●クルーザーより
初夏の颯爽とした大海原に、白亜に輝くクルーザーが速度を上げて波を切っている。
「はーい、二人とも、こっち見て!」
クルーザーのアフトデッキの先端からデジタルカメラを向けているのは、学園の女子指定水着のみのあっさりした恰好の藤咲千尋(
ja8564)である。
デジタルカメラが、カシャリ、といきなり音を立て、天風 静流(
ja0373)は鳩が豆鉄砲をくらったような表情で焦り出す。
彼女も蒼色のビキニに蒼色のパーカーを羽織り、蒼色のショートパンツで同じく夏らしい恰好である。
焦った表情の静流の右隣では、緑色の海水パンツを穿いたカイン 大澤 (
ja8514)がピースをしながら、にこにこして、デジタルカメラに映っていた。
「もお、いきなり撮らないでよ!」
静流が注意すると、千尋はぺろりと舌を出す。
「ごめん、ごめん。ほら、私、レポートのカメラマンだからさ」
●マダイ釣り
船長に釣りのやり方を教えて貰い、小島の前で停船した船からマダイ釣りをすることになった。
この時期の茨城沖は、マダイが釣れるようである。
しかも釣れる時間帯に偏りのない魚なので、昼頃でものんびりと構えて釣れるようだ。
カルム・カーセス(
ja0429)、月臣 朔羅(
ja0820)、黒椿 楓(
ja8601)は船に備付のロッドフォルダーに、3mほどの釣竿を置いた。
それぞれカルムは、オレンジ色の海水パンツに黄色のパーカーを羽織り、朔羅の方は黒いビキニに上半身を黒のパーカーで羽織り、初夏のクルージングに相応しい恰好である。
一方で、楓はいつも通りの巫女服(夏服仕様)で水着の二人とは対照的である。
釣竿の餌にはマダイが食べる海老が仕掛けられている。
さらにマダイは水深30から100mほどのところにいるらしいので、オモリは150gほどの物を使用している。
釣りをしている三人の背後には、陽波 飛鳥(
ja3599)、セレス・ダリエ(
ja0189)、カインが長さ40cmの玉網を構えていた。
セレスは学園の女子指定水着を着ていて、飛鳥の方は、赤のマリンボーダーのビキニ(胸に大きなリボン付き)を着ている。
二人はもともと友達であるらしく、水着の選択もお互いの個性が補完されているような感じである。
さらにその最後尾では、千尋がシャッターチャンスを待っているのだ。
一時間後……。
「なかなか、かかってこねえな……」
カルムがぽつりと呟いた。
「ふう……、やっぱり、BBQの準備でも手伝ってこようかな?」
朔羅は全く何も動かない釣竿を遠目で見つめながらため息をついた。
三十分後……。
魚は未だにかからない。
「ううむ……。暑いし、魚来ないし……少し、休もうか?」
天然水のペットボトルを飲みながら、楓は休憩を提案した。
「僕が……泳いで、つかまえてこよおか?」
退屈していたカインは海に飛び込もうとしている。
「おいおい、ちょっと待てよ。こんなに釣り針だらけのところ飛び込んだら危ねえだろう?」
と、カルムがカインを止める為に立ち上がったその時。
カルムの釣竿の先端が振動し出し、釣竿が海に落っこちそうになった。
「あ、魚、来てるよ!」
カルムの隣で釣竿を差していた朔羅が慌てて、カルムの釣竿を捕まえた。
「って、これ、どうやるの? リール、巻けばいいのね?」
リールは電動で巻き上げられ、海面から30cmほどの赤紅色の魚が跳ねながら姿を現す。
「あ、マダイじゃねえか、あれ!」
カルムが魚に指を差して叫んだ。
「ええと、なかなか手ごわいわね!」
朔羅は魚に糸を引っ張られながら、釣竿を右往左往している。
それでも魚の抵抗力は弱く、じりじりと船に引き寄せられる。
船の真っ先で魚は跳ね飛んだ。
「それっ!!」
飛鳥は魚の跳躍に合わせ、すかさず玉網で掬い出す。
「一枚、頂き!」
千尋はマダイが釣れた決定的瞬間をシャッターに収める。
と、こんな調子で、次の三十分は、あと五匹釣れたのであった。
●BBQの準備
カルムたち七人が釣りをしていた頃、沙耶(
ja0630)、藍 星露(
ja5127)、静流の三人はBBQの用意をしていた。
沙耶と星露の二人も日差しがやや強く暑いので、水着である。
星露は白ビキニに同じく白のパーカーを羽織り、さらに白のショートパンツを穿いている。
沙耶の方は、黒一色のビキニに白のフード付きパーカーを着て、下半身は黒のパレオを巻いている。
三人とも料理は手慣れたもので、とんとん拍子で調理は進んでいる。
沙耶は主に肉類を担当し、牛肉、豚とろ、ソーセージ、スペアリブの仕分けをしていた。
星露は主に野菜を担当し、タマネギ、長ネギ、にんじん、ピーマン、キャベツ、とうもろこし、しいたけ、じゃがいも、もやしを切り分けていた。
静流は主に米類と雑用を担当し、備付の電子炊飯器で既に出来上がっていた米からおにぎりを作り、器材や紙の食器を準備していた。
手際の良い三人は、一時間もしないうちに、調理を片付けてしまったのである。
「さて、じゃあ、小島に上陸して、BBQやりましょうか?」
沙耶が一緒にいた二人に話しかけると、星露はダイニングの窓からデッキで釣りをしている人たちを横目で見た。
「うーん。こっちは準備完了だけれど、釣りしている人たち、まだやっているみたいよね?」
「あの調子だと、全く釣れてないのかな?」
星露に続き、静流は眉を吊り上げて、釣り班たちを眺めている。
「そうですか。では、船長にボートを借りて、先に食材や器材を小島に降ろしておきましょうか?」
沙耶の提案に星露が明るい表情で答える。
「名案ね。じゃあ、あたしたちだけで先に準備を済ませてましょう」
調理班の三人は、船長からボートを借りて、器材と食材を小島に降ろす為、何度か島と船を往復した。
小島は、本当に何もないところで、半径50mの楕円状の浜辺になっているだけで、探検ができるほどの大きさも危険もない。
三人は作業を開始する。
沙耶はバーベキューコンロに取り付ける焼き網や鉄板を点検した。特に異常がないと、ガスバーナーやトングの調子も確かめた。もちろん木炭にはまだ点火していない。
星露と静流は、椅子とテーブルがセットの折り畳みピクニックテーブルを広げ、さらにその付近にテントとレジャーシートも一緒に広げた。
場所が確保できたら、星露と静流はカートから取り出した食糧や飲料をテーブルに置き、紙の食器やごみ袋の用意もした。
「なんとか、出来たわね。あとは釣り班が帰ってくるのを待つだけね」
星露はセットが終わると、椅子に腰かける。
同じく腰かけながら、静流は遠目で船上の釣り班を見ている。
「ううん……。あっちは、もうちょっと、てところかしら?」
腰かけている二人に沙耶が近寄ってくる。
「どうせ暇ですよね? 浜辺の方で軽くバレーボールでもしてません?」
沙耶の提案に星露が答える。
「そうね……。軽くなら、いいかしら? でもバーベキューセットの付近でやると危険だから、あっちの離れたところでやらない?」
星露はBBQから30mほど離れた海辺を指差していた。
「よし、じゃあ、簡単に張ることできるネットとボールを船から持ってきて、あの辺で軽く球遊びでもしていようか?」
静流が返事すると、三人はバレーボールのセットを船に取りに行くことにした。
●ビーチバレー
調理班の三人が全長3mほどでネットの高さ2mほどの簡易ネットを浜辺に仕掛け、バレーボールで軽く遊んでいるそのときだった。
いつの間にか浜辺で停船していた船から釣り班が降りて来ていた。
「よお、おまえら、見てくれよ、マダイだぜ!」
カルムは嬉しそうに50cmほどのマダイのしっぽをつかんで、魚を高く掲げて、走り出す。
「あら、大きくて美味しそうなお魚ね。今、三人でバレーボールしていたところよ。みんなでやらない?」
星露が釣りから帰ってきた七人に呼び掛けると、一同は、ぱあっと表情が明るくなり、勇みだした。
「では、チーム分けをしましょうか?」
沙耶が提案すると、それぞれチームになりたい人同士に分かれ出す。
「まず、私とセレスさんね」
「はい、飛鳥さん、ついていきます……」
飛鳥が自分のチームを名乗り上げ、セレスが飛鳥の後ろから呼応する。
「じゃあ、私たち、三人でBBQを準備していた班で一緒にやろうかな?」
静流が沙耶と星露に向かって声をかけると、二人とも笑顔で喜び寄ってくる。
「そうねえ……。じゃあ、人数が少ない飛鳥さんたちのチームに入ろうかな? 楓さんはどうする?」
朔羅は飛鳥たちを見ながらも、楓に視線を移し、確認を求める。
「ええと……、うちは、その、審判やろうかな……?」
楓が遠慮がちにそう答えると、
「そうね。審判も必要だしね」
朔羅もにこりと返す。
「なあ、カインはどうする?」
カルムが隣にいたカインに呼び掛けると、カインは楓の方に寄って行った。
「僕は……、みてる……。楓さんの、てつだい、する」
カインの返答で、どちらのチームに入ればよいか迷っていたカルムに飛鳥たちが声をかけてきた。
「カルムさん、私たちのチームに入らない? あなたなかなか強そうね?」
「そうですね……、あっちのチームの三人は強そうですから、もうひとり、こちらにいれば……」
セレスも飛鳥の提案に頷くと、朔羅も、そうね、と軽く頷く。
「あ、じゃあ、私はみんなの勇姿をカメラに収める役で!!」
千尋はカメラを光らせ、楓とカインの方へ歩み寄ってくる。
こうして、飛鳥、セレス、朔羅、カルムのチーム対静流、沙耶、星露のチームに分かれ、さらに楓とカインが審判役、千尋がカメラ役になった。
「試合、開始!!」
楓が開始の合図を叫び、笛をぴーっと吹いた。
「がんばれ……!」
「みんな、ばっちり決めてね!!」
カインと千尋も楓の背後から、両チームを応援する為の声援をあげている。
「行っくわよっ!!」
朔羅が砂浜のコートの右コーナーから、サーブを放つ。
ボールは勢いよく相手方コートへ鋭い放物線を描いて飛んでいく。
「それっ!!」
静流は、彼女のチームから見て、右コーナーへ流れて行くボールを、滑り込みのレシーブで、ぎりぎりのところで、上空に跳ね飛ばす。
上空に跳ね飛んだボールは、彼女のチーム側のネット付近へ落下しようとする。
「トス!!」
沙耶はボールが完全に落下する前に、寸前のトスで、ボールを安定した軌道に乗せ、星露にパスを繋げる。
「トドメの、アタック!」
星露はネット前で思いっきりジャンプして、沙耶からトスされたボールを空高くから、全力で叩き落とした。
と、このように静流たちのチームが動いてた一方で……。
「へへへ……」
カルムは鼻の下を伸ばして、相手方チームの女性たちの一連の光景に見とれていた。
「……ん? ……げっ!? ぐはっ……!!」
カルムは思いっきり顔面レシーブを受け、背後に吹き飛ばされる。
カルムが吹き飛ばされた反動で、近くにいたセレスは飛鳥の方へ流れ込み、一緒に倒れる。
「きゃあ……! 飛鳥さん……」
「え? ちょっと、セレスさん!!」
そのとき、審判の笛が、ぴぃーっと、鋭く空気を切った。
「静流はんチーム、1ポイント!!」
朔羅はチームメイトの失態を見ながら、肩をすくめる。
「はあ……、みんな、何やっているんだか……」
そのとき、カシャリ、カシャリ、とシャッター音が聞こえてきた。
千尋はすかさずバレーボールの地獄絵的な光景をカメラに収めていた。
しばらくして、一度、休憩に入ろう、という流れになった。
楓とカインは用意していたスポーツドリンクを皆に配り出す。
楓は静流のチームへ、カインは飛鳥のチームへ、そして千尋はカメラを持って各チームを回っている。
「まあ、ありがとう!」
星露は汗をタオルで拭いながら、笑顔で楓から受け取る。
「おや、すみません」
沙耶は暑いのだが、涼しげな笑顔で手渡されたペットボトルを感謝する。
「お、気が利くね!」
静流は受け取ったペットボトルで顔を冷やす。
「はい、みんなで飲んでいるところ、撮るね!!」
千尋はスポーツドリンクを飲んでいる三人に焦点を合わせ、シャッターを切る。
「ふう……休憩に入ったのか?」
コート外の浜辺ですっかり伸びていたカルムは有難そうにカインからペットボトルを受け取った。
「はあ……、途中から三人になっちゃって大変だったわ」
朔羅はため息をつきながらも、スポーツドリンクを渡してくれたカインに軽く礼を言う。
「飛鳥さん……。一緒に飲みます? それとも、私のをあげましょうか?」
「いいって。私は自分のがあるし。暑いし、水分補給しないといけないから、一緒には飲まないわよ」
カインからスポーツドリンクを受け取ると、飛鳥とセレスはこの調子で二人で談笑し出す。
「はーい、こっちのチームのみんなもカメラの方を向いてねえ!」
千尋が飛鳥チームの四人にカメラを向けると、皆、それぞれ自分のことをしているところがシャッターに収められる。
●BBQ
結局、バレーボールは、静流チームが圧勝した。
もっとも、圧勝といっても、途中から厳密に点数をカウントするのを止め、軽い球遊びのような流れになっていったのであったが。
カルムは、氷水をビニール袋に入れ、打撃を受けた頬を冷やしている。
「やれやれ……危ないところかもしれなかったぜ……」
そう言いながらも、カルムは沙耶に調理してもらったマダイの塩焼きに大きく口を開けてかじりついている。
「さあ、みんな、辛口もあるからね、じゃんじゃんかけて食べてね!」
星露は彼女独自の豆板醤入り焼き肉タレを、自分も付けて食べながら、みんなに勧めていた。
「よおし……食べてみよう!」
カインは焼き肉と野菜に、言われた通り豆板醤をじゃんじゃんかけてみた。
「ううう……。カラい……!!」
「どう、食べてる?」
静流は肉と野菜を焼きながらも、焼きおにぎりを食べつつ、沙耶に話しかける。
「ええ、おかまいなく。水分は補っていますか?」
沙耶は麦茶のペットボトルを飲みながらも、火の調整を確かめる。
「食後のおやつも……ある、よ」
楓はチョコプレッシェルと舵天照チョコをみんなに配り出す。
「あ、ありがとう。このプレッシェル、美味しいよね!」
朔羅はプレッシェルを、ぱきっと音を立てて食べだす。
「そのチョコ、おまけもあるのよね?」
「飛鳥さんが欲しいのなら……あげます……」
舵天照チョコを受け取った飛鳥とセレスはおまけを手に取って眺めながら、チョコにパクつきだす。
千尋は突然、全員から距離を取り、船の方に走り出した。
「はい、じゃあ、みんなで集合写真撮ろうよ!」
千尋がシャッターを切ると、全員が何かしらのかたちでBBQで食事している姿がカメラに収められた。
その後、BBQは盛況のうちに終わり、帰りの船内ではみんなであーだこーだ言いながら、写真を選び、レポートを書いたそうだ。
<完>
(6月15日 22時、全面改訂)