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甲高い鳥の鳴き声。獣の咆哮。蹄が土を蹴る振動。
震える風は、戦いの場が近いことを教える。
(中等部生が3人、か……。撤退するだけの体力が残っていればいいが)
現場へ急行しながら、ファーフナー(
jb7826)は今回の戦闘が発生した源を考える。
戦場に立っているのは、新入生歓迎会を控えた少年少女撃退士。
天使が何を考えてサーバントをけしかけたのかわからないが、彼らの胸の内ならば考えるに易い。
守りたいものがある、そのままの撤退は背後の村落に影響を与える。……ゆえに、この場所を離れるわけにはいかない。
SOSが届いてから最短時間で向かっているが、彼らの負傷度合いがどれほどかは到着するまでわからない。
言葉の説得に、素直に応じるだろうか。引き際へサーバントが追い打ちをかけないだろうか。心配も尽きない、が――
「援軍特急ただいま到着ゥ! チビ共、下がっとれ――!!」
暗色の風が一陣、吹き抜けた。
凶翼を広げるゼロ=シュバイツァー(
jb7501)が、瞬時に距離を縮めて赤翼の鳥・レードの真横へと付ける。
巻き起こすは氷と漆黒の冷気が織りなすアイシクルダスト、レードと黒羊のフォール1体を巻き込む。
「避けるんは勘弁やで! この辺纏めて行かせてもらうで!」
――漆黒ノ冷気ヨ 黒キ夢ヘト誘イタマエ
ゼロの突撃に反応できていなかったフォールだが、その動きが完全に止まる。冷気による眠りへと堕ちたようだ。
「なんて言うんだったかしら……あぁ。『頭が高い』わよ?」
ひれ伏しなさい?
奥深く切り込んだゼロとタイミングを合わせ、遠方からトリガーを引くのは矢野 胡桃(
ja2617)。
銀の両刃剣へ形を変えたアウルの弾丸が、辛うじて滞空していた赤翼をそぎ落とし地へ落とす。
「……」
ずっと後方、地表の途切れている崖の上に、黒い人影。天使カラスが翼を打ち鳴らし滞空している。
掛けたい言葉がないでもないが、ここからでは声は届かないしダンスの誘いをしている状況でもない。
(汝、原点へ還れ――……今は、貴方に心を乱されたりしない、わ)
原点。撃退士となったきっかけ。続けている理由。本当に大切にすべきは、何?
「……あ」
二人の速攻に対し、それまで最前線で戦っていた少女が振り向いた。土に汚れたオレンジの髪が揺れる。
彼女に対し、胡桃は薄く笑んでみせる。
「久遠ヶ原から、助けに来た、わ。大きなケガはない? ……あなたが如月さん、よね?」
「はっ、ハイ!」
3人組の中で最も戦闘力が高い如月 唯が、盾となり爪となり現場を支えていたようだ。白い頬に幾筋も擦り傷を負っている。
「みんな大丈夫か!? ここは俺達に任せて下がるんだ」
ラシャの前へ若杉 英斗(
ja4230)がズイと出て、肩で息をする六角 ユナの背をファーフナーが支える。
「ラシャ。まだ戦えるか?」
「オレなら平気だ、ファーフナー!!」
満身創痍だが、紅い槍を手にする少年の闘志は潰えていない。
そういえばファーフナーがラシャと出会った時も、彼は気の強さを見せていた。平たく言えば、意地っ張りだ。
「……よし。六角、回復魔法はあとどれくらい使える?」
「2、3回なら……」
「それはいざという時に残しておけ。簡単な治癒なら俺がやる。3人はこのまま、後方の村を守りに行ってほしい」
「「!!!」」
ラシャ、如月、六角、3名の目に光が再び宿る。
このまま共に戦い続けるか、足手まといだと追いやられるか、どちらかだと考えていたのだろう。
「よく3人で、この場を耐えたな」
ファーフナーの施すライトヒールは、傷以外にも染みこんでくる。六角はうつむいたまま、数度、頭を振った。涙の粒が落ちた。
「新入生歓迎パーティーは楽しそうじゃのう。だから……必ず成功させろ」
英斗を盾とし、自身は剣となりて後輩たちを守りながら、緋打石(
jb5225)は背中で語る。
「今お前さんらがやるべき事は、その手に持ったもんを護る事だ! 絶対に離すなよ」
「体が辛いでしょうけど、命を繋ぐ手段、よ。頑張って頂戴、ね」
「援護しますの。さ、今のうちに態勢を立て直してくださいませ」
矢野 古代(
jb1679)と斉凛(
ja6571)も続く。
銃弾は前方、後方へと展開し、走るべき道をつける。
「邪魔は、排除する……下がってて……」
3名のフォローをする間に、古代の背後に位置どったSpica=Virgia=Azlight(
ja8786)が射線を斜めにとり、最奥にいるフォールの足止めを図る。
「案外としぶといようだな。――穿て、赤金」
スピカの渾身の一撃にも崩れる様子のないフォール。機動力の高い敵をフリーにさせるわけにはいかない、古代が更に力をねじ込む。
銃身が紅く染まり熱をまとう。
うなりをあげて発射される弾丸が、サーバントの胴体へ沈み込む。
「まだ足りねぇってのか!」
「小賢しい……」
攻撃2発を耐えたフォールは、空に向かって咆哮した。毛玉のようなフォルムに似合わぬ低音の響きであった。
蹄で数度、大地を蹴りつけて古代たちに向かって突進してくる。
フォールは走りながら頭を下げ、周囲に風の輪を生み出す。くるくる回るそれは刃となり、古代めがけて放たれた!
「父さん!」
「させるか!! 守ります!」
胡桃の叫びに応じたのは英斗だった。
伸ばした腕、顕現するは庇護の翼。盾たる騎士の証明。強力な魔法攻撃も、彼の前では掠り傷を与えるに過ぎない。
同タイプのサーバントと、英斗は交戦経験がある。あの時も指揮を執っていたのは天使カラスだ。彼の手駒と見て違いない。
「……カラスの奴、こんな遭遇戦にどんな意味が!?」
このところ、行動を共にしている権天使ウルの姿はない。単独なのか、あるいは別れた後か、合流予定があるのか。
「わざわざ得にもならない強襲をするとは。何か妙な思惑がありそうじゃ」
英斗の言葉に、石が頷きを返し――高く跳躍する。
「ならば、止めるまでよ!!」
忍刀による痛烈な兜割りを、足止めしていたグローに食らわせる!
「ぐぬッ」
寸でのところで交わされて、刃は大地を割るに留まる。
少女悪魔が体勢を立て直す間に、獣は後退しながら口中に火球を孕む。が、それもまた吐き出す前に英斗によって防がれた。
庇護の翼で少女を守りながら、グローの動作のスキを逃さない。
そのまま一歩踏み込んで、アーマーチャージで吹き飛ばす。優に10m以上吹き飛んだ獣は……遥か後方の崖へと無情にも転落していった。
「はじめて見るのは、赤い鳥型だけど……データ取りが目的だったのだろうか。鳥だけにっ」
撃破には至らないが致命傷に至ったらしく、獣の足取りがおぼつかない。それを確認したところでキリッと推論を展開。
(無事に、村へ逃げ延びられるだろうか……。あの堕天使に怪我させたら、あの人が悲しむからな)
付き添って守りながら戦うより、安全な方向へ撤退させる方が堅実だろう。しかし、見届けることができないことだけが気がかりだ。
英斗は、ラシャと知り合いだという幼馴染の女性を思い浮かべながら、そう考えていた。
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「祭りごとは逃さんなぁ……、カーラース!」
(聞こえとんのやろ。見とるんやろ?)
適うなら今すぐにでもそのツラ殴りに行ってやりたいところだが、状況がそこにないことをゼロも理解している。
真正面から戦える時には隙を見せないし、そうでなければ『状況』を盾にする。とことん、腹立たしい奴だ。
「さぁ! ハデにいっとこか!!」
翼を広げたまま、ゼロは旋回しながら睡眠状態のフォールへ追撃を。
「陛下!」
「任せなさい、右腕」
胡桃は静かに応じ、得物を愛用のスナイパーライフル『事代主』へチェンジ。
長距離射程だからと甘んじることなく、固定砲台にならないことを意識掛けて移動しながらの射撃でトドメの一撃を見舞った。
「逃がさない……」
彼女の攻撃とクロスして、スピカのエネルギー弾が走る。取りのがした残り1体のフォールを、ここできっちりと倒す。
「少しの間、縛らせてもらうぞ」
ラシャたちの撤退をアシストした後、ファーフナーが前線へと向かってくる。
アイビーウィップをしならせて、暴れるグローへと絡ませた。
「どこを向いていらっしゃるのかしら? 貴方の相手はわたくしですの。――銃弾のフルコース、たっぷり召し上がれ 」
すぐに、凛が別の角度から援護射撃を見舞う。今は手の届かぬ位置にいる天使へちらりと視線を走らせながら。
(カラス……貴方に恨みはないけれど、わたくしの友人達は貴方がお気に入りみたい。友人達と貴方の逢瀬の邪魔は排除致しますわ)
「柔軟に対応できる戦力を潰される訳には行かないんだよな。遊撃部隊は護らせてもらうぜ」
そして古代が、再びの赤金をグローの胴体へぶちかます。
「おいおい、こっちを無視するのか?」
今度こそ――
三方からの攻撃が続けざまに展開されるところへ、石が刀を手に蒼天から降りてきた!
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電光石火。
その言葉のふさわしい攻防だった。
地上のサーバントが、またたく間に撃破されていく。
掃討すれば、すべては終わる……それが今回のミッション、ではあるが。
「おい、ごくろうなこった。わざわざ意味もなく幼い撃退士を襲うとはな」
二本の足で立ち続け、天を見上げる石の声は、そこにいる天使に間違いなく届いた。
「……ひさしぶりじゃの、天使カラス。ギメルゲートの件では見かけなかったが元気そうでなによりじゃ」
「…………」
(なんだ?)
石を背を合わせ戦っていた英斗が、空気の異変を感じ取る。
カラスとは、富士の戦いを機に英斗も長く対峙してきた。向こうがこちらをどう思っているかはわからないが――わからない、ように振る舞うのが、かの天使のスタンスだとも思っていた。
だが、今はどうだ。石への態度は、他の撃退士たちとは全く違う。
「彼らは討伐依頼でここに来たわけではない。……何故襲った? まさか、弱い者いじめがたのしいわけではないよな?」
「……ふ」
遥か上空で、天使が微笑するのがわかる。今までより強く、強大な翼が空を打ち付ける。
「人の子は我々の糧となるが、『撃退士』は異物でしかない。排除するに、強弱は関係ないよ」
「……排除、と言ったか? それが目的か?」
「今に限ったことではない。いつの世も、排除し、排除される繰り返しだ。きみも知っているだろう。目にしただろう?」
手にかけただろう。
――石は、カラスの使徒・宵の討伐戦に参加している。
それを恨みとして引きずるのであれば、行動としては今更であろうし邂逅は本当に偶然でしかなかったが。
(時間がほしいと言っていたなら、この場所に何かがあるのだろうか? ゲートに向いた土地かどうか見極めている?)
他方、回復の合間に中等部生たちと情報を交換していたファーフナーは、別の角度で思考を巡らせていた。
天使ギメルによる巨大ゲートの騒動は記憶に新しく、その余波が全国各地に及んでいるとは生徒会自らの通達だ。
『今まで』とは違った動向が、『今まで』からは考えられない理由でもって展開されてもおかしくはない。
ウルとカラスという組み合わせは、今までなら展開中のゲートへの後押しといった形で確認されていた。今回の違和感は、そこにもある。
「いややなぁ。こっちも見てくれんと、拗ねてまうで?」
石とカラスが言葉を交わす間に、崖――カラスの足元近く――まで駆け寄る3人の影があった。
「残暑見舞い申し上げます。この二人がお世話になっている。矢野古代だ。いや、ホントお世話になっているようだな。特にうちの子ときたら家でもお前の話をして……あいたっ」
銃口を向ける古代の足を、胡桃が無言で踏みつけた。程よく強化された、洗練された美しい靴で。思い切り。
「――てなわけで、受け取ってくれや」
「……いずれ、また。濡羽の君」
三つの銃口が、タイミングを重ねほぼ同時に火を噴く。
青年天使は低く笑い、外套を翻しては撤退していった。
「また、遊びに来るの楽しみにしてるで! すぐ来いよ!」
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全てが終わり、一同は村落へ向かう。
深い傷を負った者はいなかったが、多少のケガも凛やファーフナーの手当てでほとんど回復していた。
元気な顔を見せると、ラシャや如月、六角たちが7人へ飛びついてきた。
「材料とやらは、どの程度無事だったのじゃ?」
「おかげさまで、何一つ取りこぼすことなく……。先輩たちのおかげです。本当に、ありがとうございました!」
石の問いへ、六角が深く深く頭を下げる。
「ガラスの石や、革製の紐や、……たくさんオマケももらっていたんだ。きっと、すごくキレイな組紐を作れる」
「……そう、か」
喜々として袋の中を見せるラシャへ、ファーフナーはぎこちない笑みを浮かべた。
ファーフナーはごく最近、心を開きかけた存在を失っている。その少女の笑顔を、見ることはもう叶わない。
失ってから気づく、だなんてありがちなフレーズだと笑う気にもなれなかった。
もし、もしもまた――力が届かず、及ばず、この少年に何かあったら。取り返しがつかないことになったら。
想像すれば、恐怖も芽生えた。
「…………よかった」
「ああ! ファーフナーには、助けられてばっかりだな……。いっつも、ありがとう」
しかし彼の胸中など露も知らず、少年堕天使は照れ笑いを見せるばかりであった。
「本当に、綺麗……。どんな組紐ができるのでしょう」
材料を手に取りながら、凛が目を細める。
「帰ったら、新入生の歓迎のお手伝いをさせていただけませんか?」
「もちろん! 今回で、自分たちの力不足を強く感じました……。先輩たちと一緒にできたら、こんなに嬉しいことはありません」
戦闘能力だけじゃない。とっさの判断力、柔軟な発想。そういったものを学ばせてもらったと、如月は凛の手を握った。
「…………」
賑やかなやりとりを、スピカ一人が少しだけ距離を取って、見守っている。眺めている、に近いかもしれない。
感情の一部を喪失した少女は、こんな時にどうすればよいのかわからないままだった。
もうすぐ新入生歓迎会も本番を迎える。
一縷の望みを繋ぎ、力を縒り合わせ、必死に守り抜いた材料で紡がれるのは、どんな組紐だろう。