開場前の、午前八時。
「今日も暑くなりそうだな」
運営テントのなかから外を覗いて、鐘田将太郎(
ja0114)は言った。
「春苑、隅野、張り切るのはいいが、熱中症にならないよう気を付けろよ」
声をかけると、春苑 佳澄(jz0098)に隅野 花枝の二人は揃って「はーい」と元気のよい返事をした。
「それで、何をすればいいんだ?」
「まずは、これです!」
花枝がテーブルの上を示す。そこには、骨組みだけの団扇が積まれている。
その横には、「茨城ラークスvs久遠ヶ原学園」の文字と、ラークスのロゴに学園の校章が印刷された、ちょうど団扇型の紙が同じように積まれていた。
「彼女の提案で、今日の来場者に配るんです」
花枝が、奥に座っていたRobin redbreast(
jb2203)を示した。
「これなら、実用的だし、いいかなって」
とRobin。
「なるほど‥‥結構数があるな」
将太郎も椅子に腰を下ろした。
「俺も手伝うよ」
黄昏ひりょ(
jb3452)もその隣に腰を下ろす。
「ひりょくんも、よろしくね!」
「イベントが大成功するように、全力で援護するからね!」
佳澄と二人、笑顔を交換しあう。
「これを貼り付けていけばいいんですね」
天宮 佳槻(
jb1989)は骨組みと地紙を交互に見返しながら言った後で。
「隅野さん、お久しぶりです」
「えっ‥‥? あ、あー! あのときの!」
伊勢崎市のゲートを巡る戦いで、佳槻は救出班の一人として彼女と出会っていたのだ。
「救出戦の時から、随分印象が変わりましたね」
「あの時は本当に、あの‥‥ありがとうございました!」
思わぬ出会いに、花枝は涙ぐみながら佳槻へ礼を述べた。
「よし、作ろう! ロビンちゃん、こう?」
「逆だよ、佳澄。これはこうして──」
*
ファーフナー(
jb7826)も運営のスタッフとして働くつもりで来ていた。
「野球といえば、球団マスコットが必須だろうからな」
学園チームは今回だけの急造なので、マスコットはない。過去にも着ぐるみにはいった経験を生かし、ファーフナーは自前の着ぐるみでマスコット役をこなすつもりだった。
だが許可を得るために球団事務所で職員に趣旨を話すと──。
「着ぐるみ経験があるの? だったら、お願いがあるんだけど!」
「‥‥?」
*
「屋台か‥‥初めての試みだな」
呟いた飛鷹 蓮(
jb3429)に、木嶋 藍(
jb8679)が屋台の外から、笑顔で振り返る。
「ふふ、でもいつもの四人だから、心配いらないよね!」
「‥‥ああ、そうだな」
「藍ちゃん藍ちゃん、後ろちょっとほつれちゃった」
「わ、待って、直すから」
うなじを見せつけるように藍のところへ来たのはユリア・スズノミヤ(
ja9826)。
藍はユリアを少しかがませた。髪の編み込みを手直しをしながら、えへ、と笑った。
「なーにー?」
「ううん、お揃いの格好、テンション上がるなって!」
二人とも今日はラークスのユニフォームを着て、下はショートパンツで統一している。すらりと伸びた脚が陽光に眩しくきらめいた。
「はい、ユリもんできたよ!」
「ありがとー藍ちゃん☆」
ユリアは髪の具合を軽く手で確かめながら礼を言った。
「蓮も夏えもんも、準備は万端?」
「こっちは問題ないよ」
淡々と返事をしたのは夏雄(
ja0559)。すでに気温も上がってきているのに、彼女は普段通りパーカーのフードをすっぽり被っている。そして目の前の鍋でカレーがふつふつと湯気を立てていた。
「フライヤーに火を入れるのはもう少し後だが、それ以外は大丈夫だ」
蓮が売るのは揚げアイスである。クーラーボックスの中に各種のアイスが収まっていた。
「ふぉ、れーくんのアイスそのままでも美味しそう‥‥!」
途端に物欲しそうな顔の藍。
「ちょっとだけ味見‥‥いい?」
味知ってた方がいっぱいお勧めできるよ! ともっともらしいことを言ってみせる。
「やれやれ‥‥開場前に食べ尽くすなよ?」
ふっと笑って、ゴマのアイスを器に盛りながら、一言。
「ユリア、見えてるぞ」
「みゅ!?」
反対側からディッシャーへ伸びてくる手に声をかけた。苦笑しつつ、蓮はマンゴー味のアイスを掬う。
「ほら、零すなよ」
「ありがと、蓮大好きー☆」
「なっちゃん、一番辛いカレーください!」
「ふむ‥‥お勧めの為なら仕方ない」
夏雄はカレーを盛りつけつつ、夏らしくタンクトップ姿の蓮に一言。
「蓮君‥‥アイス前にしてそんな薄着で寒くないのかい?」
まさかこっちが突っ込まれるとは。
「‥‥夏雄こそ暑くないのか?」
「え? 暑‥‥?」
夏雄は不思議そうにパーカーの袖を見やるのだった。
●
開場時間となった。
「順番にこちらから進んでください!」
ひりょや将太郎が前面に立ち、整ったペースで人が流れるように声を張り上げ、制御していく。
一方、佳槻は上空から人の流れを見ていた。不自然に詰まっている箇所がないかチェックする。
子連れの女性が立ち止まってきょろきょろとしているのが見えた。どうやらグッズ売り場を探しているようだ。
女性の前に、小さな竜がふわりと降りて来た。女性は驚いて小さく声を上げるが、手を引かれていた男の子は興味深そうに仔竜へ手を伸ばす。
『←こちら』と書かれた札を下げた仔竜は先へゆく。もちろん、そこにはグッズ売場があった。
「よかったら、どうぞ」
Robinが仔竜を追いかけてきた男の子に、皆で作った団扇を手渡す。男の子は満面の笑顔で「ありがとー!」とお礼を言い、Robinに向かって団扇をばたばた振りながら連れられていった。
「いやあ、今日は暑いね‥‥ああ、ありがとう。いただくよ」
狩野 峰雪(
ja0345)は日差しを拒むように帽子を深く被りなおす。花枝が配っていた団扇を受け取ると、本能のままにぱたぱたと扇いだ。
「ファン感謝デーのお手伝いをしたのは、五年くらい前だったかな」
今日は純粋に客としての来場である。
屋台が並ぶ一角へ向かうと、開場直後から人が集まっているのが見て取れた。
「さいきょーのあたいが作るさいきょーのかき氷よ!」
「こちらは流行りのふわふわかき氷だの! トッピングもいろいろであるの!」
雪室 チルル(
ja0220)と橘 樹(
jb3833)は、互いに別のかき氷屋台を展開中。
「あつあつのカレーとひんやり揚げアイスでお口もハートもうっきうきー☆」
「いっぱい食べて全力応援しよう!」
『揚げアイスカレー屋隊』(ユリア命名)も呼び込みに懸命だ。
「‥‥久遠ヶ原の学生も出店しているのか」
それなら、この賑やかさも納得というものである。
「ラークスか。いま何位くらいだっけ?」
若杉 英斗(
ja4230)は球場を見上げながら呟いた。横をたくさんの子供たちが歓声を上げながら通り過ぎていく。その先でヒバリを模したラークスの公式マスコット、ラッキーが羽をわさわささせながら愛嬌を振りまいていた。
「よかったら団扇、どうぞ!」
「‥‥あれ、春苑さん」
「若杉先輩! お久しぶりですね!」
佳澄は英斗に屈託のない笑顔を向けた。
「バイト? がんばってるね!」
団扇を受け取りながら伝えると、佳澄はさらに相好を崩した。
「先輩は、試合を見に来たんですか?」
「ああ、幼馴染に頼まれたからね」
撮影用のハンディカメラを見せる。今日はこれで、彼女の打席を動画に残すのが英斗の使命であった。
緋打石(
jb5225)は、久々の試合観戦だった。
もともとラークスとは依頼で縁を結んでから度々観戦には訪れていたのだが、ここしばらくの大規模な戦いに加え、先日のGFs・リターンズ──撃退士フリーファイターズとの仁義なき戦い──を制した後の燃えつき症候群もあってのことである。
半袖のユニフォームを着込み、ポニーテールにした銀髪を揺らしながら、まずは屋台へ。
「やはり球場観戦といえばカレーかのう」
「おいしいよ〜」
そこは星杜 焔(
ja5378)が、にこにこ顔で呼び込みをする屋台だった。
「いい匂いじゃのう」
「暑さにはスパイスだよね〜」
大きなカレー鍋から立ち上るスパイスの効いた薫りを嗅ぎながら、石はメニューを覗く。焔が口頭でも説明してくれた。
「トッピングいろいろ出来るよ‥‥さくじゅわからあげ乗せたからあげカレー、
夏野菜いろいろの夏野菜カレー、
約束された勝利のカレーもあるよ〜」
「最後のはどういうのじゃろうか」
「平たく言うとカツカレーだね‥‥カツサンドもできるよ」
「なるほど‥‥今日は純粋に好ゲームを期待しているのでな」
と、からあげカレーを購入する石であった。
「まいどあり〜」
屋台ゾーンを離れようとした石の元へ、今度は醤油スープのいい匂いが。
「おお、佐藤氏ではないか」
「へい、らっしゃい!」
今日もラーメン屋台を展開する佐藤 としお(
ja2489)である。
「ふむ、球場観戦といえばラーメンもまた定番‥‥ひとつ所望しよう」
というわけで右手にカレー、左手にラーメンを持った状態で、石は球場内へ入ることになった。
ゲート前できょろきょろしていると、見覚えのある背中を発見。
「おお、潮崎氏ではないか」
「ひえっ!?」
声をかけると、潮崎 紘乃(jz0117)は文字通り飛び上がった。
「なにやらこそこそしておったようじゃが」
いまもちょっと背中が丸まり気味である。石が突っ込むと紘乃はうーと唸って顔を伏せた。
「普段なら問答無用でラークス側に座るんだけど、今日は対戦相手が学生なんですもの。さすがにこう、堂々としているわけには‥‥」
「なんだ、ならどっちも応援すればいいのではないか?」
石はあっけらかんとそう言った。
「何か言われても堂々とあればいいのじゃ。試合をする側が全力なら、見る側も全力で楽しむだけよ‥‥よければ一緒に観戦するか?」
「緋打さん‥‥そ、そうね、ありがとうっ!」
石の言葉で踏ん切りがついたようだった。石も満足げに頷いて、彼女を促す。
「では、早いところ中に入るとしよう。‥‥ラーメンがのびてしまうのじゃ」
●
球場前広場の屋台は、試合前のいまが一番の書き入れ時だ。
そんな折り、『揚げアイスカレー屋隊』前には通りを塞ぐほどの人だかりが出来ていた。
「さー、盛り上げていきまっしょぃ!」
屋台の前で、ユリアが踊っていた。
いまはユニフォームを腰に巻き、黒のノースリーブを露出している。肩から伸びる白く細い腕が波のようにたなびいて観客を誘う。
腰を激しく、艶めかしく揺らすジプシー・スタイルのダンスが周囲を魅きつける。ユリアは周囲の視線を受け止めると妖しく笑った。
光纏すると、タロットカードを映した虹色の光が彼女を包む。観客からどよめきが起きた。
激しいダンスはしばらく続き、ひとしきり観客を魅了した後で終わる──。
ぱちぱちぱち、と最初の拍手が聞こえて魅入っていたものたちは我に返り、こぞって拍手に加わった。
「ありがとー☆」
拍手に応えながら、呼び水になる拍手をした藍にこっそりウィンク。
「七色の舞を楽しんだ後はお口もハッピーにさせてあげてねん☆」
「夏の暑さを絶品カレーと揚げアイスでぶっ飛ばしませんかー?」
二人の口上が重なって、屋台の方にも行列が出来始めた。
「忙しくなってきたな」
「そうだね。さすがユリア君だ」
注文を捌きながら、蓮と夏雄は言い合った。フライヤーも全力稼働で、薄着の蓮は汗だくになっている。
一方夏雄は──パーカーから、割烹着に大きめの三角巾というスタイルに変えてこそいたが、相変わらず肌はほとんど露出していない。しかしまったく暑そうな様子は見せないのだった。
売り子の二人は絶好調で呼び込みを続けている。
「カレーオンアイスもいいよ!」
「夏えもん、カレーアイス一丁!」
「カレーのトッピングにアイス?」
蓮はその要求に、何とも言えない顔をした。
「注文よろこんでー‥‥辛さは?」
だが夏雄の方は淡々とカレーを器に盛り、蓮へとまわした。
「‥‥それもアリ、か」
達観したかのように、カレーの上にアイスを乗せるのであった。
*
「茨城ラークスvs学園チームの野球対決‥‥これはやはり、なんとか球団のような超人野球対決が実現するのかのう〜」
小田切 翠蓮(
jb2728)は昔の熱血スポ根漫画に彩られた想像を呟いた。
「‥‥と、なると。試合中に負傷者続出、場合によっては観客に被害がでるような事態も想像に難くないのう」
というわけで、割烹着姿の翠蓮は試合中の多数のけが人(予定)に対応するため球場内の警備にあたっていた。
「さて、いったいどんなびっくりどっきりな技が飛び出すのかの‥‥?」
ちなみにスキル使用禁止なのでそこまでひどいことにはならない予定です。
*
月乃宮 恋音(
jb1221)は試合前のウォーミングアップ中。
袋井 雅人(
jb1469)を相方に入念なストレッチを行った後は、キャッチボールで肩の具合を確かめる。
「あんたが今日のピッチャーか?」
先発を務める獅号 了(jz0252)ら、数人のラークス選手が姿を見せていた。
「えぇ、そのぅ‥‥本日は、よろしくお願いいたしますぅ‥‥」
ぺこりと挨拶すると、獅号は笑顔で片手を上げた。
「俺は絶好調だからな。そうそう打たせるつもりはない。あんたもうちの打線をきりきり舞いさせてやってくれよ。そうしないと接戦にならないからな」
「お、おぉ‥‥。その、努力させていただきますねぇ‥‥」
「時間ですよ。行きましょうか、恋音」
「はい、袋井先輩‥‥頑張りましょうねぇ‥‥」
雅人が手渡してくれたタオルで汗を拭い、二人は球場へと向かった。
*
球場ではマスコットのラッキーが試合前パフォーマンスを行っていた。羽ばたきの仕草から、華麗な前転宙返りを決める。
「あのマスコット、やけにいい動きだな‥‥」
英斗はカメラの準備をしながら、ふとそんな感想を抱く。
ラッキーがベンチ脇に下がった。
「おっ、始まるようじゃぞ、潮崎氏──」
球場の歓声が一際大きくなって、石の声をかき消した。
●
試合が始まると、多くの人は球場内に入っていく。
焔もカレー屋台の販売が落ち着き、ひと息ついているところだった。
「星杜くん!」
「やあ、佳澄ちゃんいらっしゃい〜」
佳澄の後ろからは、佳槻が花枝となにやら話しながらやってくるのも見える。
「休憩かい〜?」
「うん。ご飯食べたらすぐ戻んなくちゃだけどね」
「それなら、是非カレーどうぞ〜おまけするよ」
「えへへ、やった!」
「天宮さんって‥‥あの時、ヤエばーちゃんを助けにいってくれた人ですよね」
青空を見上げながら、花枝は佳槻に言った。
まだこの地から青空を望むことが出来なかった頃──悪魔の支配領域に取り残された人々を救うため、佳槻は結界を越えてこの伊勢崎に来た。そして花枝や、小野八重子という老婆を助けたのだ。
「八重子さんや‥‥双子は元気でしょうか」
「はい、もちろん! ヤエばーちゃんは最近スマホを買って、あたしともよくやり取りしてますよ」
「そうですか」
八重子の曾孫にあたる双子、尚矢と勇矢はいま小学校高学年。
(後二、三年もしたらあの時の僕と同じ年か)
時が経ったのだ、と実感する。伊勢崎の町もここ数年でだいぶ復興が進み、過去の傷跡は、ただ眺めるだけでは見あたらなくなった。
過ぎ去ったものは、ただ忘れられるだけなのだろうか。佳槻の脳裏にいくつかの影が浮かび、心をちくりと刺してゆく。
「星杜くんが、おまけしてくれるって‥‥どうしたの、二人とも?」
当時のことは知らない佳澄が、駆け寄ってきて無邪気に聞いた。
「いえ‥‥少し、思い出していたんですよ」
佳澄を安心させるように、佳槻は微笑んだ。
「花枝さん‥‥あのね」
「なんですか?」
一方、焔は花枝へとおずおず声をかけた。
「楯岡さんに、連絡を取ったんだ」
「‥‥えっ!」
花枝は声を上げたきり、体を硬直させた。無理もない、楯岡はある日を境に唐突に姿を消し、消息不明となった──彼女たちはそう思っているのだから。
実際には、彼は今なお獄につながれており解放の見込みはない。焔も面会は許可されず、ただ文書でのやりとりが一度だけ許された。
焔は、人と天魔の戦争が終わったこと、伊勢崎が順調に復興を遂げていること、そして花枝たちが今なお彼を慕っていることをしたためた。
「返事は、これだけだったけど‥‥」
印刷したものを差し出すと、花枝は手を震わせながら受け取った。開けば、そこにはただ一文。
『あの町を、立派に育てていくように』
「楯岡さん‥‥」
花枝は胸に紙を押し当て、涙を流した。焔は複雑な顔で見つめている。
あの言葉の真意は、花枝が受け取ったものとは違うのかもしれない。
(でも、言葉は本当のものだ)
それが彼女を支える力になるのなら、きっと、これでいいはずだ。
●
試合は三回を終えて0ー1。
「投手戦だね。ここから反撃できるかな?」
締まった好ゲームに、峰雪は楽しげに呟いた。学園チーム側も恋音の好投や守備の好プレーもあり負けていない。
いま、グラウンドでは特別イベント『チアリーディング・コンテスト』が開催されていた。一般参加者がグラウンド上で自由に応援パフォーマンスを披露するイベントだ。
マスコットのラッキーだけは出ずっぱりで、飛び跳ねて観客を煽ったり、時には出場者と一緒に踊ったりして盛り上げている。
「かち割りはいかがですかー」
ふと鳥がさえずるような、透き通った声が聞こえてきた。ちょうど手元の水分が切れていたことに気づいて、峰雪は片手を上げて売り子を呼ぶ。
トレイに袋入りの氷を満載したRobinが、はねるように階段を上って傍へ来た。
硬貨と氷を交換する。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
Robinはまた飛ぶように外周通路へと駆けていった。
袋から突き出たストローを咥えて中の液体を一口飲み、峰雪は再びグラウンドを注視する。
「あのマスコット、ずっと出てるねえ。中の人は暑そうだけど‥‥」
相変わらずきれきれの動きを見せるラッキーを見て、ぽつりというのだった。
*
こちらはチア・コンテストの控え室。
「ジェンさん、袴も似合いますね!」
不知火あけび(
jc1857)は和風の衣装に身を包んだ砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)を賞賛した。
「これが日英ハーフの底力‥‥!」
「ありがと。あけびちゃんも可愛いよ!」
すかさずお返しするジェンティアン。
不知火藤忠(
jc2194)はリュミエチカ(jz0358)の頭をぽんと叩いた。
「チカの大事な人が来ているんだろう? 頑張らないとな」
「ん、応援頑張る」
「リュミエチカの応援を見たら、きっと獅号も頑張れますよ」
和紗・S・ルフトハイト(
jb6970)もそう言って微笑みを見せた。
「応援したい、って気持ちが一番だからね。結果とかは気にしないでいいよ!」
「獅号にも、学園の皆にも、気持ちが伝わるように応援しましょう」
ジェンティアンと和紗が言った直後、係員が来て出番を告げた。
「さあ、チカちゃん。了さんに見える様大きな動作で行こう!」
とびきりの笑顔も忘れずに! 手本を見せるようにあけびは大きく笑って見せた。
──続いては、チーム『久遠ヶ原Blossom』の皆さんです──
場内アナウンスと拍手に迎えられ飛び出す五人。
全員袴履きの和風な衣装で、ぱっと見チアというより応援団ぽくあったが、音楽はチアらしいアップテンポな曲だ。
ホームベースの手前で和紗、あけびが並ぶ。やや手前の中央にリュミエチカが立った。和紗とあけびの二人は大きめのフラッグをバトンよろしくくるくる回し、リュミエチカはリズムに合わせてポンポンを振っている。
「そう、その調子です」
斜め後ろから和紗がリュミエチカを鼓舞した。
ジェンティアンと藤忠は彼女たちの前で、互いの立ち位置を入れ替えながら側転、バク転、さらにはバク宙とキレのあるタンブリングを見せて早くも観客の心をつかんだ。
和紗とあけびが前に出てくる。後ろに回ったジェンティアンが和紗の、藤忠があけびの脚を抱き、高く上へと持ち上げた。
「「GO! FIGHT! WIN!」」
かけ声にポーズも決まって拍手が沸く。なお、リュミエチカはジェンティアンの「はい、バンザーイ」の声に合わせてその場で万歳していた。
二人をおろし、再び男性陣のタンブリング。そこへあけびが加わって、藤忠の背中を駆け上がるとそのまま後方へ高い高い宙返り。くるくる回って着地した。
一方和紗は、旗をタクトの如く操って背後のグラウンドへ絵を描く。アウルの力で描き出すのは、伊勢崎の夏の花であるサルビア、そして花火だ。
クライマックスはピラミッド。ジェンティアンと藤忠の上に和紗とあけびが乗り、さらに。
「チカちゃん、はい!」
藤忠の肩の上からあけびが手を伸ばす。リュミエチカが掴むと、和紗と二人で引っ張り上げた。
男性陣が召喚した二羽の鳳凰が背後を舞う中、全員で派手に決めポーズ!
「「リョー&久遠ヶ原!」」
撃退士のスキルもふんだんに使用したアクションに、観客からも大きな声援が送られた。
そのころ、翠蓮は大きなゴミ袋を手に、観客のゴミ回収を行っていた。
「今のところ、怪我人というのは出ておらぬ様で何よりじゃのう。しかし学園チームが本気を出したなら果たしていったいどんなカオスが‥‥」
人知れず身を震わしていると、次のコンテスト出場者がアナウンスされた。
「‥‥うむ?」
*
小田切ルビィ(
ja0841)は、藤忠たちの演技を脇から覗き見ていたが、やがて振り返って言った。
「なあ‥‥俺、この格好する必要あったのか?」
「何のことかしら?」
巫 聖羅(
ja3916)は知らん顔。
「男も普通に出てるじゃねェか! なんで俺だけこんな──」
「まぁいいじゃないの似合ってるんだから」
つーん。抗議を聞く気はまるでない模様。
(っていうか、ちょっと似合い過ぎじゃない? 色気なんか私より──)
いやいや、可愛さでは私が勝ってるはず。聖羅が必死に内心のショックを沈めていると、出番の声がかかった。
「くそっ、こうなったからには男らしく腹を括るしかねェ‥‥やるからには頂点目指してやんよ!!」
ルビィにもちょっとヤケ気味の気合いが入り、二人がグラウンドへ飛び出していく。
『美女二人』の登場に、また観客席が沸いた。
聖羅は青のチア衣装。そしてルビィは色違いの赤いチア衣装。もちろんミニスカートだ──さすがにルビィはスパッツを履いていたが。
二人はタイミングを合わせて上空へ飛び上がった。ジャンプではなく飛行である。
高度を確保すると、聖羅が光球を生み出した。淡い光が二人に影を付け、幻想的に照らし出す。
光の中を、二人は泳ぐように飛ぶ。宙返りやスピンを織り交ぜ、急降下したと思えば急上昇。球場を立体的に使い、さながらフィギュアスケートのような演技で観客を魅了した。
聖羅は元気な笑顔でアピールし、そしてルビィは妖艶な流し目で(事情を知らない)男性客のハートを鷲掴み。
最後は聖羅が上空へ打ち上げた花火をバックに、二人でポーズを決めた。
「へっ、どんなもん──」
大歓声を受け、ルビィは頬を上気させながら満足げに観客席を見渡していたが。
「げっ!」
外周通路に翠蓮の姿を見つけて一気に青ざめた。しかも端末をこちらに向け撮影している!
「何してやがんだ!」
翠蓮を追いかけてルビィは観客席から通路を駆けていき、聖羅も慌てて後に続くのであった。
「小田切さん、実は女性だった‥‥とか、ないかな」
英斗はやや呆然気味に呟くも。
「‥‥でも、やっぱり観に来てよかったな」
すぐきりりとした表情を取り戻すのであった。
なお、コンテストでは『久遠ヶ原Blossom』が特別賞を、そしてルビィが『ビジュアル賞』を受賞したのだった。
「なんだか複雑な気分だぜ」「それはこっちの台詞よ、兄さん‥‥」
●
試合が再開。四回の表、学園チームが反撃にでる。
「おらーっ! バットを振らなきゃヒットにはならないぞーっ!」
英斗が容赦ない声援を送った直後、雅人のバットが火を噴いた!
「きゃああっ!?」
「おおっ!? 回れ、回るのじゃ!」
紘乃が思わず悲鳴を上げる横で、石は手を振り回して大喜び。
「さいきょーのあたいのかき氷、ただいまスタンドで販売中よ!」
チルルは各種シロップをトッピング済みのかき氷を売り歩く。溶けるまもなくどんどん売れていく。
Robinのかち割りも売れすぎて、休む暇もないほどだ。
(あたしは野球のルールはよく分からないけど‥‥皆楽しそう)
今度、ルールの勉強をしてみるのもいいかもしれないね、と密かに思うRobinだった。
『三塁側に気分の悪いお客さんがいるそうです』
ひりょと将太郎の元に、通報が届いた。
「了解、俺が行こう」
短く返事して駆け出そうとする将太郎に、ひりょは脚力を増す技を使う。
「おっ、サンキューな」
将太郎は急行していった。ひと息つくひりょの後ろで、「わっ」と声が上がる。
振り返ると、子供が膝を抑えて泣いていた。血が滲んでいる。どうやら階段を踏み外したようだ。
「大丈夫かい?」
ひりょは子供の前に屈み、様子をみた。膝以外に怪我をした場所はないようだ。
「これならすぐ治るよ。じっとしてて」
手を近づけて念じると、温かな光が患部を包む。すぐに子供のけがはきれいになった。
礼を言って、子供はまた駆けていく。ひりょは微笑ましく見送った。
笑顔であったり、言葉であったり。皆が力を発揮できるように、あるいは楽しく過ごせるように。
(なんていうか、やっぱり俺はこういう陰に徹した方が、イキイキしてる気がするよ)
周りの笑顔に囲まれて、ひりょも満ち足りた笑顔を浮かべた。
「軽い熱中症だな。とりあえず日陰に運ぶか」
通報のあった場所でぐったりしていた観客を抱えると、将太郎はひとまず屋根の陰がかかる場所まで移動した。
通路に寝かせて保冷剤を脇に入れて血流を冷やし、ゆっくりと水を飲ませる。
「少し落ち着いたら医務室に行くからな」
小さく頷くのが見えたので、大事には至らないだろう。団扇で風を当ててやりながら、将太郎はグラウンドを見下ろした。
ワンプレーごとに歓声が響く。皆試合を楽しんでいるようだった。
「よし、もうちょい頑張るか」
額に浮かんだ汗を拭い、将太郎は言うのだった。
*
試合終了のアナウンスが流れた。
「良い勝負だったねえ」
グラウンドではラークス・学園チームの両選手が整列し、観客に感謝の礼をした。峰雪はその双方へ向け、惜しみない拍手を送る。
きっと多くの観客も同じ思いだろう。
戦いの末に勝ち得た、平和な日常の時間。
(楽しい一日に、感謝をしなくちゃね)
拍手は球場全体を包み、空へと消えていった。
●
恋音が雅人とともに広場へ出てくると、紘乃たちと鉢合わせした。
「恋音ちゃん、ナイスピッチングだったわねっ!」
「おおぉ‥‥ありがとうございますぅ‥‥」
頬を朱に染め、恋音は照れた。
「今日はこれからどうするの?」
「せっかくですから、少し屋台を回ってみようかとぉ‥‥」
「試合で火照った体には、かき氷がオススメよ! というわけでどうかな、さいきょーのかき氷!」
すかさずチルルが営業をかけてきた。だがかき氷屋台はもう一店ある。
「わしのかき氷屋台で涼んでゆくとよいの! こちらは今流行りのふわふわかき氷だの♪ アイスやフルーツもトッピングできるの!」
「お、おぉ‥‥?」
樹の屋台脇にはパラソル付きのテーブルが設置されていて、休めるようになっていた。
「むむ‥‥今回のあたいのかき氷は、天然水を撃退士パワーで加工して仕上げた、まさしく稀代の名品に相応しい代物よ!」
氷も仕上げる撃退士パワー。とは。
「シロップも自家製なんだの! ちょっと冒険してみたい場合はきのこや納豆もオススメだの!」
「かき氷のトッピングにきのこ‥‥?」
別の方から声がして、みればそれは獅号であった。ラークスのメンバーのほかに、ヒバリのラッキーもついてきて、周囲に愛嬌を振りまいている。
「さまざまな種類のきのこが入ったシロップだの!」
「そのまんまだな」
「よし、これはユキだな」
獅号の後ろにいた浅野がぎょっとして目を見開いた。
「な、なんで俺なんです!?」
「てめーが今日3タコだったから、だろ!」
逃げようとして芝丘に捕まった。
「挑戦系ならこっちにもあるわよ! 死のソースたっぷり、見た目はイチゴっぽいと言えなくもないわ!」
「よし、こっちは獅号だな。負け投手だし」
「え、道倉さんマジすか‥‥」
「あ、リョーだ」
「激辛のかき氷か‥‥僕食べてみたいな」
こちらは久遠ヶ原Blossomの面々。チアの感想を口々に言い合いながらやって来た。
「さて‥‥頑張ったご褒美に、美味しいもの奢ったげよう♪ もちろん、女子限定で」
「さすがジェン、男子には厳しいな」
藤忠は苦笑する。
「わあっ! ありがとうございます!」
「いっぱい奢らせましょうね」
あけびと和紗は笑顔。
「チカは何が食べたいんだ?」
「辛くないのがいい」
言い合っていると、いつの間にかラッキーがリュミエチカのすぐ傍までやって来ていた。間近でみると結構大きい。
ラッキーがぼそりと言った。
「チア、上手かったぞ。獅号も、とても嬉しそうな表情をしていた」
ラッキーは去っていった。
「‥‥あれ、しゃべるんだ」
(っていうか今の声たぶんファーフナーちゃんだと思うんだけど‥‥教えてあげた方がいいのかな?)
リュミエチカは中の人の話とか大丈夫かなー、と説明に苦慮するジェンティアンであった。
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佳槻は再び上空から人の流れをみている。試合が終わっても、まだしばらくは広場の賑やかさは続きそうだ。
喧噪を聞きながら、佳槻はしばし、物思う。
(あの時のことはなかったように忘れられるのか。
それとも何かの形で世の中の礎となっていくのか)
八重子を救い出した日と現在に重なるものは、遠くに沈みゆく夕日だけだ。
「願わくば、変わりゆく事と忘れゆく事が別であるように」
この町の、そして世界の未来を思って、つかの間目を閉じるのだった。