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ずしん、……ずしん、
重苦しい地響きが振動を伴って伝わってくる。
ディメンションサークルの着地点から市街地を抜け、郊外へと向かう途中にも巨大な一対の足型サーバントの姿は確認できた。
「まぁ……的の形なんか何でも、やる事は一緒だけど……」
見上げる首が痛い。
常木 黎(
ja0718)は呆れた声を出すとともに、指先でコメカミをつつく。
「見事に『足』ですねー? 小指の先、爪の間あたりは攻撃されると痛いものなのでしょうかー」
「やめて諏訪君、想像するとこっちが痛い。サーバントは造りモノだからね、どこまで再現されてるかにもよるだろうけど」
櫟 諏訪(
ja1215)の鋭い考察へ、筧が自身の肩を抱いた。
「おっ、来た来た仲間たちー」
遠方の物陰で、金髪が手を振っている。相模だ。
「……住民へは、絶対に被害出さないようにするのですよぅ!」
「私と蒼姫と、二人で伯爵の足止めに向かいます。その間に、小僧を殲滅して頂けますか」
「ギガントビッグフットゴールデン伯爵、な! そっか、お二人は夫婦なんだっけ。そっか」
道すがら、住民の避難の様子を見てきた鳳 蒼姫(
ja3762)が固い決意を胸に。
その隣へ夫である鳳 静矢(
ja3856)が並び立つと、二人を見比べて相模は筧へと視線を流す。
「こちらを見ないでください相模さん」
「やだな自意識過剰デスヨ筧さん。わかった、極力早く合流できるようにする。
デカイ相手だから、受け止めようとさえしなければダメージは最小限にイケると思う。気を付けて!」
「待っていますよ。……それまでの間に、撃破できそうならば倒してしまいますが」
頼もしく応じて、鳳夫妻は金色に輝く右足へ向かって走り出した。
「筧さんには、夫人の足止めをお願いしたいのですよー?」
「ボクがサポートするよ」
諏訪が提案し、不破 十六夜(
jb6122)が前に進み出る。
「オッケイ、気合入れていきましょう。残るみんなで、キノコ対応なんだね」
「マッシュルーム小僧! 素敵名称は正しく!」
「相模うるさい」
「敵に抜かれて街へ行かせてしまうことが、最も避けたいことになるね。キノコは対応する撃退士よりも数が多いし」
フリーランス二人がヤイノヤイノしているところへ冷静に言葉を挟むのは各務 翠嵐(
jb8762)だ。
「そうさな。急いで行きますか。じゃ、筧! 美脚愛好家の名に懸けてがんばってこいよー」
「相模うるさい」
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(まず何よりも、敵を後ろにそらさないように……。町に被害を出さないようにしないといけないですよねー……)
走りながら、諏訪は思考する。
音無く移動するキノコは案外に面倒だ。
あほ毛レーダーを起動させているのは、敵の発見というより位置の把握・視野の確保という意味が大きい。
「厄介な敵こそ早く倒しきらないとですねー?」
ちょろちょろ動くマッシュルーム小僧が、上手い具合に固まる瞬間を狙い、大きく踏み込む。
誰よりも早く何よりも速く、弾丸の猛雨が一帯を襲う。
「今ですよー!」
「よしきた!」
アウルの猛弾を縫うように、金の髪が尾を引く。
低い姿勢から回り込んでいた相模が、反対方向から影手裏剣・烈を打ち込んだ。
ぼしゅんっ。間の抜けた音を立て、範囲の重なった2体が撃破される。
「うわ…… 茸好きだけど、これは食べらんないわね」
後衛に控えていた黎が思わずぼやく。
キノコボーイは滑るように移動して、傘の部分を膨らませると最前線の相模に向けてレーザーを放った。光の中に、キラキラと胞子のようなものが見える。
「……違うものに当たりそうで怖いんだけど」
「当たりたくないことは確かやねー。ありがっと!」
黎の回避射撃のアシストを受け、相模はひらりと避ける。
「って、ゾロゾロ来てる、ゾロゾロ!」
「行かせないよ!」
範囲攻撃の重ね掛けの後は、弱っている敵を見つけて確実な撃破。
初手から敵の動向を観察していた黎は、逃さずトリガーを引く。
「それほど知能はなさそうだね。数の利を活かしきれないとは」
畳みかけるようにレーザービームを一極集中で放たれたのなら、危なかった。
翠嵐は他方、市街方面へ抜けようとする数体に対し呪縛陣を発動し、動きを縫い止める。
「逃げるなら逃げる、襲うなら襲う…… その辺りの意思統一も、まるでなっていないね」
「束縛でも、その場から攻撃はできますから油断は禁物ですよー?」
「ああ、もちろん気を抜くつもりはないよ」
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キノコの群れを潜り抜け、静矢と蒼姫は奥で踊る右足へ向かう。
不定期に地を鳴らすたび、微かに揺れを感じる。
(一般人と街を守るのは勿論、自分達も必ず無事で生きて帰らねば……ね)
近づくほどに、そのサーバントの巨大さを実感する。まともに踏まれたらひとたまりもないだろう。
「不幸中の幸いは、その巨大さ…… かな」
「静矢さん! アキはいつでもオッケイですよぅ☆」
「了解」
左右、少し距離を置いた先に妻である蒼姫が手を振る。
固く絆を結ぶ二人の連携は、さて右と左の足に対して如何なものか。
明暗二層の紫光のアウルが静矢の両腕から愛刀『天鳳刻翼緋晴』へ注がれる。
機先を制したのは伯爵であった。浮遊から一転、ズシリと深い響きを下ろし、周囲の地表が浮き上がる感覚を受ける。
「――っ、これしき!」
「文字通りの『足止め』見せてあげましょうっ☆」
波動の欠片で掠り傷を負う静矢、範囲攻撃の枠外に居た蒼姫はグイと踏み込んで異界の呼び手でギガントビッグフットゴールデン伯爵の動きを停止させる。
「受けるが良い、鳳流抜刀術・奥義――ッ」
行動が早かった。それが、結果的には伯爵の命取りとなった。
満足に相手の行動を制限できぬまま、束縛と奥義の挟撃をまともに浴びることとなる。
神速の抜刀術、両断されるは強大な右足。
崩れ落ちる音と共に、静矢を象徴する紫鳳凰のアウルが天へと抜けていった。
「静矢さんとアキの連携も、そうそう甘くはないのですよぅ☆」
ぺちん、背伸びをした蒼姫は静矢とハイタッチ。
さあ、次の局面へ行こう。
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「御免ね。ボクの火力が弱いから筧さんに迷惑を掛けちゃって」
「迷惑なんてことないさ、張り切って行こうぜ」
笑う筧の背へ手を翳し、十六夜は水の烙印を施す。纏う水のアウルは、さながら恵みの雫だ。
「これで、少しは魔法攻撃に耐性が付くよ。美脚にたぶらかされないでね?」
「ないよ!!?」
軽口へ振り向いたところへ、ほっそりとした足がステップを踏むのが視界に入る。
「うおっと、案外に小回りが利くんだ、な!」
外殻強化で守りを高めていた筧が盾で魔法の槍を凌ぐ。カオスレート差が響くことを思えば、いっそ回避より守りを高めた方が良いだろうと考えた。
「踏まれちゃたまらないし、こっちは時間稼ぎにいそしみますか」
後方では盛大な爆音、土煙が上がっている。
キノコ対応班は賑やかにやっているようだ。
「筧さんは御尻に踏まれるのは大丈夫でも、足で踏まれるのは嫌いなんだね」
「お尻は敷かれるもの、足は蹴られるものかな ……不破さん、そういう言葉をどこで覚えて来るの」
「えー」
冗談交じりの会話の間にも、十六夜は筧とは違う方向からギガントビッグフットシルバーラメ夫人に対して距離を縮めてゆく。
「非力なボクでも……、小指位ならキミの力を利用して折る位は出来るよ」
しゅるり、伸ばすはアイビーウィップ。小指を狙い、束縛を掛ける。そのまま、ギチリと締上げて。
「よっしゃ。不破さん、そのまま!」
地を蹴り、大太刀へ持ち替えた筧がそのまま薙ぎ払いを。
拘束する十六夜の腕が、ふわりと軽くなる。スタンに落ちて、夫人の抵抗が無くなったのだ。
「今なら……」
攻勢へ転じようとした十六夜の頭上を、うねる風が抜けていった。
「鳳家の妻の名にかけて、夫人対決と行きましょうかっ」
伯爵撃破から、こちらの救援へ駆けつけた蒼姫と静矢だ。
愛用の蒼き風の護符を手に、蒼姫は好戦的な表情を浮かべてみせた。
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初手のバレットストームで潜行効果を得た諏訪が、徐々に減りつつあるキノコの合間を軽いフットワークで駆け抜ける。
(命はもちろんですけれど、帰る場所も守らないとですよねー?)
建設途中の建物が目立つ。いつかここを帰る場所とする人たちが現れるはずで、ここでの工事作業を生活の糧としている人々が現在進行形でいるわけで。
建物には極力被害を与えないよう配慮しながら。
「翠嵐くん、フォロー頼むよ!」
「任せてくれ」
クイックショットで一体を撃ち抜いたものの、もう一体は取り逃した。黎の合図に、翠嵐は素早く応じる。
逃げた先へ回り込み、髪芝居で束縛を。
「自然の中で暮らせないのなら、せめて知恵を付けるべきだったね」
その声は、何処か愁いを帯びて。
出し惜しみ無しの一斉攻撃、敵の動きを封じて広域攻撃を仕掛けて……
連携がうまく噛み合い、全てが終わったころには傷を負っているものはほとんどいなかった。
「お疲れさま。……体は、大丈夫?」
撃破個体の確認、周辺の建物等の被害状況を確認していた筧の隣へ黎がそっと寄りそう。
「傷、まだ残ってるね」
スイと右手を伸ばして、頬を包むように。暖かなアウル。応急手当。
(そういえば、だいたい一年位前からだっけ……)
条件反射のように目を閉じるその人の顔を、じっと見つめて思い返す。
(将来…… フリーランス、か)
自分が学園を卒業する日。具体的に想像は、出来るようなできないような。
でも、いつかきっと、来るのだろう。その時は――……
「――なんて言うか、大変だね」
何とは言わないけど。
「あっ、筧ばっかりずるい! 妬いちゃうーー」
「…………大変だね」
「なんて言うかすみません」
相模をジトーっと睨む黎へ、筧の方が謝った。
「鷹政さんは」
「うん」
「相模さんと―― ……なんでもない」
「えっ、なに、何を疑ってるの!?」
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ひと段落ついたところで、あちこち焦げ目のついている公務員撃退士――今回の依頼者である難波が姿を見せた。
「無事とは聞いていましたが……今回は、ありがとうございました」
そちらが無事か。聞きたくなるような姿で、青年は深々と頭を下げる。彼自身、別件で戦闘任務を片付けての到着だ。
「何処か無理している様に見えるけど……大丈夫?」
(前の時に、変な事を言っちゃったかな?)
――人手が本当に必要な場所、ってどういうところなんでしょうね。人の命に優劣は、無いはずなのに
以前、仕事で一緒になった際の会話。難波青年の零した言葉は、十六夜の胸に引っかかっている。
「無理はしますよ。ほどほどにね」
小さな撃退士へ、青年は笑いかける。やせ我慢は、疲れを押してか。悲しみを堪えてか。
「この世は理不尽にできている、すべてが思い通りにいくことはありえないさ」
詳しい事情を知るでないが、人の子の想い悩みとは得てしてそういうもの。
悠久の時を生き、妖とも呼ばれることのあった翠嵐は、どこか達観した眼差しで言葉を添えた。
「日日薬……、苦しみは時が解決してくれる。新たな喜びを得られることもあるだろう」
「……あなたは」
難波の事情を知っているのだろうか。とはいっても、先の掃討戦に関して軽く調べればわかる類のことだ。
難波は翠嵐に対し軽く目を見開き、それから伏せる。
「ええ、そうですね。こうして撃退士として過ごす時間が、きっと……あのひとにいつか追いつく」
苦い思いや失敗を繰り返し、そこから学び、次に繋げていくしかない。
後悔しないよう、思い残しのないよう、現在を過ごすことが大事だと、そう翠嵐は考える。
「撃退署員は、自分の戦う場所を自由には選べないのだと思います。けれど、どんな戦いでも私達の戦いは何処かの誰かの命を守っているのだと、私はそう思います」
静矢は、難波へ掛けるべき言葉を探し、それから素直に胸の内を語った。
「だから、命を賭けられると……少なくとも私は」
命。
その言葉は、命懸けで命を喪った人を持つ身にはとても、重く響く。
静矢が軽い決意で口にしているわけではないことは、難波にもわかる。先の、そして今回も、夫婦で戦場に立ち、戦い抜いている。生き抜いている。
「……差支えない範囲で構いません、よろしければ国家撃退士の日常なんかをお聞かせいただけませんかー?」
そこへ、心を軽くさせる諏訪の声。
愚痴や、面白ネタ、どんなことでもいい。些細なことが良い。
現実。日常風景。息遣い。そういったものを、感じられる何かを。
そんな彼の言葉に、難波の表情は微かに和らいだ。
――諏訪には、夢がある。
まだ、口にはしていないけれど。なりたい将来について、思い描く時間がある。
理想だけを語らぬよう、様々な経験を積んでゆく、その為に……聞きたい話があった。
「そうですね……。通信機の操作を間違えて、想定の倍の人数を招集してしまったら、それが学園時代では当たり前だった対応グループ人数だったとか」
「 」
昨年まで現役学園生だった難波の語る現実はヘヴィだ。
「いえ、まあ、それはその時の、ということで。あはは」
「人手かぁ……。前にも話題になったけど、フリーの人にお願いするのにはお金が掛かって難しいと」
「そうですね。久遠ヶ原だと色々とスピーディですし、学園へ頼るのがベターではありますが」
ただし、多感な年頃の少年少女が年齢層として多い。それ故に、難しい案件もある。
「だったらさぁ。情報を共有化するのはどうかな?
フリーの人達は経験も豊富だから、相手の弱点とか効率の良い戦い方を教えて貰えれば、少人数でも天魔を退治出来る様になるよ」
むむぅと唸ってから、十六夜が提案を。
「……たしかに。フリーランス、企業、国家公務員…… そういったカテゴリで情報の壁を作るのは、上手くないのかもしれないですね」
偵察部隊が返り討ちに遭ったなんてことも珍しくは無い、そういったことを避けるためにも、無駄にしないためにも。
「フリーランス、公務員撃退士……それぞれに、それぞれの自由と不自由があるのですね」
「静矢君は、どんな未来に進むんだい?」
離れた場所で休んでいた筧の隣へ、静矢が腰を下ろす。
「戦闘訓練、研究技術、どれも久遠ヶ原が国内最先端だ。学園生でいることのメリットは大きい。けれど、フリーランスの数や撃退署の機能が整備されることで守れる命も多いだろう」
いつか、選ぶであろう卒業という未来。
選択肢は、もちろん教師だったり、研究職だったり、他にもたくさんある。
思い描いて辿りついたその先に待ち受けているのは、望んだことばかりではないかもしれない。
希望と悲しみ。
自由と鎖。
背中合わせの双璧は、両者が在ればこそ光輝くものだ。
そうして若者たちは、未来を選び、掴みとってゆく。
光りを、手にしてゆく。