「状況は道々説明します。とにかく急いで!」
獅号 了(jz0252)が戸惑いつつ立ち尽くす中、メンバーは頷きあって席を立った。
「これはあたしが持っていくさね」
先日録った獅号のメッセージDVDが納められた再生機はアサニエル(
jb5431)が忘れずに携帯する。
「待っててね、しごー選手っ☆ミ」
新崎 ふゆみ(
ja8965)が手を振り、最後に教室から出ていった。
「望みを聞いたからには、叶えてやりたいさねぇ‥‥」
断片的な情報を耳にしながら、九十九(
ja1149)。
「さて、できるだけの事はやってみますが‥‥彼女は止まってくれますかね」
イアン・J・アルビス(
ja0084)の疑問の答えはここにはない。
答えを知るために、彼らはディメンションサークルを潜り、現地へと急行した。
●
リュミエチカは怒り狂っていた。
自分を傷つけるものを排除しなければいけない。そのことだけに心を囚われ、目の前の三人の撃退士へ向かって突撃する。
撃退士は反撃してきた。阻霊符とアウルの力によって透過能力は妨げられ、彼女の肉体は物理的に傷ついていく。
だがそんなことは気にならなかった。
手刀を繰り出し、目の前に立った女の体を切り裂く。赤い血が舞い、女はくぐもった悲鳴を上げた。
「何すんのよ、この、悪魔っ‥‥!」
漏れ出た声に怒りと憎しみがこもっている。リュミエチカは歯を食いしばった。
腕を引き、次の攻撃を繰り出そうとした時、目の前に別の人物が割り込んできた。
鋭く突き出された手刀を、橋場・R・アトリアーナ(
ja1403)は盾で弾いた。
「‥‥救援に来ましたの」
落ち着いた声で後方に声を掛ける。
「助かる! よし、一気に‥‥」
ふらつく女の後方にいた銃を構えた男──小林という名前だったはずだ──がリュミエチカに射撃する。だがその攻撃もまた、別の人物に遮られた。
アトリアーナと背中合わせになって攻撃を防いだのはふゆみ。今日もひょっとこのお面で顔を隠している。
「おい、何するんだ!」
「やっほー、ひょっとこ仮面がタスケにきたんだよっ☆ミ」
小林の抗議を無視して、ひょっとこ仮面は明るく告げた。
(これ以上戦ったら、本当にケツレツしちゃうんだよっ‥‥)
仮面の奥でふゆみは考える。
(どーせセットクとか、ふゆみにできるはずないけど‥‥、でも、ソコにいくまでのジュンビ、それくらいなら!)
「アンタたちっ‥‥!」
リュミエチカが顔を歪める。他のメンバーも続々と集い、悪魔と撃退士の間に立った。
「後は任せて撤退するのですの」
アトリアーナは周りにいるアルペンの動きも注視しながら、後方の三名に告げた。
「俺たちもまだ戦える。こいつを回復してくれれば‥‥」
三名の一人、金子という男が、もっとも傷が深く見える女性、渡辺の腕を支えながらそう言ってきた。
「悪いけど、うちらは戦いに来たわけじゃないのさぁね」
九十九が言った。アルペンたちに退路を塞がれてしまわないように、彼は少し離れた位置にいる。
「どういうことだ? まさかこの期に及んで何か交渉でもしようっていうのか」
小林の声は落ち着いているが、納得している様子ではない。
「‥‥ボクたちは全員無事に連れ帰るのがお仕事ですの」
「後で説明しますから、今は退いて下さい。申し訳ありませんが、あなた達をフォローする余裕がこちらにもない」
東條 雅也(
jb9625)がアトリアーナに続いた。丁寧だが、有無をいわさぬ調子だ。
だが、金子は食い下がってきた。
「こっちだってやられてるんだ、このまま引き下がれねえ」
ふゆみは心の中で、その言葉に頷いた。
(仕方ないよ‥‥仲間がこんな目にあってるんだから。でも‥‥)
もう一度話をしたい、そう願っている人物の表情を思い出す。
(それやったら、ぢ★えんどなんだよっ!)
「気持ちは分かるがねぇ」
九十九は努めて穏やかに、友好的な態度で金子をなだめた。
「彼女と話をしたいっていう人を待たせているのさぁね。うちらはその依頼を果たすために駆けつけたんでねぇ」
「だが‥‥おっと!」
小林が何か言おうとしたところで、アルペンの光弾が飛んできた。全員慌てて身を翻し、直撃を避ける。
「相手にそのつもりがあるようには見えないな」
「それなら、だいじょぶ!」
ひょっとこ仮面が自信満々に答えた。
「実は、セットクできるかもしれない材料を持ってきたんだ☆ミ」
「できる、かも‥‥?」
ハッタリでも、できると言ってしまえばいいのに、ふゆみは変な所で正直者だ。
とにかく、彼女は頷いた。
「ふゆみもいっしょにいくから、仲間のニンジャさん、ビョーインにつれてこっ!」
「私だって、まだ、動け‥‥」
指し示された渡辺は気丈に言い張ろうとしたが、途中で膝が崩れた。金子が即座に彼女を支える。
「‥‥わかった。俺たちは下がろう」
「小林さん!」
「こいつらは本気だ。さっきから誰も攻撃を仕掛けてない」
アルペン達の攻撃は当然まったく止んでいないが、反撃を試みるものは今のところ一人もいなかった。
小林は九十九に向き直った。
「お前達の誰かが死んだら、俺はあの悪魔を許せない。‥‥説得するというのなら、必ず完遂しろ」
「出来る限りのことは、させてもらうのさねぇ」
小林が先へ、金子が渡辺を背負って後に。
ふゆみが最後尾についた。
「それじゃ、あとは任せたんだよっ★ミ」
(こうすることがしごー選手の‥‥リュミエチカの『望むもの』につながるって、信じてるんだよっ!)
そうしてふゆみは彼らと共にその場を離脱した。
●
「リュミエチカ!」
アサニエルは遠くから叫んだ。「獅号からのメッセージがあるよ!」
リュミエチカは応えない。今はアトリアーナを正面に、両腕を振り回して暴れていた。
「ボクは攻撃する気はありませんの。まずは獅号の言葉を聞いて‥‥」
「うるさい、黙れ!」
アトリアーナの声をかき消すようにして、リュミエチカは叫ぶ。叫びながら腕を振るう。
人間の子供が暴れているのとはわけが違う、悪魔の本気の一撃だ。盾をかざして防がなければ、数合と保たないかもしれない。
「黙りませんの」
アトリアーナも負けじと声を返す。
「ボクたちを信じられないとは思いますの。でも話が出来る機会は、きっともう多くないと思う‥‥ボクたちじゃなくて、獅号を信じてみるというのなら、どうですの」
「そうやって‥‥都合のいいことばかり言って! どうせチカのこと、騙すつもりのくせに!」
(ここからじゃ、見せても効果はないだろうね)
アサニエルの手には再生機があり、すでに起動は終えている。だが、再生機の画面は小さく、音量も大きくは響かない。といって近づきすぎて機械を叩き割られでもしたら使い物にならなくなってしまう。
やはり、リュミエチカをおとなしくさせなければメッセージを聞かせることは難しそうだ。
こちらの声に取り合おうとしないリュミエチカの瞳は、サングラスで隠されている。獅号の私物だったサングラスだ。
あの日一度は外したそれを、彼女は今日もまた身につけている。
(何故かしら? 了ちゃんのものだったから‥‥?)
マリア(
jb9408)はリュミエチカの横顔を眺めた。
「人間だって、悪魔だって! チカの近くに来たヤツは、みんな、同じだ!」
リュミエチカの拒絶は言葉だけではなかった。彼女は全身で拒絶していた。
「怖がって逃げるか、嫌って遠ざけるか! アンタたちだって、どうせ、おんなじだ!」
アトリアーナを思い切り突き飛ばし、それでも満足せず、声を荒げる。
「‥‥ちっ」
子猫が全身の毛を逆立てて威嚇しているかのような様子を見て、恒河沙 那由汰(
jb6459)は忌々しげに舌打ちした。
「こんにちは、リュミエチカ」
雅也がリュミエチカの前に立った。彼は盾すら持っておらず、手ぶらだ。
当然相手は挨拶を返したりなどしない。敵意の籠もった眼差しでこちらを──見ようとして、すぐ顔を背けた。
「獅号選手は君を怖れたり、嫌ったりしてませんよ」
気にせず、落ち着いた声で言うと、リュミエチカはぴくりと震えた。
「──嘘だ」
「嘘じゃありません」
「嘘だ!」
すがるものを振り切るように、リュミエチカは鋭く腕を振るった。雅也の胸元が切り裂かれる。
(さすがは純血の悪魔、手をとろうにも速すぎて難しいな)
なかなかの深手だったが、後方から九十九がいくらかは癒してくれた。雅也はその場に立ち続ける。
「メッセージを、預かってきましたから」
「リョーは‥‥リョーだって、同じだった! チカのこと──」
「いい加減にしろ!」
堪忍袋の緒が切れたとばかり、怒鳴り込んできたのは那由汰だ。
「ヒステリー起こしてんじゃねぇ! 俺を見ろ!」
「ひっ──」
那由汰はリュミエチカの肩に手を掛け、強引に彼女の目を覗き込んだ。
それはある種の賭けだった。リュミエチカの特殊能力を見定め、あわよくば説得の隙を作ることが出来るかもしれない。
出来るだけ抵抗力を高め、気を強く持って臨んだつもりだったが。
(うっ!)
すぐさま脳の芯が揺らぐような、不可思議な感覚に襲われた。
肩を掴んでいた手が緩む。自分の意志とは関係なしに体から力が抜けて──。
リュミエチカが那由汰から視線を外すと。尻餅をついた那由汰の指先に、ゆっくりと力が戻ってくる。
防げなかった。真っ向から抵抗するというのは難しいのかもしれない。
しかし一方で、リュミエチカの様子は明らかな変化があった。
「なんで‥‥こっち見るの。まだ分かんないの?」
那由汰から不自然なほど露骨に顔を逸らし、明後日の方を見ている。
「アンタたちは、チカを殺しに来たくせに!」
「そのつもりはないと、さっきから皆言っているのですけれどね」
アルペンの攻撃を凌いでいたイアンは、ため息混じりにそう言うと、リュミエチカを見やった。
(僕も、ちょっと無茶をしましょうか)
イアンは武器をしまい、リュミエチカへまっすぐ向かう。
「話だけでも聞いてくれませんか? 大丈夫です、攻撃はしません」
リュミエチカの目をしっかりとのぞき込もうとする。
「やめろ! こっち見るな!」
彼女の声は悲痛ですらあった。「『捕まっちゃう』んだって、どうして分かんないの!」
(そう‥‥そうなのねン)
マリアには、謎だったリュミエチカの気持ちが、ようやく理解できる思いだった。
リュミエチカは全てを憎んでいる。『トモダチ』と慕っていたはずの獅号のことでさえも。
全てを拒絶し、差し出された手を跳ね除けようとしている。
懸命に、そうしようとしているのだ。
(だからこそ)
今こそ、彼女と向き合わなければならない。
リュミエチカの癇癪を幾度も浴びて、那由汰の傷は深まっていた。九十九とアサニエルが支援しているが、アルペンの攻撃もありだんだんと撃退士たちの負傷は大きくなっている。
(そろそろ、まずいですの)
ずっとこのまま、というわけにはいかない。アトリアーナの内心を焦りが襲う。
だが‥‥リュミエチカの様子は、ここにたどり着いたときと変わっていないだろうか?
「チカのトモダチは、アルペンしかいないの! 他は、みんな──」
「おめぇの目を見てちゃんと話すやつだっているだろ! いちいち悲観してんじゃねぇ!」
獅号はそうだったはずだ。そして那由汰もイアンも──ここにいるものは、そうしようとしている。
「う、うるさいっ──!」
でたらめに振るわれたリュミエチカの右腕が、風の刃を生み出した。それは彼女に近づこうとしていたマリアにぶつかり、よく鍛えられた胸板に裂傷を刻む。
マリアは痛みに顔をしかめながらも、歩みは止めなかった。
「チカちゃん‥‥」
「あっ!」
また目を覗かれるのか、とリュミエチカは反射的に顔を逸らしたが、違った。
マリアはリュミエチカの腕を引くと、そのまま抱きしめたのだ。
「哀しかったわねン‥‥」
慈愛を込めた声で、ささやいた。
リュミエチカは全てを拒絶しようとしていた。それは、拒絶されることへの恐怖の表れ。
裏を返せば、受け入れて欲しいという渇望そのものだ。
マリアはリュミエチカが逃げ出さないように、しっかりと力を込めて彼女を抱いた。
「何するの、放せっ‥‥!」
「これまでの悲しみも憎しみも、全て受け止めてあげる。‥‥だから、メッセージを聞いて欲しいわン」
マリアは微笑むと、リュミエチカの目の前にぽんと花束を出現させた。
「だって‥‥そこには了ちゃんの本当の気持ちが、沢山詰まっているんだもの」
「俺たち、されて困ることを邪魔したのは事実だから、嫌われるのは仕方ありません。でも」
雅也が再びリュミエチカの前に進み出て、柔和に語りかける。
「多分、君に嘘をついたことはないと思うんですけど‥‥一度だけ、信じてもらえませんか?」
リュミエチカはマリアの腕の中で、なおももぞもぞと体を動かす。
だがそれは逃げ出そうというより、どういう態度をとっていいかわからない、と戸惑っているように見えた。
「どうやら、やっと見てもらえそうさね」
アサニエルがゆっくりと近づいてきた。いつの間にか、アルペンが動きを止めている。
「じゃ、この画面をよく見ていてくれるかい──」
●
「リョーは‥‥」
五分ほどのショートムービーを見終わったリュミエチカは、呟いた。
「チカの、トモダチなのかな」
「知りたいのなら、もう一度会ってみればいいのではないですか?」
イアンが答えた。
「獅号は今、学園──あたしたちの本拠地にいる」
アサニエルは、敵性天魔であるリュミエチカが人工島に入るための条件を語って聞かせたあとで、問うた。
「条件を飲むなら、あたしたちが獅号と面会させるように掛け合う。どうだい?」
「でも‥‥」
もう怒りはない。リュミエチカの顔に浮かんでいるのは戸惑いと、怖れだ。
「‥‥野球を知らなかったみたいに、もっと楽しい事は色々、人間の世界にはある」
アトリアーナは最後の一押しをしようと、語りかける。
「辛いこともあるかもしれないけど、『リョー』とまずは話してみますの」
右手を差し出した。
リュミエチカは彼女の小さな手をじっと見て、固まっている。
「‥‥ほら」
その背中に寄り添ったままのマリアが、リュミエチカの右腕に手を添え、軽く押してやる。
腕は抵抗なく押され、リュミエチカとアトリアーナの右手が重なった。
アトリアーナは微笑んだ。
「それじゃ、一緒に行きますの」
「‥‥何とか、なったねぇ」
九十九はやれやれといった様子で息をついた。
「説得なんて柄じゃねぇが、上手くいってよかったよ」
那由汰が首の辺りを掻こうとして傷の深さに顔をしかめていると、リュミエチカがぽつりと言った。
「‥‥怪我」
「あん?」
「痛いの?」
サングラスの隙間から覗くようにしてこちらをちらちら見ているのがわかる。
「‥‥気にすんな」
「しない、けど」
頭を軽く叩いてやると、リュミエチカはマリアから手渡された花束に顔を埋めて、もごもごとそんなことを言っていた。