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マスター:佐嶋 ちよみ
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
形態:
参加人数:25人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/08/14


みんなの思い出



オープニング


 戦い終わって日が暮れて。
 本格的な、夏となる。


 静岡県伊豆半島を舞台とした大きな戦いに一つの終止符が打たれたのは、少し前のこと。
 招集に応じたフリーランスたちも残る者は残り、帰る者は帰り。
「その後、どんな様子ですか?」
 帰ったと思えば、戻ってくる者もいた。
「あれ? あなたは、ええと」
 次の戦いへ向かう者、準備を整える者でごった返すDOG本部で、所属撃退士の青年が足を止めて振り返る。
「筧です、フリーランスの」
「ああ、ええと……北方戦に参加してた……」
 その先は言わないでください大丈夫、と、重体上がりである赤毛の阿修羅・筧 鷹政(jz0077)はストップをかけた。
「ご覧のとおり、ドタバタしてますね」
 本来であれば伊豆の国市北部の支部所属だという青年が、肩をすくめ。
 富士山に向けて本格的な戦いを進める一方で、激闘を終えて十分な休息を必要とする撃退士もいる。
 また、無事にサーバントを撤退させた伊豆半島北部も立て直しの人手が要る。
 天魔はもう出ないのだから、そちらは民間の仕事で充分だが――
「ああ、相模灘の方は怖い、か」
「沖合が敵の拠点でしたからね」
 市街地を優先して仕事は進められているというが、裏を返せばそれに繋がる。
「もったいないですね、折角の砂浜なのに。半島南部は、それこそリゾート地なんだし」

 1km以上も続く砂浜、遠浅の海。
 相模湾を望む場所は、こんなことさえなければ絶好の海水浴場だった。
 あるいは、残る爪痕さえ消してしまえば―― とも、思う。

「ええ、なのでどうせなら、当座は撃退士用の保養所にしようかという話も出ていますね」
 家族を呼ぶこともできるし、安全の確保が知れ渡る頃には市街地も落ち着いていて、活気を取り戻していけるだろう。
 ふむ、とそれを聞いて鷹政が思案する。
「施設の一つくらいなら、きっと半日でやってのける業者を知っていますが」
「久遠ヶ原ですか?」
 読まれてた。
「世間はちょうど、夏休み。きっと喜んで、遊びつつ仕事してくれると思いますよ」
 最先端の教育を受け、戦いの場では鬼神の如く立ち回りを見せる彼らだが――年相応の面も、しっかりある。
 そう話す鷹政の顔に『遊びたい』の四文字が透けて見え、青年が笑った。
「うまく行ったなら、心強いですね。上の方へ掛けあってみます」




「というわけで、海です! 伊豆です! 絶景と砂浜です! スイカ割りは経費で落ちます!!」
「何を交渉してきたんですか、あなたは」
 得意げに斡旋所へ依頼を持ち込んだ卒業生へ、男子生徒が冷ややかな眼差しを送った。
「午前中、日が昇り切る前に遊泳区域等の整備。終わり次第、自由行動! さすがに肉体労働だから、宿泊あり」
 とはいえ、つい先日までサーバントとのゲリラ戦が展開されていた場所であり、宿泊先は最寄りのDOG支部となる。雑魚寝である。
「え、しょっぱい」
「海とはしょっぱいものです」
 ああ、でも。と鷹政が書類をめくる。
「テントを持ち込んで、浜辺に泊まるのは自由だよ。潮の満ち引きを計算しても、安全な場所があるから」
 リゾート地の一角として復興を遂げたのなら、きっとできないこと。今だけの特別。
 潮騒を聞きながらの夜も、きっと素敵だろう。
「遊具レンタルはないけど、その辺りも持ち込みは自由だしね。俺も、差し入れ持って行くからさ」
「差し入れ、ですか。ちなみに?」
「アイス」
「安い!!」





リプレイ本文


 生ぬるい潮風に波の音、白き海鳥たちが蒼天へ翼を広げる。
 砂浜はどこまでもどこまでも続き――



●スタート、午前の部!
「おぉっ。紛れもなく海だねっ♪」
 思えば遠くへ来たものだ―― などと感慨にふけることすら放棄させるほどの、鮮やかな海の色に天羽 伊都(jb2199)が歓声を上げた。
 久遠ヶ原にだって海はある。あるけどしかし、それとはまた違う色。違う風。
 伊都もこの土地を舞台とした戦いへ幾つか身を投じていたが、今は面倒なことを追いやって、年相応の少年の瞳を輝かせる。
「折角海に来てるしね。海水浴でもベタに楽しませて頂こうじゃない♪」
 張り切る伊都の後ろへ、小さな影が忍び寄る。

「周辺地図を、拡大複写して参りました。作業区画の重複の無いよう、効率よく砂浜整備を実施いたしませんか?」

 ハイかYESしか言わせぬ物腰で呼びかけるのは、只野黒子(ja0049)。今年流行のスク水セーラー姿が可愛らしい。
 他を圧することのないよう意識した声色に、裏打ちされた準備――A2サイズの地図を広げる。
「っと、忘れてました。仕事ですね。ボクはゴミ拾いでもやろうかな」
 素直に足を止め、伊都が地図を覗きこむ。
「よっし、日本一の砂浜にしたろ」
 サーフパンツにパーカー、ビーチサンダル姿の小野友真(ja6901)も加わり、意気揚々と輪を作る。
 加倉 一臣(ja5823)は、砂浜清掃の準備を始めていた筧 鷹政を呼び止めた。
「あ、筧さん。熊手とザルないですかね?」
「加倉たちは速攻で遊ぶの?」
 海の幸は、確かに豊富だけど――……
「潮干狩り用ではありません」
 彼が何を想像したか確認するまでもなく、暮居 凪(ja0503)が釘を刺す。
「先ず大きな物を……。それから細かな掃除を進めた方が効率的でしょう?」
「一輪車も借りられると捗るのですが」
 凪の説明へ黒子も質問を乗せる。
「その辺りの用具類ならトラックに積み込んであるよ。火ばさみとか」
「ふむ。ならば、私は細かいガラス片などを拾う仕事を受け持とう。北条さんは――……」
 酒井・瑞樹(ja0375)が身を乗り出すと、発育の良い体のラインが白の水着で強調される。
 日に焼ける前の肌の清らかさに目を奪われていた北条 秀一(ja4438)は、挙動不審に咽こんだ。
「力仕事を担うか。手の回りにくい箇所もあるだろうから、その辺りだな」
 それから、瑞樹と自身の担当区画を地図へ書き込む。
「あちぃ……。人充分いるし、サボっ……」
 ガッ
 遠巻きに眺めていた桝本 侑吾(ja8758)の襟首を、言葉なく神埼 煉(ja8082)が掴んだ。
「……桝本さん、サボってると怒られますよ」
「……駄目か」
 サボれるならそれに越したことはないが、命を賭してまでサボろうとも思わない。


「今年もマッドな夏を駆け抜けようか!」
 ビーチに降り立ったブラックナイト、命図 泣留男(jb4611)――コードネームはメンナク――は自分の持ち場を確認するなり颯爽と浜へと向かってゆく。
 胸に抱くは、奉仕の愛。
 ――いつか、この浜で子どもたちが平和に遊ぶ日のために――
「……大丈夫でしょうか」
 その背を見送り、黒井 明斗(jb0525)が心配そうにつぶやく。
 少年の腕には、救護担当をアピールするための腕章。
(この暑さで…… あの服装は)
 真夏の伊豆で、ブラックレザーで身を包むのはファッションに命を捧げていると理解すれど、その先に待つ未来がどことなく見えた。




 一方、海の家仮設班。
「んー。予想はしてましたけど、『運び込んだ』だけですねぇ」
 図面と木材を見比べながら、点喰 因(jb4659)は材木のそりや木目の向きを確認していく。
 傍らには、ノミや鉋などが入った、本業で使っている道具箱。
「因さん、それは何をしてるの?」
「適材適所と言いますでしょう。木材も気にしてあげれば、長らく持ちますからねぇ」
 指物――日本の伝統工芸のひとつで、釘などを使うことなく家具や調度品をつくる――の家で育ち技を継ぐ因の、腕と眼の見せどころ。
「なるほどなぁ。さすがよな」
「では、書き付けのある物から使って行きますね」
 感心する月居 愁也(ja6837を、従兄の夜来野 遥久(ja6843)が促す。
 昨年の今頃は、因の弟と同様のやり取りをしていた。
 実家同士の繋がりがあると知ったのは、学園へ来て顔を合わせてから。
 因の『実家』の上客の子息が、遥久や愁也に当たる。不思議な繋がりもあるものだ。
「重いモノは男子に任せちゃうね」
 水着にTシャツを重ねた姿で、菊開 すみれ(ja6392)は図面を睨む。
「んーと、水を引かなくっちゃなんだよね。水道が、ここ…… ひゃあ!!?」
「菊開さん、大丈夫ですか?」
「蛇口、捻りすぎちゃったあ……」
 ふるふると首を振り、すみれが笑う。髪の先から、水滴が落ちる。
 ビショ濡れになって、シャツから水着が透けていた。水着だから恥ずかしくないもん、だが健康的にセクシーである。
「暑いからすぐ乾いちゃうね。うーん、夏ってカンジがする!!」


「良い天気だ、リゾート日和であるな!」
「木材を運ぶ所からでも良かったんだが」
「それでは日が暮れるな?」
 図面通りに組み立てながら空を仰ぐ麻生 遊夜(ja1838)は、物足りなさそうな表情のディザイア・シーカー(jb5989)をケラケラと笑った。
「さっさと終わらせて、俺は釣りに行かねば!」
 大の釣り好きの遊夜、午後からの釣りタイムが楽しみでソワソワしている。
「むぅ……熱い、溶ける」
 遊夜を日陰代わりにペタリと座りこむのは、来崎 麻夜(jb0905)。
「お仕事、したもーん」
 日光対策の麦わら帽子、パーカーの下は黒のタンキニで。
 周辺清掃を済ませた麻夜は、一足先に先輩の隣で自主的休憩タイム。
「伊豆……絶景……差し入れ……スイカ割り……なるほど」
 100久遠アイスを同行メンバー分ゲットしてきたヒビキ・ユーヤ(jb9420)もまた、麻夜の隣・遊夜の陰へと座り込む。
「まず、お仕事。……休憩も……お仕事」
 こくり。
 頷き、麻夜とアイスを分け合った。




「海か……。夏だなー」
 半袖のパーカーに半ズボンから伸びる手足は、容赦なく照りつける太陽に焼かれ続けているけれど。
 嶺 光太郎(jb8405)はスポーツドリンクの1本を飲み乾したところで、作業の手を止めて景色へ視線を投じた。
「ゲリラサーバントの拠点が向こう側、か……。天魔のせいじゃなくても、放置されたら荒れるよな」
 ブロックの瓦礫や建物のガラス片の他にも、流木や一般ゴミなどが砂浜から顔を覗かせている。
(裸足で歩いても大丈夫なくらい綺麗になればいいな)
 自分たちが整備したから大丈夫、そう太鼓判を押せるように。
「結構、溜まって来たな……。一回、まとめて置いて来るか」
 分別のため、三種のごみ袋を用意してきた光太郎だが、流木も拾い集めるうちに随分な量となっていた。
「……あ、休憩所もあったのか。ついでにアイスでも食って いや、完全に集中力が切れるか?」
 面倒なことは嫌いだが、ごみ拾いを単純作業と割り切れば、なんとか。とは言っても、一度腰を下ろしてしまえば本気で面倒になってしまいそうだ。
 うーん、と考え込みながら、光太郎はごみ袋を担ぎ、歩き始めた。
 その後ろを、小さなカニが通り過ぎていった。


(……綺麗なガラスなのだ)
 注意深く砂浜に潜む危険物を取り除いていた瑞樹が、海水に揉まれ角の取れたガラス片に見入る。
 ブルー、ピンク、ホワイト。擦りガラスのように濁りながらも、光りを受けて向こう側が透けて見える様子は、童心をくすぐられる。
「ひゃ!!?」
 座り込む彼女の首筋に、冷たいものが当てられて、思わず悲鳴を。
「差し入れのアイスだそうだ。少し休まないか?」
「あっ、……ありがとう、北条さん」
 集めたごみを届けた帰りに、秀一が二人分もらってきたらしい。
「ミルクバー、懐かしいな」
 清掃の終わった場所に腰を下ろし、二人並んで小休憩。
 寄せる波。
 返る波。
 手が届きそうなところで、逃げてしまう――
(……いや)
 海を眺めながら、秀一は自身へ問いかけた。
 寄せられる想い。
 返す想い。
 伸ばしきれない、手の理由は……
(あ)
「あっ」
 ぱたり。溶けたアイスが瑞樹の鎖骨へ落ちて、雫となって落ちるべきところへ落ちてゆく。
 条件反射で秀一は曲げた指の背でそれを掬ってからの、

「「…………」」

 やっちまった感で、互いに顔を赤らめ逸らす。
 胸の鼓動がうるさくて、いつしか波の音も聞こえなくなっていた。




 Tシャツにハーフパンツとラフな服装の凪だが、下には競泳用水着を着こんでいる。
 仕事は仕事。段取りよく集中して終わらせるとして、その後の自由時間だって十分に満喫するのだ。
「小野君は、そろそろじ…… ……20歳ですって?」
 雑談途中に、手が止まる。
「そうです凪おねーさん……。次、大学生やで……」
「てっきり高校進g なんでもないわ。なら、私よりも多く拾えるわよね?」
 にっこり。優しく厳しい、お姉さんの微笑。
「勿論受けて立つで……19歳やからな!」
 カッと背景に稲妻を背負い、友真が胸を張る。
「ほう、ゴミ拾いバトル……」
 スッ、と参戦するは一臣。
「かーけーいーさーん! 俺専用でかい熊手を下さい!!」
 海の家を手伝っていた筧のもとへ、友真が駆け寄ってきた。
 ――その頃。
「今年の俺は成長したし! もうペンキバケツに足は突っ込まないぜ」
「ペンキがもったいないからな」
 フラグを立てる愁也の足元から遥久がバケツを離す、
「え、なに? 小野君、聞こえないーー」
 内装に取り掛かっていた筧が顔を出す、足を踏み出す、
「あっ」
「あっ」
「あっ」
 筧、右足をバケツに固定したまま麻痺判定入りました。


 ややあって。
「チキチキ! 真夏の渚ゴミ拾い大会〜ビーチクイーンは君に決定〜 やでー!!」
「クイーンだったら暮居ちゃん一択じゃない」
「小野君なら、19歳でもスクール水着くらい着られるわよね?」
「……凪ねーさん、それ違うヤツな? 勢いってあるやん……?」
「勢いがないと、まあ、着ることはできないよな」
「一臣さん……?」




 真夏の太陽を背に、メンナクが翼を広げる。
「光る気がないブラックはただの地味な色だ!」
 輝くものばかりの砂浜において、女神の寵愛を受けぬ瓦礫など存在さえ許されない。
 愛用のサングラス越しに異物をサーチ、滑空と同時に拾い上げ一輪車へと運んでゆく。
 翼の起こす風が砂を払い、シャイなガラス片も太陽の下へと顔を出す。
 彼がひとたび地に足を着けば、錆びついた鉄パイプや自然へ還ることのないビニールゴミなどが目に入った。
「連環から弾かれし者どもよ…… せめて抱いてやろう、クレバーに」
 男は哀愁の眼差しを向け、膝をついては手を差し伸べる。
 頬を伝うのは……涙?
(まさか、この俺が? フッ……汗さ、夏だからな……)
 力を籠め、男は浜に深々と突き刺さっていたパイプを引き抜く――
 そこで、記憶は途切れた。
「あっ」
 遠くで、少年の叫びが聞こえたような気がした。


(伊豆ねぇ……。ちぃ、メンドくせぇ事思い出しちまった……)
 命懸けで瓦礫を拾う堕天使が居れば、全力でサボるはぐれ悪魔あり。
 休憩所のテントで、恒河沙 那由汰(jb6459)はゴロリと横になっていた。
 傍から見れば、救護班として待機しているように見えなくもなく、彼を咎める者は居ない。
 ――伊豆。
 同じ土地でも、山の向こう側で、那由汰は戦っていた。
 冬の星座が綺麗な頃に遭遇した一つの依頼が、この地に現れた天使へ繋がっていたと知ったのは――それと対面したのは本格的な夏を迎える前のこと。
 遠く近く聞こえる波音が記憶を引き寄せては苛立たせる。
 ゴロリと寝返りを打ったところで、
「失礼します」
 メンナクを背負った明斗が姿を見せた。
「熱中症のようなのですが」
「あー……。この炎天下じゃなあ」
「この気温であの服装だったので…… 心配していたんですが」
 メンナクをビニールシートへ横たえ、少年は額の汗をぬぐう。
 応急手当の心得があり、ケアセットを取り出して慣れた手つきで介抱してゆく。
「冷やしゃいいんだよな? 気張るのは構わねぇけど、それで倒れちゃ意味ねぇだろうが……」
 死んだ魚のような目をした那由汰だが、現時点でメンナクよりは遥かに『生』に近い。
「お前も、も少しこっち来い」
「え?」
 自身より遥かに上背のある男性を担いできたのだ、明斗の疲労も見て取れた。
 那由汰は二人を範囲に入れての、ダイヤモンドダストを発動する。
 真夏の空気に、氷の結晶が輝いては儚く消える。
「ちったぁ、生き返ったか?」
「ありがとうございます。彼も、安静にしていれば大丈夫かと。残りの清掃、頑張ってきますね」
「おー……」
 礼儀正しい少年を見送り、那由汰は肩を回す。ビニールシートの上で寝ていたら、変な固まり方をしていたらしい。
「はぁ〜。良くもまぁそんなに出来るな……。俺は程々にさせて貰うぜ」
 一仕事、したよな? した。
 蜃気楼の発動と共に、那由汰は涼を求めどこぞへと消えていった。

 それとすれ違うように、メンナクが目を覚ます。
「俺は―― なぜ、ここに?」
 酷い暑さと眩暈、そこで意識が途切れ…… ここは、休憩所のテント?
 無人であることを確認し、男はニヒルな笑みを浮かべる。
「ふっ…… 地上のマーメイドは裸足で逃げ出した、か……」




「この間はどうも」
「いえ、こちらこそお世話になりました」
 交わす言葉は淡白なもの。
 侑吾と煉は互いの顔を見るでなし、黙々とゴミを拾う。
 この間―― この砂浜とは逆方向での、戦いのこと。
 この砂浜が平穏を取り戻すに至った、戦いのこと。
 絶対的な『壁』を為す煉と、それを起点に場を切り拓く侑吾とで、連携して敵を崩していった。
「護りとしての動きは勉強にもなったと思う、多分」
「私の戦い方が参考になったのなら何より。……いっそ、ここでトレーニングがてら戦ってみますか?」
 煉がうっすらと微笑み、
「いや、それはいい」
 侑吾はやんわりと首を横に振った。
「それにしても……」
 それから、ふと顔を上げる。
「なんか、あそこの一団…… 凄いな」


 その一団。
 担当区域の清掃完了と共に、いざジャッジ。
「ボリュームで取るか、重さで取るかというところだけど…… 点数計算式にして発表しますね」
 連絡を受けた筧は到着すると電卓を取り出し、三人の成果をレポート用紙に書き付ける。
 三人が収穫を前に砂浜へ腰を下ろしている。
「第三位! 33ポイント。加倉ーー」
「大丈夫よ加倉さん、女子用水着を着ろだなんて言わないから」
 凪に肩を叩かれ、一臣は涙をこらえる。
「第二位! 34ポイント! 小野君ーー」
「どんぐりの」
「せいくらべ」
 崩れ落ちる、恋人たち。
「第一位は暮居さん、41ポイント! 質・量ともに図抜けていたね。おめでとう、ビーチクイーン」
「……筧さん」
「はい?」
「踏まれたいのかしら?」
「いや、そういうことではなく。こういう場所でそういうことは。いや、場所も関係なく」
※当結果は厳正なるダイス判定によってジャッジいたしました


 砂浜清掃のペースは快調だった。
 用意した地図がそれぞれに塗りつぶされていくのを遠目に確認し、黒子は額の汗をぬぐう。
 長い前髪で表情が読み取りにくいものの、その唇には笑みが浮かんでいた。
(あとはひたすら、粛々と黙々と)
 淡々と、大きな瓦礫を光纏してからの拳で砕いては一輪車に乗せ、黒子は進む。



●満喫しようぜ、午後の部!
 正午を回り、昼食の弁当が配られて。
 眼前には煌めくビーチ、後方には―― 想定していたより遥かにしっかりとした、海の家。
「屋台にも興味あるが、今回はパスだ」
 建設に携わったため、その後の使われ方も気になるけれど……。ディザイアは、傍らでスイカを抱くヒビキを見遣る。
 感情が表に出にくいヒビキだが、興味津々なのは彼にも伝わる。
「そうだ。綺麗なのが落ちてたよ」
 弁当を囲み、麻夜は拾った色とりどりのガラス片を。
「ユーヤ、マヤ……見て」
 ヒビキは、小さな貝殻を。
「二人とも、良いものを見つけたであるな!」
「へへー。みんなの思い出になるね」
 四人それぞれの手のひらへ乗せ、麻夜が笑う。慕う遊夜に頭を撫でられ、御機嫌だ。
「なるほどなぁ。普段だったら、見過ごしちまうよな」
 ディザイアは、武骨な指先でそっと貝殻を太陽に透かした。うっすらとピンクがかった白の巻貝。何処から流れ着いたのだろう。
 午後からは、釣り組と砂浜組に分かれての行動となる。
 夕刻にはキャンプで合流予定。増えた思い出を調味料にした夕食も楽しみだ。


(鷹政さんは…… 手が空くまで暫くほっとこう……)
 忙しそうに歩き回る青年の背を常木 黎(ja0718)は視線で追う。
 あちらも何か言いたげにしているが、どうにもタイミングが合わない。如何せん参加者は大人数で、向こうは責任者。
「黎ちゃんは、午後からどうするんです?」
「せっかくの海だし、シュノーケリングでもしようかなって。水の中っていいよね、静かで」
 友人の因に声を掛けられ、振り返る。
「……因ちゃん?」
 盛大に溜息を吐かれ、うろたえる黎。な、何かおかしなことでも言ったろうか?
(なーんのための、水着なのやら)
 普段と違う、誰かを意識したデザインを選んできたのであろうに。
「んーと、私は向こうで釣りキチしてるんで。何かあったら連絡しますね」




 海は空の青を映すけれど、ひとのこころまでは映さない。
(……よく晴れた)
「ファウストさん、何をボサっとしてんですか」
「貴様には情緒というものがないのか」
 キャンプ区域でテントの設置中、ふと手を止めたファウスト(jb8866)が百目鬼 揺籠(jb8361)にからかわれて呆れ声を返す。
「冗談ですよ」
「知っている。今時のテントは楽でいいな」
「キャンプ! キャンプでさ!! ファウのじーちゃ、これはコッチにおけばいいんですかぃ?」
「「違う!!」」
 二人の周囲を、ちょろちょろパタパタ走り回る少女は紫苑(jb8416)。
 身の丈より大きな道具を持ち上げては危なっかしくウロつく姿へ、ファウストと揺籠は声を重ねて制止する。
 ――ほんの、少し前の出来事。癒えるには、時間を要するであろう傷。とある一件が少女を酷く落ち込ませていた。
 ファウストはその件へ関わっていたし、揺籠は常から紫苑を妹のように可愛がっていて。
 保護者二人は今回が正式な初顔合わせであったけれど、二人を繋ぐ紫苑という存在から打ち解けるのは早かった。
 少しでも空気を軽くしようと、たまに演技がかった冗談を交わしてみたりするが、紫苑の予想外の行動はその上を行く。
「はー、笑った。手荷物はシンプルにしたつもりでしたのに、紫苑サンときたら何処から何を取り出すやら」
「油断も隙も無いな」
「まぁ……いつまでも塞ぎ込んでても仕方ねェでさ」
 そう揺籠が口にして、野菜洗いに向かった少女を見送る。
「テントはこれで良し、ッと。男手揃うと楽ですよね。さァてバーベキューの準備だ」
「我輩は火起こしをしよう」
「じゃあ、これ使っt」
「却下だ、時間がかかる」
「絶対、木の板と棒で火起こすと思ってやした」
 サバイバルな火起こしセットを両手に、揺籠が愛想笑いを浮かべる。
「百目鬼の兄さん! ピーラーとか無いんですかぃ」
 戻って来た紫苑が、ナイフでは野菜の皮を上手く剥けなくて不貞腐れる。
 肩を揺らし、青年がそちらへ向かった。
「大体のもんは包丁一本ありゃ何とかなりますよ。手本を見せて遣りましょう。今回に限りタダで」
 揺籠は愛用の包丁を取り出し、軽やかな手つきで野菜の皮を剥いて見せる。
「お…… お、おぉおおお!! 兄さん、すごいでさ!」
「ふっ、そう褒めるない」
「しょくにんげい!! ぷろふぇっしょなる! ようかい一!」
 紫苑のヨイショコールに合わせ、包丁がリズミカルに上下する。
「待て貴様ら、具材を切り過ぎだ」
 バーベキューコンロの準備を進めながら見守っていたファウストが、たまらず割って入る。
 何故、人参がみじん切りにされているのか理解に苦しむ。たまねぎ、ナス、ピーマン、お前もか。
「どうするんだ、こんなに……。仕方がない、こいつにも食わせるか」
「ふわもこでさ!」
 指を鳴らしケセランを召喚すれば、紫苑が更に瞳を輝かせた。




「さあすみれちゃん、巨大お好み焼きを! 作るぜ!」
「下ごしらえは任せてね。私だってこれくらい出来るんだよ?」
 午前中の本気は、この時の為に。
 海の家、飲食・調理場まで内装がっちり仕上げた組が、特大鉄板を設置してのお好み焼き制作を開始する。
 粉へ水を混ぜる力仕事を愁也が、その間に野菜や海産物をすみれが刻んでゆく。
 海鮮から肉から、とにかくフルボリューム。
「コテ返しが楽しみだな、愁也?」
 料理は不得手だからとテーブルセッティングを進める遥久が、カウンター越しに従弟へ圧力をかける。
 笑顔だが、目が、笑っていない。
「光纏して頑張ります」
 愁也もまた、凍り付いた笑顔で応じた。
「? 冷房、入ってないよね? なんだか涼しー」
 すみれだけが、気づくことなく。

 海の家の傍らでは、友真と一臣が砂の城・築城に意欲を燃やしていた。
「中入れる、2m位のん作ろうぜー!」
「それなら、きめ細かい砂場だな」
 砂遊び経験が少なく、はしゃぐ友真と対照的に一臣の眼差しはプロのそれだ。海のある街で育ちました。
「一臣さん、そのバケツの海水は?」
「濡らした砂を押し固めて、山を作っていくんだよ」
「へー……」
「雪像と同じようなもんだな。砂は凍らない分、徐々に細かく……」
「一臣さん」
「………………」
「あかん、スイッチ入った」




 温い海水、抜けるように青い空、白く輝く雲の峰。
「わー……」
 午前中の労働の反動もあり、伊都は体から力を抜いて波間に揺蕩う。青のトランクスタイプの水着と相まって、心身ともに一体化する。
 バナナボートとかありませんかと尋ねたら、救命用の浮き輪なら、という少々残念な回答が来たけれど、まぁそれはそれで。
 片腕を浮き輪へ引っ掛けて、のんびりと海水浴を満喫。
「無計画に沖まで流されるのも気持ちいい……」
 砂浜の喧騒から遠く離れ、海鳥の鳴き声に耳を澄ませる。
 小難しいことを考えず、目に入るもの、耳に入るものを有るがままに感じる。
(癒されるー……♪)
 目いっぱい楽しんだなら、次はサーフィンでも挑戦しようか。
 それなりに波があり、こちらは古い型だが支部に誰かの個人所有物があったそうだ。


(砂浜良し、海の家良し、……あとはシャワールームでしょうか)
 黒子は、午後も各地をチェックして回る。
 ゴミ拾いは参加者のほとんどが最初から分別しながら回収してくれたこと、海の家は設置後の野望に燃えるグループがあったことから、予想以上の成果を出している。
 差し入れとして休憩所のクーラーボックスに入ったアイスは、黒子の燃料代り。
 定期的に休憩とエネルギー補給をしている。
「ふむ、このペースだと夕刻には間に合いますね」
 海水浴組、砂遊び組がグッタリと疲れて戻る頃には、真水で体を洗い流す場所も完成しているだろう。




「スイカ、棒……なるほど」
 ディザイアが見守る中、ヒビキが棒をぶんぶんと振り回し、こくりと頷く。
 棒で割る予定だったが、手になじみのあるハリセンへ持ち替え、こちらも振り回し、頷く。
「ん、見てて?」
「任せろ」
 タオルで目隠し完了したヒビキへ、ディザイアが時折冗談を交えながらスイカへと誘導してやる。
 おそるおそる、ヒビキが進む。
「あと半歩右、そうそう。そのまま真っ直ぐ進んで三歩、……よし、今だ!」
 骨子として金属を使用したハリセンの、切れ味たるや!!
「ん、出来た」
 迷いなく振り下ろし、綺麗に両断されたスイカを見てヒビキはこくりと頷いた。
「ユーヤとマヤに持ってく」
「おぅ。俺は築城に励む。後で完璧な砂城、見せてやるよ」
 デジカメを片手にディザイアが片目を閉じれば、ヒビキは釣り区域へと向かって行った。
 小さな歩幅で、一生懸命に走る姿は小動物そのもの。
 微笑ましく見送って、ディザイアは自分用に渡されたスイカを齧ると砂場へと視線を切り替えた。
「飯までに仕上げてやろう」
 飯――釣果がそのまま、夜のキャンプの食事となる。
 それまでに、波に流されることのない砂の城を作り上げようではないか。


 釣り区域は、意外にも賑わっていた。
「ボクの上達を見て驚くといいよ!」
「おぅ、そいつぁ楽しみだな」
 息巻く麻夜へ、遊夜がケラケラと笑う。
(大物釣って、喜んでもらうんだ♪)
「……むぅ?」
 一般的な釣り餌で針を投じるも、手ごたえが弱い。
「今日は、良いことを教えてやるのぜ。ヘチ釣りといってなぁ」
「うんうん」


「ブダイがいると言う事は、アレもいるかもしれませんね」
 明斗も、釣り道具持参組。
 用意してきた竿は二本。
 潮の流れを確認しながら、場所を決める。
「……釣りを嗜むものとして、一度は釣ってみたいですからね」
 誰かを守ること。人の役に立つこと。
 戦場では特に、明斗にはその意識が強く出る。
 だから、こうして釣りに興じる時間が、なんとも贅沢に思えた。
 ――磯釣りの対象として人気が高い、イシダイ。
 長く民間人が訪れることのなかった場所ならば、遭遇の望みも高まるというもの。
 竿の一つはメジナ釣り用として。
 もう一つには餌にサザエを用意しての、イシダイ用。
 さあ、勝負や如何に!


(なんか、色々釣れるらしいけど……)
 キョロキョロしながら、場所取りに悩むのは光太郎だ。
 皆、慣れた風に釣り糸を垂らしているけれど、こちらは初心者。
 道具は借りて、せめてもと餌は自前で小エビなどを用意してみた。
「適当でいいのかな?」
 どこがスポット、というでもないようだ。
「楽しけりゃ、良いよな。そんで、釣れたら更に良し」
 傍らにスポーツドリンクを置きコンクリートへ腰を下ろす。ぶらり、海上へと足を投げ出せばどことなく愉快な気持ちになる。
「平和…… なんだな」
 この地は、大天使ガブリエル・ヘルヴォルが残したサーバントにより長らくゲリラ戦が展開されていたという。
 面倒だ面倒だと言いながら、光太郎も勢力を排除すべく繰り広げられた戦いへ参加していた。
 それがあって、今がある。
 穏やかな海。水平線。そこから視界を転ずれば、午前中に汗を流した砂浜がまっすぐ伸びる。
「浮きが沈んだら竿引っ張ればいいんだよな?」
 適当に竿を上下させながら様子を見る。スポーツドリンクに口をつけながら、のんびりとした時間が過ぎた。
「? これ……、もう掛かったのか? お、お、お……?」
「そのまま、一気にリール巻き上げて!」
「えっ、ああ、うん」
 知らぬ声が背後から飛び込んできて、光太郎は言われるがままに。
 思っていた以上に、引きが強い。餌が食いちぎられる……!?
 ふっと軽くなったと感じたのは、獲物が水面から飛び出したからだ。
「おめでとうですよ、立派なカサゴですねぇ」
「グロい」
 ギョロリとした目玉、トゲトゲの背びれ。分厚い唇。
 光太郎が率直な感想を口にする。
「キャンプの奴ら、調理とかも得意かな。……調理し終わったやつは食いてえな」


 うっかり初対面の光太郎へ口を挟んでしまった因は、そそと離れた場所へ移動、腰を下ろす。
「おーおー。沈んでるねぇ」
 友人の黎が、定期的に潜っては浮上を繰り返している。
 この透明度の海ならば、さぞ海底も美しいに違いない。
「ふむ。そろそろ……」
 休憩するのだろう、黎が砂浜へと上がるのを確認し、因はスマホへ手を伸ばした。
 



 炎天下にそびえる砂の城。
 集中するあまり熱中症に陥りかける一臣へ、時折頭から水を掛けるのが友真の主な仕事であった。
「ふっ…… ついに出来た」
 二人は喉を鳴らし、それを見上げる。
「……何かすごい物、作ってんな?」
「わーい。筧さん、中見てってー!」
 友真に背を押され、筧が城の中へとお邪魔する。
「へっへー。中でスイカ割も出来 あっ」
 冷やしたスイカを抱えて続こうとした友真は、不意に入り口で立ち止まる。
「ハッ、筧さん危ない!」
 支柱の一部が崩れる予兆を察知した一臣の、ウォーターガンが火を噴いた。
 回避射撃は筧を襲おうとしていた砂の塊を砕き、その向こうの壁をも砕き、結果的に城をも砕いた。

「危ない とは」

「これも、ひとつの芸術やろか」
 崩れた砂山から突き出た腕を前に、救出より先にスマホを取り出したのは友真であった。
 撮影音に合わせるように、砂が震える。
「送らなくても良いって……」
「え、まだ送ってへんですよ?」
「って、電話か。……因さん?」
 城跡から顔を出した筧は、パーカーのポケットから自身のスマホを引っ張り出して画面を確認する。
「はいはーい」
「御用事ですか?」
 二言三言で終わった通話に、友真は筧を見上げる。
「うん、釣り区域の方にーって」
「愁也たちが海の家でお好み焼き作ってるんで、また後で遊びに来てくださいね」
 砂を払い踵を返す筧の背へ、一臣が手を振った。



「まずは、おめでとうですね」
 防波堤の先で待っていた因の開口一番へ、筧が複雑な笑みを浮かべる。

 ……一年程、前だろうか。進級試験を控えた頃の話だ。
 因から告げられたのは筧に対する好意で、筧はやんわりと礼を返すに留めた――そういうことが、あった。

 今だから言えるが、その時既に筧の中には、ぼんやりと形を作り始めた存在が居て。
 自制やら何やら気づけば仕事に追われてそれどころではなくなったりしている間に月日は流れ、
「どうか、あの子が悲しいもので濁るようなことは、しないでくださいね?」
 因の友人である黎と、筧が正式に交際を
 ――始めたかのように見えて、仕事に追われることが多い単独フリーランスの今日この頃。
「……ありがとう」
 因の中では過ぎたことなのか、新しい存在が居るのか、何か考えがあってのあの行動だったのか…… 筧には結局わからないけれど、彼女の今の願いへ、誠実に向き合おうと思う。
 二人が友人同士が故に、どうしたものかと悩んだのだ、これでも。

「因ちゃん? ……え、鷹政さん?」
「あとまかせた! ごゆっくり!!」

 同様に因から電話で呼び寄せられた黎が姿を見せるなり、釣り道具を手に因はダッシュ。
 立ち去ると見せかけての、釣りポイント移動。
 残された二人の間に、沈黙が流れる。波音だけが静かに響く。
「今年は、競泳水着じゃないんだ」
 悩んで口にした言葉がそれか。いや、目に入るじゃないですかどうしたって。
 今年はワンピースタイプながら胸元と背中が大胆に開いたデザインのものを身に着けている。
「……えっと、変かな」
「や、そうじゃなくって、その」
 4ターン経過したところで、因が遠方からバケツを投擲したい衝動に駆られていたことを二人は知らない。
 愛だの恋だのそれより仕事、といった環境が互いに長いだけに、慣れていないものは仕方がない。
 『仕事上の付き合い、或いはフェイク』ならば筧だって場数はあるが、それとは勝手が違うのだから。
「午後からは、泳いでたの?」
「シュノーケリング……潜る方。その、どうかな、一緒に」
 時間なら、まだ余裕がある。
 遊泳区域に向かい、二人はゆっくりと歩きだした。
「そういえば、月居君たちが海の家でお好み焼き作ってるって言ってたな。後で一緒に行こうか」
「うん。楽しそう」
 美味しそう、と出てこなかったことに筧が笑う。笑って、黎の右手をとった。

 ゆっくりゆっくり、手を繋いで指先を軽く絡めて砂浜を歩く。




 とととと、小走りにヒビキが遊夜たちの元へやってくる。
「ん、戦利品」
 綺麗に割れたスイカを差し出して、得意げに胸を張る。
「おお、頑張ったな」
「ユーヤ分が足りない、足りない」
 ぎゅう、と背におぶさって、ヒビキはなおも遊夜へ甘える。
「ここからが本番なのぜ」
 バケツには、小ぶりな魚が数匹。麻夜が狙い続ける『大物』は不在である。
「クロダイは悪食で有名でな、他の魚が食わん物でも食うんだ」
 たとえば――スイカ。
「クロダイのみ狙うにゃ、もってこいなんだよな」
 ニヤリ、遊夜が視線を麻夜へ投じる。
「おー、何でも食べるなんてすごいねぇ」
 スイカの欠片を餌にして、麻夜はクロダイ釣りへ再挑戦!


「串を打つ素材が無いとはな」
「肉だけとか豪勢じゃありやせん?」
 野菜を細かく切りすぎてしまってな。
 鉄板焼きへ転向しようかとファウストと揺籠が唸っていたところへ、釣りに満足した光太郎がそろりと顔を覗かせた。
「あー…… 魚、釣ってきたんだけどよ。良かったら使わねぇか? 焼きあがったら、俺も食いてぇなって思うんだけど」
「それはどうも…… って、立派な獲物ですね!?」
 バケツを覗いて、揺籠が頓狂な声を上げる。
「刺身……塩焼き……煮つけ……」
「わー!? つよそうな魚でさ!!」
 ぶつぶつと調理法を呟く青年の隣で、紫苑もまた興味津々に。
「カサゴか。書物で読んだことがあるな……。揺籠、刻んだ野菜を使ってブイヤベースのようにすることは可能か?」
「ぶい……? ファウストさん、日本語でお願いしやす」 




 油を馴染ませた鉄板に、具材をよく混ぜ込んだお好み焼きの生地が広げられる。
「こうやって皆で作ると、工作みたいで楽しいよね」
 すみれが別乗せトッピングを散らしてゆく、からの……
「行くぜ、遥久。せーの! 相棒アターック!!」
 大コテ使って必殺率UP!! 背景に星の輝きが見えたかはともかく――
 鉄板まるっと一枚を使った特大お好み焼き、見事ひっくりかえりました!
「凄いすごーいっ!」
 華麗に着地と同時に、すみれが惜しみない拍手を送る。
 匂いに釣られ、まばらに人も集まってくる。
 ソースをかけ、青のりをかけ、コテで一人分ずつ切り分けて。愁也の手つきも慣れたものだ。
「削り節はやはり新鮮さが大切です。遠慮しなくていいんだぞ、加倉」
「俺を削っても何も出ませんよ……?」
「筧殿も、さあ、どうぞ前へ」
「俺をどうするつもりなの、夜来野君」
「って、兄貴もどってきてた!」
 遥久のキラースマイルに怯える一臣がブワッと振り返り、
「黎ちゃんも一緒じゃないですかー」
「う、うん……」
「加倉、椅子が折れるっていうオチはないよな?」
「作ったのは私ですが」
「絶対安全だ。安心してどうぞ、黎さん」
 砂の城の一件で注意深くなっている筧を、遥久が軽く削る。
「安心してどうぞー!! 常木さん、苦手な魚介類とかあるー?」
 カウンター越しにニヤニヤしながら、愁也が皿へと取り分けて。
「帆立ありますか!! お好み食べるー!」
「どう見ても帆立だけの一角があると思ったら、友真殿用でしたか」




 太陽が傾いてくる。
 そろそろ、遊びもお終いの時間。
「もうそろそろ、釣り組も引き上げてるか?」
 見事完成した砂の城を前に、ディザイアは汗を拭うとデジカメを取り出した。
 角度に気を配ると、遠方に釣り区域が入る。いくつかの人影の中に、遊夜たちもいるだろうか。


「瑞樹」
 集合場所へ向かう背へ、不意に真剣な声がかかる。
 振り向く少女の頬が赤いのは、夕日のせいだけではないだろう。
 呼び止めた秀一も、また。
 今日という日を、二人きりで過ごして……楽しいことも、ハプニングもあって。
「いい機会だし……そ、その、なんだ。俺は……」
 温い、潮風が吹く。
 振り返った姿勢のまま、瑞樹は続く言葉を待った。

「俺は君の事が……好きだ。俺だけの武士に…… いや、彼女になってほしい」

 夕日を背に、秀一の輪郭が太陽色に染まる。
 彼の声は、少しだけ震えているように思えた。そう感じるのは、聞き取る瑞樹の鼓動が跳ねあがっているから?
「わ……私で良ければ。北条さんに……私だけの、主君になって欲しいと……思う」
 呼吸を止めて、見つめ合う。
 何秒間が、何分にも感じられた。
 照れた笑いを浮かべ、恋人たちは手を繋いで歩き始めた。



●楽しくキャンプ!
 とっぷりと日が暮れてからも、キャンプ区域は賑わいを見せている。
 ディザイアがテントを設営する間に、釣り組が魚を捌く。
「これ位ボクだって出来るもの!」
「塩に醤油やらの調味料は完備だぜ、まあどうなっても味付け次第で食えるわな」
「先輩ー? びっくりするがいいよ」
「麻夜ひとりじゃ大変だろ、三人でやろうや。ヒビキもな。やれるようになって損はないぜ?」
 ちなみに、魚たちはディザイアが作り出した氷結晶で鮮度を保っている。
「ははっ。完成、楽しみにしてるぜえ?」
 悪戦苦闘する少女たちへ、ディザイアがからかうように笑った。


 男子用・女子用ふたつを立てて、間でキャンプファイヤーを楽しむのは愁也やすみれ、凪たち。
「なーんか、懐かしい匂いだよな」
 蚊取り線香に海の匂い。
 パチパチと火の爆ぜる音。
 定番の炙りマシュマロなんかを楽しみながら、愁也が呟く。
「蚊に太もも刺されちゃったかな? 痒いなあ……」
 Tシャツとショートパンツ姿へ着替えたすみれが、際どい辺りへ指先を伸ばす。
 男性陣が反射的に視線を逸らすも気づいておらず。
「……女子高生の夏も、今年で最後かあ」
「え?」
「次からは女子大生ですよー」
 驚きを見せた凪へ、すみれがへちゃりと笑う。
「……私も未だ、久遠ヶ原に来て3年ぐらいだったわね」
「なぎーん。たぶんね、大学部は5年生を越えてからが真骨頂だと思う」
「呼ばれた気がした。……ヘイヘイ、黒子ちゃん食べてるー?」
「お好み焼きも美味しかったですが、キャンプはやはりカレーですね」
 因の言葉に一臣は反応しつつ、日中のほとんどを労働へ費やした少女へ麦茶を差し出す。
 彼女が各種計画の骨子を提案してくれたので、午前中のハイペースに繋がった。お仕事面での最大の功労者だ。
「おなかいっぱい! ねえねえ、花火しようよ!!」
 そこで、すみれが元気よく立ち上がる。
「インフィル的には、ロケット花火かな?」
 寝落ちかけていた友真が、花火というキーワードに目を覚ます。
「遥久、スタートから線香花火かよ……」
「最後は、争奪戦になるだろう」
「違いねーわ」
 カラカラ笑い、愁也は相棒の側へ腰を落とす。
「早く……完全復興できればいいな」
 祈りを、小さな花火へ灯した。


「ふおあぁああ!!」
「目ぇ開いて、確り焼き付けなせぇ!」
 大きい豪華な打ち上げ花火を持ち込んだのは、揺籠だ。
 花火を見たことがないという紫苑への、採算度外視の贈り物。
 天へ吸い込まれる小さな火の玉が、夜空へ花開く。ややあって、重い音が響き渡る。
「じーちゃ! ファウのじーちゃ!! あれって、さわれるんでさ??」
「……可能だろうが…… 熱いだろうな」
「どうして、あーーーんな音が、するんでさ?」
「ああ、あれは火薬g」
「横から見ると、ひらべったいんでさ??」
「答えるから最後まで聞け……」
 虫除けにと、離れた場所にトワイライトを置きながら、ファウストは呆れて腕組みをする。
 少女は、花火が弾けるように笑顔を咲かせている。
「ふぅ…… どうでした、とっときの花火」
「楽しませてもらった。紫苑も」
 浴衣の袖をまくり、浜辺で花火を打ち上げていた揺籠が戻る。今は手持ち花火に夢中になっている横顔に、安堵する。
「嬉しい気持ちは、積み重なりやすからね」
 溶けてなくなりはしない。振り返れば、いつだって胸を暖めてくれるものだ。

 長く生きることは、楽しいことばかりではない。けれど、悲しみばかりでもない。
 幼い紫苑も、これから幾多の喜びと悲しみと出会ってゆくだろう。
 その時に、この日が何がしかの支えになってくれたなら。



●満天の星空の下
 あとはもう、眠るだけ。
 寝て起きてしまったら、学園へ帰るばかりだ。
 わずかな時間を惜しむように、撃退士たちは思い思いの時間を過ごした。


 砂浜を歩く人影が二つ。
「夜間戦闘の訓練って……。神崎君、充分動いただろ、昼に」
「正面から戦うのが、私の戦い方を知る一番の方法だと思いまして」
 呆れ声の侑吾と、あくまで穏やかな煉。
「本当に元気だな。ってかさ、勝てる訳、ないだろうが、俺が」
「いえ、どちらが勝つか、それは状況次第でしょう」
 夜間。
 足元にペナルティが課せられる砂浜。
 さて、この状況では……?
 月と星の灯りだけで、互いの位置を呼吸を確認する。
「まあ、それなりに頑張るけれどさ」
 侑吾だって、一方的に負けるつもりはない。
 自身と、相手のリーチを読む。
 腕の長さ、踏み込む幅、それに――

「……星、綺麗だな」
「ふむ、確かに綺麗ですね」

 華麗に投げ飛ばされた侑吾は、大の字になり。
 美しく投げ飛ばした煉は、顔を上げ。
 人工の灯りに邪魔されないそれに、しばらく魅入った。
「しかし、なんで神埼君はそんなに頑張ってるんだ?」
 午前中さえ仕事をすれば、後は遊んで問題ないよって、そういう話だったのに。
 夜に、こうやってトレーニングだなんて。
「……そうですね、私なりの我儘を押し通す為に、でしょうか」
「高尚な我儘もあったもんだ」
(でも、そういう奴が結局強いんだよな)
 手を差し出され、立ち上がりながら侑吾は心の中で呟いた。
 砂に塗れた髪を、軽く振るう。
 投げ飛ばされた時に、なんとなく、胸のつかえの一つが外れたような気がした。


「ふ……。手にした力はエンプティ・ブラック」
 虚無感を抱きしめ、メンナクはゴミひとつない砂浜を歩く。
 完璧だ。パーフェクトな仕事だ。
 この砂浜はDOG撃退士の保養所とされるというから、たとえば差し入れや面会に来た家族も利用するかもしれない。
 もう、この夏から一般人の笑顔であふれるかもしれないのだ。
 けれど彼らは、町ですれ違ったとしても自分たちが成し遂げたのだと気づくことはない。
 報われない? ――そうは思わない。ボランティアとは、そういうものだ。
「優雅さとエロティシズムは溶け合ってまどろむ……」
 せめて、自分を介抱してくれた地上のマーメイドに出会えたならば、何か変わったかもしれないが……
 愁いを帯びたメンナクの声は、星空へと吸い込まれていった。


 食事は支部でとったあと、明斗はキャンプ区域へ戻っていた。
 テントを張り、眠る準備を整えてから星の位置を確認し、天体望遠鏡を設置する。
「……うわぁ……。一人で見るのが、もったいないくらいです」
 夕食も、そうだった。
 釣り上げた魚は支部での食事に提供し、みんなで分け合った。
 狙いのイシダイは、大きなものが幾度かかかってはリリースしたのも懐かしい。
 いわゆる『食物連鎖による毒素の生物濃縮』で、シガテラ中毒の危険があると考えられている。
「さぁて。夏は、まず夏の大三角ですね」
 目視でも充分にわかるが、望遠鏡を覗けば気づかぬ星々の姿も見える。
 夜空の宝石に、明斗は暫し心を奪われた。




「鷹政さん、まだ起きてたの?」
「今のうちに報告書仕上げちゃえば、帰れば寝るだけだし」
 一室に明かりが灯りっぱなしであることに気づき、黎がノックの後に顔を出す。
「もう終わるよ。さすがに疲れた」
「寝ちゃうの?」
「え?」
「あ。いや、その、普段はお互い忙しいし……?」
「……世間話でもしますか?」
 言葉を探す黎の様子に、筧がふっと笑う。
「お茶、いれて来る」
 顔を赤らめ、それを隠すように黎は食堂へと向かって行った。




 支部の屋上では、伊都が悠々と大の字になり星空を眺めていた。
 熱の残るコンクリートが気持ちいい。
「綺麗な空だなー……。久遠ヶ原でも、こんなにはっきりは見えないよね」
 星座図鑑をそのまま目にしているようだ。
 記憶を辿り、知っている限りの星と星を結んでいく。
(心を癒して次に備えるんだ♪)
 どんなに激しい戦闘に身を投じても、――投じるからこそ。
 日常を、楽しむように。体の力を抜く時間を、大切に。
 どちらかといえばインドア派だけれど、こんな一日も悪くない。


 先客に気づいた那由汰は、屋上から更に上空へと翼を広げる。
 星が、近い。
 山並みは黒く黒く、闇に溶け込んでいる。その向こうを、那由汰はじっと見つめる。
(あいつ……、また嫌味な戦い方しやがったんだろうな……)
「この間の借りは、いつか返す」
 生きながらえたというのなら、次こそは――。
「その前にまずは、俺自身がもう少し力をつけなけりゃ、か……」
(俺の力が何処まで戻ったか……それも、実感わかねぇしな)
「ちぃ……。俺らしくねぇ…… な」
 髪へ指を差し込み、そのままぐしゃぐしゃにかき回す。
「……ん?」
 東の空に――見覚えのある星の配置。オリオンだ。
(この季節にも見れるモンなのか)
 昇り始めるオリオン座は、サソリから逃げるのではなく――何かを求め、歩みを止めずにいるように見えた。




 そうして、帰還の朝がやってくる。


 バスは思い出を詰め込み、美しい海岸線を辿り、学園へと向かう。
 来年の今頃には、一般にも海水浴場として開放されているだろうか。
 そんな願いを、砂浜に残して。





依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 新世界への扉・只野黒子(ja0049)
 Wizard・暮居 凪(ja0503)
 輝く未来を月夜は渡る・月居 愁也(ja6837)
 夜闇の眷属・来崎 麻夜(jb0905)
 ソウルこそが道標・命図 泣留男(jb4611)
 212号室の職人さん・点喰 因(jb4659)
重体: −
面白かった!:14人

新世界への扉・
只野黒子(ja0049)

高等部1年1組 女 ルインズブレイド
武士道邁進・
酒井・瑞樹(ja0375)

大学部3年259組 女 ルインズブレイド
Wizard・
暮居 凪(ja0503)

大学部7年72組 女 ルインズブレイド
筧撃退士事務所就職内定・
常木 黎(ja0718)

卒業 女 インフィルトレイター
夜闇の眷属・
麻生 遊夜(ja1838)

大学部6年5組 男 インフィルトレイター
かわいい絵を描くと噂の・
北条 秀一(ja4438)

大学部5年320組 男 ディバインナイト
JOKER of JOKER・
加倉 一臣(ja5823)

卒業 男 インフィルトレイター
リリカルヴァイオレット・
菊開 すみれ(ja6392)

大学部4年237組 女 インフィルトレイター
輝く未来を月夜は渡る・
月居 愁也(ja6837)

卒業 男 阿修羅
蒼閃霆公の魂を継ぎし者・
夜来野 遥久(ja6843)

卒業 男 アストラルヴァンガード
真愛しきすべてをこの手に・
小野友真(ja6901)

卒業 男 インフィルトレイター
重城剛壁・
神埼 煉(ja8082)

卒業 男 ディバインナイト
我が身不退転・
桝本 侑吾(ja8758)

卒業 男 ルインズブレイド
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
夜闇の眷属・
来崎 麻夜(jb0905)

大学部2年42組 女 ナイトウォーカー
黒焔の牙爪・
天羽 伊都(jb2199)

大学部1年128組 男 ルインズブレイド
ソウルこそが道標・
命図 泣留男(jb4611)

大学部3年68組 男 アストラルヴァンガード
212号室の職人さん・
点喰 因(jb4659)

大学部7年4組 女 阿修羅
護黒連翼・
ディザイア・シーカー(jb5989)

卒業 男 アカシックレコーダー:タイプA
人の強さはすぐ傍にある・
恒河沙 那由汰(jb6459)

大学部8年7組 男 アカシックレコーダー:タイプA
鳥目百瞳の妖・
百目鬼 揺籠(jb8361)

卒業 男 阿修羅
無気力ナイト・
嶺 光太郎(jb8405)

大学部4年98組 男 鬼道忍軍
七花夜の鬼妖・
秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)

小等部5年1組 女 ナイトウォーカー
託されし時の守護者・
ファウスト(jb8866)

大学部5年4組 男 ダアト
夜闇の眷属・
ヒビキ・ユーヤ(jb9420)

高等部1年30組 女 阿修羅