●胸の内
集まったのは、八名の女性撃退士たちだった。相手が人間の形をしていようとも、中身は天魔、依頼は確実にこなすという心構えを持っていた。
それでも心の中はそれぞれである。
第一班の一人、エルム(
ja6475)は、人型であることや、赤い血や涙をディアボロが流したとしても、それで躊躇することはない。
同じ班になったオブリオ・M・ファンタズマ(
jb7188)は、自分も悪魔なれど、
(……酷いのです。何も悪い事をしていないのに、何でこの人たちはこんな姿に変えられたのです?)
と可哀想に思う気持ちも持っている。
第二班の紅鬼姫(
ja0444)は、
「遊んでいるつもりの様ですの……あまり舐めた真似をなさらないでいただきたいんですの。只の抜け殻に何を躊躇う必要がありますの?」
と、きょとんとしている。如何に人の姿を残していようとも、心のない抜け殻などに惑わされはしない。
同じく第二班の卜部紫亞(
ja0256)も同様に、見た目がどうだとか元は人間だからこう、という事はしない。残された女性は気の毒には思っているが、それはそれ、これはこれ、だ。
第二班の三人目、宮鷺カヅキ(
ja1962)も変わらず、相手がどんな形をとっていようが関係ないと思っている。
「悪趣味ですね……ま、自分が敵の立場でも同じことをしますけど」
と、紅に返しながら。
第三班の一人、神林智(
ja0459)は、
「……挑発のつもりですかね?」
と呟く。昔、自分の友人が同じ目に遭わされたという、苦い経験を持っているのだ。
第三班二人目の華愛(
jb6708)は、大切な人だからこそ、早く悪夢から解放させてあげたいと感じていた。愛する人が他人を傷つける姿を見たくはないのは当然の気持ちだろう。
もう一人の第三班、エレクトラ・マイヤー(
jb8244)は、
「こんなのはおとぎ話の中か、歌詞の中だけにして欲しいわ」
とこぼした。天魔が出てきて以来、おかしな敵が多すぎると溜息を吐く。
撃退士たちの胸の内はそれぞれだったが、ディアボロ討伐の意志は皆固かった。
●闇の中
宵の頃も過ぎ、季節柄もう周囲は暗闇である。繁華街から少し中の道に入っただけで、辺りは鬱蒼とした雰囲気に包まれていた。
事件があってから、この地区に立ち入ろうとする人間もいない。いるのは撃退士だけだ。そして、きっとどこかにディアボロも。
エルムはLEDランタンと遺体を運ぶ大きな布袋を持ち、ナイトビジョンを装備した。オブリオも身を潜める。
紫亞もトワイライトを発動し、エルムと離れて別の班で行動に移る。トワイライトの明かりのおかげで、カヅキは夜目が使える。紅も遁甲の術で探索に当たった。
第三班の明かりは、智から借りたフラッシュライトを華愛が持った。エレクトラは、ハイドアンドシークで暗闇に紛れる。
「うまく分かれて現れてくれると楽なんですけどね」
智はナイトビジョンを装備しながら呟く。三班に分かれたものの、敵が分かれて出現するという保障はない。事前に携帯電話の番号を交換し、各々が連絡をとれる状態にしておいた。
暗闇はどこまでも、深い。
●第一班・その一
何かが動いた気配がした。エルムは布袋を置き、戦闘態勢に入る。
ゆらり、と現れたのは、一体の人間型ディアボロだった。動画で見た通り、口は裂け、死んだ魚のような目をしており、いかにも映画で見るようなゾンビの状態だ。
オブリオはとっさにネクタイを確認するが、どうやら依頼主の夫ではないようだった。とても可哀想で、不可能だとしても助けてあげたいと思う。しかしエルムの言う通りで。
「ディアボロになった貴方を救う手段は、もはやありません。せめて少しでも早く楽にしてさしあげます」
そうなのだった。
一度戦うと決めたら、マントの裾を引き上げれば、オブリオはどれ程憐れんでいても躊躇う事なく斬れる。それが人間の形をしていようとも。そんな自分が怖い。自分の残酷な本性と向き合っているように感じて。だけど、今は必要な力だから、残酷にならなければ救う事は出来ないから、オブリオはマントの裾で口元を覆った。
「──それでは、始めましょうか。楽にしてあげましょう、屍人よ」
●第二班・第三班・その一
紫亞はトワイライトを発動しながら、物陰や上空を探索していた。
「左右上からの奇襲は基本よねぇ。灯りのお陰で位置を知らせているわけだし」
そこへ、ゆらり、ゆらりと二体のディアボロが現れる。
「こちらへ二体同時出現とは、ですの」
紅はすぐに敵を見つけ、三班の智に連絡を入れる。
二体のディアボロは素早く明かりを持った紫亞に襲いかかろうとしたが、カヅキが瞬時にオートマチックで援護射撃した。
そこへ、まだ遠くまで離れていなかった第三班の三名が合流する。
「一体だけでも、こちらへ来ればいいのです」
フラッシュライトを持った華愛がヒリュウを召喚し、注目を引く。振り向いた一体に、髪芝居をかける。
そこへ智が阻霊符を展開する。透過能力を無効化されたディアボロは、まっすぐに華愛の方に向かってきた。すかさずエレクトラが銃でディアボロの太もも辺りを打つ。赤い血飛沫をあげて左足が吹き飛ぶ。
ディアボロは体勢を崩し、片膝を着く。
「良い感じの闇夜ね、都合が良いわ」
見ればそのディアボロは、見覚えのあるネクタイをしていた。
生前の面影を持つ敵に対し、内心は動揺しても倒す事自体に躊躇はない智は、伏し目がちに苦笑した。
「……打ち倒して、人として葬る手伝いしか私には出来ませんから。せめてそれくらいは、躊躇わずに行いたいってだけです」
「ふふ、今宵も素敵な月夜が始まりますの」
紅は一体になったディアボロに不敵に微笑む。
「紅家の【首狩り】の名は比喩等ではありませんの。安心して下さいですの。綺麗に殺して差し上げますの。さぁ、還る時ですの……」
紅は武器の太刀を構える。
紫亞がL’Eclair noirで先制攻撃を仕掛ける。光線状になった無数の電撃が、女性の姿をかろうじて留めたディアボロの下半身を中心に貫いていく。
彼らが人間であったことは事実だろう。しかし、彼らが亡くなってディアボロになり手を血で染めたのもまた事実、とカヅキも銃で足を狙う。そして言う。伝わるかどうかはわからないが。
「人間だったのなら選びなさい。人の命を奪い続けるか、己が内の敵を討つか」
下半身に集中砲火を喰らって足止めされたディアボロを、紫亞はすかさずLa main de haineで拘束する。こうなればあとは紅が仕留めるだけだ。
紅は高く跳躍し、自分の体重を乗せた鋭い一撃をディアボロに振るう。
●第一班・その二
エルムは阻霊符を展開し、弥生姫を振りかざす。
「秘剣、翡翠!」
翡翠でディアボロの動きを止め、オブリオも足を拳銃で撃ち抜く。そのまま白眼幻想を見せ、完全にディアボロの動きを止めた。
きらり、と左手首に光るものが見える。腕時計だ。このディアボロは男性会社員だったのだろう。遺族に返すべきものかも知れない。
「見えました……末期の刃、受けなさい」
オブリオの言葉に、迷いはなかった。狙いを研ぎ澄ませた時、彼女の目が一瞬白く染まる。
両手で自分の身長ほどの大剣を持ち、心臓をめがけて一突き。エルムの鬼神一閃と共に、ディアボロの胸から大量の血飛沫が舞い、咆哮しながらディアボロは前のめりに倒れた。
「なるべく、原型を留めた感じで倒す……というお話しでしたね」
エルムは倒したディアボロを確認し、置いてあった布袋に仕舞う前にオブリオと共に手を合わせた。
オブリオはディアボロのはめていた腕時計を外し、血を拭った。時間を刻む針は止まってしまっているが、これは故人の遺族に返したい。せめて形に残るモノだけはそのままにしてあげたいものだから。
●第二班・その二
高く舞った紅は、そのままディアボロの首をきれいに刈り取った。派手に血飛沫が舞う。
若い女性だったはずのそのディアボロは、衣服も姿も生前の見る影もなかったが、右手の中指に指輪をはめていた。七色の石が並ぶ小ぶりのリング。これは恋人からのプレゼントだろうか? それとも家族からか。
紅が携帯電話でエルムから一体討伐成功の知らせを受けている間、カヅキはその指輪を抜き取った。
「仕事に感情を持ち込むなど、話になりません。けれどそうは言っても、依頼人や遺族への配慮も仕事のうち。これは遺族へ返しましょうか」
エルムから預かった布袋に遺体を入れ、指輪は自分のポケットに仕舞った。
●第三班・その二
ネクタイに目を留め、華愛はそれが依頼主の夫であると確認する。
「あまり、傷つけずに、出来ますか? なのです」
心臓を狙うと、ネクタイも汚してしまうかも知れない。首を落としても同じことだが。
そんなふうに考えながら、エレクトラが最後の一撃を狙いやすいように囮になろうとする。
(ゴメンナサイ……ゴメンナサイ、なのです。でも、主さまのところに、帰りましょう……なのです)
そこへ智が飛び込む。
「……今です、撃って!」
ディアボロに近づいていき、噛み付かれそうになったところをシールドでかばいながら、智は叫ぶ。
エレクトラの二対一組の黒色の銃から放たれた渾身の一撃が、まっすぐにディアボロの心臓部を貫く。
「死者は身動きなどせず、墓地で寝てるべきよ」
青い髪を乱しもせず、エレクトラは美しく一撃で仕留める事に成功した。
布袋を用意しながら、智は第一班と第二班に討伐成功の連絡を入れる。これですべてのディアボロを討伐できたようだ。
華愛はディアボロからできるだけネクタイを汚さないように外し、別に持った。
「討伐完了のようですね。お疲れ様でした」
エレクトラは淡々と任務終了を告げる。
「無事に全部倒してしまえば後は用はないし、さっさと帰らせてもらうのだわ」
討伐完了の知らせを聞いた紫亞は、そのまま踵を返して去っていく。
●葬儀
ディアボロ化した人間の遺体と、その遺品を持ち帰ったメンバーは、久遠ヶ原の職員にそれを託した。遺体はエンバーミングされて、遺族の元へと帰された。
葬儀はそれぞれ個別に行われ、遺品として持ち帰ったネクタイ、腕時計、指輪も遺族の手に渡ったようだった。遺族は泣きながら遺品を手にしていたという。
自分の意志で、それぞれの葬儀に参列した智は、涙は見せなかった。
ただ、生前の笑みをたたえた遺影を見ながら、昔躊躇った自分を繰り返さずに済んでよかったのだと感じた。