「情報は大切ですからね‥‥僕に出来る事はあまりありませんが」
イアン・J・アルビス(
ja0084)は商店街にいた。
撃退士には探索に便利なスキルもあるが、あいにくとイアンはそういったものをほとんど修得していなかった。
となれば、出来る事は一般人と大差ない。地道な聞き込み調査である。
ただ、生真面目なイアンはこういったことには向いているかもしれないが。
「もし此方だった場合も考えて最低限は情報を得ておかねばですかね」
服装も制服では目立つと考え、地味目な私服をチョイスし、安物の帽子を被って顔を隠す。リュミエチカとばったり鉢合わせでもしない限り、ある程度ごまかせるだろう。
彼の他、橋場・R・アトリアーナ(
ja1403)と東條 雅也(
jb9625)の三人が商店街に来ていた。
「久遠ヶ原学園ですの‥‥ちょっとお聞きしたいのですが‥‥」
アトリアーナはリュミエチカのスケッチを持って歩いていたし、
「もし姿を見かけたら、連絡をお願いします」
雅也は自分の端末の番号を渡しながら情報提供を求めてまわっていた。
イアンは金髪の少女が最近このあたりに出没していないか、聞いてまわる一方で。
「野球の獅号選手が最近、日本に来ているなんて噂もありますが‥‥」
それとなく獅号の目撃情報も探ってみたが、どちらも有益な情報はなかなか得られない。
「早く見つかるといいんですけどね‥‥別働隊の皆さんに期待しましょうか」
●
「やれやれさね‥‥ここから人一人見つけるなんて手間なんだがねぇ」
九十九(
ja1149)は二階建ての家の屋根に登って遠くを見通しながらため息を吐いた。
放棄された旧住宅街。口にするのは簡単だが、決して狭くはないエリアだ。
『同感‥‥ぱっぱと見つかりゃ楽でいいんだがな‥‥』
通話状態の端末から、恒河沙 那由汰(
jb6459)の声が漏れてきた。こちらは九十九以上に、何というか、だるそうな声だ。
『ま、やらないわけにもいかねぇんだけどな‥‥どうだ、怪しい場所は見えるか?』
「ここからじゃなんともさぁね」
スキルでの視力強化をいったん打ち切って、九十九は屋根から降りることにする。
「坂になってるからねぇ。一度あっちへ登ってみて、見下ろしてみれば違うかもしれないねぇ」
エリアはなかなかに起伏もあり、一度に広範囲を見通すのは難しいのだ。
『地道に行くしかねぇか。こっちは透過も使うから、阻霊符は無しで頼む』
「了解」
いったん通話は切れた。
「探索は得意な方だけどね。さて、見つかるかねぇ‥‥」
「生命反応無し‥‥ここは外れ、と」
比較的しっかりした面影を残している屋敷の外で、アサニエル(
jb5431)は肩をすくめた。
生命探知は室内を覗けなくとも使えて便利だが、使用回数に限りがある。気軽には使えない。
建物を離れ、注意を払いながら先へ進もうとする。
『進展はどうかしらン?』
別行動のマリア(
jb9408)からだ。
「今のところ収穫無しさね。そっちは?」
『こっちも静かなものねぇ』
廃墟の町には人間どころか、小動物の気配さえ乏しかった。
「囚われのお姫様はさて、どこにいるのかね」
『あらン、じゃあ早く見つけて、お目覚めのキスをしてあげなくちゃねン♪』
アサニエルが軽口を言うと、マリアの声色が科を作った。
「しごー選手の居場所を見つけなきゃ‥‥」
新崎 ふゆみ(
ja8965)も、旧住宅街での捜索に当たっていた。
一刻も早く、助けてあげたい。でも‥‥。
「ふゆみってば、あの女の子にカオを見られてるんだよっ」
前回『追いかけてくるな』と言われているし、よけいなトラブルを招かないとも限らない。
そこで彼女は、あるものを用意してきたのだが──。
●
「まさか、本当に再びやってくるとは‥‥」
雅也の端末に目撃情報が寄せられたのは数分前。一番近い位置にいたイアンが駆けつけると、リュミエチカは先日同様サングラスを掛け、帽子からはみ出した長い金髪を揺らしながら商店街をてくてく歩いていた。
腕の中のアルペンは彼女に抱かれて微動だにしない。
「なにが目的なんでしょうか?」
イアンは距離をとり、気づかれないように後を付けることにする。
通りの反対側から、雅也がやってきた。しかし彼はイアンと違って、まっすぐリュミエチカに近づいていった。
「こんにちは、リュミエチカ。今日もお買い物ですか?」
周りを気にしていた少女は声を掛けられて初めて雅也に気が付いたらしい。サングラスから覗いた瞳が、急激に険しく細められた。
「あんた‥‥ゲキタイシじゃん。なにしてんの」
案の定、警戒されている。
(まぁ、それは仕方ない)
「商店街のものをお金も払わずに持っていったりしなければ何もしませんよ」
両手をあげ、敵意のないことを見せる。リュミエチカはしばらく不審そうにしていたが、
「ふぅん‥‥まあ、いいけど」
好きにしろ、とばかりに彼に背を向けた。
「それで、何を買うんです。また獅号選手の食事ですか?」
話しかける雅也は、しばらく無視されていた。
顔を左右に向けながら、足を止めることなく進んでいって‥‥店舗の連なりが途切れるところまで来てしまった。
「わかんない」
唐突に呟く。
「なんか、ぼー‥‥? を買ってこい、って言われたんだけど。何、それ」
「ぼー、ですか」
雅也も思案するが、横から助け船が来た。
「獅号が言ったなら、きっとボールの事ですの」
アトリアーナであった。「‥‥こんにちわ、あなたがリュミエチカ?」
「あ、うん。そんな感じ」
リュミエチカは頷いた後、「誰?」と言った。
「こっち」
アトリアーナが先へ行くと、リュミエチカはアルペンの首筋に顎を埋めた姿勢でついてきた。雅也も続く。
「こうなれば、隠れてつけていく意味もないですかね」
距離をとっていたイアンも独り言を言うと、合流するべく近づいていった。
「なんで、わかったの?」
リュミエチカがアトリアーナの背中に呼びかけた。
「‥‥ボクは獅号の友達だから、わかりますの」
リュミエチカがアルペンを抱きしめる力を強くする。
「リョーがトモダチなのは、チカなんだけど」
「なら、友達の友達、ということになりますか」
返事は来なかった。
アトリアーナも自分が撃退士である以上、相手が素直にそう思ってくれるとまでは考えてはいない。
ただ道々、獅号のことや野球のことについて語るアトリアーナの言葉を、リュミエチカは大人しく聞いているようには見えたのだった。
●
「あれか‥‥」
「アタシでも見張りは置くと思ったけど。結構ロコツねぇ」
「あんだけ明白だと逆に疑いたくなるわ‥‥」
高い場所から観察していた九十九が降りてきた。
「確認できたのは手前に三、奥に二。多分外にいるのはそれで全部さぁね」
旧住宅街の坂の上には、比較的大きな一軒家があった。外観からすると二階建て、立派な塀のある屋敷だが、廃墟であることには変わりない。
そしてその周辺を、警護するかのようにアルペンがうろついていたのだ。
マリアは空を眺め、現在地を測る。
「怪しい場所の特定は出来たけどぉ‥‥了ちゃんが本当にあそこにいるか、はっきりさせておきたいわねぇ」
「そのためには、見張りを何とかしないといけないね」
すると、ふゆみがツインテールをぱっと揺らして皆の前に躍り出た。
「それなら、ふゆみにおまかせなんだよっ☆ミ」
そう言うと、そのまま屋敷に向けて駆けだして行ってしまった。
ふゆみは全速力で走りつつ、準備を整える。
坂を一気に駆け上がり、ぽてぽて歩いているアルペンに向かって跳ぶ。
その、もしかしたら十人に一人くらいは「カワイイ」というかも知れないカバ面を、ためらいもなく思い切り蹴っ飛ばした。
「ヴォッ!?」「ヴォッ」「ヴォオッ」
周りにいたアルペンが色めき立つ中、彼らに向けてポーズを決めるふゆみ。その顔は──なぜか『ひょっとこのお面』によって隠されていた。
( ゜3°)<ひょっとこです
これでアルペン達は彼女がふゆみ‥‥撃退士であることには気づかないはず!?
( ゜3°)<やあやあ! 私はぐーぜん通りすがったセイギのミカタ、ひょっとこ仮面!
張りのある声で口上を述べるふゆ‥‥ひょっとこ仮面に、屋敷の裏側にいたアルペンも集まってきた。
( ゜3°)<ぁゃιぃカバさんたちめっ、私が相手だっ★ミ
言いつつ、ひょっとこ仮面は徐々に屋敷から離れていく。アルペンはつられるように彼女についていく。
ついにはひょっとこ仮面は背を向けて走り出し、アルペンはこぞってそれを追いかけて行ってしまった。
「‥‥大丈夫か、あれ?」
「逃げに徹してるみたいだし、平気かしらねぇ」
「とにかく、屋敷が手薄になったのは確かさね。近づくなら今しかない」
「中に残ってるのがいるかもしれないから、皆注意してねン」
マリアの言葉に一同頷き、それぞれの方法で気配を隠した。
●
ひょっとこ仮面見参の、少し前──。
「これが、野球用のボールですの」
アトリアーナが手渡したそれを、リュミエチカはしげしげと眺めている。
「それで‥‥お金は持ってるんですか?」
雅也が聞いた。そもそも、この少女は「買う」という概念をちゃんと理解しているのだろうか。
「ん。ある」
リュミエチカは抱いていたアルペンのおなかを探った。
「ほら」
示したのは、予想外に立派な革張りの財布である。
「もしかして、獅号選手のものですか‥‥?」
失敬して中を見てみたが、案の定入っているのは外国のお金だった。
「カードなら使えるって、言ってた」
「残念ですが、カードは本人しか使えませんよ」
「‥‥?」
不思議そうに首を傾げている。やっぱりよく分かってない。
「これは、ボクが買いますの」
仕方なく、アトリアーナが引き取った。
「あぁ、獅号選手の手の大きさはわかりますか?」
「リョーの手は、大きい。立派」
「俺の手より大きいでしょうか?」
リュミエチカは、差し出された雅也の左手をしげしげ眺めた。
「おんなじくらい‥‥?」
「それなら、この辺かな‥‥よかったら、これも獅号選手に届けてあげてください」
雅也が取り上げたのは、青色の投手用グローブだった。
(救出に向けた動きがある、と獅号選手に伝わればいいんだけど)
そんな雅也の思惑はよそに、リュミエチカはグローブを興味深そうに眺めまわしていた。
「リュミエチカ」
お店を出たところで、アトリアーナが呼んだ。
「ボクは、獅号の友達の一人として、心配してますの」
リュミエチカは、話を聞いているようだ。
「他にもたくさんの人が心配してる。お仕事ができなくて、獅号もこのままだと困ると思うし──」
「ヴォォオオッ!」
言葉は唐突な咆哮に遮られた。
それまでぬいぐるみ同然に大人しくしていたアルペンが吠えたのだ。リュミエチカの表情が険しいものになった。
アトリアーナが再び話し始めるのを待たず、首を巡らせる。
「帰る」
それだけ言って、駆け出そうとする。が、直後に衝撃を受けて、たたらを踏んだ。
「残念ですが勝手に何処かへ行かぬようお願いします」
イアンが、盾を構えていた。
おそらく、別働隊の方で何かあったのだ。すぐ戻らせるわけにはいかない。
イアンはそう考え、リュミエチカの腕をとろうとした。
「‥‥邪魔するなッ!」
少女は怒りの形相でイアンを『見据えた』。サイズの合わないサングラスから覗く彼女の双眸が、妖しい黄金色に輝いているのをイアンは見て──。
次には、その場に力なく尻餅を付いていた。
「あっ‥‥」
戸惑ったような声が漏れ聞こえる。
リュミエチカは何かを振り払うように一度大きく首を振ると、今度こそ駆け去っていった。
●
目当ての屋敷に、三人が張り付いた。
アサニエルは透過を使い、潜水ならぬ潜地で。マリアは明鏡止水で潜行し、物陰を伝って。九十九は物陰に周囲を払いながら、足音を殺して。
三者三様の方法でここまでは来た。だがここに限って窓にはカーテンがしっかりかかり、室内が覗けない。
アサニエルが生命探知を使った。
「‥‥一階に二つ、反応があるね」
「一つは獅号さんとして‥‥」
「もう一つは、アルペンちゃんかしらねぇ」
マリアは残念そうにうなった。獅号が完全に独りの状態ならば、このまま助け出すのも不可能ではなかったはずだが。
『俺が空から行ってみるわ』
屋敷の上空にいる那由汰の声が端末越しにした。
那由汰は音を立てぬように慎重に高度を下げた。そしてそのまま、屋敷の屋根をすり抜けていく。
二階の床の上に降り立った。
「‥‥ふぅ」
アサニエルの見立て通り、二階に人影はない。問題はこの下だ。
那由汰は少しでも明るさを確保できるよう、窓際に立った。その姿が揺らぎ、消える。
埃臭い床に顔を近づけ、意を決してその奥を覗き込んだ。
(ビンゴ‥‥か?)
果たして、そこには獅号了がいた。
ドア付近にアルペンが一匹どっかりいるが、それだけ。獅号は拘束もされず、壁にもたれるようにして座り込んでいる。
上手くすればこのまま連れ出せそうにさえ思えたが、那由汰はその誘惑を振り切った。
(欲を出しすぎねぇ様にしないとな‥‥)
失敗すれば、取り返しが付かない。
気を引き締めなおし、獅号に向かって強く念じた。
●
アルペンを引きつけて走り続けていたひょっとこ仮面‥‥ふゆみに連絡が入った。
『こちらは首尾よく行ったよ。お疲れさん』
それを聞いたふゆみは全速力で駆け、アルペンを振り切った。
「しごー選手、必ず助けに行くからねっ‥‥」
独りぼろぼろの姿で、屋敷のある坂の上を見るのだった。
「とりあえず、目的は十分果たせたかねぇ」
拠点の場所を特定し、獅号に救出の動きがあることを伝えることが出来た。さらに、プリペイド式の携帯電話を渡すことが出来たのも大きい。
成果としては上々といえるだろう。
風が吹き付けてきた。
「──隠れて!」
マリアが鋭く発した、次の瞬間には、雷光の如き勢いで駆けてきたリュミエチカがそこにいた。
せわしなく視線を巡らせるが、咄嗟に物陰に身を潜めた四人には気づかなかったようで、そのまま一目散に屋敷へと駆け去っていった。
陰から見送りながら、マリアは呟く。
「それにしても、一体何が目的なのかしら‥‥」
●
「リョー!」
ばたん、と大きな音で扉が開いた。
「どうした、慌ててんな」
リュミエチカは、目をぱちくりさせる。獅号はお構いなしに、彼女に近づいた。
「おっ、ホントに買ってきてくれたんだな‥‥それに、グローブ付きか」
袋から早速野球用具を取り出す獅号を見る内に、リュミエチカはなぜ自分が慌てて帰ってきたのか、忘れてしまったようだった。
「それで、ヤキューっていうのをするんでしょ」
「誰かに聞いたのか」
リュミエチカは頷いた。「それ、どう使うの」
獅号は、グローブをリュミエチカに放る。
「教えてやるよ」
ボールとグローブがあれば、キャッチボールには十分だ。
リュミエチカは戸惑いがちに、うんと頷いた。