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マスター:佐嶋 ちよみ
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/10/25


みんなの思い出



オープニング

●かえることのできない、あした
「お前は何だ?」
 繰り返し繰り返し、今でも夢に見る。

 ――自分は、何だ?

 問われるまでもない。
 けれど答える声が出てこない。
 力を手に入れ、制御の術を身につけ、恐れるものなど何もないと そう、思っていたのに。

 繰り返し繰り返し、今でも自身へ問いかける。

 自分は、何だ?



「裏切り者」




「あるのかな」
「うん? ごめん、聞こえなかった」
「いや、忘れて」
 下らない私情だ。聞こえなくてよかったと心の片隅で安堵し、野崎 緋華(jz0054)は顔に掛かる髪をかき上げた。
「また、……来るんだろうねぇ、アレ」
「だろうね。なんか悪いなー、いつ来るともわからないのに常駐してもらって」
「いや、それは構わないんだけどさ」

 東海地方、某地区。
 複数企業が合同出資で撃退士を雇用している街で、シュトラッサーが姿を見せ、サーバントに襲われる事件が起きた。
 企業撃退士が居るくらいだから、天魔被害は大小さまざま発生している土地であり、そこで働く一般人たちも避難行動には慣れている。
 といっても、はぐれのディアボロ、サーバントといったものがほとんどで、今回のようなケースは初めてに近い。
 何らかの意図を持っての行動であれば、再びの襲撃もあるだろう。
「できれば、次に対峙する前にかき集めたい情報はあるよね」
「目的……か」
 一つのビルの会議室で、久遠ヶ原から派遣されている緋華と向き合っているのは、現地の撃退士・夏草 風太。
 飄々とした態度で真意を見せない、宵闇の陰陽師だ。
「周辺の力関係の都合で、野良が流れ込みやすい土地柄ではあるんだよね」
「経済力のある都市部だと、企業撃退士が充実してるしね」
「ここだって、去年ようやくの撃退士雇用だよ……。それでも、頑張って下級対応がようやっとだからね」
 面目ない、風太が苦く笑った。

 天魔にとって、一般人とは糧だ。
 基本的に無差別な殺しはしない。
 するのは、主を失った意思持たぬディアボロやサーバントくらいだ。
 そこへ、意思を持つ使徒が姿を見せた――。その意味を、考える必要はあるはずだ。

「ゲート作成の下見、とか?」
 昨年から今年にかけて、緋華自身が振り回された事件を思い出す。
 ヴァニタスが暴れている隙に、別の土地で主が術式を完成させていたという件。
 そこで、緋華と風太は出会った。
「本命がここじゃない場合もあるし、次は違う場所を打診に訪れるかも、ってことか」
「うん、そんな感じ。そうなると、ここで待機してても無意味になっちゃうね……。
……宵、だっけ。イミわかんない敵だったけど、愉快犯とか気まぐれ襲撃ってタイプでは、無かったよね」
 個人的な行動、ではないように思えた。
 本来、シュトラッサーもヴァニタスも主ありきなのだから、当然と言えば当然だが。
「……夏草くん?」
「あ、何?」
「顔色、悪いよ。疲れてる?」
「はは、それは、……まあね。待つだけの身もなかなか切ないやねー」
「ばか言ってないで。周辺警戒はあたしが請け負うよ、仮眠室で少し休んだら?」
 ぺし、はぐらかそうとする風太の頭を、緋華が分厚いレポートで叩いた。
「いやいや、さすがにそれは」
「ここで、強制的に意識を刈り取ることもできるけど」
「……できれば、もう少し色気のある手段が嬉しいね」
 拳を鳴らした緋華の前に、風太は降参のポーズをとった。




 ビルの屋上に出た緋華は、強い風に片目を閉じる。
 それから、スマホがメールを受信していたことに気づいた。
 個人的に交友のある、多治見の情報屋・陶子からだった。
「あ、使徒の件……。さっすが、仕事早い」
 前回の接触で写真撮影に成功したことから、そちらを回して過去に事件例が無いか依頼していたのだ。
「……え、あれ?」
 四年前。
 東海の――
「うそ」
 嘘。

『服装・容姿はだいぶ変化しているけれど、基本的な特徴は押さえているから同一だと思う。
その時は名前なんて聞くこともできない状況だったって』
 
 その一文が目を滑ってゆく。
 この街からは、遠く遠く離れた、そこは。
 緋華の恋人が勤めていた企業のある場所だった。

『かなり凄惨な事件だったから、それ自体も印象に残ってたんだけど。
結果として得た、敵に関しての情報があまりにも少なかったというのも珍しくて』

 それは
 だから
 そこに
 『撃退士の裏切者』が居たと、囁かれる原因になった事件。
 敵に通じ、手引きをしたのだろうと。

「なんで?」
 緋華の声が震える。
 どうして、あの時の使徒がここに来るの?

 ――かたきうち、になるのだろうか 

 あの使徒を倒せば、直接的な、それになる?
 裏切り者は、どうなる?
 仇を討ちたいと思って、学園へ来た。撃退士になった。天魔を狩り続けてきた。
 あのひとを死に至らしめた『裏切り者』に天罰が下ればいいと、機があればこの手でと、風紀委員に所属した。
 青天の霹靂、とはよく言ったもので――
「どうしよう」
 思考の整理ができない。
 理性と感情がグチャグチャに入り乱れる。
「どうしよう」
 独りではいたくない、でも誰の声も聴きたくない。
 下から吹き上げるビル風に髪を躍らせ、そのまま緋華は座り込んだ。




 ――撃退士が裏切る、ってあるのかな
 緋華の落とした言葉が、風太の耳の奥にこびりついている。
 ああ、あるだろうさ、撃退士だって人の子だもの―― そう、笑って流すことができなかった。
(失敗、したなぁ)
 怪しく思われただろうか。
 そも、彼女はなんでそんな問いかけをしたのだろうか。
 仮眠室のベッド、枕に強く顔を押し当て、風太はこれまでの記憶を辿る。
(久遠ヶ原の、風紀委員……)
 出会った時は、まったく違う土地でまったく違う事件だったから、意識をしていなかった。
 意識もされていなかっただろう。
『夏草くん?』
 見上げられて、心臓が止まる思いをした。
 彼女とはほとんど身長差が無いから、これまでそんな機会が無かった。
(思い出した)
 自分は、彼女を知っている。
 あの表情を知っている。
 髪の色も長さも瞳の色も変わってしまっているけれど、それはつまりアウルに目覚めた前後と言う違いなのだろう。
 つまり、『あれ』から彼女は撃退士になったのだろう。
『裏切り者』
 今朝、起きがけに見た悪い夢が蘇る。
 緋華の声で再生される。
 ちがう、と彼女の前で言い切る自信がなかった。
(まずい)
 いつだって、覚悟をして生きてきたつもりだったのに、強く感情を揺さぶられている。


 最悪のタイミングで、スマホが鳴動した。



●奏でる調べ
 対応に飛び出した企業撃退士たちが、次々と崩れていく。
 倒れたと思えば立ち上がり、同士討ちを始める。
 その遠くに、金色の髪、白いコートの女使徒。宵。
 ビルの屋上から、流れるような一部始終を目にした緋華は凍り付いていた。
(幻惑…… いや、魅了……? キツイだろ)
 あれだけの撃退士を、同時に、なんて。
「……じゃない!!」
 意識を切り替える。立ち上がる。
 むしろ、向こうは『対応した撃退士が総数』だと考えているんじゃないか?
 自分と夏草はノーマークじゃないだろうか。
 使徒が撃退士を引き付け、その間に何をする? ――決まってる。
「夏草くん!!」
 緋華は短く連絡を入れ、それから学園へと応援要請を入れた。


 鳥たちの飛来する音が近づいていた。




前回のシナリオを見る


リプレイ本文


「……また現れやがったようじゃなあ?」
 ばさり。
 曇天へ鷲のような翼を広げ、緋打石(jb5225)は上空から声を掛けた。
 夏草の呪縛陣に捕えられたサーバントを野崎が撃ち落とした、そのタイミングだった。
「石ちゃん」
 後方からの羽ばたきに野崎が振り返り、目を見張った。
「緋華ちゃん、お疲れ様。交代しましょ。背中は任せたわよ」
「サンキュ。前線、頼んだよ幻朔さん。……夏草くん!」
 驚いて振り返る野崎へ、文珠四郎 幻朔(jb7425)が軽い調子で声を掛ける。銃を抜き、前線中央へと進み出る。
「それじゃあ、宜しくお願いします。緋華さんは黎さんと同じような感じで、夏草さんは防御と回復支援お願いしまーす」
「はははは 今回は、タイミングに気を付けるやね。信に足る仕事をしよう……」
 神嶺ルカ(jb2086)の呼びかけに対し、夏草は力なく応じた。
 幻朔の威嚇射撃で敵との距離を一定に保ったまま、野崎と夏草は後退し、応援の撃退士たちと合流する。
「黎さん」
「や。……状況は?」
「一進一退。あたし達が出てきてから、無理に後ろへ抜けようとはしてこない」
 つい先日の使徒襲来時とほぼ同じメンバーが駆けつけてくれたことが、野崎の心を軽くした。
 インフィルトレイターで同じく後方からのバックアップを担う常木 黎(ja0718)へ、野崎は手短に説明をする。
 時間の浪費となるか、確実に居所を把握するに越したことはないか――奇襲に備えるのなら、後者だろう。
 前回と同様、硝子羽へのマーキングを最優先にしながら、言葉を交わす。
「……あなたは」
「姓を姫宮、名をうららと申します」
「うららちゃんね。あたしは野崎。よろしく……!」
 悠長に自己紹介をしている場合でもないが、敵味方・得手不得手の認識は簡単にでも必要だろう。
 そこで言葉を切り上げ、姫宮 うらら(ja4932)を野崎は前線へと送り出す。
(使徒が狙い、未だ何とは掴めませぬが)
 鳥たちの羽音が近づく。風が押し寄せる。うららはリボンを解き、白髪を風に躍らせ瞳に闘志を宿らせる。
「魅了の術にて、意思を、想いを踏み躙り、弄び、味方同士で争わせる…… その非道だけは許せずと」
 眼前に集中し、サーバントたちの早期殲滅こそが、遠くで刃を振るい合う撃退士たちを助けることになる。
「――姫宮うらら、獅子となりて参ります」
 わかっている。
 何が最善か、解っている。
 今にでも、傷付け合う撃退士たちの元へ駆けつけたい気持ちを抑え、名乗りを上げた。
(……使徒、宵。……気になるけど……今は目の前のことを……)
 最後方、左翼側についたロキ(jb7437)は、開けた視界から戦況を読む。
 硝子羽が突貫してきても、琴羽が旋風を起こしても厄介に見えるし、どのタイミングでもそれは可能な距離だ。
 辛うじて、今は牽制しあっているだけ。互いに数歩踏み込めば、後方に控えている雷羽の魔法攻撃も届く。
 さらに遠く、なびく白いコートの姿がある。が、惑わされないよう。


(宵さんはこちらの様子を窺っているだろうか? ……どうやって状況を把握してるんだろう)
 飛翔する石の、少し下。剣を構え、ルカが思案する。
 飛行系サーバントの群れを相手取る電撃戦。
 全てを撃ち落としたその先に、答えの一つくらいは見えるのだろうか。
「働き者だね、美人さん」
 今は届かない距離でルカは囁いて、そして戦いへ挑む。




「……っ、いけない」
 ロキの放つ黒き雷を回避し、琴羽が薄青に輝く尾をなびかせた。
 重力を感じさせないしなやかな動きで距離を縮め、撃退士たちの前線へ切り込んでくる。
「!!」
 うららが攻撃を仕掛けようと標的に狙っていた対象だ。
(……旋風!)
 来る、睨み合っていればこそ察知した動向に、白き獅子は脚に力を込めた。
 巻き起こる旋風、鋭利な風の刃から逃れる幻朔の動きを黎の回避射撃がアシストする。
「如何に統率が取れたとて、ただ従うのみで其処に想い在らず意思非ず……ならば!」
 回避で後退した左足を軸に、風刃を潜り抜けたうららが愛用の斬糸・白爪を十字に斬りつける。
「戦意有りて想い在る、此方が負けるはずがありません!!」
「良いこと言ったわ、うららちゃん」
 少しだけバランスを崩した幻朔は、そのまま地に膝をついて照準がぶれないよう狙いを定める。正面から迫りくる、もう一体の琴羽へ。
「殲滅戦ね! お姐さん張り切っちゃうわ!」
 放つアウル弾が、微かに羽を掠めるにとどまる。
「すばしっこい奴じゃの!!」
 続き、同じ個体を石が狙う。
 こちらも軽く躱されてしまうが、連続の攻撃で牽制となったようだ。琴羽が接近を止める。
「当たらないアタラナイ、は参っちゃうよね」
 尾による風切攻撃を回避したルカが、一歩下がる。
 接近してきた琴羽と――
「鳥さん、鳥さん。後ろに隠れていても、綺麗な尻尾が見えてるよ」
 後方に控えていた硝子羽を、まとめて封砲の射程に収めた。

 上空にいる石へ、琴羽の攻撃は届かない。
 立体的に地の利を握り、石が足止めの射撃を繰り返す。
「Enemy shot down!」
 動きを見せた正面の雷羽に対し、黎がイカロスバレットで叩き落とす。
 それが契機となり、撃退士たちが前線を押し上げ始める。
「警戒、左上方!」
 黎が飛ばす短い合図に、うららが顔を上げる。――空気に紛れるような、輪郭。見つけた。
「……文珠四郎さん、お願いします!」
 うららは、白爪による薙ぎ払いで迫る硝子羽の動きを止める、すかさず幻朔が後を継ぐ。
「イタズラする子には、アウル製のキャンディをあげちゃうわ?」
 回避能力が厄介ならば、回避させなければいい…… シンプルな連携だ。
(不協和音って、不快な音とは違うんだ。一音だって、ひとつじゃない)
「出し惜しみはしないさ。神嶺さん、前回の借りはここで返すよ」
 ――八卦水鏡。小さな透明の盾が、ルカの周囲に展開された。防御を上げるとともに、敵の攻撃をわずかに反射させる術だ。
 夏草が、ルカの背をそっと押す。
「ありがとう、夏草さん。行ってきます」
 叩いて、響く、そうだ、始めよう。
(絶望とか復讐とか狂気とか)
 例えば使徒が、使徒になる理由をルカは考える。
(幸せな気持ちで使徒になる人たちばかりじゃあ無いだろうけど、人の体に収まり切らなくなったら、そうやって進化するのかもね)
 ラインは幻朔達に合わせ、突出しないよう気を付けて。ルカは剣を振るう。
 楽の指揮を執るように、或いはリズムを刻むように。
 心のどこかに引っかかっていた、戦場の不協和音。
 どこか硬い表情の野崎、覇気に欠ける夏草。それでも、二人は二人なりの戦いをしている。
 後方から声を掛け、サポートの術を掛けてくれる。
(バランスが、崩れちゃうことだってあるさ)
 きっとそう。
 何があったかなんて、わからないけれど。
 今、ここでこうして戦っている間は、撃退士たちは『味方』だと――そう、信じよう。
 信じて叩けば、きっと響いて返ってくるから。
「……今、一気に決めるよ……」
 ルカが押しとどめる前線の合間を縫って。ロキが、魔法書のページを一枚、食いちぎる。それは、本気のサイン。
 ちょこまかと地を滑る琴羽、最後の一体へ雷を落とす。
 



 半数ほどを倒すのに、随分と気力を要した。
 琴羽の攻撃力自体は高くない、命中率も、旋風に関しては高くはないようだ。
 しかして、素早さがどうにもネックで、互いに回避と回避の消耗戦であった。
(やっぱり……偶然とは思えぬ……)
 ここへ合流する前。短い支度時間の間に、石は独自で調べていた。
 『宵』という使徒が出現した記録。
 名前では見つけられなかったが、容姿、能力から『これ』と推定できる事件があった。
 四年前。東海地方の―― ここから、それほど離れていない。
 そして、その時もターゲットは企業撃退士を擁する地区であった。
 同一の使徒であるならば、何故、四年という間をおいて再び現れた?
 何故、場所を変えた?
 何故、この地を選んだ―― 疑問は尽きない。
「……む」
 思考の途中、石は自身の飛行能力で時間の経過に気づく。
 翼に力を入れ直し、再度上昇を――
「Pull yourself together!」
 黎が叫ぶ、トリガーを引く。しかし、回避射撃をもってしても、単独で飛行する石を狙った紫雷を逸らすことは出来なかった。
「石ちゃん!」
 落下する石を、野崎が抱き留める。
 痛々しく、翼が焦げ付いていた。
「万能じゃあ…… ないからね」
 命に別条はないことを確認し、野崎がゆっくりと首を振る。
 飛べない敵に対して優位に立てる空中戦も、
 攻撃力や命中率が大きく影響し合うカオスレートも、
 利があれば不利にもなる。
「痛いのは嫌いじゃないけど気絶は駄目だよ、楽しくない」
 ちょっとした問題発言も含みながら、ルカは封砲の射程目いっぱいで最後方の雷羽――石を襲ったサーバントを攻撃した。
 範囲攻撃に警戒するあまり、遠距離から撃ち抜かれたのは前回のルカだ。忘れるものか。
「争い傷つけあう仲間がためにも……ここで、倒れは致しません」
 翼を広げた、他方の雷羽が巨大な雷球を落とす。受け身で耐え抜いたうららが、攻勢へ転じた。
 もう少し。いま少しで、殲滅完了となる。
 倒れた石へ、それ以上の攻撃が及ばないよう立ち位置に配り、うららは気力を振り絞って斬糸を巡らせた。
「お黙り!」
 白い革鞭をしならせ、幻朔が強烈な一撃で忌まわしい雷羽を打ち払う。
「……うふふ。これでもう、余計なOSHABERIはできないわね?」
 女王様は、にっこりと薔薇の如き笑みを浮かべた。




 風に流され、雲が割れる。
 切れ間から、ゆっくりと時間に相応の陽光が差し込む。
「宵ちゃんは、こちらの事を確り把握してるのかしら?」
 前回のような、サーバント同士の連携は見られなかったように思う。
 狙うところはキッチリ狙っていた、とは言えるか……。剣魂で自己回復しながら、幻朔は気絶したままの石へ視線を流す。
 癒し手の不足はどうしようもない部分で、前衛陣は笑いたくなるような満身創痍だ。
「風太くん。ハーレムよ! 選り取りみどりね! やったわね!」
 残数少ない治癒膏をうららへ掛けていた夏草の肩を、物理攻撃並の力で弾き飛ばす。
「……うふふ、どう? 少しはいつもの調子に戻れたかしら?」
「どう、いう」
 アスファルトに転がった宵闇の陰陽師は、毒気を抜かれた顔で幻朔を見上げる。
「真面目にお仕事してる姿が珍しかったのよ」
「はは そいつぁ酷い」
 すりむいた額に手を当てて、夏草は普段の笑顔を見せた。

「……ちっ」
(いずれ、吠え面かかせてやる……)
 こちらの戦闘が終わるころには、使徒は撤退していた。
 やられっぱなしであることに、黎は悔しさを隠さず舌打ちする。
 その傍らで、野崎が肩から力を抜く気配がした。安心しているような、どこか悲しそうな横顔だ。
「……緋華さん、大丈夫?」
「え? あは、見ての通り、掠り傷程度。応援が、こんなに早いとは思わなかった。助かったよ」
 無理をして表情を作っていることくらい、黎にもわかる。けれど、だからといって何が出来る……?
 『普段通り』の日常へ戻すくらいしか浮かばない。
「お疲れ様。しばらくは、ここに?」
「そうだね、あたしは残ることになる。また、応援を呼んだら来てくれる?」
 ――どんな顔を、したら。
 『普段通り』を装って、黎もまた頷きを返した。


「何故、先の戦闘では魅了の術を使用しなかったのでしょう」
 傷つき気を失うようにその場に倒れていた撃退士たちの保護を終え、うららが疑問点を口にする。
 逆を言えば、魅了状態へ先の戦闘で見せた範囲攻撃を落としたのなら、きっと撃退士たちの命さえ奪えたはず。
「主様の命令? 自分の意志で? このビルに用でもあるのか、それとも企業撃退士に用があるのかな?」
 ルカが、思いつく限りの可能性を挙げてみる。
「企業撃退士、か……」
 ううん、野崎が唸る。
「夏草くん、何かわかるかな」
「え」
「え?」
「あ、いや。僕も、こっちに配属されて浅いから、前のことは……詳しくは」
(緋華ちゃんと風太くんの動きがぎこちない?)
 戦闘中はそれほど気にしていなかった、二人の距離に幻朔は小首を傾げる。
 先ほどから、目を合わせていない―― 夏草が、逸らしている。
(気のせいならいいけど…… 少し2人の事も様子見かしら?)
 甘酸っぱいどうの、ではないようにも思える。
「んー……。傷は、浅いね……」
 撃退士たちは気絶こそしているが、本気で殺し合うほどの力で斬り合いをしていたわけではないようだ。
 確認し、ロキが顔を上げる。
「……時間稼ぎ、だったっていうこと、なのかな」
「あの魅了の技とか教えてくれないかしら……。覚えられればセクシー度が上昇するわよね」
 幻朔の独り言に、野崎がうっかり笑った。
「万能じゃあ……、ないってことかな」
 先に口にしたことを、野崎が繰り返す。
「撃退士を相手に長時間、魅了効果をキープさせるなんて片手間じゃあできないだろう」
「……。傷が浅いのは、断続的だったから、ということでしょうか?」
 正気に戻り、自己回復なりする暇があった? あるいは魅了の合間でも自己防衛本能でスキルを使ったとも考えられるけれど。
 うららが言葉を繋ぎ、仮説を立てる。
 もしかしたら、魅了以外のバッドステータスを織り交ぜていたのかもしれない。束縛やスタンでも、動きを止めることができる。
 命中率を下げる系統も含めれば、生かさず殺さずも可能だろう。
「撤退したのは、こっちが殲滅完了したからかスキルが尽きたからか、わからないってことか……」
 一層、腹が立つ。
 黎の声は不機嫌だ。
 敵の目的は、企業撃退士を足止めして、サーバントに適当に襲わせること。
 そこへ自分たちが現れたから、満足な指揮の取れないサーバント共は結果的にこちらとガチ戦闘に入った……と。
 使徒としても、魅了効果を切らして至近距離にいる企業撃退士に包囲されるのは拙い、かといって瞬間移動できるでなし、この数の撃退士へ背を向けるのは命取りになりかねない。

「……また、来るよね」

 仮説ばかりだけれど、繋ぎ合わせて。
 おぼろげに浮かんだビジョンを、ロキは呟く。
 目的は解らないけれど、『この場所』へこだわっていることは、理解できた。
「彼女に使徒となる事を望ませた主様か、どんな素敵な人だろう?」
 ルカの上機嫌な声が、覗いた青空へと吸い込まれていった。
 石が意識を取り戻し、再びあの空を自由に飛翔するまで、もう少しかかるのだろう。
 気絶から目覚めない彼女の銀の髪を、ルカはそっと撫でた。



 見えないことは未だ多く、それでも見えてきたこともある。
 幕は上がり、舞台は続く。





依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 筧撃退士事務所就職内定・常木 黎(ja0718)
 撃退士・文珠四郎 幻朔(jb7425)
重体: −
面白かった!:6人

筧撃退士事務所就職内定・
常木 黎(ja0718)

卒業 女 インフィルトレイター
撃退士・
姫宮 うらら(ja4932)

大学部4年34組 女 阿修羅
宵を照らす刃・
神嶺ルカ(jb2086)

大学部6年110組 女 ルインズブレイド
新たなる風、巻き起こす翼・
緋打石(jb5225)

卒業 女 鬼道忍軍
撃退士・
文珠四郎 幻朔(jb7425)

大学部6年57組 女 ルインズブレイド
氷れる華を溶かす・
ロキ(jb7437)

大学部5年311組 女 ダアト