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ジョブ及びポジションの変更はないまま、学園生たちは守備位置へ。
「だいじょうぶだ……あたしはしょうきにもどった!」
「……今までは、一体?」
マウンドで勝利の拳を突き上げる歌音 テンペスト(
jb5186)へ、引き続き捕手であるRehni Nam(
ja5283)がカクリと首をかしげた。
今まで体力温存のアンダースローだった歌音は、このイニングからスピードが乗るオーバースローへチェンジした。
幾度かのキャッチボールで、レフニーは球威とコントロールの微妙な変化を確認しておく。
「レフニーさん……あたし、信じているの。このメンバーなら豊中球場も夢じゃ…… あれ、えっと、20世紀は甲子園球場だったわね! ええ、夢じゃないわ!!」
意識が軽く100年ほど飛んでいた歌音だが、大丈夫だ正気に戻っている。今は21世紀だが、誤差の範囲内である。
歌音がレフニーへ、レフニーは二塁を守る六道 鈴音(
ja4192)へ絆を結び、内野の守りを強固なものへ。
「皆さん! しまって行きましょうー!!」
レフトから、ユウ(
jb5639)が声を張り上げた。
中盤戦、スタート!
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(打たせて取る。自軍の守備の硬さから見て、これが上策でしょう)
ベンチにて、歌音とレフニーが召喚したヒリュウたちが楽しそうに応援している。
「それにしても、良いお天気ですねー。あんな上機嫌な大佐は珍しいんですよ。あっ、大佐というのはですねー」
レフニーは試合に関係ないことを相手打者へ聞こえるよう呟きながら作戦を組み立てる。
4回からは、能力上昇系のスキルが解禁。自分たちが底上げを図っているように、相手も然り。
ひとまず現在、相手ベンチに召喚獣はいない。
(2番、前回は送りバントでしたからバッティングは見ていないんですよね)
瞬足を謳う若者だというが。まずは一球、様子を……
「!?」
コンッと鈍い音と共に、速球の威力を絶妙に殺した打球は三塁線上をゆるゆると転がった。
――セーフティバント。
「まずいっ」
咄嗟に天宮 佳槻(
jb1989)が叫ぶ。
『絆』の効果で走力も上がっているレフニーが素早く捕球し一塁へ送球するけれど……間に合わない!
圧倒的な速さだった。
(前回の打席では見せることのなかった脚力に、恐らく更に上乗せしている)
広くリードを取る姿からも、佳槻は確信に近い推測をした。
幾度かの牽制を挟み盗塁を阻止するも、打力に自信があるはずの3番が堅実な送りバントを決めてくる。
「負けたら、戦犯が焼き肉を奢ることになってるから必死なんだよねー!!」
「……こっちは奢れませんよ? 僕を含めて、参加者殆どが仕送りを当てに出来ない勤労学生なんですから」
4番が打席に立つ、ネクストバッターズサークルから筧 鷹政が佳槻に向けて呑気に手を振った。
いつの間にやら、相手チームではそんなルールを課しているらしい。
「絶対に二遊間を抜かせはせぬ。のう、六道殿!」
「もちろんです。守備でいい働きをして相手の一点を防げば、一打点したのと同等ですよね!」
緋打石(
jb5225)に声を掛けられ、六道 鈴音(
ja4192)はグラブをパシンと鳴らして応じた。
1アウト2塁、塁上は瞬足ランナー。
さあ、ここは勝負所……!!
(負けられないわ)
レフニーのサインへ1回で首を縦に振り、歌音は早いテンポで投げ込んでゆく。
相手へ考える余裕を与えないように。
速球――空振り。カーブを見逃し、再びストレート……に見せかけての
「卑猥なバナナシュート!!!」
「少なくともシュートではありませんよね」
投じたのはカットボール。直球から、ほんのわずかな変化を見せる球筋だ。レフニーがツッコミする間に、打者は必死に食らいついてのファール。
空振りを取りたいところだったがやむなし。続いて――
「しまった!」
力強いバッティングで、打球が内野の頭を越えた! ユウが左中間へ落ちた白球を追う。
その間に、2塁走者はホームイン。打者もスライディングで3塁へ到達する。
学園生サイドには、辛いクリティカルスリーベースだった。
「ワンナウト、バッター集中です!」
(打者が二巡目へ入ったから……?)
気丈に振舞うも胸の中に不安が浮かびそうになる。そんな歌音へ、ユウが明るい笑顔で両手を挙げた。
ピッチャー一人で戦わせなんかしない。
「バッチ打たせろぉーーー!!」
鈴音の声が歌音を後押しする。
歌音は多重召喚でスレイプニルをも喚び出し、自分の一番いい球を投げ込む!!
「ツーアウトぉおおお!!」
5番の筧 鷹政はカットボールを引っ掛けてのショートゴロ、3塁ランナーは走れない。
石はニカッと笑い、歌音へボールを返した。
悔しいかな攻撃力と走力を上げてきた6番打者にゴロのところをセーフにされて1点追加を許すものの、最高齢選手・7番はセカンドフライに打ち取った。
波乱万丈の4回、攻防は裏へと突入する。
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点を取った直後に、取られてしまう。これは……まずい流れ。
「歌音先輩。水分、しっかり摂ってくださいね」
ベンチへ戻ってきた歌音へ、マネージャーの御影光がスポーツドリンクを差し出す。
「ありがとう、光ちゃん。……偉い人が言ってたわ。『飽きられたらそこで試合終了だよ』って」
最後まで飽きられないように、頑張るから。
「……歌音先輩!?」
背景にキラキラしたものを背負いながら、さりげない動きで、歌音は光が使用していたカップへ手を伸ばした。
「光さん、私にもォ! 私にもスポーツドリンクを〜」
そこへ鈴音が倒れ込むように駆けこんでくる。
「あっ。はい! もちろんです!!」
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さて、2対2で迎えた4回裏。
学園生チームの打順は6番から。
「2番手はレラさんかぁ……。北海道のレジスタンスって言うと、なんとなく足腰が強そう??」
彼については実姉より噂話程度に聞いたことがある。レラのキャッチボールの姿を眺めながら鈴音が腕を組んで唸った。
「速いけど……落ちる球はない感じかなぁ」
タイミングさえ合わせられれば対応できるかもしれない。
(……あの顔だと、またレジスタンスの女性陣に(笑)付きの無茶振りでもされたんだろうか?)
今年の花見を振り返りながら、北海道に拠点を置いているはずの青年が学園に居る不思議へ佳槻は首を捻りつつ、
「許可が下りてよかったですね。ピッチャー対策ですか?」
「それもありますが……」
三脚でデジカメを固定し、動画撮影をしているユウへ振り返る。
佳槻もユウも、野球初心者。学べる材料はなんでも吸収を……と思うと、彼女の意図は他にもあるらしい。
「きっと、この姿を見たいと思ってる友人が北海道にいるんです」
レラに思いを寄せるレジスタンスの少女へ動画を送ったら、きっと驚く。
「スリーアウト! チェンジ!!」
6番・7番と、高めの釣り球を振らされて三振。
8番は5球粘るもレフト線のファールフライに打ち取られた。
(次の打順は、僕からか)
ネクストバッターズサークルから、球筋を観察していた佳槻がゆるりと立ち上がる。
帽子を脱いで額の汗を拭ったレラと、視線がぶつかった。
「加減はしないぞ、俺個人は財政に余裕があるわけじゃない」
「やっぱり何か奢らされるんですね……」
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5回表。GFsの戦闘バッターは野崎 緋華である。
「少しくらい、良いところ見せたいけど」
「ええ、どんどん気負ってくださいねー。野崎さんタイプは内角が苦手そうですよね〜」
レフニーが呟く間に、シンカーが内角低めギリギリのストライクに決まった。
「shit!!」
「うふふ……野球は恋の駆け引きだから♪」
呟く合間にサイン交換、歌音はタイミングも見計らって投げ込んでゆく。
4球目でピッチャーゴロ、佳槻へスローイングしながら歌音は野崎に向けてウィンクを飛ばした。
続く9番も初球をキャッチャーフライ。テンポよくツーアウトと追い込んで、このまま順調……のように、思えた。
「そろそろ覚醒かなー」
相模 隼人が鼻歌を交えてバットを構える。レフニーの呟きへ適当に返事しながら。
「俺たちはさー、戦犯が焼き肉奢る約束なんだけど。そっちは役割分担できてる?」
「はて、なんのことでしょう」
「敗けられない理由が、こっちには……あるってこと!!」
放ったのはボテボテのゴロ。
「任せて!!」
鈴音が進み出て素早く佳槻へ送球する。が、ここも相模の足が勝った。
「く〜〜っ!!」
守備が悪かったわけではない。能力上昇制限が解除されなければアウトに出来た。
悔しさに地団太を踏む鈴音へ、佳槻は冷静にツーアウトの声を掛ける。
「油断は禁物よ天宮さん。野球はツーアウトからだもの!」
とは言うものの、仲間の声で我に返ったのもホント。野球は、一人でやるわけじゃないから面白い。
相模もやはり、リードを広く取っている。脚力はご覧の通り。
歌音も平静を装ってはいるがやりにくそうだ。
如何せん、先ほどセーフティバントを1発で決めた2番。らしくなく、ボールカウントが3つ。
4球目……打者は空振り、しかしその間に相模が走る!
「キャッチャーの仕事は、受け止めるだけではないのです」
レフニーが2塁へ向けて鋭い送球を! 見事な命中率で鈴音のグラブへ納まるも、走者へのタッチは間に合わない。
5球目。外れると見せかけての……チェンジアップ。
「今度こそ抜かせないんだから!」
引っ掛けた当たりは1・2塁間へ。鈴音が飛びつき、佳槻へグラブトス。
長打は許さず、2アウト1・3塁に留める。
(相手チームは『敵』でいい筈……だと思う)
バッターボックスに筧が立つ。それを見て、佳槻はバッテリーが範囲へ入るように四神結界を発動した。
これ以上、追加点は与えない。
歌音も、これが最後となるスレイプニルをベンチへ召喚して備えた。
「豪勢にもてなしてくれるね……」
得点圏打率の高さを自慢とする筧は、そんな場面にこそ燃え上がり――上がった打球は綺麗にセンターフライと相成った。
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反撃の狼煙を上げろ。
5回表が終わり、2対2の同点。
(たぶん、走・攻へ重点を置いた振り分けをしている)
GFsメンバーの、3回までと4回からの動きから佳槻は分析していた。
(この打順で、点数を入れておきたいところだ)
野球巧者の鈴音に、ユウもバント技術が高い。繋ぐ野球ができるメンバーが続く。
ふっと、ベンチから甲高い召喚獣の声が響いた。佳槻が喚んだ、鳳凰だ。
ここは――この場面は。譲れない。
おとなしそうな少年の様子がにわかに変わったことで、GFsの守備体形が変わる。
(長打警戒シフトだ)
「あまり余所見をしてくれるな。俺との勝負だろう」
レラが、大きく振りかぶる。
思いのほか早く感じられる速球は、手を出す暇もなくストライクへ。
2球目――
同じ軌道に見えて、微かに左打者の内側へ入ってくるスライダー。
(……ここだ)
佳槻は腕を畳み、内野手の間を突いて転がした!
「よろしくおねがいしま〜す」
ノーアウト1塁。ペコリと一礼して、鈴音が続く。
(右打者の私が切り崩さないとね! 守りに入らず、ガンガン攻めていくわよ!)
突破口を佳槻が開いたなら、その道を鈴音が広げる。
確実に送り、自分も生きる。そういうバッティングが必要なのだ。
「手加減してくださいよ〜」
「そういった試合で楽しいのか?」
鈴音が女の武器をかざすも、正論で打ち返された。
しかして、然もありなん。そんな相手だからこそ、戦って勝つ意義があるのではなかろうか。
「燃えてきたわ……!」
変化球をカットしながら、鈴音はじっくりとストレートを待つ。
(インコースの高速スライダーに詰まらせられるのは気を付けないと……)
そして6球目……サード強襲の当たりでもって、韋駄天によるブーストを掛けた佳槻が2塁を陥れ鈴音も1塁を余裕でセーフ!
(今は、試合中ですから)
深く息を吐き出し、ユウは悶々とした感情をリセットする。
堅実なバントの構え。相手チームは前衛守備を取る。
巻き込まれたレラも、なんだかんだと試合に対しては真剣らしい。これまで四死球無しで来ている。
(それだけコントロールが良ければ――)
デジカメ越しにずっと見ていた投球フォームを呼び起こしながら、ユウは勝負を掛けた!
狙うは、初球!
佳槻にも見せた速球ストレートを、バスターで力強く振り抜く!!
球足は早く、1・2間を抜けてゆく。
ライトが捕球する間に佳槻は3塁を蹴った。鈴音も続く。
タイムリーツーベースで、点差を再び2と広げる!
2対4、なおもノーアウト2塁。
(取れる時に取りますよ……。今、波は来ているはず)
ここで追加点を入れられれば、歌音へ援護射撃になる。
女房役たるレフニーが、打席へ入り大きく構えた。
1球めは見逃しのボール。
その間に、集中力を高め攻撃力の上昇を図る。
大きく逃げるスロースライダーへ、一歩踏み込んでのフルスイング!
「残念、長打にはさせないよ」
素早く反応した野崎がワンバウンドで捕球し、ユウは3塁でストップ。
「目にものを見せてやろう……。レラ殿、覚悟ぉ!」
ホームラン予告をし、意気揚々と石が構える。
「左に打ち込んだらレーザービームが返ってくるって? 逆に考えるんだ。取られなければいいさ」
石は強気のバッティングでファールを重ね、自身の力の調整をする。
難しいことは考えず、飛ばして走るというシンプルな策だが、飛ばすにはそれなりに慣れていかなければならない。
「この軌道で――……どうじゃ!!」
「残念、華麗なるセンターフライ!」
大きな放物線を描いた打球は、筧のグラブに収まった。しかし、飛距離は充分。タッチアップでユウが還る。
これで2対5、GFsを突き放す!
続く打者は三振に取られるも、スコアボードには『3』の数字が輝いた。
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6回表。連続ヒットを許すも1点の追加に留め、最後は石・鈴音・佳槻によるダブルプレーで〆。
6回裏は三者三振で幕を下ろした。
GFs 000 201 3点
学園生チーム 002 030 5点
スコアボードを見る限り、学園生チームのリードに変わりはないが油断できない状況だろうか。
試合は最後までわからない。泣いても笑っても9回で終わり。
局面は、いよいよ終盤戦へと突入する。
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「レラさん」
去り際、ユウに呼び止められて助っ人投手は振り返る。
「お疲れ様でした。今度はゆっくりとお話しできるといいんですが……ナナさんと北海道の皆さんに宜しく伝えてください」
「こちらこそ。警戒態勢を完全に解くことはできないが、街も随分と発展してきた。任務だなんだと堅苦しいことは抜きにして、遊びに来てくれ」
いつもどこか張り詰めた空気を纏っていたレジスタンスの青年は、幾分か穏やかな表情で言葉を返す。それこそが、札幌の様子を表しているのだろう。
「ええ……夏のうちに、必ず」
ナナ……友人へレラの動画を送り終えたユウは、晴れやかな笑顔で青年の背を見送った。