山入ってくるといいですね」
「ええ」
としおが言い、静寂は頷いた。
(【カラード】も近頃は人が減ってきていますし‥‥)
果たして新入部員ゲットはなるだろうか。
●
「みんな、お疲れさまっ!」
紘乃が疲労をにじませつつも、華やいだ声を掛けた。
「おかげさまで、しおりの原本が完成したわっ。こんなに充実した内容になるなんて‥‥みんなにお願いしてよかったわ」
学園の主要スポットはほとんど網羅し、部活の紹介や近隣の情報、果てはちょっとした噂話まで。「久遠ヶ原の歩き方 2015/16」は、過去に類をみないボリュームとなったのだった。
「残りの作業は斡旋所で引き受けるから、皆は‥‥」
「あの、いいですか」
解散を呼びかけようとした紘乃に、静寂が手を挙げた。
*
「皆さん、もう少し中央によってください」
ファインダーを覗きながら、明斗が身振りで指示をする。
静寂が言ったのは、最後にしおりを作成したスタッフで記念撮影をしたい、ということだった。
それで、今回関わった人々が学園入口に集まり、夕焼けの校舎をバックに並んでいるのだ。
「じゃあ、撮りますよ」
三脚の上に立てたカメラのタイマーをセットし、明斗も列の中に駆け込む。数秒空けて、シャッター音が鳴った。
記念写真は、これからやってくる新入生には秘密の、彼らだけの思い出だ。
だが気にすることはない。
新入生達もいずれ、幾つもの思い出を手にしてゆくのだから。