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自称恋愛研究者がお化け屋敷に改造した一軒家の前に、八人の撃退士が集まっている。
見た感じでは至って普通の家だ。中の様子はカーテンが閉め切られているため、わからない。
「アシュリ! 一緒の依頼で嬉しいし!」
自称恋愛研究者がなにやら準備をしている傍らで、
ミシェル・ギルバート(
ja0205)が天河アシュリ(
ja0397)に飛びつく。
癸乃 紫翠(
ja3832)とミシェル、そしてカルム・カーセス(
ja0429)とアシュリ等は面識があるようだ。
「おー、ミシェルじゃねえか。っと、そっちは……?」
カルムが楽しそうにはしゃぐミシェルとアシュリの様子を見て、にやにやと笑いながら言う。
視線の先にいるのはミシェルの恋人、紫翠だ。
「ふーん? ミシェルにも春が来たってことか」
そんな三人のやりとりを、ほのぼのと見守る紫翠。
その間に着々とお化け屋敷の準備は進められている。
「俺、クスリ位しか怖いものは無いと思うんですよね」
自称恋愛研究者に向かって、如月 敦志(
ja0941)が言う。
「うん? 薬、薬か……。ふふ、大丈夫。そんな君でもきっと怖がってくれるさ。
ところで入る順番はどうなっているのだね?」
「ああ、それは……」
一番目に入るのが、紫翠とミシェル。二番目が敦志と坂月 ゆら(
ja0081)。
三番目がカルムとアシュリで、最後がアスハ=タツヒラ(
ja8432)とメフィス・エナ(
ja7041)だ。
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「依頼の目的は、八ツ橋コウカ? とりあえずお化け屋敷で遊べばいいんだよね? まっかせて〜っ!」
ペンライトを持ち、意気揚々とミシェルがお化け屋敷の中へと入っていく。
なにか勘違いしているミシェルの後ろをついていくのは、恋人である紫翠だ。
(八つ橋はお菓子。食べ物と間違えるのは相変わらずか)
「中は思ったより暗くないねっ!」
ペンライトを用意してきたが、なかったとしても問題なく周囲の様子を窺える。
しかし念のためにと片手にペンライトをしっかり持ち、ミシェルは早速玄関にある靴箱を開けた。
「あ、おい、そんないきなり……」
すると開けた瞬間、靴箱の中からけたたましい笑い声が聞こえてきた。
驚いて中の靴箱の中をペンライトで照らしてみるが、音が出てくるようなものは見当たらない。
……どういう仕掛けになっているのだろうか。
ミシェルは靴箱の仕掛けに懲りる様子はなく、あちらこちらの戸棚を開けて進んでいく。
そうして二人が辿り着いたのはバスルームだった。
「バスルーム。いかにもなにか出そうですしっ!」
あらかじめ用意しておいた使い捨てカメラで写真を撮影する。
「ここなら何かは写りこむかもな」
何枚か写真を撮ってから、ミシェルがおもむろにシャワーのコックをひねった。
「危ない、濡れるっ……!」
慌てて紫翠が止めようとしたが、もう遅い。
シャワーからかは真っ赤な色をした水がざあざあと流れ出てきた。
足下に広がる赤い水。思わず悲鳴を上げ、ミシェルが紫翠に抱きつく。
そして抱きつく瞬間、ミシェルはシャワーに思い切り強烈な一撃を食らわし……破壊してしまった。
「い、今のはかなりビックリだし……でも面白かったー!」
「面白いなら良かった。……ただ、少し気をつけような」
次に、二人は二階にある納戸へと来ていた。
ミシェルは使い捨てカメラを使用し、写真を撮る。
その様子を後ろで見守る紫翠に対し、ぽつりと寂しげにつぶやいた。
「幽霊とかさ、ほんとにいるなら……会えるかもしれないじゃん……」
(……そうか、両親の事を思い出すんだな)
死別してしまった両親のこと。ミシェルの頭には今、きっと母と父の姿が浮かんでいるのだろう。
(会えるなら話したい事は沢山あるだろ。過去の事も今の事も。
事情を聞いてるから分かる。まだ苦しんでるのも……)
紫翠はそっとミシェルを抱き寄せる。
「これからは、俺が居るからな」
(……シスイだから、本音が出せる)
しばらくそうして抱き合っていたあと、ふいにミシェルが紫翠から離れた。
「……へへっ、残り時間どれくらいかな? 次のとこ周らなきゃだしっ」
いつまでもここでこうしているわけにはいかない。次の人が来てしまうかもしれない。
紫翠はにっこりと微笑み、手を繋いでくれた。ミシェルはそれに安心する。
(ここが、アタシの大事な……大好きな場所……)
お互いの手の温かさを感じながら、二人は次の場所へと向かって行った。
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二番目にお化け屋敷へ足を踏み入れたのは、敦志とゆら。
玄関を開き、敦志が家の中へ足を踏み入れる。
想像していたよりも本格的な内装を見て、少しだけ肩を強張らせる。
「さて、俺達の順番か。お前怖いとか思うか?」
なんとか緊張を解すため敦志はゆらにそう話しかけたが、
さほど怖くないらしいゆらは一言「いや、別に」と口にしただけだった。
(如月にはいつも食事を貰っているからな。たまには付き合ってやろう)
ゆらはそう思いつつ、玄関を上がってすたすたと先に進んでいく。
「たまにはこういう馬鹿な依頼もいいか」
つぶやきながら敦志はゆらの後ろをついていく。
少しくらいゆらを驚かせたいと考えながら、タイミングを窺っていた瞬間――……。
パリィン! と、なにかが壊れる音が響いた。
一瞬、敦志とゆらの間に沈黙が流れる。
(まさか、坂月が怖がってる?)
そう思い、ゆらの表情を盗み見るが、さっきと変わらず平然とした様子だ。
「なにかが壊れた音のようだな。行くぞ」
どうやら音の正体もだいたい把握がついているらしい。
「お前がこういうの結構怖がるような女なら良かったんだが……ってうぉ!?」
敦志がため息を吐きながら手近にあった、キッチンへ続くドアに手をかけた瞬間。
ドアのすりガラスになにやら妙な人影が映った。
「……どうせただの仕掛けだろう?」
ゆらはそう言うが――仕掛けにしては、妙にリアルな人影だった。
「中々いい包丁だな……こっちの冷蔵庫も大きくていいな……ううむ……ほしい……」
キッチンに到着するなり、さっきまでの恐怖はどこへ行ったのやら。
あちこちにある調理道具や家電を見て、敦志はううんと唸っていた。
「おい、飽きたぞ。まだ帰らんのか?」
特にこれといって調理道具に興味のないゆらは暇を持て余し、
あちこちの戸棚を開けては血の気の失せた女の顔が飛び出してくる仕掛けを発動させたりしている。
しかしそれにもとうとう飽きてしまったのか、適当な椅子に座って敦志をぎろりと睨んだ。
「あー……わ、わかった。じゃあ次、行くか」
次に敦志とゆらが向かったのは、二階にある子供部屋。
子供部屋は、お化け屋敷にしては派手で明るい家具がたくさん設置されていた。
数々の心霊現象と子供部屋の明るさ。そのギャップが余計に恐怖を煽る。
と、突然、どこからかオルゴールの音が聞こえてきた。
子供部屋の中央にある首なしバレリーナのオルゴールが鳴り始めたのだ。
「む! これは持ち帰ってもいいのか?」
途端、ゆらがオルゴールの右隣にあったおもちゃに目をつけた。どうやら気に入ったらしい。
「いや、持って帰っちゃだめだろ……って、ん?」
よく見てみるとオルゴールの左隣には妙な薬が置いてある。
飲んで下さい、と子供のような字で書かれたメモも一緒だ。
敦志は飲んでみろと促すが、さすがにこればかりはゆらも躊躇した。
「仕方ないヤツだな……ほれ、かしてみろ」
近くで見ると薬は緑色をしていた。敦志はそれを一気に飲み干す。
――薬は、ただの青汁だった。
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「ふーん、胡散臭いおっさん仕込みバッチリのお化け屋敷ね」
カルムは言いながら、玄関の扉を開ける。
(俺としちゃ、本物の幽霊でも出てきてくれた方が楽しめるってもんだが。
本物とは話してみたい事もあるしな)
次はカルムとアシュリの番だ。
アシュリは怖がっているようなので、しっかりと手を握り合ってから中へ入る。
辺りの様子を窺いながら廊下を歩いていると、アシュリの顔になにやら冷たいものが当たった。
冷たく、ぷるんとした気色の悪いもの。
「きゃああっ!?」
慌ててアシュリはそれをはねのける。その拍子に、アシュリの手がカルムの肩にぶつかった。
「こ、コラアッシュ!? 大丈夫だから落ち着け! 落ち着けって」
ぶんぶんと手を振り回すアシュリをなだめながら、“それ”を掴んで正体を確かめる。
アシュリの顔に当たったのは、単なるこんにゃくだった。
「ただのこんにゃくだから心配する――」
な……そう言いかけた時、前方でごとりとなにかが転がる音が聞こえた。
二人揃って恐る恐るそちらへ視線をやると、そこには髪の長い女の生首が――。
「!! いやああっ!」
慌てて逃げようとするアシュリだが、
混乱しているため家の中の構造が頭の中でめちゃくちゃになっている。
その結果、アシュリがお化け屋敷から脱出しようとして開けたのはトイレのドアだった。
「……!」
トイレの中の様子を見て、二人は思わず固まる。
壁一面に赤い手形がぎっしりと敷き詰められていたのだ。
そう、まるで誰かが閉じ込められていたかのように……。
再びアシュリは悲鳴を上げつつ、がむしゃらに逃げる。
とにかくはぐれないようにと必死になってカルムが追うと、辿り着いたのはリビングだった。
他のところと比べると、ここはいくらか平穏に見える。
「あんだけ騒いだんだ。疲れてんじゃねえかアッシュ?」
ため息交じりに言いながら、カルムはアシュリをソファに座らせる。
特になにも仕掛けがないことに安堵したのか、アシュリはだいぶ平静を取り戻したようだ。
カルムが近くにあったお菓子――飴を手に取り、アシュリに差し出す。
「ありがと」と言い、アシュリは飴を口に含んだ。甘い香りが口の中に広がる。
「……今夜は眠るまで手を繋いでね……」
隣に腰を下ろしてきたカルムの手を取り、アシュリがぽつりとつぶやいた。
その返事か。アシュリの手を、力強くカルムが握り返してくる。
途端、とくん……と、心臓が高鳴る音が聞こえた。
さっきまで恐怖で心臓が跳ね上がりそうだったというのに、
今は隣にいるカルムに対してドキドキしている。もちろん、それは恐怖ではなく恋愛感情だ。
(やっぱり、頼りになるね。カルム……)
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最後に入るのは、メフィスとアスハ。
(いつも落ち着いてるアスハの怖がってる所が見てみたい!)
メフィスは心の中にそんな企みを持ちつつ、玄関の扉を開けて中へ入る。
(メフィスの頼みならば、仕方ない。気は乗らないが、肝試しとやら、参加させて頂こう)
恋人の前で情けない姿を晒すような結果にならないよう、アスハも気を引き締めて中へ入る。
と、入った瞬間、大きな物音が聞こえてきた。ドタバタと走り回るような大きな音。
その音にビクリと肩を竦めた瞬間、目の前を青白い人魂が飛ぶように横切っていった。
「な、なに!?」
突然の心霊現象に戸惑うメフィス。
(ここは自分がリードしなければなるまい)……そう判断したアスハは、メフィスの腕をとった。
(撃退士として数多くの天魔を見てきた身としては、今さら幽霊など怖いはずもない……)
それだけではない。アスハは、過去の生活で暗闇にも慣れている。だから――、
(怖いわけなど、ない。そう、怖いわけなど……)
重なり合った腕からそんな心境を悟られないよう、アスハはそっと一歩を踏み出した。
そうして辿り着いたのは一階にある客室。
他の部屋はそうでもなかったが、ここは暗くてよく見えない。
用意してきたペンラインとを取り出して照らしてみると、床には割れた皿が散らばっていた。
「皿……?」
他の参加者が驚いて飾ってあった皿でも割ってしまったのだろうか。
そう思いつつ、ペンライトをずらしてみると――光が、割れた皿を拾う人影を捉えた。
「う、うわあああああ!?」
先に悲鳴を上げたのはメフィスだ。
アスハの腕をしっかりと握り、一目散に逃げ出す。
「お、おい、メフィス……」
「なんでアスハはそんな平気な顔してるのおおお!?」
それは平然を装っているから――と答える暇もなく、メフィスは走り続ける。
がむしゃらに走り続けてリビング、キッチン、バス、トイレ、と一階はすべて制覇してしまった。
ドアを開ける度に悲鳴を上げつつ、ドタバタと走り回る。
中に入った時に聞こえてきた激しい足音は、
自分たちのように驚いて走り回っている誰かがいたのかもしれないと気づいたのは、もっとあとの話。
さんざん騒いでから二階へ行った二人は、寝室へ入ろうとした。
閉まっていたドアを開けるためメフィスがノブに手をかけると――。
「ひっ!?」
ガシッ! と、生白い手に手首を掴まれた。
「いやあああっ!」と叫びながら生白い手を叩き壊す。
ただの機械だったようで、強烈な一撃を受けた仕掛けはあっという間に壊れてしまう。
が、相手は機械。メフィスもそれなりのダメージを受けたようだ。
「うぅぅぅ……痛い……」
じんじんと痛む手のひら。アスハは「大丈夫か?」と声をかけつつ、そっと撫ででやった。
しばらく気持ちを落ち着かせてから、おそるおそるドアを開けて寝室へと入る。
と、同時に二人は自分の目を疑った。壁一面に人間の顔がずらりと並んでいたのだ。
「きゃああああ!!!」
しかもその顔すべてがこちらをじろりと睨んでくる! これで悲鳴を上げずにはいられまい。
慌てて寝室から出てドアを閉める。あの光景は、非常に心臓に悪い。
「天魔は平気なのに、こういうのはだめなんだな」
「あれはあれで存在してるから平気だけどお化けと虫は別よ!?」
アスハのつっこみに対し、間を開けずにメフィスが反論する。
「虫も、存在してるけどな……」
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すでにお化け屋敷から出てきた紫翠とミシェルは、
使い捨てカメラを手に持ちなにかを話し合っている。
少し離れたところでは敦志がゆらの方をちらりと見ながら、
「うーん……仲が深まった……とはちょっと思えないかな……?」
そうつぶやいていた。
視線の先にいるゆらの手には、子供部屋にあったおもちゃが抱かれている。
どさくさに紛れて持ってきてしまったらしい。
手を繋いだまま離さないでいるのはカルムとアシュリ。
「なかなか楽しかったぜ。偶にはこういう依頼も面白いな」
笑いあっていると、玄関のドアを開けてアスハとメフィスが出てきた。
「さすがに、この程度ではどうということは、ない、か……」
そう言うや否や、アスハの腰ががくりと抜け、思わずメフィスに寄りかかってしまう。
「まったくもう、強がっちゃってさ」
言いながら、メフィスは優しくアスハの頭を撫でた。
「……こうして寄り添う相手がいるのは、いいものだ」
「でしょ?」
お化け屋敷の目の前で繰り広げられる、ほのぼのとした光景。
自称恋愛研究者は腕を組み、にっこりと笑って断言した。
「うむ。実験は成功のようだな!」