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マスター:佐嶋 ちよみ
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/10/15


みんなの思い出



オープニング


「ご無沙汰しております」
 その日、とある山村へ御影光(jz0024)は姿を見せた。
 まだアウルの力を知る前に、当時通っていた古式剣術道場の修行の一環で訪れた場所だ。
 当時の修行内容は『トレイルランニング』に似たようなもの。最高標高は1000m程の山岳地帯を利用し、山越え谷越え、川を越え。
 トラック一台がようやく走れるような道幅、片側は崖。落石注意。
 林道から始まり、次第に勾配が急になり峠へ差し掛かると鬱蒼とした緑に囲まれる。紅葉の始まる手前、独特の涼やかさを楽しめるのもこの辺りまで。
 キツイ下り坂、そこから緩急のついた荒れ地へと突入する。
 一般人なら片道でゴールと言えようルートだが、撃退士ならば到着地点の山村を拠点として良いトレーニングの場とすることができた。
 一本道だから迷う危険性はなく、日頃の身体の使い方・注意力などに専念して取り組むことができる。
 宿泊施設が整っているわけではないから、あくまで個人利用となってしまうけれど。

「おうおう、御影さんかね。よう来なすった」
 ここにある、小さな剣道場の主は光の師の知己である。約4年ぶりの再会だが、覚えてくれていた。
「しかしなぁ。あの嬢ちゃんが撃退士ねぇ……。世の中わからんのう」
「道場で基礎をきっちり教わったから、今の私があるんです。師範たちへは、感謝してもしきれません」
 それもそうだと、老人はカラカラ笑った。
「来る途中に驚きました……ずいぶんと、道が危なくなっていますね。工事の予定はないのですか?」
「今のところは事故らしい事故もないしねぇ。自給自足が成り立ってるものだから、道がふさがれてもしばらくは平気ってェのが危機感を低めていかんの」
 山村の裏手には畑が広がっている。綺麗な川が流れ、魚も獲れる。
 まるで昔話に出てきそうな、長閑な姿だ。近代的な手を入れたくない気持ちもわかる。

 その夜は、思い出話に花を咲かせて更けていった。
 寝しな、低く唸るような声が方々から聞こえ寝付けずにいると『ウシガエルだ』と老人は答えた。
 ここ最近になって、やたら増えたらしい。
 変わらないようでいて、自然は少しずつ変化をしていると、そういうことなのだろうか。




 ディアボロ出現のSOSが学園へ届いたのは、その翌朝だった。
「え、そちらでもですか!」
 連絡を受け取った斡旋所の生徒が、先ほど入った情報と照らし合わせて反射的に呟く。
「いえ、その、そちらの最寄りの街が襲撃に遭って、先ほど部隊が出発したばかりでして……そうですね、『出口』にあたる街です」
 地図を開き確認する。
 近隣の撃退署といっても距離があり、ならばと学園へ出動要請が出されるほどの場所。
 ディメンションサークルの到着誤差が裏目に出そうな、周囲は丸っと山や谷。一歩間違えて山のど真ん中や谷底へ到着しようものなら物理的に骨が折れそうなものだ。
(襲撃中の街を到着地とするくらいで、プラマイゼロってところか)
 あえて、戦闘展開中の街中を駆け抜けて山道を律儀に進むのが無難だろう。
 ダメ元で、先に街へ向かった部隊へ情報を聞いてみるのもアリかもしれない。
「……落ち着いて、らっしゃいますね」
『ああ、そうかも知れません……。幸い、偶然にも撃退士の方が一人、訪れていまして。彼女の指示で、老人や子供から先に山の奥の奥へ避難をしているんです』
 電話口の向こう、若い男性が苦々しい声を発した。
 自分より一回りも下の少女に指示されるがまま動くしかない無力感が、若者の声の、裏側にある。
『彼女が一人、今は戦ってくれている状態です。戦う…… というか、睨み合う、に近いんですが』
「睨み合い? ディアボロと……ですか?」
『刀を構えたまま、その場を離れることなく。 ――ええ、向こうも動きはしませんね』
(それ……バッドステータス系の何かじゃないのかな)
 状況を聞き取りながら、生徒は敵の特徴について書き留めていく。
(街を襲撃する流れで、周辺にも何か目ぼしいものが無いか徘徊していた個体が、村を見つけて―― といったところか)
 仲間を引き寄せる習性を持っていたなら厄介だ。
 村の入り口で食い止めているという撃退士が倒れてしまえば一気に押し潰される。
「ああ、そうだ。その撃退士というのは――」
『久遠ヶ原の生徒さんだと伺っています。高等部の、御影光。うちの剣道場の先生と知り合いだとか』




 羽ばたきの音が、近づいてくる。
(――増援!?)
 束縛で体が動かない中、光は視線だけを動かした。
 純白の、大きな翼が木々の隙間から覗く。
「誰かいるのか! いるなら返事を。こちらは久遠ヶ原の――」
「はい! 居ます! ここです!!」
(味方だ……!)
 思った以上に早い到着だ。
 光が声を絞り出す、羽ばたきの音がこちらへ向かう――
 蒼天に、銀色の何かが反射した。
 水飛沫のようなそれは堕天使の身体を穿ち、そして翼は失墜した。谷底まで、どれくらいある?
(どうしよう)
 私のせいで
 私のせいだ
 刀を握る手から、どっと汗が噴き出る。光の鼓動が早鳴りする。
 眼前のディアボロ――巨大なガマガエルは一定の距離から相手を束縛する波動を出し続けており、苦し紛れに放ったソニックブームや封砲も尽きてしまった。
 巨大すぎて後ろに何が控えているのかわからない……が、少なくとももう1体いる気配がある。
(どうしよう)
 自分の知らないところで『何か』が起きていることだけは、把握した。
 そうでなければ、先ほどの撃退士の到着は早すぎる。それに、このディアボロの動きも――まるで、こちらの足止めだけをしているかのように。
 足止め? 何の為に?

「すみません! もう一度、もう一度だけ学園へ連絡をお願いします! そうしたら、全力で逃げて下さい……!!」

 久遠ヶ原への電話を終えた青年の姿を確認し、光は今一度叫んだ。





リプレイ本文


 巨大なカエルが秋空を背に跳躍し、ギラギラの赤い鱗の魚が浮遊する。
 ふざけた姿の集団は小さな街を襲撃中であった。
(メインは、確かにこの街なのでしょう。その上で、山道やその先まで部隊が配置されているということは……侵攻を指揮する者が背後にいると考えるのが自然でしょう)
 対応に駆けまわる撃退士部隊を目にして、グラン(ja1111)はそう推察する。
 杞憂で、単純に統率が取れていないだけという可能性もあるが、警戒するに越したことはない筈だ。
「御影さんやラシャさんが心配です。急ぎましょう」
 SOSを届けた当人たちの状況が、全くわからない状況にある。
 戦うことは苦手だが、心配することには慣れている――活発な妹の存在のお陰で――六道 琴音(jb3515)が、周辺を気にする様子の水無月 神奈(ja0914)へ呼びかけた。
「時間はとらせない」
 短く返し、神奈は後方で手当てをしていた少女へ駆け寄った。
「戦闘中、すまない。ラシャ、といったか――そちらの部隊の、偵察兵と連絡を取りたいのだが」
「それが……通信機が壊れたみたいで」
 通信の途切れた偵察兵の安否は気になるが、人数を割くことはできない状況。
 それがもどかしいのだと、中等部儀礼服に身を包んだ少女は視線を落とした。
「GPS機能は生きているんじゃないか? 彼の偵察先で、助けを待ってるひとがいる。彼を助けてほしいという要望もあるんだ」
 神奈の言葉に、少女は弾かれたように顔を上げ、それから通信機を取り出す。
「助けは要らない、というのが最後の連絡だったか。彼はプライドが高いタイプだろうか」
 ファーフナー(jb7826)が問うと、困惑の混ざった笑いが返された。肯、ということだろう。




「あなたは死なないわ……。和菓子が守るもの」
 青い髪の少女は、はるか遠くを見つめポソリと呟く。その右手には、誓いの証・ういろうを握り。
「時にはネタで、時には戦闘で、どちらも真剣に貫き笑顔をもたらすのが芸人魂というもの。滑ったとしても這い上がる根性なら負けないわ!」
 ういろうを握りつぶし、歌音 テンペスト(jb5186)は声高らかに。
「落下して頭を直撃するのはタライであると昔から決まっています…… 落石はお呼びじゃありません!」

 見晴らしがよく、敵の潜むような場所も見当たらないうちは、とかく全力で。
 葉が落ち始めた林道を、撃退士たちは走ってゆく。
(……こんどはさせない。私はもう、無力じゃない)
 山里赤薔薇(jb4090)は心に揺らめく炎を灯す。
 赤薔薇が、六歳の時のことだ。――故郷の村が、天魔に襲われた。
 以降は辛い記憶が重ねられ、それでも少女は乗り越えることができた。友と巡り合い、傷ついた分だけ誰かを守れる強さを手にした。
 今ならきっと、手が届くはず。助けを呼ぶ、その声へ。

 木々の種類が変わってゆく、道幅はそのままに常緑樹が増えてゆく。
(点々と存在する敵が見張りだとすれば、初めの接敵がどう影響するか、がポイントか)
 思案するファーフナーの耳にも、低く呻くような鳴き声が届いてきた。あれがガマだろうか。
 到着地点の街中は混戦中で戦闘音が大きく、細やかに注意を払うことはできなかったが。
「……急ぎましょう。大切な人を守るために」
 先頭へ出たグランが、素早く魔法書をめくる。
(長期戦であることを逆算すれば、スキルは温存して――)
 魔道による光の弾丸が、緑から飛び出してきた巨大ガマの顔面を直撃する。
(今よ、赤薔薇ちゃん!)
(はい)
 アイコンタクトで、歌音と赤薔薇がその隙に左右へ回り込む。
「届いて、あたしの愛!! 貫け歌音砲!!」
 前方一体を三人による連携で撃破した隙に、木々の途切れる山肌を縫うように神奈が駆けた。
(緑が茂っているといっても道幅が変わるわけじゃない、ガマの巨体を考えれば潜んで奇襲も無理な話だったか)
 人がひとり通れる程度に付けられた道の、両端の木々を薙ぎ倒す形でガマたちは動いていたようだ。
 倒木、落石、それらを極力音をたてないように越えながら、二体目のガマを狙う。
「さて、これで狙いがわかればいいのだが」
 その一方。鈍色の戦斧を手に、ファーフナーは正面から撃破されたガマを踏み越え、ヌメる巨体へと刃を振り下ろす!
 深く斬りつけた顔面が割れながらも、目玉はギョロリと男へ焦点を合わせる。
「……っ?」
(麻痺、か……)
 全身に軽い痺れが走ると同時に、足へ力が入らなくなる。
「出し惜しみをしている時間はない、通してもらう」
 神奈の右眼が、金色へ変化する。グランとは対照的に、こちらは初手から全力の――
 閃光を宿した刀身が、ガマの横腹を一文字に裂いた。
 極光。魔を祓う、水無月の技の神髄。
 上下に、巨体がズレる。手ごたえはあった、が、前足が鞭のようにしなり……
「これでとどめ、……です」
 追いついた琴音が、後方から符より発動した妖の物をけしかけた。滑る『上半分』が遥か後方へ吹き飛んだ。
「6人がかりで最短撃破か。ここは掃討優先だな」
 ファーフナーは状況次第で別行動にて堕天使救助も考えていたが、ここは全員で敵へ当たった方が効率的なようだ。




 情報にあったガマは数通り倒したが、他に伏兵がいないとも限らない。警戒は解かず、グランは緑の中を走る。
「向こうも飾りものじゃなければ、今の交戦を口火に位置や数の変動があると考慮に入れておいた方が良いな」
「そうですね」
 顎を撫でるファーフナーへ、琴音が頷く。
「充分に気を付けて……警戒して、一連の戦闘でこちらが先手を取れるように意識していきたいですね」
 待ち伏せや奇襲を受けることなく。赤薔薇は告げると、フイと姿を消した。瞬間移動だ。
 ペナルティなしで大幅に移動できる技は、視界の悪い地点を抜けた際に考えられる、敵の待ち伏せを防ぐことにも応用できる。
(あたしは戦闘には強くない……。だけど『出来ないかも』って最初から何もやらなかったら、誰も笑顔にできやしない)
 遠のく小さな背を、歌音は必死に追いかけた。

 坂の下、曲がりくねる道の影に当たる部分で赤薔薇は屈んで待っていた。
「――行きます」
「ストレイシオン!!」
 赤薔薇が飛び出す、歌音がストレイシオンを召喚と同時にホーリーヴェールを発動する、二体のガマが坂の上から揃って大きく跳躍する――
(私はもう、一人じゃないんだ)
 赤薔薇を護るように現れた召喚獣に勇気をもらい、少女はスリープミストで敵の動きを止める。
「赤薔薇嬢!」
「心配いりません、掠り傷です」
 上空から射線を斜めに取り、火魚が水の弾丸で赤薔薇を狙い撃つがマジックシールドで凌ぐ。
 範囲攻撃能力を持ち、飛行できる敵をフリーにするわけにはいかない。
 赤薔薇へ攻撃を放った直後こそ、最大の隙が出来る。
「確実に、落としていきますよ」
「あとで、しっかり回復を掛けますからね」
 グランと琴音の攻撃が、絡み合うように空を翔け火魚を撃墜した。
「無視して抜けるにも邪魔すぎるな」
 神奈が、刀を下から上へと振り上げる――翔閃、軌跡が刹那に残るばかりの素早い剣技だ。
 並びスリープに掛かっているガマへ、鮮烈な目覚めの一撃となる。
 鞭のように伸び襲い来る前足の攻撃を苦とせずに、ファーフナーは今度こそ一撃のもと両断した。
「カエルの舌に束縛される美女図もご褒美ですが……!」
 歌音が、束縛の視線を跳ね除け桃色の光球を残る一体へ。
「もう、折り返し地点は越えています。進みましょう」
 踏み込みながら、赤薔薇は敵より先に、トリガーを引いた。




「掠り傷だからと、油断はできませんからね」
 移動の合間に、琴音が負傷者へまとめて癒しの風を吹かせる。
 5km地点を越え、残るはやや行ったところに橋、そこに火魚が二体待ち構えているという。
 そこから2kmもせずに、山村の入口へと到着だ。
「ペース配分は上々のようですね」
 全体の様子を見て、グランがそう言う。
 距離があり、敵の数も不揃いといった状況で、力の出しどころの見極めは重要点の一つだと考える。
 依然、御影との連絡は取れない。
 山村に住まう人々からも、学園経由で追加情報が入るということは無かった。
 確認している敵の数は残りわずかとはいえ、分散せずこのまま押し切るべきだろう。
 足を止めることなくメンバーは意見を交わし、見解を一致させる。
「……水無月さん?」
 先頭を進む神奈の様子の異変に気づき、琴音は水分補給の手を止めて呼びかけた。
「すまない」
 緩急のキツイ道を越え、石造りの橋が見えてきた頃。
 神奈は呟くと同時に、姿勢を低くしての全力跳躍と共に橋上の火魚の下をすり抜けていった!
「危ない!」
 赤薔薇が瞬間移動で敵の背後へ回り込むと同時に、マジックシールドで攻撃を受け止める。背を赤薔薇に託し、神奈はそのまま山村へ向かって走り続ける。
「前門の美少女、後門の美少女!! 挟まれて幸せでしょうちょっと場所替わってください!!」
 歌音は召び出したストレイシオンへ防護結界を張るよう指示し、自身は手前の火魚へと魔法攻撃を放って引き付け役を担う。
 高度を下げた火魚が、パカリと口を開けた。橋の上を舐めるように炎が走る、歌音やその後続たちを飲み込んでゆく。
「……六道の炎は、こんな温いものではありません」
 余波の風で髪を揺らしながら耐え抜き、琴音は強い眼差しを向けると同時に符を発動した。




(――光)
 無事だろうと思う、彼女の剣の腕を信じている、その一方で胸騒ぎが止まらない。
 行動を共にするメンバーたちの手前、私情を必死に抑えて来た神奈だったが、残りわずかという段階で自制の糸が切れた。
「邪魔だ、退け!!」
 こちらへ接近してきた火魚へ、封砲を重ね硬いうろこを削いでゆく。腕を、足を、鋭い水弾が狙ってくるが避ける暇があるのなら攻撃をより多く。

 ――あ、あああああっ

 聞き慣れた声が、響いた。
 肩で大きく息を乱し、あちらこちらに裂傷を作り、泥にまみれ、それ以上の夥しい返り血を浴びた御影光が、一体のガマを斬り伏せ二体目と対峙しているところだった。
 少女の目の焦点は、何処か虚ろだ。
「光嬢!」
 神奈の耳元を、男の声が通り過ぎた。橋上の戦闘を終え、全力で追いついたグランだ。
 彼はそのまま光の前へ瞬間移動を、ガマの押し潰し攻撃を代わりに受け止める。
「内側から爆ぜなさい」
 完全に潰される前に、右手を突き出しゼロ距離射程でマジックスクリューを打ち込む。腹がねじれるように絞られながら、ガマはみっともなく仰向けに転倒した。
「これで…… 終いだ」
 神奈が、最後の極光でガマを切り裂いた。




 外傷は深いように見えない、しかし神奈の呼び声に反応が薄い。
 極端な緊張状態が長かったせいだろうか。
「失礼。光嬢、シンパシーを使っても?」
 直前まで彼女が体験していたもの、そして墜落した堕天使の行方を読み取るためのものだが、ピンポイントで引き出せるわけではない。『見られたくないもの』もあるだろう。
 理解したのかしないのか、御影がゆるりと頷く。グランが、少女の額へと手を当てた。
(……これは)
 当事者の感情・思考までは読み取れない、が行動や視点から推し量れるものはある。
「お怪我はないですか。助けに参りました」
 やがて、赤薔薇たちも合流する。
「手がかりはあったか?」
 ファーフナーがグランへ問う。
「ええ、ラシャ氏が転落したのは、そちらの方向―― 川の流れと時間を逆算して……」
「ふむ。ならば俺一人で救助が出来そうか」
 地図を片手に、ファーフナーは崖下へと滑空していった。敵が残存する可能性を考え、蜃気楼を発動したらしい。途中でプツリと姿が見えなくなる。
「御影さん……。気力を使い果たしたのでしょうね」
 琴音が、御影に手を重ねてライトヒールを掛ける。
「よほど、ショックだったようです。眼前で――……」
 偵察側にも不手際があったのかもしれないが、グランの『視た』御影の記憶には、そうは映らなかった。
 タイミングがあまりにもよく、悪かった。


 ラシャ・シファル・ラークシャサ。それが、落ちた天使の名だった。
「火魚に撃たれた段階で気絶の落墜、川に落ちた衝撃と岩にぶつかって追討ち重体、か。どうやって一人で戻るつもりだったのやら」
 担いで戻って来たファーフナーが肩をすくめてみせる。
「けほっ、……なさけ、ないから繰り返すな」
 プライドが高いというよりは意地っ張り、が似合うのだろうか。
 実年齢はわからないが、外見年齢からそう思えてしまう。
 濡れてペタリとなった金髪の隙間から、野生動物のような褐色の瞳が居心地悪そうに周囲を見ている。
「! その子、無事だったのか」
「……無事というか」
 神奈の腕の中で震える御影を見つけ、自身の傷が障らないようゆっくりとラシャが近寄る。
「よかったなー、助けに来てくれる仲間がいたんだな」
 でこぴん。
 冷たい指先の感触に、御影が視線を上げた。
「あ え ……え、生きて」
「勝手に殺す、な…… けほっ」
「今、治療しますから安静に……」
 噛付くラシャへ、琴音が慌てて回復魔法を。ファーフナーにも回復魔法を掛けてもらっていたが、傷は深い。
「よくがんばったね」
 ぽん。
 瞳に生気が宿ったことに気づき、グランが御影の頭を優しく撫でた。

 ――君のことが何よりも大切で、好きですよ

 それから、誰にも聞き取れないような声で耳元へさりげなく囁く。
「グランっ、せん……せい?」
 冗談とも思えない言葉に、御影は一気に意識を取り戻す。
「光?」
「な…… な、なん、でも?」
 さすがにこればかりは、神奈であろうと相談するわけにはいかない。……あれ?
 混乱する御影の思考の外側から、獅子のような咆哮が響く―― 増援、と身構えたのも一瞬。
 召喚獣のそれであった。白銀の鎧をまとうが如き姿のティアマット。その背に乗るは――
「光ちゃん、白蛇の玉子様が迎えにきましたよ」
 歌音 テンペスト、惨状。
「……っ、ふふ、歌音先輩……」
 ここで、ついに安心で御影の涙腺が切れる。笑いながら、涙が止まらない。ぎゅう、と神奈が彼女を抱きしめた。
「笑って、光ちゃん。ほら、大好きな甘いものですよー。大丈夫、これは3本目だから」
 どこからとなくういろうをとりだし、歌音が揺らした。




 街での戦闘も終了したと連絡が入ってから、山奥の洞窟へ避難していた住民たちも戻ってきた。
「今回を機に、街とのパイプを見直そうかって話をしていました」
 避難している間、ただ恐怖に震えるだけでなく『その先』を考えていたのだと言った。
 それは、撃退士が必ずや助けてくれるだろうと信じればこその事。
 戦えないなりに力になるにはどうしたらいいのかと考えることに繋がる。

 道なき道を切り開く者がいる。
 落石、倒木、急勾配。それらを乗り越えた先に――また、新しく道は続くのだろう。

 それは、苦難かもしれない。
 そして、希望かもしれない。



依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 天つ彩風『探風』・グラン(ja1111)
 主食は脱ぎたての生パンツ・歌音 テンペスト(jb5186)
重体: −
面白かった!:10人

郷の守り人・
水無月 神奈(ja0914)

大学部6年4組 女 ルインズブレイド
天つ彩風『探風』・
グラン(ja1111)

大学部7年175組 男 ダアト
導きの光・
六道 琴音(jb3515)

卒業 女 アストラルヴァンガード
絶望を踏み越えしもの・
山里赤薔薇(jb4090)

高等部3年1組 女 ダアト
主食は脱ぎたての生パンツ・
歌音 テンペスト(jb5186)

大学部3年1組 女 バハムートテイマー
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA