試合開始一時間前。
「‥‥はい、久遠ヶ原弁当おひとつですねぇ‥‥」
月乃宮 恋音(
jb1221)が手際よく弁当を袋に入れて客に手渡す。
球場前の広場は、野球を観戦に来た一般客で賑わっていた。球場のほうにも売店はあるので広場の書き入れ時はむしろ今である。
「久遠ヶ原弁当に久遠ヶ原サンド、特製かちわり氷もありますよ!」
恋音の隣では、袋井 雅人(
jb1469)が熱心に呼び込みを行っている。
弁当にサンドにも、つい先日久遠ヶ原を席巻した流星カレーが使われている。
「月乃宮さん、お弁当の追加ここに置きますね」
「‥‥おぉ、炎武先輩、ありがとうございますぅ‥‥」
段ボールを恋音の傍らに置いた炎武 瑠美(
jb4684)は、額に浮かんだ汗を拭う。そろそろ夕刻ではあるが、まだまだ太陽は主張激しく輝いていた。
「ねえあなた、こっちも会計してもらえる?」
「はっ、はい、ただ今!」
声が裏返るのをなんとか抑えて、瑠美もお客さんへと向き直る。あまりの人の多さに内心ビクビクしながらも頑張って接客をこなす。白地に花柄の浴衣を身につけた彼女の姿は人目を引き、裏方に廻ろうとしてもすぐに呼び止められていた。
「久遠ヶ原のペナント‥‥は分かるけど、ラブコメ推進部って何なの?」
「それはもう、宇宙規模で青春を謳歌しようという素晴らしい活動です! ペナント、いかがですか?」
ちゃっかり自分の部活動まで宣伝している雅人も、この時間は大忙しである。
球場前広場にある沢山の屋台の中でも、この久遠ヶ原学園からの出張屋台は特に人が集まっていた。
それも当然。何しろ今日は「撃退士ナイター」なのだから。
●
「‥‥エリーよく似合ってる、ぐっとですの」
「アトリ殿もよくお似合いで御座る〜」
ラークス公式のチア衣装に身を包んだ橋場 アトリアーナ(
ja1403)とエルリック・リバーフィルド(
ja0112)は、互いの姿を見てそれぞれに相好を崩した。
衣装は遠目に目立つようお腹と脚が大胆に露出しているデザインだが、二人とも気にしてはいないようだ。アトリアーナはむしろかわいいチア服を仕事で着れて嬉しいくらいだが、表向きはいつも通りに振る舞っている。
(‥‥うむ、アトリ殿も何やら嬉しそうで御座るか)
が、エルリックにはお見通しのようであった。
「よう、ちょっとお邪魔するよ」
ラークスの選手である道倉が控室に入ってきた。
「道倉選手、お久しぶりですの」
アトリアーナが挨拶すると、道倉は彼女を見てへえと感心する。
「君か。まさかそれで打席に立たないよな?」
「‥‥今日は応援ですの」
「よろしくお願いするで御座る」
「ああ、楽しみにしてるよ」
エルリックとも挨拶を交わして道倉は部屋の奥へ。
「プロテクター、持ってきたぞ」
そこでは三善 千種(
jb0872)と里条 楓奈(
jb4066)が身体をほぐしていた。
「ああ、まさか道倉選手本人が持ってくるとは‥‥ありがとう」
楓奈が早速プロテクターを身につけ始める。
「ん‥‥胸がきついが何とかなるだろう」
基本的に細身の楓奈だが、一部分だけはふくよかだ。道倉はゴホンと咳払いした。
「それで、そっちが投手ってことは‥‥やる気か?」
千種を見やると、彼女はにっこりと笑顔を返した。
「しっかり盛り上げて見せますから、期待しててくださいねぇ☆」
その笑顔の真の意味を知るものはまだ多くはない。
「楽しみにしてるよ‥‥度肝を抜いてやってくれ」
●
試合開始十分前。
球場に響きわたる音楽とともに飛び出してきたのは、ラークスのチアリーディングチーム。もちろんエルリックとアトリアーナも一緒だ。
さらにはマスコットであるヒバリのラッキーも後ろについてきているが‥‥。
実はこのラッキー、中身はヴァローナ(
jb6714)である。
チアリーダーたちをバックに、エルリックたちは体操選手ばりの跳躍・回転技を見せつける。
一方、ヴァローナ・ラッキーもキレのある動きを見せようと奮闘していたが‥‥。
(む。‥‥動きにくい)
残念ながらちょっとサイズが合っていない。
(なら、こうする)
ヴァローナは密かに光纏すると、闇の翼を発動した。
「わあ、お父さん見て見て! ラッキーが飛んでるよ!」
子供が歓声を上げ、大人たちは目を疑った。ドーム球場ではないのだから、上から釣っているはずもない。
(飛ぶラッキー。飛べラッキー)
どよめく観客席を一望しながら、上空を旋回するヴァローナ。
「おお、ヴァローナ殿、やるで御座るな」
「‥‥負けられないの。エリー、あそこまでいける?」
「お任せあれ!」
エルリックはにっこり頷くと、アトリアーナに向かって駆ける。アトリアーナは両手で彼女の足をがっちり掴むと、上空に向かって放り投げた!
「ヴァローナ殿!」
エルリックはヴァローナのところまで飛んで、彼女(が着込んでいるラッキーの)翼の形をした右手にタッチ。
観客の声を心地よく耳にしながら落下する中、彼女も光纏する。
地上で待ち受けるアトリアーナが彼女を受け止め、立たせると──そこには全く同じ姿をした二人の銀髪の少女が。
変化の術を使用した早変わりに、観客はざわめく。二人がポーズをとると、割れんばかりの拍手が響いた。
「次は私たちですねっ☆」
「よっ、頑張れよ!」
守備につくラークス選手たちがグラウンドに散っていく。ライトへ向かう浅野に激励されて、千種と楓奈もベンチを出た。
『本日の始球式は、撃退士とプロ野球選手による一打席真剣勝負です!』
アナウンスが告げる。千種は上はユニフォームに下はミニスカートという格好で、観客に手を振りながらマウンドに向かった。
ボールを受け取ると、対戦相手に向かって笑顔。
「始球式ですけど、本気で打っていいですよぉ。負けて文句言わないでくださいね」
あからさまな挑発。だが相手もプロとしての自信があるのだろう、動じた様子は見えない。
「余裕を見せていられるのは今だけだぞ」
マスクをかぶった楓奈が囁き、ミットを構えた。
千種が身体を折り曲げる。
アンダースローから放たれた初球、外角低めへ決まったストレート。スクリーンに表示された球速にどよめきが起きた。
「もう一つ、ここかな」
楓奈がミットを外に寄せる。
第二球、だがボールは内角高めへ。打者のバットが空を切った。
一見逆球だが狙い通り。楓奈は冷静に捕球する。
「さて、最後は‥‥」
二人が選択したのはシンカー。
変化球は身体能力だけで何とかなるものではない──が、千種のシンカーは訳が違う。ラークスの前エース・獅号から直接手ほどきを受けたシンカーだ。
フォームも手伝って顔近くまで浮き上がってからすとんと落ちるこの球を、いかにプロといえども初見で打つのは至難の業。バットはかすりもせず、ボールは楓奈のミットにしっかり収まった。
見事三球三振に仕留めて見せた二人に惜しみない拍手が送られる。二人は相手打者と握手を交わした後で、観客へと手を振ってアピールした。
「ナイターかぁ、こんな広いトコでメイン出来たら楽しいだろうなぁ‥‥」
その様を眺めていた與那城 麻耶(
ja0250)はふと思いに耽る。カクテル光線に照らされてリングアナからコールを受ける、コスチューム姿の自分──。
「っといけない、今日はお仕事だからね」
彼女の腕には「警備」の腕章。
「じゃあ、こっちは頼みます。俺は駐車場の方を見てくるから」
「試合は見ないんですか? 観戦しながらでもいいって話でしたけど」
同じく腕章をつけた美森 仁也(
jb2552)が外へ出て行こうとするので聞くと、彼は野球には興味なくて──と微笑んだ。
「今日はバイト代目当てなんです。この時期はいろいろ物入りですから」
夏祭りや花火大会には彼女を連れていきたいし、というのが彼の本音だ。
「なるほど‥‥ではそちらはお願いします」
軽く手を振って去っていく仁也を見送り、麻耶は気合いを入れ直す。
「よし、全てはお客さんの為にっ! 頑張ろう!」
「暑い」
久瀬 悠人(
jb0684)はまだ日の落ちる気配のない空を見て言った。
「暑い」
「何度も言うな。わかってるから」
大切なことなので、とばかりに繰り返した悠人に横から地領院 恋(
ja8071)がため息混じりにツッコむ。
彼らが準備しているのは、茨城特産のメロンを使ったスムージーだ。
「悠人さんの言うとおりまだまだ暑いし、きっと売れるよねっ」
地領院 夢(
jb0762)はうきうきと楽しそうに、スムージーを入れるコップを荷台に積んでいく。コップには自作の召還獣のイラスト入り。悠人のヒリュウであるチビがモデルだ。
イラストの横には、青いインクでチビの手形(?)が押されていた。昨日までに悠人が判子の如く押させておいたものである。
「よしっ、準備万端!」
荷台を首から提げて、夢はどうかな? と恋を見やった。
「うんうん、夢ちゃんは流石よく似合うな、可愛い」
販売員の制服も夢のイメージに合う。
「ふふ、お姉ちゃんも可愛いっ」
「アタシは、あまり可愛くは‥‥」
恋もお揃いの格好である。妹に褒められて、恋は気恥ずかしそうに横を向いた。
「久瀬君も着ればよかったのに」
「俺はこのままが一番です‥‥」
悠人は普段着だ。暑いのでパーカーは腰に巻いている。
「お姉ちゃん、悠人さん、頑張ろうね!」
夢を先頭にして、三人は盛り上がるスタンドへと向かっていった。
●
試合は両投手が立ち上がりをしっかり抑え、静かな展開で始まっていた。
「うーうーうー、乱闘などないように注意なのですよぅ?」
「上位争いの試合‥‥過剰に熱くなる客も居るかもしれない、気をつけよう」
鳳 蒼姫(
ja3762)と鳳 静矢(
ja3856)の夫妻はスタンドの上の方から警備に当たっている。
「静矢さん、暑いけど頑張って警備、なのですっ☆ ‥‥あれ?」
そろそろ空は薄暗く、球場の照明にも灯が入った。静矢に笑いかけた蒼姫だが、その向こうに見えた景色に首を傾げた。
「どうした?」
「静矢さんあそこ‥‥人がいるのです!」
蒼姫が指さす先、スタンド最上段の看板の上に、どうやったのか少女が腰を下ろしていた。
「おい君、危ないぞ‥‥って、ヴァローナさんか」
駆け寄って声を掛けてみたが、それはラッキーでのパフォーマンスを終えたヴァローナだった。
「静矢、蒼姫。ヴァロは野球を見ている」
看板の上で足をぶらぶらさせている。
「危ないですよぅ?」
「危なくない。ヴァロは飛べる」
「ん、まあヴァローナさんなら大丈夫か‥‥。一般の人はまねしようにも無理だろうし」
「気をつけて楽しんでくださいですよぅ」
「ん‥‥こーゆー感じなんだと思って、見てる」
とりあえず危険はないと判断して、静矢たちはその場を離れていく。
ヴァローナは買っておいた『久遠ヶ原サンド』の蓋を開けると、一つつまんだ。
「カレー味‥‥美味しい」
そのころ。
ヴァローナから返却されたマスコットのラッキーは控え室で次の出番を待っていた。
だがそこへ、バンッと扉が開け放たれて入って来るものが。
(ここにいたか。我が運命のライバルよ)
そう身振りだけでラッキーに伝えたのはラークスのユニフォームに身を包んだパンダ、下妻笹緒(
ja0544)である。
昨年のファン感謝デーで彼が謎のマスコットとして大暴れしたのはラークスファンの間でも密かな伝説となっていた。
思わぬライバルとの再会に翼を広げて驚くラッキー。
だが笹緒は旧交を温めるでもなく、毅然とラッキーに向き直る。
(ラークスが現状三位に甘んじているのは、すべてマスコットに責任がある)
ズバリと指摘されて、ラッキーは下を向く。
(ありきたりのダンスで誰が喜ぶのか。誰が興奮するのか)
力なくうなだれるラッキー。だが笹緒はそんなラッキーの肩に手を置く。
(今日はショーアップイベントは撃退士に任せ、我々は裏方にまわろうではないか)
(裏方‥‥?)
(普段とは違う位置から選手たちを見ることで、得られるものがあるはずだ)
しばし見つめ合うパンダとヒバリ。
やがてラッキーはこくと頷く。全て身振りだけで会話した二人(?)は連れだって控え室を後にした。
「冷たいお飲物はいかがですか?」
緋月 舞(
jb0828)はバックネット裏でドリンクの販売を行っていた。
大声で応援していたり、のどが渇いていそうな人を見つけてピンポイントで声を掛けていく丁寧な接客は球場では珍しく、逆にそれが功を奏しているようだ。
「暑い中皆様頑張っておられますものね」
「おう、嬢ちゃんも頑張ってるなあ」
「うふふ、ありがとうございますv」
お酒が入って少し荒っぽそうな人とも臆することなく会話しながら売り上げを伸ばしていた。
「あれ、ラッキーだ」
「ボールボーイしてる‥‥?」
「あっち、パンダがいる!」
不意に観客が沸いたので、舞も釣られてグラウンドをみる。と、一塁ベンチ側にラッキーが、反対の三塁ベンチ側にはパンダが、それぞれボールボーイの席に腰掛けていた。
「あら、あのパンダさん‥‥」
学園で見かけたような、と舞が首を傾げたとき、ファウルボールがパンダの元へ飛ぶ。かなり鋭い打球だったが、パンダは機敏な動きでボールを処理していた。
「ラークスのマスコットにはパンダさんもいるのかしら‥‥?」
初めて野球場に来た舞には首を傾げることばかりである。
若杉 英斗(
ja4230)とカタリナ(
ja5119)の二人は今日売り歩く荷物をまとめていた。
「ラムにウイスキー、ソーダに‥‥シロップも種類を用意して、カラフルにしたいですね」
二人が売るのはカクテルを中心としたアルコール類だ。
「夜とはいえこの暑さ。きっと大儲け! ですよ」
そろそろ陽は落ちた頃合いだが、気温の方はまったく下がる気配を見せない。
「レモンソーダやミントソーダ‥‥氷はブロックで持って行きましょう」
カタリナはがんがん荷台に荷物を積んでいく。用意したものを全て積み終えた頃には、二つの荷台に物が満載されていた。
「‥‥二人で持てば何とかなりますよね!」
「何とか‥‥しましょう!」
(これだけ重いと光纏しなくちゃ無理だ‥‥)
オーラを抑えて光纏する英斗。魔装装備上昇効果で重い荷台も軽々持てる‥‥かもしれない。
「はい、お二つですね。ありがとうございますっ」
夢たちのメロンスムージーは、なかなかに好調な売り上げを記録していた。
「おーい、こっちも一つ」
「はいっ、ただ今」
元気に走り回る夢の姿を、恋は少し離れた位置から心配そうに見つめていた。効率よく売るために場所を分けたのだが、どうしても妹のことを目で追ってしまう。
要するに、シスコ(ry
「ねえ、このイラストって何なの?」
「え? あ、ああ。ヒリュウって召還獣のイラストです」
「ふーん‥‥久遠ヶ原のマスコットみたいなもの?」
声を掛けられて恋はあわてて説明するが、どうも上手く伝わっていないらしい。
「おーい、悠人君」
というわけで、召喚主を召喚。
「これがチビです」
悠人がヒリュウを召喚する。
「怖くないですよ‥‥引っ付くな、暑い」
顔にまとわりついてくるチビをはがしながら、悠人。向こうの方で、夢が横に長い応援席の真ん中に商品を届けようとして苦労しているのが目に入った。
「よしチビ、仕事だ」
チビは悠人の指示に一声鳴いて応えると、観客の間を飛んで夢の元へ。スムージーを受け取って見事客の元へ届けると、周囲から拍手が沸いた。
それから召喚時間一杯まで、チビは大活躍。
「ありがとうチビちゃん‥‥って、悠人さんも働いて下さいっ」
「働いてますよ?」
指示を出すだけの簡単なお仕事である。
●
試合は五回を終わって2ー2の同点。拮抗した展開だ。
グラウンド整備が入るこの時間。ベンチを飛び出してきたのはイヤホンマイクを身につけた一人の少女。
「皆様、盛り上がりが足りませんわ! チームのためにわたくしと一緒に応援歌を歌いましょう!」
友禅 響歌(
jb6910)はスタンド全体に呼びかけると、まずは首位チームの応援団が陣取るスタンドへ。
事前に打ち合わせしておいた通りに応援団が演奏を始めると、響歌は闇の翼を発動してふわりと浮いた。
「さあ、皆様声を合わせて‥‥」
宙を舞いながら、高らかに声を響かせる。
「まあ、友禅さん素敵ですわ‥‥!」
スタンドで販売を続けていた舞は、その様子を惚れ惚れと眺めた。
そして観客の方へと向き直る。
「皆様とも一緒に合唱で応援できれば嬉しいですわv」
すっかり舞のファンになっていたバックスタンドの観客たちは歓声で応える。
響歌が右翼席へと向かい、ラークスの応援歌を歌い始めると、皆メロディに歌声をあわせた。
舞も覚えたての応援歌を、観客と一緒になって歌い上げた。
「いい盛り上がりでしたわ! そのテンションで残りも乗り切ってくださいですわ!!」
響歌は頬を上気させて一礼する。両方のスタンドから暖かい拍手が贈られた。
●
「ビールいかがっすかー」
英斗がお決まりの文句を叫んで通路を歩くと、数歩も行かないうちに声がかかる。
やはり、野球場といえばビール、この組み合わせは鉄板だ。だが英斗たちには他にも売り物がある。
「ビールもいいけど、カクテルがオススメですよー」
「球場のカクテルってのは、どうもね‥‥」
「カタリナさんのカクテルは、味も確かですよ!」
英斗が熱弁を振るう後ろで、カタリナがにっこりアピール。
「そうなの? じゃあゆっきーがヒットを打ったら頼もうかな‥‥」
ちょうど打席にはゆっきーこと浅野が立っている。浅野は変化球に鋭く食らいつくと、一塁線を破る長打を放った。
(ナイス、ゆっきー!)
英斗は心の中でガッツポーズ。
「ご祝儀ね。ミント・ジュレップをお願いしようかな」
「かしこまりました。ヒデト、お願いします」
英斗は頷くと、その手に魔具を顕現させた。竜頭を思わせる手甲から牙のように伸びた二本の刃がブロックの氷を刻み、程良いクラッシュ・アイスを作り出す。氷を受け取ったカタリナは淀みない手つきでマドラーを操り、涼しげなカクテルを完成させた。
「あら、ちゃんとミントの香りがして‥‥おいしい!」
「ありがとうございます。ご希望でしたらシェイクも出来ますよ」
そう言って、カタリナは身につけてあったシェイカーを示す。
「私、お願いしようかな」「私も!」
主に女性客が食いついてきた。カタリナは喜んでパフォーマンスしようとするが‥‥首から提げた荷台が邪魔になる。
「‥‥ヒデト、ちょっとお願いします」
「おわっ」
荷台を英斗に預け、カタリナはシェーカーパフォーマンスを開始。
(さすがカタリナさん‥‥でも、重‥‥)
その華麗な手さばきに観客が見惚れる間、英斗は二つの荷台を必死に支えていた。頑張れ英斗、頑張れ魔装装備上昇!
「大サイズですね? はい、かしこまりました‥‥ぷしゅー☆」
新崎 ふゆみ(
ja8965)はビールサーバーを背負い、観客の間を盛んに往復。
「今回も、がんばって売り上げを伸ばしちゃうんだよっ★ミ」
この球場でビール売りをするのも二度目とあって、ふゆみの手際もなれたものである。
「それにしても、あっついね‥‥」
ビールを売り歩きながら、観客の様子も注意深く見て回る。応援に夢中になって水分補給を怠っていると‥‥。
「おおい、誰か来てくれ!」
スタンドの上方からせっぱ詰まった声が聞こえてきた。
ふゆみが駆け上がっていくと、そこにはすでに御堂・玲獅(
ja0388)の姿があった。
見ると、観客が二人ほど通路に横にされている。
「だいじょうぶ?」
「熱中症です。とりあえず、冷やす処置はしてあります」
玲獅も、この暑さでこうした患者が出るのではないかと危惧していた。売り物のほかに保冷剤を収めたクーラーボックスを持ち歩いていたのはそのためだ。
患者の脇の下に保冷剤を入れて血流を冷やす。意識を取り戻したのか、患者が相次いでむせた。
「水は飲めますか‥‥? 新崎さん、そちらの方を」
「任せてっ☆」
やはり売り物とは別に用意していたスポーツドリンクをそっと含ませてやる。
「救護室がありますから、そちらへ参りましょう。少し辛抱して下さいね」
玲獅は肩から提げている荷台やクーラーボックスを背中に回し、患者を抱え上げた。
「だいじょうぶだよっ☆ミ ふゆみがすぐはこんじゃうんだからねっ☆ミ」
ふゆみも、ビールサーバーを背中に背負ったままで患者を軽々と持ち上げた。
縮地を発動したふゆみは飛ぶように階段を駆けて外周通路へ消えていく。玲獅も表情一つ変えずにその後に続いていった。
あまりの手際の良さに、周囲の観客はしばし試合を忘れて二人が消えた通路入り口を眺めていたのだった。
●
試合が白熱すると、必然球場前広場まで降りてくる人の数は減る。恋音たちの屋台売店は試合前に比べるとだいぶ販売も落ち着いていた。
そこへ、病人を救護室まで運んだ玲獅がやってくる。
「スタンドの売り子が足りないらしいです。手伝える方はいますか?」
「あ、じゃ、じゃあ、私が‥‥!」
瑠美がおずおずと手を挙げた。まだ人混みには馴れないが、売店の行列も捌けたのだから、きっと力になれるはず。
瑠美は恋音たちにぺこりと頭を下げると、玲獅について球場へ向かった。
彼女らを見送った雅人は、ふと恋音と二人きりになったことに気づく。
(これは、イチャイチャ描写タイム‥‥?)
ラブコメ推進部、本領発揮か!?
「やあ、調子はどう?」
警邏中の麻耶がやってきて、特に描写を差し挟む隙もなくイチャイチャタイムは終了しました。
「‥‥與那城先輩‥‥おかげさまで、好評なのですよぉ‥‥」
「あれ、その子は? お客さん?」
「その子?」
摩耶に言われて雅人が屋台の外をのぞくと、五歳前後だろうか、小さな女の子が指をくわえて一人で立っていた。
「うわっ、いつの間に?」
「‥‥迷子、でしょうかぁ‥‥?」
周囲に保護者の姿は見えない。麻耶は女の子の前に屈み込む。
「お父さんかお母さんは?」
女の子は首を振った。
「よーし! おねーちゃんと一緒に探そうね」
だが全て言い終わる前に、背中の先から別の女性の悲鳴が響いた。
「だ、誰か! 捕まえて!」
振り返ると、倒れ込んだ女性と一目散に逃げる怪しい男が。
「! ひったくり!?」
一瞬、迷子の子とどちらを優先すべきか迷う。
「その子供は、わたくしが引き受けますわ‥‥」
「ごめん、お願い!」
ちょうどそこへ、出番を終えた響歌が現れた。麻耶は一も二もなく子供を託すと、ひったくり犯に向かって駆け出した。
「さあ、ご家族が来るまでわたくしと一緒に待っていましょうか‥‥」
響歌は女の子に向かって妖しく微笑む。さっきまで泣き出しそうにしていた女の子はその微笑みに惑わされたかのように、呆然と頷いていた。
「撃退士が警備にいるときに犯罪なんて、いい度胸してるじゃないの!」
麻耶は全力で駆けるが、意外なことにそれほど差が詰まらない。
「まさか、アウル適性者?」
その推測はズバリだったらしく、男は球場の外壁を駆け上がり始めた。
「壁走り‥‥私だって!」
スキルを発動しながら、麻耶は警備担当者向けのトランシーバーのスイッチを入れた。
駐車場で警備に当たっていた仁也は麻耶の連絡を受け駆けつける。二つの影は既に球場の外壁を上っている。
(‥‥仕方ないな)
周囲に人影がないことを確認して、仁也はその力を解放した。
麻耶は移動力には自信がある方だがそれは相手も同じらしく、しばらく外壁を迷走した二人は距離が詰まらないままバックスクリーンの裏側を駆け上がっていく。
だがその行動は男にとって致命傷であった。
スクリーンの頂点に達しようかというそのとき、月ばかりであった空に突如煌めいた銀の髪。
闇の翼を発動した仁也が先回りして男を捕らえたのだった。
麻耶が追いついてきて、男から女性もののバッグを取り上げる。
「ここから雪崩式の技で投げたら見栄えがよさそうよね?」
言われて男も肝を冷やしたようだ。
「これで一件落着かな」
仁也が安堵したそのとき、球場内の照明が動いて彼らを照らした。場内のアナウンスが、彼らが今日警備に当たっている撃退士であることを告げる。
「しまっ‥‥」
まだ悪魔としての姿をさらしたままだった仁也は思わず身を固くするが──。
試合でテンションのあがっていた観客は気にする様子もなく、むしろ彼の姿を演出と受け取ったのか大歓声で応えたのだった。
●
回は終盤、七回裏。ラッキーセブンのチャンスに現れたのは‥‥。
「盛上げるためならエーンヤコーラ♪」
褌一丁に捻り鉢巻き。鍛え上げた身体を惜しげもなくさらす男、いや漢。佐藤 としお(
ja2489)だ!
「勝負はこれからだっー!」
【みんなでウェーブ!】とかかれた旗を担ぎ、右翼スタンドを走り回って観客を煽る。
スタンドの盛り上がりに応えるように、ラークスは二死二塁のチャンス。
「よーし、打って来い!」
できれば麻耶たちのようにバックスクリーンの頂上に上がりたかったのだが‥‥。そんなスキルはないのでスタンドの最上段で【ココを狙え!】とアピールを。
「おいおい‥‥あの女の子じゃあるまいし」
打席の道倉はそれを見て苦笑する。いくらなんでもあんなには飛ばせない。
「とはいえ、ここは一本狙わないとな」
としおのアピールで肩の力が抜けたのかもしれない。道倉が振り抜いた打球は高い放物線を描き、右翼スタンド最前列に飛び込む勝ち越し2ランとなったのだった。
「よっしゃあ!」
大盛り上がりの一塁側で、恋もまたガッツポーズを決めていた。
三人ですでに観戦モードだ。スムージーはもう彼女らの手元にある分でおしまいだった。
「販売って大変だったけど、お客様も試合を楽しんでいて一体感がすごく楽しいねっ」
夢も手を叩いて喜んでいる。
「沢山働いた後だから、疲れた」
「一番働いてたのはチビ君じゃないか? チビ君の分も残しておかないとな」
スムージーを啜る悠人にそう言って、恋はニッと笑うのだった。
試合はそのまま進み、九回表、ツーアウト。
「アトリ殿、あと一人で御座るよ!」
エルリックはマウンドに注目しながら隣のアトリアーナに声を掛けるが、返事がない。
「アトリ殿ー‥‥おや」
見ると、彼女は目を半分閉じてうつうつと舟を漕いでいた。
「んー‥‥ラークスふぁいとー‥‥ですの‥‥」
「ふふ、お疲れのようで御座るな」
最後の打者が打ち上げる。打球は力なくふらふらと上がり、セカンド芝丘のグラブへ。
ラークス勝利のアナウンスを、アトリアーナはエルリックの膝の上で夢見心地に聞いていた。
●
『‥‥今日のヒーロー、道倉選手でした!』
ヒーローインタビューの後、写真撮影を終えた道倉がファンにアピールをしている。──と。
突如、黒いマフラーで顔を覆い隠した女がグラウンドの影から現れた!
「ふふふ、おとなしくするであります!」
マフラーの女──シエル・ウェスト(
jb6351)は道倉に向けて鎖鎌の刃を向けた。
悲鳴の上がる観客席。だがその直後、ベンチの反対側から男が一人。
龍崎海(
ja0565)がご当地印籠時代劇のテーマソングとともに現れた。
無言で槍を構える海。シエルは交響珠を顕現させる。
シエルが海に向け攻撃を放つ。海は盾を顕現し、あるいは槍を振るってそれらを全てはじいて見せた。
「やるでありますね‥‥ならば!」
ある程度距離が詰まったところで、シエルは再び鎖鎌を持ち出す。
「とあっ」
「くっ」
投げつけられた分銅が海の十字槍にキリリと絡んだ。
鎖を引き、海の体勢が乱れたところを狙うシエル。海は身を捻って鎌の切っ先を何とか躱す。
押され気味の海。だが槍を振るって鎖の拘束から脱すると、飛びすさって距離をとった。
互いに武器を構え、にらみ合う二人。
動いたのはほぼ同時だった。
海のヴァルキリージャベリンとシエルのダークブロウ、互いの大技がグラウンド中央で交錯する!
どんっと派手な音がして、グラウンドで煙が爆ぜた。それは実際にはシエルが攻撃直後に放った発煙手榴弾の煙だったが、観客には分からない。
二人の姿は煙に紛れて見えない。果たしてどちらが勝ったのか──?
やがて煙が晴れると、そこに立っていたのは海一人だった。
シエルの姿は、既になく。身につけていた黒いマフラーだけが残されていた。
観客の拍手を背に受けて海がベンチ裏へと戻ってくると、シエルが待っていた。
「お疲れさま。いい動きだったよ」
「うぃ〜お疲れ様であります‥‥」
疲れ切った様子のシエルと拳を合わせて健闘をたたえ合う。そこへ、身体に響くドン、ドン、という音が聞こえてきた。
●
色とりどりの花火が人々を照らしている。
「きれい‥‥また応援しに来たいなっ」
夢は恋と悠人と空を眺めながらつぶやく。
「今日の出来事が、みんなのステキな思い出になるといいよねっ☆ミ」
最後までビール売りに励んだふゆみは、家路につき始める観客を見送る。
「どうやら、試合が終わったみたいですね」
雅人と恋音は二人で花火を見上げる。
「‥‥では、残りを売り切ってしまいましょうかぁ‥‥」
これから最後の波が来るはずだ。恋音は改めて気合いを入れた。
(ラークスに首位を取らせるために‥‥頼んだぞ)
ベンチ脇から立ち上がったパンダは、向かいにいるラッキーにつと視線を送る。
そして無言でそこから立ち去って行った。
静矢が上空へ向けて太刀を振り抜くと、紫の巨大な鳥が花火の中を上空へと羽ばたいていく。
「これもおまけだ‥‥賑やかな方が良かろう」
「ううー、アキもやるのですよぅ☆」
隣で蒼姫が気合いを入れ始める‥‥と、その肩を叩くものが。
見ると、としおが自分を指さしてうんうんと頷いていた。
「わかりました、では一緒に‥‥」
としおを側に置いて、蒼姫は「ユキの『大炸裂SHOW』」を大炸裂。
「今夜もドデカイ花火をありがとぉおうっ!」
蒼姫の笑顔が花火となって打ち上がるなか、としおもまた空高く打ち上げられたのだった。