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久遠ヶ原学園・文化祭!
日頃、撃退士として生死を懸けた戦いに身を投じる者も
日頃、撃退士として訓練を受けながら全力で青春を謳歌している者も
等しく満喫する、学園らしい一大イベント!!
打ち合わせ、準備、買い出し、交渉……生徒達が学年の壁を越えて校舎内を駆けまわる。
その中にヒラリ、ヒラリ、こぼれ落ち舞い散る噂という形の花吹雪。
●お元気ですか?
「久しぶり。あんたたちも懲りないわね……」
「あ」
「荻野さん!」
荻乃 杏(
ja8936)が、『七不思議制作部』部員の二人へ声を掛けた。
部長の柏木が笑顔で振り向く。
「募集それなりに来てるんでしょ? 人手足んないだろうし、手伝ってあげるわ」
過去の依頼で面識のある杏が、両手をジャージのポケットに突っこんだままで申し出る。
「『誰かを傷つけない内容』、か……」
「うっ」
斡旋所に貼り出していた依頼の一文を声に出したところで、柏木がウググと唸る。
部員の青柳をネタにした依頼が、杏と出会ったキッカケだったのだ。
「助かります。これでも部長、ちゃんと反省してるし相変わらず突っ走るんで大変なんですよー」
「……そ、その、ちゃんとやってるか確認するためだかんね?」
「はい。ありがとうございます、荻野先輩」
杏の強い語調は、青柳も知っている。臆せず人の良い笑みを返す。
「せんぱい、か……」
杏の動揺をさておいて、こうして『久遠ヶ原学園七不思議―真―』スタート!
●学園長は二人居る
もしかしたら、学園長に関する噂だけで七つ成立するかもしれない。
そんな学園に、ごくごく自然に受け入れられた噂が――
「学園長室の隠し部屋に、学園長のクローンが何人もコールドスリープで眠って居るらしいぜ!!」
噂を通り越して事実として受け入れられかねないのが久遠ヶ原クオリティ。
「今になって、学内掲示板に貼り出されるとかさー そんなん、入学した時からオレは知ってたぜ!」
嘘をつけ、嘘を。
「学園長は二人居て、昼の仕事と夜の仕事を分担してるって話だったけど…… え、クローン?」
「学園長室の、本棚を特定の順番に並び変えると隠し部屋への扉が開くんだよな」
「あたしの寮の先輩で、秘密を確かめようとして失踪したって噂を聞いたわ」
「マジでか。数日消息不明になった後、秘密に関する記憶を無くした状態で戻ってくるって説もあるぜ?」
「知ってる! で、いきなり学力あがるんだよな。変なもの埋め込まれたりしてるんじゃないか?」
「それにしても、まぁ……」
「「学園長だもんな……」」
この一言で、真偽どうこう以前に許されてしまうのも、宝井学園長の人徳であろうか。
(それにしても、想像以上の早さだな)
仕掛け人は、龍仙 樹(
jb0212)。
正直な話、ここまで早いとは予想外であった。
学内掲示板、机への無差別入れ込み用にと大量にプリントを準備していたのだが、半分と少しハケた辺りで口コミの力がペースを上げた。
(これは怖い……)
でも、どこか面白い。
自分で作り出したものが、一人歩きしてゆく。誰もが根を求めるでなく葉を茎を伸ばしてゆく。
樹は苦く笑い、そして次の場所へ向けて駆けだした。
●幸運のウサギ
「この好機を利用して、同志を増やすっすよ♪」
大谷 知夏(
ja0041)は、燃えていた。
動機は一本。『着ぐるみの、良さを広めたい』。
白ウサ着ぐるみに身を包む知夏は、噂の根源が自分であるとバレてはマズイ。自演乙と言われてしまう。
そこで、学食や下駄箱等、自然と人が集まる場所に噂メモを配置するサブリミナル作戦に出た。
――常にウサギの着ぐるみを、着ていると幸運が訪れる。
「わぁっ、ホントに居たー! もふもふしたいっ」
「私なんか、今日で2匹…… 2体? 2人めだもんねー!」
「なにそれすごい あー、今日イイコトあるかなぁ」
「……なにか、間違って伝わってるっす」
『ウサギの着ぐるみを、着ている人を見かけると幸運が訪れる』ちがう、そっちじゃない。
(落ち着くっす、さっきの女の子、『2人目』って言ってたっす!)
まさか、これは、これはまさか、
同志の気配!!
「この調子で、布教すれば、いずれ学園中が着ぐるみで溢れるかもっす!」
(該当者が居たら、後日粗品として甘いお菓子と、知夏お手製の着ぐるみ愛好家認定証を、匿名でお届けするっす! その前に、是非お友達に!)
かくして知夏は、ウサギ着ぐるみ同志を探し求め、学園内を巡る旅へ出た。
●噂と散策
教室を覗いても、クラブを覗いても、誰もが浮足立っている文化祭シーズン。
「七不思議、面白い案だけど、どんなのあるかなあ?」
「噂かぁ……咲耶君は何か考えた?」
『久遠ヶ原 散策同好会』に所属する浅間 咲耶(
ja0247)と伊那 璃音(
ja0686)は、のんびりまったり散歩しながら相談していた。
「そうね。部活も一応散策同好会と銘打っているし、合間に七(八)不思議? 散策ツアーとかやってみようかな? 毎回訪ねる不思議が違うの」
「あ、じゃあこんなのはどうかな」
楽しげな璃音へ、咲耶は『不思議』の一つを提案してみる。
――少し遅くなった部活の帰り、鳴き声を聞いてふと見てみたら白い子猫。可愛いなあと思い近づいてみたら二本足で立って挨拶してきた……
「ふふっ この子は、お話してる事解ってる感じがするし。本当に立って歩きそうね」
璃音は、ふと足を止めてしゃがみこむ。トコトコ二人のあとをついて歩く、咲耶の飼い猫の顎を撫でた。
……二日後。
「今日は、『八不思議散策』ツアーへようこそ」
璃音が、秋の陽だまりのような笑顔でツアー参加者を迎える。
募集も、何処へ貼り出すという形ではなく、咲耶が部活やクラスで噂話を流して集めたもの。
『七不思議制作部』から話を聞いて作成した、不思議のリストやコピーの小冊子を配ってゆく。
記載されている噂スポットは、八どころじゃ収まらない。
「いつの間にか誰も知らない不思議が紛れていて、其処に行くと…… けど、『それ』がどの噂なのか、誰も知りません」
だからリストも小冊子も最後の数ページは空白。
首を捻る参加者へ、璃音は悪戯っぽく片目を瞑る。
「あなたが書き込んで今度はあなたが不思議の語り部に……」
噂を頼りに集う者たちだ、この手の話は大好き。
意気揚々と小冊子を手に散開してゆく後ろ姿を見送った璃音と咲耶は、顔を見合わせ笑いあう。
――あなたは幾つ、不思議を体験しますか?
●学園長にまつわる不思議・弐
「おい! 入ってたか!」
「ダメだ!!」
「これだけあれば強化失敗も怖くないな……」
「いや今ソコジャナイ」
支給品を受け取りに来た生徒達が、何やら騒がしい。
狙いの品は――『学園長のブロマイド』。
ポーズが毎月微妙に違い、全て集めるとパラパラ漫画の様に動くらしい。
しかも、文化祭中にしか手に入らないレアな一枚が有るとの事。
「アンタら…… 馬鹿じゃないの、そんなの集めてどうするのよ、何かメリットあるの?」
「種類があるならコンプしたいマニアのロマンだ!」
「はー……。今年は、何処かに隠されいるらしいって、校内に張ってあるポスターの片隅にヒントっぽいの見たけど」
「おまえも参戦する気まんまんじゃないか!」
――ドタドタと、駆けてゆく生徒達。
「自分で流して置いて何ですが、本当にあのブロマイドには秘密が有りそうで怖いですね。妙に売値が高いのが怪しい気が……」
成り行きを見守っていた雫(
ja1894)は、年相応の表情で、好奇心に支配されていた。
仕掛けとして、学園長に特別ショットもお願いし、秘密の場所に隠しては、居るけれど……
そもそも、ブロマイドが科学室で強化可能という時点で怪しいのだ。
(面白そうです……)
噂は噂、でも『嘘から出た真実』という言葉もある。
パラパラ漫画はともかく、何か裏の秘密が……!?
ソワァ、と頬を紅潮させる雫を、普段から彼女をよく知る友人達がすれちがってはギャップに驚いて、また違う『不思議』が生まれていたことを雫は知らない。
●恋人たちとぼっちの噂
学園のどこかにある石像を、知っていますか?
縁結びの神様なんですって。
場所? それは詳しく知りません。
何しろ、この学園は広いですし……
絵本の読み聞かせのように、雪成 藤花(
ja0292)がホワホワと噂を話す。
「でも、恋人ができるって素敵なことですよね」
遠くで聞き覚えのあるような、男子生徒の絶叫が響いたような気がしなくもなかった。
「あのオブジェの事かな……。すごいよね、三十路のダアト候補が知ってるだけで二人もリア充になってるよ」
昼下がりの、暖かな中庭で。
そっと人の環から歩み寄ってきた星杜 焔(
ja5378)が、藤花の隣にそっと腰を下ろす。
「知ってるかい? この学園にはね…… ぼっち飯な学生たちの思いの結晶が…… 飯食えおばけがいるんだよ……」
ほんわかした藤花の次が、これか!!
ずさー、と空気が一気に引くのを肌で感じ取りながら焔は続ける。
「害はないよ? ただ……ご飯時になると……、美味しいお弁当を手に『飯くってけー 飯くってけー』と徘徊する……ただそれだけさ……」
フッ、寂しげに笑い、顔にかかる前髪を振り払いながら焔は告げた。
「飯くってくと、とても喜ぶらしいよ。弁当も凄く美味しいらしいよ。食べても特に害はないらしいよ……」
楽しげに、けどどこか哀愁を背負い語る焔の姿に、
((本人・談、か……))
その場の誰もが思い、しかし口にはできなかったという。
その夜のこと。
久遠ヶ原学園生徒の多く集うSNSに、一件の書き込み。
学園に伝わる噂を聞いちゃった☆ミ
何でも、秋にはヒモテのカミサマのご利益があるらしいよっ★ミ
文化祭期間中に、シングルの女子がシングルの男子に告白すると成就確率100%なんだってー☆ミ
あと、むしろカップルは別れる確率が上がるらしいから、むしろ学校の中でイチャイチャしない方がいいみたい。
……怖いよねぇ(;´Д`)!
「くくく……完璧だ」
邪悪な笑みを浮かべるはラグナ・グラウシード(
ja3538)。
ヒモテのカミサマの申し子。
偽名を使おうが、解る人には一発で身バレする信頼と実績の持ち主である。
(……ぼっち飯、か)
奴らしい考えだ、そう思う。
かつては非モテ騎士の誓いを結びし同志であった、星杜 焔。
しかし今や、奴も『リア充』に堕ちた一人――しかも、長いこと自分たちへ伏せていた。
それを裏切りと呼ばずして何になるというか。
(くってけー…… ……飯くってけー)
衣擦れの音、か細い声。
ぴたり、ラグナの部屋の前で気配は止まり―― そして去ってゆく。
充分に間を置いてから、ラグナはドアを開けた。
床に、そっと見慣れた弁当の包み。
(飯くってくと、とても喜ぶらしいよ)
知っている。
(弁当も凄く美味しいらしいよ)
知っているとも。
(食べても特に害はないらしいよ……)
ああ、充分だ。もう、充分だ。
「……ふん。気持ち悪い」
拾い上げることも――うち捨てることも、せずに。
ラグナは冷たく吐き捨て、扉を閉めた。
「そう、だよね」
頭からかぶっていた白い布を取り去り、焔は冷え切った弁当を回収し、寂しく戻って行った。
ぼっち飯な学生の思いの結晶が詰まった、弁当を抱え。
●学園長にまつわる不思議・参
文化祭限定学園長ブロマイドの噂が飛び交う中、学食で小さな悲鳴が上がった。
「なんじゃこりゃあ!?」
何故か、メニュー表にブロマイドが差し込まれていた。
画質は悪く、本物では無く何かしらの複製品だと知れる。……誰がこんなことを……。
生徒が、なんの気はなしに裏面へ返し、
「……地図?」
「っぽいな」
「なんで??」
「あ、そういや最近、なんか聞いたわ」
カレースプーンをくわえた男子生徒が、記憶を辿る。
「支給品の学園長ブロマイドには数十枚に一枚、裏側に地図の一部が印刷されていて、繋ぎ合わせると幸せを呼ぶ金色の学園長像の在り処が解るらしい」
「金色……?」
「宝……?」
ごくり。悲鳴に群がっていた周囲も息を呑む。
「そういや、オレの支給品ブロマイドだった!!」
「これだ、この画質のを探せ!」
「支給品じゃなくて、誰かの差し金じゃね!?」
「構うか! 宝探しは男子の浪漫だ!」
(購買に、ブロマイドバージョン2とか売り込もうかなぁ……)
騒動を仕掛けた水杜 岳(
ja2713)は、成り行きをそっと見守り拳を握った。
●ある出店の話
「なぁ、『文化祭に出る幻の出店のスペシャルメニュー』って知ってるか!」
友人に問われ、久遠 仁刀(
ja2464)は足を止めた。
「『ある学生が告白の為に作ったスペシャルメニューだった』までは突きとめたんだけどさあ」
友人は知らない、その噂を流布した張本人が仁刀であるということを。
喉の奥に笑いを潜め、仁刀は応じた。
「俺が聞いた話は、『豪華なサンドイッチのセット』だな。結局告白どころか気付いても貰えなくて、今でもずっと出店を出し続けてるって話。
ネットの書き込みを見ただけだから、それが答えかはわからないが」
「サンドイッチかーー 出店リストにあったかな」
「他の出店に紛れている、どこの所属でもない出店なんだろ?」
「あーー…… 店を見つけて、その先か……」
「成就すると良いな」
「あぁ…… え!?」
恋愛成就に噂頼みの友人へ片手を挙げて、仁刀はその場を去った。
学園初等部女子学生服に身を包んだ鴉乃宮 歌音(
ja0427)は、長い髪をポニーテールに結いあげ完全に女子となりきり周囲に融け込んでいた。
「あのね、大学部の先輩から聞いた話なんだけど!」
『ある幻の屋台に特別な頼み方をすると出てくるスペシャルメニューがある』、文化祭は今回が初めてという生徒も多い初等部で、そんな噂は絶好の好奇の的であった。
「これを持って告白した先輩が成功したんだって!!」
「すごーい 告白かぁ、なんだか遠くに感じるなぁ」
「けど、出店を回ってる時に見つけたら、すごいねぇ」
「先輩に聞いてみよっか!」
無邪気な生徒達は疑うことを知らない。
歌音の言葉にキャッキャとはしゃぐ。
(誰が得する、ということはないが……)
きっと、出店は大いに賑わうだろう。
もしかしたら、模倣する店もあるかもしれない。
これが祭りの空気の醍醐味。
さぁ、今度はネット上で細工をしないと。
女子生徒たちへ別れを告げ、歌音は更なる仕込みへと向かう。
「とある男子学生が、フランスからの留学生の女生徒へ告白する際に和洋折衷の結びつきの想いを込めて作ったんだって」
あずきと苺、生クリームのクレープを頬張りながら桐原 雅(
ja1822)は真相に見せかけた噂を流す。
「『告白の為のスペシャルメニューだった』、それが転じて告白成就のキーアイテムになったわけだね」
一説には、あの苺大福登場以前に考案されたとか……
「結果? もちろん上手くいったに決まってるよ。だって、こんなに美味しいんだから」
指先についたクリームまで綺麗に舐めて、雅はにっこりと笑顔で答えた。
「けど……」
話を聞いていた一人が、おずおずと挙手する。
「それ、学校近くのクレープ屋さんので、文化祭出店のじゃないよね……?」
「ホンモノは『他の出店に紛れている、どこの所属でもない出店』だよっ がんばってね!!」
●ギリギリに挑む
「皆さんは【デロい】って知っていますか?」
そう話しを切りだしたのはレイラ(
ja0365)。
「時々、教室に依頼がでてるのですけれど……【デロい】に遭遇すると少し艶やかになれるそうです」
「レイラさんは、依頼をこなしたことがあるんですか?」
艶やか……その単語に興味を抱く女子生徒の一人が訊ねる。
「うふふ…… どうでしょう」
レイラは、少し大人の艶やかな表情で微笑んで受け流す。もしかして……、女子たちが想像力の羽を広げる。
そして、最後にそっと爆弾を投下。
「ちなみに、【デロい】と表示のついていないものにも、罠はたくさんあるんですよ。依頼を選ぶ際は、気を付けてくださいね」
何をどう、どんな方向で気をつけろと言うのか――
意味深な言葉で、制服の裾を翻しレイラは女子の環からそっと離れた。
(以前も、七不思議を作っていたような気がします。折角の文化祭ですし……こんな形でも)
嘘ではない。噂には、ほんの少しの『ホント』を混ぜるのがポイント。
いつになく楽しい気持ちでレイラは廊下を歩く。
(――ああ、そういえば)
依頼人である『七不思議制作部』、この二人もレイラにとっては不思議の一つであった。
高等部と中等部の二人だけのクラブ。周囲を巻き込み巻き込まれ、常に一緒に居る印象がある。
(二人の馴れ初めとか、聞いてみようかしら)
少なくとも、【デロい】こととは無縁そうな二人ではある。そんなことを、考えながら。
●落し物係さん
すでにオープンしている出店もある。
校舎内を適当に流していた桐生 直哉(
ja3043)は、適当にその中の一つを覗き、声を掛ける。
「学園で落し物をして見つからない、なんて人いる?」
3、4人が挙手。
この慌ただしさだ、然もありなん。
「それなら『落し物係さん』っていうオバケが拾って保管しているかもしれないよ」
――オバケ。その響きに、場が一瞬、静まり返る。
「深夜0時に教室で目を閉じて『〜〜はありますか?』って訊くと、『あるよ』って言って、机の上に置いていってくれるんだって」
よく聞く、怪談の類のようにも思える。
ドロドロした話じゃなくてよかったと、安堵の空気が流れたところで直哉は声をワントーン、下げた。
「途中で目を開けると、本当に大切な物が無くなるらしいよ」
見つかると良いね、落し物。
そういい残し、次の出店へと直哉は渡り歩いてゆく。
●幸運を呼ぶカブトガニ
(今日の分は、これでおしまいー……)
楠 侑紗(
ja3231)は、走り続けて上がった呼吸を静める。
放課後、特定の時間帯に色んな教室のロッカーやら机の中に紙製のカブトガニが隠されるのだとか……。
その裏には番号が書かれてて、『当たり』を引いた人には何かとても良いことが起こるかもしれない……。
そんな噂を流し、紙製のカブトガニを仕込み回るのが侑紗の仕事となっていた。
毎日『置く→回収』を繰り返し、『当たり』が無くなるまでの肉体労働である。
(賞品とかは、予算の都合で用意できませんがー…… 何か良いことがあると良いですよね)
ネットの掲示板を利用し、それなりの反応は得ているけれど、未だ『当たり』を引き当てる者は居ない。
――もしかしたら、当たりを引き当てること自体が、幸運なのかもしれない。
『当たり』はカブトガニの染色体本数にちなんで26番だが、せめて誰か、そのことに気づいて欲しい。
そんなことを思いながら、侑紗はお手製カブトガニを胸に抱いた。
●天使と銅像
「楽しい噂かぁ……。僕は噂って好きじゃないし、ジンクスも、あんまり信じてない……。どうしよ?」
依頼を引き受けたものの、浮かない表情の紫ノ宮 莉音(
ja6473)。三善 千種(
jb0872)へ相談を持ちかけていた。
「んーっ そんな、難しく考えなくてもいいんじゃないかな。元気に、周りを明るくできるようなのもアリだと思うっ」
元気系自称アイドル陰陽師は、言うことが違う。
「明るく……。信じない人だって興味を持っちゃうような仕掛け……」
千種の言葉から、莉音はうんうん唸って考える。
「そうだ、信じなくていいんだ、面白ければ♪」
「それそれ!!」
ぱっ、と二人は顔を合わせる。
さぁ、どんな仕掛けをしよう!!
不思議なお話、聞いてくれますか?
夜。灯りもない音楽室から声が聞こえる。
――聖歌だ。
なぜ? 誰?
儀式をしてるらしいんだ。
歌で呼びかけながら、窓に向かって真っ直ぐ歩く。
前以外を、絶対に見てはいけない。
目を閉じて暫し。成功すれば窓に奇跡が映るとか――
「さて、音楽室に仕掛けをしておこうかなっ」
噂の内容が固まったところで、千種がパンと手を鳴らす。
音楽室の肖像画を、髪型はそのままに顔を彼のギメル・ツァダイの笑顔に書き換えた物を用意して。
「一枚、ムスカラテッロ入れておこうね☆ 忘れちゃいけないよ……」
「ギメルなんか大っ嫌いだけど…… ブラックジョーク? そういうことだね」
準備完了の音楽室。
苦笑いをするしかないズラリ並んだ肖像画を前に、莉音はカクリと首を捻った。
天使の奇跡がそこに☆ 引っかかってくれる人は、居るかなー?
なんか夜に音楽室で窓際で聖歌を歌うと奇跡が起こるんだって。
10分祈った後に電気をつけると……そこに奇跡が!
「と、聞いたことがあります、試してみます?」
わけあって、夜の音楽室へやってきたカタリナ(
ja5119)が或瀬院 由真(
ja1687)へ問い掛ける。
「こんな時間に忍びこむことも、めったにないですし……」
由真が、こくこく頷く。
「えー、それでは僭越ながら」
咳払いをひとつ。
カタリナは目を閉じ、馴染みある聖歌を唇に乗せる――
「――何も起こりませんね…… 噂は噂、ですか」
苦く笑う、カタリナの袖口を由真が引いた。
「カ、カタリナさーん!? ギメルさんが肖像画のムスカラテッロいです!?」
入った時には気づかなかった、肖像画の変化に由真の声が裏返る。
「……ギメル・ツァダイ!? 天使は天使ですけど……よりにもよって!?」
「あの噂、真実だったんですね……っ」
「こ、こんな真実、誰得……!!」
猛烈な脱力感に襲われ―― それはそれとして、二人は当初の目的であったレコーダーを見つけだし、音楽室を後にした。
さて、音楽室の噂と同時進行で、こんな不思議も囁かれていた。
『学園長の銅像にくず鉄を奉納すると学園長の声がして何かが起こる』
噂に事欠かない学園長である。
音楽室の証拠隠滅をした千種と莉音は、夜の学園も乙なものと、ついでにそちらを試すことにしてみた。
「あれっ、ゆまさん?」
「私の大切なカイトシールドが……保険をかけなかったばかりにっ」
そこに、くず鉄を手にたそがれる由真の姿。
「ナイスタイミング! 鉄くずくださいっ☆」
「これが必要なのですか? 分かりました、お譲り致します……」
なぜ、こんな時間に由真が。科学室で、くず鉄。
そんな裏を考えることなく、渡りに船と千種は元カイトシールドであったくず鉄を譲り受けた。
「何がおこるかなっ☆」
『何かが起こる』そんな、ザックリとした噂でしかない。
季節外れの肝試し気分で、千種と莉音は連れだって学園長の銅像のもとへとやってきた。
くず鉄を奉納すると――
\君は実に運が無いな/
「わわっ!!!?」
学園長の声とともに、ひらひらと大量の学園長ブロマイドが空から舞い落ちてきた!
「……」
「…………」
驚いたのも、一瞬。
誰得―― というのは、自分たちの仕掛けも然り、であって。
「みんなにもやってもらわなくちゃ!」
莉音が、何かふっきれたように笑った。
文化祭期間特有の高揚感。
お祭り騒ぎは、終わらない。
笑い声をあげる二人からは見えない位置で、由真はカタリナへサムズアップした。
「ん、完璧ですっ」
●救いを呼ぶ手
音楽室、科学室――それぞれの騒動も収まり、深夜。
深夜の依頼斡旋所にまつわる、こんな噂が動く時間帯。
依頼斡旋所の窓に、救えなかった天魔の被害者の人魂が映るのだそうだ。
「見た人は金縛りにあったりするらしいです……。そのままでいると人魂が人の形になって襲ってくるんですって……」
氷雨 静(
ja4221)が、斡旋所で依頼を探す生徒へ世間話がてらに耳打ちする。
(少々脅かすくらいなら許されますよね?)
オバケだなんだといったものと、縁遠い生活。
それでも、ちょっとしたスリルを楽しみたい年頃なのだ。
――そんな、動機だったわけだけど。
(来ました!)
夜な夜な忍びこんでは、ぼんやりとした明るさに調整した光源球で脅かしていた静だが、本日は一味違う。
窓の外にぶら下がりつつ、灰縛手を目撃者へ仕掛ける!
「うらめしや〜 でございますよ……」
オーソドックスであるが、暗闇で突然動きを止められた生徒の動揺はそれどころではない。
(腕が痺れて参りました……っ 限界です……!)
静が窓から落ちるのと、拘束の解けた生徒が逃げ出すのはほぼ同時であった。
((き、危機一髪……))
●生まれ変わりドリンク
朝一番に登校した生徒が、机の上に置かれたペットボトルに首を傾げた。
「どうしたんですか?」
楯 清十郎(
ja2990)が、そこへ声を掛けた。
「あー、いや…… 昨日、ウーロン茶置き忘れたと思ったんだけど」
そんなクラスメイトの手には、未開封のアイスコーヒー。
「突然変異でしょうか?」
「科学室じゃねーから」
「……あれ、僕のもだ」
それが、二日前のこと。
『教室の机にペットボトルを置きっ放しにしておくと、次の日に新品だけど別のものに入れ替わっている』
清十郎のクラスでは、そんな噂がすっかり浸透していた。
一般的な飲料から罰ゲームに使われそうなアレな飲料まで、ペットボトルであれば無差別に突然変異を起こしている。
誰が? なんのために??
突拍子の無いラインナップもあることから、すっかりクジ感覚となってしまっている。
(明日からは他のクラスにもランダムで仕込んでいきましょう)
期間限定の、ちょっとしたイタズラ。
気味悪がる生徒も居るけれど、少しでも面白がってもらえればと思う。
●噂のあの子
「あーっ 見つけた! なによ、風邪で休むって言ってたのに、呑気にゲーセン行ってたなんて信じらんない」
「は? なにそれ、ずっと安静にしてたっての げほっ」
穏やかじゃない言い合いをしている女子生徒二人。
「あの子が出たのねェ……学園祭の時期になると毎年現れるのよねェ、あの子ォ……」
そんなところへ、黒百合(
ja0422)が会話へ滑り込む。
「え? なにそれ、どういうこと?」
問われ――しかし、黒百合は無言の笑みを返すだけ。
翌日。
顔面蒼白で先日の風邪引き少女が友人へ相談を持ちかけていた。
「なにあれなにあれ! 血染めの包帯のあたし……っ ノート、取りに、教室戻ったらっ……」
何も言わず、にやりと笑みを浮かべ……音なく去って行ったという。
「意味わかんない、こわい〜〜!」
(ふふっ 意味なんて、無い方がいいのよォ?)
遠目で満足げな表情を浮かべ、黒百合は次のターゲットを求め校内を彷徨う。
●ミイラ撮り
「報酬もないのに彼らは何故集い、七不思議を作ろうというのか」
それを言ったら試合終了のセリフを、スクリーンを前にしたグラン(
ja1111)が口にした。
「私はこの不可解な現象についての調査を行いたいと思いました。この5日間の映像記録としたものが、こちらです」
それは、ひたすら七不思議を制作せんとする若者たちのドキュメンタリー映像。
何故、このような行為を行うのか。
しかし、彼らの行動を観察するに文化祭による意識の高揚だけでは説明できない何かが人を動かしている。
「――ご静聴ありがとうございました。このドキュメントを通し、確信したことがあります。
すなわち『八番目の七不思議』を作るために活動している彼らこそが既に『七不思議のひとつ』であると――」
上手く纏めたグランへ、挙手が一つ。
「あなたも、そんな無報酬依頼へ参加した一人なんですよね?」
――それを言ったら試合終了のセリフであった。
●めくるめく日常へ
「……は? 何、それ? 部員って何の話よ?」
イベント期間が終了し――参加者のフォロー手伝いをしていた杏が、キョトンとして『七不思議制作部』部員二人を見た。
「すっかり、板についてきたじゃない」
「私、『部活の掛け持ち』する気はないし」
そもそも『二人の手伝いなどしていない』と、柏木へ首傾げてみせる。
「えーっ 筋、あると思うのにーー。杏ならわかってくれると思うんだけどな」
「無理強いしないでください、ほら、荻野さん、怒っ 違う、困ってるでしょう!」
「どうでもいいけど…… 飽きないね、あんた達」
それにしても、たった5日間とはいえ――ずいぶんと、豊富な噂が飛び交ったものだ。
『三人』で確認した噂をまとめた書類を指でさばきながら、杏は感心する。
そして、その裏側に――『八不思議製作を手伝ってくれる幻の部員』の噂がひっそりと、書きこまれていた。