「一年分を一日、ここですべて食べるとなると‥‥ひとり十五人前ですか‥‥」
カタリナ(
ja5119)はつい頭の中で計算し、はじき出された数字に辟易する。
が、周りを見るとそこには数多のおなかを空かせた撃退士が。「あれが今日の撃破目標か」とでも言わんばかりに待ち受けている。
「これはいけるかも‥‥!」
「一年分の鶏肉が料理できる‥‥」
星杜 焔(
ja5378)は、箱を陶然と見つめていた。
「一年分‥‥」
今日、この鶏肉の山を見事調理しきると宝の地図のかけらがもらえるのだが‥‥彼にとってのお宝はまさに目の前にあるのかもしれない。
「うへへ‥‥」
普段聞かれない笑い声が漏れ出して、潮崎 紘乃(jz0117)がびくっとした。
八鳥 羽釦(
jb8767)は、馴染みの面々とこの場に来ていた。百目鬼 揺籠(
jb8361)が彼ににっこり微笑む。
「美味いの宜しくお願いしますよ、釜サン」
「メンツからして料理できるのは‥‥まあ、俺か」
妖怪鳴釜こと羽釦は諦めの体である。
「一応、焼くだけなら出来るけど‥‥普段任せっきりだし、俺もやった方がいい? 羽釦」
錣羽 廸(
jb8766)が遠慮がちに申し出た。
「あぁ、いや‥‥夜雀は食うので忙しいだろ」
「うん‥‥食いながらでも良いなら。作ってると腹減るし‥‥?」
夜雀こと廸は薄く微笑みを浮かべた。
「で‥‥ねぇ尼サン、そりゃなんです?」
揺籠が声をかけたのは仲間のもう一人、尼ケ辻 夏藍(
jb4509)。
「何って、七輪さ」
「そりゃ分かりますよ。あんた料理出来ねェのにそれどうする気ですかって聞いてんですよ」
早くも不吉な予感で顔を歪ませる揺籠だが、夏藍は涼しい顔で答えた。
「八鳥君ばかりに働かせては申し訳ないからね。私も手伝おうと思ったまでだよ」
焼くくらいなら私にも出来るさ、とにこやかに七輪をセッティングする夏藍。
羽釦は聞こえよがしにひとつ息をつく。
「てめぇらやるなら一箇所でやれ、俺の目ぁ二つしかねぇんだからな」
「皆さんと協力して、楽しく調理したいですね」
ユウ(
jb5639)は集まっている人の気配に表情をほころばせた。
「さあ、そろそろ始めましょうか」
黄昏ひりょ(
jb3452)がスーパーで購入してきた鶏肉以外の材料をテーブルに並べていく。
「頼まれたもの、置いていきますから取りに来てください!」
ひりょの周りに人が集まり、それに伴って鶏肉の箱も次々と封が開けられる。
一年分の料理が食卓に並ぶまで、今しばし──。
●
「さて、私は下拵えの手伝いに専念するとしましょう」
カタリナは腕をまくると、箱から出したもも肉を数枚、まとめて並べた。
聖槍を使いし彼女だが包丁だって使‥‥え、ニンジャブレード?
「いきます‥‥」
光纏してV兵器を顕現させた彼女が刃の切っ先を肉へ定めた。
「はっ!」
刀がひらめきを放つと、もも肉は見事一口大に切り分けられていた。
もちろん、一緒にまな板を切ってしまうなんてヘマはしない。
その後もつくるひとたちの様子を観察しつつ切っていく。
次の箱には鴨肉十枚が詰まっていた。
(‥‥何故でしょう、これを切ると出番が消滅しそうな気がします)
え、そんなことはありませんよ?(すんだ瞳)
言いしれぬ不安を感じたカタリナだったが、全く理由が分からなかったので首を振って気を取り直すと、さくっと解体した。
「さあ、まだまだ切りますよ!」
刀を構えるカタリナであった。
──あ、ちゃんと後にも出てきますからね。
美森 あやか(
jb1451)は鶏がらを抱えて調理場へ。これでスープを作り、親子丼のだしにするのだ。
下拵えを終えた鶏がらを水を張った鍋に入れ、火にかける。
「あとは、沸騰してからあく取りですね」
差し当たっては別の仕事が出来る。
棒々鶏を作ろうと、ささみを取りに行く。すると、ユウもささみを手にしたところだった。
どうやら相手も野菜と絡めたサラダを作るようだ。
「あやかさんは胡麻ダレなんですね。私はポン酢も使おうかと‥‥」
「梅ソースもいいよね〜」
ふわっと焔が会話に加わった。彼は何というか‥‥もてる限りの全部位をその手に持っていた。
「沢山種類を使うんですね」
あやかが大きな瞳をぱちくりさせる。ユウも胸肉ともも肉くらいは使うつもりでいたが、焔はそれ以外にも手羽やら内蔵やらをボウルに抱え込んでいた。いったい何種類の料理を作るのだろう‥‥。
しばし料理談義に花を咲かせるあやかの後ろ姿を、黒崎 啓音(
jb5974)はぼんやり眺めていた。
「何ぼーっとしてるんだ?」
親友で義兄ともいえる音羽 千速(
ja9066)が呼びかけると、あわてて視線をはずす。
「べ、別に」
「それより、もう出来た料理もあるみたいだから、持って行こうよ!」
神谷春樹(
jb7335)は、胸肉にタレを絡めて照り焼きを作っていた。食欲増進の為にと、生姜をたっぷり使っているのがポイントだ。
(今日は沢山食べないといけないものな‥‥事前に新ジョブの特訓をしてお腹を空かせておいたし)
あらかた焼き終えて皿に盛りつけた頃、啓音と千速がやってきた。
「これ、もう持って行っていいですか?」
「ああ、はい。お願いします」
小等部二人は元気よくはいと返事すると、両手に皿を手にした。
「うちだと鶏肉って唐揚が一番良くでるよなー」
「なー。でも、これも美味しそうだな!」
「いい匂いだもんなー」
言い合いながら料理を運んでいく二人を見送る。
食卓に料理が出そろうまでにはまだしばらくかかりそうだ。春樹は周りを見渡した。
「他の人がどんな料理を作ってるのか見てみようかな‥‥」
みんなは何を作っているんだろう。レパートリーを増やすのも悪くない。
●
龍崎海(
ja0565)はレシピ本を脇に置いて時々確認していた。
作るのは唐揚げ。音羽家と言わず多くのご家庭の定番だ。
「味に飽きないようにするには、調味料を変えるのが一番楽だよな」
どうやらいろいろな付けダレのレシピを探してきていたようだ。
「さて、そろそろ揚げ始めるか」
油の温度を確認すると、衣をつけた鶏肉を一つずつ入れていく。白い泡が花のように広がって、瞬く間に鍋を埋め尽くした。
「唐揚げいっぱい作るのだ!」
「つくるのだー!」
大狗 のとう(
ja3056)と真野 縁(
ja3294)も唐揚げづくり。もっとも、手を動かしているのはもっぱらのとうのほうで、縁は合いの手を入れながら鍋をガン見しているだけだが。
「付けダレはー、中華味のと、ネギ入りポン酢の! うまうま!」
「かっらあげー! からあげ!! タルタルに大蒜醤油に甘辛ダレにー、塩!」
一応並んでいるタレは縁も手を貸した‥‥のかもしれない。
じゅわじゅわの泡ががしゅわしゅわ軽くなった。のとうが肉を引き上げ始める。
「出来たのだ!」
「美味しそうなんだよ! ‥‥じゅるり」
よだれを垂らしそう、というか垂らしてる縁の目の前で、ほかほか湯気の立つ唐揚げがお皿に。
「まだまだ! お皿から転げ落ちるまで揚げるのだ!」
第二陣を鍋に投入していく。
ひと作業終えて、のとうがお皿を見ると‥‥何もなかった。
「縁?」
「唐揚げなんてなかったんだよ‥‥(もぐもぐ)」
「俺‥‥一個も食べてないのにゃ」
「(ごくん)‥‥我慢‥‥出来なかったんだよ‥‥」
驚異の吸引力を発揮してしまった縁。果たしてのとうは唐揚げをお皿に満たすことが出来るのだろうか‥‥?
天風 静流(
ja0373)がコンロの火をつける。
「タンドリーチキンって、こうやって作るんですね」
隣では春苑 佳澄(jz0098)が静流の手並みを眺めている。もも肉はヨーグルト、カレー粉とその他諸々の調味料によって色づけられていた。
「ヨーグルトはお肉を柔らかくジューシーにするんだよ〜」
隣の調理台では焔が‥‥とにかくいろいろ手を動かしているが、佳澄にはもはや彼が今何を作っているのかはよくわからない。やはりヨーグルトに漬け込まれたもも肉が置いてあるのはわかったが。
「このもも肉はカレーに使うんですよ」
焔の隣で野菜を刻んでいるひりょが言った。カレー作りを手伝っているらしい。
「カレーかあ。この間のキャンプを思い出すね」
「出来たら持って行くから、春苑さんも食べてくれるとうれしいな」
「うん、もちろん!」
静流が肉を焼き始めた。
「本当はタンドールを使って焼く物だが‥‥流石にここには無いしな」
「タンドール?」
「インドで使う壺のような窯だね」
タンドールで焼くからタンドリー・チキンなのだと静流が教えると、佳澄はへえとうなった。
「こんなものだろう」
食欲をそそる、明るいイエローに色づいたチキンが皿に盛られる。
蒸したささみと野菜を合わせた棒々鶏は準備が出来ていた。 さらに、静流はもう一品、手羽と卵の煮込みも作っているが‥‥こちらはもう少し時間がかかりそうだ。
「とりあえず、今出来たのを持って行こうか。佳澄君、手伝ってくれるかい」
「はい、静流さん」
佳澄が両手に皿を持つ。
「橋場君も来るといっていたから、一緒に食べようか」
「アトリちゃんは教室のほうかな‥‥? あたし、先に行って探してみますね」
橋場 アトリアーナ(
ja1403)の姿は家庭科室にはなかったが、きっと待っていることだろう。
「えーと、まずはもも肉をフライパンでバターで焼いて、焼けたら取り出してキノコとじゃがいもを炒める、と‥‥」
佳澄が料理を手に進んでいると、金髪の長身男性──砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)の姿が目に入った。
「ジェン先輩、でしたよね。お久しぶりです」
以前、部室で顔を合わせた記憶があったので、挨拶をする。
「先輩も、お料理をなさるんですね」
佳澄の知り合いには料理男子が結構多い──だが、ジェンティアンはにこやかに首を振った。
「いやあ、料理は初めてさ」
「‥‥えっ?」
よく見ると、フライパンを持っていないほうの手にはレシピ本。
「滅多にない機会だからね。本を見ながら作ればどうにかなると思うんだ」
あくまでにこやかに言う。
「今のところ、なかなかいい感じだよ‥‥おっと、そろそろ鶏肉を戻して味付けかな?」
フライパンを火にかけたまま、本に目をやる。邪魔をしてはいけないような気がして、佳澄はそそくさとその場を離れた。
「鳥刺しにわさびと醤油をあえて、食べながら飲み物を頂くのが最高に美味しくて‥‥くーっじゃなくてですね」
どこぞの酒飲みかと思いきや、天羽 伊都(
jb2199)。歴とした中等部所属である。
「お腹一杯になりたいっすね!」
もも・胸・ささみと満遍なくお肉は確保した。宣言通りの刺身なら切って盛るだけでもいいのだが‥‥。
「もしかしたら生肉過ぎて危険かもしれないっすね‥‥」
基本的に毒などへの耐性も世界レベルである場合が多い撃退士だが‥‥気分的なものもあるし、皮などは少し炙ったほうが味もいいだろう。
というわけで、表面をコンロで色が変わる程度焼いてみる。
「かつおのたたきじゃないっすけど‥‥これはこれで美味しそうっすね」
切り分けて大皿へと盛りつければ一品完成だ。
「色んな料理を楽しみたいな! 生もいいけどフライドチキンも王道でいいからね!」
うきうきと心を躍らせて、伊都は大皿を手に教室へと向かった。
●
「へえ、もう結構出来てるみたいっすね!」
教室に入った伊都は、中の光景に声を上げた。すでに食卓には料理が多数並びはじめ、配膳を手伝うもの達がせわしなく人々の隙間を行き交っている。
「これ、美味しそうだな‥‥おーい千速、取り皿もってこーいっ!」
啓音は千速と積極的に配膳などを手伝っている。‥‥こうしていれば、気になる料理は真っ先に確保できるからであった。
「僕たち育ち盛りなんで!」
「お肉は何でも嬉しいです!」
「烏龍茶でよければたくさんありますから、どうぞ」
鈴代 征治(
ja1305)がペットボトルのお茶を食卓に並べていく。その周りには鶏肉料理が花のように広がって置かれていた。これからも増えていくはずだ。
「水炊きだよ〜鶏肉はいろいろ入ってるよ〜」
焔が大きな土鍋をコンロの上にセッティングする。タレを並べてまた家庭科室に引っ込んでいった。
「一年分の料理‥‥いや、まだ半年分くらいかな? でも壮観だなあ」
征治は端末を取り出して料理を写真に収めていく。すでに食卓は八割方がお皿で埋まりつつあった。
「今日のために昨日の夕食は抜いたし‥‥チキンカツ、誰か作ってくれるといいんだけど」
生唾を抑える征治。チキンカツは、まるで声が聞こえたかのようにこのあと焔が持ってきました。
「どのみち全部出そろうまで待つのは無理だし‥‥出ている物はいただきましょうか」
料理がだいぶ増えたのを見て、主催者の立場である紘乃が言った。
それを合図として、一年分の料理を食べ尽くすイベントも開始となる。さあ、たべるひとたち、出番ですよ!
●
「いただきまーす!」
みくず(
jb2654)はスーパーで買ってきた総菜コーナーのごはんの上に春樹が焼いた生姜風味の照り焼きを乗せて、即席のどんぶり風に‥‥したと思ったら肉にかぶりついた。
「なかなかさっぱりしてて‥‥ごはんにも合うね!」
顔をほころばせながら、照り焼き丼を食べ進める。その光景は静止画で見るときっとかわいらしい。
だが動画で見ると再生速度に違和感を感じ‥‥あ、もう食べ終わった。
「鶏肉一年分なんて‥‥これは参加しないと、損だよね! 今日のために昨日は十人前くらいしか食べずにお腹をすかせてきたし‥‥」
Q.普段は何人前食べるんですか?
A.二十五人前くらいです。
食費の捻出とか大変そうである。今日は思う存分食べていってもらおう。
「唐揚げとか焼き鳥丼とかも食べたいかな‥‥ほかにも兎に角、たくさん食べよう!」
「鶏肉一年分を食い尽くす、か。そういう無茶ぶりなのは久遠ヶ原らしいな」
料理を前にして、元 海峰(
ja9628)は元僧侶らしく合掌した。
「まずは定番の唐揚げだな」
「調味料がいろいろあるから、食べ比べてみてくれ」
海がつくった各種付けダレつきの唐揚げ。揚げ具合も程良く、口に入れると肉汁がじゅっと染み出すのがわかった。
タレもケチャップやマヨネーズだけではなく、砂糖醤油の甘ダレ、大根おろしを絡ませて食べる和風ダレ。
「これは?」
「チーズをとかしてみたんだ」
口に入れると濃厚な味わいが淡泊な鶏肉に深みを加えてくれる。なかなかいい組み合わせだった。
「次は手羽先‥‥どうやって食えばいいのだ?」
「そのまま手でがぶっといくと美味しいと思うよ〜」
「丸かじりか」
一見野趣あふれる焔の料理をかじってみると、ぱりっと香ばしい皮の歯ごたえに、味付けはシンプルながら香草の風味が漂って臭みもなく、美味しい。
「チキン南蛮というものも食ってみたいな‥‥」
誰かに聞いてみようか、と周りを探っていると、
「自分が作ったものでよければ、食べてみてくれ」
雪之丞(
jb9178)が自作のチキン南蛮を海峰に差し出した。
自分の分も少しとりわけ、先に一口食べる。
「‥‥うん、よくできてる‥‥と、思う」
「そうか、では‥‥」
口に運ぶと、甘酢のきいた胸肉のフライに、マイルドなタルタルがよく調和していた。
「なるほど、こういうものか」
美味であることを告げると、雪之丞はわずかに表情をほころばせた。
「あまり料理は得意なわけではないが‥‥これは昔、母さんに教えてもらったんでな」
「母親から受け継いだ味、か」
そう聞くと、また味にひとつ深みが加わったようにも思えた。
「肉ばかりというのも飽きるな。‥‥ほかにはどんな料理があるだろうか」
食べ終わる度合掌し、作り手と鶏肉への感謝を示す海峰であった。
「お料理いっぱい‥‥あれもこれも、目移りしちゃうの」
取り皿を手にあっちこっちへ視線を動かしているのは若菜 白兎(
ja2109)。
サラダに照り焼き、ステーキ、フライに‥‥とてもじゃないがすべては食べきれない。
「甘味ならいくらでも‥‥なのですけど」
「唐揚げ追加だよ〜」
焔がまた新しい料理をもってやってきた。
白兎が一番大好きなのも、やっぱり唐揚げである。近づくと、焔が唐揚げを取り分けてくれた。
「味付けがいろいろあるからね〜」
「‥‥ありがとうなの」
取り皿に乗せられた唐揚げはまだ揚げたてで、湯気が立っている。
「いただきます」
白兎は目礼してから、そのうちの一つを箸で掴み、口元へ運ぶ。
「あふ、はふ‥‥」
火傷しないように注意しながら噛みしめると、親しみのあるスパイスの香りと刺激。カレー味だ。
続いてもう一つ、口に入れるとこちらはオーソドックスな、醤油の香り豊かな唐揚げだった。
(でも、お母さんの作ってくれる唐揚げとは、また違うの)
どちらが優れているというのではなくて‥‥どっちも別の味わいがあるのだ。
「えっと‥‥」
作ってくれた人に、美味しさをちゃんと伝えたい。また家庭科室に引っ込もうとする焔に、白兎は声をかけた。
──が、美味く言葉が出てこない。
「‥‥美味しいの」
結局、それしか言えなかった。
「唐揚げいっぱい揚げたのだー!」
続いて、のとうが一抱えはある大皿に唐揚げを満載して教室に突入してきた。
「早く来ないと縁達が全部食べちゃうんだよ!」
とことこ近づいた白兎。縁の吸引力から逃れた唐揚げを二個ほど取った。
またいただきますをして、一緒に並べられたタレにつけて食べる。
豆板醤のピリ辛とごま油の風味‥‥いわゆる中華風の味付けで、また新鮮な味わいである。
のとうにもお礼と感想を言おうと‥‥。
でもやっぱり出てくる言葉は「美味しいの」だけだった。
「あう‥‥」
頭の中では、料理マンガの審査員みたいになってるのに‥‥。
ちょっと落ち込む白兎。でも、気を取り直してまた食べることにする。
すでにお腹はくちくなり始めていたが、せっかく色んな料理があるのだ。唐揚げだけでもほかにもある。作った人ごとの違いを感じるのは楽しい。それに──。
「おっきくなるって、聞いたの」
まだまだ女性らしさを感じさせるには遠い、小さな胸をひっそり触ったのだった。
「あ、天ちゃん! 来てたんだな!」
のとうが声をかけたのは、旧知の天藍(
ja7383)。
「食えるの行事聞いて、我が来ねぇわけねぇあるよ」
「これ、俺が作ったんだ!」
唐揚げの山を示してのとうはにぱっと笑う。「食べてみてくれよ!」
が、天藍は口をとがらせた。
「うるせー、我はふぁ●●き食いてぇあるよ」
大胆不敵に有名商品名を繰り出す天藍。だが、のとうも負けてはいない。
「●ァ●チキじゃないけど、美味いから! な!」
そんな会話をしている間にも縁は食べ続けているので、取られないようにと小皿に取り分けて彼に押しつける。天藍は一つを指で摘むと口に放り込んだ。
「どうだ?」
しっかり味わってから飲み込むと、途端にとろけるような笑顔になった。
「好吃、好吃。うめーもん食える幸せあるー」
「はあ‥‥さすがに腕が重い‥‥」
「お、カタリナ! カタリナもどうか?」
一年分の鶏肉を捌き終えたらしいカタリナの姿を見つけて、のとうは彼女も大声で呼んだ。
「唐揚げ‥‥すごい量ですね」
「食べてくれるまで食ってけコールだ!」
「食ってけー!」
のとうと縁が声を合わせる。カタリナは微笑んだ。
「そんなことしなくても、いただきますよ」
「いっししし! タレもどーぞ、なのな!」
のとうはカタリナにお手製のタレを差し出すのだった。
「よし、と。完成かな?」
調理場のジェンティアン。ソースをひと匙すくって舐めてみた。
「うん、いい味じゃないかな? ふふん、僕もやれば出来るね」
レシピ本通り、『鶏肉とキノコのフリカッセ』が完成していた。初めてにしては上出来だ。
ただ問題は──。
「量一桁間違えたけど」
それほど多く作るつもりは無かったのだが、気がついたらクリーム色に煮込まれた鶏肉がフライパンからあふれんばかりに、というか実際あふれたのでフライパンを追加して作る羽目になったのだった。
「まあ、味はいいんだし」
初心者にはありがちな失敗とばかり、気にしていない風のジェンティアン。
「さて、僕もみんなの料理をいただこうかな」
とりあえず両手にもてるだけ持って、彼も教室に向かうのだった。
●
家庭科室の一角には羽釦たち。
彼が色よく焼き上げたもも肉は廸へと渡る。揺籠は料理に集中している羽釦が動きやすいように何くれと手伝っていた。
「手元の材料も減ってきましたし、もう少しもらってきますかね」
「ああ、頼む」
「行ってらっしゃい」
腰を上げた揺籠を廸は口をもぐもぐさせながら見送った。
「これ美味しいよ、羽釦」
「ん、そうか」
そんなに凝ったことはしてないけどな──黒のエプロン姿の羽釦は答え、それから、鼻をひくつかせた。
なにやら焦げ臭い。
「夏藍、夏藍‥‥それもうだいぶ焼けてる」
廸が七輪のそばに屈み込んでいる夏藍を呼んだ。
「あ‥‥」
網の上にはいくつかの──かつては鶏肉だった黒い塊。
「ふむ‥‥魚と違って勝手が分からないんだよね」
首をひねりながら、網の上の塊を離席中の揺籠の皿に移した。
廸は羽釦の料理を食べながらそれを見守っている。と、揺籠が戻ってきた。
「手羽が余ってるみたいでしたから、多めに──って、なんですかいこりゃ」
自分の皿に盛られた食べ物のような何かを見るなり、迷うことなく夏藍を睨む。
「食べ物を無駄には出来ないだろう? ‥‥ああ八鳥君、そのいい具合に焼けてるのを頼むよ」
涼しい顔で、羽釦に自分の皿を出す夏藍。
「‥‥これ最早鳥類への冒涜ですよ雀サン怒ってもいいですよ?」
「いやにわとりだから共食いじゃないし」
そういうことではないのだが‥‥なおも言い募ろうとする揺籠だったが、羽釦がギロリと眼光を鋭くした。
「料理中に暴れんじゃねぇ。ホコリがたつだろ」
空いている左手がグーの形に握られている。揺籠は渋々引き下がった。
「‥‥揺籠、それ、俺が食った方がいいか?」
廸がぼそりと言ったが、首を振って。
「や、売られた喧嘩は買いましょう捨てるの勿体ねぇですし」
フォークを構えて、夏藍に見得を切る。
「守銭の鬼を舐めんなよ!」
そして猛然と焦げにまみれた元・鶏肉に挑み始めた。
「仲良い印なら揺籠が食う方がいいよな」
廸はどこか勘違いしたことを言った。
そのとき、どこかから甲高い電子音が鳴り響いた。
●
「あ、ご飯が炊けたみたいですね」
征治はそう言うと、立ち上がり家庭科室へ向かう。炊飯器を見つけだしてきたのは彼である。
「沢山炊きましたから、欲しいひとはどうぞ」
炊飯器を手に戻ってきた征治の周りに人が群がる。
「鶏ごぼうご飯もあるよ〜」
焔も炊飯器を置いていった。
(米も食べたいけど、肉を減らさないといけないわけだしな)
海は料理を頬張りながら逡巡する。まだまだ料理は終わりが見えない。
しかし用意された料理の多くは、ご飯に合うだろうことが容易に想像できるのもまた事実。
(今日は調子もいいしな‥‥)
一杯くらいなら大丈夫だろうか。
みくずは迷うことなく炊飯器の列に並んでいた。
「炊き立てご飯! もらわない手はないね!」
大量に用意していたスーパーのご飯は?
「ちょうどなくなったところだったし!」
‥‥とのことでした。
「御飯!! 御飯きたー! なんだよー!」
縁とのとうはまた家庭科室で。
窓際に七輪。お肉は薄切り。部位はもうなんでも。そして大盛りご飯。
「スピードならやっぱり焼肉が一番なんだね!」
「焼き肉のたれでどんぶりだ! わはー!」
のとうとふたり、肉を焼いて、乗せて、食べる。食べまくる。
唐揚げも乗っける。焼き肉も乗っけて、マヨどばー!
「鳥マヨ丼なんだね! カロリー? 知らないんだよー!」
テンションMAXの二人に食べた後のことなどよぎりもしない。
口の周りがタレやらマヨやら脂やらでべとべとになるのもお構いなしに、夢中でかき込む。材料がなくなるまで、止まる気配はなさそうだった。
「チキンカレーが出来たよ〜」
焔が告げた。大鍋を持って入ってきたのはひりょだ。
新たなる定番料理の登場に、また人が群がっていく。
「春苑さんもどうぞ」
ひりょは自分の分と二人分カレーを用意して、佳澄のもとへ。
「ありがとう‥‥いい匂いだね」
佳澄も笑顔で礼を言って、スプーンを手にした。
「その後気になってたんだよな‥‥元気でいてくれたかな」
「うん、おかげさまで‥‥あっ、これ美味しいね!」
カレーを口にしつつ屈託無く笑顔を返す佳澄を見て、ひりょは安堵する。
「仲間には笑顔でいて欲しいんだ。俺にとって春苑さんも大事な仲間だから」
そのストレートな物言いに、佳澄は少々照れたようだった。
「悩みがなくなったわけじゃないけど、今は元気!」
「良かった。今日は食べて英気を養おう」
「うん! 美味しいものを食べるのって、幸せだよね」
二人は笑いあい、それぞれにスプーンを口に運んだ。
●
パーティーが始まって、結構経った。
「まだ‥‥こんなにありますか‥‥」
カタリナは食卓を眺めて重い息をつく。かなりの量を食べたはずだが、料理はまだまだ残っている。
一般人クラスの胃袋の持ち主は、そろそろ楽しんで食べるのは難しくなっていた。
だが、料理はまだまだやってくる。
「手羽と卵の煮込みだ。そろそろ味も染みてきているよ」
静流が鍋を追加する。手羽は選んで使う人があまり多くなかったので、必然量も多くなった。
「軟骨を混ぜた焼きつくねに、モツ煮だよ〜」
焔のレシピはまだ終わりを見せない。
「ご飯に合うね! んー幸せ‥‥」
みくずは嬉々としてそれらに箸を伸ばす。まったくペースは衰えない。
「味の濃いのが残ってますね。サラダまだあるかな」
春樹は時折メモを取りつつ、まだ多少は余裕がありそうだ。
「‥‥!」
征治は無言。無言で食べている。
感想を言うどころか、息をするのも忘れるほどの勢いで手と口を動かす。時折思い出したように烏龍茶を飲んで食道に詰まりそうな食べ物を胃に落としていた。
雪之丞は、あまり食べていなかった。もともと小食なのだ。
すこし手持ちぶさたにしていると、ユウが千切りキャベツを添えたもも焼きを手にやってきた。
「まだ食べられるようでしたら、いかがですか?」
「じゃあ‥‥」
皿を受け取り、一口。
「ふむ‥‥これはなかなか美味しいな」
シンプルな味付けだが、焼き加減が絶妙だった。
「ありがとうございます。他の方の料理も美味しいですよ」
ユウはにっこり笑って離れていく。
もしかして、身体が細いから心配されたのかな‥‥。
まだ多少は食べられるかな、と雪之丞はゆっくりと食卓へ向かった。
●
「親子丼を作りますけど、食べたい方はいらっしゃいますか?」
あやかが教室にやってきてそう聞いた。
みくずや天藍、海峰といった猛者達は迷うことなく手を挙げる。
「‥‥俺も!」
啓音も手を挙げた。
「俺はもうご飯ものはきついや‥‥」
千速はお腹をさすって見送りのようだ。
啓音も本音を言えばだいぶ苦しいのだが、作るのがあやかなのでつい手を挙げてしまったのだった。
「餃子が焼けたよ〜」
焔が大皿を手に教室にやってきた。
お皿を食卓において、また家庭科室に‥‥おや、今度は引っ込まない。
「残った鶏肉は全部ミンチにして餃子に使ったんだ」
ということは。
「料理はこれで最後だよ〜」
見事、一年分の鶏肉を一日で調理しきったのである。
自然と教室に拍手が沸いた。
後は、どこまで食べきれるか‥‥である。
「俺も食べまくろう‥‥鶏刺し美味しい」
何気に強力助っ人である焔も席について、ラストスパートが始まった。
●
「さすがに‥‥限界だな」
大食漢の海峰もついに音を上げた。箸を置き、最後の合掌をする。
「う〜、もう食べられないのにゃ‥‥」
「まだまだ! 御飯が足りないんだよー!」
のとうはだいぶ前にギブアップしたが、縁の吸引力は落ちる気配がない。
「味に飽きてきたら、これで‥‥うん、まだまだいけるね!」
みくずは兄特製という万能ダレをいろいろな料理につけて、食べ続ける。少なくとも二十五人前はとうに過ぎ去っている。
征治はまだ食べているが、ペースはだいぶ落ちた。烏龍茶がそろそろなくなりそうだ‥‥。
春樹は料理の残った皿を前に、退くか進むかを悩んでいた‥‥が、横からきた天藍が皿を掻っ攫ってしまった。
「食わねーなら我が貰うアル」
我なんも悪くねアルよ、と悪びれない天藍。
実際のところ春樹もほぼ限界だったので、助かったのだった。
「いやあ、八鳥さん以外の人の料理も美味しいねえ。満足したよ」
「俺も存分に口直しができて良かったですよ」
夏藍に向けて揺籠は精一杯の皮肉を言ったが、相手はどこ吹く風だった。
限界を知らない五強‥‥みくず、縁、天藍、廸、そして焔はまだまだまだまだ食べられそうだったが、他の人はもう箸が止まっている。
「そろそろ、お開きにしましょうか」
紘乃がぱんと手を打った。残っている料理も、みんなで分けて持ち帰れば十分はける量になっていたのだ。
「俺たち、実はタッパー持ってきてたんです!」
啓音と千速がさっそく動いて、再び料理の方へ向かう。
「これ美味しかったよな。今度兄貴にも作ってもらいたいよなー」
「でもこれなんて料理だ?」
「ん‥‥知らない。誰が作ったのかな?」
フリカッセをタッパーに移しながら、首を傾げる二人。
あやかやユウが準備していたので、タッパーがない人にも平等に料理が行き渡った。
「ふうう‥‥こんなに食べたのは久しぶりだ‥‥」
雪之丞はおなかを押さえて深く息をつく。お腹が張りすぎていて眠気もこない。
「後片づけも、一通り終わりました」
「ありがとう、ユウさん」
ユウは家庭科室の鍵を紘乃に渡した。
「今日は皆、お疲れさま。一年分の料理も、それを皆で食べるのも、すごく楽しかったわっ」
紘乃は全員を見渡した。
そしてその場にいた全員で、最後の言葉を唱和する。
ごちそうさまでした!