「佳澄ちゃん、私も手伝うよ!」
猿を追いかけ四苦八苦の春苑 佳澄(jz0098)のもとへ、御伽 燦華(
ja9773)ら七人が追いついてきた。
「燦華ちゃん! それにみなさん、ありがとうございます!」
「猿はあと二匹いたはずですが‥‥」
Rehni Nam(
ja5283)の言葉に、佳澄は顔を曇らせる。
「黒いのは、見失っちゃったの」
「教師の情報では、黒い猿は食べ物を好むようだな」
双翼 宴(
ja5023)がうなずく。
「私に、考えがあるのですが──」
紫藤 真奈(
ja0598)が近づいて、宴に耳打ち。
「奇遇だな。同じ様なことを考えていたところだ」
「では、私はちょっと購買へ」
「私はその間に、良さそうな場所を準備しておこう」
二人はうなずきあうと、行動を開始した。
茶猿はといえば、赤猿のさらに先でこちらに尻をふりふり。
「とにかく、まずは広いところへ誘導かな」
「でも、学生がどこにもいるしな‥‥」
高峰 彩香(
ja5000)の言葉に、滋岳 鬼一(
jb0047)が意見を挟むが、彼の内心はちょっと落ち着かない。周りに女性が多いのが、ちょっと慣れていないのだ。
「人払いをする必要がありますね」
幕間ほのか(
jb0255)がそう続けると。
「それなら、私が校内放送で学生は校舎内に入るよう、呼びかけてきますね!」
燦華があっさりと請け負った。
「よろしくお願いするのです」
「よろしくね!」
Rehniや佳澄の声を受けながら、燦華は校舎内に消えていった。
「それじゃ、中庭の方に誘導する感じで」
「私とタカミネさんで茶猿を狙いますから、みなさんは赤猿をお願いするのです」
「了解!」
五人は目線を交わし、猿を捕まえるべく再び駆けだした。
●
「あーあー。急な放送失礼します。ただいま猿のディアボロが学内に出現、食べ物や女の子が好物のようでーす。危険性は低めですが捕獲作戦中なので、食べ物をお持ちの方や放課後いちゃこらカップル等々皆さんは学内退避し、円滑な捕獲に協力願いまーす。繰り返します‥‥」
学園に燦華のちょっとのんびりしたアナウンスが響いている。
封筒を抱え、小柄な体躯からすると驚く速度の茶猿。だが、一目散に逃げているかというとそうでもない。
突然キュッと反転し、追いかける彩香とRehniの間を大胆にもすり抜ける。
その際、何か仕掛けてくる気配も見せたが──光纏した二人は足下もしっかりガードしていた。
「生憎、恋人以外に見せる下着はないのです!」
豪語するRehni。
ものすごく意味深な台詞のような気がするが、今は深く考える余裕ない。
「そっちじゃない、こっちだよ!」
派手に手を打ちならし、猿の注目を引く彩香。
「隙ありっ、なのです!」
背中を見せた猿に向けて、Rehniが審判の鎖を放つ。相手もディアボロ、この鎖に囚われれば動きを止めるほかないが──。
「キッ」
当たらなければどうということはない。
──と言ったかどうかは知らないが、背後からの一撃を茶猿は華麗に躱してしまった。
さらに彩香の腕もかいくぐり、なんと彼女の頭の上へ。一度、二度。飛び跳ねて見せた。
「っ! このっ」
振りあげられた手も難なく躱して着地する。
その顔は、ニヤリ、と笑っているように見えた。
封筒のせいで、こちらが大技を使えないことを見抜いているのかもしれない。
「真っ向から捕まえるのは、なかなか骨が折れるみたいだね」
天魔に対する経験豊富な二人を持ってしてもその難易度は高いらしい。
「となれば──」
Rehniが彩香に近づき、手短に作戦を伝える。
「先に行って、準備をするのです。タカミネさんは誘導をよろしくお願いするのです」
「わかったよ」
「では!」
Rehniは全速で駆け、猿を追い越すとその先に消えた。
「封筒のことを置いておいても、あんなイタズラするようなのを放ってはおけないね」
乱された髪を直しながら、彩香は茶猿と向き合う。
そのころ。
──バリバリ、ガサガサ。
人気の薄れた一角で、袋を破る音が響いていた。
「もっと、盛大にいきましょう」
「ならば、これも開けてしまおうか」
真奈と宴。二人はベンチに腰掛けて、お菓子を大量に広げているところだった。
食べ物好きの黒猿をおびき寄せる作戦である。
宴が持っていた食料も加え、ベンチの上はちょっとしたパーティー。ただし、燦華の放送もあって周囲に他人の姿はないので、やや寂しい感は否めないのだが。
果たして猿は来るのだろうか。
「あっ、この新作チョコ、おいしいですよ」
「なに──うむ、これはなかなかいけるな。こっちの焼き菓子はどうだ?」
‥‥いや、来てくれないとこの二人、ただお菓子食べてるだけになっちゃうんですけど。
「ええーいっ!」
赤猿に向けて叩きつけられる佳澄の一撃は、騒々しく地面を叩くのみ。
「見た目はどうあれディアボロはディアボロだ‥‥」
その先で待ちかまえる鬼一が痛打を狙う。
だが赤猿はそれもひょいと躱した。遠目から銃を構えたほのかが狙いを付けるも、猿はするりと鬼一の背後に回って射線から身を隠す。さらに。
「あっ!」
という間に、木々の茂る一角に飛び込んで姿を消してしまった。
「どこへ行った?」
茂みを探る鬼一。少女と見紛う整った顔立ちも、作戦中となれば油断なく引き締められている。
ほのかも駆け寄って覗き込むが、暗がりの中で猿の姿は見えない。
そこへ、佳澄の携帯に着信が入る。燦華からだった。
『右前方、木の上にいる!』
「えっ、燦華ちゃんどこにいるの?」
『いいから、チャンスだよ!』
燦華は校舎内の三階にいて窓際からメンバーをフォローしていたが、佳澄は気づかない。しかし言われた通り目を凝らすと、確かに木の上に赤い毛並みが。
「ほのかちゃん、あそこ狙って!」
「わかりました!」
リボルバーをしっかりと構え、一射。
「ギャッ!」
手応えあり。音を立てて猿が木から落ちる。
佳澄が真っ先に駆け、鬼一がすぐ後ろに続く。手傷を負わせた今が好機だ。
しかし、茂みに寄った瞬間、予想外の早さで猿が飛び出してきた!
またしても佳澄の足の間をするりと抜けた赤猿は、すり抜けざまにスカートを‥‥!
真後ろにいた鬼一。
作戦中、という意識が一瞬吹っ飛んだ。
「──わぁっ!」
佳澄も一瞬猿の存在を忘れ、大慌てでスカートを押さえつける。
「‥‥み、見た?」
‥‥。
そんなこと、正直に言えるはずもない。
「大丈夫、み、見えてないから」
しかし顔は真っ赤。
なんだか、青春である。
「二人とも、猿が逃げます!」
ほのかの声で、ようやく我に返るのだった。
赤猿は左肩に被弾している、それでも捕まえきることができない。
銃での援護に徹していたほのかだったが、その様子を見てついに覚悟を決めた。
彼女もスカートである──だが、依頼達成のためには四の五の言っていられない。
スカートをめくられることも覚悟の上で、三人がかりで捕まえる!
なんだかかっこいい決意の元、ほのかも猿に向かっていった。
鬼一が猿へと飛びかかる。滑り込むようにして捕らえにかかるが、猿はジャンプしてそれを躱す。だが、それは想定内。
「そこだっ!」
鬼一はポケットから使い捨てカメラを取り出すと、フラッシュをたいた。
狙い通り、猿の動きが一瞬止まる。
「今だ!」
鬼一のかけ声で、佳澄とほのかが一斉に飛びかかる!
猿は猿で、視界を遮られたまま逃げようとする!
鬼一がそれを阻止しようと腕を伸ばす!
その結果──。
「うー、いたた‥‥」
佳澄とほのかは、積み重なるようにして倒れていた。小さな目標にいっぺんに飛びかかった結果である。
ちなみにほのかのスカートがこのとき盛大にめくれあがっていたが、幸いにしてだれも見てはいなかった。
──鬼一は女子二名のさらに下敷きになっていたからだ。
「うぐぐ」
「わっ、ごめん!」
うめき声を聞いて、あわてて起きあがる。
「封筒が!」
見れば、先ほどまで猿が抱えていた封筒が地面に落ちている。ほのかが素早くそれを回収した。
だが、「重要」の赤い文字はどこにも見あたらない。
猿はといえば、一目散に逃げる最中。
「あっ、この──」
「いや、封筒は回収できたんだ。深追いするより、他のメンバーの援護に行こう」
追いかけようとする佳澄を、鬼一が制する。ちょっと残念そうながら、うなずく佳澄。
「急いで行きましょう!」
ほのかが先行し、二人がその後についた。
(それにしても──)
鬼一は考える。
さっき腕を伸ばしたとき、何か柔らかいものに触った気がするけど、あれは誰の、どこだったんだろう?
●
こちらはパーティ会場。
もとい、黒猿をおびきよせんと食べ物を広げている真奈&宴である。
「青空の下でお菓子を食べるのもいいですね」
「そうだな。なかなか開放的な気分だ」
実は、黒猿はもう二人の視界の隅に映り込んでいた。
こちらを警戒しつつもうろうろし、ベンチの上の食料を時折覗き込む。
しかし真奈も宴も、猿のことなど忘れてしまったかのようにお菓子に集中していた。
「これはなかなか不思議な食感だな」
宴は気になったお菓子の箱を取り上げて、しげしげ眺めたりしつつ。
「新商品の中では‥‥これが当たりでしょうか」
真奈は真奈で食べ比べに没頭している。
‥‥まさか、本当に目的忘れてませんよね?
封筒はその腕に抱えたまま、黒猿が少しずつ二人に近づく。
そして数mというところまできたとき、我慢しきれなくなった黒猿はベンチのお菓子に飛びかかる!
──だが、黒猿がお菓子にありつくことはなかった。
ばしっ、と何かにはじかれて、地面に転がることになったのだ。
「学園教師から書類を奪い去るとは、どれほどの手練かと思ったが──見事にひっかかったな」
猿を見下ろす宴の両腕には、獲物のトンファーがしっかりと握られていた。
黒猿はあわてて身を翻すが、足を強烈に払われたためその動きは鈍い。
真奈が素早く追撃する。狙いは宴と同じく、足だ。
「ギャッ!」
猿は悲鳴を上げ、その場に転げる。最大の武器である俊敏さはこれで殺された。
不利を悟ったのか、その場に封筒を放り出す。
「キ、キィ?」
ほら僕、かわいいおさるさんだよ?
小首を傾げ、目をうるませて見上げる。
‥‥だが、そんな命乞いに誑かされる二人ではなかった。
「恨みはありませんが、天魔とあれば生かしておく必要もありません」
ちゃき、と刀を構える真奈の姿に、己の運命を悟ったか。
「ギィヤー!」
最後のあがき、と飛びかかってきた。
交錯。
白刃が──そして鞘のデコレーションが──煌めきを放ち、天魔のかりそめの命に終止符を打った。
宴が封筒を拾い上げ、裏を覗く。「重要」の判はなかった。
「これではなかったか。他所の状況を確認し、助力に向かうぞ」
携帯で仲間へ連絡を取りながら、二人はその場をあとにした。
残る一つの封筒を持つ茶猿を今は彩香が一人で追う。
Rehniが向かった木々の茂みへ追い込むのが最優先だが、そればかりではない。
スネークバイトを顕現させ、茶猿へ炎のエフェクトを纏った一撃を放つ。だがそれはフェイント。
身をかわす猿の動きを予測して、空いている手で封筒を狙う。見事封筒の端をその手でつかんだ、が。
「──!」
茶猿の方も簡単には封筒を手放さない。封筒を破いてしまうわけにもいかず、彩香は手を離すほかない。
茂みの向こうに、Rehniの姿が見えた。どうやら準備が整ったようだ。
がむしゃらに腕を伸ばすと当然茶猿に躱されてしまうが、そうしながら着実に茂みの方へ猿を追い込んでいく。
猿が茂みをすぐ背にしたタイミングで、二発目のフレイム&ゲイル。猿は大きく跳躍し、茂みへ飛び込んだ。
まさに、狙い通り。
Rehniがどこからか調達してきた縄をぐっと引き、猿の足が掛かるように張り渡す。
それは跳躍によって躱されてしまうが、それは想定の範囲内。
「そこです!」
着地点めがけ、頭上から網が落とされた。
「ギャッ」
ど真ん中、命中。Rehniは心の中でガッツポーズをするが──。
攻撃能力が低いとはいえ、天魔は天魔。
猿は網を口で銜え、空いている手で瞬く間に破り裂いてしまった。
「まさか、抜けられたです?!」
あるいはもっと細かく、頑丈な網を用意できればいくらかは足止めできたかもしれないが──事前に用意ができたわけでもなく、罠の材料を吟味する時間はどうにも足りなかった。
罠を切り抜けた茶猿は茂みを抜け、再び校内を駆ける。
赤猿から封筒を取り返したほのか、鬼一、佳澄が追いついてきた。
五人で猿を追い込む。
「おっと、こちらはいかせんぞ」
さらに曲がり角の先から宴、真奈が現れ、茶猿はいよいよ絶体絶命。
四階建て校舎の、細い袋小路へと追い込まれた。
「封筒は返してもらうよ」
「覚悟するのです」
もう逃げ道はないとばかり、茶猿へにじり寄る彩香とRehni。
だが猿は周囲を見渡すと──壁を駆け上り始めた!
三角跳びの要領で一気に二階の高さへ。
ほのかを始め、銃を持つものがあわてて射撃をするが──。
猿を捉えたのは下からではなく、上からの一撃だった。
見上げれば、屋上から手を振る人の影。燦華だった。
猿はあえなく落下。その拍子に封筒も手放した。
「野放しにする理由はないしね。倒させてもらうよ」
茶猿が彩香の言葉から逃れるすべは、あるはずもなかった。
●
「校内駆けずり回って、疲れたのです‥‥ゆっくりお風呂に入って休むのですよ」
息をつきながら、Rehniが封筒を拾い上げる。いくらか乱暴に扱われて汚れてはいたが、破れてしまったりということはなかった。
裏側には、確かに「重要」の赤い判も押してある。
「みなさん、お疲れさまでしたー」
一人別行動していた燦華が戻ってきた。
「燦華ちゃん、お疲れさま!」
「いやー私、なんにもしてないけどね」
声を掛ける佳澄に、明るくそう答えたが。
「あら、校内放送に、高いところからの作戦指示、屋上へ回って逃走阻止‥‥いろいろこなしているじゃないの」
その声に振り返れば、書類奪取を依頼した教師が立っていた。
どうやって見ていたのか燦華の行動をあげて見せた彼女が封筒を回収する。
「はい、三つとも確かに。‥‥中も覗いてないのね」
「他見無用といったのは、そちらだろう」
宴の言葉に教師は笑みを返す。
「約束通り試験の点は少しだけ上乗せしてあげるわね。あと、これ」
真奈に向かって差し出されたのは、食べかけのお菓子が大量に入った袋。
「集めておいたわよ。費用も経費ってことで、こちらで出すわね。
それじゃ、私はこれで。みんな残りの試験、がんばってね?」
教師は手を振り去っていった。
「まだいっぱいありますし‥‥せっかくですから、みんなで食べませんか?」
「真奈ちゃん、いいの?」
真奈の提案に飛びつきながら、佳澄は去りゆく教師をちらりと見やった。
(ずいぶん詳しく見てたみたいだけど‥‥まさか、ね)
疑問の答は、得られぬままに。