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「筧さん、出るかなぁ。電話どころじゃないかもしれないけど……」
本格的な戦場へ着く前に若杉 英斗(
ja4230)は通信を試みるも、案の定、繋がることは無かった。
「出ることのできない状況にある、もしくは……」
ファーフナー(
jb7826)は考えられる幾つかの理由を考える。
敢えて出ないのであれば、着信により学園生の接近を知るだろう。
着信自体を知ることのできない状況にある可能性もある。
学園から依頼を斡旋された際に救助者二名と連絡が取れないと明示されていたには、それなりの理由があるはずだ。
(頭に入れておこう)
男は考えを切り上げ、後方を走る少年少女へと向き直る。
「六角は聖なる刻印を使えるな? もし筧たちが石化していたら頼んだ」
「……はい!」
「ラシャと如月も、救出を任せた」
「オウ!」
「必ず」
『任せた』、その言葉の重みに彼らの表情が引き締まる。戦場において経歴の長い短い・年齢の高低は理由にならない、全てが『戦う者』となる。
「救助者とは連絡がつかねぇ。それなら、俺たちはガッチリ連携しねぇとな」
小田切ルビィ(
ja0841)が、自身のスマホを取り出し、メンバー間の情報交換を促した。
「電話での連絡が無理なら、阻霊符発動で味方が近くに来ている合図になりませんか」
少し考え、英斗が提案する。
既に使用している可能性もあるが、『自分たちは使っていない』とSOS発信段階で彼らが明言していたのなら、きっと崩さずにいるはず。
(筧さんなら、そう簡単にはやられないと思う……)
筧 鷹政はフリーランスだが、学園生と依頼を同行することが多い。依頼発生から現地到着までの時間を逆算して連絡を入れ……ている、と思いたいところ。
瀬戸際まで時間はある、と。
「ラシャ君、六角さん、如月さんは無理しないでね。敵に囲まれないように気を付けて」
「情報に依れば、敵は地上戦しかできませんからね。救出班の負荷は大きなものですが……なるべく戦闘を避けて短い移動距離で二人に到達出来るよう、僕も上空から注意します」
中等部生へ声を掛ける英斗に、天宮 佳槻(
jb1989)も続いた。
遠距離攻撃を仕掛ける敵もいるが、射程は上空へ逃げてしまえば届かない程度。
翼を持つ者であれば、傷を負うことなく一方的な攻撃も可能だ。
しかし要救助者である筧や相模 隼人、それに同行している如月 唯を始めとして翼を持たぬ者もいる。
必然的に、敵のひしめく地上を駆け抜けることになる。
「正面から戦ってどうにかなる数じゃねェ。敵の眼を掻い潜って、掻っ攫っちまうのが無難だ」
現場へ近づくほどに、異様さが伝わってくる。ルビィは最短距離の作戦を提案した。
「かなり緊迫した状況ですが、だからこそ慌てず焦らず迅速に行動しましょう。救出班は、できる限り敵に見つからないようにしたいですね」
「賛成。その分、見つかったら速やかに応戦と行こうか」
救出班の前衛をユウ(
jb5639)が担い、中衛に常木 黎(
ja0718)がつく。最後列だから安全とは限らないが、中等部生たちは後方へ。
「ラシャさん。敵に見つかった時ですが、味方へ影響のない範囲で『砂嵐』を起こせますか?」
短時間のうちに敵の目をくらまし、時間稼ぎになるはずだと佳槻が言う。
「ん……デキル、けど。状況次第ダナ」
認識障害を与える対象は識別できず、発動範囲も広い。
「逃げに徹する時なら有効だと思うよ。こっちから攻撃を仕掛けなきゃいいだけ」
戸惑いを見せる堕天使へ、黎が言葉を補った。
「それから、六角さんは建物内に対して生命探知を。数によっては、敵か筧さん達か判断できるんじゃないかと思うんです」
「わかりました、やってみます」
ユナは力強く頷いた。『戦う』だけが撃退士の任ではないということ。未熟でも力になれることがある。
佳槻やファーフナーからの明確な要請は、戦場へ不慣れな撃退士へ心強いものだった。
そんな少女を、離れた場所でファーフナーはそっと見守っている。
(義父への想いと、筧を助けたいという想い……。一方で未熟な己と、敵への不安や恐怖はぶつかり続けているのだろう)
それでも。
ユナと唯、ラシャは手首へ揃いの組紐ブレスレットを着けている。昨年の【新歓】で作成した『誓いの組紐』。種族の壁を越えて、手を取り合う仲間の証。
あの時、ファーフナーも同じ場所に居た。材料を守り、イベントの成功へ関わった。彼もまた、形は違えど今も組紐を所持している。
(独りでは到底敵わなくとも、助けてくれる心強い友人がいる)
彼女たちの事を、羨ましく思うこともあった。
ファーフナーは、ずっと独りでもがいていた。強大な偏見と孤独という敵の前で、自身を嘘で塗り固めることで支えてきた。
――けれど、今は違う。
「それじゃあ、行こうぜ!」
ふわり、飛翔するルビィをファーフナーは目で追った。それから、ラシャへと視線を移す。
信頼し尊敬する、年若い友人たちだ。
(かなり遠回りをしてきたが……これから、だ)
生きる価値を見出した男の、彼だけの物語は。
●
ルビィが、ふわりと廃墟の屋上へ舞い降りる。
「地形に大きな変化はないみてぇだな」
スマホの地図アプリと照らし合わせ、廃墟群の大まかな地理情報を確認する。
ガラスが割れたり鉄骨が見えているものもあるが、建物自体は大きな倒壊をしておらず、『道』は綺麗なものだ。
(するってぇと、救出班の脱出ルートは――)
徘徊しているディアボロを見下ろしながら青年は素早く考えを巡らせ、救出班へメールを送信した。
「救助からの脱出ルートを割り出した。ユウ、あんたなら上空から最善を割り出せるだろ?」
『確認しました。活用させていただきます』
落ち着いた声が返る。
「頼んだ。じゃあ、こっちは引き続き救助者を探してくるぜ!」
ビルからビルへ。飛行時間をセーブしながら、ルビィは灰色の空を駆ける。
救出班から一定の距離を保ち、いつでも支援へ当たれるよう動くのはファーフナーだ。
敵に見つからないよう、飛翔高度や着地場所に気を配りながら、フィールドを見渡す。
(……うん? あれは)
集中していなければ、気づかなかったかもしれない。
出来る限り気配を消して、ファーフナーは建物の陰へ着地した。
「スマホの……破片か?」
ワインレッドのそれを拾い上げ、比較的新しいものだと確認する。
近くにはプラスチック片も少し散らばっている。
(それで若杉の連絡に出られなかった、か)
懐に入れておくようなそれが部分的に欠けるような事態になっているとは、よほど追い詰められた状況だったのだろう。
この辺りにはディアボロの気配はなく、戦闘は既に済んだと見て良い。ならば、次は――
(……最近見ないから、どうしてるかと思えば)
救出班やルビィたちと連絡を取りながら、佳槻もまた上空から筧たちの姿を探す。
何くれとなく、呑気だったり緊急だったりする案件を持ち込む卒業生が、よもや渦中の人になっているとは。
『天宮、そこから西の方向へ何か見えないか』
「西ですか」
ファーフナーからの通信だ。
『建物の陰に、スマホの破片を見つけた。ディアボロなどの足跡で汚れた道の先を考えれば――』
「わかりました。向かってみます」
捜索のヒントとして、それは充分な材料だった。低い建物が多い箇所で、隠れながら応戦しているならば上空からは見つけにくい。
「……居た」
わざと崩したらしい瓦礫がいくつか。それを盾にしたり足場にして飛び回る二人の撃退士をようやく発見した。
「こんなところで、何をしてるんですか」
「え!? わ!! 天宮君!?」
「ナイスタイミーング、恩に着るよー少年」
フリーランスたちの間へと佳槻は降り立ち、素早く四神結界を巡らせる。
明るい声色と裏腹に、長時間戦い続けてきた二人には疲労の色が濃く見える。掠り傷も重なれば馬鹿にできない。
「お二人の体力はどの程度残っていますか」
「あと5分ならがんばれるかな!」
「――だそうです。救出班、3分で辿りつけますか?」
「ちょwww」
至って無機質な声で、佳槻は各員へ報告を。慌てふためく筧の声も、ノイズ交じりで伝わった。
●
筧たち発見の報せを受けて、救出班の表情も明るくなる。
「それジャ、急いで――……」
声を出しかけたラシャを、黎がそっと制する。言葉にはしない、微笑して人差し指を唇に当てれば伝わる。
『今は、まだ静かに』。
合流前に囲まれてしまっては、全てが台無しになってしまうから。
前方を行くユウとハンドサインを交わしながら、出来る限りの速度で現地へむかう――……
狼の鳴き声が響いた。
「……来たかっ」
英斗がいち早く反応する。骸狼の群れの一つが、こちらへ向かっていた。
「ここで時間は掛けられません」
ユウが接近を許さずオンスロートで切り刻む。群れが群れを呼び、次の群れには黎がバレットストームで振り払う。
「足は止めない、走る!!」
「は、はい!!」
黎の声に、中等部生たちが我に返った。
「若杉先輩、フォローします!」
打ち漏らしを英斗が盾で防いだところへ、如月が鋭い攻撃で敵を撃破する。
「ありがとう。……攻撃を受けたらマズイって話だったけど、盾越しなら大丈夫そうだな」
特に、骸狼は否応なく意識を刈り取るスタンを付与するというから警戒していたが……これならなんとか戦えそうだ。
無論、盾を構えているのとは逆から襲われてはどうしようもないが。
「この道を真っ直ぐ進め、その先に居る!!」
そこへ、ルビィが上空から加勢に現れた。正しくいうなれば、救出を成功させるための陽動のために。
放たれた封砲が、接近し始めていた影魔数体を打ち払う。
「――目標とは逆方向に陽動するぜ!」
「どうか、無理はしないでくださいね!!」
ユウが去り際に告げた。
●
本格的な戦闘が始まれば、否が応にも敵は集ってくる。
その上空から、敵の手が届かない場所から、ファーフナーが一方的な銃撃を繰り出していた。
影魔の何体かは、彼に対し届くことのない刃を投げつけ続けている。
「びっくりした!!」
スタンは盾で防げたから大丈夫と思っていたら、泥鬼による石化は盾ごと固めてきた。
持ち前の特殊抵抗力の高さでもってすぐに回復した英斗だが、油断ならない相手だと気を引き締め直す。
「筧さん! 相模さん!! 大丈夫ですかーー!!」
「おー! みんな、こっちこっちー」
「……のんきにしてる場合じゃないでしょう」
救出班の到着に対し明るく手を振る筧を見下ろし、佳槻は上空から呆れ声を出した。
「帰りましょう。最後までサポートします」
筧たちと救出班との間の道をつけるように、佳槻は印を結ぶと戦神を招来し、行く手を阻むディアボロたちを切り刻む。
「こちらです!!」
佳槻と挟み撃ちをする形でオンスロートを放ったユウが、筧たちへ手を伸ばす。
「筧さん!!」
「ユナちゃん!? 君たちまで来たのか」
「はい。今度は私が……助けに来ました。皆さんと一緒に」
小さなアストラルヴァンガードが、回復の術を施す。
その間にも一行は走り続ける。立ち止まれば、すぐさま包囲されてしまう。
「九死に一生! ありがとねー!」
金髪忍軍・相模はどこまでもチャラい。
「……黎」
部隊の中に恋人の姿を確認した筧が名を呼ぶも、相手は軽く視線を交えるだけ。ここは戦場だ、のんびり会話をしている場合ではないことは互いに知っている。
『帰ろう』
伝えるべき言葉は、唇の動きだけで伝わる。
「ああ」
太刀を振りすぎて軽く感覚が麻痺している左手で、筧は黎の頭をポンと撫でると離脱に向けて足へ力を入れた。
●
無数のディアボロの群れから、この地帯から逃げ切るまでが任務。
「あとは足を止めることに専念しておけばいい」
合流したファーフナーが泥鬼の群れへクロスグラビティを落とし、移動速度を下げる。
救出班において当初は先陣を担っていたユウが、翼を広げて今度は殿を務める。
「ラシャさん、今です!」
「ん、ワカッタ!!」
激しい砂嵐が、脱出班を取り巻く。
ユウの合図で、ラシャが巻き起こしたものだ。
これで一団の姿は、一瞬とはいえ見えなくなる。
その隙に、出来る限りの距離を稼ぐ。
砂嵐の影響を受けない程度の上空へ退避していたユウが進行方向を定め、あらかじめルビィが提示していた脱出ルートへと誘導を。
「英斗くん、タイミング合わせるよ!」
「はい!」
斬り裂けば分裂するという面倒な泥鬼との接近戦には、英斗と黎が連携で速攻撃破に当たる。
群れで襲い掛かる骸狼には、上空からユウが釘を刺す。
「そろそろ良さそうか」
「距離は稼げたと思います。これ以上は消耗戦ですね。ですが……」
「手放しにするには、ちと不安だな。どこから湧いて出るか」
ファイアワークスで骸狼を焼き尽くしたルビィが思案顔でファーフナーと佳槻を見遣る。
足止め要員である彼らは、機を見て撤退すればいいだけだが……さて、何をして機とするか。
「そうだな……。いっそ、『此処』へ集めるか」
やや考えて。
ファーフナーは、手持ちの品から発煙手榴弾を取り出した。
対人であれば、目くらましの効果を狙えるアイテムだが――
派手な爆発音。周囲に広がる白煙。
――なにごとか
音に、煙に、つられた影魔がフラフラと寄ってきて、その様子に泥鬼が釣られる。
「これで勝手に時間稼ぎになる」
男は淡々と告げ、残る二人へ離脱を促した。
「上々! 長居は無用だ、――あばよ!」
ルビィは御機嫌に笑い返し、佳槻は無言でうなずいて、三者はそれぞれ別の方向へと飛び立った。
●
「ほぼ安全って聞いたのになーーー」
「廃棄されて、半年ほど経過したゲート跡地……でしたっけ」
「そうそう。簡単には、何もなくなりはしないね」
英斗へ、筧は乾いた声を返す。
この土地の掃討作戦は、保留となるだろう。ディアボロたちが、もっと力を落としてからだ。
「お疲れ様です、何か作りましょうか?」
「え。ここでも何かできるの、天宮君」
「簡単なものなら。このまま帰還するより、少しはのどを潤したほうが良いでしょう?」
外傷は術で治せるが、疲労はそうも行かない。
見透かされて、今度こそ筧はへちゃりと笑った。
ラシャたちが、ファーフナーが身に着けている組紐に気づいて話しかけている頃。
筧の手が空いたのを見計らい、黎が静かに歩み寄る。
「んっ」
そうして、差し伸ばされる腕。子供のように、真っ直ぐに。
「……ただいま」
「おかえりなさい。――……よかった」
ぎゅっと生存確認のハグ。緊張が解けた黎の声は掠れて、筧の肩に吸い込まれた。
天魔の爪痕が、そう簡単に土地から消えることは無い。
けれど解放さえされたなら、徐々に徐々に痛みは薄れてゆく。
ひとの手へ、もどってゆく。
行く年月は、きっと振り返ればあっという間のことだろう。
冬を越え、春を迎え、そうしていつか。
グレーの廃墟群は、人々の憩う場所へと戻るだろう。