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マスター:佐嶋 ちよみ
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/11/18


みんなの思い出



オープニング


「夏草 風太」
 名を呼ぶ声は、とてもとても冷たいものだった。
「四年前。東海地方のとある地区に小規模ゲートが発生した。
企業撃退士の早期出動によってゲートコアは速やかに破壊、被害は最小限に食い止められた……。
新聞記事には、ここまで」
 ぱたり。
 使い込まれた手帳を閉じ、野崎 緋華(jz0054)は目を伏せた。
 『被害』に、『企業へ勤める一般人』は含まれていない。表の情報では。
 家族には納得させるだけの金を握らせたらしく、部外者である緋華が肩書も無しにそれ以上の調べをできなかった。
 その黒い手帳には、その頃から少しずつ少しずつ集めた『情報』がまとめられている。
「夏草くん。当時、その企業に居た、ね?」
「その件には、緘口令が敷かれていたはずだけど」
「フリーの情報屋と、久遠ヶ原のネットワークを甘く見ないで。……甘く見ていたのはあたし、か」
 宵闇の陰陽師・夏草 風太は感情の読めないアイスブルーの瞳で、自嘲してみせる緋華を見上げる。不揃いな紫紺の前髪が彼のまばたきに合わせて揺れた。

 夕日の差し込む会議室。
 二人の他に、人影はない。

「野崎さん、前に聞いたねぇ。『撃退士が裏切る、ってあるのか』ってさ」
「……ああ」
「あるよ」
「…………」
「撃退士だって、人の子だもの。組織があって、所属している以上は上下関係があるもの」
 淡々とした、風太の声。
「何をして『裏切り』とするかは、主観でしかないけれど」
「夏草くん、それは」
「主観で言うと」
 緋華の言葉を遮り、風太はパイプ椅子から腰を上げた。
 ほとんど身長差のない二人の瞳が、正面からぶつかり合う。
 互いに、凍てついた温度の。


「僕は、撃退士であることを裏切った。君の恋人を殺したのは僕だ。……野崎さん、ショートカットも似合っていたね」




 『伝書鳩』が、黄昏の空へと飛び去ってゆく。
 主である天使との連絡用に使役している小さなサーバントだ。
 白い翼を目で追い、それから金髪の使徒は手元に残された紙片を開く。
「まったく、物好きだよね我らが主様は」
 今後の指示はシンプルだった。
「私が忘れてたっていうのに」
 やたらと悪知恵の回る主を瞼の裏に思い浮かべ、溜息しか出てこない。
 紫紺の髪の撃退士。
 言われてみれば、宵にも見覚えがある――うっすらと、だが。
 四年という歳月は、人の世にすれば長い。
 顔つきも、それなりに変わるだろう。
「あの方の記憶ストックは、どうなっているんだろうね??」


 四年前。
 ここから離れた土地にゲートを展開したはいいが、結果は失敗に終わった。
 前線で戦った使徒・宵も手傷を負ったし、ゲート作成の術式を無為にされた主のダメージも大きなものだ。
 自分の力は、こんなものじゃない。もっと、もっと――
 もどかしさを抱える宵へ、黒き天使はカラカラと笑った。

「まあ、休暇をもらったと思って」

 思えるかばかやろう。
 うっかり、弦のない弓で撲殺しようかと思ったことも懐かしい。
「日本は、良い国だよ。宵」
 天使は肩にかかる黒髪を払い、金色の瞳を弓なりに細めた。
 『風を打ち消すもの』を意味する本来の名より、自身が好んで名乗るこの国の鳥の名の方がよほど似つかわしい、厭味ったらしい表情。
 能力が下がったならば下がったなりの、仕事がある。
 人間が持ちえぬ時間の尺度で考えれば、確かに『休暇をもらった』くらいに受け止めた方が前向きなのだろうか。
 ふわふわと羽の付いた脳みその主は、宵にとって不思議な存在だった。
 『天使』が全て、そういった考えであるわけではないということは知っている。
 上下関係に厳しく、どちらかと言えば人間社会に近いものすら感じる。
 それでも。
「私は、主様の使徒です。どうぞ、お好きに」
「物わかりのいい子は好きだよ」
 互いに、作り物の笑顔を張りつかせたビジネスライクな主従関係。
 割り切れるから、過度の期待をしないから、気持ちは楽になる――
 そんな関係もあるのだと、築けるのだと、主に出会って使徒になって、ようやく宵は知った。


 裏切ることの気まずさも、それを背負い生き続ける重さも、宵はとうに忘れてしまった。
 それこそが、『人間らしさ』だったろうに。
 そこにこそ、つけ込む天使がおかしくて、使徒は笑った。



●ひびと、日々
 使徒『宵』に関する情報をまとめ、見つめ、緋華は深く息を吐く。
「ゲートを破壊されたのが四年前、なら…… 主の天使自体は、能力が減退しているってことよね」
 力を取り戻すために、再度ゲート展開の機を伺っているという仮説は、アリだと思う。
 詳細な記録は残されておらず、天使の元の実力も、使徒へどれほどダメージを与えていたのかもわからない。
 風太へ問うことが一番だが、とてもそんな状態じゃなかった。
 緋華も、風太も。
 夕暮れの会話きり、地域警戒へと他の企業撃退士と共に風太は外出し、緋華も止めることはしなかった。
 あの場で、問い詰めたり逆上することもしなかった。
(だって)
 わからない。
 情報量が、多すぎる。

 直接 あのひとをころしたのは だれなの
 じぶんは 今まで だれを 追ってきたの

 喪って、悲しかった。
 力のない自分を悔やんだ。
 この手で報復を遂げられたのなら、そう思った。
 けど、それとは別に。
 別に、培ってきたものがある。
 久遠ヶ原へ来て、出会った友人がいる。
 風太と共に戦ってきたこと、それを『嘘』だと思いたくない。
「ダメだ。纏まんない」
 感情と事実を混ぜ込んでしまえば、判断が鈍る。
(今、重要なことは何?)
 緋華自身の仇討ち―― そうじゃない。
「そうじゃない」
 長い髪を振り、言葉にして、意識を明確にする。
「ここを、守る。敵を、排除する。シンプルだ」
 火を点けず、煙草を咥える。淡い香りが少しだけ、心を落ち着かせた。
 



『お前も撃退士だろう、わかっているはずだ。何が大事か。守るために、何を優先するか』
 嗚呼。
 自分の心の、奥底深くに沈めて沈めて沈めてきた記憶だった。
 ふかりと浮上してきたそれを、風太はもう留めることができなかった。
(なぁんで、此処に戻ってきたんだっけねぇ)
 自分にとって、忌まわしい土地であるはずだった。
 罪滅ぼしをしたかった?
 だったら、もっと早く緋華へ打ち明けていただろう。もっと詳細に、当時の話をしただろう。

『おれのね、恋人なんです。美人でしょう』
 得意げに、シガレットケースの内側へ貼られた写真を見せるサラリーマンの、人の好い笑顔。
 それを守る立場にあるということが嬉しかった。

『夏草さーん』
 微塵も疑うことをせず、自分へ背中を預ける久遠ヶ原の撃退士たちを思い起こす。
 時は、流れているのだと感じた。


「ようこそ、裏切り者。ゴキゲンいかが?」
 金髪の使徒が、優雅に微笑み風太へ手を伸ばす。
 それを取ろうとはせず、風太は曖昧な笑みを返す。
「今宵はお招きいただき、光栄の極み」
 彼の足元には、魔法の矢で貫かれた仲間の企業撃退士が転がっている。
 絶命はしていないだろうが、意識を取り戻したところで重体で動けないだろう。
 後ろ手に隠した携帯で、風太は素早くメールを打つ。
(信じてくれとは、言えないけど)
 無視されなければ、上々だ。
 スマートフォンではなく、携帯からのアドレスということで、察してくれるといい。
 願いながら、風太は送信ボタンを押した。


 『宵はビルの屋上 地上は囮 加勢までひきつける』





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リプレイ本文


 黄昏時をとうに過ぎ、夜空に星がチカチカと灯る。

「緋華さん……」
 先を走る緋色の髪へ、常木 黎(ja0718)が呼びかける。
 久遠ヶ原から応援が到着してからも必要最低限の情報提供のみで、野崎は屋上への階段を駆けていた。
 陰陽師の『告白』については報せを受けていた。
 しかし慰めも同情も叱咤も、今、この場での言葉ではないような気がする。
「……さぁ、戦争の時間だ。スカし面を引っ叩いてやろう」
 黎自身、気づけば俯いていた。顔を上げ、緋華の背を軽く叩く。胸中に溜まっているだろう澱を、吐き出させるように。
(ふ〜む。よ〜わからんが、緊急事態のよ〜じゃな)
 先行するハッド(jb3000)は、案内役の風紀委員が精神的にやや不安定であることを空気から感じ取っていた。かといって、何をしてやれるでもない。
「影野ん」
「ああ」
 先頭を行く影野 恭弥(ja0018)は足を止め、ハッドに応じる。
「援護は先行組のタイミングに合わせる。後ろは気にするな」
 ハッドにダークフィリアを掛けられた恭弥は先をメンバーに譲る。いつでも援護射撃を繰り出せるよう準備を整える。
 つ、と姫宮 うらら(ja4932)が野崎に追いついた。
「野崎さん。こちらを、預かっていただけますか」
 解いたリボンを、その手に預け。
「私にとって、大切なものです。必ず、受け取りに戻ります。ですから……今は、互いに為すべきことを」
 白銀の髪が、心許ない電灯の下で輪郭を強調した。
 カチリ、視線を合わせたのは一瞬。
「大事にするよ」
 一言残し、野崎が先陣を切った。

 古びた金属製の扉が開く。
 冷たい夜風が吹き込んできた。




 先制の銃声に合わせ、うららが飛び出す。
「獅子として、参ります」
 闇の中、ずらりと照らし出されたサーバント。その向こう、両側を挟まれる形で陰陽師が居る。
 彼がどんな思いを抱えているのか、向き合うまでにはとかく敵を倒さねばならない。
 陰陽師の足元には、倒れている撃退士の姿。
(決して、斃れは致しません。斬糸を振るい続けましょう)
 先制攻撃でダメージを負った一番手前の琴羽へ、戦爪を十字に斬りつける。
「……っ、はァ!!」
 羽を散らし、サーバントは切り裂かれた。
 そのまま前衛を務める獅子たる少女へ、滑るようにしてもう一羽の琴羽が接近する。
 クルリと身を返し、長い尾から衝撃波を繰り出す――【風切】だ。
「うららちゃん、足元くるよ!」
 駆けつけた黎が、注意喚起と共に回避射撃を放つ。敵の狙いに気づいたうららが、間一髪で難を逃れた。
 その間に、出入口の屋上へと登っていた恭弥が【禁忌ノ闇】による強烈なアウル弾で動きの止まったところを撃ち抜く。
「脆いやつらだ」
 感慨もなく呟き、闇より深い闇に同調した恭弥は射程圏内の獲物を探る。
 潜行状態で気づかれることなく高所を取ることに成功した今、狙撃手は射程圏内に入る敵を落とすことに専念する。
 イカロスバレットも惜しみなく使ってゆく。一撃、一殺。
「派手に暴れるわよ〜」
 拳を鳴らし、文珠四郎 幻朔(jb7425)が後に続いた。
(今日は、お話出来るのかしら?)
 照明によって仄かに浮き上がる金髪の使徒が遠くに見える。
「ルカちゃん、石ちゃん、行くわよ!」
「『借り』は、きっちり返さねばな」
 幻朔の声に合わせ、緋打石(jb5225)もまた銃を構える。
 狙いは、直近の雷羽。
「安心しろ、楽に撃ち殺してやる。……だから、動くなよ?」
 単独で飛翔しているところを、前回は石が撃ち抜かれた。
 そこから学び、高度を維持しながら周囲との連携に重きを置いて石は羽ばたいた。
 幻朔が片翼をアウル弾で吹き飛ばすタイミングに続き、石はその胴体をしっかりと狙い撃破する。
「んー……夏草さん、使徒と何の話を…………。ううん、今は目の前のことに、集中しなきゃ……」
 思考で止まりかける足に気づいて、ロキ(jb7437)は長い髪を振った。
「……ん、道を、つけるよ……」
 入り口付近の敵は既に掃討されており、ロキは接近を始めていたフィールド左手のサーバントへ魔法を走らせた。
(……魔法には……弱いんだね……)
 疾駆する黒き雷が、一撃で琴羽を打ち砕く。
(魔法が得意って事は、もしかして宵ちゃんは物理に弱いかしら?)
 その様子を肩越しに確認した幻朔が、ふと考える。
 琴羽は物理攻撃に特化したサーバントだ。それが、魔法攻撃には弱い。
 何かを突出させるために、弱点も出来ている?
 それらを上手く組み合わせることで打破の難しい状況を作り出していたが、今回はこちらから積極的に攻撃を仕掛けることで、少しだけ崩すことができている。
 なんだかんだで、ぶつかり合うのも三度目。
 こちらも力押しだけではない、と言うことだ。




 数秒の差で最後に飛び込んだのは神嶺ルカ(jb2086)。
 一目でそれと解る『異常な光景』であった。
 久遠ヶ原の救援部隊にだけ、サーバントたちは襲い掛かっている。
 夏草は一人、その場に立ち尽くしたまま――標的にされていない。
 サーバントを押さえる仲間たちの合間を縫い、ルカはそれでも夏草の元へ。
 正しくは、その足元に居る戦闘不能の撃退士を救助するためだ。
 あの様子であれば、夏草は放っておいても大丈夫だろう。
 ルカは最終的に幻朔と合流し、使徒へ攻撃を仕掛ける予定だが、その前にやっておかなきゃいけないことがある。
「やあ。綺麗な夜だね、夏草さん」
「神嶺さん……。ゆっくり月夜の茶会でも、なんて空気じゃないのが残念だ」
「お誘いだったらいつだって大歓迎。だけど今は、こちらの彼とデートしたいかな?」
 夏草から、目くばせ一つ。
「出し惜しみは、しないさ」
「……ありがとう、夏草さん。行ってきます」
 つい先の戦いで交わした会話をそのまま重ね、ルカはそっと意識不明の撃退士を抱き上げた。
「重いー! 緋華さん、パス!!」
「えっ」
 細身の青年を野崎へ預け、「それじゃ」と夏草へは片手を挙げて、ルカは幻朔たち最前線の元へ合流していった。
(傷は塞がってる…… 治癒、掛けたんだ)
 夏草は、動かなかったのではなく……動けなかった?
 重体の撃退士を守るため?
 問答はしていられない。
 ひとまず入り口の物陰へと、野崎は撃退士を連れていった。

 恭弥のアウル弾が、ロキの雷撃が、迫るサーバントを撃ち抜く。その隙に、うららは夏草と正面から向き合った。
「姫宮うらら、久遠々原の『撃退士』です。『貴方は』?」
 ――撃退士であることを裏切った
 彼の告白が、言葉通りであるのなら。
 夏草 風太という人間は『撃退士』という存在を誇りに思っているのだろう。
 意にそぐわぬ行動したからこそ『裏切り』だなんて言葉を用いた。
 では、今は?
「期間限定『裏切り者』だよ、姫宮さん。加勢はできない」
(期間、限定……?)
 もっと引き出したいことがあったが、使徒に従う雷羽から幾度も魔法攻撃を放たれ、うららは移動を余儀なくされた。




「経過はいっそどうでもいいさ。勝たないと全てを失くしてしまう」
 神経を研ぎ澄ませ、黎は広い屋上の全体を視野に納める。
「黎さん、どう?」
「どこからが使徒の射程圏内なのかわからないのが不気味」
「だねぇ」
 後方支援へ戻った野崎も嘆息する。
「今回の硝子羽は、使徒にとって使い捨ての盾なんだろうね」
 事前情報として受け取っていた数と狂いなく揃っていることを伝え、さてどう攻めようか黎は考える。
「排除できれば撃破できなくて良し、あの薄羽を自由にする方が怖い。マーキング・索敵で把握の補強しておきたいんだけど」
「それでいこう」
 悩んでいる間に、範囲攻撃を撃ち込まれたらアウトだ。
 短く頷きを返し、野崎は黎と逆方向へと駆けて行った。

(あいつ……、プライドが高そうだな。あの時の、己の戦力を誇示するかのような無意味な空砲、これは……)
 宵と初めて対峙したことを、石は思い出していた。
 慢心とも思える態度は、必ずや隙になる。
「使徒めの最大射程がどの程度か、把握しておく必要があるの〜」
 同じく翼を持つハッドが、石へ肩を並べた。
 もう少し踏み込めば、ハッドの射程に入る。
 しかし、それが相手も同等だった場合……下手をすればハッドの場合、命に関わる。
「どちらかの照明を破壊して、他よりも薄暗い箇所を作り出してみようかと思うんじゃがの〜」
 テラーエリアを活用すれば観察もしやすくなるだろう。
「それは、味方に影響デカイんじゃないか?」
 事前に打ち合わせしているならともかく。急に光源を一つ失えば、影響は不要な部分まで及ぶだろう。
「ふ〜む……」
 石の言葉も、もっともか。ならば、なんとする?

「右手硝子羽、【硝子化】!」

 黎の厳しい声が、石たちの下を飛んだ。
「見えないところからって、ワクワクしちゃうね」
 右側面を固めていたルカが喉を鳴らす。
 硝子化したということは、突貫による強力な攻撃はないということだ。不意打ちにさえ気を付ければ……
 ゴゥ、
 風が鳴る。
 鳴った。
 思った時には、吹き飛ばされていた。
「逆方向からとか…… あたたた」
 気を失うまではいかないが、強烈な攻撃がルカを襲った。
「……ん、……あなたたちが居ると、先に進めない……」
「ゆ〜ちょ〜にも、しておれんの〜〜」
 後方へ詰めていたロキが異界の呼び手で突貫してきた硝子羽を束縛し、ハッドが痛烈な魔法を叩きこんだ。




(一か八か……じゃが)
 被弾を恐れていては、らちが明かない。こうしている間にも敵は動きを見せている。
 石は翼に力を籠め、夜空を滑る。
 上空からは、光の矢を番える使徒の姿が良く見えた。
「……来るぞ!!」
「今宵。己が心のまま、獅子として貫き通します!」
 うららは、死活を発動し敵の懐へと飛び込む。
「はぁい、また会えて嬉しいわ。……宵ちゃんって北欧系かしら?」
 余裕を絶やさず、幻朔は相手の気を逸らすように。
 やがて光の矢が降り注ぐ。
 黎の回避射撃を受けて幻朔は攻撃をかわし、うららは死活の効果で現状を耐えきる。
(……この、タイミング!)
 すかさず、ルカが封砲を撃つ――美しく真っ直ぐな攻撃は、飛来した硝子羽が壁となる。
「まだまだ!!」
 連弾――考えていたことは、相手もこちらも同じだったようだ。

 宵は、更に遠くの、ハッドやロキを狙い。
 ルカは、再度、宵を狙い。

 強力な攻撃を放つため無防備になったところへ、盾となりうる硝子羽も消耗した状態。
「鳥は、闇の中では目くらになるか!!」
 迂回して飛んでいた石が、宵の側面から目隠を仕掛ける。
 呼吸を合わせ、ルカの封砲が直撃した。




 ばさり

 闇の底、深く深くから羽ばたきの音が昇ってくる。
 そうだ、地上では地上で、サーバントが押し寄せていた。
 そこにはそこの指揮官が居ても不思議は―― 指揮官?

 猛禽類のような黒い翼を広げた青年が、フェンスを越え着地して、宵を抱き上げる。
「大切な子だから、此処で壊されてはたまらない。今日のところは連れ帰らせてもらうよ」
 気絶している宵の金の髪を撫で、青年はのんびりと告げた。
「あなたが『主様』?」
 ルカが問うた。青年は喉の奥で、くつくつ笑った。
 否定せず――黒髪金瞳の天使は名も告げず、黒衣を翻して闇へ溶け、消えていった。
「……逃したか」
 夜目を発動し、去り際を狙おうと試みた恭弥だったが、飛行速度が優った。
「天使か」
 無感情に、呟く。
 全員で畳みかけていたなら、倒せた使徒かも知れなかった。
 詰めの甘さが結果を呼んだ形となった。

「姫宮さん!」
 死活の反動を一身に受け、崩れ落ちたうららの身体を、夏草が駆け寄って抱き留める。
 微量ながら、治癒膏による回復を。
「風太くん。いい男ってのはね、過ちも含めて自分から逃げないものよ。お話、聞かせてくれるかしら」
 その背へ、幻朔が声をかけた。




 会議室へ戻り、応急処置をそれぞれ終えて。
「今回は、場を掻き乱してすみませんでした」
 最初に、夏草はそう言って頭を下げた。
「僕と、あの使徒は面識があったんだ。四年前、別の企業で。多くのサーバントを従えて襲い掛かって……企業撃退士は、選択を迫られた」

 サーバントたちを食い止めなければ、被害は拡大するばかり。
 圧倒的に戦力が足りない。時間が無い。

「僕は、よく見知った人たちの腕を振り切って、戦場へ行った」

 撃退士であることを、裏切った。
 守りたい、守るべき、眼前の人々へ背を向けた。

「結果、使徒を撤退に追い込んだ。他の地域で主がゲートを展開していて、その足止めと目くらましの襲撃だったんだ」
 そこからの動きは速く、コア破壊により敵の目論見は潰えた。
「大惨事は防ぐことができた。でも、防ぐことのできなかった悲劇を、企業は無かったことにした」
 企業としての面目であるとか。
 撃退士たちの活動における民間人からの評判が悪くなることを恐れてだとか。
 理由ならいくらでも。
「当時の話を持ち出されたって揺らぐつもりはなかった。けど、同僚の命を天秤に掛けられて。
僕への指示は『そこから動くな』だけ。底の見えない行動だけで、人の心は容易く惑うからって……。そんなこと、なかったね」
 重体の同僚は、一撃でも攻撃を受ければ命を落としかねない。どうあっても最後の最後まで、夏草の動きは封じられる形だ。
 覚悟を決めたつもりでいたが、久遠ヶ原の撃退士たちは真っ直ぐだった。

「失われた物はどんなに望んでも戻らないけど」

 ルカが、ポツリと言葉を発する。
「心残りを忘れる必要だって無いし」
 静かな声に、野崎もゆっくりと顔を上げる。
「立ち止まらずに置いて来てしまう物だってあるし、足踏みして逃してしまう物だってあるし……」
 自身の過去を語ることの少ないルカは、誰にも語らぬ過去を指折り数えながら言葉を紡ぐ。
「だから、ただ現状を受け入れようって。僕は、そうやって生きてるよ」
「自分がお前を見たらな……。平気な顔で何度も裏切れそうにないぞ?」
 本気の裏切りであったなら、ぶん殴るつもりだった。
 そう続けて、石はカラカラ笑う。
 夏草が申し訳なさそうに再度、頭を下げた。
「使徒を撃破したなら、この土地を奴らが襲う理由も力もなくなるはずだ」
「黒づくめの天使が、介入してこなければって条件付きだね」
 野崎が続けた。その指先には、リボン。
 もたれかかるように気を失っているうららの髪を、小器用に編み込みしている。
 どこか間の抜けた光景に、ようやく黎は肩の力を抜いた。
「……全部、終わったらさ。呑みに行こうよ、緋華さん」
「いいね。……そういう約束、あたし好きだよ」
「使徒めの弓の射程、さほど馬鹿げた長さではなかったの〜」
「んー……。バッドステータス系を、使ってこなかったのは…… 射程が短すぎる、から?……」
 警戒を重ねていたが、それ以前の長距離攻撃で攻防は終わってしまった。
 ロキは思い返し、やや肩透かし感を覚えた。


 使徒を、倒す。
 目標が現実味を帯びてきた。
 次に、対峙した時こそ。






依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 撃退士・姫宮 うらら(ja4932)
 宵を照らす刃・神嶺ルカ(jb2086)
重体: −
面白かった!:7人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
筧撃退士事務所就職内定・
常木 黎(ja0718)

卒業 女 インフィルトレイター
撃退士・
姫宮 うらら(ja4932)

大学部4年34組 女 阿修羅
宵を照らす刃・
神嶺ルカ(jb2086)

大学部6年110組 女 ルインズブレイド
我が輩は王である・
ハッド(jb3000)

大学部3年23組 男 ナイトウォーカー
新たなる風、巻き起こす翼・
緋打石(jb5225)

卒業 女 鬼道忍軍
撃退士・
文珠四郎 幻朔(jb7425)

大学部6年57組 女 ルインズブレイド
氷れる華を溶かす・
ロキ(jb7437)

大学部5年311組 女 ダアト