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「きたわね……」
当直として寝ずの番をしていた草薙 タマモ(
jb4234)は、機械越しに聞こえる音声へ表情を変えた。
午前二時の起床号令。
指示は簡潔、為すべきことは明確。
「何、丑三つ時は妖の時間じゃねェですか」
人成らざる者・百目鬼 揺籠(
jb8361)は、煙管片手にやおら起き上がる。
仮眠時間だったが、熟睡はしていない。
「夜中にかよ……。だりぃ……」
「妖の時間つったでしょうが。雰囲気ブチ壊してんじゃねーですよ!」
「あぁ? 知るか」
ゲシッと鉄下駄で蹴りつけられるのも慣れたもの、死んだ目をした恒河沙 那由汰(
jb6459)が悪態を吐いた。
「仲良しですのね」
「「良くねーよ」」
長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)が目をパチクリさせたところへ、綺麗なユニゾンが返る。
拳を交わすことで親睦を深める。みずほにも理解できる部分だ。
(それは、さておいて……。飛兵であったり、接近するほどに捕えることが困難な敵であったり。厄介な組み合わせですわ)
敵の資料へ目を通し、みずほは柳眉を寄せる。
「……わたくしは、わたくしの為すべきことをいたしますわ」
「如何なる事態であれ窮地に陥っている人を見捨てるわけにはいかぬ。全員が全力を賭してこそ、だ」
そんな少女の肩を、リーガン エマーソン(
jb5029)が柔らかに叩いた。
「必ずや、助けを求める人たちを助け出して見せよう」
歴戦の傭兵はそう告げ、素早く身支度を整えた。
「準備はOK? 車、来たよ」
逸早く玄関で待っていた常木 黎(
ja0718)の声が響く。
「急ぎましょう。橋の敵も、決して避けて通ることはできないでしょうから」
「敵を倒しても住民救助が終わるまで、気は緩められませんね」
御堂・玲獅(
ja0388)にヴェス・ペーラ(
jb2743)が続いた。
真夜中の山道を、出来る限りのスピードで車は走り出した。
●
(今のところ、周辺に異変は無し…… サーバント出現は設置したマイクが拾った場所だけってことか)
『仕掛け』はきちんと仕事をしているようだ。
日中に仮眠を取っていた黎は、クリアな頭で移動中の景色に目を光らせる。
「そろそろ、例の橋ね……」
「橋の中央付近に、多くの気配を感じます」
タマモがドリフトを効かせ停車する間、玲獅が生命探知の届く限りで確認をした。
「車は壊させねェ。行けると思った時は、思い切り行ってくれや」
「遠距離から支援を行ないます」
ドアを開け、那由汰が翼を広げる。対してヴェスは近くの茂みへ身を潜め、スナイパーライフルでギリギリの射程を測った。
黎は先行する二名のサポートが出来る位置へ。
「行きますわよ、1ラウンドでKOですわ!」
勇ましく前線へ向かうのは、みずほ。
侵入者の訪れに、調教の行き届いた猟犬よろしくサーバントたちが牙を剥いて怒涛のように押し寄せる。
確かにこれでは、多少の装甲を施した車だとしても大破するのが目に見える。
――パン
上空で、爆ぜる音が一つ。
ヴェスが、双頭鷲の纏う光球の一つを狙い撃った。浮遊するそれは金焔竜が放つ火球のような、攻撃性のものではないらしい。
それと音を重ねるように、リーガンが拳銃のトリガーを引く。中央を駆ける猟狗の1体をストライクショットで足止めをし、
「波状攻撃がお得意でしたら、分断して差し上げますわ!!」
みずほは並ぶ猟狗の鼻面へ、渾身の右ストレートを打ち込んだ!
闇の中、黄金色に輝くアウルの残像が美しく流れる。一発で打ち砕かれたサーバントは、遥か後方へと吹き飛ぶ。
「那由汰くん、上を頼むよ」
腰を落とした黎が、リーガンの攻撃で勢いを削がれた猟狗に狙いを定め、バレットストームを降らせた。
「Jack pot!」
暴風の如き弾幕の一部分がクリティカルとなり、一気に道が広がる。
(地上には攻撃させねぇ……)
紺碧の鎖鞭を手に、那由汰は双頭の鳥人へと攻撃を仕掛ける。
黒光りするラメラーアーマーに、長柄のメイス。装備を見る限り動きは鈍重そうだが、それだけに攻撃をまともに喰らえば痛手を負うことは想像に易い。
「……その光の球が、どうにも気味悪いんだけど、よ」
鞭の射程よりも、グイと踏み込む――予測攻撃の、射程内へ。
光球は、発動しない。
メイスが振り上げられるより早く、那由汰は鎖鞭をしならせる。
属性攻撃を乗せた一撃が鳥人の肩口へ絡み付き、グイと引くと同時に装甲の一部分を引き剥がした。
体勢を崩したまま振り回されたメイスは、黎の繰り出す回避射撃によって微か軌道を逸らされ、那由汰の胸元を浅く傷つけるに留まる。
「……ここは任せて、行きなよ」
黎は短くメンバーへ告げる。
那由汰が張りついている以上、上空の鳥人も自由にブレスは吐けまい。
「私のハンドルさばき、魅せてあげる」
タマモが橋の入り口に車を付け、
「上空から随行します」
ヴェスが翼を広げる。
「揺籠……俺が行くまで敵が残ってたら、後でてめぇの奢りだからな」
「また稲荷ですか……良いでしょう。俺が待ちくたびれる前にゃァ来てくださいよ、狐サン」
揺籠が軽口を叩き、そして車は発進した。
黎が、残る光球を撃ち落とす。
(結局…… なんだってんだろ、那由汰くんの射程で反応するでなし)
射程のある鎖鞭を使用といっても、予測攻撃が効果を発揮するのは4m程までか。メイスの射程もそれくらいだろう。
「なに、笑ってやがるっ……!」
頭の一つを潰され、それでも笑う。頭一つの鷲は嘲笑い、両の手でメイスを振りかぶる。
――ぞくり
那由汰の背筋に、冷たいものが走った。
(柄にもねぇ)
回避は不得手だ、多少の傷なら気にしない。
それが彼のスタイルで―― そこで一度、那由汰の意識は途切れる。
那由汰を呼ぶ、黎の声が耳にこびりついた。
●
橋を越え五分とかからずに、月明かりに照らされた小学校の校舎が見えてくる。
「盾役を担います。速攻で向かいましょう」
白蛇の盾を手に、玲獅が車から降りる。
撃退士の耳にはただの『歌』にしか聞こえないそれは、揺らめくように周辺に響いていた。
催眠状態に掛かったかのように覚束ない足取りで、虚ろな顔で、人々は校庭へと向かっていく。
「あれが、巨人……。翼がなければ、移動はできないでしょうね」
下半身は、骨で作られた檻のよう……言い換えれば『脚』がない。移動手段は、その背に生える白い翼か。
既に、左右それぞれに20人前後だろうか、収容されているようだ。
状況を確認し、真っ先に翼を落すべきだとヴェスが判断する。
揺籠が長く口笛を一つ。腰のあたりに、灰の翼が『生える』。
翼の音。喉を締め上げられるような奇声。揺らめく焔の翼。闇に浮かぶ橙の光球は、先に見た――
(まずい)
飛翔しかけた揺籠が、スピードを落とす。全員の意識が一つに向かいすぎていた。
歌う少女。動かぬ巨人。
資料にあった、残る鳥人は、その役割とは、それでは何か。
吐き出される炎のブレスが揺籠とみずほを焼いた。散開して飛ぶ撃退士の中、地上に近く範囲に巻き込めると見て標的にされたようだ。
射線に入らないよう気を配っていたものの、互いに動きあう中での一瞬を狙われた。
辛うじて、双方へ玲獅の『神の兵士』が届く。遠のきかけた意識を手放すことなく繋ぎとめる。
「闇雲に向かうわけにはいきませんね」
続けてヒールを飛ばし、玲獅もまた状況を飲み込んだ。
「邪魔をしないで! あれ、邪魔をするのがそっちの仕事? えっと、邪魔はさせない!!」
邪魔のゲシュタルト崩壊しながら、タマモは雷帝霊符を手に。
「仲間の仇、私がとるわ!!」
「殺さないでくだせェ草薙サン……」
タマモが雷撃で光球を破壊する間に、焼かれた揺籠が喉を押さえ立ちあがる。
「やられッぱなしは性に合わねェ。きっちりカタぁ付けさせていただきます」
白銀の鎧をまとう鳥人は、ブレス攻撃後に間合いを詰めてきている。攻撃手段の本命は、メイスによる一撃なのだろうか。
空を蹴り、揺籠もまた敵へ向かう。激突するそのタイミングで、もう一度足に力を籠め。
「両手持ちの武器ってェのは強力ですが、いざって時に不便ですね」
振りかざす際に出来る隙の方向へ回り、そのままクルリ背後へと。
飛び越えるように見せ、片足が黒焔のアウルを纏う。
鋭い蹴りが大鎌の如き一閃、揃いの頭を潰した。
鳥人と仲間たちの激突を背に、機動力で掻い潜ったヴェスは、更に飛翔高度を上げる。
「立ち向かってくる敵を、順序良く倒していたら向こうの思うつぼですよね」
その為の『橋での待ち伏せ』であり、『護衛の鳥人』なのだろう。全ては時間を稼ぐための配置だ。
本来なら、こちらも連携を取って向かうつもりだった。しかし、抜けることができたのは結果的にヴェスだけ。
他は鳥人に抑え込まれている。
(――大丈夫)
巨人と、歌う少女の位置関係を上空から把握し、今は敢えて少女に触れない場所を選ぶ。
「狙うべきものを、見失ったりしません」
努めて冷静に、ヴェスはスナイパーライフルのトリガーを引く。
ダークショットで二体の翼を落としてから、アシッドショットで――
「撃破……可能ですか……」
カオスレートを乗せての一方的な攻撃は、翼を奪った時点で優勢が決していたか。
安堵するには早い、地上の味方へ応援を。そう、ヴェスが方向転換しようとしたとき違和に気づいた。
歌が近づいている――少女が、接近している?
視線を降ろす。
神話から抜け出たような、彫刻のような容姿の少女。緑髪をなびかせ、サンダルで地を蹴り――
風刃の竜巻を生み出した。
風はうねり、はるか上空へと及ぶ。
高い。
嵐のようなそれは周囲に影響を及ぼすとデータにあったが、高さまでは記録に残されていなかった。その竜巻の高さは地上より30mにも及んだだろうか。
「……危ない」
飛翔高度より、スナイパーライフルの射程の方が、長く。
敵が目算を誤らなければ――範囲攻撃ではなく一対象に狙いを定める攻撃であったなら……風の渦に、間違いなく巻き込まれていただろう。
「ふむ。脅威とは、なんだろうね」
鳥人たちの壁をすり抜け、巨人を狙撃したヴェスを脅威と認識したらしい歌う少女が立ち位置を変える――遥か後方から前へと進み出る。
(甘く見られたものだ)
リーガンが、口の端を歪めた。
「作戦が多少前後したが……現場に入らなければわからないこともある」
少女の巻き起こす竜巻を見た。
あれは野放しにできないだろう。
(人々に害及ぼさない……揺らがぬ目標は、ただ一つ)
元傭兵の銃口は、歌う少女を静かに狙った。
意識が上空のヴェスへ向けられているなら好都合。一発、意識の外からの狙撃の筈だが……ゆらり残像に躱される。
続けざまの精密狙撃三度目でようやく命中するも掠り傷程度――強い。
重いメイスの一撃に、玲獅が耐えきる。
盾でキッチリ防ぎ、朦朧に陥る隙一つ与えない。
「邪魔をしないでくださいまし!」
――近づいてくれるなら好都合
みずほが低い体勢から二人の間へ滑り込み、右ストレートをアーマーの上から浴びせ、吹き飛ばす。
強烈な彼女の一撃は、鉄の防御を誇る敵へ鮮やかな威力を見せ付けた。
「痺れる一発、お見舞いしてあげる!」
タマモは軽やかに周辺を飛び回り、機を見ては鳥人の纏う光球を潰してきた。
雷刃が駆け抜け、トドメを刺す。
『あまり空を飛んでばかりも危険かもしれません』
先の竜巻に関して、上空のペーラから揺籠、タマモへと無線で連絡が入る。
「たしかに目にはしてたけど…… そういうことね! わかったわ!!」
「三度、地を踏んでやしたね。あれが予備動作ってわけですか」
歌う少女は『人間を呼び寄せる』だけの存在じゃない。
最後にして、最大の敵だった。
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「だせぇ……」
「囮thanks」
「囮って言ったか、オイ!」
慰めない黎の態度は、逆に気楽かもしれない。
気絶から目覚めた時には黎の狙撃で最後の鳥人は落ち、応急手当てによって回復も早まった。
状況を把握した那由汰は、きまり悪そうに顎をかく。
「……あー。急ぐか」
「急ごう。たぶん、走って間に―― !?」
「こうした方が早ぇだろ、障害物なんざ全部スルーだスルー」
「これは恥ずか……」
「……暴れんじゃねーよ。恥ずかしさのお返しだ、くそっ」
黎を抱き上げ、那由汰は飛翔した。
互いに予想外の出来事に巻き込まれながら、動揺を置き去りに一路小学校へ。
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その頃、最後の猛攻が展開されていた。
こちらの一手に対し、少女は三手繰り出す。
振り回される双剣は玲獅が抑え込むが、すり抜けての蹴り技が揺籠を襲う。
揺籠とて足癖の悪さに後れを取るつもりはないが、先手を取られるとキツイ。
そも、靄の範囲に入ってしまうとこちらの攻撃はろくに当たらない。
玲獅たちが地上で体を張って少女の動きを止める一方、ヴェスやリーガンが立ち位置を変えながら遠距離攻撃をひたすら放つ。
「わたくしの拳、あの籠でも破壊できるはずです!」
地上から空中から、撃退士たちは少女を誘導し、巨人の亡骸から引き離していた。
後退するように見せかけ、無駄な包囲のように見せかけ。
その間に、みずほの拳が檻を破壊し、人々を解放する。
「意識はしっかりしてまして? 久遠ヶ原の撃退士ですわ。安全な場所へ誘導いたします」
「♪じゃーじゃーじゃじゃーん」
「……草薙さん?」
「大声で久遠ヶ原学園校歌を歌えば、催眠効果の邪魔できるかもって。ちゃんと覚えてないから、前奏だけ……」
避難誘導をサポートするタマモが、はにかんだ。
●
「賭けは、俺の勝ちですね狐サン♪」
到着した那由汰へ、揺籠が勝ち誇った笑みを浮かべた。
「……マジかよ」
マジだが、先行部隊はかなりの力押しだったと見える。揺籠は割とボコボコである。
玲獅が民間人のケアを優先し回復魔法に走り回り、額に汗を浮かべていた。
「まぁ、人間たちが無事ならそれで―― ……」
それでよかった。
言い終える前に那由汰の動きがピタリと止まる。
「依頼だから助ける……、それ以上でも以下でもねぇ」
(笑えねぇな……。囚われすぎだ……)
伸ばしきれなかった手の先を悔やむ。いつまで経っても悔やむ。
「救出の為に戦う。それで私らは戦場と報酬を得て、『彼ら』は命を拾い明日を得る……ただ、それだけのことさ」
黒髪を払い、黎は那由汰の肩を叩く。
割り切っているようで、何処か消化しきれない思いを抱くのは、黎も然り。
ただ、那由汰とは違う方向を見ていた。
(もし戦争が終ったら、私に居場所はあるのかしら……?)
胸元に提げるチェーン、その先に繋がれたリング。縋るように指先で触れ、振り払うように弾いた。
薄靄に包まれたような未来が、ふとした時に不安を与える。
今までは、戦うことさえできればよかった。報酬を得て、経験を積んで。
人間たる黎にも、少しずつ、気持ちの変化が生まれ始めている。
夜が明ける頃には、町の人々は住処に着いているだろう。
調子っぱずれた少女の歌声が、星の光が弱まる空に響いていた。