●DAY1
「あと一週間か‥‥始まりがあれば終わりがある‥‥か」
強羅 龍仁(
ja8161)は呆然としながらも、驚くほど自然にこの事実を受け入れていた。
ここで幾多の戦いを経験した。多くは命を守り、救うための戦いだった。戦いの中で様々な人と出会い、時に別れた──。
(最後の戦いは、静岡になったか)
龍仁にとっては、かつて妻を亡くした地だ。それ故に、人一倍思い深く臨んだ戦いだった。
(俺は、あの戦いで何を守って、何を失ったんだろうな‥‥)
歯痒さはあっても、今となってはどうしようもない。
「‥‥荷物を整理するか」
龍仁は潔く立ち上がった。
「なぜもっと早く伝えてくれなかったんだ‥‥!」
金鞍 馬頭鬼(
ja2735)の馬あごはがくがく震えていた。
「閉校してしまうのなら仕方ないですね」
対し、黒井 明斗(
jb0525)は落ち着き払った様子。
「でも確かに突然すぎますね。学力に問題がないものには、卒業証書くらい出して欲しいものです。ちょっと交渉してくるとしましょう」
明斗は行ってしまった。
「卒業証書か‥‥たとえ卒業できたとしても‥‥」
馬頭鬼にとって重要なのはその後。
「国家撃退士‥‥いや、それでは今の姿を保てない!」
公務員への視線も厳しい昨今に馬人撃退士登場! なんてニュースは風当たり強すぎだ。
「くそ! どうすれば良いのだ‥‥」
馬頭鬼はふらふらと立ち去っていった。
「‥‥なっ!! なんということかーーーっ!!?」
兼六園 杏澪(
jc0786)は絶叫した。
未練はある。いろいろある。だけどもっとも大きくな後悔といったら。
「まだっ‥‥彼氏のひとりも出来てないっ!!」
パイルバンカーをこよなく愛する戦闘少女といえど、出会いを期待していないわけがない。
両親はお互い壮絶な殺し合いの果てに結婚し自分を生んだというのに、自分は戦いの場を取り上げられてしまうのだ。
「‥‥かくなる上は‥‥」
僕より強いヤツに会いに行く。
杏澪は覚悟を決めた。メリーオアダイ。メリーオアダイだ。
その日から彼女は片っ端から決闘を挑むようになる。
‥‥が、杏澪のあまりの意気込みに相手は腰が引け、皮肉にも連戦連勝を飾ることになった。
「誰か、僕を負かしてくれる男はいないんですかーっ!」
*
「‥‥どうしよう」
雫(
ja1894)は報せを聞いて立ち尽くした。
「取り敢えずは原因を探ってみますか‥‥もしかしたら、一発逆転で撤回できるかも知れませんね」
「‥‥というわけで、協力をお願いしたいのですが」
「もちろん、学園が残るのなら吝かじゃないけど‥‥何かアイデアがあるの?」
潮崎 紘乃(jz0117)は不安そうに眉根を寄せる。雫は頷くと、顔を寄せて声を潜めた。
「私は、●●●が怪しいと思うのです」
「●っ‥‥!」
紘乃の口を雫は慌てて塞いだ。
「静かに。‥‥でも潮崎さん、●●●の髪の毛‥‥不思議に思いませんか?」
「髪の毛?」
時々学園入口に立っている●●●の姿を思い浮かべてみる。
決して若くは無いはずだが、頭髪は白いものが混じる様子もなく、ボリュームもたっぷりだ。
雫は単刀直入に言った。
「私が思うに、閉校の原因は●●●の公費横領‥‥内容は、カツラか増毛と踏んでいるんです」
雫を送り出した紘乃は、気持ちを落ち着けようとコーヒーを口に含む。
「潮崎さん、ここにいましたのね!!」
直後にバーンとドアが開き、コーヒーを吹いた。
金髪美女が腰に手を当て紘乃の前に立つ。
「のんきにコーヒーを飲んでいる場合ではありませんわ。急いで会場を確保して下さらないと」
「会場‥‥なんの?」
「クリスティーナ アップルトン(
ja9941)、アイドルデビューのライブ会場ですわ!」
「へえ?」
変な声が出た。
「この状況を打破するには、私がアイドルになって大ブレークし、世論を味方に付けるしかありませんわ!」
自信満々に紘乃へ言い渡す。
「明日からツアーを開始しますわ! 必要な手配はすべてお任せしますわよ」
「えっ何言ってるの」
「私の美しさに不可能はありませんわ!」
豊満なバストを揺らすクリスティーナである。
「やっぱり他人の不幸? は甘い蜜よねェ‥‥クヒヒヒィ♪」
ことさらに悪い顔をして学生たちの様子を眺める黒百合(
ja0422)の背後に、影が一つ。
「あらァ‥‥? ●●●さんが、何のご用かしらァ‥‥?」
「どうやら私の身辺をかぎ回る輩がいるらしくてね‥‥仕事をお願いしたい」
ダンディミドルはさわやかに歯を見せて笑った。
●DAY2
「もっと思い出が欲しかったのですが‥‥」
スゥ・Φ・ラグナ(
jc0988)は、学園の巨大食堂から窓の外を見ていた。
「まだ一週間ある、というのがせめてもの救いでしょうか。せめて、学園最後の一週間はゆったりと過ごすとしましょう‥‥」
地堂 光(
jb4992)が肩を怒らせて食堂に入ってきた。
「食ってやる。食いまくってやる」
光の目はぎらつき燃えていた。彼は学園入学当初からの目標を叶えにやってきたのだ。
プロフィールを見てみるがいい。彼の目標は『学食制覇』だ!
光は券売機に勢いよく久遠を投入すると、バンバンバンとボタンを連打し、全種類の食券を手に入れた。
「さあ、全部持ってきてくれ!」
光の前に料理が並べられる。
「今日の俺はいつもの俺とは違うぜ‥‥何しろ姉さんの殺人料理をかいくぐってきたからな」
普段どんなもの食べさせられてるんでしょうねこの子。
「あっちの方が最終決戦っぽかった気もするが‥‥とにかく、いくぜ!」
箸をとりあげ、勢いよくかきこみ始めた。
‥‥そしてものの数十分で、全部食べ終えた。
「こんだけか?」
呆気にとられる光。
「この学食って、メニューが常時四種類しかないのよね」
そう言ってきたのは蓮城 真緋呂(
jb6120)だ。見ると、彼女も光が頼んだのと同じだけのお皿を盆に乗せている。そして同様に食べ尽くしていた。
「まあ、ここ以外にもレストランなんかはあるから、あまり困らなかったけど」
真緋呂はお皿を調理場に返すと、さっさと学食を出ていった。
「‥‥いや、まだだ。きっと何か裏メニュー的なものがあるはず」
入力欄にテンプレで用意されている目標が、こんなに簡単なはずはない!
「さあ、持ってきてくれ!」
‥‥果たして、光の前に新たな料理が並べられた。
形容しがたいほど斬新でありながら、どこか懐かしさを感じさせる料理。
これが裏メニューか。光の喉が我知らず鳴る。
一口噛みしめた途端、電撃が走った。
「こ、これは‥‥!」
光はその場に突っ伏した。涙が流れ、肩がうち震える。
「姉さ、ん‥‥のだ」
感動してるんじゃなくて、痙攣しているのでした。
光の最終決戦はまだ終わっていなかったのだ。
〜DEAD END〜
「普段と違うメニューがあると思ったら‥‥」
別のテーブルで、スゥが巻き添えを食っていた。
*
「ええと次のお店は‥‥」
真緋呂は学園の地図を確認している。
「閉校しても天魔との戦いが終わる訳じゃないし、場所は他にもあるでしょ」
彼女にとっての問題は、学園の各施設が利用できなくなってしまうことだった。
「学園がなくなる前に、全メニュー制覇してみせるわよ!」
島内のレストランや、学生がクラブの形で経営している食堂まで含めたら膨大な量だ。だが、彼女はやる気だった。
●DAY3
その日朝、森田直也(
jb0002)の下駄箱に書き置きがあった。
──体育館裏に来い
「ずいぶん古風だな、何の用だ?」
彼を待っていた雪風 凛空(
jc0907)は目つきを鋭くする。
「決まってんだろ、決闘だ」
「何で義理の弟と決闘しなきゃならねえんだよ」
凛空は奥歯を噛みしめた。
直也の言うとおり、二人は義理の兄弟だ。直也の妻が凛空の姉であるから。
そしてそれこそが、凛空が直也を呼び出した唯一にして最大の理由だ。
「両親に黙って結婚とか、認める訳ねぇ」
凛空は吐き捨てるように言った。
「戦闘依頼の経験もないくせに、俺とやり合えるのかよ」
「知るか。コアゲーマーなめんじぇねえよ」
レベル差など気にする様子もない。相手が本気だと知ると、直也も顔つきを変えた。
「ったく、いい年して姉離れできねえガキが。いいぜ、俺が躾けてやるよ」
「俺は父親に頼まれてやっているだけだ。雪風一家に軟弱野郎はいらねえんだよ」
凛空は般若の面で顔を隠した。直也は光纏する。
「言っておくが加減はしねえ。そっちも魔具で来い」
「逆に手加減したら、ぶっ飛ばす」
‥‥もちろんしなくたってぶっ飛ばす気満々である。
*
そんな体育館裏を、のんきに観察しているものがあった。
「何やら面白そうなことをしているの」
直也の妻にして凛空の姉、森田 霙(
ja9981)その人である。
霙はリアクション芸人も裸足で逃げ出す超激辛調味料をお供に、物陰に隠れて二人の様子を伺っていた。少し遠いので、声は聞こえない。
「‥‥なんかじゃれ合い始めたの。相変わらず、男の子は謎なの」
二人が組んず解れつしているのを、あくまでものんきに見守っていた。
*
一方、二人はいたって本気のぶつかり合いだ。
直也の体を回転させての連撃を、凛空は刀で受け流す。一撃貰って頬が腫れるが構わず、刀を引いて直也の腕を狙った。
「意外とやるじゃねえか!」
「なめんなって言っただろうが!」
だが、やはり直也の一撃の方が凛空のそれより重い。
「そろそろ──」
決着をつけてやる、と決めにかかる直也。だがそのとき。
「な!?」
「面白そうだから邪魔しに来たの」
突然緊張感なく現れた霙に直也は動きを止めたが、凛空は違った。
「余所見してんじゃねえよ!」
刀の柄を握り込んだ拳で、直也の後頭部を思い切り殴りつける!
直也はぐらつき、膝をつく──が、意識を切らすことはなく、凛空を睨みつけた。
「痛えな」
「ちょっとちょっと、やりすぎなの」
霙が険しい声を出すが、二人は取り合わない。
「姉様は黙っててくれ」
「悪いが本気なんだ‥‥危ないから、下がってな」
「むう」
直也は凛空へ飛びかかると左の旋棍を薙ぎ払うと、追撃とばかりに右の旋棍に力を込める。
だが、振り抜けなかった。見れば、虚空から魔法の腕が伸びて右手を絡め取っている。
妻が『異界の呼び手』を使ったのだ。
「霙!?」
凛空も驚いたが、好機は好機。これ幸いと体勢を立て直し‥‥たと思ったら、彼もまあた魔法の腕に押さえつけられた。
「姉様!?」
二人は霙の目を見て、遅まきながらすべてを悟った。
──怒ってる。
「喧嘩は両成敗なの★」
とどめの炸裂掌が二人をまとめて吹き飛ばした。
「あほ凛空もあほ直也さんも、付き合っていられないの」
霙はさっきまで愛飲していた赤い液体の瓶を取り出した。
「いや、待‥‥!」
直前まで本気で殴り合っていた二人は身動きが取れない。
「☆&※#〜〜??!!!!」
声にならない悲鳴が立て続けに二つ続くのを、止められるものなどいなかった。
*
霙は空になった瓶を倒れ伏す二人の脇に置くと、体育館裏を後にした。
この瓶と、直也の人差し指が地面に記した「ミゾレ」というメッセージだけを手がかりに残し、事件は迷宮入りになったという──。
〜DEAD END〜
●DAY4
この日、クリスティーナのインターネットライヴが全世界へ向け発信されていた。
「『久遠ヶ原の毒りんご姉妹』華麗に参上! ですわ」
『いけいけゴーゴー! ラブリークリスーッ!!』
「みなさーん! 私の歌を聴くのですわーっ!」
『ゴーゴーレッツゴー! ラブラブクリスーッ!!』
彼女のアイドルデビューは大成功していた。今では圧倒的ファンの皆さんの声援で音楽がかき消されるほどだ。
「みなさん、久遠ヶ原学園の再興にどうかお力をお貸しください!」
クリスティーナの切なる声に、大声援が被さった。
「へえ、学園を存続させようという動きもあったんですね」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は映像を切った。
エイルズレトラは閉校の発表があるなり、さっさと欧州の実家へと引き上げて来ていた。学園がなければ、撃退士も商売あがったりだと思ったからだ。
「たとえ天魔との戦争が終わっても、トラブルが尽きることはありませんからね」
ドアから重厚なノックの音が響いた。エイルズレトラが入れと命じると、彼の二倍はありそうな大男が入ってきて、恭しい態度で「客人です」と告げた。
「仕事の依頼でしょうか」
エイルズレトラはうきうきとした様子でそう言うと、ドアをくぐった。
今や彼は家長となった。天魔や撃退士が絡むことから、全く別枠の退魔、抗争の助っ人やら果ては暗殺まで何でもござれ。とにかく揉め事とあれば何にでも顔を出す欧州の裏家業、マステリオ家の家長だ。
客人の待つ部屋の前で、エイルズレトラはとびきりの営業スマイルを浮かべると、ドアを開き、これから何度と無く口にする営業文句を、淀みなく室内に響かせた。
「いつもニコニコ揉め事粉砕、お馴染みマステリオ家でございます」
●DAY5
亀山 絳輝(
ja2258)は焦っていた。
「何も就活してないのに‥‥このままThe NEETになることは避けなければ」
家に帰って親の微妙に気を使った目線を浴びながら生きていくなんて! 絳輝はこんな運命を与えた神を呪った。
‥‥よし、神が駄目なら悪魔に頼ろう。
「頼もーーー!」
ガラガラと景気よく引き戸を開いて絳輝はずかずかと中に入っていく。
ここはレガ(jz0135)の家だ。
「‥‥家?」
あいつ家なんか住んでたっけ、と絳輝は思ったが、まあこの際細かいことは脇に置いておこう。
玄関で靴を脱いで上がり込む。廊下の向こうから夕餉時のような甘辛い匂いが漂い、玉すだれの向こうから、聞き覚えのある低い声が響いてきた。
「何のようかね」
「就活だ」
絳輝はきっぱり答えた。そして懐から履歴書を取り出す。
「亀山絳輝22歳出身は久遠ヶ原大学‥‥中退、主な資格は普通免許と管理栄養士、現在調理師免許も取得しようと考えているとこです希望するならディアボロは嫌です人間のままかせめてヴァニタス辺りでお願いします!」
一息で言い切り、絳輝は息を吐く。
しばらくして、「丁度いい。入ってきたまえ」と声がした。
台所で、レガは白い割ぽう着に身を包んで煮物を作っていた。
「‥‥お前、何してるんだ?」
「あいつの煮物は美味かった」
レガの視線を追うと、仏壇に老婆の写真が飾ってあった。
「醤油と酒で煮ればいいのだとばかり、思っていたが‥‥どうも違うらしくてな」
‥‥そんな話だったっけ?
「料理の心得があるのだろうが」
「お? おう、家事料理なら何でもござれだ!」
「ならば、味を見てくれたまえ」
戸惑いながらも頷く絳輝に、レガは小皿を差し出すのだった。
*
一方、こちらは久遠ヶ原学園の‥‥とある秘匿された場所。
「この金庫に、きっと●●●の悪行の証拠が‥‥!」
密かに潜入した雫はとりあえず金庫の取っ手を引いてみるが、もちろん鍵がかかっていた。
「‥‥」
解錠手段など持っていない。雫は身構える。
「はあっ!」
鬼神一閃。
強攻でもって金庫は破壊。撃退士やってて良かった。
「これですね」
厳重に保管された包みを持ち上げた──その瞬間、閃光と、爆音。
部屋の端まで吹き飛ばされ、雫は喘いだ。
「くっ、爆弾が仕掛けられていたとは‥‥」
包みは無事だが、体が動かない。これを世間に示せれば、最悪の事態を脱することが出来るかも知れないのに‥‥!
薄れ掛けた雫の意識に声が響く。
「‥‥学園を残そうというその意気や良し、手を貸そう!」
かすむ目に映った救い主は、馬の姿をしていた。
「残念‥‥防げなかったみたいねェ‥‥」
たいして残念でもなさそうなのは黒百合だった。
「これで仕事は果たしたしィ‥‥火傷する前に退散するとしましょうかァ‥‥♪」
誰にも気付かれることなく、彼女はその場を後にする。大量の爆発物とともに。
「最後はやっぱり、これが鉄板よねェ‥‥♪」
馬頭鬼は受け取った包みを抱えて脱出した。
「で、これは何なんだ?」
興味に駆られて、中を覗いてみると‥‥。
ブラウンカラーの上等なカツラがぎっしり詰まっていた。
*
「光人お兄ちゃん、こちらですぅ〜」
校内のそんな動きとは全く関係なく、神ヶ島 鈴歌(
jb9935)は島内のショッピングモールでお買い物中だった。
「やあ、良かった。ばらばらになるかと思いましたよ」
楯岡 光人は涼やかな微笑みで、鈴歌の隣に並んだ。
本当は他にも連れがいるのだが、そちらとは完全にはぐれてしまったようだ。
「さて、二人を探しましょうか」
楯岡が右手を差し出した。
手をつなぎながら、二人はモールの中を歩く。
「光人お兄ちゃんは‥‥ここに来るまでどちらにいらっしゃいましたぁ〜?」
「今のところに落ち着くまでは、あちこち渡り歩いていましたよ」
会話が一区切りして、鈴歌は思い切って楯岡に言った。
「‥‥お兄ちゃん! ‥‥ぇっと‥‥名前で‥‥呼んで欲しいのですぅ〜‥‥」
楯岡は足を止め、鈴歌を見下ろす。
「鈴歌君、と呼べばよいのですか?」
鈴歌は首を振る。
「鈴、がいいのですぅ〜」
不安げに見上げる鈴歌に、楯岡はふわりと微笑んで。
「分かりました‥‥鈴 」
「 ‥‥君、神ヶ島君」
不意に肩を揺すられ、鈴歌は目を開けた。
「ふぁ‥‥?」
「はぐれたときはどうなるかと思いましたが、見つかって良かった」
楯岡と、後ろにもう二人。鈴歌のことをのぞき込んでいる。
「‥‥はぅ、私寝てたですぅ〜?」
名前で呼んでもらえた気がしたけど、それは夢の中のことだったらしい。
「さあ、買い物に戻りましょうか」
目は覚めたはずだが、まだどこかで夢を見ているような感覚のまま、鈴歌は楯岡たちの後を追いかけた。
●DAY6
「ちわー、あ、レガさん酒でも飲まん?」
レガの家に蛇蝎神 黒龍(
jb3200)が遊びに来た。
「何や、戦いがあるのかと思ったら平和なもんやなあ」
「そうだな、就職面接があったくらいだ。絳輝、つまみを出せ」
「レガさん、福袋買うてきてくれへん?」
一升瓶を空けた頃、黒龍がそんなことを言い出した。
「なんだそれは」
「すんごいええ物入ってるらしいねんけどなー、ライバルのオバチャンらが強すぎてボクには無理やねん」
「ほう」
レガは興味を引かれたように身を乗り出す。
「君も撃退士だろう。それでも勝てないのか」
「せや、ボクらよりも強いねん。でもレガさんやったら勝てるかも知れんしー」
黒龍が肩をすくめて見せると、レガはぐんと胸を反らせた。
「よし、煮物づくりにも飽きてきたところだ。ひとつ蹴散らしてくるとしよう‥‥いくぞ絳輝」
「え、私もか」
「私の僕になったのだろう。つべこべ言わずついてこい」
「首根っこを掴むのはやめろ!」
レガは二階の窓から絳輝を引き連れて飛んでいき、黒龍は一人残った。
「美味いやん、この煮物」
●X DAY
いよいよ、閉校の当日。
数多の戦いと学園ドラマに彩られた物語も、すべて終わりを迎え──。
「ちょっと待ってちょっと待って!」
常名 和(
jb9441)が何やら訴えている。
「これから結婚式だから! 終わるならその後で!」
和はこの一週間、大わらわだった。
「天魔どうこうは後だ! とりあえず結婚式挙げないと!」
場所はバイトでお世話になってる料理屋に。招待は知り合いだけ。料理はいざとなったら自分で作ろう。
「新郎自ら料理とかきっとレアだよな!」
後は‥‥。
「ドレス‥‥ドレス!?」
さすがに普段着では格好が付かないし相手に申し訳ない。
「えーと、誰かに頼んでピックアップしてもらおう!」
てな感じであった。
そして今日、曲がりなりにも準備は整った。料理屋のテーブルでは、招待客が新郎新婦の登場を待っている。
「学園長も招待したんだけど‥‥来てないなあ」
和は出席者の顔ぶれをみながら、一番大切な人を待つ。
赤絨毯の先、白い光の奥から、美しい純白のドレスに身を包んだ想い人が、ゆっくりと歩み出てくる──。
*
「撃退庁が一般隊員を募集してますよ。よかったら、どうですか?」
明斗が学生たちにパンフレットを配っていた。
無事学園から卒業証書をゲットした明斗は、あれこれと上手いことやって見事、春からは撃退庁の幹部候補として就職を決めたのである。やっぱり男は行動力だよね。
(‥‥どさくさに紛れて高校卒業の証書を貰ったのは大きかったですね)
抜け目がない、で済ませていいのか中学生。
パンフレットにしても、将来自分の部下になることを見越して、それなりの実力者を見極めて声をかけているのだった。
明斗の横を、大きな荷物を持った龍仁が通り抜けていく。
「行き先が決まっていないなら、どうですか?」
「‥‥気持ちだけ貰っておこう」
彼なら申し分ないと明斗はパンフレットを差し出したが、龍仁はそう答え、立ち去っていった。
龍仁は船の発着場へ向かっていた。
歩きながら端末を取り出すと、電話を掛ける。
「もしもし‥‥今何処だ? 今日は外で食べないか?」
話すうち、龍仁の表情が柔和に変化していく。
「父さん、お前に伝えたいことがあるんだ‥‥」
撃退士であることを、ずっと黙っていた。それが心の重荷だった。
(‥‥父さん、やっとお前に全てを話せそうだ‥‥)
今日を境に、一人の父親へと戻るのだ。
様々な思いの残る学園島に別れを告げ、龍仁は船に乗り込んだ。
‥‥入れ替わりに、クリスティーナが降りてきた。
「さあ、いよいよ私主演の映画が全世界で公開ですわ!」
『ゴーゴーレッツゴー! ラブラブクリスーッ!!』
圧倒的ファンの皆さんも一緒である。
一週間で世界的スターに上り詰めたクリスティーナの久遠ヶ原存続へ向けた活動の仕上げが映画である。
撮影期間、わずか一日!
「ラストシーンはここ、久遠ヶ原で! 全世界へ生中継するのですわ!」
『ワァーオ!』
圧倒的ファンの皆さんの気味が悪いほどそろった声援が響く。
スゥはそこにいた。間の悪いことに。
「せっかくの‥‥‥‥学園最後の日なのに‥‥‥‥」
こめかみがぴくぴくと動く。
「っどーーーしてゆったり過ごすことが出来ないんですかぁぁーーーーっ!!?」
ただでさえ殺人料理にあたって今日まで寝込んでいた彼女の機嫌は最悪だった。
普段と違う光纏の光を迸らせたスゥは圧倒的ファンの皆さんの中に飛び込み、そして圧倒的平手打ちを開始!
船着き場は途端に阿鼻叫喚の地獄絵図となる。
「僕を倒せる人はいないんですかーっ!」
そこへ、初日から連戦連勝を重ねる杏澪までもが現れた。
幾多の敗者の血を吸った血染めの婚姻届を果たし状代わりに相手に投げつけ、問答無用のストリートファイト! ああもう収拾つかない! ──とMSも筆を投げようとしたその時!
「静かにしろって言ってんですよぉーーーっ!!」
「ぐわあああーっああーっああっー(エコー)」
スゥの平手打ちによって杏澪はK.O.された。
「僕‥‥負けた‥‥?」
頬を抑える杏澪とスゥは見つめ合う。
終わりの日に出会った二人の物語は、ここから始まる──かも知れない。
*
──学園が無くなったら、明日からみんなと遊べなくなる?
雪室 チルル(
ja0220)にとって、それは受け入れがたいことだった。だがふと気付く。
──じゃあ逆に、新しい学園があったらみんなとまた遊べるよね?
「そうか!」
チルルは晴れやかに叫んだ。
「学園が無くなるのなら、新しく作ればいいだけよ!」
チルルは学園長室へ向かう。もちろん、直談判で許可を貰うためだ。
校舎をずんずん進んでいくと、やがて龍崎海(
ja0565)が横に並んだ。
どうやら向かう場所は同じらしい。
「‥‥あんたも?」
「新しく学園を立ち上げて、撃退士を受け入れようと思ってね」
海が考える新たな学園‥‥久遠ヶ原学園Zは、福袋が現行価格の十分の一で売られるという学生たちにとってはまさに夢のような学園だった。
「同じことを考えているなら、協力しよう」
「‥‥学園長は、あたいがやるからね!」
「じゃあ俺はその補佐役ってことで」
内々の取り決めも交わし、チルルと海は学園長室へとたどり着く。
だがいざ中に入ってみると──学園長の姿はどこにもない。
「くそっ、遅かったか!」
背後から声がして、振り返ると馬頭鬼が蹄で床を蹴っていた。
「学園長は、公費を横領していたんです。──自身のうす毛を隠すために!」
雫が衝撃の事実を伝えた。
「あれ? っていうことは‥‥」
学園長は逃げてしまった。それはつまり。
「あたいが引き継いじゃって、いいんじゃない?」
チルルたちは放送室へやってきた。
「みんな、聞いて!」
マイクを握り、チルルは全校中へと呼びかける。
「久遠ヶ原学園は、無くならない‥‥あたいたちの手で、生まれ変わるのよ! 新しい校名は、雪室久遠ヶ原学園!」
「‥‥Z」
ぽつりと海が付け足した。
「学園長はあたい!」
「俺は副学園長の龍崎だ」
演説で興が乗ったチルルは右手を大きく振り上げる。
「あたいたちの学園生活は、これからだ!」
そして、放送室のコンソール──の上に置かれていた『ドクロマーク入りのスイッチ』をダァンと叩き潰した!
「‥‥ん?」
いつからあったのかなんて、誰も知らない。
足下が振動を始めた。
「‥‥地震かな?」
「いや、これは‥‥」
「やっぱり最後は爆発オチよねェ♪」
スイッチをおいた黒百合は、満足げに頷いた。
「ちょっと火薬の量が多かったしィ‥‥巻き込まれないうちに退散、とォ‥‥♪」
影の中にそう言い残して、黒百合は姿を消した。
*
結婚式はまさに佳境、いよいよこれから新郎新婦が誓いのキスを‥‥というところで、なにやら会場が揺れ始めた。
腹の底に響くような振動にただならぬ物を感じ、和が新婦を抱き寄せる。
その直後、爆発音が響いた。
爆風は料理屋にも吹き込んだ。
「大丈夫? 文香」
「和‥‥」
ドレス姿の狭霧 文香(
jc0789)は、肩を抱く和のことを見上げて、言った。
「コンバートは済ませてあるの?」
「‥‥え?」
和は目が点になった。
「来世でも恋人同士になるために、準備をしておかなくっちゃ! 新しいIDは? 住民検索機能が実装されてないときのために、落ち合うギルドも決めておくべきよね!」
「文香、文香?」
振動は未だ続き、遠くから爆発音は絶えず聞こえている。もしかして恐怖のあまりどうにかなってしまったんだろうか。
「コンバートしておけば経験点も少し引き継げるし、アイテムももらえるから来世でも少しは戦いやすくなるわ!」
文香は和の手をぎゅっと握った。
「来世でも繋がっていたいから‥‥」
潤んだ目で恋人のことを見つめて、そして。
「それじゃあ、来世で!」
ぱったりと目を閉じた。
「文香ぁああーーっ!?」
全く訳が分からない。そうだ、きっとこれは夢なんだ‥‥。
呆然とする和の耳に、爆発音が立て続けに響いていた。
*
学園島が炎に包まれている。
多くの学生たちが逃げまどう中、なぜか購買に居残る生徒の姿があった。真緋呂である。
「今更在庫残しても仕方ないでしょ! 全部出しなさいよ!」
どうやら店員を締め上げているようだ──丸太のように太い腕で。
一週間で島内の全飲食店の全メニューを制覇した真緋呂は、その代償として可憐な少女らしいスタイルを失っていた。
今や寸胴のような胴体に首はすっかり埋まりきり、あごの肉は一言発する度にプルプル震えている。
その風貌は真緋呂というよりマヒロ・デラックスであった。
「いいから持ってきなさいよ! 特別アイテムとか特別アイテムとか特別アイテムとか」
真緋呂はデラックスな声で店員を縮みあがらせていた。
*
天険 突破(
jb0947)は校庭の真ん中で、準備運動をしていた。
「いっち、に、おっしゃ!」
気合い万端の声を発して、正面を向く。
「勝負に応じてくれてありがとよ」
そこには、一人の男性が立っていた。
「私と戦ってどうしようというのかね? 私はただの一般人──最早地位も追われ、自らを飾りたてるすべもない」
仕立てのよいグリーンのスーツだけが、男の地位の名残だった。風が吹いても、もはやなびく髪もない。
かつて●●●だった男は、それでも泰然自若としていた。
「へっ、何言ってんだ」
突破は強気な態度を維持するために、実は相当な苦労が必要だった。
(逃げたいくらい震えてるのは俺の方だぜ)
この気迫、これが一般人のそれだと言えるだろうか?
「俺の最後の戦いに、あんた以上の相手はないぜ」
突破は光纏し、武器を構えた。
「光栄だね‥‥ならば私も最後くらい、はめをはずすのも悪くはない」
男の気が膨れ上がる。光纏ではない──それ以上の何かだ。
背後でまた爆発があった。火柱があがって二人の影を焦がす。もう時間もない。
「いくぜ──」
最大最後の相手と決着をつけるために、突破は飛び出した。
「本当の戦いはこれからだ!」
*
「却下だ、却下」
学園のどこかで、鷺谷 明(
ja0776)が言った。
「この物語の末文はこれがいい。色々あったが平和になった、とね──いやまさか、打ち切りエンドとは思わなかった」
爆発も揺れも逃げまどう学生も物ともせず、むしろそれを肴にでもするかのように酒をあおる。
「フラグは建てっぱなし、伏線も回収されず。だが夢がある」
ゆらゆらと揺れるように笑う。
「喜劇としては一流だ」
ひときわ大きな揺れが起こる。
見れば遠くの水平線から、島を丸ごと呑み込むほどの大波さえも押し寄せていた。
「デウスエクスマキナは素晴らしいものだ」
神の手による強引な解決──たとえば、打ち切りとか。
「何も考えず幸福な結末を祝っていいのだ。惰弱? 依存? 大いに結構!」
視界いっぱいに水の壁が広がる。明は両手を広げた。
「私は私が楽しければそれでいいのだ!」
水が押し寄せ、明を、学園を、全てを呑み込んだ。
そして世界は平和になりましたとさ。
《完》