●
「テン子です」
歌音 テンペスト(
jb5186)はその日の仕事を終えると、一緒に来ていたモブ子(愛称)を素早くお姫様だっこした。
「それでは今日もめくりめくられる愛の世界へお疲れさまでしたァーッ!」
唖然とする店員を残し、土煙を上げてお店を出ていく──って、これオチじゃねえの‥‥?
●
深森 木葉(
jb1711)がお祭り会場への道を歩いていた。白地に瑠璃の蝶。涼しげな浴衣姿がいまは夕焼け色に染まっている。
「あっ‥‥提灯が、見えましたぁ」
祭り提灯は灯りが入り、空の茜を吸い取るように柔らかいオレンジ色の光を広げていく。
「お祭りが始まりますねぇ〜」
屋台の呼び込みの声が聞こえてくる。
「たこ焼きに焼きそば、りんご飴〜」
食べたいものを頭に浮かべつつ歩いていると、ひときわ耳に届く声がした。
「ほらほら、さいきょーのかき氷屋さんよ!」
声の主は雪室 チルル(
ja0220)。小さな体をめいっぱいに伸ばして客を呼び込んでいる。
「カキ氷は‥‥ぽんぽんが痛くなっちゃうので、やめましょう‥‥うん」
木葉はそそくさと屋台の前から離れたのだった。
チルルは元気よく呼び込みを続ける。
「ほら、まだなにも買ってないなら、どう? さいきょーのかき氷!」
手ぶらで歩いていた赤い浴衣の女の子──Robin redbreast(
jb2203)に声をかけたら、足を止めた。
「最強‥‥?」
「そうよ! 何しろ作ってるあたいがさいきょーなんだから!」
チルルは胸を張った。
「シロップもいろいろ取り揃えたわ! オススメは久遠ヶ原でいま流行のバナナオレ! 死のソースもトッピングでいけるわ! 単品でもいいけど命の保証はないわよ。‥‥どれにする!?」
「えっと‥‥じゃあ、イチゴで」
チルルの勢いに押されながら、無難なチョイス。
「りょーかい! ちょっと待ってて!」
チルルはかき氷機のハンドルに手をかけ、豪快に回し始めた。周りに見えるところで回しているのが物珍しさを誘うのか、人が集まってくる。
赤いシロップ(死のソースではない)のかき氷をRobinに手渡すと、チルルはかすかに頬を上気させて彼らを見渡した。
「あたい絶好調! さあ、次の注文は!?」
人混みから抜け出したRobinは、氷を掬って一口運ぶ。甘くて冷たい刺激が脳に伝わった。
祭り提灯に照らされる夜店が、なんだか幻想的に感じられる。──それは、Robinの脳裏にもやの様にまとわりつく一つの光景が原因だった。
横浜ゲート南、大船での戦い。一人の堕天使が、敵の天使によって殺害された。自分をかばうような格好で。
昔──学園に来る前なら、気にも留めなかっただろう。自分の周りにいるものは皆道具だった。欠けたら補充すればいい。
自分も含めて。
(でも、彼の死をそう思うことが出来ない‥‥なぜ?)
消化しきれない感情が、もやとなって残る。
神前で手を合わせた。
そこに神がいるとは思っていない、けれど。
(イングス‥‥あれは、『たのむ』と言ったのかな)
堕天使の姿を思い浮かべ、彼の願いと、その最期を思った。
石階段の下から上ってくる喧噪に耳を傾けながら、君田 夢野(
ja0561)はぼんやりと手の中のカップ酒をくゆらせていた。
「‥‥あれから三年、か」
昔にもここへ来たことがある。三味線を鳴らして祭りに彩りを添えるさなか、予期せぬ訪問者と顔を合わせた。
平和な人の世も悪くあるまい? ──あのとき夢野はそう告げた。だが結局、彼らがもうここに現れることはない。
そう決定づけたのもまた、自分──。
(やるべき事を成した。それは揺るがない‥‥が)
見上げると、緑の葉をいっぱいに繁らせた桜の枝が夜空を隠している。きっとここも春には、美しい桜色に包まれるのだろう。
「────あぁ、クソッ。虚しいなぁ‥‥これだから戦争は嫌だってんだ、レガ(jz0135)」
「夢野じゃないか!」
そこへからりと明るい女性の声。夢野は振り返った。
「亀の姐ゴさんか。‥‥その、元気か? 君は」
いつも通りサングラスをかけた亀山 絳輝(
ja2258)は、ニイと口元を曲げた。
「当然だ。今日は祭りだからな!」
予想外なほど軽いノリで、夢野の腕をぐいと引いた。「さあ、行くぞ!」
「ちょ、姐さん?」
「一人より二人の方が楽しい」
有無を言わさず。
「エスコートすべき麗しき女性でもないが、年下だからな! ここは私がもってやろう」
ふふんと得意げに鼻を鳴らして、夢野を引っ張っていった。
*
神谷春樹(
jb7335)は、落ち着いた藍色の甚平を来て、屋台巡りを楽しんでいた。
「やっぱり、玩具の銃だと勝手が違うな」
五発撃って、命中は二発。射的屋台で手に入れた、小さな景品を手の中で弄ぶ。
次は何か屋台の料理でも──と考えていると、なにやら人だかりを見つけた。
「危ないですから、近寄らないでくださいね」
浪風 悠人(
ja3452)が鉄板の前に立ち、人だかりを遠ざける。彼の右手には包丁、そして左手には、丸のままのキャベツ。
(料理のパフォーマンスか)
興味を惹かれて、春樹も見物する。
「はっ」
悠人がキャベツを空中に放り投げた。青く淡い光を纏わせ、包丁を一閃、二閃。
すると、キャベツは見事空中で四分割された。鉄板の上に落ちたそれを、素早く切り刻んでゆく。
ボウルに積んであるもやしを左手で目一杯につかみ、鉄板へ。煙が上がる中キャベツと合わせて炒めるといったん脇によけ、お次は豚肉。
「よっと」
包丁のあごに指をかけ、くるりと回すパフォーマンスも忘れない。野菜と合わせて塩胡椒したら、いよいよ麺を投入。
いつしか食欲をかき立てる匂いが周囲に充満している。
最後に卵を片手で鉄板に割り入れ、目玉焼きに。手早くパックに詰め込んだ。
「はい、焼きそば一丁上がり!」
拍手が起こり、焼きそばを求める人たちが列を作っていく。
(いい手際だったな)
一部始終を見ていた春樹もまた、自分だったらどういう手順でやるかな──などと頭の中で考えつつ、見物料代わりに列に並ぶのだった。
リュミエチカ(jz0358)は、その光景を口を開けて見ていた。
「やあ、ここにいたのさぁね」
背中に声が降りかかる、九十九(
ja1149)が立っていた。
「岳雲」
リュミエチカは、彼をそう呼ぶ。九十九はひらひらと手を振り近づいた。
「他にもあっちに来てるのさね。‥‥一緒にいくかねぇ?」
尋ねると、リュミエチカはすぐにこっくりと頷いた。
「おお、浴衣だ」
真っ先にリュミエチカに気づいて声を上げたのは砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)。
「こんばんはリュミエチカさん。浴衣姿、可愛いですね」
陽波 透次(
ja0280)が笑顔を見せると、相手は顔を伏せ気味に「こんばんは」と返す。ジェンティアンは「うん、可愛い可愛い」と頭を撫でた。
不知火藤忠(
jc2194)も目を細めた。
「浴衣、似合っているぞ」
「そうそう、僕も浴衣なんだけど‥‥」
ジェンティアンは袖を広げた。
「どう? 似合う?」
常盤色のしじら織り──リュミエチカ目線で言うと、濃い緑色で線がいっぱい入ってる感じ。
リュミエチカは、自信無さそうに首を傾げた。
「‥‥多分?」
一行は、夜店の並ぶ通りをそぞろに歩く。
「どうだ、祭の雰囲気は」
「‥‥人が多い」
藤忠の問いに、リュミエチカは端的な答えを返す。
「確かに‥‥はぐれないように気をつけないと」
透次は彼女の少し前で、さりげなく人混みから守っていた。
「どれ、ちょっと待っていろ」
不意に屋台に消え、戻ってきた藤忠は、手にしたものをリュミエチカに渡す。
「これ、何?」
「林檎飴だ。甘いものは好きか?」
「‥‥割と」
「なら気に入ると思う。遠慮せず食べろ」
どう口を付けたものかとリュミエチカが戸惑っていると、先頭をゆくジェンティアンが唐突に立ち止まり、宣言した。
「では第1回射的大会を始めまーす♪」
ちょうど目の前に射的の屋台があるのだった。
「一回五発? じゃあ、一番落とした人が優勝って事で」
「銃を使うのは初めてだな‥‥チカはどうだ?」
コルク銃を持ち上げつつ藤忠が聞くと、リュミエチカは首を振った。
「昔は使ってたんだけどねー」
「僕も得意とは‥‥」
ジェンティアンと透次が言い合い‥‥視線が九十九に流れたが、相手は苦笑した。
「ウチは応援に回らせてもらうのさぁね」
「ってことは──条件は皆似たようなもの、だね!」
まずは透次から。
「リュミエチカさん、どれがいいですか?」
狙う景品を尋ねられ、リュミエチカが惑いながら指し示したのは、手のひらサイズのマスコット人形。
「では──」
透次は台の上に肘をつくと脇を締め、肩と頬でしっかりと銃を固定して構えた。一度定まれば、もう姿勢は微動だにしない。
──が、発射されたコルク弾は全くあらぬ方向へ飛び、景品に掠りもしなかった。
「あれっ」
思わず店主をみたが、目を逸らされた。
「これは、なかなか手強そうですね‥‥」
さて、勝負の結果はいかに。
●
いつものようにモブ子を抱え去ったテン子──歌音は、祭り会場近くの暗がりへ飛び込んだ。
そのまま本能に任せてダイブ! するのかと思いきや、周りを確認して抱えていたモブ子をそっと立たせた。
「本能とキャラに従って毎回連れ去っても、素の自分が咎めていつも手を出さずに解放してしまう、キャラが死んでるあたしをお許しください」
えっ、手出してなかったんだ!(動揺)
──ではなく。モブ子にとってはいつものことである。無表情を崩すことなく、ただ今の心境を口にした。
「今年も出番があるとは思ってませんでした」
歌音は微笑んだ。そうして笑う様子は、ふつうの可愛らしい女の子だ。
「来年も再来年もその先もずーっと、出番はきっとあります」
きっぱり言い切ると、暗がりの向こうを示した。
「さあセンパイ。夜店を回って、真のモブキャラになりましょう」
二人の女の子は手を取り合って、提灯の灯りに溶け込んでいった。
*
月乃宮 恋音(
jb1221)は困っていた。
「いいじゃん、一緒にいこーよ。おごってあげるって」
「いえ‥‥その‥‥えっとぉ‥‥」
わかりやすいほどにナンパである。二人の男が恋音を囲んでいた。
「あの‥‥私はぁ‥‥」
もじもじしながら何かを訴えようとする恋音の薄桃色の浴衣が捩れると、溢れ出そうとするそれを押さえるためのさらしがちらちらのぞく。
(すげえな!)
(すっげぇな!)
こいつは逃しちゃなんねぇぜ! とナンパの男どもはアイコンタクト。一人が恋音にずいと顔を寄せた。
「なんなら強引にでも‥‥」
「いやあ、恋音、お待たせしました! やっぱり人気の屋台は並びますねえ」
明るい声とともに、袋井 雅人(
jb1469)が姿を見せた。にこやかな笑顔を浮かべ、恋音と男たちの間に強引に割って入る。
「ええと、恋音に何か?」
「あん? なんだでめぇ」
「私は、恋音の恋人です」
笑顔のまま、きっぱりと言い切る雅人。──もう一人が左手を動かした。
「あいってててぇ!?」
と思ったらすぐ大声を上げてうずくまった。
「暑くなると虫とこういった輩が湧き出て面倒ですね」
雫(
ja1894)は男の左手を捻りあげたまま嘆息した。それから、カップルが恋音と雅人であることに気づく。
「‥‥余計なお世話でしたか?」
「いえいえ、助かりました!」
「さて‥‥一仕事したら小腹が空きました」
悪質なナンパを退治した雫は、屋台を物色。
「へい、らっしゃい!」
ラーメン大好き佐藤 としお(
ja2489)が呼び込んでいる。
「屋台といえば焼きそば? いやいやそこで焼きラーメン! 美味しいから是非食べてって!」
「焼きラーメン‥‥興味がありますね」
雫は屋台へ向かう。
「あっ、すみませんが大盛りでお願いします。育ち盛りの上に仕事がハードなので」
と、注文も忘れなかった。
「袋井先輩‥‥そのぉ‥‥ありがとうございましたぁ‥‥」
「見せ場を取られてしまいましたね」
やっぱり、恋人には格好いいところを見せたいものだ。だが、恋音は言った。
「いえ、その‥‥十分、格好良かった‥‥ですよぉ‥‥」
いつも以上に顔を赤らめ、そっと身を寄せ。
「‥‥恋音」
雅人は恋人の肩を愛おしく抱く。
\くまー/
謎の鳴き声。(鳴き声?)
「あれは‥‥謎の白くま!?」
「いえ‥‥レフニーさん、だと思いますねぇ‥‥」
\がおー/
Rehni Nam(
ja5283)の屋台は、かき氷屋台であった。
『限定復活「白くまーもん」』『久遠ヶ原伝説のかき氷』とのぼりが立てられている。
「レフニーさん‥‥こんばんはぁ‥‥」
「がおー」
「ほうほう、氷の上に餡子とフルーツで白くまの顔を描いているのですね」
「くまー」
「以前のフェスでもかなり好評を博しておりましたねぇ‥‥」
「がおー」
「それでは、ひとついただきましょうか!」
「くまー!」
Rehniは手際よく白くまーもんを作り上げた。
「がおー?」
「ありがとうございます! ‥‥もちろん恋音と仲良く食べさせっこするのですよ」
「くまぁ」
「‥‥お、おぉ‥‥? れ、レフニーさん、ありがとうございましたぁ・・その、失礼しますねぇ‥‥」
「くまー!」
──会話は成立していたのだろうか。
●
「‥‥まだかけるのか?」
「まだまだ!」
「もうだいぶ赤いのさねぇ」
「いやいや!」
このフランクは先ほどの射的勝負の賞品である。ちなみに各自の景品獲得数は、
透次が三つ。
藤忠が一つ。
ジェンティアンが三つ。
そしてリュミエチカはゼロ──ということで、透次とジェンティアンの同点優勝であった。
藤忠のおごりで買った、ケチャップではないソースで真っ赤に染まったフランクをジェンティアンはためらいなく頬張った。
「‥‥辛くないんですか?」
「(むぐむぐ)辛いのがいいんだよ!」
「辛いのは、痛い」
リュミエチカは眉を顰めて、林檎飴をばりばり食べていた。
「これは、甘くて美味しい」
「それはよかった──って、口と手がべたべただぞ」
藤忠はリュミエチカを立ち止まらせると、かがみ込んで顔を拭ってやる。そうしながら、ふっと苦笑した。
「全く、俺の妹分たちはどうしてこう祭に不慣れなんだ‥‥よし」
藤忠は立ち上がった。
「チカは、差し詰め妹分三号だな」
「三号」
「今度、他の妹分たちにも会わせたいな」
きっと仲良くなれると思うぞ──そう言うと、リュミエチカは小さく頷いた。
「トオジは、何が食べたいの?」
「そうですね‥‥リュミエチカさんは、かき氷を食べたことはありますか?」
「かき氷」
「冷たくて甘くて美味しいですよ。でも、少しずつ食べないと頭痛がするんです」
「美味しいのに、頭痛が‥‥?」
「食べてみれば、わかりますよ」
イメージが浮かばないリュミエチカの様子に透次は思わず微笑んだ。
「しかしこうして歩いていると、なんだか雨の日を思い出すねぇ」
九十九が言った。
「ああ、確かに‥‥同じメンバーだな」
「何人か欠けてるけどね。ファーフナー(
jb7826)ちゃんあたりは、遊びに来てないのかな?」
意外にもリュミエチカが答えた。
「ファーフナー、さっきいた」
「え‥‥どこですか?」
*
「いらっしゃいませ‥‥注文は?」
可愛らしいポップ体ののぼりが立ったその屋台をのぞくと、やたらと存在感のあるクールな親父が出迎えてくれた。明らかに作り慣れていない笑顔を口の周りにだけ浮かべているが、両目には鋭い眼光が点っており明らかにタダモノではない気配。夜道であったら多分逃げる。
ちなみに売り物はふつーに美味しかったです。
──とあるネット記事より抜粋
「お、本当にいたね」
「夜店で働いているとは‥‥意外だったな」
「‥‥お前たちか」
知り合いの顔を見て、ぎこちない笑顔で固まっていたファーフナーの表情が幾らか柔らかさを取り戻した。
「じゃがバターの屋台ですか、これも定番ですね」
「じゃあ、食べる」
リュミエチカがお金を差し出した。ファーフナーは大きなジャガイモをふたつ紙トレイに乗せ、バターも適量を塗ってやってリュミエチカに渡す。
「浴衣、似合っているな」
ぼそり、と言う。
「‥‥ありがと、う」
リュミエチカもぼそり、と答えた。
「祭りは、楽しいか?」
「ん」
「そうか」
夜店を出すもの、遊ぶもの。背景も過程も異なるが、これまで知らなかった、知ろうとしなかったことに馴染んでいこうとする姿勢は同じ。
じゃがバターを頬張りながら立ち去っていく彼女の姿を見送って、ファーフナーは今日初めて、とても自然な微笑みを浮かべるのだった。
「リュミエチカさん、足が痛くなっていたりはしませんか?」
透次が気遣った。彼女は浴衣に合わせて女性ものの下駄を履いている。
「平気」
リュミエチカはあっさりと返事した。
「歩くと音がして、おもしろい」
「うん、下駄のからからいう音も、風流だよね!」
ジェンティアンとリュミエチカがからから足音を立てる光景に九十九は端末を向けた。
(これはなかなか上手く撮れたねぇ)
画像の少女はいつもの無表情だが、足をあげる仕草から、今の気持ちが伝わってくるようだ。
「これなら了さんも──」
「あっ」
リュミエチカが声を上げたので見ると、金髪の長身男性が笑顔で手を振っている。
「マサヤ」
東條 雅也(
jb9625)はこちらが気づいたことを確認すると、すぐ立ち去ってしまった。
「行っちゃった」
「スタッフの腕章をつけていたから、仕事で来ていたみたいだねぇ」
「うん、あれだけの人に囲まれていたら大丈夫かな」
雅也は満足そうに一人頷いた。
(ま、俺は委託保護者みたいなものだし、わざわざ口を挟むのは野暮ってもんでしょ)
雅也は運営の手伝いに戻ることに。
「運んできたもの、ここへ積んでおきますよ」
雅也に回ってきたのは、壊れた屋台の修繕や荷物運びといった力仕事だった。ボランティアに精を出しつつ、先ほどの光景を思い返す。
(リュミエチカも交友関係が広がって本当に良かった)
それは、あの時学園に来るよう説得したものたち──九十九や雅也にとって共通の認識だろう。
束の間手が空きそうなので、雅也は端末を取り出した。
*
獅号 了(jz0252)の端末に、メッセージが届いている。九十九からはリュミエチカたちの写真が添付されていた。
「わざわざ送ってきてくれたのか」
『リュミエチカ、楽しそうにしてましたよ』
別のメッセージは雅也からだった。
『でも、あの浴衣の柄はリュミエチカには早かったんじゃないかなー(笑)』
「うるせぇよ」
獅号は端末をベッドに放り投げた。口元をほころばせながら。
●
「はぁ〜、お腹いっぱいですぅ〜」
思い描いていた通りの夜店の屋台を満喫した木葉は、小さなお腹をさすって満足げな息を吐いた。
「後は‥‥金魚すくいをしましょうか〜」
上手くすくえるかな? とちょっとドキドキしながら、目に入った『金魚すくい』の屋台をのぞいてみる。
「あらァ‥‥いらっしゃいませェ♪」
黒百合(
ja0422)の前には特大の水槽が置かれていた。
「金魚すくい、と見せかけてェ、ここですくうのは○○○○よォ‥‥♪」
「○○○○すくい、ですかぁ〜??」
仰天する木葉。水槽の中で泳いでいるのは確かに○○○○だった。あと、よく見ると水槽の中に●●●●や△△△△の姿も見える。
「別に水槽に落ちたりしなければ、危険はないわァ‥‥多分ねェ♪」
「え、えっと、あのぉ〜」
戸惑う木葉だったが視界の隅に、彼女が求めていた金魚が泳ぐ浅い水槽を見つけた。
「あれは‥‥」
「主催者が、一応おいてくれって、ねェ」
「あ、あたし、あっちがいいですぅ〜」
「あら、そォ‥‥? 別にいいけどォ‥‥」
少しだけ残念そうな気配を漂わせつつも、黒百合は木葉にポイを渡してくれた。
「本当は◎とか×××とか☆☆☆☆☆とかをすくう店を出したかったんだけど全力で拒否されたからねェ‥‥残念だわァ♪」
黒百合の物騒な発言を背中に聞きつつ金魚すくいに挑戦した木葉は‥‥苦労の末、隅っこにはぐれていた出目金をすくい上げることが出来た。
(なんだか、あたしと似てるかも‥‥?)
どこか親近感を覚えつつ。
「金魚鉢、買ってあげないと‥‥」
袋を差し上げ、揺らぐ水越しに夜空を見たら、歌が浮かんだ。
金魚玉 宵闇溶ける 金魚かな 儚き泳ぎ 我が歩みとも
「大きく育ってくれるかなぁ‥‥」
期待を持って、出目金を見やるのだった。
*
道の隅っこで、男の子がうずくまっていた。
「──どうしかしましたか?」
たこ焼き片手に通りがかった春樹は‥‥見過ごすわけにもいかずに声をかけた。
「‥‥こけた」
まだ小学生らしき男の子は、足首を押さえている。
「ちょっと、見せてくれますか」
春樹は屈んだ。
「弟君とはぐれてしまったんですか」
春樹からもらったたこ焼きを頬張りつつ、元気になった男の子は大きく頷いた。
「神社の方に行けば案内所があるかな‥‥」
「あれ、神谷さん? その子は‥‥」
しばらく行ったところで、声をかけられた。スタッフの腕章を巻いた、黄昏ひりょ(
jb3452)だった。
「そういうことなら、後は俺が引き受けますよ」
春樹から事情を聞いたひりょは胸を叩いた。
「親切な兄ちゃん、わざわざありがとなー!」
(まぁ、我ながら損な性格だとは思うけどね‥‥)
男の子から声をかけられ春樹は苦笑するのだった。
「じゃあ、俺と行こうか。ちょっとの間だけど、よろしくね」
ひりょは笑いかけ、男の子の手を引く。
「‥‥あれ? 神社に行くならあっちじゃないの?」
「あ、ああ、そうだね!?」
いきなり方向音痴スキルを発動しかけて、回れ右をした。
「迷子のお届けです。‥‥いえ、私ではなくこの子ですから」
ひりょが(なんとか?)境内に設けられた案内所に辿り着くと、雫がいた。
「えっ、中学生に見えない? ‥‥無駄口を叩いてないで手続きしなさい」
憤慨する雫の隣にいる男の子が、ひりょたちを振り返った。
(あれっ‥‥)
「おっ、ユウー」
「あーっ、ナオ、いた!」
外見そっくりの、双子の迷子の兄弟は、互いの捜し人を見つけて歓喜した。
「ちょっと驚いたけど、無事合流できて良かったな──俺も持ち場に戻るか」
戻れなかった。
「うう、ここ、どこだ‥‥??」
ひりょ、方向音痴スキル全開。冷や汗で曇った眼鏡では現在位置の把握すらおぼつかない。
「誰かに助けを‥‥」
「何かお困りでしょうか」
ひりょに声をかけたのは、紺地に絞りの花が浮かぶ上品な浴衣を着こなした、樒 和紗(
jb6970)。
「し、樒さんっ」
和紗もまたスタッフである。しかも知り合いの登場に、ひりょは心底安堵した。
「‥‥ご案内しますよ」
和紗は微笑し、ひりょについてくるよう促すのだった。
●
「‥‥なぁ、姐さん」
「ちょっと待て、ここが勘所なんだ‥‥あ!」
ウサギの足が、ぽっきり折れた。
「ここの型抜き、難しすぎないか? 前も失敗したんだ」
「しかし‥‥なんだ、姐さん」
負け惜しみを言いつつさっき釣ったヨーヨーをぱしぱし飛ばしている絳輝の様子を、夢野は若干不思議そうにみた。
「悲しくはないのか?」
夢野も絳輝も、この祭りに思い出を持っている。そこに触れることは、一方でもう届かないものを、痛烈に喚起させる。
夢野は懐かしさと同時に虚しさを感じた。──では、絳輝は?
「あれから‥‥魂の磨き方、とやらを考えていたんだ」
絳輝が口にしたのは、今わの際に悪魔から告げられた言葉だ。
「だが、よくわからん! そこでだ、今日は深く考えず楽しむことにしたのだ──そしたらな、やっぱり一人で物思いしてるより、二人の方が楽しい」
夢野の方を見て、子供っぽく笑った。
「全部終わったら、世界に旅でも行くかな。あの桜よりこの祭りより、きれいな風景なんて、もっとたくさんあるはずなんだ‥‥」
「それで、いつかあいつに教えてやる‥‥とかか?」
「自慢してやるんだ! お前、やっぱりもっと生きてりゃ良かったのに、ってな」
「全部終わったら‥‥か。終わらせるのは、俺たちの仕事だ」
長く続いたこの戦いを止める。夢野は祭りの光景に、その決意を重ねて刻んだ。
*
「助かったよ樒さん。迷子の案内をして自分が迷子とか‥‥笑えない冗談だ」
ひりょを無事送り届けた和紗は、祭りの空気を感じながら通りを歩く。賑やかな一行の中心にサングラスの少女を見かけた。
「リュミエチカ。久しぶりです」
「カズサ」
相手もすぐに気づいたようで、小走りに寄ってきてくれた。
「浴衣なんですね」
「カズサも」
互いの姿をさっと見合う。
「似合っていますが‥‥ふむ」
和紗は袂を探ると、紅い花びらが大きく開いたコサージュを取り出し、金髪に飾ってやる。
「これでもっと可愛いですよ」
後ろから見ていたジェンティアンにも「ん。更に可愛くなった」と誉められて、リュミエチカは顔を伏せつつ。
「和紗は、きれい」
「‥‥俺ですか?」
お返しのつもりか不意うちを受け、和紗の頬に朱が入った。
「さて、俺は仕事に戻ります。‥‥もしまだたこ焼きを食べていないのなら、食べてみてください。美味しいですから。お勧めです。たこ焼き」
「たこ焼き」
「関西出身としては粉ものはソウルフードだよね、和紗‥‥って、あれ?」
和紗はさっさと背を向けて立ち去ってしまっていた。
「もう少しくらい付き合ってくれても‥‥」
「ジェン、たこ焼き食べたい」
つれないはとこを見送るジェンティアンの袖を、リュミエチカは容赦なく引くのであった。
●
小田切ルビィ(
ja0841)は気合いが入っていた。
次の校内新聞の記事はこれだ! とばかりに愛用のデジカメと妹の巫 聖羅(
ja3916)を引き連れて取材へGO。俺のジャーナリスト魂を見せてやる!
「──馬鹿よ、大馬鹿がいるわ‥‥」
やっぱり重体には勝てなかったよ──というアレ。先の大規模戦で大怪我を負ったルビィは、実はまだ絶賛療養中の身なのだった。
「そんな状態で取材だなんて信じられない‥‥!! ねぇ、ちょっとしっかりしてよ!」
「‥‥クッ、やっぱ療養中に取材すンのは無謀だったか‥‥」
聖羅は青い顔でふらつく兄の肩を支えたが、ルビィはがっくりと膝をついた。
「‥‥俺はもう駄目かもしれねェ。だが、人の命に終わりはあっても、このカメラに納めた瞬間は永遠に残るんだ‥‥!」
まさに命懸け。取材に全身全霊をささげる真のジャーナリストがここに!
が、聖羅にはドン退きされるだけだった。
「何言ってるのよホント馬鹿! 校内新聞の取材で死んだりなんかしたら、母さん父さんに申し訳が立たないじゃない!」
周囲の視線も気になるし、とにかく取材をすませて(兄の意識があるうちに)帰りたい一心の聖羅なのだった。
*
「空気が、変わったな」
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)はそう独りごちた。
祭りの方は相変わらず盛況だ。ラファルの言葉は、学園と自分を取り巻く環境の変化についてのものだった。天使や悪魔との戦いは大きく角を曲がり、新たな局面を迎えつつある。それに呼応するように、ラファル自身にも、このところは戦闘依頼への斡旋が増えつつあった。
「かと思えば急に祭りにでも行って来いって‥‥俺にどうしろってんだよ」
突発すぎて相棒の都合はつかず、結局独りで夜店を眺めて歩く他ないのであった。
「よ、叔父姫じゃねぇの」
「ラファルか。お前も来てたんだな」
見かけた知人に声をかける。叔父姫(おじき)こと藤忠は、ラファルに気づくと苦笑しつつ応じた。
「デートか?」
「この面子でどうしたらそう見えるんだ」
女の子一人に、男が四人である。
「暇してたんだよ。俺も混ざっていいか?」
「ああ‥‥チカ、構わないか?」
藤忠が見やった女の子は、口いっぱいに何かを頬張ったまま、こくり。
「祭りは初めてだって言うんで、案内がてら皆で遊んでたんだ」
「ふーん」
「よぉ、聞いたぜ。祭りは初めてか」
そこへ颯爽と──妹に肩を借りながらルビィが現れた。
「なら折角だし、記念写真撮ってやるぜ!」
「そうよ。良い記念になるし、写真撮ってみない? お友達も一緒にどうかしら?」
兄に肩を貸す聖羅もここは同調。
「写真なら、ウチが結構撮ったけどねぇ」
九十九が言ったが、
「岳雲も、一緒に写ればいい」
確かに、撮影者の九十九はほとんど写っていないのだ。
さらに、リュミエチカは。
「マサヤ!」
「うおっ‥‥なんです?」
通りがかった雅也を見つけると、「こっち」と呼びつけた。
「ジェン」
「──ああ、なるほどね。分かった。和紗を呼んでくるよ」
「ファーフナーさんも呼んできましょうか」
どうせなら、皆で撮ろうということだ。
久遠ヶ原の学生が集まっているので、何事かと人が群がりだした。
「何の集まりです?」
ひょいと顔を出したのは雅人と恋音。リュミエチカは、「写真撮る」と答えた。
「そうなんですね! 私たちも入っていいのでしょうか?」
「いいよ」
「‥‥お、おぉ‥‥そうなのですかぁ‥‥?」
「何かの出し物ですか?」
春樹もやってきた。
「問題でも‥‥ん、なんです?」
「何かやってるぞ、夢野!」
「姐さん、引っ張るなって」
雫に、絳輝と夢野も覗きにきた。
「どうかしたのかな?」
「よく分からないけど面白そうね!」
「くまー」
「来たのはいいですが‥‥竜胆兄、これはいったい?」
「なんだ?」「どうした?」
しまいには、一般客まで加わっていく。
「なんだか、すごい人数になったけど‥‥」
「よし、皆、撮るぜ!」
ルビィは構わず、フレームいっぱいに人を納めた。
そして──大人数の、今宵の記念写真が出来上がった。
ルビィは「やり遂げたぜ‥‥」と口元を満足げに歪める。
「皆、次の校内新聞を楽しみにして‥‥くれ、よな‥‥」
そして力尽き、倒れた。
「えっ、もしかしてこれ私が担いで帰らないといけないってこと!?
冗談じゃないわ‥‥ちょっと兄さん、兄さんってばぁーーっ!」
聖羅の絶叫が宵闇にこだました。
祭りは、まだしばし続く様だ。
ひっそりと記念撮影に加わっていた青い髪の女の子が言った。
みんなの物語がずーっと‥‥続きますように、と。