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(フムフム…… つまり、兎使いな筧さんの奢りで飲み放題なのですね)
実年齢は幼く見られがちな高校一年生……だけど、今は20歳になりたての大学生姿。
初めて許される『お酒』に、村上 友里恵(
ja7260)はワクワクが止まらない。
状況をポジティブに受け取りつつ、友里恵は向かいの席に座る筧へ訊ねた。
「これで皆さんお揃いなのですか?」
「ん、そうだね」
「そ、それじゃあ、そろそろ……。こういうことには『始め』が肝要なのです! と、どこかで聞きましたので」
友里恵がゴクリと喉を鳴らす。
スッと立ち上がり、グラスを掲げ。
皆の視線が友里恵に集まったところで――
「今宵の出会いに―― 乾杯!」
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まったく不思議なことだが、なんとなく、把握した。
悪魔であるカルマ・V・ハインリッヒ(
jb3046)は、奇妙な宴を楽しむことに決める。
隣に座る友人――天使のウィズレー・ブルー(
jb2685)にとっては、起きている事象よりIZAKAYAそのものが興味対象。
現実のそれとは少しずつおかしな造りの店内にも気づくことなく、ソワソワきらきら、蒼い瞳を輝かせる。
「居酒屋…… お話に聞いた事や資料では見た事がありますが、来たのは初めてですね」
興味はあっても足を踏み入れることを躊躇していた施設の一つ。
「そちらは、こういう場所に来た事はあります?」
掘りごたつの下で足をパタパタさせながら、カルマへ訊ねる。
「いえ、俺も初めてです。冥魔界の上司には、似たような飲料を飲まされた記憶はありますが……」
カルマの手には、黄金色の液体が入ったジョッキ。
とりあえず居酒屋に入ったら頼む飲み物、らしい。
テーブル、壁紙、照明。物珍しさを隠さないウィズレーに笑いながら、それを口に運んだ。
なるほど、人間はこういったものを好むのか。
届いた料理を皆に配り、時には小皿に取り分けながら、神楽坂 紫苑(
ja0526)はチラリと赤毛へ呟いた。
「なんで、急に飲み会? ……もちろん、おごりだよな?」
「神楽坂君はビール苦手だったか、ごめんごめん! カクテルメニューはこっちだよー」
筧はおごり発言を回避しつつドリンクメニューを手渡す。
「そうだな…… 日本酒も得意だが」
手を止め、受け取る紫苑。
「じゃあ、追加オーダーを」
とりあえず、アルコール度数の高い物から試そうか。
既に一杯目を乾し、紫苑のオーダーに合わせて二杯目に突入したのは高坂 涼(
ja5039)。まだまだ序の口。
「ビールくらいしか口にした事はなかったが…… 日本酒も中々、悪くない」
居酒屋と侮っていたが、日本各地の銘柄を抑えているらしい。
鼻に抜ける豊かな香り、キリリとした辛口の後味。ガブガブ飲む物ではないが、食事に合わせてゆっくり進めるというのもなかなか。
他人の金だと思えば色々と挑戦できるというもの。
人生で一度しかない初酒。
友里恵は、ウーロンハイのグラスを見つめる。
「お酒解禁になったばかりの私には御褒美なのです♪」
いざゆかん、大人への第一歩!!
(間)
「……お、美味しくないウーロン茶みたいなのです」
『口当たりが良い』という触れ込みは、誰の仕掛けた罠なのか!
「あら。苦手なタイプでした?」
コロコロと笑いながら、ウィズレーが友里恵へ声を掛ける。
「たくさん……飲みたかったのに……」
涙目のそれは、敗北宣言。
ウーロンハイは、まだグラスに半分以上。
「よろしければ、頂いても?」
「いっ、良いんですか!?」
「メニューが多くて、決められないところだったのです。差し支えなければ」
「じゃっ、じゃあ、私、おつまみ頼みますね!!」
「お任せしていいかしら」
「あ、俺もウィズと同じものを。後はこの焼鳥、というのを数本ずつ」
カルマがウーロンハイを指しつつ、サイドメニューをオーダー。宴はまだまだこれから。
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――これは、ない。
カタリナ(
ja5119)は肩を震わせていた。
「日本人めーー!」
「カタリナさん、一杯目で虎!?」
ダンッ、ジョッキを力強くテーブルへ降ろす彼女へ、筧が飛び上がる。
「……コホン。えー、ビールには色々種類がありまして」
カタリナはビールの本場・ドイツ出身。それも、ビールの祭典・オクトーバーフェストが開かれるミュンヘンだ。
日本のビールは、日本人向け。そう頭でわかっていても、一言物申す!
「たとえばこちら!」
ドンッ、都合よく買い出し帰りだったところで、手持ちのビールを卓に置く。
景気よく開け、空になった筧のジョッキへ注いだ。
「うわー なにこれ、フルーツみたい。香りが違うや」
「他にも色々あるんですよ!」
居酒屋では専用のグラスを用意できないのが、と言い添えながら、カタリナは注いでは周りのメンバーにもふるまう。
「そうそう。ラオホというスタイルはご存知です? 燻製ビールと言われるものですが」
一説によると火事で燻された麦を勿体無いからと使ったら美味しかったのが始まりだとか、説明しながらボトルを取りだす。
「鰹節の香り! と表現されることも多いそうです。ラインナップとして、これは外せないと思いました」
「……どういう意味かな?」
「おー! 父さん久しぶりなんだぞー!」
そこへ、大虎、現る。
「……えーと、千代?」
彪姫 千代(
jb0742)。筧を父と慕う中学生、のはずであった。
「俺なー 父さんみたいに卒業したらフリーランスになりたかったんだけどなー、反対ばっかされて、大学生まじめにやってるんだぞ」
20歳そこそこ、くらいの年齢だろうか。
見慣れた半裸ではなく、ピチピチ胸までのタンクトップというのが成長の証――、いや、着ろ。布地はまだ足りない。
さておき日本酒10升に焼酎10升、空になったものが千代の席に転がっていた。
「まだまだ、お酒は弱いんだけどな!」
「じゅうぶんだ!!」
「あんな! 俺、父さんにいっぱいお話したいんだぞ!」
会えない時間は長かった。とてもとても長かった。
「いっぱいか……。そうだな。千代がどんな冒険して来たか聞かせてよ」
とりあえず、座りなさい。
筧は隣を指し、それから適当なつまみを勧める。
「ウへへへー! 俺、父さんを抱っこ出来るくらい強くなったんだぞー!」
「人の話を聞けぇえええ!!!」
千代は身をかがめたかと思ったら、上半身唯一の布地を脱ぎ捨て、ヒョイと赤毛を抱き抱える。
「父さん、チューだぞー! チュー!!」
――誰か泥酔で暴走する参加者がいれば、止めようと思っていました。まさか、自分へ暴走してくる参加者がいるとは思いませんでした。(筧・談)
「酒に飲まれるのも、程々にな」
スパーン!!
筧をお姫様だっこして座敷内を回る千代へ、涼が渾身のハリセンをお見舞いした。V兵器ではない、大丈夫。
走り回ったことで一気にアルコールが回ったのだろう、千代はそのまま倒れ込み、眠りに落ちる。筧は放り出されるも、受け身を取って何とかセーフ。
「あっ、ど、どうしましょう」
脱落者登場に、ウィズレーが歩み寄るもオロオロするばかり。
「自業自得だろう? ほっときゃ、そのうち目が覚めるだろうよ。そんなことより。ぼ〜っとしているとおもちゃにされるぞ?」
紫苑は放置を促しながら、空のグラスを見つけては酒を注いで回る。ついでに使用済みの皿も回収し、座敷の片隅へ。
「こちらに寝かせておきましょう。暫く経てば目を覚まします」
カルマが座布団を並べ、ウィズレーに手招きをした。
「む…… 静まった者に罪は無いな」
涼が、店員へ毛布を持ってくるよう頼んだ。
「た、たすかった……」
「何故、身を削るような事ばかりするのですか、筧さんは」
呆れといたわりの声で、助け起こしに手を差し伸べたのは鳳 静矢(
ja3856)。
「あれ……? その声、は 静矢君?」
「まさか、筧さんとこうして飲む日が来るとはねぇ……」
にこり。27歳の姿となった静矢が、落ち着いた笑みを浮かべた。
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カタリナの持ち込んだドイツビールを酌み交わしながら、静矢と筧は昔話に花を咲かせていた。
「フリーランスの撃退士というのは、やっぱり危険なものなのですか?」
「重体になって仕事を取れなくなると危険だね……」
「……お察しします」
そこまでいうなら、あのカレー配布イベントはなんだったんだ。
「静矢君は? 今は何をしてるの?」
「私ですか、私は――」
話しだしたところで、ウサギがヒョイと静矢の膝に。
「このウサギは、一体……?」
そうだ。そもそも、この居酒屋へ導かれたのも、このウサギが発端だ。
「あー。かわいいでしょう」
答えにならない答え。聞いてはいけなかったのかもしれない。
「野菜スティックとか、食べるでしょうか」
フワモコを追っていた友里恵が、ドキドキしながら手を伸ばす。
「その子……、触らせていただいていいですか?」
友里恵の隣で、ウィズレーも静矢の膝上を狙う。
「はは、どうぞ」
静矢がフワモコを抱き上げると、ウサギはウィズレーへ向かって跳びこんだ。
「わぁ…… ふわふわ…… 暖かい……」
いつの時代も、フワモコは女性に対して魅了効果抜群である。
やがてウサギは、遠くで見守っていたカルマに向かってタッタカ跳ねてゆく。
「しっぽ…… あのしっぽが!!」
後ろ姿に、ウィズレー、撃沈。
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「カタリナさん…… 活躍は聞いていたが、こうして会うのは久しぶりだねぇ」
千代の介抱に筧が席を抜けたところで、静矢がカタリナへと顔を向ける。
「シズヤは、相変わらずのようですね」
年齢は変われど、友人は友人。
「あーー、ここに居たか」
「高坂さんも久しいねぇ、元気だっただろうか」
涼がこちらに気づき、静矢の隣に腰を下ろす。
「ぬはははははぁ!! これしきの酒で酔う俺ではない!」
「典型的ヨッパライ、ですね。リョウ」
店員に申しつけ、焼酎とソフトドリンクをそのままオーダーしたカタリナが、簡単なカクテルを用意し、送る。
「あちらのお客様からです」
スッとグラスを走らせ、カタリナは紫苑を指す。
「うん? ああ、じゃあ、そういうことで」
巻き込まれた紫苑は、動じることなく片手を挙げた。
「シオンは、何を飲んでいたのですか?」
お遊びに巻き込みながら、カタリナが友人のグラスを覗く。
「SAKE、だな」
香りを確かめ、カタリナは目を閉じ――
「筧さん、筧さん」
「あ、うん、何?」
筧が、カタリナからの呼びかけへ半身を捻る。
「ライスヴァインは勉強中なんです。他にも種類あるんですか?」
ライス……日本酒だろうか。
「こちらと、こちらの銘柄の違いは?」
「二日酔いしないのが良いお酒、だと思ってる」
「精米歩合は高いほど、良質のSAKEであると聞きました」
「俺より詳しいね!?」
「特に大吟醸は米を50%以下まで削るんだとか」
カタリナの説明に、静矢がチラリと筧へ視線を流す。筧がそのまま横を向く。その先は壁しかない。
カタリナの笑顔と共に、大吟醸追加はいりまーす
「あっ、それからこの、ヤマハイジコミ? お願いします」
山廃仕込。手間ひまかけ、自然の力でゆっくりと育てる日本酒だ。熟成した香りと、ワンランク深いコクがポイント。
ドイツにはドイツのビールがあるように、日本には日本の、よい酒がある。
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お酒は口に合わない。
20歳を迎え衝撃の事実に直面した友里恵は、サイドメニューに走る。
「お酒には塩辛いものの他に甘い物も合う、と聞きました。これは飲み放題コースには入りませんけれど……」
ケーキ、パフェ、ワッフル、アイス…… なぜ、飲み屋には魅力的な甘味が多いのだろう!
「そう……なのですか?」
お酒に、甘い物。
友里恵の話を聞き、ウィズレーの好奇心が再び頭をもたげる。
ザルを通り越してワクのウィズレー。いくらでも食べ合わせに挑戦できる。
ウサギとの戯れに笑みをこぼしていたカルマも、興味を示した。
「どれどれ、面白そうな話をしてるねぇ」
通りがかりの静矢が足を止める。
「ふむ…… ふむ。なるほど」
デザートメニューから、厨房にあるだろう材料を予測して。
「こういうのはどうだろうね」
「えっ、できるんですか?」
「ちょっと、厨房へ行ってみるよ〜」
鳳 静矢、酔うと放浪癖が発症するらしい。
「ぬっははははははぁっっ!!」
向かい側で涼の高笑い、そして誰かが倒れる音がした。
見れば、紫苑が水性ペンを取りだし、酔い潰れた涼の額に落書きを施していた。
鼻の頭まで見事なアートを施し、黒い笑顔でカメラに収める始終を、皆が暖かく見守る。
「ふふ、良いネタの材料になりそうだ。ククク……」
紫苑は、酔い潰れた者を餌食にすべく座敷を放浪し始めた。その手には、ネコミミカチューシャ。
(触れちゃだめだ!)
この、一心であった。許せ、涼。
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「皆、食べ、飲み過ぎだろう?」
酔い潰れた者もちらほら。
宵もいいところであろう時間帯、起きているメンバーも少ない。
「他にいたずらできる奴はいないかな……」
カメラを手に、見渡す紫苑。
ふ、とウサギと目が合った。
深い考えは無く、紫苑はファインダー越しにウサギを覗く。
「ま、これも記念か」
それが、この夜の最後の一言となった。
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「りゅうきゅう丼、出来あがったぞー…… むっ 夢、か……?」
居酒屋の厨房で料理無双をしていた静矢が、突っ伏していた机から顔を上げる。
気がつけば、そこは学園内にあるミーティングルームの一つだった。
夢、の割にはリアルな体験……を共にした顔触れが周囲に。
何故ここに、このメンバーが、それはわからない。わからないけど、いつもなら任務の説明をする職員の位置に、赤毛の卒業生。
「ってことでー 未成年は禁酒監視しますけど、これから俺と居酒屋に行く人ー!!」
「「なんの依頼!!?」」
声を揃えながら、しかし皆が手を挙げた。
視界の端で白いウサギが跳ね、ミーティングルームを出ていった。