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カラフルな組紐で吊り下げられた看板。
「んー? 組紐ってーと、こないだの……」
賑わう校内をブラブラ歩いていた矢野 古代(
jb1679)が、顎を撫でながらそれを見上げる。
「そうかそうか、無事に開けたんだな。ちょっと覗いてみようか、モモ」
「んぅ? ……父さんが一緒なら、モモはどこでも行く」
矢野 胡桃(
ja2617)は、他方の袖をキュッと握ったまま応じた。
「ユナ! お久しぶり、だな! 元気そうにしてて良かったのだ」
入口で猫のヌイグルミを左腕に抱き、青空・アルベール(
ja0732)は笑顔で右手を振る。
六角が学園へ編入するきっかけとなった事件に、青空は携わっている。あれから約一年。
「ユナの近況を聞きたいな。そばで作ってもいいかな? 私の手芸力が火を吹くのだ!」
そんな話声に足を止めたのは、華桜りりか(
jb6883)。
(聞き覚えのある声なの……)
ひょい、と覗き込めば、青空の他にも見知った姿。
「おや、これは」
「んぅ……矢野さん、胡桃さんも……。楽しそうなの、ですね」
古代の手招きを受け、りりかは青空へ挨拶をしてから古代たちのもとへ向かった。
風に揺れて鈴が鳴る。
(組紐……か)
ケイ・リヒャルト(
ja0004)は、色彩豊かな紐に心惹かれて足を止めた。
「色んな紐が折り重なり一つの作品となる……。色んな音が重なり合って織成す、あたしの大好きな音楽……のようね」
(誰かと誰かの心が重なり合って織成す、人間模様のよう)
ケイにも、組紐の旋律を出せるだろうか?
おにいちゃん。
教室へ入るなり呼び止められ、天宮 佳槻(
jb1989)は顔を上げた。
「胡桃。二人とも来てたんだ」
血の繋がらない家族たちが、糸を手繰り寄せるかのように同じ場所へ辿り着いたなんて。
「偶然もあるもんだな」
ふふっと古代が笑ってみせる。
胡桃の隣で手際よく組紐を編んでいたりりかも、ペコリとお辞儀を。
会釈を返し、佳槻は彼らから少しだけ離れた場所を選んだ。
「おお、立派にやってるではないか!」
「調子はどうだ?」
廊下で行き合ったらしく、肩を並べて顔を出したのは緋打石(
jb5225)とファーフナー(
jb7826)。
「ヒダ! ファーフナー!!」
材料を胸に抱いたラシャが、パタパタと駆け寄る。彼女たちも、先日の窮地を救ってくれた仲間だ。
「最後まで付き合うと、約束したからな」
「手伝おう。時間が余っていてな」
「助かる、アリガトウ!!」
「こうしてみると…… 本当に多くの材料を抱えておったんじゃのう」
ラシャの抱えるそれを覗きこみ、石が感嘆のため息。
片や乗り掛かった舟と思って足を向けたファーフナーだったが、手芸の心得があるかといえば、ない。
集中力には自信があるので、コツさえつかめばどうにかなるだろう。
●ヒーローに掛ける虹
「お正月の餅搗き以来だな。ユナ、あれからどんな体験があった?」
六角と会話を交わしながらも、組紐を編む青空の指先はスピードを緩めない。
するりするり、優しい色合いの紐が、彼の傍らに幾本も出来上がっていた。
彼の名のように、空を連想させる色味が多い。
晴れた空。どこか懐かしい夕焼け。雨の日の静けさ。
「ほとんどは、学園内の出来事を、ラシャくんたちと……。そこで、少しずつスキルを学んでいたんです」
『実戦』は、先日の戦いがほぼ初めてだったのだと少女は打ち明ける。
「すごく……怖かった。だけど、先輩たち……父様も、乗り越えて来たんだって思うと……」
逃げの気持ちだけではだめだって、思った。
強くならなくちゃ――その感情は、今まで出会ってきた人々が与えてくれたものだった。
「……わかるよ」
そこで初めて、青空は手を止めた。ぽん、と少女の頭を撫でる。
「私が撃退士になった理由はね、ユナ。『ヒーローになりたかったから』なんだ」
ヒーローになって、認められて。――自分の居場所が欲しかったから。
私も、沢山たらい回しにされてきたから。
多くは語らなかったが、青空が優しく笑うことができるのは、それを乗り越えて来たからだと知れる。
目指すものがあることが、彼を強くしているのだと知ることができた。
「……どんなにすくい上げようとしても駄目な時もあって、その難しさを知って。それでもここで過ごすうちに、沢山の場所が『自分がいてもいい場所』になったのだ」
彼の言葉、一つ一つが少女の心に染み込む。経験が浅いなりに、彼女がぶつかってきた壁、苦しみに重なる。
「守りたい場所、守りたいもの、強くなる理由……沢山のものを貰って……、だから私は、私はここで、ヒーローでありたい」
語り終えた彼の手元には、柔らかな印象を与える7色の虹を模した組紐が編みあがっていた。
青空の居場所であり、守るべき人。大切な恋人へ、ブレスレットにして贈るつもりだ。
●奏でる誓い
(そうね…… 誓い、か)
『撃退士としての所信表明をお願いします!』
イベント参加の際に言われたことを、ケイは思い出す。
(初めは命を賭けたスリルを味わう為……。そして、何処まで自分が通用するかを肌で感じる為に撃退士になったのよね)
言葉として音にする前に、思考の中で振り返る。
でも……今は、違う。手元へ視線を落とすと、ちょうど5本目の組紐が仕上がったところだった。
糸の数を減らすことで作業を早く進め、その5本を使ったブレスレットを作ろうという考え。
「先輩のアクセサリー、繊細ですね」
ほう、とため息を漏らしたのは、材料を彼女へ手渡した女生徒だ。如月といったか。
「大切なコに……贈りたいの」
今、ケイが撃退士である理由。それは大切なあのコや、焦がれるあのヒトを護り……肩を並べるため。
「……だけど。大切なあのコはあたしの所為で傷付いた。だから……せめてこの組紐に気持ちを込めたいの。託したい。
彼女の無事を、そしてあたしとの切れ掛けの絆をもう一度、編んで行く為に」
彼女の瞳の青。彼女の心の白へ水色のドット。それに、紫の無地は……無言の想い。
センターには、透明感のある青の硝子玉を一粒。両端は、銀の細いチェーンで繋ぐ。華やかだけれど、清楚な美しさの咲く作品を。
(どうか……あたしの想いが届きますように)
絡め、重ね、身に着けてほしい。
仕上がったブレスレットを見つめるケイの眼差しは、とても優しいものだった。
「形にすると……なんだか心が晴れるわね。購買向けのものも、たくさん作るわ。男女問わず使える色合いが良いと思うの。シンプルだけれど、少し華やいだ気分になれる……ね」
手作りだから。心を込めるから。きっと伝わるものもあるだろう。
●はぐれ悪魔と堕天使と狭間たち
「……上手だな。こういうのを作るのが好きなのか?」
「ええ、一人で黙々としていられるので……昔はよく……」
ラシャの救援にやってきた六角へ、ファーフナーがそれとなく声をかける。
それとなく声をかけながら、紐の組み方を真似ていた。白黒灰の三色で作り上げたものはなかったことに。
「ファーフナーさんの組紐は硝子玉を通したら素敵な仕上がりになりそう」
「ふむ。硝子玉か」
編むことばかりに意識が向いていたから、飾りまでは考えが及ばなかった。
(それにしても)
助けに行ったとき、涙を落としていた新米撃退士が……すっかり立ち直っている。
少年少女の成長の早さを、男は何処か眩しく思う。
(…………)
眩しく思う、そのことにファーフナーは驚いていた。
自分は……こんな風に、他人へ興味を抱いたことがあったろうか。
冷えて感覚の麻痺していた何かが、少しずつ、動きだしているのだろうか。
「ヒダは、はぐれ悪魔なんだな。ゲキタイシを選んだ理由を聞いてもイイか?」
「うん? 自分はなりたいと思って撃退士になったのではないな。人間の味方をしたいと思った結果が撃退士なのじゃよ」
石の返答に、ラシャは『わからない』と目を丸くする。
「『人間を大好きな悪魔』がおってな。その真意を知りたいと思ったのがきっかけじゃ」
――人間は弱いから強い
悪魔は、そんな言葉を残したという。
悪魔は、既にこの世にはいないのだという。
「それでも、人間の味方をして分かった気がするの」
糸は紡ぐ、遠い昔の思い出も。その先に確かな何かが繋がっていると、信じさせてくれる。
「この学園はとても居心地がいい。知り合いも気のいい連中ばかりだ。……横から来た輩に潰させてたまるか」
それは、なんとなくわかる。ラシャも頷いた。
「……ファーフナーも、最初からゲキタイシだったのか?」
「御大層なものじゃない。他に行き場がなく、流れ着いただけ……」
――行き場がなく
それは、ラシャも同じだ。
「疎ましい半悪魔の血を振るうのも、仕事として、生きていくため、仕方なくだったが。……先日のお前たちを見て、守るための力というのも、悪くはないと思った」
「……」
半悪魔の血に振り回されてきたのは、ユナ。
ラシャとユナは、ファーフナーの言葉を何度も何度も心の中で繰り返した。
――行き場がなくても
――疎ましいと思っても
「……いつか、出会えるだろうか、オレたちも」
「何を言っておる」
べちん、石の指先がラシャの額を弾いた。
「言ったであろう。『知り合いも気の良い連中ばかり』じゃと!」
●繋ぎしえにし
(んぅ……組紐を作るのは初めてではない気がするの)
――糸をたるませないで引っ張りながら……
そう、りりかへ教えたのは誰だったろう?
記憶を持たない少女は、何かに導かれるようにするすると紐を編む。
桜をモチーフとして、編むほどに花が浮かび上がるもの。
黒と銀に深紅を使い、羽の模様を編み込むもの。それから、可愛らしい猫柄。
(皆さんのけががないように……)
何しろ少女の周りにはけがをおそれず突っ込んでいく人が居るものだから、気が気ではない。
「……そろそろ、息抜きにしましょう? どうぞ、です」
自分の仕事がひと段落したところで、りりかは飲み物やチョコレートを配って回る。
「華桜先輩、すっごく上手なんですね。こういったお仕事もしているんですか?」
「あたしは……気付いた時には、この学園にいたの」
如月の問いに、りりかが首を横に振る。かつぎも合わせて揺れる。
「何もなかったから、あたしに力があるなら撃退士になって少しでもお役に立ちたいと思ったの……です」
何か、あたしが存在する証がほしかったのかもしれないの。
その表情は、寂しそうであり嬉しそうであり。
「お二人のお話も、聞いていいですか?」
材料の補充にやってきた六角とラシャも、話の輪に加わった。
「モモが撃退士になったのは……『逃げたかった』から」
片手は、父の上着の裾を握ったまま。ユナとラシャをちらりと見上げ、胡桃が声を発した。
(前の『家族』から逃げたかった。『人』として、生きてみたかった……)
公言できない過去を、胡桃は背負っている。心を許せる相手は、ほんの一握り。
「目指すものとか、そういう難しいものはモモには分からない。ただ」
ただ―― そこで間を置き、少女は目を閉じる。
「ただ『私』は、いつまでも甘えていたくないだけなの、よ」
目を開いた時、その表情は――撃退士のそれとなっていた。
「話したい、相手もいるし……ね」
「相手?」
「……ナイショ、よ」
問いかけるラシャへ、胡桃は片目を閉じた。
「話に水を差すが…… まあ、俺の場合。ぶっちゃけて言うと、金だ。撃退士って言うのは高給取りだって聞いてな」
そこへ、簪を作っていた手を止め、古代が語りを継いだ。
「で、素質があったんでこりゃあいいや、少なくとも今よか手取りは上がるだろって言うのと、一応学園だから『また学べる環境に行ける』っt」
「「「……」」」
「あっやめて 『汚い大人』って視線は効くから!!」
中等部三名の眼差しを一身に受けて、古代は心臓を抑える。
咳払い。
「で。結局人は殺してしまったし、良く考えなかったあの頃の俺は、本気で馬鹿だった。それでま、色々考えたんだよ。『天魔ってなんだ』『俺達の存在の理由は』『何時まで戦うんだよもう疲れたよ』……。で」
気が付けば、周囲には他の新入生たちも自然と集まっていた。
「『俺は、自分と自分の周りを壊させないために』戦う。それだけだ。俺は、力があっても心はそんなに強くないから」
でも、周りは少しずつ広がっていく。友達が友達を得る、その友達がまた友達を得る――
なら、きっと、それは。
「ようやく俺にできた柔らかな理想だけど……友を護れば世界を護ったって言えるんじゃねえかな、なんておっさんは思います」
……って、恥ずかしいなこれ!
照れ隠しに立ち上がった古代の周囲を暖かな拍手が包み、男は今度は極限まで小さく丸くなった。
『父さん、だいじょぶ?』と、胡桃も一緒になってしゃがみ込んで、ウォレットチェーンを意識して作った組紐の房を猫じゃらしのように揺らした。
日常で使えそうなものとしてキーホルダーとストラップに絞り、佳槻は淡々と組紐づくりに専念していた。
それぞれ単色で透明な硝子玉を一、二個編み込み、ひたすら黙々と。
硝子玉に透明なものを選んだのは組紐の色合いを引き立てるためだったが、こうしてみると
(……自分の様だな。『自分の色』を持てないで埋没する……なんて、硝子玉に失礼か)
幾つ目になるか、キーホルダー用の留め具が切れたところで手を休める。そこへ、古代の語らいと拍手が聞こえた。
(何故撃退士になったか、か……。僕の場合は、単に選択の余地が無かったからに過ぎない)
否、選択すらしていないと思い直す。
今ここいるのは、本当に気紛れな『運』というものの結果だ。
そこに意志があるとしたら、『死』に意味を見いだせないから生きて来た、という事くらい。
たまたま目の前にあったのが撃退士だっただけで、他の物がぶら下がっていたのなら、そこへ進んでいたのだろう。
『何を目指すか?』という問いにも、『想い』が無いから見つからない。
たとえば、その場では苦しいほど思った事も、すぐに他人事の様な『記憶』になっていくのだ。
(……強いて言うなら)
望むことがあるのなら。
そんな自分の目というものは、どれだけ事実というものを見る事が出来るのだろう。
天魔の様な力も無く、人の持つ絆も持たない。そんな自分が、思考の力でどこまで何を見られるのだろうか。
(その果てを、見たいのかもしれないな……)
『妹』と『父』を遠く眺めながら、佳槻はそんなことを考えていた。
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こうして、誓いの組紐は幾つも幾つも紡がれていった。
大切な思いを込めて手作りされた組紐は、男女問わず使える優しい色味が一番の売り。
編み込まれたガラス玉と付けられた鈴がアクセントで、少し華やいだ気分になれるだろう。
髪飾りやストラップなど、自由にアレンジできる装身具として、貴方の手元にも届きますよう――……