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「岩向こうに三つ首のサーバント、右手には二体いるよ!」
索敵・サーチトラップで看破している野崎がメンバーへ呼びかける。
両端の切り立った崖には二体ずつの蒼き鳥スターク・ブロー。天使カラスの手足。
正面の、獣が隠れているという岩の上にも一体ずつ、翼を広げている。
「防衛……いえ、攻撃は最大の防御ですわ! 打って出ますわ!」
長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)の青い瞳が闘志に燃える。
「斉さん、アルベルトさん、フィルさん……、どの獣から狙いましょう?」
前衛、後衛、それぞれを担うメンバーと短く打ち合わせを。
「今の距離では、どうやっても攻撃は届きませんし。わたくしとしては、敵の中で突出してきたものを狙うことを推奨いたしますわ」
「岩陰から出てきたところをBANG! ってコトね。賛成よ」
迅速かつ堅実に、能力の出し惜しみなんかしない。
亜麻色の髪を背へ払い、アルベルト・レベッカ・ベッカー(
jb9518)は不敵に微笑んだ。
見えているんでしょう?
見ているんでしょう?
(今すぐにでも遊びたいけど…… お互い、『オシゴト』大事よね?)
レベッカは心の中で呼びかけて、銃口をサーバントたちの潜む正面へ。
「ここなら敵も四方に逃げることは出来んな。わざわざ空を制限するか」
周囲へ鋭く視線を走らせるは郷田 英雄(
ja0378)。
視界から敵を外すことなく、慎重に間合いを詰める。決して、単独で突出しないよう。
「私情は、挟まない……。何があっても、よ」
矢野 胡桃(
ja2617)の背に、陽を透かす黒色の羽が顕現した。妖精のような羽ばたきと共に高度を抑えめに上昇、前進を。
前方右手の崖には、黒衣黒翼の天使の姿がある。
(……考えろ。この場を、凌ぎきるために)
ともすれば高揚しそうな感情を、少女はぐっと抑えた。
何を成す為に、この地へ来たのか。果たせなければ、待つものは何か。
それは―― そう、『向こう』も同じはず、なのだから。
同じ『高さ』にいなければ、感情だって届きやしない。
「…………この風と共に……」
伏せた目を開く。毅然と前を向く。
フィル・アシュティン(
ja9799)――内なる人格・エルムを、モノクロの光が包み込む。強固な守りの輝きだ。
上空の胡桃と対となり左翼を担い、前線へ。
(モモちゃんの逢瀬を邪魔させませんわ。フィルさんのピンチも防ぎましょう)
※『逢瀬』と書いて『殺し合い』と読みます
後衛で、アサルトライフルを手に機を伺うは斉凛(
ja6571)。純白のメイド服が、踊るように翻る。
(執着……因縁…… 僕にはよく、わからないけど)
幾度となく対面している天使に対する感情を、天宮 佳槻(
jb1989)は掴めずにいた。
無視の出来ない存在だとは思うが、それは戦況における役割としての意味が大きい気がする。
(とにかく、今はやるべき事をやるまでだ)
雑念は命取りになるだろう。切り替えて、野崎へ小さく振り向いた。
「回避射撃など、後方からのサポートをお願いできますか。僕は防衛ラインが定まり次第、結界を張ります」
「了解、守備面は出来る限り手堅くいこう」
「攻撃一辺倒だと痛い目を見る相手ですからね」
佳槻の冷静な判断力とサポートには、野崎も信を置いている。
守り手が居ればこそ、攻撃手もまた安心して力を発揮できるというもの。
陽光の翼を広げる佳槻の背に、野崎は目を細めた。
●
「……来ましたわ」
眼帯で隠しているのと他方の眼で、凜は風の変化を察知する。声を発するかどうかというタイミングで、サーバントたちが強く翼を打ち付けた。
天使は右側面の崖へ腰かけたまま。スイ、と左側面と正面のブローたちが動き始める。それへ追従するように、三つ首の獣――トレー・グローが獅子の如く咆哮し、地表を蹴った。
「野崎さん、さがってください」
天使発見ならびに戦闘突入の旨を本隊へ連絡した六道 琴音(
jb3515)が敵襲に備える。
「幼馴染から、話は聞いています。天使のことも。それからあなたをよろしく、と」
「――っ、わかった。ありがとう」
野崎にとって、天使カラスは別格の存在だ。怨恨だけでは済まないものが胸中に渦巻いている。我を忘れるほどの青さはとうに抜けているが、こうして理性を繋ぎとめてくれる存在は、胸に響く。
「……ありがとう」
野崎はもう一度、小さな声で繰り返した。それは己へ言い聞かせるようでもあった。
「確実に潰していくわよ!」
「メイドにお任せあれ、皆様を援護させていただきますですの」
レベッカの黒き弾丸【葬送曲】の調べへ、凜の攻撃が重なる。
接近してきたトレー・グローの頭の一つを吹き飛ばす。
「もう一つ!」
「止めは任せな」
素早い行動でレベッカが中央の頭を狙う、銃へ持ち替えた英雄がサポートに入り、これで二つ目。
「行きますわよ! 耐えられるかしら?」
首が一つだけとなった獣の傍らには、縮地で接近していたみずほが拳を構えていた。強烈な左フックを横っ面に叩き込む!
「ボディを攻めていきたいところですが、残す首が一つでしたら速攻でしてよ!」
自慢の牙を剥く暇を与えず、メンバーの連続攻撃で獣一つを撃破する。
「好きなようにはさせません!」
すかさず琴音が星の鎖を投擲し、みずほの側面を狙わんとするブローを地面へ引きずりおろした。
「まだまだ来るよ。伏せて、みずほちゃん!」
近接攻撃手として突出するみずほへ、鳥たちが一斉に照準を定めた。
レベッカと野崎が回避射撃を繰り出す。
「この程度、大したことは……っ」
ワン、ツー、軽やかに身をかわす、肩口を鉤爪が掠める、少しバランスを崩したところでまともな貫通攻撃が拳闘士を襲った。
「まだ!!」
口の中の血を吐き捨て、みずほはファイティングポーズを崩さない。
「これが、わたしの風だ……っ」
みずほを援護するように、遠方から直刃のアウルが風のように駆けた。
地に落ちた鳥を裂き、岩石を砕き、潜む獣を襲う。
封砲を放ったエルムの髪先は、風を受けてふわりと肩に落ちた。
「思った以上に混戦ですね」
「一度、散らそうか」
四神結界を巡らせる佳槻にタイミングを合わせ、野崎が少しだけ前へ移動する。バレットストームでアウル弾を上空から注ぐ。
暴風のような攻撃に、僅か、敵が浮足立つ―― そこへ、
「今なら、確実に……。往け、妖よ」
琴音が六道家に伝わる符を用い、
「モモちゃん、あの鳥を狙いましょう」
「ええ、この一手で落とす、わ」
凛と胡桃の攻撃が一体のブローを狙い左右から走る。
範囲攻撃で揺さぶりを掛けてからの、確実な各個撃破。視界が大分、スッキリとしてきた。
「まだ、動かねェか」
ちらり、英雄は視界の端に天使を確認する。
(噂によるマッチポンプを狙ってるんだろうが、その元を断てば、噂はいずれ風化する)
襲撃と救出を重ね、感情に揺さぶりを掛けることが目的だというのなら、それを無効化することだってできる。英雄は考える。
(だとしたら、奴から次の場所というのも吐かさなければならないが……俺は敵と話す舌など持たんし、まずは時間稼ぎをして味方との合流が先決だな)
「サーバント、ここで全滅されたらアッチだって困るんだろうに」
追撃はタイミングが大事だ。指をくわえて全滅を見守ることはないだろう。
「動きたい気分にさせてあげましょうか」
英雄の独り言が聞こえたのか、レベッカが【序曲】による鮮やかな一撃を、英雄の前方へ飛び出した獣の額へと見舞う。
「それもそうだ、――な!」
口の端を歪め、男は大鎌を振るいもう一つの首を斬り落とした。
●
上空で全体の状況を注視していた佳槻が、敵の動きの変化に気づく。
「郷田さん、魔法が来ます!」
「させませんわ!!」
注意喚起により側面からの不意打ちを逃れ、凜の回避射撃も走るが、英雄と佳槻がスノウストームに飲み込まれる。
風雪を吐き出した蒼き鳥は、張り巡らされた八卦水鏡に依る反射攻撃を受けて僅かに揺らぎを見せた。
「逆方向ッ」
叫ぶ野崎の声には焦りが混じる。振り向く間もなく、温度障害を受けた英雄の身体に猛スピードで他のブローがぶつかり、血に染め上げた。
「郷田くん、――っ」
「気を失っているだけです」
ギリ、と歯を食いしばる野崎へ、心配ないと佳槻が応じる。
ストームをまともに喰らいはしたものの、スタンを回避できたことが大きい。戦闘不能ではあるが、致命傷へは至っていないようだ。
「大丈夫ですか? いま回復を」
一方、琴音は辛うじて立っているみずほの傷の治癒を。
「ありがとうございます。次のラウンドへまいりますわ!」
足に力が入ることを確認すると、みずほは次の敵へ。
再びの左フック、抉るようにボディブロー。強制的に意識を刈り取る!
よろめく獣へ、胡桃が魔法で追撃を重ねた。
「……しまっ」
油断をしたつもりはない、敵の動きが早かった。
息を潜めていた獣が琴音へと飛び掛かる。豪炎、牙、麻痺を呼ぶ咆哮。三連続で襲った。
彼女の守りの固さからすればダメージはさほどでもなかったが、麻痺攻撃をまともに喰らい、その場に縫い止められる。
「このタイミングで……」
「動いた、わね」
凛の言葉を、レベッカが続けた。
半数近くのサーバントが撃破され、しかし左右の崖からブローたちがいつでも挟撃できる配置。
トレー・グローは遠距離射撃で半数が接触前に倒されてしまったが、残り二体は撃退士の懐に飛び込んでいる。
あと一押しで――
撃破できるのは、撃退士側か。天界勢か。
そんな、状況で。
バサリと翼を広げ、ピストルクロスボウを構えるのとは逆の手で天使は魔法を発動する。ミストラル――周辺に風の防壁を纏う。
「貴方が帰ってくるのをずっと待っていたわ」
レベッカの声は、間違いなく届いているはずだ。
●
「久しぶりの実戦か……。鈍っていないと良いなあ」
飄々と、天使はそんなことを言う。
そんなことを言って真っ先に動くかと思えばサーバントへの指示を強め、前後左右からのタイミングを読み切った連携攻撃のラッシュを仕向ける。
「大丈夫ですか!」
四神結界はまだ生きている。守りに徹すれば大きなダメージは防げるはず……。佳槻が周りへ呼びかける。
「これでチェックメイトですわ!」
みずほが、死刑執行を意味する大振りの右フックで獣の一体へ引導を渡す。しかし動きが止まる瞬間を狙ったかのように、スイと接近したブローが風雪を吐き出した。
みずほと共にスノウストームへ巻き込まれた琴音の背に、英雄と同様のコンビネーションでもう一体のブローによる貫通攻撃が直撃する。慈悲のないクリティカルヒットとなり、彼女はその場に膝をついた。
「六道さん!!」
傷を手当てしてくれた仲間の姿に、みずほも吃驚する。
「……まだ、終わっていない」
立ち位置に気を遣っていたエルムが、注意を促す。先のダメージから完全回復していないみずほが連続して狙われる。
「こんな、ところで……っ」
季節外れの冷たい風へ肌が焼かれるような痛みを感じながら、みずほの意識が遠のく。
「どうする……?」
エルムが、ちらりと胡桃へ視線を流す。
「使えるのは一度きり、だけど」
考えがある。少女が答えた。
「ごめんね、佳槻お兄ちゃん」
「胡桃が謝ることなんてないよ。防衛ラインを保つのは僕の役目だ」
「奇襲にならない正面攻撃ほど、つまらないものはないのだけどね」
カラスの移動はわずか、武器の射程ギリギリに佳槻を捉え、四連のボルトを放つ。
「……あの時より、少しは……っ」
「残念。『あの時』より、力を付けたのは…… わたしも同じなんだ」
八卦水鏡に依る攻撃反射が、天使の頬を浅く裂いて血が雫となり伝う。しかしその程度。
対する佳槻は、一度こそ回避して見せるが三本を両足と脇腹に受け、失墜する。同時に結界の効力は消えた。
(さぁ、伸るか反るか……)
きゅぅっ、胡桃は緊張に依る心臓の痛みを感じながら。
「コール、よ! ヴェズルフェルニル!」
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――空駆けよ風。執行形態顕現。特殊選剣・インノ
それは、祝歌。
天使が呪歌をくちずさむなら、こちらは言祝ぎを贈ろう。
カラスの眼前に、純白の両手剣が浮かび上がる。実態を持たないそれと、瞬間的に少女の姿が入れ替わった。
続けざまに喚び出すは北風の吐息。冷気の突風を真正面から叩きつける!
「惜しいね、胡桃。タイミングは良かった」
渾身の一撃は、しかし片手で打ち消された。流れる所作で、他方の手がトリガーを引く。
「少しは、私のことも気にかけてほしいんだけど?」
その、側面を。
レベッカの銃口が捉えていた。
一発だけ残しておいた、貴方のための【葬送曲】。
黒いアウル弾は美しい軌跡を描き、コートの上からもそれと解かる鮮血を散らした。
「……失敬。レベッカ、きみも元気そうで何より」
「もっと貴方の相手をしたいところだけれど……、今はこれで我慢ってことで」
「とんだご挨拶だ」
「お互いさまじゃない?」
のんびり会話もしていられない、首が三つとも健在のトレー・グローがレベッカへ飛びかかって来た。
「ほんっとに……!!」
会話をしながら、笑顔で話しながら、遠慮も何もなく心臓へ向けてトリガーを引く男だ、この天使は。
局面が、一気に引っくり返った。
連携の取れた集中攻撃に、仲間たちのほとんどが倒れてしまった。
「フィルさん、少しでも手当を」
「カラス。お前に風は止めさせない……。流れる風は、止まらない」
「高みの見物……なんて、趣味が悪いですわね。人類の底力思い知りなさいですの」
凜が駆け寄る。肩で息をしながら、あちこちに傷を作りながら、それでもエルムの心は折れなかった。
願い、拓くは起死回生。風が止まぬ限り、希望は消えない。
「最後、道は作る……頼むよ!」
野崎の放つピアスジャベリン、凜が降らせるバレットストーム。その中を、風纏う鉄扇・煌風を手にするエルムが駆ける。流れる風のように。
天使の攻撃は脅威だ。野放しには出来ない。
しかし、今の本筋は、サーバントを人々のもとへ向かわせないこと。
だから――……
●
撃退士もサーバントも、皆が地に墜ち微動だにしない。
それへ背を向け、黒翼の天使は渓谷を後にした。
「……なんとか、サーバントは全滅……させた、か」
「間もなく応援が到着するはずですわ」
回復手段を使い果たした凜は、エルムへ寄り添いながら深く息を吐く。
最後は、地力だけの力押しだった。それでも、押し切ることができた。
戦況の優劣を見たところで、天使の諦めが早かったとも言える。彼にとって、固執するほどの状況ではなかったということだろうか。
「次、……か」
ぴくりと右手を動かし土を掴んで、英雄が呟いた。
あの調子では、きっと『次の街』とやらでも同様の騒動を起こすのだろう。
それがいつ、何処なのかは―― また別の話。
渓谷の街は終焉を迎え、人々は違う土地で新たな生活を送り始めるだろう。