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約束をした。
誓いを立てた。
夢を見た。憧れがあった。
現実という壁。経験という壁。感情という障害。
体に傷を負う、心に瑕がつく。
――それでも。
越えた先に見えるものを、信じて立ち上がるだけ。立ち向かい、進むだけ。
●
遠くからでも聞こえてくる、獣たちの咆哮。
露払いとして先行する部隊が無数の大鼠を撃ち抜きながら道を拓く。フリーランスの各部隊が事前に配られたマップ通りに分かれてゆく。
「うわっ、相手の数が多過ぎるんじゃないの」
不破 十六夜(
jb6122)は思わず、感じたことをそのまま口から出した。
「何より敵数を減らす事が重要でしょうね」
前衛を担いながら、鳳 静矢(
ja3856)はメンバー構成を再確認する。
中衛・後衛に長けたインフィルトレイターが三名。
前衛に適しているといえばルインズの静矢、それから同行の筧や難波辺りだろうか?
ただし、難波は撃退署から派遣されている立場で、作戦全体の連絡役も担っている。この部隊へ付きっきりというのも難しそうではある、が。
「相模さん難波さんは、敵が大挙して迫ってきた際の範囲攻撃で迎撃を。筧さんはそれで撃ち漏らした敵への追撃で処理……と動いてはどうでしょう?」
「オレは構わないよ、機動力にモノを言わせるのは得意分野だし。難波くんは…… 他からヘルプが入らなければ警戒とフォローを頼める?」
金髪の忍び・相模が軽く応じて最後方の青年へと視線を流した。金茶の髪を前分けにした青年は、ぎこちない表情で頷く。
「私にお手伝いできる範囲でしたら」
声の震えは、隠せていない。
「……先の掃討戦での事は聞きました」
「…………」
静矢の、トーンを落とした声に難波は弾かれたように顔を上げた。
「今回は、必ず一人も死なずに生きて帰りましょう。……同じ想いを、誰かにさせない為に。そして撃退士の信用を回復して、護るべき人々に安心してもらえる様にしましょう」
静矢も、眼前で仲間を喪ったことがある。無念は、悔しさは、悲しさは、推し量ることができた。
何が無念かと言えば個人を喪ったこともそうであるし、『撃退士』の矜持を……きっと彼女が貫きたかったであろうことを護れなかった、そこにもあるに違いない。
「必ず」
難波の言葉は短かった。そこに、全てが籠められているようだった。
(……色々と複雑な依頼だな)
会釈をしながら愛刀『天鳳刻翼緋晴』を抜き放ち、静矢は向かい来る敵へと臨む。
(仕事中だけ持ってくれりゃ良いんだけど……)
二人の会話を、それとなく気にかけているのは常木 黎(
ja0718)だった。
責任感で感情を殺して殺して、漸くこの場へ立っているようにも見える青年は、どうにも危うい。単騎駆けなんて、とは思うけれど。
「ボクは皆に比べて弱っちいから、迷惑を掛けたら御免ね」
難波のペースに速度を合わせた十六夜が、横に並んでチロリと見上げる。
不意をつかれ、青年の瞳が揺れた。
――こんな子供が、 とは言わない。
難波自身、昨年まで学園へ籍を置いていた。十六夜のような少女たちが活躍する場面も、たくさん目にしている。
「助け合いながら、頑張りましょう」
模範解答の切り返し、それでも少し、彼から過剰な力みは抜けたようだった。
「ディアボロの群れにディアボロが隠れる大惨事ですねー…… それでも、猿はまだまだ後方ですよー?」
あほ毛レーダーで周辺の動向をチェックしながら、トリガーを引く櫟 諏訪(
ja1215)の動作は誰よりも速い。
「選り取り見取り…… 言ってる場合じゃないか」
「近接戦闘へ入る前に、少しでも減らして行きますよぅ☆」
諏訪の初撃に合わせ、黎・鳳 蒼姫(
ja3762)も続いて同じ群れの大鼠を容易く撃破する。
当たりさえすれば一発だ、しかし数が多い。攻撃する間にも群れは走り続け距離を縮める。
「飛ばしていくぜ! 後ろは任せっからネー!!」
前衛と接触する前に、相模の影手裏剣・烈が上空から降り注ぐ。地を駆ける大鼠の群れを釘付けにし、
「ジャケットに食らいついてくれるうちは可愛いんですけどね!!」
「血の匂い、ってどの程度からなのでしょう。まさか、ディアボロのそれはノーカウントですよね」
肩を並べ、静矢と筧が残る大鼠の鼻先を切り裂いた。
「大変な戦場だな。……否、負けるわけにはいかねーのだ」
その後方から。腰を落とした青空・アルベール(
ja0732)が狙い澄ませる。
「奔れ、オルトロス!!」
黒いアウルで包み込んだ弾丸は、二つの首に蛇の尾を持つ犬・オルトロスへと姿を変え、一直線に敵を蹴散らす。
「前衛への攻撃集中はもちろんだけど、側面への回り込みも怖いね〜…… どんどん来るよ」
まずは静矢へ風の烙印を与えながら、十六夜も接近して来る敵の群れへ備える。
(結構な敵の数、なのですねぃ……)
これで、一巡。
すぐに第二波が押し寄せ、間断なく迎撃は続く。
蒼風の刃を操りながら、蒼姫は味方の負傷具合へ気を配っていた。
誰か一人が大きくダメージを受けたなら、速攻で集中攻撃を浴びる危険性がある。その際、直ぐにサポートへ入れるように。
●
「これだけいると、いっそ適当に攻撃しても命中しそうなくらいですよねー……。囲まれないように注意しないとですねー?」
「今となっては目的も、ましてや矜持もない敵だな」
諏訪と青空の攻撃が並走する、アウルの軌跡の後には草も生えない。生えないが、空いた隙から大鼠が通路が出来たとばかりに駆けてくる。
「側面からも来てる!」
「まあ、こちらから攻め込む手間が省けるとも言えるかな」
「一気に蹴散らすのですよぅ☆」
次の波へは、正面を相模、左右前方向けて黎と蒼姫がタイミングを重ねて迎撃を。
火球が炸裂し、アウルの弾丸が降り注ぎ、土煙で周囲が濁る。それでもキィキィ叫ぶ鼠の声は喧しく、居場所の特定に難儀は無かった。
「なんか、見た目がドブネズミに似てて、余計に近づかれたくないかな」
何頭倒したかなんてカウントもできない。死骸を越えて襲い来る群れの先頭へ、魔道書を繰り十六夜は影の槍を飛ばす。
「しかも、すばしっこい!!」
当たれば落ちるが、当てるのがまた至難だ。単発攻撃だと連携がうまくいかなければ回避されやすい。
「っと、不破さん、しゃがんで!!」
そこへ筧が身を反転し、発勁で穿った。大鼠たちはアウルで強化された刀身に貫かれ、振り払われて地に落ちる。
「筧さんって、本当に強かったんだ……」
「本当にって、どういう意味ですか本当にって」
素で感心している少女へ、筧が咽こんだ。
「女性の御尻に敷かれてるイメージが強いから余計にね〜」
「いつ、敷かれたのかな!?」
「鷹政さん、よそ見してる暇はないよ!」
回避射撃が集中して撃ちこまれる、黎だ。筧は慌ててバックステップで大鼠の噛付きから逃れた。
「今とか」
「息が合ってると言ってもらいたい」
「そろそろ、牙猿も到着しそうですよー? 前を向いていきましょうねー?」
「いつだってポジティブですが!」
「筧さん……、とりあえず落ち着いて」
静矢が苦く笑った。
だいじょうぶ、チームワークに問題はない。
小さく悲鳴が走る、難波の援護射撃を縫って、大鼠の1頭が十六夜の腕へ噛付いた。魔装を破って飛び散る血をサインに、鼠たちの群れが軌道を変える。
雪崩を打って、少女を襲い始める。
「〜〜っ、勘弁してほしいな!」
「まだ防げる、相模、前は頼んだ!」
「はいさッ」
前衛と中衛、筧と相模がスイッチして、十六夜のフォローへ。黎が応急手当で止血を。
「Are you ok?」
「ん、ありがとう」
その間、少女を目指し群がりはじめるディアボロを、筧が力技で弾きかえしていく。
返しきれない分が、腕へ、足へ、噛付いてくる。巨人に依る補助を受けた個体が、時折手痛いダメージを残す。
「ビジュアル的に吸い取りたくはないんですが、回復する間も惜しいので!」
都度、貪狼で欠けた体力を補いながら。
「静矢君、そっちはどう!?」
「掠り傷です、これくらいが撒き餌としてちょうど良い」
「はっは、言うねぇ!!」
剣魂による回復を挟みながら、静矢の足取りは軽い。敵を刀で軽く往なし、流れる動きで紫光の軌跡を残していく。
彼もまた所により攻撃を受けて出血しているが、言葉に違わず『撒き餌』として、寄る傍から範囲攻撃で一網打尽としていた。
「今ですよー」
「うむ!!」
諏訪の合図に合わせ、青空が同時に群れを越え跳躍してきた牙猿に照準を合わせた。
空中に在っては敵も回避ができない。初動を抑えた攻撃に、自慢の牙を届ける前に墜落する。
「ツーマンセルというなら、片方を落としてしまえば脅威は半減以下のはずですねー?」
「相棒が動けなくなったら、どうかな!?」
他方では、復活した十六夜がアイビーウィップで足止めを。
「ナイスアシスト!」
勢いが止まらず突っ込んできたもう一体の猿を、筧が袈裟懸けにした。
もう一組目が隙の出来た筧の背へ飛びかかる、蒼姫の攻撃が横から飛んでもろとも叩き落とした。
●
アウルの雨が降る。ディアボロの屍が積み重なる。巨人の姿がはっきりとしてきた。
赤い光が、一条。
「目が光っ……? なんか来るのだ!」
「――っ!!」
駆け抜け、突き抜け、たどり着いた先の青年の脚が石化していた。
「難波君!」
「まえ、を」
それが、難波の最後の声だ。次の瞬間には全身が石となっていた。
「へーきへーき、血も出ないし防御も上がるし!」
「さり気なく、酷いフォローですよー?」
言いながら、諏訪もそうするしかないと知っていて、前へ道を繋げる。
「幸い、巨人の動作自体は遅いですよー? 落ち着いて行きましょー!」
「っと、魔法攻撃が来そうだよ!!」
赤目巨人が振るう武器の動きを注視していた十六夜が叫ぶ。石化攻撃とは動きが違う。
「……魔法防御に関しては舐めないで欲しいのですよぅ☆」
棍棒を旋回し魔道の衝撃波を放つも、蒼姫は真正面から受け止めた上で越えていく。
「合わせるぞ、蒼姫!」
「はいっ☆ 行くのですよ静矢さんっ」
正面の蒼姫が陽動となりマジックスクリューを放つ、間髪入れずに静矢の紫鳳翔が奔り巨人の横っ面を殴った。
「もう一押し、……通れ!」
叫ぶ青空の、銃口が単眼を捉えた。弾道は、まっすぐに。
頭を砕かれ倒れる巨人は、果たして最後に白き狼の幻を視たであろうか。
●
あちこちで煙が上がっている。
掃討終了の狼煙であったり、放った魔法の爆撃であったり。
いずれにせよ、大規模な戦力を投入しての作戦は終息しつつあった。
「私の銃の届く距離で、簡単に死なせはしねぇのだ」
治癒効果を纏う青空のアウルが、光となって味方を癒す。
「ありがとうなのですよぅ。……みなさん、ボロボロですねぃ〜」
「ボロボロなのだ」
青空と蒼姫が、顔を合わせて笑い合う。
「まあ、立って歩いて学園へ戻れればそれでいいさ」
自己回復の範囲で問題ないと、静矢は鷹揚に頷いた。
「なんというか…… 満身創痍よね……」
黎もまた応急手当を使い切り、それでも全員のケガは完全回復といかない。
全力で戦って戦って戦って、ケガも疲労も蓄積して…… それでも、メンバー全員が最後まで立ち続けた。
(自分達の仕事がどういった物かは十分理解しているし辞める気も無いけど……。“彼”がそうなったら、さて私は……)
ようやく、物思いにふける時間が出来て、瓦礫に腰を下ろして黎は赤髪の後姿をぼんやり眺める。
(少なくとも今は、耐える自信は無いわね……)
「お疲れ、各地の確認完了したら撤収だって。……どした?」
「あ、いや」
振り向き歩み寄る筧のジャケットの裾を無意識に掴み、黎は返答に詰まる。
「ちょっと疲れた…… かも?」
「持久戦だったもんな」
骨ばった指の背が、黎の黒髪に触れた。労わるように撫でる。
そのまま、沈黙が二人の間に横たわる。
ふと空いた時間に、黎が何を想像していたか……見上げた表情から、筧は察してしまった。
プロである撃退士の死者が出た、戦場で。『もし』――……
心配いらない、俺は平気。
そんな言葉を無責任に吐けないと、筧は身をもって知っている。知っていることを、黎も知っている。
逆に、学園に在籍しているから絶対大丈夫、とも言い切れないはずだ。互いに、戦うことを糧としている以上。
上手い言葉が見つからないまま、今は生きている感触だけを確認しあう。
「『仕事』なだけあって、卒業したら色々な意味で、きっと今みたいに自由に選べないのでしょうねー?」
「諏訪くん、そういうの興味ある系?」
携帯していたスポーツドリンクを飲みながら、相模が顔を上げる。意外と言った表情だ。
要所要所で顔を合わせることはあったが、こうして会話するのは初めて。
相模は筧を通じて『お仲間』の話を耳にすることもあったが、『将来』の話題は無かったように思う。
「ホワイトからブラック、底なしまで選択肢自体は広がるけどねー」
自嘲的に、相模は笑う。
「久遠ヶ原に回る仕事は、楽しいと思うぜ。フリーランスに回ってくるのは…… まあ、限ったことじゃないけど」
「フリーランスでも国家撃退士だとしても、自分の大事な人を残していくことになっても…… という具合でしょうかー?」
「そんなトコ。なに、大事な人いるんだ。へええええええええ。可愛い? 年下?」
諏訪、その後、しばらく野暮に絡まれる。
「今回の相手って、本当はもっと人手が必要だと思うんだけど〜」
他方、十六夜は頬を膨らませて難波へ抗議していた。
「本当はね。いつも、これだけ出動を掛けられればいいんですが」
「これでも足りないって話なんだけど……?」
「……人手が本当に必要な場所、ってどういうところなんでしょうね。人の命に優劣は、無いはずなのに」
一般人であろうと。撃退士であろうと。
ポツリと呟き、難波はそのまま口を閉ざした。
(……沢山のヒーローが、こういう場で命を落としたりするのかな)
十六夜と難波の会話を聞くと話に聞きながら、青空はそんなことを考えた。
人々へ勇気と希望を与える『ヒーロー』。
そんな存在を目指し、青空は日々を戦っている。
そんな存在を目指す撃退士は、きっと少なくない。そうして『プロ』の世界へ羽ばたいていく者たちも。
世界に対し、撃退士の数は少ない。
脅威に対し、動ける数は限られている。
人手が足りなくったって、やり通さなくちゃいけない戦いがある。
(敵がなんであれ、私たちにできることをやるだけなのだ)
誰かの為の、自分であることを。
胸に深く刻み、黙祷を。
●
夢や希望。
キラキラとした、宝石のような感情。目標。憧れ。
戦場という現実、選択という現実によって、瑕がつき、曇ることもあるだろう。
汚れ、欠けることがあっても、更に磨くことで輝きは増すのだと――
ひとの心は、弱くもあり、強いものであることを。
これから先も、きっとたくさん、学んでいく。大切な仲間たちと一緒に。