自分たちが企画した物語が、台本へと形を変えると改めてやり遂げなくてはと気が引き締まる。
「わたくし、うまく出来るとは思えないのですが……精一杯頑張りますわ」
ぎゅっと拳を握った長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)それに合わせるように首肯したメンバーを見守っていた楓に桜木 真里(
ja5827)は歩み寄る。
「常盤先生にもお願いしたい役があります」
「私に、ですか?」
●
「また…一足遅かったですね」
破壊の限りを尽くされた建物を目の前にそっと瞑目する。
数刻前までそこには、生化学の権威を集めた研究所があった。何の研究が成されていたかは公にはされていない。
相手の襲撃理由…それを不明瞭にさせるためにここまでの破壊活動を行ったのではないか――そう睨む者も居た。
その姿を高い場所から見つめ、息を殺して笑いを浮かべる黒い陰。手にしたチップを握りしめ粉砕すると巻き上がる砂と共に消えていく。
●
ヒーローでも日常がありそれは皆と変わらない。
「わぁ、可愛い」
狭霧 文香(
jc0789)は、ショーウィンドウを覗き込み感嘆の声を上げた。
「あの」
ガラス越しに目があった。
一瞬ならただの偶然。しかし、文香と視線の絡んだ青年は、じっと文香を見つめたまま。
「今日は冷えますね? お茶でもどうですか?」
「ぇ」
戸惑い気味の文香に、眼鏡の奥の瞳を細める。男は和也と名乗る常名 和(
jb9441)紳士然とした態度に警戒心は緩む。
「文香さんって言うんですね…貴女みたいな方、好きだな…」
重ねる会話の合間。向かい合った席で告げられる甘い言葉。文香はほんのりと頬を染め、戸惑い気味に自分の前に置かれているティーカップの縁を指でなぞった。役とは言え、好きの言葉は嬉しくもあり面映ゆい。
その表情に、カメラはぐぐっと寄る。
「俺は、貴女を好ましいと思います。貴女は…」
逡巡している文香に畳みかけるように問いかける和也を、ちらりと盗み見た文香は首を左右に振って、お願い……と呟く。
「わたしを、惑わせないでください…恋人がいるんです」
テーブルの上で握りしめた拳は熱い。それが、行方不明の恋人、玲を想ってか、目の前の和也へのものか分からない。
「惑ってくれるんですか? それなら可能性はあるってことですよね?」
そっと眼鏡を押し上げつつ重ねた和也は、ふっと口角を引き上げた。
(そう、そのまま貴女は堕ちてくれれば良い――)
●その頃
しんっと静まり返った無機質な廊下。足音が高く遠く響く。その音を最小限に押し留めるように歩みを進めるのは特捜課のみずほ刑事。
壁に張り付くように先の扉を睨め付けつつ、報告を終える。
調べによれば、この巨大な研究施設。表向きとしてはきちんとした体裁が整えられてはいるものの実体が明かにならず黒い噂が絶えなかった。
相次ぐ研究所の襲撃。発見に至らなかった学者達はここに捕らえられていると目星付けられた。一時でも早く捕まってしまっている人たちの安全を確保するため一人乗り込んだわけだが、
シュ…ッ
みずほが調査過程で手に入れたパスによって扉は開かれ、用心深く中を覗き込めば、ここが当たりだと得心した。
「もう安心してください。 さぁ、こちらへ!」
駆け寄った先、縛られた人々の縄を手早く解きつつ声を掛ける。人々の顔に安堵の色が浮かんだ。
必要最小限の物しか置かれていない一室。
窓に移る姿を嫌悪するように細められる瞳――
黒の騎士服に映える金糸。砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)の演技は始まっていた。
「くっ……またか」
突然襲ってくる頭痛にガラス戸に寄りかかるように肩を押し当て顔を覆う。顔の左半分を覆うマスクも苦渋の皺を刻んだ。堅く閉じた瞼の裏に浮かぶのは”誰か”の顔。その瞳に彼の心はかき乱される。
「…お前は、誰だ?」
痛みに掠れた声に誰も応えない。どんっと硝子を叩く音が虚しく木霊した。
「レイ様! 何者かが侵入しました!」
思案する間を与えられることもなく、騒々しく飛び込んできた部下を一瞥し、分かった。と一言告げマントを翻してレイは部屋を後にした。
●
「――はい」
普段は極普通の学生として生活している真里は、その知らせを学校で受けた。
「場所と現在こちらで分かっている情報をそちらへと転送します。文香と共に現場へ急行してください」
指令官役を引き受けた楓の僅かに緊張気味の声に頬が緩みそうなのを堪えて、真里は真摯に頷くと通話を終了する。
「狭霧」
『はい、指令受けました。途中そちらに合流できます』
移動開始しつつ続けて繋がった文香と手短にやりとりし、二人の現在地と目的地を表示させ急ぐ。
●
「こちらです!」
研究室を抜け出し外界を望む事ができるフロアへと続く扉を開いたところでみずほの目の前を何かが掠める。
ひゅっと空を切る音はぴしゃりと冷たく床を叩き、彼女の手元に戻った。
黒のピンヒールが奏でる高い音。カメラがその脚線美を撫でるように映し上げ、黒のボンテージドレスに身を包んだ女王様…もとい、女幹部(ユキメ・フローズン(
jb1388)顔は仮面で隠れているが、資料にあった幹部の女性に違いないとみずほは確信する。
「ここは通さないわよ」
手の中で束ねた薔薇の茨を模した鞭を打ちつけ妖艶な笑みを浮かべたユキメ。微笑んでいるハズなのに威圧的。背中に冷たい汗が滲む。
みずほが覚悟を決め背後にした人たちに脱出経路を示すと、活路を導き出すため――足に力を込めて蹴り出す一歩と同時に、ユキメの鞭が床を弾きそれを合図に控えていた黒スーツの男達が襲いかかる。
「みなさん! 早く逃げてください」
撃退士の動体視力と得意のボクシングを活かし、飛んでくる弾を左右、ダッキングで避け体勢を低くした状態で、迫ってきた男へと華麗なるアッパーを決める。
続けてかかってくる男の拳をスウェーで交わしカウンターパンチを決める。
「ちっ」
みずほに弾き飛ばされ床を滑り転がってきた男を、がっと踏みつけぐりぐりと踏みにじる。
「役に立たないわね」
吐き捨てた台詞と共に鞭打つ。冷視線を放ち、本当に、本当に……と重ねる度に鞭は唸り、男の体は小さく跳ねる。
「通さないと、言ったはずよ」
その隙に最後の一人を外へと誘導していたみずほを逃がすことなく、ユキメの鞭は彼女を捕らえた。
●
「大丈夫ですか?」
脱出してきた人々を無事保護したのは文香と真里。
「これで全員ですか?」
「分からない……私達は、わたしたち、は…恐ろしいこと、を…」
恐怖からか、支離滅裂な彼らから情報を得ることを諦め、安全なところへと促して入れ替わるように建物内に乗り込んでいく。
最奥の部屋と打ち破るように突入し
「そこまでです!」
「何者だ!」
「俺たちは」
「「クオンブレイカーズ!!」」
変身の掛け声と共に、辺りを光輝が満たし金の結晶が舞う。刹那視界を奪われた敵がそれを取り戻す頃には――
バサリ……ッ
ローブが靡き黒衣の魔導師は、魔術書を片手に柔らかく微笑む。
「俺の風の魔法、受けてみて?」
「行きます!」
文香の一声に戦闘開始。個の識別が難しい戦闘員たちへと一定の距離を保ち攻撃を仕掛けた文香の前に、すぅっと風の障壁が差し込まれる。それは一斉に襲いかかってきた、男達の攻撃をかき乱し文香を援護する。
●
「ははっ、やっぱり来てくれたんですね。待っていましたよ…!」
遅れて高見の見物をしていた和也は、魔法の力を使い戦っている文香を見つめにやりと笑みを深めたが、和也は異変を見逃さなかった。
「玲!」
文香は対峙した相手に息を呑んだ。どうして…と口内で呟き、信じられないと頭を振る。
耐えることのない魔法攻撃を交わし、僅かな隙を狙って打ち込む。
「っ」
レイは軌道を読み着弾の寸前マントを翻しバク転で交わし、続けて氷の錐を出現させ文香へと放つ。
「思い出して下さい。わたしのことを……!」
「私は氷将レイ。お前のことなど知らない」
双方の攻撃が重なり爆煙があがる。
視界が開ける前に、一閃が走る。文香はそれをロッドで受け止めた。
「玲!」
文香が恋人を間違えるはずはない。どれだけ彼を捜し求めていたか。
「っ」
呼ばれた声に、向けられた驚きを含んだ慈眼に――
何かが呼び起こされるようにいつもの頭痛がレイを襲う。顔を押さえ剣で文香を弾き距離を取る。
「今のは、何だ…。……フミ、カ? いや…違うっ! ええいっ」
脳内で明滅する記憶を否定するように、力を暴走させるように炸裂陣を展開する。集中力を欠いた攻撃が的を得るはずもなく…
「あぁ、なんだ……貴方が文香の恋人」
傍観していた和也は事態を把握し、哄笑あげる。
「俺のものにならないなら……」
いっそ! 言い捨てて握りしめた刀で切りかかった。
「狭霧!」
強い殺気を感じ取った真里は、攻撃対象を和也へと切り替え魔弾を放つ。鋭い風を交わし文香へと一直線へと走る和也。
「はは、ははははっ!!」
狂気に満ちた笑い声と共に重い一撃が文香へと襲いかかり、和也は確かな手応えを感じた。
「玲!!」
床を染める赤。がくりと落ちた膝。
「ああ…そう、か」
膝をつき恋人の体を支える文香。彼女を庇い、その身に太刀を受けた玲は、がふりと身の内から溢れ出てくる赤を解き放ち虫の息だ。
「僕の、文香。……思い、出したよ。僕は、平気だか、ら…」
「玲、愛しています。だからどうか……」
どうか目を開けて…続く言葉は涙で掠れる。
「泣かないで、文香……愛し…て、る」
静かに閉じられた瞳。うっすらと浮かんだ涙で縁取られた瞳はきらりと輝き、表情は穏やかだ――
「貴女がいけないんですよ…俺は、ずっと」
苦渋に満ちた声を絞り出した和也の台詞は
――ガウンッ
一発の銃声に遮られた。
「ああ、くっだらない! どいつもこいつも色恋沙汰に耽って……悪ってのはな、情に絆されたら終いだろうが」
「どうし、て…」
「はぁ? 正義の味方と通じた奴なんて信用できると思うかい?」
痛む脇腹を押さえ、膝を落とした和也たちをあざ笑うような高笑いが響く中、玲を腕に抱きこちらを見つめる文香に和也は切なげに瞳を細めた。
「貴女は、覚えていないでしょうね……」
俺を助けたことなんて、
あのときの貴女がどれほど魅力的だったかなんて、
眩しすぎた貴女を此方側へ堕としたかった。そして、俺だけの……
「もし…次があるなら…俺も…」
みなまで告げることなく、和也は床へと伏した――
「君が…相馬サクヤ…?」
悲傷の文香を庇うように前に出た真里は新たに現れた敵の姿に問いかける。
「そうだよ。君らに組織を壊滅させられ、帰る場所すらなくした残党だよ」
この場を束ねていた男、相馬サクヤ(咲魔 聡一(
jb9491)は挑発するように言葉を重ねた。
「おいで、ヒーロー諸君。望み通り戦ってやる」
●そして中庭
「来たね」
漆黒の翼を広げ高く跳躍したサクヤは銃を配下たちへとちらつかせ
「ちゃんと仕事しろよ?」
ぞくりとするような酷薄な笑みを合図に再び集結した男たちはブレイカーズへと遅いかかった。
「貴方たちを許すわけにはいきません」
ぐっとロッドを握る手に力を込めた文香に首肯し真里も魔術書を開く……。飛び交う魔法攻撃は人知を越え、人海戦術では到底叶わない。
「無能なクズ共め……変身!」
部下が尽きると同時に地面へと舞い降りたサクヤは砂嵐を起こし視界を遮るとその姿を変えた。
「改造人間マスキプラ、推参! お前等全員、肥料にしてやんよォ!」
怒号と共に地面が隆起し、巨大な食中植物が姿を現し二人を襲う。緊急障壁を発動し、それを交わした真里は怯むことなく次の攻撃を繰り出した。氷の錐が補食部分を地面へと張り付け双方砕け散る。
その欠片がサクヤの身体や頬を掠めじわりと血が滲んだ。続く文香の攻撃を予測回避で交わすが間に合わない! 直撃を受け(たように見せ)サクヤは派手に吹き飛び地面へと叩きつけられる。
「そこまでよ!」
玲瓏と響いた声に刹那音が消える。劣性と踏んだユキメは鞭で縛り上げたみずほを引きずるように連れ、細腕で引き上げた。
どんな拷問にあったのか、みずほの姿は痛々しい。服は破れ血が滲み、美しく整った顔は瞼が腫れ上がり切れた口元にはまだ乾ききっていない血が流れていた。
「さあ、大人しく私の下僕になり……」
「だめー! わたくしのことは構わず、彼らに止めをっ!」
「うるさい!」
ユキメの台詞に被り気味になったみずほを鞭の柄で殴る。口の端から零れ落ちた鮮血が地面を濡らす。
「放しなさい!」
「ふふ、言われて放すわけ、ないわよねぇ……」
訴える文香に、妖艶に微笑むユキメ。
「君達の思い通りにはさせないよ」
「何っ?!」
直ぐ側で聞こえた声。迸る光の閃光。
刹那逡巡したユキメは、ばっと攻撃を避けその場を退いた。
文香が放つ攻撃にあわせて、瞬間移動でみずほの側に出た真里は、みずほを無事確保して後退する。
●
未だ立っているのは、ユキメとサクヤのみ。
「覚悟、してください!」
「これで決めるよ」
真里と文香は背中をあわせ二人を見据える。その威圧感にたじろいだ二人へとめがけて――
「「クオンブレイク!!」」
掛け声とともに二人を巻き込む勢いでトルネードが放たれる。
ドゴォォォォォっ!!
「ここは引かせてもらうわ!」
直撃の瞬間、ユキメは鮮やかに撤退し、満身創痍のサクヤは惨苦を浮かべ……ふらつきながら苦々しく告げる。
「…いいさ、目的は果たされた…」
「何をいって……」
彼らの目的は世界征服のハズ……。
「少し考えてみるといい。その手で守ろうとした物が本当に正しいのか…」
言葉尻で砂嵐が舞い上がり、サクヤの姿を消し去った。戦いの名残すら感じさせない優しい風がクオンブレイカーズの頬を撫で、地面に積もった砂を泳がせた。
二人が終わりを確信し達成感と共に空しさを感じつつ息を吐いた時。
ドンッ!
ドカァァンっ!!
「ぇ…」
「研究所が…」
爆発した。
襲撃にあった研究施設から持ち出されただろう、データと最新技術諸共。
「彼の目的って」
「さあ、真実なんて分からない。彼の中にも正義があったのかもしれない…けれど、その方法はきっと間違っている」
●
次々に炎煙をあげる施設内スーパーコンピュータの前でサクヤは佇む。
「僕が支配する世界に。悲劇の種は要らないんだ…」
そこはサクヤを始め、数々の改造人間を排出してきた。その技術を修めていた…それらは今、灰になる…。
彼らのような悲劇は終わりを告げた――
ナレーションと共に、それぞれの思いを秘めた表情がアップとなりドラマは幕を閉じる。
「これ続編とか」
「いけるねー。いけるんじゃない?」
練りこまれたストーリー展開に演出。役になりすぎてしまった…と恥ずかしさを示したものが出るほどの役作り
制作スタッフの思惑通り、一度の放送後ネットなどで流れ話題となり局の知名度は、ぐんっと右肩上がりとなった。