突然‥‥統率するものの居なくなった料理教室は、ざわざわしていた。
春苑 佳澄(jz0098)の横でさてどうしようと脳を再び回転させようと黄昏ひりょ(
jb3452)が必死になっていると、少し離れた席にいた巫 聖羅(
ja3916)の声が聞こえた。
「評判の良い先生だって聞いてたから期待してたのになぁ‥‥まぁ自習になってしまったものは仕方無し、幸い食材は豊富にあることだし、新しいメニューにチャレンジよ!」
「そ、そうだよな」
ひりょは頷いた。
「春苑さん、俺たちも手伝うよ。だから、みんなで挑戦してみようか‥‥ね、川内さん」
川内 日菜子(
jb7813)もはすぐに頷いた。
「春苑がその気なら、もちろんだ。協力は惜しまないという約束だからな」
「二人とも‥‥えへへ、ありがとう」
佳澄は不安ながらもちょっとだけ勇気づけられたような、眉の下がった笑みを浮かべた。
「挑戦、協力? なあに、どうしたの?」
そこへ声をかけてきたのは、先ほどひりょの後ろで呟いていた聖羅であった。
「実は‥‥」
「そういうことなら、私も手伝うわよ!」
ひりょたちから事情を聞いた聖羅は快活に言った。
「本当?」
顔を輝かせた佳澄は、「あれ、でも聖羅ちゃんは、今日は一人なの?」と聞いた。
「ああ、私も一応──」
答えながら、聖羅は背後を見やる。
「これだけの食材がフリー、使い放題ってのは非常に惹かれるものがある‥‥」
そこでは、彼の兄である小田切ルビィ(
ja0841)が生唾を呑み込んでいた。
「料理教室の取材っつー目的はハズレたが、こうなりゃ折角の機会、俺の財力じゃ絶対食えねえ夢の料理を作ってやんぜ‥‥」
ルビィは高らかに宣言した。
「その名も『寿司トースト』をな!!!!」
ドォォン! ←背景SE
「‥‥いいの、気にしないで」
「え、でも──」
「いいから。それより春苑さんのことだけど、いきなり包丁や火を扱うより、まずは他のことから初めて、料理自体に慣れてもらうのがいいんじゃないかしら」
「そうだな、春苑は料理経験自体がほとんどないのだろう?」
「うん‥‥」
日菜子の問いに佳澄が申し訳なさそうに頷いた。ところで。
「あれ、そういえば‥‥星杜くんは?」
実は、佳澄と一緒に来ていた人物はもう一人いたのだが‥‥姿が見えない。
少し離れたテーブルの下から「ここだよ〜」と声がした。
星杜 焔(
ja5378)は、テーブル下の器具棚を漁っていたらしい。日菜子がのぞき込むと、まさになにやら大きな箱を取り出したところだった。
「これなら、佳澄ちゃんも怖がらずに使えるかも、って思ったんだ」
そう言いながら立ち上がった焔が見せたのは、炎の出ないIH調理器だった。
*
リュミエチカ(jz0358)は、周囲の騒がしさをぼけっと見ていた。たぶん、ほっとかれたら時間までぼけっとしていただろう。
「リュミエチカちゃん、でしょ!」
幸いにも、声をかけてくれる人がいたのでそんなことにはならなかった。──のだが。
「‥‥誰」
知らない人だった。
「あっ、そうか、初対面!」
袴姿も勇ましい少女は笑顔を零した。
「私、不知火あけび(
jc1857)だよ。妹分一号! って言ったらわかるかな?」
「‥‥‥‥おお」
少し前の夏祭りで言われたことを、リュミエチカは思い出した。──妹分三号。
「二号は?」
「こっち!」
少し離れたテーブルに集まっていた人の中には、リュミエチカが知っている人もいた。
「トージ。アヤカ」
陽波 透次(
ja0280)と美森 あやか(
jb1451)は、彼女とたびたび面識があった。二人とも料理は心得があるはずだ。
「二人とも、コロッケ作りに来たの?」
「僕は、試験勉強の息抜きに。折角なので料理の基礎を見直そうかとも思ったけど‥‥」
透次は苦笑した。
「私は、この子たちの付き添いです」
あやかの後ろに、彼女より一回り小柄な男女が一組あった。
「初めまして、神谷 愛莉(
jb5345)ですの」
「礼野 明日夢(
jb5590)です!」
二人は促されて、それぞれしっかりとした挨拶をした。
「アヤカの‥‥子供?」
「ち、違います! ふたりの姉兄があたしの幼馴染なので、頼まれたんです」
大慌てで否定する。いくら既婚者とはいっても、さすがにこの年齢の子供がいるはずはないのだが‥‥そこは悪魔ならではの感覚、なのだろうか。
あけびが、改めてリュミエチカを呼んだ。
「というわけでこの子が妹分二号、こと、私の親友、ダリアちゃんだよ!」
「ダリア・ヴァルバート(
jc1811)ですよろしくお願いします!!!!」
あけび同様、初対面となるダリアは最初から感嘆符多めだった。
「今日は料理ということで!! 私の神の右手が火を吹きますよ!!!」
差し出された右手を、リュミエチカはまじまじと見つめた。
「‥‥熱いの?」
「まだ吹いてないので熱くないです!!!」
「ここは、賑やかですね。僕も混ぜてもらって良いですか?」
さらに男の子が一人やってきた。
「ザジテン・カロナール(
jc0759)です。良かったら、皆でお料理したいですよ」
「もちろん、歓迎だよ。ね、リュミエチカちゃん?」
あけびがザジテンを招き入れる。リュミエチカは、いつの間にか自分の周りに集まった人の多さに口を開けていた。
「アケビ‥‥ダリア‥‥エリ‥‥アスム‥‥ザジテン」
今日初めて顔を合わせた人の名前を順繰りに呟いていた。
*
「唐突に自習とは‥‥いやしかし、子が生まれるというなら仕方がない」
ファーフナー(
jb7826)は、行動を決めかねている一人であった。
(しかし、妙に見知った顔が多いのは何故だ‥‥)
島外なのにね。
高名な講師と聞いて一念発起し、わざわざここまで来たのである。自習では家でレシピを見て作るのと変わりない。
誰か、師事できるような達人はいないものかと、周囲を見回した。
右を見ると、Robin redbreast(
jb2203)がいた。
「自習‥‥か。仕方無いね」
Robinはそう呟くと、食材庫の方に向かっていく。特に動じるでもないその姿勢に、ファーフナーはすわ彼女が達人か、と期待しながら赤いフードの背中を目で追った。
やがて彼女は、顔ほどもある塊肉を抱え込んで戻ってきた。
(なにを作るつもりなんだ?)
Robinはまな板の上に塊肉をでんと置く。全体に塩を擦り込んだ。
そして言った。
「じゃあ、焼こうかな」
(違う、彼女は達人ではない!)
料理初心者のファーフナーにも分かってしまった。彼女は豪快肉焼きうーまんであって、決して達人ではないのだった。
ファーフナーは左を見た。そこには浪風 悠人(
ja3452)がいた。
悠人は眼鏡を光らせ言った。
「自習‥‥? じゃあ晩飯にフルコース作るか」
(フルコースというと‥‥フランス料理のような?)
咄嗟にそんなものを作れるとしたら、間違いなく料理上級者だ。ファーフナーは期待を込めて彼を見た。
悠人は食材庫へは向かわず、足下に置いてあったクーラーボックスを開いた。彼の私物だろうか?
クーラーボックスから、食材が取り出されていく。キノコに山菜、魚に、果ては妙に赤身の濃い肉──あれは何肉?
「それは‥‥どうしたんだ?」思わずファーフナーは聞いた。
「家の食材を持ってきてたんです。何作ることになってもいいように」さらりと悠人は答えた。
早速下拵えを始めた悠人の手つきは手慣れたものだったが、彼は彼でちょっとしたサバイバル料理人の気配が漂い、初心者が教わるにはちょっと次元が違うような気がするのだった。
不意に教室の扉ががらりと音を立てて開いた。
エプロン姿の少年が、コツコツと靴音を響かせて教壇へ向かっていく。
少年──鴉乃宮 歌音(
ja0427)は、ざわめきつつもこちらを注視している一般受講者等の視線を受け止めつつ、教壇に立つと、言った。
「どうも、臨時講師です」
周囲の呆けた反応を後目に続ける。
「コロッケ、煮物、炊き込みご飯か‥‥問題ない。親切丁寧に教えてあげよう。ああ、自習を続けたい人はご自由に」
そのあまりにも堂々とした態度に、何人かは彼が本当に臨時講師だと思ったらしい。人が集まりだしていく。これ幸いと、ファーフナーもその輪に加わるのだった。
●
「よし、俺もこっちで作ろうかな‥‥皆さん、よろしくお願いします。手洗いうがいはばっちりですか?」
歌音を中心とした輪に加わった雪ノ下・正太郎(
ja0343)が、はきはきと周りの受講者に挨拶をした。
「不在の間に何かあっては、先生も立つ瀬がないでしょうしね‥‥。消火器やガスの元栓の位置は、先ほど確認してきました」
と言ったのは、レティシア・シャンテヒルト(
jb6767)。
「無事に生まれることを祈りつつ、おいしい料理を作りましょうね」
傍目には年端も行かない少女に見えるレティシアが、白のドレスに和風の割烹着という出で立ちで笑顔を見せると、突然の出来事から続いていた戸惑いもようやくほぐれていくようだった。
「さて、こっちを見てほしい」
歌音が呼んだ。見ると、彼の背後のホワイトボード(さっきまで『自習』と大書されてあったものだ)に、細かく書き込みがされてあった。
−−−−−
コロッケの作り方 二人分
1.馬鈴薯2個を茹でる→皮を剥いて潰す
2.玉葱1/2個をみじん切りにする→炒める→透き通ってきたら挽き肉を入れて全体をパラパラにする
↓
3.1、2を全部ボウルに入れて塩胡椒ナツメグバター入れてざっくり混ぜる→冷ます
・
・
・
−−−
「大まかな流れを書いておいた。手順が分からない人はこの通りに。できる人はアレンジも結構」
歌音はホワイトボードを皆に見えるように見せつつ言った。
「より細かい部分は、随時伝えていこう」
「それじゃ、まずはじゃがいもを茹でるところからですね」
正太郎が水を張った寸胴鍋をコンロの上に置いた。
「洗ったら持ってきてください。一気にやっちゃいましょう」
「このレシピ通りに作れば、きっと美味しいポテトコロッケが出来ますね♪」
じゃがいもを水で洗いながら、レティシアはうきうきと言ったのだった。
*
「ポテト‥‥ポテトサラダ?」
どこからか流れてきた単語に日菜子が反応した。
「今日はポテトコロッケだよ、日菜子ちゃん」
「あ、ああ‥‥そうだったな。何でもない。忘れてくれ」
佳澄に突っ込まれて下を向く。
「ポテトサラダも美味しいよね」
「そうだね〜潰すところまでは同じだしね〜」
聖羅と焔は鍋を前にして言い合った。
「春苑さんは、今のところ平気かな?」
「うん。IHってすごいね!」
後ろで見守っているひりょに、佳澄は振り返り笑顔を見せた。まだほぼ鍋に水を張って暖めているだけだが、それだけでも彼女にとっては進歩である。
焔が見せる手本通りに進めていくと、やがて鍋一杯にだし汁ができあがった。
「こんなに使うの?」
「今日はほとんどのレシピに使うからね〜次はお米をとごうか〜」
「それにしても‥‥このレシピすごいわね。彼女のために考えたの?」
佳澄が米をとぐ横で、自分の料理に使う食材を刻みながら聖羅が言った。
「刃物を使わなくても、基本的な料理は割と作れるからね〜」
炎の出ないIH調理器を併用できればなおさらである。
「でも茶碗蒸しもいいアイデアだね〜」
聖羅が追加で作ろうと言ったのがその茶碗蒸し。具材は聖羅が準備するが、卵液の用意など他の行程は佳澄でも問題なく出来るはずだった。
「お米とげたよ、星杜くん!」
「うん、いい感じだね〜次は‥‥」
焔は逡巡するような仕草を見せた。
「コロッケ用にタマネギをみじん切りにしたいんだけど‥‥」
「大丈夫か、春苑?」
「う、うーん‥‥」
包丁を使わずにみじん切りにする手段として、焔が用意したのはミキサーだった。
確かに直接触るわけではないが、機械の中に刃がしっかり見えている。
「無理そうなら、タマネギは抜きでも‥‥」
焔が言った。佳澄は迷っているようだった。
「春苑さん」
ひりょが横に並んだ。思い切って彼女の右手を取ると、その手は震えていた。
「俺たちが付いてる。ふぁいと!」
勇気づける言葉。そして佳澄を見守る複数の視線が、彼女の背中を押した。
「ひ、ひりょくん。しっかり押さえててね?」
佳澄のては蓋をしたミキサーの上。さらにその上に、ひりょの手が包むように置かれている。
「えいっ」
佳澄が意を決してボタンを押した──が、何も起こらない。
「隣のボタンじゃないか?」
「あ、あれ?」
今度こそ、高い音をあげてミキサーが回転を始めた。
これも彼女の小さな一歩。
(なかなか順調ね)
聖羅はふっと思い出したように横を見た。
──その頃の兄さん──
「剣が振るえンなら包丁扱うのだって簡単簡単!
マグロ・サーモン・ウニ・甘エビ──ハハッ、使い放題だぜ!」
──その頃の兄さん・終──
*
「明日夢君、具材は準備できました? ‥‥うん、じゃあそれも炊飯器の中に入れちゃいましょうか」
あやかは明日夢が切った材料を確認して、笑顔で頷いた。鶏肉、しめじ、人参‥‥基本に沿った炊き込みご飯である。
「はい、アシュ。具を入れたら、調味料も加えますですの。お酒は大さじ1、お醤油は大さじ2‥‥」
愛莉が明日夢に向け、分量を口にしながら調味料を手渡してくる。
「お姉ちゃんがおこげ好きなんだよな‥‥」
受け取りながら、明日夢は普段の様子を思い出す。
「えっと、水を心持ち少なめ、お醤油を少し多めに入れればおこげが出来易い‥‥だったかな?」
以前仕入れた記憶を元に、お醤油は倍の大さじ4だ。
‥‥そうとは知らない愛莉は、隣で作業をしている透次の様子が気になっていた。
「あなたは、何を作っているんですの?」
「今は炊き込みご飯の仕込みです。ちょっと変わり種ですけどね」
と言って透次が見せてくれた具材は、緑の枝豆、黄色のコーン。
「ぷちぷちとした食感が楽しめると思いますよ」
「それじゃあ次は‥‥コロッケの種を作りましょうか」
「コロッケ‥‥はじめから作るのは、初めてかもです」
愛莉が言うと、隣のリュミエチカが「チカは、ある」と肩をそびやかした。
しかし。
「じゃがいもは今こっちで茹でてるから、タマネギのみじん切りをお願いします」
「はいですの」
「‥‥みじん切り」
愛莉と明日夢が戸惑うことなく包丁を手にした一方で、リュミエチカは小首を傾げるだけだった。‥‥彼女がしたことあるのは、お手伝いである。
「リュミエチカさんは、これを使ってくださいね」
あやかはくすりと笑って、彼女を呼んだ。
ザジテンとあけびが、並んで野菜を切っている。
「ザジテン君、結構料理慣れてるね?」
「包丁の使い方はだいぶ慣れたけど、まだ自信がないですよ」
あけびに褒められたザジテンは照れ気味に答えた。
「でも、こうやって皆でお料理するのも楽しいです」
隣にリュミエチカがやってきて、大きめのボウルとタマネギをどんと置いた。
「リュミエチカちゃん、それは?」
「みじん切りにする」
でも、包丁がない。
代わりにあるのは、目がとても粗い下ろし金。リュミエチカはタマネギを下ろし金にセットすると、迷い無く上下にすり下ろし始めた。
「‥‥ちょっと楽しい」
包丁を使わない、これもひとつの手段である。
「あっ、目にきた!」
と叫んで眉間を押さえたのは、何故かあけびであった。
「目?」
今日もサングラスをしっかりかけているリュミエチカは、何のことやら分からずにいた。
ところでダリアは、
「さあーどんどん作っていきますよ!!!」
ミキサーをフル活用してコロッケの種を自作しまくっていた。赤いのとか。緑のとか。
ちなみに今、ミキサーの中は黒と赤の何かが混ざり合って得体の知れない何か、いやコロッケの種です。
「うふふふ今は私の右手に触らない方がいいですよ火を!! 吹いてますから!!!」
絶好調のダリアであった。
●
「そろそろいいだろう。コロッケの種を揚げる形に整形していく。楕円形が基本だね」
歌音の指示で、受講者がバットに広げていた種をまとめ始めていく。
「一度冷ますのは何故だ‥‥?」
ファーフナーが遠慮がちに問う。
「揚げるときに温度差がある方がさっくり揚がる。それと、温かい種をそのまま揚げると爆発することもある。いずれにしても、冷ました方が失敗しない」
「‥‥なるほど」
理路整然とした回答に納得して、彼も整形に取りかかった。
隣ではさっきまで豪快に肉を焼いていたRobinもいつの間にか加わっていて、せっせとコロッケを形作っていた。
「こんな感じでいいのかな」
教えられたことを修得するのは早いようで、なかなかきれいに作っている。
反対側は、と見ると、既にコロッケの整形を終えた正太郎が、なにやら生地を取り出していた。
「‥‥それは?」
「薄力粉と強力粉で‥‥餃子の皮です。よし、こんなもんかな」
皮の弾力を確かめるとくるくる伸ばして棒状にし、一個分ずつカットしていく。
皮を作っているのはいいが具がないのでは、と思っていると、正太郎はそんな疑問を察知したかのようにニッと笑った。
「これを包むんですよ」
示したのは、まだバットに残っているコロッケの種。皮で包んで、コロッケ餃子だ。
こんなアレンジの仕方もあるのか、と感心しきりのファーフナーだった。
煮物については、細かいメニューに言及せずに(本来の)先生が行ってしまったために、各自結構思い思いに作っていた。
「煮物かあ‥‥煮物といえば!」
材料を前にはたと思い至ったのは雪室 チルル(
ja0220)。
コロッケを作るための用意されていたじゃがいもとお肉を多めにもらってきて、他の煮物用具材と一緒に鍋へ。
「煮物といえばやっぱり、肉じゃがよね!」
だし醤油中心にそれっぽく味を入れて、立ち上る匂いに鼻をひくつかせながらチルルは満足げだった。
とりあえず煮物用にそれっぽい材料を持ってきてあった影響で、にんじんやこんにゃく辺りはともかく、ごぼうやらレンコンやらも一緒くたに煮られてしまっているが。
チルル的には、これでただの煮物から上位種へクラスチェンジしたも同然であった。
「意外と簡単なのもいいわね!」
女子力アピールにもお手軽と評判のおかずです。
「コロッケと炊き込みご飯はレシピ通りに作ってるし‥‥十分それっぽいと思うわ!」
さすがあたいね! とチルルは胸を張った。
各テーブルで作業が進み、徐々に美味しそうな匂いが漂いだしている。
「手の空いた方がいたら、こちらへ来ませんか?」
レティシアが、しばらくは火加減の管理だけ、という人たちを呼び寄せた。
「せっかくの機会なので‥‥クッキーづくり、どうでしょう」
生地は既に寝かせてあって、あとは型抜きの段階になっていた。
レティシアの右手に淡い光が生まれる。光を摘むように左手を添え目を閉じると、彼女の念に応えるように光が形を変えてゆく。
やがて光が収まると、そこにはシンプルな仔猫の型が出来上がっていた。
撃退士の技、『創造』のスキルである。
見ていた他の受講者から、わあ、と感嘆するような声が漏れた。
「リクエストをくれれば、皆さんにもお作りしますよ」
出来たばかりの型でクッキーの生地をひとつ抜いてみせるのだった。
*
砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)は樒 和紗(
jb6970)と並んで料理に勤しんで‥‥
「ご飯とか、和紗の店に行けば食べられるのに‥‥」
「そう言って毎日来てるからです。自習だからとサボれるとは思わないように」
「ぶーぶー。‥‥そうだ、炊き込みご飯にパンチを効かせようかな」
「どれだけ唐辛子入れる気ですか」
「酷い! ぐーで殴ったわね!?」
いや、あまり勤しんではいないようだったが、とにかく並んで料理をしているのは確かで‥‥
「竜胆兄は手先は器用なのですから、後はヤル気を出せば料理だって‥‥って、いない!?」
いや、確かでもなかった。
「や、リュミエチカちゃん。エプロン姿もかわいいね♪」
「ジェン」
ジェンティアン流の挨拶に、リュミエチカは視線を逸らしがちに頷いた。
「何作ってるの?」
「今はですね、餃子の種を皆で包んでいるところです!」
代わりに答えたのはあけびである。
「餃子?」
「僕が作ろうかと‥‥。パリッと焼ければ食感もいいですし、リュミエチカさんも気に入るんじゃないかって」
と語った透次に、リュミエチカが種でべたべたになった手を差し出した。
「皮が破けた」
「ああ、このくらいなら‥‥はい、修復できました。慣れないうちは、あまり種を入れすぎない方がいいですよ」
透次は穴を塞いでリュミエチカに返してやった。
「‥‥難しい」
「あっ、これどうかな、すごくきれいに出来たかも!」
「むむっ、あけびさんやりますね! 私は‥‥いえこれからです。お皿にあふれる失敗作は未来への投資です!! 焼いたらちゃんと食べますし!!!」
「その意気だよダリアちゃん。さぁ最後には誰が一番上達するでしょうか!」
「破れた。べろべろになった」
女三人よれば何とやら、という光景をジェンティアンが微笑ましく見ていると、むんずと首根っこを掴まれた。
「まだ下拵えは終わってませんよ竜胆兄」
ギラリ、と眼光鋭い和紗は、リュミエチカには穏やかに語りかける。
「楽しく料理できているようで何よりです」
「ん、楽しい。‥‥カズサも?」
「ええ、もちろんです。ではまた後で」
和紗は戻っていく。
「完成したら食べさせてね〜」
ジェンティアンは手を振りながら、ずるずる引きずられていった。
入れ替わりに、ザジテンがやってきた。
「そろそろ、煮物がいい感じだと思うのですよ」
「ん、圧力鍋だね!」
あけびたちを連れたザジテンがコンロの前に戻ってくると、既に火の当たっていない圧力鍋は静かにそこに佇んでいた。
「もう、蓋をはずして大丈夫‥‥ですよね?」
「はい、もう蒸気も出ていませんから」
見ていてくれたあやかに確認をとってから、ザジテンが慎重に圧力鍋の蓋に手をやった。
「どうなってるのかな‥‥」
あけびやダリアを始め、リュミエチカに、愛莉と明日夢もその様子を見ている。
「じゃあ、取ります」
蓋をはずすと、湯気と一緒に和風だしのふくよかな香りが漂った。
「うーん、良い匂い!」
歓声が上がるなか、ザジテンが鍋の中の里芋に竹串を刺した。
「おお、すっと入ります!」
「本当ですか!! やらせてください!!!」
はしゃぐ生徒たち。初めての圧力鍋は、どうやら大成功のようであった。
*
一般の受講者たちに混じって、水無瀬 文歌(
jb7507)も料理に取り組んでいた。と言っても、どちらかと言えば教える方だ。
「お米は、水で洗うんです。あんまり強くすると壊れちゃいますよ」
「こ、こうかなあ?」
文歌の指示のもと米を洗っているのは、つい最近まで大船の地を独断で守護していた堕天使、ミュゼットであった。
戦いの中で仲間と、そして自らの力の大半をも喪ったミュゼットは、今は久遠ヶ原に一時的に保護されている格好だった。
「私、まだ生徒になった訳じゃないんだけど‥‥こんなことしてていいのかな?」
「ちゃんと許可は取ってありますから、大丈夫ですよ」
戸惑うミュゼットを勇気づけるように、文歌は微笑んだ。
「お水が透きとおってきたよ」
「それじゃ、ざるにあけて下さい」
料理はしたことがないというミュゼットの、危なっかしい手つきを見守る。
彼女はこれまで身につけていた法衣ではなく、年相応の少女のような服装をしていた。空色の髪はそのままだが、(他に撃退士が多いこともあって)あまり目立たず、一般の受講者にも溶け込んでいた。
「アルグスさんは、退院はしばらくかかりそうですか?」
「本人はもう平気だっていうけどねえ、私が止めてるの。ちゃんと治るまではだめよ、って」
最後の戦いで重傷を負ったミュゼットの配下、アルグスは同行していなかった。
「今日作り方を覚えたら、明日にでもぜひ、作ってあげてくださいね」
文歌がミュゼットに教えているのは、お粥の作り方である。
「体力がなくても食べやすいですし‥‥単なる白粥のほかにも芋を入れたり、お茶で炊いたりと色々なバリエーションが出来ますよ」
「アルグス、喜ぶかなあ」
「ミュゼットさんが作ったと知ったら、きっと喜びますよ」
いつか、今いないものたちの口にも、彼女の料理が届く日が来ることを‥‥文歌は、願わずにいられないのだった。
*
さて、料理もそろそろクライマックス、いよいよコロッケを揚げる段階だ。油のはじける小気味良い音が、既にあちこちのテーブルから聞こえてきていた。
「そろそろ適温だよ〜」
油温を計った焔が、佳澄に告げた。既にコロッケの投入準備は万全である。
「‥‥春苑さん?」
だが、彼女のすぐ後ろにいたひりょが、最初にその異変に気が付いた。
「春苑、すごい汗だぞ」
日菜子も気づく。いったん鍋から遠ざけようと、その腕を取ると‥‥。
「ごめん、まだちょっと‥‥無理みたい」
佳澄はへなへなと力を失って、日菜子の身体にもたれ掛かってしまったのだった。
「うう、せっかく星杜くんたちが、工夫や、応援してくれたのに‥‥ごめんね」
椅子に座らせると、佳澄の汗は引き、落ち着きを取り戻したようだった。
炎の出ないIH調理器といえど、彼女のトラウマを完全に消し去るという訳にはいかなかったようだ。
「謝ること無いわよ。よく頑張ったんじゃない?」
そう言ったのは、聖羅。
「今日はお米をといだし、出汁をとったし──初めてのこと、沢山したでしょう。いきなり全部やれなくたって、少しずつ慣れていければいいのよ」
初めにも言ったことだけどね、と聖羅は笑った。
「春苑ちゃん、具合悪いの?」
そこへ、(抜け出してきた)ジェンティアンが声をかけた。
「はい‥‥ちょっと、無理をしすぎちゃったみたいで」
和紗も、(ジェンティアンの首根っこを掴みつつ)声をかける。
「自分に合った料理を探し、何より楽しむ事です」
「その“何より”が僕出来なかった気がする」
「竜胆兄はまだ終わっていません」
微笑んだまま言った。
「豆腐料理はどうでしょう。スプーンでも調理できます。次の機会にでも、試してみて下さい」
そして、和紗はまたジェンティアンを引きずっていったのだった。
「よし、じゃあ残りの行程は俺たちでがんばろうか、川内さん」
「ああ、そうだな。私は火や熱を使うことには慣れているから──まあその、自炊は得意ではないが」
「じゃあ、俺が教えるよ〜」
ひりょと日菜子が言い合って、焔を伴い再びコンロへ向かっていった。
●
「どうやら、皆無事に完成したようだね」
各テーブルの上をぐるり眺めて、歌音は言った。
「さあ、それでは試食してみよう。そこまで含めて料理教室だ」
「「いただきまーす!!」」
全員そろって、賑やかな試食が始まった。
*
「すごいメニューですね」
「よかったら、味見どうぞ。嫁に持って帰る分はもう別にしたし」
「これ、何の肉です?」「ああ、それは‥‥」
「確かに見た目はそれっぽいけど、よく考えたらメインのおかずが両方ともじゃがいも料理ってどうなの!?」
「よし、炊き込みご飯、ちゃんとお焦げがあるな」
「でも、ちょっとしょっぱい‥‥アシュ、ちゃんと分量通り入れました?」
「リュミエチカさん、自分で作ったコロッケはどうですか?」
「アヤカが作った方が美味しい」
「あら‥‥でも、慣れればもっと美味しく作れますよ」
「煮物、すっごく美味しいよ、ザジテン君」
「はい、圧力鍋、大成功でしたね。‥‥このトオジさんの煮物は、歯ごたえがしっかりあるんですね」
「ええ、そこを楽しむのもおもしろいかな、と。リュミエチカさん、餃子はどうですか?」
「あふい。‥‥でも、美味しい」
「ふふ」
「‥‥なに?」
「いえ。戻ったらまた勉強を頑張らなくちゃな、って思っただけですよ」
「リュミエチカちゃん、料理食べさせて♪」
「そんなあなたに!!! コロッケロシアンルーレット!!!! リュミエチカさんが作ったのも1/5くらいの確率で入ってます!!!」
「‥‥甘いやつ、入ってる?」
「内緒です」
「断固拒否!」
「ジェンは、何か作った?」
「竜胆兄のは、知らないうちに辛くなっている可能性があるのでおすすめできません。リュミエチカには、これを」
「何、これ」
「大学芋です。水飴でコーティングしてありますから、パリッとしていて、甘いですよ」
「その、よかったらコロッケの試食を頼みたいのだが‥‥」
「‥‥ダリアのよりは、美味しい」
「どういう基準だ‥‥?」
「食べてみますか!!? 黒いの赤いの緑のと各種とりそろえておりますよ!!!!」
「どういう‥‥選択肢だ‥‥?」
「老若男女大喜び間違いなし! 夢と浪漫に溢れた贅沢な一品、寿司トースト!! さあ、食べてみてくれ!」
「一人で何を作ってたのかと思えば‥‥はあ」
「何というか‥‥独創的、でいいのか?」
「──あれっ?」
「美味しいね」
「おっ、そうだよな! 見ろ、ちゃんと俺のセンスを理解ってくれるヤツもいるんだぜ!」
「でも、ロビンさんはさっきダリアちゃんのコロッケ(黒)を食べても美味しいって‥‥」
「美味しかったよ?」
「お、おう‥‥そうか‥‥はは‥‥」
「うん‥‥ちゃんと美味しい。途中まで自分で作ったとは思えないよ」
「星杜の指導があったとはいえ、これだけ出来たら十分だと思うぞ?」
「最初から全部一人でする必要はないんだしね。自転車だって、最初は補助輪をつけて慣れていくんだから」
「佳澄ちゃんは慣れてないだけで、教えればちゃんと料理もできるって分かったからね〜」
「えへへ‥‥みんなありがとう。これからも、よろしくね!」
「すごく、賑やかだねえ」
「久遠ヶ原にくれば、これくらいは日常茶飯事ですよ」
「そうなんだ。皆楽しそうで‥‥なんだか素敵だな、って思うよ」
「お疲れさまでした。臨時講師の先生も、クッキー、どうですか?」
「ああ、頂こうか。‥‥しっかり焼けている。紅茶に合うだろうね」
●
ちなみに、玉のような男の子が生まれたそうですよ。