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陽光の下、鳥たちの羽ばたき。
最奥に、高所より弦無き弓を構え睥睨する金髪の使徒。
何故、執拗に此の地を狙うのか――、狙いは本当に『此処』なのか?
真相へ辿りつくことのないまま、撃退士たちは其の地へ向かう。
(……いろんな思惑があるんだろうけど……私のすることは、変わらないね……。……倒して帰る、それだけ)
大切なものを喪った。
大切なことを裏切った。
失態を、取り返す――
様々な『感情』が渦巻く中、ロキ(
jb7437)は淡々と、『撃退士』としての任務に集中する。
戦うと決めたからには、揺らがぬよう。
(使徒、ですか……)
天界からはぐれた身とはいえ、ウィズレー・ブルー(
jb2685)が何も思わぬということはない。
天使が、使徒へ力を分け与えるということ。
そこから生じる、リスクとメリット。知らないわけではない。
幾度となく攻撃・撤退を繰り返してきたということに、何かしらの目的はあるのだろう。或いは意地か。
ふる、長く青い髪を、ゆっくりと揺らし、ウィズレーは小さく首を振る。
(ここまで来た皆さんの想いの助けになる様、頑張らなければ……)
ここで、なんとしても使徒を倒す必要があるという。
ならば、やることは定まっている。
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「ここであったが百年目というヤツじゃな。面白い。――ここでやつばらを討ち果たし、王の威光を示そうぞ!」
ハッド(
jb3000)は闇の翼を広げるとともに、逸早く飛翔する。
サーバントたちの射程は先の戦いで見極めた。厳密に距離を図り、安全圏へと位置取る。
右方向へ滑り込む野崎が、硝子羽の一体に狙いを定めてマーキングを放った。直近の敵は味方がすぐに撃墜するだろうと予測を立て、その奥へ。
それを合図とするように、硝子羽たちが行動を始める。
「……勝てば良いのよ、勝てば」
口の端を歪めるのは常木 黎(
ja0718)。今までは、野崎と二人で硝子羽の捕捉をメインに動いてきた。
察知しにくい敵からの奇襲は、何よりの恐怖であると考えていたから。しかし、今回は――
硝子羽の動向を視認する一方で、銃を構え機を計る。
「参ります」
宣言と共に、ウィズレーが僅か、前進する。伸ばした指の先から、コメットを打ち下ろす!!
「何時もの事だけど、緋華ちゃん達ありがとうね。今回も背中預けたわよ〜」
「虜になるのは何羽かな?」
雨のようにアウルの隕石が降り注ぐ中、文珠四郎 幻朔(
jb7425)と神嶺ルカ(
jb2086)が交差する封砲で道を開ける。
遠く遠く伸びた二筋の衝撃波は、奥でこちらを狙う雷羽にすら届く。
「……スピード勝負、だね……」
一斉の範囲攻撃に耐えきった、前線の琴羽が行動へ移す前にロキはライトニングで撃ち抜いた。
逃さない。邪魔はさせない。
(振るう糸のようにか細くとも、繋ぎ、紡ぎ、通し、――貫くのみ)
「姫宮うらら、獅子として、参ります……!」
リボンを解き、白銀の髪の合間から獅子たる瞳を覗かせて、姫宮 うらら(
ja4932)は滑空して来る硝子羽の迎撃へ。
「うららちゃん、左へ避けて!」
黎の合図で羽を躱し、戦爪たる斬糸で絡め取る。
「か細き糸も、想い宿せば獅子の爪牙となりましょう」
五指を巧みに扱い、そのまま、切り裂く!
はらはらと、サーバントは羽を散らして地に落ちた。
「さぁて、Show Timeと行こうか」
黎の眼差しが、獣のそれとなる。
重心を低く置き、味方の初弾で減った敵へ射線を通す。
前衛陣に向けて移動を始めたサーバントの、集まったところを叩く!
アサルトライフルから、暴風のようにアウル弾が射出された。
広範囲に及ぶ弾幕が、初動に後れを取った雷羽たちを巻き込んだ。
「Drop dead!」
硝子羽の特殊性に警戒するあまり、今までずっと、雷羽による駆け引き無の攻撃に痛手を負ってきた。
後方支援はもちろん、長距離への射撃とて狙撃手の得意とする分野だ。
『いつもの』調子を取り戻し、黎が挑発するような薄笑いを浮かべる。
その肩を、野崎がトンと叩く。
「黎さん、そのままで」
「……」
そのままでいてほしい、そう思っていたのは黎の方だったのに。
「ずっと、眉間にしわ寄せっぱなしだったよ?」
暗い顔をしていたのは、野崎だろうに。
「硝子羽の追跡は、お願い」
「オッケ」
絞り出すような声で、黎は平静を装う。野崎もまた、装っているのだろう。『普段通り』の切り返し。
緋色の髪が、翻るように離れてゆく。
「硝子羽か……いくら姿を消せても、その瞬間を見られたら意味がないだろ?」
緋打石(
jb5225)は翼を広げるよりも早く銃を抜いた。
「当たれば脆い、……まさしくガラス、じゃな」
肩慣らしの初撃で撃墜する。
幾度も同種と戦い続ければ、『何』が脅威か見えてくる。
「これで最期にしてやろう……さあ! 華麗に決めようぞ!」
右側のサーバント掃討完了し、石が息巻く。
視界が広がり、行動が楽になる――
「拙い!」
と、同時に、一斉攻撃の合間を縫い、討ち漏らした琴羽が前衛深くへ進み出た。石が短く声を発し、黎と野崎が回避射撃のアウル弾を撃ち込む。
「文―― 幻朔さん!!」
夏草が叫び、旋風に巻き込まれた幻朔に乾坤網を展開する。
「先輩、ありがとう♪」
安堵の息を吐いたのは、事前に応援を要請していたルカだ。当人はギリギリで回避している。
「その調子で、ちょっと敵に突っ込んで呪縛陣もお願いしたいかにゃー?」
「僕の紙装甲、試してみる?」
そのまま駆けつけ、治癒膏を施しながら夏草はルカへ乾いた笑いを返した。
「後ろは、安心して僕たちに任せて。火力に期待してるよ」
「うふふ。今回の姐さんはもう攻撃バリバリよー! 防御? 捨てたわ!!」
大技も取得したんだから!
「ありがと、風太くん。私の胸に気を取られて流れ弾に当たらないでね!」
「なっ!?」
ウィンクを飛ばし、幻朔はルカと共に前線へ進んでゆく。
「……頼もしいなー」
へらりと笑い、宵闇の陰陽師もまた、続いた。
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「我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ3世。王である!」
上空よりハッドが高らかに名乗りを上げ、華々しくファイアワークスを散らす。
左側面のサーバントを、舐めるように爆炎が襲う。
「今なら、もう一度……」
ウィズレーは最奥で使徒を守る布陣を取るサーバントへコメットを。
重ねるように、黎がバレットストームを使い切る。
「The sky is the limit!」
――今日の引き金は羽毛より軽い。
前へ前へ、あの使徒へ弾丸を。刃を。届け、引きずり下ろすまで戦いは終わらないのだ。
「ジャマだジャマだあ!」
旋風を使い動きの止まった琴羽へ石の火遁が奔り、他方はロキが異界の呼び手で束縛する。
「……ん、今だよ……」
ささやかな声を聞き逃すことなく、うららが斬糸を放った。
長く、戦いを共にしてきた。
味方の声、戦いの癖が、なんとなくわかりはじめる。
小さなサインで、それと解る。
「文珠四郎さん! 神嶺さん!!」
サーバントを仕留めた斬糸を手元に戻し、うららが顔を上げる。
その時には、既に二人の剣は真っ直ぐに駆けていた。
土埃の舞う戦場を、幻朔とルカが走る。
全ての鎧を墜とされた、使徒を目指して。
「宵さん、元気そうだね!」
届くだろうか? 届くだろう。
ルカが明るい声で呼び掛けた。
全力で、傾けられるだけの攻撃を注いだ。その結果が、これだ……壁として鎧として、或いは矢として使役するサーバントを、先に全て撃破した。
「すっかり元通り。どんな魔法? 王子様のキスかい?」
「……さえずるな」
白いコートをはためかせ、宵が弓を向ける。しかし、彼女の射程では此処へは届かない――ルカの攻撃も届かないのだが。
「宵さんの主様、素敵な人だったね。また会いたいよ。……あなたを梃子摺らせれば、助けに来るのかな?」
(撤退はさせないよ)
不利と見れば、離脱する可能性もある。
それじゃあ、駄目だ。任務完了とはならない。
サーバント殲滅が任務じゃない、この場を凌ぐことが仕事じゃない、達成すべきは使徒を、宵を、倒すこと。
「護られて、宵さん、お姫様だね」
使徒の白い肌が、カッと染まった。
(地雷、ビンゴかな?)
ルカとしては、挑発というより気を逸らすことさえできれば――そのくらいの、軽い気持ちだったのだけど。
「……ゆっくりお話したいけど……、生憎そんな時間ないね……」
追いついたロキの声が、シンとした一瞬に響いた。
――雪水の貯蔵庫・魔力創造『スノーブロスプール・クリエート』
一時的に魔力を限界以上に引き出し、射程を延ばした一撃が、宵の足元、連絡通路の壁を穿つ。
「!?」
続けて連絡通路の壁、窓ガラスが飛散する。
「……いつまでも傍観なんてさせないよ」
「――っ、まだ、また、阻むというのか……撃退士!」
宵の顔がゆがむ。ここで引くことは、彼女の誇りが許さない。
有限の能力を、活用してこそ――
尽きたなら、相応の。
崩れた足場を滑り降りながら、弓に魔力を集める。
『春告』が放たれる!
「どこを見ておる!!」
空から、高笑いが響いた。
「天界の手先よ。王が、目にものを見せてくれよ〜ぞ!」
「ルカちゃん! ダブルセクシーショットの出番よ! ……私からの熱烈ラブレター、受け取って貰えるかしら〜」
上空から、ハッドが準備を整えての属性攻撃を。
地上から、幻朔とルカが、今一度の封砲を。
使徒の放つ光の矢とぶつかり合い、周囲は爆炎に包まれた。
「……別のところで出会えてたら、お友達になれたかもね……。さよなら、宵ちゃん」
攻撃に専念し、飛散する光の矢に飲み込まれながらも、幻朔は使徒から目を逸らさなかった。
彼女が、倒れてゆく様を。
●宵を照らす、氷れる華と、朝を告げる翼
羽音を立て、ハッドがゆっくりと地上へ降り立つ。
「……やった、かの〜?」
手ごたえは、充分だった。
地上のルカたち、そして足元を崩され、使徒の注意は完全に下へ向けられていたところへのハッドの登場。
堂々と呼びかけたところで、封砲との挟み撃ちに対応が間に合うはずもない。
「……そもそも、姿を消しての隠密行動に向いてる硝子羽を盾にしている時点で、間違っているとも思えたの」
二重の役割があるからこそ、こちらも攪乱され続けていたが……数に限りがあること、優先順位を見抜いてしまえば看破できないものではなかった。
歩み寄り、使徒の動きが停止していることを確認し、石が呟く。
「何があって使徒になったかは知らぬが……お前のことは記憶に留める。 安心しろ、お前は完全には『死なない』」
膝をつき、土に汚れた白い頬に触れた。生命の反応を示さぬ冷たい頬。
初めて姿を目にしたのは秋のことで、季節は巡り今は冬となっていた。
煮え湯を飲まされ、頭を悩ませ、追掛けて――
(使徒……宵、貴方の事は良く分からないけど……私の、私たちの為に……ゆっくりおやすみ……)
ロキも、知れずそっと息を吐きだし、ようやく肩から力を抜いた――肩に力が入っていたと、ようやく気付く。
「……ビル、壊しちゃったけど…… 大丈夫かな」
ぼんやりと呟けば、夏草が笑った。
「豪快に攻撃してたねー。けど、大丈夫だよ」
学園へ連絡が入った段階で、一般人は地下を使って避難しているはずだ。
使徒を撃破した今、安い代償に入る。
「お怪我、大丈夫ですか」
ウィズレーが、念入りに幻朔へヒールを掛ける。
真正面から、避けもせずに攻撃を受けている。相当な手傷だ。
「他の方も」
「そういうウィズレーさんだって」
野崎が横に進み、泥に汚れた彼女の頬にそっと触れた。
「綺麗な髪が台無し。ほら、動かないで」
応急手当で、簡単にだけれど治癒を。
誰もが負傷を恐れずに前へ前へと進んでいたから、その後のケアが賑々しいことになった。
「これで、終わったのでしょうか」
うららが、異変はないかと周囲を確認する。
あの天使が姿を見せないか……まだ、油断はできなかった。
「使徒を倒されて、顔を真っ赤にして復讐に来るような天使だったら、とうの昔に撃破されているよ」
どこか寂しそうに、夏草が言葉を添える。
四年前。シュトラッサーを囮にしてゲートを放棄し、離脱した天使。
その間にコアは撃破され、天使自身もダメージを受けたが、最終的にはシュトラッサーを回収し姿を消した。
「夏草君、あの天使について詳しいの?」
状況説明に、野崎が問いかける。
「名前だけ。『カラス』って名乗ってたね。本名ではないだろうけれど」
「それで、サーバントは鳥鳥鳥だったのかな? けど、夜は明けたね。ナイチンゲールもおやすみの時間だ」
「そういうこと」
ルカの言葉へ、夏草が頷く。
「使徒の回収に間に合わなかった以上、ここにあいつが姿を見せることはない。それは確かだ」
「そして、本命の土地は此処じゃなかった、か」
「前に姿を見せたからね、同時にゲート作成しているわけでもないと思う」
夏草は野崎の言葉に続けた。
一か所を執拗に襲い、得るとしたら、恐らくは住民の流出。
流れる先を、定めるため…… そう見立てるのが妥当だろう。
「『カラス』ねぇ……」
使徒を倒すというミッションだったから、その先について考えるものは誰もおらず、黎もまた疲れたように呟いた。
「絡まる糸のようですね」
それぞれの思惑が、手繰り寄せられ紡がれて。
うららが、拳をキュッと握った。
緋華は荒っぽく自身の髪をかき上げ、角の歪んだシガレットケースから煙草を取り出す。
火を点けないまま、唇に挟む。
「ひとつの話は、これでオシマイ。それはまた、別のお話―― そんなトコロ?」
●
秋から冬にかけての、小さな戦い。
あるものは過去へ贖罪を、あるものは過去を知りその先へ進みだす。
あの日から凍り付いていた時計の針が、動き出す。
「風太さんとは、これでお別れかな? ちょっと残念」
握手を交わし、ルカが笑う。
(ふふ、僕にしては珍しい。……誰とだって、次の保証はないのにね)
全ては一期一会。
それが、珍しく長く一緒にいたから、少しだけ変化が生まれたのだろうか。
「雇われる企業が、風紀委員のチェックに引っかからなければ、かしら」
「野崎さん、それ笑えない」
「で、風太くんはどう想ってるの?」
「え、何が?」
野崎の冗談へ苦笑を返す夏草の脇腹を、幻朔が小突いた。加減を間違えて、夏草が少々よろめく。
「うふふ……。分かってるくせに〜」
「幻朔さん!」
「あら、いつの間にか仲良し」
「妬ける? 緋華ちゃん」
「いや、1mmも」
そっけない返答に、夏草の表情が氷る。
「そんなことよりー。予定よりすっごく早く終わったから、報告書あげる前に何処か寄らない?
何か美味しいの食べて帰ろう。あったかいのが良いなー」
冬の、冷たい風が吹くけれど。
いつか何処かで、使徒を喪った黒衣の天使とまみえることがあるかもしれないけれど。
今は、一つの終焉に、心を暖めたい。
一つの季節を賭して戦った、仲間たちと共に。
――【氷華】 了