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マスター:佐嶋 ちよみ
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
形態:
参加人数:8人
サポート:7人
リプレイ完成日時:2012/06/22


みんなの思い出



オープニング

●ジューンブライダルの憂鬱
「結婚することになりました」
 海の見える教会のパンフレットを斡旋所に差し出し、それから赤毛はその場にうずくまった。
「おめでとうございます。お相手はどこの天魔ですか。6本足とか目玉が8つとか炎を吐くとか」
「まさかの人外確定選択肢ありがとう。違うー 見合いなんだよー」
「人間なんですか!」
「驚くところ、そこじゃないよね」
 ようやく立ち上がり、筧 鷹政(jz0077)は生徒に事の次第を説明し始めた。

 とある仕事で知り合った先の令嬢がいわゆる結婚適齢期で、良いお相手を捜しているとのこと。
 形だけでも良いから結婚をしておきたいということ。
 もう、いっそ、写真だけでもいいから撮っておきたいということ。
「写真だけですか」
「写真だけで済ませてもらうよう、交渉しました」
「けど……そこのお宅に写真が飾られるってことですよね…… へぇえええ」
「うわぁあああ」
 そこまでカンガエテナカッタと、赤毛が再びうずくまる。
「いやね、それでね、形だけなんだけど、一応ロケ撮影もあってね」
「なんですかそれ」
「プロモーションビデオ風に仕立てるらしい」
 生徒がそこで爆笑した。
「まぁ、いいんだよ、俺の事は。それよりサ、憂さ晴らしがしたくて」
「憂さ晴らし……ですか」
「結構、この学園にもカップルは居るだろう。学生結婚の子もいるよね」
「ああ、そうですね。にぎやかです」
「集団結婚式、どうかなぁと思って」
「へ?」
「新郎(仮)の後輩たちと一緒に幸せになります! という。話はつけてきた!」
「先走りにも程がありますよ!?」


●グループ結婚式のお誘い
6月吉日、海の見える教会で結婚式を挙げませんか

挙式済みの方は、あの時なやんで諦めたもう一方のドレスを再び
挙式を考えていた方は、これをチャンスに勢いで
まだ……カップルになったばっかりなんだけど、と初々しいお二人は未来を想って
相手は特にいないけれど、衣装を着て雰囲気を味わいたい! という方も
むしろ、裏方任せろ! 司祭やっちゃうよ! 会場セッティング凝っちゃうよ! という方も
結婚には未だ早いけれど、フラワーガール・リングボーイをしてみたい! という子も
花嫁の父母ポジションをやってみたい方も
結婚といえばつきものである! 花嫁奪取コントを演じたい方も

一緒に『結婚式』を盛り上げましょう
御参加、お待ちしております
※尚、挙式イベントのみであり、その後の披露宴等はございません
食べ物を楽しみになさる方へは申し訳ありません


●チャペルの鐘を皆で鳴らそう
「詰め込みましたね」
「せっかくだから、楽しく行こうかと」
 貼りだされた依頼書を眺め、鷹政は満足げに頷く。
「結婚式は、カップルだけのものじゃないと思うんだ」
「巻き込まれる人のものでもあるわけですね」
「言わないでください」
 沈む赤毛に、斡旋所の生徒が気になっていた事を訊ねた。
「そういえば。いくら写真だけとはいえ、結婚した相手っていうのに……御家族は、先輩の事を他の方へどう説明するんでしょう」
「『腕の立つ撃退士でしたが、志半ばに天魔の牙により……ああっ』」
「依頼、楽しくなると良いですね」
 その言葉が、生徒にとって精いっぱいの慰めであった。


リプレイ本文

●誓いの鐘が鳴り響く
 6月吉日、晴天。
 真っ青な海を背にした、白い教会。
 初夏の風が爽やかにそよぎ、この日、誓いを新たにする若者たちを歓迎した。


「タイが曲がっているよ。どれ、直してやろう」
 白地に金の装飾をあしらった法衣、首からは十字架飾り。司祭の衣装に身を包んだ鴉乃宮 歌音(ja0427)が、慣れぬ正装に四苦八苦する新郎たちのフォローにまわる。
「うむ、なかなかの見立てだな。新郎は体型にあったピシッとしたものがいい」
 歌音は満足げな表情で、権現堂 幸桜(ja3264)の胸元を軽く叩いてやる。
「ほ、ほんとですか? おかしく……ないでしょうか。めったに、着る事がなくて……」
 『男の子の服を』そこまで言い掛けて、幸桜は言いよどむ。

(結婚式……だもんな)

 年齢が達していないから正式なものではない、けれど、こんな機会は滅多に訪れるものではなかった。
(6月14日はリナの誕生日……)
 幸桜は壁向こうの控室で準備を整えているであろう、恋人のカタリナ(ja5119)を想う。
(僕は将来はリナと……なんて思ってるけど、リナはどう思ってるんだろう?)
 駄目もとで誘ってみたら、二つ返事で逆に自分が驚いた。
『ええ、ちょっと雰囲気を味わってみるのもいいかもしれませんね、面白そうですし参加してみましょう』
 それが、彼女の言葉であった。
 嫌ならOKするハズがない、そうは思うけれど……
 と、そこで思考を止めて、頭を振る。
 生まれて初めて袖を通す、白のタキシード。
 衣装合わせの段階で、決めたはずだ。
(今日、僕は――……)


 他方。花嫁控室。
「彼女と結婚する場合絶対和式、土地神祀る家系の『戦巫女』の地位にある人ですから。でも、ドレス姿って見てみたいじゃないですか!」
 ウェディングドレス姿で訴えるのは、新郎……のはずの、水屋 優多(ja7279)である。
 白にほんの少し水色を混ぜたような色合いをしたハイネックの長袖のドレスは、中性的な容姿の彼を、完全に女性へと魅せている。
「『依頼ならちゃんとやらないと。新婦が新郎よりも背が高くて体格良いのは見栄え悪いと思うから、俺が新郎でユウが新婦役な』って…… あんまりです」
 そんな彼のお相手・礼野 智美(ja3600)は新郎側の控室にいる。
「似合って……ますよ?」
 隣の席でメイクをしてもらっているカタリナが、フォローの言葉を掛ける。
 どうも他人事とは思えない。
(……誘ってもらったはいいですが…… これは『そういう』つもりなのでしょうか……)
 いつになく、真剣な表情だった幸桜を思い出す。
 ドキリ、と時間差でカタリナの胸が鳴る。
「……カタリナさん?」
「いえ、いいえ…… そうですね、『依頼』……ですから」
 『本番』も楽しみですね。
 カタリナの言葉に、優多の顔が見る見る染まった。
 同時にカタリナの頬も染まっているのは、柔らかな色合いのチークのせいだとしておこう。
 全員が着替え終わった頃合いを見計らい、こちらにも歌音が顔を出す。
 手には、数種類の香水が入った紙袋。
「各個人で用意したものがあれば構わないが……こちらからも、それぞれに似合いそうなものを持ち込んでみた」
 きゃあ、と女子たちが歓声を上げる。
 予想に無い、嬉しい差し入れだった。
「女性は可愛く、美しくあらねば」
 ヴェールなどの調整を施しながら、歌音が優多の視線に気づく。
「美しかったぞ。安心せよ」
「〜〜〜っっ」
 優多は、この感情を上手く言い表すことができなかった。ただ、どうしてか、泣きたくなった。式はこれからだと言うのに……



●麻生家・樋渡家
 依頼人が先に挙式を済ませており、赤毛の新郎が手早く着替えて『花嫁の父役』をするという。
 『父役』に威厳が足りない気もするが、手慣らしとしては丁度いいのかもしれない。
(リハーサルついでに、ここらで決意表明と行きますかね)
 黒のタキシードを着込んだ麻生 遊夜(ja1838)の余裕は、控え室から出て、花嫁と対面した瞬間に霧散した。
「ん、綺麗であるな…… 似合ってるよ」
「馬子にも衣装と、言うものですね…… 遊夜さん。似合ってます」
 遊夜の緊張を見透かし、樋渡 沙耶(ja0770)が笑いをこらえ、彼を見上げる。
 純白のウェディングドレスにヘッドドレス、ブーケは彼女の髪に合わせた、空と海の色。
 ヴェール越しに、どの宝石よりも美しい瞳が遊夜をとらえる。
 言葉を呑みこみ、心の声も呑み込み、数瞬の沈黙の後。
「ではエスコートさせて頂きます、お姫様」
 遊夜は恭しく花嫁の手を取り、式場までを並んで歩く。
(いやぁ、やっぱ緊張するやなこれは……)
 所持スキル・ポーカーフェイスを発動させても、姫のエスコートは難しい。

 チャペルの入り口では、筧が待ちかまえていた。
「娘が欲しければ、この俺を倒してから……!」
「そういう茶番はいらないのさ……」
 ノリノリの『花嫁の父』に肩の力を抜かれ、遊夜は名残惜しく沙耶の手を離す。『父』へ託す。
「直ぐに、取り返します」
「はい……待っててくださいね」
 荘厳なパイプオルガンの音が、扉の向こうから流れてきた。

 深紅のバージンロード。
 振り向き、沙耶を待つ遊夜。
 言葉なく、そっと腕へ、小さな手が乗せられる。
 2人だけで歩き出す、新たな道。

「お待たせ致しました。では式を執り行います」
 司祭に扮する歌音が厳かに告げる。その手には、聖書を模した台本。
「――苦楽を共にし、互いを想い、互いにのみに添い遂げる事を誓いますか?」
「私遊夜は常に沙耶さんのことを一番に想い、出会ったときから変わらず全てを捧げ、永遠に愛することを誓います」
「誓います」
(いつかは両親にも認めて式に出て貰いたいな……)
 揺るがぬ遊夜のこの誓いを、誰よりも聞いてほしい二人がここに居ない事を、沙耶は少しだけ寂しく思う。
「……本番は2年後になるけど、変わらぬ想いをこの指輪と共に捧げます」
 俯く沙耶へ、遊夜はそっと片膝をつく。
 彼女の細い左手の薬指へ、ブルートパーズの指輪を滑らせる。
 沙耶の誕生石であり、その髪と同じ色。きっと、彼女を守護してくれる。
(これで沙耶さんは俺の……俺のものだ。誰にも渡さない……絶対にだ!)
 きゅ、そのまま手を握り、遊夜は思いに耽る。
(……違う! 全ては沙耶さんの為に……。沙耶さんが幸せであるならそれで良いんだ)
 相反する心の葛藤。
 この独占欲を晒す心の準備は、まだできていない。
 立ち上がった遊夜は、緊張気味の笑顔を見せた。
「……遊夜さん」
 もしかしたら、こんな自分の感情も、彼女には筒抜けなのだろうか?
 あるいは、彼女も緊張しているのだろうか?
 少し潤んだ瞳が、遊夜を見上げる。
 ヴェールを上げ、しっかりと視線を合わせ。
 そうして、2人の影が、そっと重なる。



●柊家・アルバトレ家
 純白マーメイドラインのドレスに身を包み、長い髪はお団子にして一まとめ。
 『男子の服』を着慣れぬ男子がいるのであれば、レギス・アルバトレ(ja2302)は女子のそれであった。
 過去の経験から男性恐怖症気味、自然と女性らしい服を纏うことも少なくなる。
 教会自体は馴染みのある場所、ただし修道女の姿であれば、の話であって。
(緊張……してるだけ)
 小刻みに震える体を抱き、レギスは不安と緊張を噛み殺す。
 やがて、控室の扉がノックされた。
 ――自分たちの、番だ。

 廊下へ出ると、白いタキシードを着こなした柊 夜鈴(ja1014)が固い表情で待っていた。
 その瞬間に、レギスの心をむしばむ黒い影は霧散する。
「夜鈴……」
 愛しい人の名を、無意識に唇に乗せる。
「どうした、レギス?」
 着飾った花嫁を前に、どうしたもこうしたもなかろう。反応を失う程度に、夜鈴もまた、緊張しているのである。
「……ここに来て、貴方と出会って。付き合い始めて半年、早かった気がする……」
 ひとことひとこと、噛みしめるように。胸に咲く、喜びの花を抱きしめるように。レギスは言葉を紡ぐ。
 そうして並んで、歩き出す。
「俺もかな……?」
「そうなの?」
「そんな感じがする」
「何それ?」
 夜鈴の淡々とした物言いに、レギスがくすくす笑う。
 そんな彼女に、夜鈴は愛おしそうに目を細めた。
「……レギス、これからも、俺が護るから」
「有り難う、夜鈴。とても嬉しいわ」
(不思議……。夜鈴と居ると、どんな不安も緊張も、解けていく)
 それは、今はじめてのことではない。
 しかし、事ここに至り……改めて、感じるのだ。
 この人の存在が、どれだけ自分にとって、掛け替えのないものかを。
(出会えて……良かった)
 並び、歩くことのできる、幸福を。

 歌音が、とうとうと聖書の文面を読み上げる。
「誓います」
「……誓います」
「それでは……指輪の交換を」
 夜鈴より預かっていたリングを、歌音が取り出す。
 スッ、と手を取られ、レギスは上目遣いで夜鈴を見つめた。
(格好良いなぁ……)
 真剣な表情、ややぎこちない手つき。ひとつひとつが、レギスの心に暖かな波を起こす。
「レギス、これからもよろしくな」
「はい……どうか、末永く」
 夜鈴の手に触れ、自らもリングを通し。結ばれた契り、今は未だ仮のものだけれど。



●権現堂家・フローエ家
「ドレス姿、僕には勿体ないくらいに綺麗だよ」
 カタリナを飾るのは、プリンセスラインの白いドレス。
 幸桜は気後れしながらも、素直な心情を伝える。
「コハルも、とっても似合ってます」
 凛とした雰囲気のカタリナが、ふわりと柔らかに笑う。多少の照れも混じっているのであろうそれは、普段の彼女を知る者を驚かせるものであった。
「……っ」
 胸が鳴る、息を呑む、手が震える。
 なぜか花嫁にエスコートされるような形で、2人はゆっくりと司祭の元へ向かう。
 決意を込めた幸桜の眼差しを、歌音が受け止め、重々しく頷く。
「汝――権現堂 幸桜。その姿で、間違いないな」
「はい、ちかい ……ぅえ!?」
「違いないな?」
「な、ないです! 誓います!」
 台本には無い司祭の言葉に、アタフタする幸桜だが、歌音の心配りに気付き、胸を張り、答える。
(嬉しい)
 静かに心の中に広がるのは、喜びの感情だった。
「リナ…… すごく綺麗……」
 見つめ合い、指輪の交換をし。
「僕、すごく幸せだよ。――男でよかったって、思う」
「……コハル」
 事情から、女性の服装を纏い人前に出ることの多い幸桜であるが、れっきとした男である事。
 当たり前だけれど、大切な事。
(私が、好きになったのは――……)
「私も、幸せです。とても」
「リナ、お誕生日おめでとう」
「!」
 幸桜の、真剣な眼差し。
 カタリナの、驚いた表情。
 ――そして、誓いの口づけを。



●高野家・幸来家
 先輩たちの式が、続々と挙げられる中。出番を次に控え。
「き、きんちょーするな……。俺、変じゃないか……?」
 憧れの舞台に手は震え、声は上ずって泣きたいくらい。
 幸来 鈴(ja8728)は高野 晃司(ja2733)のタキシードの袖口を、クイと引っ張る。
 小柄な鈴に、良く似合うミニのウェディングドレス。
「すごく可愛いよ、りんちゃ」
 上ずる声で応じる晃司にも、余裕などかけらもない。
(顔、赤くなってないよな……)
 交際を始めて間もなく、貼りだされた依頼書。あれは運命だったに違いない。
 愛があればどうにでもなる!
 どうにもならないのは、自分の年齢だけ!!
 ――こんなにも、誰かに夢中になる自分など、想像もつかなかった。
 『いつも通り』を努めようとすればするほど、動揺ばかり広がり挙動不審となる。
「コージ?」
「りんちゃ……」
(可愛い可愛い撫でたい撫でたい!)
 式などそっちのけで、いや大事なのは式だ。
 そう、本来であれば『どうにもならない』ことを、今日、この場でならできるのだから!

 荘厳な空気の中へ、ひとり歩きだす晃司。
 客席には、先に式を済ませた先輩たちが、祝福してくれている。
(先輩達、格好いいな……)
 誰もが皆、幸せそうに寄り添っていて。
(いや、落ち着ける方がすごいよ……うん)
 緊張して当たり前。開き直り、晃司は胸を張る。ぎこちなさが残るのは致し方ない。
 振り向き、花嫁が入場してくる。
(……顔赤くなってないよね。さっきより赤くなってないかな?)
 せめて、彼女の前ではカッコよくありたい。
 しかし、それ以上に彼女の傍に居たい。
 並んで歩く、練習の時より、やや近付いて。そのことに気づく人は、どれくらいいるだろう。
(……撫でたい撫でたい……全力で撫でたい!)
 これを煩悩と呼ぶのなら、人に108あるというのなら、到底そんな数字じゃ表せない。
 晃司の頭の中では、理性と煩悩の壮絶なバトルが繰り広げられている。
「……俺、まだコージに言ってないよな」
 司祭の言葉に紛れ、鈴が晃司を見上げ、内緒話をする。
「え?」
「――……本当に誓える?」
「…………あ……誓います」
「誓います……」
 イタズラ好きな司祭が、何やら含みのある発言をしたようだが、心のバトル中である晃司の耳には語尾しか聞き取れなかった。
(……気にしない、気にしない♪)
 ここでようやく、持ち前の軽さを取り戻す。
「指輪……高いのは買えなかったけど……これでいいかな??」
 晃司は身をかがめ、ジルコニアの指輪を鈴の小さな手に嵌める。
 ――いつか、正式に渡せる日を夢見て。
 鈴もまた、精いっぱい背を伸ばし、晃司の手をとる。
 いつも、自分を撫でまわす手。こうして触れるのは初めてかもしれない。
「では誓いの証にここでキスを」
 来た……!
(人目なんて気にするな……一瞬で終わる…… 終わらなくていいけど……)
 鈴に合わせ、晃司が身をかがめる。
 目と目が合う、その瞬間、鈴がニコリと笑った。
「大好きだよ」
 晃司の中で、何かの糸が切れた。
 愛らしいその顔へ、唇を落とす。
 一度目はおでこ。
 二度目は頬。
 三回目は、唇に……


●礼野家・水屋家
(いつの間に……こんな)
 バージンロードの向こう、タキシードをビシッと着こなす幼馴染の智美が優多を待っている。なんたる男前。
 『依頼なんだ』と誘ったのは自分。素直な気持ちを伝えられなかった自分。
 とはいえ……あそこに立っているのもまた、自分であるはずだった。
(こんなことに、なったんだろう)
 太陽の様に眩しくて魅かれている彼女は王子様の姿。対する自分はお姫様。
 ちなみに、指輪の準備も彼女が済ませた。
 なんだか、男として情けなくなってくる。
 低いヒールを隠すよう、足元まで隠れるロングのドレスにヴェール。しずしずと歩きながら、優多は智美に立ち並ぶ。
(――あ)
 そして、気づく。
 彼女のドレス姿を見たいと望んだことは本心だ。けれど……もし、彼女がドレスを着て、ヒールを履いたら?
 普段であれば、そう変わらない身長の自分たち。
(依頼をちゃんとこなさないって、智美に思われるのは嫌だったけど……)
 もしかして。もしかして。
 優多の頬が、期待に染まる。
「……汝、礼野 智美は」
「省略でお願いします」
 スパッと言い切った彼女に、優多は度肝を抜かれる。
 歌音も虚を突かれ、目を丸くしていた。
 聖堂に、沈黙が流れる。
「あー、汝。礼野 智美は……己が胸に住まう神へ、水屋 優多を、生涯の伴侶とすることを……誓いますか?」
 智美は土地神である女神を祭る家系であり、戦巫女である。
 『姫神様以外の神様に誓うなんて、模擬でも出来るだけ避けたい』、生真面目な彼女の考えはわかる。
 控室でも、浮足立つことなく毅然としていた智美の姿を、歌音は見ている。花嫁は女性の夢ではないのか? そう、問いもした。
 優多側の感情は、聞くまでもないことだった。
 だから、悪戯をしかけてやる。
「……あ」
 智美が口ごもる。
 『正式な宗教モノじゃないから、とにかく式を楽しんで』依頼主が、チャペルの前で無責任に笑い飛ばしていたことを思い出す。
 そう、これは『依頼』で。
 でも、模擬だとしても『神』に――自分が守り、信じる者に対し――
 嘘をつけるわけがない。
 けれど、それが…… 嘘じゃ、無かったら?
「……智美?」
 沈黙の花婿へ、花嫁が小首をかしげる。
(本当は…… 本当に、いやだったら……どうしよう)
 幼馴染の不安が見て取れる。
 智美の心が揺らぐ。
 信念や価値観、そういった類ではなくて、これは――
「俺、は……」


●クラウド家・木ノ宮家
 純白のウェディングタキシードに身を包み、ファング・クラウド(ja7828)は花嫁・木ノ宮 幸穂(ja4004)の登場を待った。
 マリアベールにエンパイアラインの小花飾りががあしらわれたウェディングドレス。小柄な彼女に、よく似合っている。
 ゆっくりと辿りつき、幸穂がファングの腕をとる。
「ファングさん……」
 いつも穏やかな笑みを絶やさぬこの少女に、自分はどれだけ救われてきただろう?
(幸せな一時、それは一瞬にして永遠……)
 幸福を失うということを、ファングは知っている。そのあっけなさも、絶望感も。
 永遠に思える心の闇、そこから自分を救いあげてくれたのが幸穂だ。
「……行こう」
「はい!」
 新しい道を。2人の道を。
 その言葉をファングが紡ぐのに、どれほどの勇気が必要だったか――
 吹き飛ばすような笑顔で、幸穂は応じた。
 それでいい。そんな幸穂だから……今、隣に居る。

「愛するあなたが望み続けるかぎり側にいること、あなたの帰る場所になること、あなたの側へ何があろうとも帰ることを誓います」

 淀みなく。迷いなく。幸穂はファングを見つめ、誓いを立てる。
 交わされたのは、蒼いダイヤの指輪。
 己の瞳の色に、ファングは固く誓う。
「大丈夫、もう、離れたりしない……!」
 かつては、ただ黙々と人を殺す機械だった少年、そんな彼が、絶望を経て手に入れた幸せ。
 それが、どうか明るい物であるように、そう祈るように。
 ファングは幸穂を軽々と抱き上げ、お姫様抱っこでクルリと回る。ひらひらと、ドレスのすそが花弁のようにひるがえり。
 追うように、ファングの紅い髪もなびく。

「愛してる。愛してる! オレは、ここに誓う!」

 何かから解放されたような、晴れやかなファングの笑顔。
 止められない若者の衝動に、参列者たちが喝采を上げた。


●青戸家・ルーネ
「凄い綺麗な教会…………。ここで挙式とか、どうしよう一生分の運を使い切ったかも」
 チャペルでの挙式の後、和式で屋外挙式が行なわれる。ラストを飾るのは、青戸 誠士郎(ja0994)とルーネ(ja3012)だ。
「筧先輩には悪いかもしれないけど……このお見合い? 話が筧先輩に舞い込んでよかった」
 いたずらっぽく、ルーネが誠士郎へ言葉を掛ける。
 神前式というと屋内で堅苦しいイメージがあったが、晴天の下、潮風に吹かれてだなんてロケーションなんて、なかなかないだろう。
 ルーネは白無垢と綿帽子を着用、白打掛は流水柄に鶴が舞う古典柄。
 新郎の誠士郎の紋付き袴姿は、なかなか堂に入ったものだ。
「……お、思ったより白無垢って重い……」
「動き回るからだよ」
 カメラを手にする恋人を、誠士郎は微笑ましく思う。
「だって! 順番待ちとか式を進行している様子とか、撮れるだけ写真に収めておきたかったんだもん! 私たちにしかできないじゃない?」
 式の、ギリギリ最後まで見守れる。
 学園生たちの合同挙式だなんて、一生の宝物だ。
 全員一緒やそれぞれペアごとの記念写真と自分が撮った写真を使い、後日記念アルバムにして参加者全員に配るつもりなのだ。
 もちろん、一人で裏方を担ってくれている歌音の姿もバッチリしっかり収めている。
「楽しみだな」
 誠士郎は、こんな時まで全力で頑張る花嫁の肩に、そっと手を置いた。

 教会から、ワッと歓声が上がる。
 ファングと幸穂が挙式を終え、いよいよ自分たちの番がやってくる。
 整えられた和式のセットに、黒地の狩衣を纏った歌音が現われる。司祭姿とは打って変わり、髪を上げて極めて男性的な印象だ。
 手には、巻物を模した台本。ただし文面通りに読むつもりはサラサラない。
 わかりやすい言葉を使い祝詞をあげ、若い二人を祝福し、今後の加護を神に祈祷する。
 そして二人の前からスッとさがり、新郎新婦誓詞奏上となる。

「謹んで申し上げます。今日の佳き日に私共は多くの方々の暖かいご支援にて夫婦の契りを固く結ぶことができました。
これからは、相和し相敬い、夫婦の道を守り、苦楽を共にして明るい家庭を築き思いやりを忘れず、共に歩んでいくことを誓います。
また、本日夫婦となられた方々におかれましても、末永く幸あることをお祈り申し上げます。夫、青戸誠士郎」
「妻、ルーネ」

 周囲から、祝福の拍手が送られる。
 さわやかな風が、緊張で火照る頬に心地いい。
 
「ま、未成年だからな。飲みすぎ注意だ」
 そう付け加え、三献の儀は甘酒で。
 巫女たちに誘導され、ルーネはおぼつかない手つきで杯を受け取る。
 一口目・二口目は口をつけるだけ、三口目で飲み干す。
(ふしぎなかんじ……!)
 未成年でも大丈夫、と甘酒にしたものの、飲み慣れない事には変わらない。
 ドキドキするのは、きっと甘酒のせい。

 指輪の儀では、シンプルなシルバーリングを。
 主催者側からの借り受け物ではあるが、華美な装飾は無くとも結びあう絆として、長く身につけていられるデザインを選んだ。
「おっきな手……」
「今更じゃないか」
「うん、そうなんだけど…… 照れくさいね」
 へへ、と笑い、ルーネが誠士郎の薬指にリングを嵌める。

「玉串とは、古来より神と人の心の橋渡しとされるものだ」
 歌音の手引きで、最後の儀、玉串奉納となる。
 そうして、ふたり並んで厳かに二礼二拍手・一礼。


「ここに、本日を以って2人を夫婦とすると認める」
 歌音の合図で、参列者が揃い、神前――この場合は海――へ、一礼。

 そうして――


●鳴りやまぬ祝福を
「「ハッピー・ウェディーーーング!!!」」

 鳴り響くクラッカー、舞い散る祝福の花びら、開け放たれた扉から、進み出る新郎新婦たち。
「きゃーーー! 白無垢、素敵素敵ーー!」
「どうしよう、優多君に負けた……」
「幸桜君、カッコイイよ幸桜君……ッ」
「はぁ〜緊張した……りんちゃ可愛いなぁ」
「私の旦那様がいちばーーーん!」
 花嫁も花婿も、入り乱れて幸せを分かち合う。
 この、今日という善き日に。
「並ばなくていいよーー、そのままそのままーーー!」
 ブーケはまだ、胸に抱いた状態で、依頼主である赤毛とお相手の令嬢が飛び込んでくる。
「こんなに楽しい結婚式、わたくし初めてです!」
「だよねーー」
 令嬢の腕を、筧が取る。
 タイミングをうかがうカメラマンに、合図をして。
「行きますよー せーの!」

「「逃げた!!」」

 幸せな瞬間だけを切り取る写真、その中に依頼者の2人の姿は無く、何も知らされていない15名の笑顔だけが残った。


●覚めない夢の証
「沙耶さん!」
「え? あっ」
 一組ずつの写真撮影。
 遊夜は沙耶の隙をつき、お姫様抱っこの悲願を達成する。 
「写真の出来上がりが楽しみでありますな」
「す、するならするって言って下さい……! へ、へんなかおしたかも」
「どんな顔でも、沙耶さんは綺麗なのさ」
「もぅっ」
「親父殿との決闘は避けられぬ、今ここで沙耶さんを貰いに行くことを宣言しよう! さて、まだ時間はあるから焦らなくても良いとは言え早めの挨拶は必須であるな。
何時頃に伺うのが良いかね、沙耶さん?」
「! ほんとうですか!? そうですね……」


「レギス」
「はい?」
 ドレスの崩れを直しているところで、夜鈴の指先が顎のかけられ、上を向かせられる。
「愛している、レギス。一生、死してなお貴方を護ろう……」
 ――カシャ
「〜〜〜〜ッッ」
 夜鈴から完全に不意打ちを受けたレギスは真っ赤になった顔を覆うが、腰を抱き寄せられ、片手で手首を拘束される形で逃げ場を失う。
「可愛い」
 一段低い声での、甘い囁き。
 レギスは驚き、少し怒り、それから喜びに破顔した。


 ――今日という日を知ってから、ずっと決めていた事がある。
「リナ!」
 シャッターが下りる、直前で。幸桜が、カタリナを抱き上げた。
「っっ」
「リナは、軽いね」
 へへっ、と照れ笑い。
 それから、真剣なものへと表情を戻す。
「えっと…… まだ僕はリナを護れる自信は無いです」
「コハル……」
「でも…… リナを護れる自信が出来たら……」
 そこで、言葉に詰まる。
 顔を赤くなり、段々と小声にってゆく
「僕から…… プ……プロ」
「……え、なんです?」
「え、えっと、リナを護れるように頑張る!」
「……はい。ふふ、待ってますからね?」
 どうやら、恋人には全て筒抜けのようだった。


「りんちゃりんちゃ…お姫様抱っこしていい?」
 答えを聞く前に、晃司は鈴を軽々と抱き上げる。
「コージ、俺…… すごく嬉しい」
「僕も同じだ! これから、もっともっと、幸せになろう!」


「ドレスは、私も着たからさ」
 写真撮影を終え。
 優多が智美へ声を掛ける。
「『今度』は智美の番、だよね」
「……え? それって……」
「依頼じゃない方!」
「…………優多!?」


 挙式時のハイテンションをようやく落ち着かせ、ファングは幸穂に並び立つ。
 我に返るとなかなか気恥ずかしいものがあるが――これも、きっとこの先、掛け替えの無い瞬間として刻まれてゆくのだろう。
 そう、考えている時だった。
「ファングさん」
 くい、と腕を引く力は、思いのほか強く。ファングの体が、ぐらりと傾く。
「え、あっ」
 気づいた時には遅い。頬に、柔らかな唇の感触。響くシャッター音。
「私からも、サプライズ」
 いたずら心たっぷりの花嫁の笑顔が、ファングの心をとらえた。


 和装の誠士郎とルーネには、椅子が準備された。
 見栄えの良いようにと裾の微調整に時間が掛かるのも、醍醐味の一つだろう。
 たっぷりと待たされ、――
「ねぇ、誠士郎さん!」
「うん?」
 いつもの口調で声を掛けられ、誠士郎もまた素で振り向く。
「!」
 頬にキス。
 子供のようなそれは、穏やかな誠士郎の表情を、ルーネの期待通りに崩させるものとなった。


 のんびりと、カモメが青空を飛んでゆく。

「二人に幸あれ」

 今日、誓いを交わした全ての『2人』に。
 全ての祝福を見守った歌音は、静かに祈りを捧げた。



依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 夜闇の眷属・麻生 遊夜(ja1838)
 覚悟せし者・高野 晃司(ja2733)
 愛を配るエンジェル・権現堂 幸桜(ja3264)
重体: −
面白かった!:31人

ドクタークロウ・
鴉乃宮 歌音(ja0427)

卒業 男 インフィルトレイター
夜闇の眷属・
麻生 遊夜(ja1838)

大学部6年5組 男 インフィルトレイター
茨の野を歩む者・
柊 朔哉(ja2302)

大学部5年228組 女 アストラルヴァンガード
覚悟せし者・
高野 晃司(ja2733)

大学部3年125組 男 阿修羅
誠士郎の花嫁・
青戸ルーネ(ja3012)

大学部4年21組 女 ルインズブレイド
愛を配るエンジェル・
権現堂 幸桜(ja3264)

大学部4年180組 男 アストラルヴァンガード
希望の守り人・
水屋 優多(ja7279)

大学部2年5組 男 ダアト
特務大佐・
ファング・CEフィールド(ja7828)

大学部4年2組 男 阿修羅