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マスター:佐嶋 ちよみ
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/10/07


みんなの思い出



オープニング

●きみとみたかった、あした
「緋華」
 柔らかな笑顔が好きだった。
 穏やかな声が好きだった。
 絵に描いたような善人で、まるで自分には不釣り合いな。
「またそんなこと言って。おれが善人だったら、緋華は――」
「言わせねぇよ!」
 顔を赤らめ、青年の唇から煙草を奪う。
「ちょ、おれの命の糧!!」
「何が糧さ、チェーンスモーカー。匂い、嫌いだって言ったよね?」
「そういう神経質なところも可愛いよね」
「うるっさい!」


 昨日の続きの今日、今日と変わらぬ明日という日が当然のように訪れる。
 そう、思い込んでいた頃があった。
 あったのだ。
 野崎 緋華(jz0054)は、枕元に置いてあったシルバーのシガレットケースを手に取る。
 何だかんだと言いながら、自分が恋人へ贈ったものだ。
 今は、こうして彼女の手元にある。
「……恥ずかしい男」
 蓋を開ければ、小さく緋華の写真が貼り付けてあるのも、あの時のまま。
 少しだけ角が歪んでいるのも――『あの時』のせいだ。
 ふわり、煙草の香りが鼻をつく。
 大嫌いだった匂い。
 大好きだった男の、纏っていた匂い。
 火を点けず、緋華はキスをするようにそれを咥えた。




 企業撃退士を雇うということは、つまりそれだけ被害が頻発する土地で、なおかつ企業に力があるということだ。
 撃退士が居るから安心に働ける―― その半面、どうしても『万が一』という危機感はぬぐえない。
『珍しくは、ないわよね』
「……うん」
 通話の向こうで、特に感慨もなく告げるのはフリーランス相手の情報屋・陶子。
 岐阜県多治見を巡る事件で知り合って以来、緋華とは友人関係が続いている。
 情報屋と、久遠ヶ原の風紀委員。
 互いに守るべき秘密があり、探りたい秘密がある。
 そこは弁えての交友だった。
「ごめん、こんな時間に」
 長い髪を額からかき上げ、壁へ背を預けて乾いた声で緋華が告げる。
 我ながら、どうかしてる。昔話を、一人で抱えるのが辛いなんて。
 誰かに聞いてほしかった、なんて。
『あら、情報屋の夜は遅いのよ』
「今、朝の六時なんだけど」
『眠るまでは一日は終わらないって偉い人が言ってたわ』
「……お疲れ様」
『どういたしまして。嬉しいのよ、こういう時に話し相手の選択肢に入れてもらえて。……四年前、って言ったかしら』
「ああ、それはいいんだ。自分で調べてるから」
『それで風紀委員に?』
「でもなけりゃ、目指そうとすら思わない面倒な組織だよね」
 撃退士が撃退士を裁く。
 その権限を与えられているのが風紀委員だ。
 希望してヒョイと所属できるものでもない。
 入学して二年目、ようやく緋華は着任することができた。
 そこから二年経過――。掴めたものは、多くない。

 四年前。
 緋華の恋人が天魔に殺された。
 撃退士を雇っている企業で、何故――。
 そこに『裏切り者の撃退士』の存在があると知り、アウル適性検査を経て、緋華は久遠ヶ原へやってきた。
 企業側が決して明かさなかった真実を突き止めるために。




「野崎、緊急の案件だ。同行を頼む」
「はいよ、……あれ?」
 回された書類に目を通し、憶えのある企業の名に小首を傾げる。
 それから、宵闇の陰陽師・夏草 風太を思い出した。彼が所属する、合同出資の複数企業……その一つだ。
「不正の情報がリークされた。そちらは風紀で対応するが、厄介なことに」
「シュトラッサー登場、か」
「合同出資で雇用している撃退士は四名。さすがに荷が重い。久遠ヶ原への応援要請だが、そちらに一枚噛む」
「なるほど。あたしは? 戦闘に専念すればいいのかな?」
「ああ、向こうの撃退士とも合流して被害を最小限に食い止めてほしい」
「シュトラッサーとの交戦は?」
「そちらがメインだ。現地の撃退士は防戦で手いっぱいってことなんでな」
「……だよね」
 複雑な表情で、緋華は頷く。
 敵を倒さなければ根本的解決はできないが、まずは民間人を守るための戦い――敵の先遣と承知の上でサーバントへ対応することが最優先だろう。
「民間人の退避までの間、使徒を相手取ってもらうことになる。どの程度の強さなのかもわからない相手だ。
ただ、従えるサーバントが厄介で統率されている。侮って掛かるなよ」
 もちろん。
 頷いてから緋色の髪を背へ流し、緋華は改めて書類へ視線を落とした。



●告げられる幕開け
 状況把握のために連絡を入れると、頓狂な声と……それから呑気な笑いが返った。
『野崎さんが来るのか! 怖いなぁ。風紀委員が応援に来るとは思わなかった』
「心強いと言ってほしいんだけど。そんな、ノンビリしてる余裕があるのかい?」
 声を聴きながら、緋華は多治見で共闘した青年の姿を思い起こす。
 うなじで纏めた、犬の尾のような紫紺の髪。へらへらとしながら奥では決して笑っていない、アイスブルーの瞳。
 緋華よりいくらか年若に見える青年は、四年ほど前に学園を卒業し企業撃退士をしているのだという。
(四年前、か)
 雑談交じりに経歴を聞いていた時は、気にならなかったというのに。
『なんか、笑っちゃうしかないね。なんかの映画みたい。鳥まみれ』
「鳥?」
『向こうにはボスの姿が見えてるのにさ! 全然近づけない。アハハ、挟撃されないようにするからさ、もうひと押しは頼む。この状況で襲われたら全滅しちゃう』
「言ってる場合じゃないだろ! 切るよ。到着するまで、死ぬんじゃないよ」
『誰も死なせないさね』
「……うん。お願い」
 最後は、声を真剣なものに戻して。
 そうして通話を切った。




リプレイ本文


 秋晴れの空に羽ばたきの音。
 人の悲鳴は聞こえない。
 民間人の避難誘導がうまく行っているのだろう。
 地元の企業撃退士・夏草に誘導され、学園の撃退士たちは自身の戦闘フィールドへと向かう。
(足止めと能力調査……。やることたくさんだね……)
 周囲の状況を視野に収めながらロキ(jb7437)は任務内容を頭の中で反芻した。


「眷属を指揮する使徒か……厄介だな」
 右側面を駆ける黒い影――リョウ(ja0563)は、その手にライフルを携えている。
「緋華ちゃん」
 先を行く文珠四郎 幻朔(jb7425)が、長い髪をひらりとなびかせ、半身を返す。
「先に、言っておかないとね。撤退のタイミングは誤っちゃ駄目よ。優先すべきは一般人。私たちじゃないわ。
特に私が倒れても捨て置きなさいね。貴女は貴女の、私は私のやるべきことをやりましょ」
 軽い口調の中に決意を秘めた瞳で告げる幻朔へ、野崎は苦く笑った。
「優先すべき一般人を、守るために派遣されてきたんだよ。倒れてる場合じゃないさ」
 自分たちが撤退しなければならない状況になったなら、その時は――……。
 もちろん、自分たちの命も大切だ。易々と落としていいものじゃない。
 幻朔の言い分も、わかる。だからこそ、野崎は頷くことをしなかった。
「ふむ。雑草根性で乗り切ればよし、ということかの」
 未知なる戦闘への好奇心を隠すことなく、緋打石(jb5225)の表情は挑戦的だ。
 幾度傷つこうとも、最後まで立っていれば良し。
「これは凄いや、前には鳥だらけ、後ろには美人だらけ!」
 前衛を駆ける神嶺ルカ(jb2086)は、どこかマイペースだ。
「……美人?」
「はい、リョウさんも当然加算済みです」
 美において、老若男女人外問いません。
 掴みどころのない笑顔を返され、リョウが切り返しに詰まる。
「どちらも宜しく、暫くの間お付き合いいただくんだから」

 どちらも―― 共に戦う撃退士も、そして対峙する天魔とも。
 
「Just do it……」
 普段以上に神経を研ぎ澄ませているのは常木 黎(ja0718)だった。
 自身へ言い聞かせるように呟く。
(鬼が出るか蛇が出るか……)
 鬼が潜んでいると解っていて藪を突けと言われているのだ。
(それに)
 ちらり、同じく後方を取る野崎へと視線を走らせる。
 夏草と言葉を交わしている横顔は、常と変らないようでいて少しだけ緊張しているようにも思う。
 何事か言いかけ、黎は口を噤む。上手い言葉が出てこなかった。
 気づいた野崎が振り向く、視線が交差する。
 ふ、と目元だけで笑って返された答えは、戦いに対するものか野崎自身の心境に対するものか、そこまでは汲み取れなかった。




 交戦初弾から、黎の放つマーキングが色素の薄い鳥型サーバント・硝子羽を狙う。
「最近はデザインが洗練されてきたねぇ……。忌々しい」
「水入れて吹きたくなるよね」
 範囲攻撃に警戒し、黎と距離を取りながら同様にマーキングを撃ち込んでいた野崎が、どこか間の抜けた感想をこぼした。
 水笛…… たしかに、そんな玩具も存在するが。

(位置取り…… えっと、隣の人とはどれくらい離れたら)
「あら? お姐さんの胸が気になっちゃう感じかしら?」
 ルカの視線を感じ取り、幻朔が艶っぽく笑って見せる。
「違うよ、揺れてるの見たいとか、そういうんじゃないよ……」
 そう言っている間にも、揺れている。何がとは言わないが。
(でも視界に入るのは仕方がないよね)
 何がとは言わないが。
「緋華ちゃん、黎ちゃん、背中は任せたわよ〜」
 姿を限りなく透明に近づけ、気配を消す――撃退士で言うところのスキル『潜行』といったところか、そんな能力を持つ敵の動きを掴み続けられるのは、味方では黎と野崎だけ。
 そして前衛で長時間を耐えられるのは、ルカと幻朔が適任。
「風太くん、タイミングは任せるけど四神結界お願い出来るかしら?」
「はいさ」
 双銃を抜きながら、幻朔は中衛に付く陰陽師へも声を掛けた。

 誰に何ができるか。どうすれば能力を最大に生かせるか。勝機は、そこの見極めに在る。
 
「お姐さん、今回は頑張っちゃうんだからね」
 幻朔が、ツインクルセイダーからスキルを乗せた強烈な一撃を放つ。
 真正面、射程に捉えた暗色の鳥型サーバント・雷羽が行動を取る前に、大きな胴体へ風穴を開ける。
「鳥は全部で何羽だっけ? 1、2、3……あかん、動いた」
 状況把握は後衛へ託し、ルカは大剣を構える。幻朔の先制攻撃で弱った雷羽へ引導の刃を振り降ろす。
 そのすぐ横を、黒い雷が駆け抜けた――ロキによる魔法攻撃だ。
 範囲攻撃を撃ち落とす雷羽を、真っ先に前衛二人で倒してくれたため、ロキも少しだけ前に詰めて攻撃を届けることができる。
(使徒…… 射線は確かに、空いておるがの)
 闇の翼を広げ、ロキが弱らせた硝子羽を拳銃で撃ち落としながら、石は高低差を組み合わせ飛翔しているサーバントたちの隙間から見える女使徒を確認した。
 蒼い瞳は無感情にフィールドを見詰めている。
 個々人の動きは視野に収めている……そんなところか。
(弓、ということは長射程なのじゃろうが)
 現状で応戦の構えは見られない。
 サーバントだけで撃退士を追い返せると考えているのだろうか?
 前線の2体を撃破したところで、右手側面へ回り込んでいたリョウが行動を起こした。
「……これ以上、好きにはさせない」
 アサルトライフルをフルオートで発砲し、こちらの気配に気づいていなかった雷羽を撃ち落とす。
「奥! 硝子羽、動いたよ」
 マーキングで行動を把握していた黎が、短く声を発した。
「ッ!!」
 間一髪のところで姿を察知し、リョウは黒盾で凌ぐ。
「全く見えなくなるわけでは、ないんだな」
 しかし、虚を突くには問題ない変化だ。
 命中と回避が上がるとは、そういうことか。
「敵のスキル使用の前兆とかあるかな? 先に戦ってた夏草さん、どうです?」
 シールドで攻撃を受け止めながら、ルカは問う。
「わかりやすく気合の雄たけびしてくれるといいんだけどねー」
「ないんですね……」
「指示通りに動く、ってのは、そういうことなんかもね」
 知能が無いゆえに、指揮官の指示で淡々と行動すればよし、と言うシンプルさが強みになるわけだ。
(それじゃあ……指揮官には……変化があるのかな)
 二人の会話を聞きながら、ロキは石と連携を組んで残り1体の前線サーバントを撃破した。




 前線を守るルカと幻朔、後方からのフォロー。
 それとは別に中心部へ切り込むリョウへ、敵部隊後方からの攻撃は集中していた。
 姿を消して接近を試みる硝子羽に関しては、黎と緋華から都度都度で注意喚起が飛ぶ。
「その程度か。まとめて面倒を見てやろう」
 続けざまの攻撃で掠り傷を負うが、今は攻めるが上策だ。
 リョウはそう判断し、自身へ敵が群がってきたことを逆手に、射程に収めて黒棘槍で一気に穿つ!!
「焼鳥…… いや、ユッケになりそう……」
 思わず呟きながら、加熱すべく…… 否、追撃としてルカが封砲で打ち払った。
「使徒は少し気になるけど、今はサーバントね」
 エポドスシールドに持ち替えた幻朔は、あくまで慎重だ。
「……むう」
 投げつけたペイント弾を避けられ、地上に炸裂した着色料、それに混ぜ込んだ香辛料に石が顔を顰めた。
「天魔には、効かぬか……?」
 色であれば、命中したなら動きの把握にはある程度役立ったかもしれない。
 香辛料に関しては…… それで目つぶしが出来るようであればV兵器は不要という話になるだろうか?
 いずれ、スキルなどの後押しなく成功させられるレベルの敵ではないようだ。
「ぬ、しまった!」
 単純に、自分のペイント弾を避けたのかと思ったが――敵は、硝子羽は味方へ向けて突貫していた!
「避けて!!」
 野崎が叫ぶ。
 ふわり、幻朔の髪が揺れ、先ほどまで立っていた場所に硝子羽が不時着していた。
 回避射撃の援護を受けた幻朔が、ニッコリと満面の笑みでサーバントを見下ろす。
「あらあら、うふふ。そんなに激しくアタックしてくれるなんて、お姐さん嬉しいわ?」
 知ってる? この盾って――殴れるのよ?


 味方の消耗具合を確認しながら、夏草が治癒膏を掛けていく。
 リョウが心配だが、彼の行動のお陰で本隊が予想以上に動きやすいというのはあった。自己回復で頑張ってもらうよりない。
 こちらの手傷もそれなりに。しかし敵の数も半数近くを倒してきた。
「気休め程度だからね。デカイの来たら自己責任で頼むよー」
 夏草が結界を発動し始める。
 まずは前衛、ルカ・幻朔へ八卦陣。
(それから――)
 四神結界を巡らせる場所は……

 ――ドン

 視界の端で、紫雷が轟音を立てた。
 悲鳴一つ上げる暇もなく、ルカが倒れる。
 目くらましのように、硝子羽が移動した影からの攻撃だった。
「Damn it!!」
 黎が前線へ駆け、ルカを狙った雷羽をイカロスバレットで撃ち落とす。
「私が行く、援護を」
 夏草を制し、黎はルカの肩へ腕を回す。
 狙撃手である黎ならば、最後方へルカを横たえてからでもすぐに戦列へ戻れる。
「夏草さん。一時の地の利……一気に決めるよ……」
 ロキが呼びかけ、夏草が頷く。四神結界が発動すると同時に、ロキはシュトラッサーの護衛に付くサーバントへと攻撃を定めた。
 硝子羽の動きが傾ぐ。
 追い打ちはせずに、対象をシュトラッサーへと移す。
(狙われてるって思わせれば行動も慎重になるんじゃないかな……。その逆かもしれないけど……)




 障壁のようにサーバントを纏うシュトラッサーの、側面を魔法攻撃が抜けてゆく。
「初めまして、私は幻朔っていうの。貴女のお名前、教えて貰えるかしら?」
 シュトラッサーがロキの攻撃を回避する、その動きに合わせて幻朔が前線を少しだけ押し上げた。
 相手がその弓を引いたなら。
 幻朔がトリガーを引いたなら。
 恐らくは互いの攻撃は避ける間もないだろう、その距離で。
「『宵』。主様は、私をそう呼ぶよ」
「あら。和風なのね」
 身長は幻朔より少し低いくらい、とはいえ女性では高い方に入るだろう。
 日本人離れした容姿からして、意外な響きの名であった。
(問えば……応える…… 余裕、なのかな)
 いつでも幻朔のフォローができる位置を取りながら、ロキはシュトラッサーを観察する。
 交戦当初は攻撃を仕掛けてきたサーバントたちも、残りが片手で数えるほどになったところで守勢に回っていた。
 撃退士側の主目的は『時間稼ぎ』であるから、このままジリジリと引き延ばせたのなら好都合でもある。
「『主様』……? ねえ……どうして使徒になったの? ……『主様』のため?」
 後方から、ロキが問いを投げかけた。
 質問は、この際なんだっていい。
「可愛らしい娘さん。君のお名前は?」
「……ロキ」
「そう、ロキちゃん……。理由は簡単だ。私が望んだから」
 流暢な日本語で、中性的な口調で、宵は答える。
(主君に関しては触れるつもりはない……か)
 『なぜ、この土地を襲ったか』そう尋ねても、きっとはぐらかされるのだろう。
 自身の攻撃も届けば、サーバントをけしかけることもできる状況で、のんびりと談笑している場合でもないだろうに。
(嫌いなタイプだね)
 取り澄ましたその表情に、黎は心の中で悪態を吐く。
 見た限り、特別な装甲を纏っているでもない。
 街中を歩いていたなら気づかずにすれ違うだろう、シンプルなシャツとパンツ、ブーツの組み合わせ。
 その出で立ちに似合わない、紺青の弓……身の丈もある和弓だ。
(……む?)
 奇妙な緊張感のなか、ふと石が気づく。
 あの弓―― 弦が、無い。

「何が目的かは知らないが……。人々の日常を壊す貴様は敵だ。排除させてもらう!」

 均衡を破ったのは、リョウだった。
「わぁ、コワイ」
「いかん!!」
 射線が空いたら使徒へ攻撃を―― 野崎へタイミングを要請していたリョウが、ロングレンジショットに合わせて黒雷槍を放つ。
 叫び声を上げたのは、弓の違和感に気づいた石だった。
 ロキによる攻撃、幻朔から向けられた銃口に顔色一つ変えなかった宵の、弓を握る指先に力が籠められる。
 それは、一瞬の動作だった。
 野崎の放つアウル弾が使徒の白い頬を掠め、リョウの黒雷槍が左肩を掠める。サーバントたちの動きによって、攻撃を逸らされた形だ。
 使徒は顔色一つ変えずに、左手に握る弓をリョウへと向けた。
 右手で、矢を放つモーション。
 何もなかった場所へ、光が収束し、解き放たれる。
(……魔法!)
 黒盾じゃ防げない、即座に回避を選択するも、物理的なモノではない『それ』はリョウの腹を貫いた。
「……リョウさん!」
 野崎が叫ぶ。
「色々聞きたい事はあるけど…… お別れの時間かしら?」
「またお会いできたら素敵だね、幻朔ちゃん」
「楽しみだわ、宵ちゃん」
 向こうから引くというのなら僥倖だ。
 深追いは、しない。
 言葉遊びをするように、幻朔は宵の瞳を覗きこむ。
 リョウを狙った瞬間の、猛禽類のような激しい色合いは引いている。
 穏やかな、海のような瞳で、宵は薄っすらと笑う。

「またお会いできたなら、素敵だね」

 先ほどに比べ、やや長く弓を引いて見せ―― 撃退士たちがとっさに後退するのを確認した上での、
 ――光の矢が、降り注ぐ。

「ちっ」
 射程外とわかった上でのデモンストレーション。
 忌々しげに舌打ち一つ、黎が去り際の使徒へカメラを向けた。
「……ほら、良い顔しな」




 使徒・宵による攻撃を真正面から受けたリョウは重傷を負い、ルカもまた気絶からなかなか覚めることのないほどの状態で。
「最悪は免れた……か」
 万感の思いで溜息を吐きだし、黎は応急手当が必要なメンバーを探す。
 野崎の表情も明るくはない。
 リョウの傍らに膝をつき、じ、と見つめている。
 彼の動きがあればこそ使徒を撤退まで持ち込めたかもしれないが、一つ間違えていれば取り返しがつかないところだった。
「夏草殿?」
 同様に回復スキルを掛けて回っていた夏草の様子もおかしいことに気づいた石が、なんとはなしに呼びかけた。
「ん、あー……。あの攻撃、直接喰らってたら全滅だったねぇ……」
「うむ……。何故に、あのような真似をしたのかのう」
(企業撃退士についての怪しい噂を聞いているが、現時点では事件に関係ないと判断するが……?)
 民間人も、誰一人ケガをするでなく避難完了したと報告を受けている。
 こちらも無傷とは言えないものの任務は無事に達成できた。
 企業側も学園側も『通常通り』の仕事内容だったと言えよう。



●報告書
東海地方某地区に出現したシュトラッサーについて

名前:宵
武器:魔法属性の弓
無数の光の矢を降り注ぐ範囲攻撃所有
防御系の動きは確認していないが、回避射撃の要領でサーバントを使役する様子が見受けられた

資料として、写真も併せて提出する





依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: 約束を刻む者・リョウ(ja0563)
   <奮闘するも使徒の『光の矢』に貫かれ>という理由により『重体』となる
面白かった!:6人

約束を刻む者・
リョウ(ja0563)

大学部8年175組 男 鬼道忍軍
筧撃退士事務所就職内定・
常木 黎(ja0718)

卒業 女 インフィルトレイター
宵を照らす刃・
神嶺ルカ(jb2086)

大学部6年110組 女 ルインズブレイド
新たなる風、巻き起こす翼・
緋打石(jb5225)

卒業 女 鬼道忍軍
撃退士・
文珠四郎 幻朔(jb7425)

大学部6年57組 女 ルインズブレイド
氷れる華を溶かす・
ロキ(jb7437)

大学部5年311組 女 ダアト