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マスター:嶋本圭太郎
シナリオ形態:シリーズ
難易度:易しい
形態:
参加人数:9人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/08/02


みんなの思い出



オープニング

 目覚ましが鳴る五分前。春苑 佳澄(jz0098)は我慢しきれず、ベッドから勢いよく起きあがった。
 カーテンを開けて、窓の外を見る。

「‥‥うんっ、いい天気だ!」

 満面の笑顔を朝日にさらした。


 先日貰った、『関東圏ならどこでも宿泊可能なチケット』。みんなで相談して、行き先を決めた。
 今日は、待ちに待った出発日だ。

 顔を洗って着替えたら、持って行く荷物の再確認。一泊だからそこまで大荷物ではないし、昨日のうちになんども確認はしたけれど、それでも、ともう一度。
「よし、大丈夫かな」
 日焼け止めに虫除け、酔い止めの薬も念のため。友達に選んでもらった水着もちゃんと入っている。ファスナーをあげて、持ち上げようと。
「‥‥あっ、忘れてた!」
 机の上に、『旅のしおり』が置きっぱなしだった。昨日我慢できなくて、寝る直前まで飽きずに眺めていたのだ。
「よし、今度こそ大丈夫」
 カバンに詰め直して、佳澄は安堵の息を吐いた。



「紘乃さん!」
 カバンを担いで集合場所へ向かうと、ワゴン車の前で潮崎 紘乃(jz0117)が待っていた。
「ずいぶん早いわね。まだ時間あるわよっ」
「待ちきれなくて‥‥えへへ」
 佳澄は恥ずかしそうに笑う。
「バーベキューセットとか、大きい荷物は先に積んであるからね」
「ありがとうございます! ほかのみんなは、まだかな?」
「それなら、ほら」
 紘乃の示した先へ、振り返る。

 佳澄はめいっぱい手を振って、君たちのことを出迎えた。


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リプレイ本文

 用意されたワゴン車のそばで、春苑 佳澄(jz0098)が手を振っている。
「いよいよ旅行本番か。楽しみだね」
「いい思い出になるといいですね」
 天風 静流(ja0373)は微笑む。藤白 あやめ(jb5948)がその横顔を見上げた。
「昨日は眠れなかったとかそーゆー遠足前の小学生でわないので‥‥」
「でも戒姉、目が赤いけど」
「そ、そんなことないですし!?」
 七種 戒(ja1267)に神埼 晶(ja8085)の鋭いツッコミ。「冗談だよっ!」と晶は舌を出して車の方へ走っていった。

「お待たせしましたですの」
 神埼 律(ja8118)がメンバーを確認していると、橋場 アトリアーナ(ja1403)がゆっくりと歩いてきた。
「リアちゃん、怪我は大丈夫?」
 菊開 すみれ(ja6392)が声をかける。アトリアーナは先日の戦闘での負傷がまだ癒えていないのだ。
「激しくは動けないけど、なんとか大丈夫ですの」
「橋場君には療養の旅といったところだね。荷物はこっちへ」
「ありがとうですの、シズル」
 静流がアトリアーナの荷物を代わりに荷台へと乗せた。

 明るめの原色VネックTにデニムという出で立ちのランベルセ(jb3553)は車の中で少し落ち着かなさげに体を動かしていた。
「どうしたランゼ、場所代わるか?」
「いや‥‥翼をしまっているから、少しな」
 定員ぎりぎりなので、彼の立派な黒い翼は出しっぱなしにしておけない。
「全員乗りましたか?」
 運転席から明石 暮太(jb6009)が振り返る。
「明石さん、ありがとうございます」
「大丈夫、運転は任せてください!」
 あやめにお礼を言われて、暮太は力強く答えた。
「疲れたらいつでも交代しますので!」
「戒ちゃん‥‥」
 むしろ交代してほしい、というオーラを前面に出す戒に、律が心配そうな目を向ける。

「それじゃ、安全運転で‥‥出発します!」



「着いたら、さっそく川に行くんですよね」
 晶お手製の『旅のしおり』をしっかり読み込んできたあやめがはしゃいだ声を出す。
「ああ、魚を釣って、バーベキューだね」
「旅館に連絡して、川魚の料理は変更してもらってるの。──お昼に新鮮なのがたくさん食べられるはずなの」
 静流が答えると、律がさらりと付け加えた。
「それは、責任重大だな‥‥」
「天風氏、心配は無用‥‥この私があっと驚く釣果をあげて見せますので!」
 戒が自信満々に胸を叩いた。

「ああそうだ、晶」
「ん?」
 ランベルセは思い出したようにポケットを探り、前の席にいる晶に何かを放る。
「コーラだ。以前飲みたいと言っていただろう」
 晶はびっくりした顔でそれを受け取るが、すぐに顔をしかめた。
「‥‥うれしいけどさ。これぬるいよ、ランベルセ」
「ずっと持っていたからな。買った時は冷たかったが」
「ぬるいコーラって、ぜんぜん美味しくないんだけど‥‥」
「俺は飲まないから知らん」
 しれっと答えるランベルセである。



「結構山道になってきたの」
 律が窓の外を眺める。道幅も狭くなり、両脇は背の高い木々がそびえ立って日の光を遮っていた。
「あっ、川が見えました!」
「どれどれ!?」
 晶が窓際に身を乗り出す。重なり合う樹木の隙間から、きらきらと光をはじく水の流れが垣間みえた。
「あそこ、道が膨らんでますね。止めちゃいましょうか」
 車がゆっくりと停車する。

「女性はカーテンかけて、車の中で着替えてもらって。俺たちは先に川に降りてましょうか」
 暮太はランベルセに声を掛けるとサイドブレーキを引き、シートベルトを外した。


「さてと‥‥この辺りならいいかな」
 周囲をきょろきょろ見回して、暮太は荷物カバンを開く。
 今日は男装で通そうと、水着も男物を用意してきた、そのはずだったが‥‥。
「姉さんだな‥‥」
 カバンを一通り漁ったあと、彼はがっくりと肩を落とした。



「水がひんやり冷たくて気持ち良い〜!」
 川の流れに足を浸して、すみれが歓声を上げた。
「日差しは結構きついがな‥‥」
 ランベルセは道中しまっていた翼も出し、堂々と上半身を露わにしている。
(あれは‥‥水着だよね?)
 ビキニパンツがなんだか下着っぽく見えてしまったが、きっと気のせいだろうとあやめは目をそらした。うん、気のせい気のせい。
「釣りをする人達の邪魔にならないように離れたところで泳ごう!」
 晶に先導されて、佳澄やすみれ、あやめたちが上流の滝のほうに駆けていく。
「滝に打たれる修行、佳澄やシズルとしたかったのですが‥‥」
「その怪我では仕方ないね」
 アトリアーナに静流が微笑みかけながら、釣竿の準備を手伝う。
 一方、先に準備を整えた戒は川の上流に向けてビシッと釣竿を構えた。
「目標は唯一つ‥‥ヌシよいざ勝負ッ!!」
 そもそもいるのかも不明だが、彼女はすっかりその気で上流へと歩みを進めていく。

「‥‥まさかの事態なの」
 皆がそれぞれの行動を始めるのを、律は着物姿のまま呆然と見つめていた。
 誰もバーベキューの準備をしないのである。
 一番頼りになりそうだったのは暮太だったが、どうにも姿が見えない。
 そんな風に見回していると、ランベルセとちらと目があった。
「‥‥?」
(うん、どう見ても期待できないの)
 バッサリ。
「‥‥やるしかないの‥‥」
 律は頷くと、袖をたくし上げ、襷をかけた。


「結構深いかも」
「大丈夫ですか?」
 滝壺に入った佳澄を、あやめが心配そうに見ている。
「飛び込んでもいいくらい!」
「よしっ、それなら‥‥!」
 それを聞いて、晶が早速水しぶきをあげて飛び込む。
「‥‥ぷはっ! 水が冷たくて気持ちいいねっ!」

「‥‥そういえば、暮太君は?」
 ふと気づいてすみれは周囲を見回した。
 あやめもその姿を探すが、目に入るのは晶に佳澄、となりにいるすみれと、もう一人。
「えっ?」
 いつの間にか、知らない女の子がついてきていた。
「あ‥‥どうも」
 ふわっとしたスカート付きの花柄タンキニを可愛らしく着こなした少女? ははにかんだ笑顔を浮かべる。その黄緑の髪には見覚えが。
「まさか、明石さん?」
「そうです‥‥」
(ああ‥‥これでまた男の娘として周囲に認知されるのだな‥‥)
 暮太がそんなことを考えていると、すみれが近づいてくる。
 彼女は無言で、暮太のほのかに膨らんでいる胸を掴んだ。
「柔らかい‥‥どうなってるんですか?」
「特殊メイク‥‥かな‥‥」

 日傘をさしてのんびり‥‥のアトリアーナであるが、釣りは初体験。
「‥‥むぅ、銛で突く方がボクはむいてるのー」
「まだ始めたばかりだ。気長に構えるのがいいよ」
 口をとがらせるのを見て、隣の静流が苦笑する。
「天風、これでいいのか」
「ああ、いいと思うよ」
 ランベルセは竿先を川に投げ入れると、視線を上流へと動かす。
「ふふふ、インフィルトレイターの索敵能力舐めるなよ‥‥そこォ!」
 滝壺に張り出した岩の上で、戒が本気でヌシを仕留めにかかっていた。



「修行できそうな滝ですけどこれ実際にやったら痛そうですよね」
 膝までを水に浸したあやめがしぶきを上げ続ける滝を見上げる。結構な水量があり、そばによると水が落ちる音で会話がしづらくなるほどだ。
「うーん、でもやってみたいな‥‥すみれちゃん、一緒にどうかな?」
「え、私?」
 佳澄に突然誘われて、すみれは驚く。
「アトリちゃんにどんな感じか教えてあげたいし‥‥」
「むむ、リアちゃんのためか‥‥それなら、ちょっとだけ」
 軽く答えた。

「よーし、いっせーの‥‥」「せっ!」
 暮太たちが見守る中、二人同時に滝の真下に飛び込む。途端、圧倒的な水量に圧しつぶされる!
「だ、だ、だ、ダメ、これ、無理!」
 二人とも十秒ともたずに滝壺へ放り出されてしまった。ちょっと滝行をするにはこの滝は強力すぎたようである。
「ふぅ、ひどい目にあった‥‥」
 佳澄に続き、すみれも顔に張り付いた前髪をかきあげながら滝壺からあがろうとする。
「あれ? すみれさん‥‥水着」
「ふぇ?」
 だが上半身を出したところであやめ言われて、目線を下に。
 今日着ていたのはチェック柄のビキニ。‥‥それがいつの間にか、上半身が肌色一色になっていた。
「うええ!?」
 あわててもう一度滝壺に身を沈める。
「どうしましたか?」
「明石さん、来ちゃダメです!」


「うぐぐ‥‥全然釣れない」
 静流が順調に釣果をあげている横で、アトリアーナは未だボウズであった。
「ランベルセ、教えてくださいですの」
 彼は相性がいいのか、結構釣っている。
「そう言われてもな‥‥さっき天風に言われたとおりにやっているだけだが」
 言いながら、何かかかった感触があったので竿を引き上げる。
「‥‥これは魚じゃないな」
 チェック柄の何かが釣り上げられた。


「春苑さん、そっちは?」
「見あたらないよー!」
 滝壺では、水着大捜索中。
「下流に流れていっちゃったのかな‥‥?」
「それは、困る!」
 とりあえずタオルで隠しているすみれが叫んだ。そこへ飛来する影一つ。
「菊開。これはお前のだろう」
 振り返ると、ランベルセがすみれの水着を無造作に掴んで立っていた。
「あ、ありがとう‥‥」
 内心どきどきしながらも、とりあえず礼を言って受け取ろうとタオルから片手を離す。‥‥絶妙なタイミングで風が吹いた。
 ランベルセの眼前でタオルがめくれあがる。
「どうした、早く受け取れ」
「‥‥ぁ」 
 すみれの声にならない悲鳴が響きわたった。



「どうですか? 釣れてますか?」
「‥‥それはボクに向けて聞くべきではないの」
 滝壺組が下流に降りてきた。晶の問いにアトリアーナは目をそらす。
「全体的には、まずまずかな」
「わあ、きれいなお魚‥‥!」
 静流がクーラーボックスを開いてみせると、つやつやとした魚がしっかり納められていた。

 コンロのそばでは律が店員さながらに用意を整えていた。
「わあ、いい匂い!」
「お肉と野菜はそろそろいい感じなの。あとはお魚なの」
 律は汗だくだった。まだ一歩も水に入っていない。
「とりあえず、全員に行き渡るだけは用意してきたよ」
 静流がクーラーボックスを置く。横から男の娘‥‥暮太が覗き込んだ。
「暮太ちゃん、いいところに来たの」
 そんな彼の肩を律ががっしと掴む。
「あとはお願いするの」
 言うなり襷を外して着物の帯を解く。電光石火の早業で水着姿になった律は川へ駆け込んでいった。

「うわっ! すごくおいしい!」
 こんがり塩焼きになった魚に一口かぶりつき、晶は驚きの声を上げる。
「うん、釣りたてならこういう食べ方もいいね」
 静流も頷く。
「お刺身もどうぞ。山葵醤油と、コーレーグース入りの酢味噌がありますよ」
 暮太は慣れた様子で魚をさばく。剥いだ皮は捨てずにコンロに乗せて、ぱりぱりになるまで焼いて食べる。
 その横ではアトリアーナも調理を手伝っていた。
「アトリちゃん、お魚さばけるんだね」
「喫茶店員に魚をさばくことなど簡単なことですの」
(‥‥そうかなあ?)

 ランベルセは渡された焼き魚を一口齧ったあとで、きゃいきゃいとはしゃぐ彼女たちを眺めていた。
「ランベルセはどうなの? 魚じゃなくて戒姉釣るんじゃないの?」
 そこへ晶が近寄ってくる。ランベルセはつと考えたあと、真顔で晶を見返した。
「どの餌なら釣れる?」
 なお、本日は釣具屋で買った冷凍ミミズや現地調達の川虫などを餌として使用しております。
「そうじゃないでしょ‥‥」
 晶はあきれた。
「そういえば戒姉は?」
「まだあそこにいる」
 ランベルセが示した先で戒はまだヌシとのバトルを続けていた。

「ふ、私からは逃げられんよ‥‥?」
 どうやら本当にそれらしいものがいたらしい。
「撃退士のスキルの前にはヌシも形無し‥‥かかったあ!」
 確かな手応えを感じて引き上げる。竿が限界までしなってヌシの抵抗を伝えてきた。
 水面が激しく波打つ。しかしいかにヌシといえどもこなたは人類の常識を超える撃退士。決着は時間の問題か。
「もらったッ!」
 眼前に引きずり出すべく、より一層の力を込めて竿を引く。すると、釣り糸がぷつんと切れた。
 そう、惜しむらくは釣竿がV兵器でなかったことと言えるだろう。少なくとも先日のショッピングセンターには売ってなかったし。
 途端に手応えを失って、戒はひっくり返りそうになる。それをなんとか拒もうと足を踏み出したら、滑った。
「あっ」
 そして、落ちた。
 派手なしぶきをあげて滝壺に落ちる戒。水着は着ていたからいいが、なかなか浮き上がってこない。
 やっと浮いてきたと思えば、やたらあっぷあっぷしている。
「ランゼ浮き輪ガボォ!」
 ランベルセはすでに飛び出していた。
「七種!」
 黒翼でもってひと飛びで滝壺にたどり着くと、ためらいもなく水に潜る。次の瞬間には、戒を両腕で抱えて飛び上がってきた。
「大丈夫か?」
 いくらか水を飲んだようで咳きこんでいるが、意識ははっきりしているようだ。皆安堵する中、ランベルセは戒を地面に立たせた。
「あー助かった‥‥いや泳げない訳じゃないのですよ? 苦手なだけで」
 その様子にランベルセも表情を緩める。
「まったく‥‥こんなもの仕込むから沈むんだ」
 からかうようにして、今の騒動でもまったくずれなかった戒の特注あんまんを‥‥指でつついた。
「えっ!?」
「おっ‥‥おま!? おまあああああ!!??」
 周りが色めき立つ中、ランベルセは穏やかに笑っていた。



「うぐぐぐ‥‥ランゼゆるすまじ」
「まあまあ‥‥ほら、旅館が見えてきましたよ」
 ハンドルを回しながら暮太が言う。木々の隙間から覗く白い壁に赤茶けた瓦屋根。
 HPに載っていた写真よりもだいぶ古ぼけた旅館が姿を見せていた。



「はぁ〜一日の疲れがとれる感じ‥‥」
 温泉の透明な湯の中で体を伸ばして、暮太は深く息を吐く。
 ちなみに、入っているのはもちろん男湯である。入るとき律に「そっち男湯なの」とにっこり注意されたりしたけどうん、合ってます。
「‥‥もっと男らしい体格になりたい」
 しっかりと筋肉のついた体つきになれば、姉さんに女装させられることもなくなるんじゃないかな‥‥。
「気持ちいい‥‥地元じゃなかなか味わえないこと尽くしだ〜」
 渓流での水遊びに、山間の温泉旅館の露天風呂。
「佳澄さんに感謝しなくっちゃ‥‥」
 ついたての向こうから、華やいだ声が漏れ聞こえてきていた。



 というわけで女湯です。

「やっぱり温泉は露天よねっ!」
 内湯から続く扉を勢いよく開き、晶が露天風呂一番乗り。
「わあ、いい景色!」
「佳澄、走ると危ないの」
 奥まで駆けていく佳澄を見送るアトリアーナの横には、律がしっかりついている。
「アトリアーナちゃんも、湯治なの」

 掛け湯をしながらほかの女性陣のスタイルが気になってしまうあやめ。
 長身な上引き締まったプロポーションをもつ静流の姿に感心したり。
 
「お、ちょうど貸し切り状態じゃないかね!」
 すこし遅れて現れた戒は自分たち八人しかいないのを見てにやりと笑う。
「これは‥‥水死体ごっこをやるべき」
 要するに、ただ水(お湯)に浮かぶだけである。

「ふぅ‥‥いいお湯ですねー‥‥」
 すみれは腕を伸ばしたりしてストレッチ。日頃のつらい肩こりも、温泉で少しはほぐれることを期待して。
 そもそもの肩こりの原因も、今はお湯が重さを分かち合ってくれている。つまり。

 浮いている。

「うん、やっぱりFなの」
 律は改めて何も身につけていないすみれを確認、確信を得ていた。
 反対側には戒がいて、彼女のその豊かな恵みをガン見している。
「なんか怖い顔してどうしたんです?」
「べっ、別になんとも思ってませんし!」
 そう言いつつも、目線ははずさないはずせない。
 水中でもはずれない無敵のあんまん☆PADと言えど、素肌に貼り付けてくるわけにはいかない。つまり、彼女は今丸腰。彼我の戦力差は歴然としていた。
(ぐぬぬ‥‥悔しい、しかしぱふぱふしたいッ!)
 彼女の頭の中はそんな乙女? の葛藤で埋め尽くされていた。
「戒姉‥‥すみれさんに罪はないよ‥‥」
 今にも飛びかかりそうな戒の肩に手をやりながら、しかし晶もまた自分の胸元に視線を落とす。
(正直、自分もそんなにない‥‥)
 ちょっとだけ同情してしまう晶である。
「戒ねーさま‥‥あらぶってしまわないといいけど」
 アトリアーナも戒の様子を心配そうに見つめる一人。
「すみれちゃんおっぱい大きいよね。同い年には見えないなあ‥‥」
 佳澄は素直に感心している。この中ではすみれ・律・アトリアーナ・佳澄が同級生だ。順番に他意はないが。
「すみれが大きいのもあるけど‥‥」
「?」
 いつぞやの植物園での出来事を思い出し、アトリアーナは空見て呟く。
「なんでもないの。佳澄、背中のあらいっこをしますの」
「うん!」
 ざばっとお湯からあがった佳澄の凸凹の少ない体を見、それから自分の体にも目をやった。
「‥‥」
 この世は不公平ですの、とはあくまでも心の声に。


 脱衣所であやめと静流が他愛ない会話を交わしながら浴衣の帯を締めるのを、律は至福の表情で眺めていた。
「これは‥‥! やっぱり似合うの‥‥!」
 腰あたりまである黒髪と清楚さを感じさせるたたずまいは彼女好みの純日本風美人と言えた。
「二人とも、ちょっとそのまま振り返ってみてほしいの」
「うん?」
「なんですか?」
 あえて後ろから声をかけて、見返り美人風のポーズを取らせたりして。
「素晴らしいの。次は‥‥」
 なおも二人にポーズを取らせようとする律の視界の端を、着替えを終えたすみれが横切っていく。
 再び律の目がギラリと光った。
「すみれちゃん、浴衣にTシャツはいただけないの」
「え? でも私、寝るときはノーブラじゃないと苦しくて‥‥」
「問答無用。剥くの」
「えええ!?」
 あっという間に押し倒されてTシャツをひん剥かれるすみれ。律の和装へのこだわりの前には抵抗など無意味であった。



 夕食は、宿泊部屋とは別の和室に全員が集まって取る形だった。

 料理は見た目にもこだわった繊細な前菜から始まって、小鉢にお造り。律の要望通り川魚がなくなった代わりには茶碗蒸しが追加されていた。
「うん、これは予想以上だね」
「はむ、美味しいですの‥‥」
「やっぱりプロは違うなあ‥‥食材も地元じゃ味わえない物ばかりで‥‥」
 次々と出される料理に舌鼓を打つ。

「美味しいですね、この旅館にしてよかったです」
 陶板焼きにされた栃木和牛の柔らかさに、あやめはほっぺを押さえる。もちろん、ここまで出されたものはすべて完食である。
 ふと向かいを見るとランベルセが箸をおいていた。陶板焼きは一切れしか口を付けておらず、その前に出てきた揚げ物もほとんどそのままだ。
「ランベルセさんは、お口に合わなかったですか?」
「ああ‥‥いや、どうにも慣れなくてな」
 彼はまだ、肉などは食べられない。とりあえず一口は食べるだけ頑張っているほうかも知れない。
「おお、ランゼはもうちょっと食べた方がいいな。体によくないのである」
「‥‥そうだな」
 戒に言われて、再びランベルセが箸をとるのを見てからあやめは視線を戻す。
「あれ?」
 陶板焼きの付け合わせのきのこが、肉を覆い隠さんばかりに増量されていた。
「???」
 きょろきょろ見回す。──戒の膳から、きのこが一掃されている。
「あの‥‥」
「私のじゃないですので!」
(完璧なポーカーフェイス、これなら律も気づくまい)
 戒はにっこり笑顔。

(‥‥やれやれなの)
 せいぜい後で指摘してやろう、と律はあきれ顔で料理を口に運ぶのだった。



 食事を終えた一行が部屋へと戻ってくる。
「はあ、少し食べ過ぎちゃいました」
 あやめが幸せそうな顔でおなかをさする。自分の枕を手に、しかしちょっと考える。
「この後は枕投げ‥‥でも撃退士の力で本気で枕投げたら凶器にもなるんじゃ‥‥」
「備品を壊したりしないように注意しないといけないね」
 静流が言った。

「ところで、男子ってまだ来ませんよね?」
 どこかのんびりしたすみれの問い応えるように、入り口の扉がノックされた。
「あ、もう来たみたい」
「えっ!?」
 晶が立ち上がって扉を開けにいく。すみれは大慌てで叫んだ。
「わ、私の下着とか水着とか誰か隠してー!」
「あ、俺なら気にしませんよ‥‥。姉妹で慣れてるので」
「俺も、どうでもいいな」
「こっちが気にするんです!」
 入ってきた男子二名の反応にそれはそれで憤慨しつつ、すみれは散乱していた荷物をカバンに押し込んでいった。



「ふふ‥‥、いくら戒姉といえども、手加減しないよ」
 枕を手の上で跳ねさせながら、晶は不敵な笑みを浮かべている。

 戒もまた枕を掲げ、ハードボイルドな空気でビシッと決めて。
「ふ、私に勝とうなどと‥‥百年経ってから出直すがイイよあきどぅあべっ」
 残念、決めきれなかった。

「誰かね決め台詞の最中に背後から襲う不届きものは──って、リア!?」
「戒ねーさま、油断大敵ですの」
 後頭部を押さえて振り返ると、そこにいたのはアトリアーナ。
「枕投げの前には、重体なんて無いも同然ですの」
 ずばっと言い切った。
「ふふふ‥‥やるからにはリアであっても容赦はしない!」
 戒は自分の頭を打った枕を拾うと、素早くアトリアーナに投げ返す。だが彼女に届く直前、射線に入り込んできたすみれによってたたき落とされた。
「リアちゃんは私が守ります!」
「佳澄も協力するの」
「うん、アトリちゃん!」

「この日のために必殺技を開発してきたよ!」
 晶が投じた枕は凄まじい勢いで横回転しながら戒の元へ。
「くっ‥‥曲がる枕だと!?」
「全力投球はできないからね」
「やるな晶‥‥では反撃と見せかけてそこォ!」
「かいひかいひー、なの」
「おっと」
 目線は晶に向けながら、投じた枕は律をすり抜け静流の元へ。よけずに受け止めた静流はそのまま手首のスナップだけで別方向へと枕を投げる。
「わぷっ!?」
 佳澄の顔面にまともに当たった。
「‥‥弾幕薄いぞ、なにやってんの、ですのー」
 流れ弾の枕を投げ返しながら、アトリアーナが楽しそうに笑う。
「むぅ、負けてらんない‥‥明石先輩に、えいっ!」
「受けて立ちます!」
 佳澄の枕を受け止めて、暮太もまた笑顔だった。

「くっ、やるね戒姉‥‥」
「ふ、晶よ‥‥私と対等に戦うにはまべぐっ」
 今度は横から来た。
「晶ちゃん、協力するの」
「律姉!」
 神埼姉妹がここでコンビ結成。
「鬼道忍軍の本領見せてやるの!」
 律は壁を駆け上がり、立体的な攻撃を仕掛けてくる。
「フッ、中々やるな‥‥だが甘いッ!」
 戒は布団の上を転がって壁際に。そこには何か不自然な山が。──みんなさっきから気にはなっていた。
 戒が覆いになっていたシーツを取り去るとそこには大量の枕が。
「戒姉、いつの間に!?」
「ふはは、皆が先に温泉に行ってるときに家捜しして確保しておいたのだ!」
「そんな‥‥卑怯なの」
「戦略的と言ってくれたまえ」
 得意げに頷いた後は、両手で枕を連続発射。さしもの律もすべては躱しきれなくなる。
「どうかねこの圧倒的な攻撃力!」
「なんて、戒ちゃん‥‥その戦略には弱点があるの」
「‥‥あれ?」
 枕を撃ち尽くした戒。眼前の光景ににわかに慄然とする。
 皆、両手に枕を持っている‥‥そう、投げた枕は投げ返されるのが枕投げなのだ!
「お返しなの!」
「しまったあああ!?」
 怒濤の反撃枕に戒が埋め尽くされていく。

 あやめも枕投げを楽しんでいたが、ここへ来ての激しさに壁際へ避難する。と、ランベルセが先客にいた。
「そういえば、ずっと見学でした?」
 彼は一度も枕を投げていないような気がする。訊ねると、ランベルセは胡乱げに顔を向けた。
「ああ、正じぐッ」
 答えようとしたところで流れ枕が横面にヒット。あやめは思わず息を呑んだが、彼は怒るでもなく顔の枕を静かにはずした。
「正直、眠い」
「そ、そうですか‥‥」

「くらえ、精密殺撃(射程1)!」
「ちょ、菊開氏それ枕投げちがっ‥‥!」

 楽しくも苛烈な枕投げ合戦はその後も続き、女子部屋から灯りが消えたのは深夜になってからだった。



 翌朝。一足早く目覚めた静流は、板の間の椅子に腰掛けて自分のデジタルカメラを手にしていた。
 昨日撮った画像を一枚一枚、思い出を振り返るように眺めていると、小さな声で「おはようございます」と聞こえてきた。
「おはよう春苑君、早起きだね」
 こちらもまだ薄暗い和室に響かない音量で応えると、佳澄は照れたように笑った。

 窓の外は朝靄に白く覆われている。静謐な空気を感じながら、二人でカメラの画像を眺める。
「皆、いい顔をしているね」
「天風先輩も、そうですよ」
「そうかな?」
 静流のカメラには、当然静流自身の姿はほとんど写っていない。
「アトリちゃんなんかも写真、撮ってましたから。後で見せてもらうといいです」



 朝食をすませ、少しのんびりしたらもうチェックアウトの時間だ。
 居心地の良さに後ろ髪を引かれる思いながら、お礼を言って宿を後に。

「アルパカ、楽しみだな〜!」
 牧場に寄らずに帰っては、せっかく那須高原を選んだ意味も半減と言うものだ。
「よし、じゃあみなさん乗ってください!」
 暮太は張り切って運転席に向かう‥‥と。
「明石氏、お疲れではないですか‥‥?」
 戒がいた。そういえば運転したがっていたな、と思い出して周りを見る。
「少しくらいなら大丈夫じゃないでしょうか?」
 あやめは深く考えないフォローを。
「じゃあ‥‥少し広い道にでたら代わりましょうか」
 このあたりは人も車も多くないし、と暮太が言った。



 牧場着は、予定より三十分以上早くなった。
「どうかね、私の華麗なるドライビングテクニック!」
 勢いよく運転席の扉を閉めて、戒はご満悦。
「戒姉の運転は、アトラクションみたい‥‥」
 晶は呟くように言いながら降りてきて、地面の感触を確かめている。

 車内には、暮太とあやめが残された。
「帰りの運転は、是非明石さん、お願いしますね‥‥」
「‥‥そうします‥‥」
 人通りの少ない広い道、というのはすなわち、簡単にアクセル全開にできてしまうということなのだと、思い知った。

 後悔とは先に立たないものである。



 運転も満喫して、戒は上機嫌で牧場の敷地へ足を踏み入れる。
 アルパカといったら、なんといってもあのもふもふ毛並みだ。‥‥だが、今は夏。
「よっしゃアルパカ刈r‥‥細ッ!?」
 牧場にいるアルパカは皆この季節きれいに毛を刈られ、まるで別生物のようなスマートな生き物と化していた。
「まあ、この時期だからね‥‥」
「ていうか私、しおりに書いたけど‥‥戒姉?」
「よく読んでませんでしたスミマセンorz」

「アルパカ達涼しい〜って感じですね! よーし、アートパカ探すぞー!」
「アートパカ?」
「中には、全部の毛を刈られていないアルパカがいるんです。例えば‥‥ほら!」
 牧場に放されているアルパカの群に目を凝らすと、灰色の毛をした一頭を見つけた。きれいに音符の形に毛を刈り残されたアルパカを見て佳澄が歓声を上げる。
「牧場内に、まだまだいるはずです」
 全部見つけられるかな、と暮太も嬉しそうに頷いた。


「フェ〜」
「‥‥」
「フーン」
 アルパカ・ランベルセ・アルパカ。

「ランゼ、あんまり顔近づけると噛まれても知らんよ?」
「‥‥ああ。動物は興味深くて、ついな」
 アルパカとにらめっこ状態になっていたランベルセは顔を上げた。
「この姿はある意味、貴重ですよね‥‥」
 ほっそりとしたアルパカを遠目にみつつ、あやめ。触ってみたいけど‥‥。
「ちょっと‥‥怖いです」
「気をつけて接すれば大丈夫だろう。あっちに触れ合いコーナーもあったから、一緒に行ってみようか」
 静流もリラックスした様子で牧場を満喫していた。

 律は解放されている牧場の草地に寝ころんで、空を見上げる。
「いい旅行だったの‥‥」
「ですの‥‥」
 横ではアトリアーナが同じようにして空を仰いでいた。

 高原らしい涼気をはらんだ風が、草を揺らして抜けていく。
 撃退士の日常をつかの間忘れて、騒がしくものんびりとした二日間。馴染みの仲間と、新しい友達と。
「‥‥学園に戻っても、よろしくですの」
「もちろんなの」
 二人の手の先がこつ、と触れ合う。‥‥と、晴れ渡った空ににわかに影が。
 二頭のアルパカが二人の顔をそれぞれ覗き込んでいた。



「ソフトクリーム、美味しかった!」
「やっぱり搾りたてだからかな、味が違ったよね!」
 すみれと晶が互いに言い合いながら車のところまで戻ってくる。
 ほかのもの達もめいめいに友人や家族のためのお土産を手に戻ってきていた。
「楽しかったですね、もう帰宅なのが残念なくらいです」
 あやめが名残惜しそうに牧場の門を見ると、ほかの皆も同じようにしてそちらを見やった。

 満たされた沈黙の時間。

「お、そうだ忘れないうちに‥‥」
 戒がなにやらごそごそし始めたと思ったら、一人ずつに何か手渡していく。
「これ‥‥」
 それは小さなアルパカの人形がついたストラップだった。人形はアルパカの毛で編まれているらしい。
「旅の記念ということで!」
 同じストラップを指から下げて、戒は笑った。
「どうせなら、記念写真も撮っておこうか」
 静流が改めてカメラを取り出す。

 みんなの笑顔の記憶を封じ込めた宝物が、増えていく。



 帰りの車内は行きよりも少しだけ、静かだった。
「ん‥‥」
 うとうとしていたあやめが目を開けると、なんだか見覚えのある風景。
「もう島に入りましたよ」
 空はすでに、夕焼けに染まっていた。

「ん〜‥‥」
 車から降りて、すみれはいっぱいに背筋を伸ばす。
「楽しい旅行もこれで終わり、か‥‥」
「お疲れさまでした〜」
 車を返しに行った暮太が戻ってきて、後はそれぞれの場所に帰るばかり。
 笑顔で手を振り合って、ひとまずさよなら。

「それじゃあ、また!」

 次は授業の教室か、はたまた別の依頼だろうか。
(また皆で旅行にも行けるといいな)

 それもまたきっと、いつかのときに。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:9人

撃退士・
天風 静流(ja0373)

卒業 女 阿修羅
あんまんマイスター・
七種 戒(ja1267)

大学部3年1組 女 インフィルトレイター
無傷のドラゴンスレイヤー・
橋場・R・アトリアーナ(ja1403)

大学部4年163組 女 阿修羅
リリカルヴァイオレット・
菊開 すみれ(ja6392)

大学部4年237組 女 インフィルトレイター
STRAIGHT BULLET・
神埼 晶(ja8085)

卒業 女 インフィルトレイター
京想う、紅葉舞う・
神埼 律(ja8118)

大学部4年284組 女 鬼道忍軍
撃退士・
ランベルセ(jb3553)

大学部5年163組 男 陰陽師
撃退士・
藤白 あやめ(jb5948)

大学部3年224組 女 ダアト
皆とはだかのおつきあい・
明石 暮太(jb6009)

卒業 男 アカシックレコーダー:タイプB