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マスター:嶋本圭太郎
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2017/04/13


みんなの思い出



オープニング

 茨城県における天王軍との戦いにおいて、撃退士はこれまで争ってきた天界、冥魔界の天使悪魔と手を取り合い、強大な敵を押し返すことに成功した。
 そして結ばれたのが三界協定──人類はついに天使と悪魔、その脅威から逃れる道筋を明確に結んだのである。

 だが。

 協定が結ばれたからといって、即座にすべてのゲートが消滅するわけでも、結界に取り込まれた人々がすべて解放されるわけでもない。
 それは数百万の人間を未だに抱え続ける、エルダー派の一大拠点。横浜ゲートに置いても同様である。



「我々を、どうしようというのだね」
 ともすれば声が震えそうになる己を叱咤しながら、男はそう言った。
 彼は市民団体『力無きものの声』のリーダー。
 ここ数年で急激に台頭した撃退士の力に懸念と恐怖を抱き、彼らを新たなる独裁者と糾弾する団体を率いていた。
 だが彼は今、数名の仲間とともに横浜ゲートの結界内にいる。
 そして目の前には、壮麗な白銀の服に身を包んだ金髪の青年が、穏やかな笑みを浮かべて椅子に腰掛けているのだった。
「どうもしはしないさ」
 青年は落ち着いた口調で言った。
「私たち、天王ベリンガムを認めない天使は撃退士と協定を結んだ。いま私と貴方たちは同盟者だ。だから、貴方たちに危害を加えることはしない──もっとも」
 眼鏡の奥の瞳がすっと細くなった。
「君たちをここへ寄越した男は、それを良しとは思っていないようだけどね」
 リーダーである中年男と、彼の背後にいる団体員たちは、その一見物静かな青年の眼差しに、背筋が泡立つのを止められずにいた。
 頭で考えるよりも、もっと奥にある本能的な恐怖が掻き立てられる。

 主天使・アクラシエル。青年は自身をそう名乗った。

 天界の階級に関する知識が乏しかったとしても、彼がその気になれば指先を動かす程度の労力で自分たちの命は刈り取られるだろうことは理解出来た。
 生命としての圧倒的な実力差が、理解させずにはいられなかったのだ。

「私を殺すのか」
「それが望みなのかい?」
 中年男がやっとのことで問うと、青年は笑い声をあげた。だが、眼の奥は笑っていない。
「貴方たちには、『声』があるのだろう。溜め込んでいるもの。叫ぶだけでは消えない渇望。為されぬ願い。力なき声」
 椅子から身を乗り出し、中年男の汗がにじんだ顔を、その瞳を興味深く覗き込む。
「私は、それを聞いてみたい」
 中年男ののどが、ごくりと鳴った。団体を立ち上げ、ここまで導いてきたという自負心が鎌首を持ち上げ始める。
 心の震えは収まらない。だがとにかく男は、口を開いた。


 アクラシエルの脳裏には、かつてかけられたいくつかの声が響いていた。
 撃退士の声。部下の声。親友と頼んだ天使の声。

(すまない、ミカエル。だが、私は──)



「お前も飲むか」
「‥‥匂いだけで満腹よ」

 『ステルツォ』の名前がアルファベットで刻まれた小さな黒板の奥で、恵ヴィヴァルディ(jz0015)が差し出した小さな紙カップを、源田は押し返した。
 なかなか美人の女性ではあるが、顔立ちの良さよりきつい目つきが最初に印象に残りがちなタイプだろう。
 彼女は『力無きものの声』の団体員。メンバーの中でも苛烈な思想を持っており、戦争が『終わりつつある』昨今の情勢に強い不満を抱いている。
 その思いを募らせて、結界の先へと自ら望んで連れ去られようとしたが、撃退士の尽力により阻止された。

 そんな彼女が、いま恵の本拠地にいる。

 恵は突っ返されたカップのコーヒーを自分で口にした。源田が不機嫌そうにせっつく。
「それで、話の続きは?」
「‥‥どこまで話したかな」
「アクラシエルとかいう天使の名前が出たところまでよ」
 源田がいくらすごんでも、恵は意に介さずコーヒーを舐めるように飲み干した。
「そうだったな」
 紙カップをくずかごに投げ入れ、ようやく続きを話す気になったようだ。
「あれは、危うい位置にいる」
「危うい?」
「アクラシエルはエルダー派の天使の一人だ。重鎮とまではいかないが実力者であり、何より今は横浜ゲートの主。影響力はでかい。
 エルダー派の重要拠点は多くが四国以西にあり、横浜とは距離が離れてる。そのせいか、先日の大規模戦でも静観を決め込んでいた。‥‥おかしいと思わないか?」
「裏切る可能性があるってこと?」
 源田が答えると、恵は口の端を吊り上げた。
「調べたところでは、アクラシエルはかなりの天界至上主義者──つまり、天使以外に価値はないと思っていた類だ。それが今や、人類ばかりか悪魔とも、手を取り合っていきましょうなんて話になっている。これが面白いはずはあるまい」
 恵は薄い笑みを浮かべたまま話し続ける。
「俺の読みでは、あと一押しで転ぶ。‥‥あんたたちを結界の向こうに連れて行かせようとしたのは、その為だ」
「‥‥何をさせるつもりでいるの。私たちには戦う力はないのに」
「あのとき、お前がするつもりでいたことさ」
 そう答えて、恵は立ち上がった。話は終わりとばかりに、かけてあったコートを着込む。
「俺はこれから仕事がある。行く先は‥‥あの結界だ」
 そう告げた背中は、明らかに源田に問うていた。
 ──お前はどうする、と。
「行くわ。私も」
 そう告げた眼は、明らかに恵に伝えていた。
 ──私を結界の先へ連れて行け、と。
「いいだろう」
 ちらと見返して、恵は扉に手をかけた。

「ここ、あなた一人なの?」
 入り口が施錠されるのを見て、源田はふと、恵に聞いた。
「すぐに戻ってくる。気にするな」
 と恵は答えた。



 君たちの依頼は、極秘だった。
 アクラシエルは、恵から何らかのアプローチを受けた可能性が高い。今のところ表だった行動を見せていないかの主天使の、真意を問うこと。
 その為に、横浜ゲート内に向かう予定だった。
 協定を結んでいる以上、少なくともアクラシエルに見えるまでは、戦闘の可能性は無いはずだった──しかし。

「行かせるつもりはない」
 目の前には、恵ヴィヴァルディがいる。
「お前たちの声は、よく響く可能性があるからな。──汎(ハン)」
 恵の前にいるのは、二メートルを超えるのではないかという痩身の男だった。恵の声に応じるように、一歩前にでる。声は発さない。ただ荒い呼吸の漏れ出る音がしゅう、しゅうと口の端から鳴っている。
 そして、恵の背後には源田がいた。
「お前は先に行っていろ」
「‥‥見てるわ」
 源田は反発するように、恵にそう言った。
「なら、せいぜい離れているんだな」

 ことここにいたっては、ゲート内に入るという当初の目的は忘れた方がいいだろう。
 この場を切り抜けることが、いまの全てである。


リプレイ本文

 撃退士からもっとも近い位置には『汎』と呼ばれた異様な雰囲気の男。その後ろには恵ヴィヴァルディ(jz0015)が、それぞれ既に武器を構えて立っている。
 さらに後ろ──火の粉が飛ばない位置まで離れてはいるものの、武器を持たない女性が黙して戦場を見守っている。
「彼女が、源田さん」
 水無瀬 文歌(jb7507)が呟いた。苛烈な思想を持つという彼女の視線は刺すように鋭く、また冷たい。
「まだ──『力』を得ることを望んでいるのか‥‥」
 小田切ルビィ(ja0841)の声には、己でも気づかないほど小さな落胆を孕んでいた。命を賭けてサーバントから引きはがしたあの日──だが、彼女は再び結界の傍に立つ。
「なら、アンタのその眼で見極めるが良いぜ」
 ルビィの体を黒白の光が覆う。大剣を一度、見せつけるように振り出した。
「力を持つということ──その意味を」

 星杜 焔(ja5378)が火蓋を切って汎へと長距離から射撃した。相手は最低限の動きで攻撃を躱す。
(‥‥速いな)
 見開かれた二つの眼は微妙に焦点が合っていないようにも見え、異様さを助長している。だがその動きは間違いなく戦士のそれだ。
(出来れば捕縛したいが‥‥)
 ファーフナー(jb7826)は顔をしかめた。
 恵が戦力として連れてきているのなら、そう簡単な相手ではないだろう。まずはとにかく、全力で押さえることを考えなければ。
 彼の横に並ぶ大炊御門 菫(ja0436)をちらと見た。彼女はまっすぐ前を向いている。
 ファーフナーも彼女に続いた。

 胸一杯に空気を吸い、菫は走った。心に燃えさかる炎にふいごの様に風を送る。それは想いの強さとなって刃に、アウルの光に乗せられる。
「止めてみせろ、私を、私たちを」
 菫は敢えて正面から汎の元へ向かった。射程に収めた瞬間に、余剰のアウルをすべて両脚に込め飛び込む。
 相手の眼前で槍を現出し、そのまま顔を狙う。菫自身の持つレートもあり、仮に相手がマイナスのレートを持つならこれでも十分必殺の威力を持つ──だが、汎は右手の短槍で冷静に菫の攻撃をいなした。
「ならばこっちだ」
 派手な攻撃から死角になるよう動いたファーフナーが、右大腿を狙って植物の鞭を打つ。蔓状になった植物が絡み、汎の動きを制限した。
 汎は瞳だけを動かしてファーフナーを見やる。その影から浮かび上がるように無数の棒手裏剣が現れ、放たれた。
(鬼道忍軍か)
「一カ所に集まると、また狙われるよ」
 後方から焔が注意喚起する。汎に張り付く二人は頷いたが、距離を離すことはしない。
(むしろ今は好機だ)
 相手のレートが下がっている。菫は回り込みながら再び踏み込み際の一撃を放った。今度は途中で軌道を変えて左足を狙い、幾らかの肉を削り取った。
 ファーフナーも離れない。彼もまた槍を振るうが、最適距離よりも一歩踏み込んだ接近戦を挑んでいた。
 後方の恵は、汎からそれほど離れていない。現に何かしらの援護を行っている様子も見て取れる。
 距離を少しでも空けるため、汎を押し込む勢いで攻撃を仕掛ける。大通りの中央から歩道へ向け、一歩ずつ押し込む。
 攻撃を受けるときも、繰り出すときも、汎は呻き声すら漏らさない。ファーフナーの心はざわついた。

   *

「話し合いも良いけど僕にはこっちの方が性に合っている」
 刀の柄に手をかけて、鬼塚 刀夜(jc2355)はニヤリと笑う。
 元々この依頼はアクラシエルに話を聞きにいくためのもの──だが、彼女には予感があったようだ。
「だからこそ参加した意味がある」
 二本の短槍を振るう汎の様子を視界の隅に収めつつ、左から彼らを追い抜いていく。彼女の狙いは恵だ。
「人と斬り合うのは久しぶりだ‥‥全力で楽しもうかね」
 闘争の悦びを湛え一気に近接する。刀を横薙ぎにした直後、燕が反転するかのように切っ先をひらめかせ、もう一度斬りつける。
 さらにそこへ衝撃波が襲う。ルビィの封砲だ。
「通せんぼってか? ──なら、お望み通りに遊んでやるぜ‥‥!」
 恵は魔力の波動を乗せた刀で、どちらの攻撃も冷静に防御した。
「さすがだね、メグミン!」
 親しみを込めてそう呼ばせて貰うよ、と刀夜は屈託がない。
「ふふん、これでどんなシリアスもブレイクさ」
「勝手に呼べ」
 恵は我関せずの姿勢を示した。刀の切っ先が動いたが、刀夜にもルビィにも仕掛けてはこない。
(今日のメグミンは援護役なのかな?)
 前回撃退士と見えたときは積極的に仕掛けてきたと聞いていたのに──刀夜はわずかに口先を尖らせる。
「そっちがその気でも──」
 さらに接近戦を仕掛けようとしたとき、
「ピィちゃん、お願い!」
 号令と共に空に抜ける甲高い鳴き声が響き、朱の鱗もつ鳥が飛び込んできた。
 文歌が召還した鳳凰は猛然と恵へ突っ込んだ。恵は鋭いくちばしを刀で防いだものの、勢いを殺しきることは出来ずに後方へ飛ばされる。
「このまま引き離しましょう!」
 文歌自身も前へ出てきた。
「恵さん」
 文歌は厳しい目線を投げかける。
「貴方には信念が感じられません‥‥まるで、戦いを長引かせるのが目的のような‥‥」
 恵は天魔との戦いが大きな区切りを迎えようとする今になって、様々な介入を見せている。文歌には、その行為に正当性が見いだせない。
「非合法や非人道的な事までしていませんか?」
 恵はあざ笑うように文歌を見返した。
「だったら、どうする?」
「潰させてもらいますっ」
 召喚獣とともに距離を詰める。汎の方へ向かわせないためには、出来るだけ移動の方向を制限する必要がある。
(‥‥信念、か)
 ルビィは多少距離をとり、ワイヤーを繰って恵を抑えようと試みる。

 恵の信念は確かに見えては来ない。だが存在していないかと言えばそれは──。

 文歌が飛ばした術符が式神となって恵に絡みついた。刀夜がすかさず追撃して動きを止めようと試みる。
「──ちっ」
 だが恵は式神を振り払うと、頭上に彗星群を生み出した。彗星は文歌と、斜め前方にいた鳳凰に向け落ちた。
「あうっ!」
 範囲攻撃は召喚獣を扱うときのリスクになる。鳳凰の力で重圧は感じなかったものの、アウルの鎧をまとってもなお減じきれない痛みに文歌は呻いた。
「どうやら先にお前らを排除した方が良さそうだな」
「そうこなくっちゃ、メグミン」
 待ってましたとばかりに刀夜が答えた。



「はあっ!」
 菫が足元を狙って槍を横に薙ぐ。汎は左の短槍で軌道をいなしながら一歩後方に下がり、反撃とばかり右から頭部へ鋭い突きを見舞ってくる。
 咄嗟に盾を現出しようとしたが間合いが遠い。間に合わないと判断した菫は瞬きの間に天の力を抑え込み、ただ受けた。致命傷は避けたが、脳が揺らされる。
 ファーフナーがすかさず間に入り込んだ。戻っていく汎の右腕を槍の柄で押し退けながら、切っ先を脚に食い込ませる。
「──」
 無言のまま左へ逃れた所を狙って焔が散弾を放つが、汎は動物じみた反射神経ですぐさま飛び退いた。だが、幾らかは命中したようだ。
「こっちの方が当たるかな」
 距離を取った狙撃では、それこそ行動が読まれているかのように当たらなかったのだ。
(やっぱり、ふつうの力じゃないみたいだ‥‥)
 一般的な学園施設で出来る強化とは一線を画している。
(とにかく、急がなきゃ)
 恵たちの方をちらと見る。思惑通り距離を離しているが、逆に言えばこちらも互いの支援は難しくなっている。
 戦場の向こうに、じっとこちらを見つめている源田の姿が目に入った。

(俺も以前は憎んでいた──人間を)
 源田の姿を視界に収めながら、ファーフナーは槍を振るう。
(だが、人間それぞれに人格は異なる。その中には信頼しあえる相手もいると、俺は知った)
 それは天魔だって同じだ。彼女にも知ってほしいと思う。
 そのためにも、ここを切り抜けなければ。
 汎が右を一瞬引いたのが見えた。
(──来る!)
 そう思った瞬間に短槍の切っ先が飛んでくる。首をねじりながらぎりぎりで躱し、カウンターの掌底をがら空きの胸に叩き込む。
 が、手応えはなかった。
「何っ‥‥」
 残像のように姿を掻き消した汎は、すぐ斜め前にいた。左の短槍を振り上げている。
 体勢を取り戻す間もなく、槍は振り下ろされた。

   *

 恵が刀を振るう。刀夜はその動きを冷静に見極め、己の刀身で斬撃を滑らせた。ギャリリと耳障りな音が右へ抜けていく。
 魔力を乗せた攻撃は、刀夜が隙を見せれば一撃で意識を持って行かれかねない、が。
(強いけど‥‥そこまで戦い慣れてるって感じじゃない。魔具の力かな、これは)
 良い装備を使っているのは商人故か。
 一方、文歌の方はかなり負傷が蓄積していた。
(でも‥‥まだ下がれません)
 恵が本当に信念無き闇商人にすぎないのならば、易々と引き下がるわけにはいかない。
 それに、源田が見ている。
「源田さん」
 恵の方へ意識を向けながら、文歌は声だけで語りかける。
「交通事故で死ぬ人は毎年います‥‥だからって貴女は、この世界から車を全て無くすべきだと思いますか?」
「だから天魔を皆殺しにするべきではないって? ‥‥論点のすり替えだわ」
「いいえ」
 源田は冷たく言い返した。だが文歌はなおも言い募る。
「交通にルールがあるように、天魔や‥‥撃退士の力にも、ルール作りが必要です。今は、その途中なんです」
 その一つが三界の同盟なのだと。
「貴女たちが天魔や撃退士の危険性を訴え続けることだって、きっとその力に──あっ!」
 恵が強引に割り込んで、刀を打ち下ろす。魔力が文歌の肩口ではじけた。鳳凰が姿を消し、彼女の意識も遠のいていく。
「僕は悪いけど、彼女に興味はないよ!」
 恵の意識が逸れた隙を狙い、刀夜が側面から斬りつけた。
「殺戮欲求を満たしたくて、筋違いの恨みを抱いているだけ──どうでもいいさ」
 辛辣な評価だが、源田は何も言い返さない。
「同盟についてもそうだよ。大きな戦争が終わったって、どうせ争い自体は無くならない」
 それは人類の歴史が証明してきたことだ──刀夜は笑った。
「どう転ぼうと楽しみは消えないからね」

 すると──恵の動きが、唐突に止まった。
「争いが無くなるときはある」
「ん?」
 刀夜も思わず動きを止めた。恵が続ける。
「それは、人類が滅亡したときだ」
「どういう‥‥うわっ!」
 問い返そうとしたときには、恵はもう動き出していた。
「汚なっ──」
 後手に回った刀夜は、ついに恵の攻撃をまともに浴びた。眼前で光がスパークし、彼女の意識を奪い去っていく。
「手こずらせてくれたな」
「おっと、まだだぜ」
 二人を退けた恵の正面に、ルビィが立つ。
「さっきの──どういう意味だ?」
「自分で考えろ」
 恵はいつもの冷笑を浮かべている。
「まったく、白でも黒でもねェ‥‥灰色みてえな男だな」
 いずれにしても。ルビィは指先で糸を繰る。
「あっちの決着が付くまで、今はこっちが、アンタを通せんぼだ」

   *

 叩きつけられたのは槍の柄だろうか。頭部を強かに打ち付けられて、ファーフナーは膝をつく。だが倒れる前に惑うように動いた手が、汎の右腕に引っかかった。
 汎がそれを振り払う、一瞬の動作の間に菫は懐へ飛び込む。
 焔の散弾が汎を撃つ。それはほとんど初めて、まともに相手の全身を捉えた。向こうも動きが鈍っている。
 菫の槍から噴き出す炎が、一段と強さを増した。これまでの戦場にて重ねた矜恃が、力となって彼女を押す。
 恵の真意は、彼女にも見えてはいまい。だが初めて相対したときから、確信めいたものを感じている。

 正面からぶつかり、そして乗り越えなければいけない──あれはそういう相手だ、と。

 汎が牽制に振るった左腕を沈んで躱す。遅れてきた右腕は、短槍の先が下を向いていた。
 菫が後ろ手に持っていた槍を薙ぐ──足元を狙うと見せかけた軌道が半ばでがくんと上を向き、防御の動きをかいくぐった。
「こんなところで止められてたまるものか」
 顔の右半分を炎に灼かれた汎は、最後まで呻き声すら上げず、ひゅうと息を吸い込んだだけで仰向けに倒れた。

 汎が意識を失っていることを確認した、ほとんど直後。
「まじィ‥‥散開しろ!」
 ルビィの警告が響く。恵が彼を振りきって、こちらに照準を合わせていた。何か大技を狙っている。
 焔はその時点で菫たちからは十メートル前後離れていた。だが彼は逆に前進する。
 菫の周囲には、動けないファーフナーがいる。そして──。
 焔が奥義を発動するのと、恵がまさにその中心に業火を噴出させるのは、ほとんど同時だった。

 吹き荒れた炎が消えた後、恵はあざ笑うように言った。
「敵すら守るか。ずいぶんと余裕だな」
「‥‥話を聞かなきゃならないからね」
 焔の楽園は、倒れたままの汎をも守護していた。
「好きにしろ。どうせ大した情報は出てこない」
 恵は余裕を保ったまま続けた。「俺の目的は達した」
「‥‥アクラシエルか」
 とルビィ。
「その有様で先へ進むほど、お前たちは無謀ではないだろうからな」
 既に戦闘不能が三人。結界の向こうで不戦協定が守られる保証はない──そこは恵の言うとおりである。
「決戦は近い。せいぜい養生しておけ」
 恵は反転して駆けだした。向かった先は、源田だ。
「行くぞ」
「あっ」
 彼女の細い腰を片腕で巻き取るように抱き上げる。
「行かせると思うかよ!」
 追いすがるルビィだったが、恵は振り向きざま、強烈な電撃を叩き込んだ。
「ガッ──」
 体がすくむ。そのとき彼の全身に広がる銀と緋の紋様が、抵抗するかのように激しく発光した。

「そいつを『向こう側』には──決して連れて行かせねェ!」

 自分でも信じられない勢いで腕が伸びて、源田の肩を捕まえる。そのまま強引に引き寄せて恵から奪い取った。
 恵の瞳が動いてルビィを見た。だが源田を取り戻そうと腕を伸ばしてくることはせず、そのまま側道に走り込んで姿を消した。

「はぁッ、はあ──」
「‥‥どうやら、あなたたちの勝ちみたいね」
 荒く息を吐くルビィに抱えられたまま、源田は落ち着いた声で言った。
「この場は、といったところか。痛み分けに近いとも言えるが」
 菫がやってきて答える。互いに目的の一部は潰された。だが得たものは、間違いなくこちらが多い。
「あなたはこの後どうする?」
「好きにしたらいいわ。どうせ一人じゃ結界は越えられないもの」
「学園を見学してみるのはどうだろう〜」
 焔が柔らかい声で言った。
「学園にも天魔皆殺し派はいるよ‥‥他にも、いろんな考えがあるよ」
 源田は少しだけ驚いたような顔をして焔を見たが、ルビィも菫も否定はしない。

 久遠ヶ原とは、そういうところだ。

「‥‥そうね」
 二度三度瞬きをしてから、源田は答えた。
「それもいいかも知れないわ」

 互いを知ることが出来れば、確実に変わるものがある。
 だがそれは簡単な事ではない。
(恵にアクラシエル‥‥あいつらは、何を考えている?)

 決して簡単なことではないのだ。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 戦場ジャーナリスト・小田切ルビィ(ja0841)
 思い繋ぎし翠光の焔・星杜 焔(ja5378)
重体: −
面白かった!:15人

創世の炎・
大炊御門 菫(ja0436)

卒業 女 ディバインナイト
戦場ジャーナリスト・
小田切ルビィ(ja0841)

卒業 男 ルインズブレイド
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
戦場の紅鬼・
鬼塚 刀夜(jc2355)

卒業 女 阿修羅