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「お疲れ様でした!早速台本として作成しますね」
そう笑った受付スタッフによると、台本の作成は一週間もかからないと言った。
園の先生にも既に連絡済だから任せて欲しいと言う…驚くべき速さだった。
「楽シミデスネ!」
そう箱(
jb5199)が言えば、周りの生徒も頷いた。
台本の完成が待ち遠しいと話ながら、一同はその場を後にした。
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台本が完成され、生徒達の手に届いてからはあっという間に時が過ぎた。
念入りに戦闘シーンの確認をし、一度幼稚園に赴き衣装の採寸や舞台の確認などを行った。
「緊張するなあ」
ユウ・ターナー(
jb5471)がぽつりと言葉に出せば、一同は小さく頷く。
だがもう、それは目の前まで迫っていた。
「ももさくら幼稚園へようこそ、久遠学園の皆さん」
そう言って生徒達を歓迎したのは、白いヒゲの男性、この幼稚園の園長先生だ。
「衣装はこちらに出来上がってますよ」
「ありがとうございます」
「なぁに…驚かないでくだされ?我が園の先生方の作品を」
自信があるのか、そう言った園長は楽しそうに笑いながら生徒達を衣装部屋へ案内した。
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衣装部屋に入った生徒達は、まず言葉を失った。
幼稚園だと思ってさほどのクオリティを想像していなかったのが問題なのかもしれない。
目の前にある衣装やきぐるみは…あまりにも忠実に作られすぎていた。
「大丈夫ですかね…このディアボロ怖すぎませんか?」
美森仁也(
jb2552)の顔が引きつる。
彼が着るディアボロのきぐるみは、恐竜をモチーフにしてあるのだが、それにしては迫力があった。
口元の牙や頭上の角が細かく作られてある。
「…衣装も凄いな」
「わー…このお洋服可愛い!」
「結構手が凝ってるね…軽く見過ぎてたかも」
住人役であるジェリオ・ランヴェルセ(
jb9111)とユウの服は、二人のサイズに合わせ作りなおされてあった。
美森は同じ敵役であるカタリナの衣装はどうなっているのか気になり、振り返る。
胸元の開いたドレスのような衣装が、壁にかけてあった。
「これがギリギリの露出なんですね…なるほど」
手に取ったカタリナ(
ja5119)は着替えてきますね、と皆に一言告げる。
衣装に感動している場合ではなかった、その一言で、皆がいそいそと着替え始める。
「…あの、ちょっとよろしいですか?」
「…はい?」
台本の確認をする獺郷萩人(
jb8198)に声をかけたのは、園の先生だ。
どうかしたのかと首を傾げる獺郷に、先生が紙袋を差し出す。
「遅くなってしまってすみません、説明役の衣装ができたので」
「説明役の衣装?」
受け取った紙袋には、赤いリボンが入っていた。
「…これ、ですか」
少し大きく作られている蝶ネクタイに、獺郷は苦笑いを浮かべた。
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椅子に座りざわざわとする園児たちの声が、舞台裏まで聞こえる。
本番前、全員が舞台裏で始まる瞬間を待っていた。
子供に伝わるだろうか、うまくいくだろうか?
そんな事を考えて、いつの間にかお互いに声を掛け合うという事を忘れてしまっていた。
始まりの合図が 先生から出された。
「皆、こんにちは〜!」
マイクから聞こえる獺郷の声に、子供達は大きな声で返事をする。
赤い蝶ネクタイをした獺郷に全員の視線が注がれる。
にっこりと微笑むと、話を続けた。
「今日はディアボロなどに会った時、皆がどうすればいいかを教えるよ〜」
大きなパネルが開かれ、まずはディアボロとはどんなものかを大まかに説明する。
ゆっくり、子供達に分かるように話す獺郷の声に、子供達は大人しくきいている。
「さあ、それじゃあ今度は、出会ったらどうすればいいかを説明しましょう」
舞台に光が照らされ、幼稚園の背景が照らされる。
「ここはとある街の幼稚園…おや、なんだか騒がしい音がするね…?」
そう獺郷が言った直後、不穏なBGMと共に、大きな爆発音がする。
ドライアイスの煙を纏わせ出てきたのは、ディアボロだ。
獣の声を混ぜた効果音に、子供達はお互いの身を掴み声をあげる。
キャーキャーと騒ぐ子供達を黙らせたのは、高笑いをあげるカタリナの声だった。
「んっふふ…アハハハ!いい声だわ…もっと悲鳴を聞かせなさいな!」
ディアボロの鳴き声とカタリナの威圧に、子供達は涙を浮かべ怯えている。
そこへ住人、ユウが子供達よりも大きな声を上げる
「うあああー!怖いよー!助けてー!」
バタバタと走り回り転ぶ彼女に、獺郷はマイクを持って語りかける。
「彼女は天魔やディアボロを見て怖がっているね…あれ、でもあっちの人は違うよ?」
すっと指さした先にいるジェリオに、大きなライトが当てられる。
「た、大変だ!こういう時は、慌てず騒がず…そうだ!撃退庁に連絡をしよう!」
身振り手振りを加え電話をする素振りをして、一時停止をするジェリオとユウ。
「さあ、皆ならどっちが正しいと思うかな?撃退庁に電話をするお兄さんか、慌てて逃げるお姉さん」
そう言うと子供達はざわざわと相談しながらも、ジェリオを指さしてこっちー!と叫ぶ。
「そう!正解です、怖くても電話できればすぐに撃退庁へ連絡しようね?」
電話を終えたジェリオは、ユウの手を掴み茂みの中へ飛び込む。
「電話を終えたら、隠れる場所を探しましょう、そして見つからないようにじっとしようね」
獺郷が分かった人は手を上げてというと、子供達は手あげ返事をした。
ここで突然、子供達に人気のヒーローのテーマが流れ、ディアボロと天魔があたりを見渡す。
「誰だ!」
「ワーッハッハ!トゥ!」
「はっ!」
設置された高台から、久遠学園の制服を着た生徒が二人飛び降りてきた。
酒井・瑞樹(
ja0375)と箱を見て、子供達からは大きな歓声が沸く。
「あとは撃退庁から派遣された、撃退士にまかせて、皆は避難しましょう」
獺郷の言葉に、茂みに隠れていたユウとジェリオが少し離れた場所へ移動する。
不安そうに見る二人に、箱は大きく決めポーズを決める、それに合わせ、大きな効果音も鳴った。
「ワーハッハ!皆ヲ虐メル悪イ子ハ何処デスクァ! コノ箱!撃退士魂ニカケテ許シハシマセンヨ!」
「人々の暮らしを脅かす天魔め。この久遠ヶ原学園の撃退士が退治してやるのだ」
台詞を言い終え、BGMや効果音と共にかっこ良く登場した二人に、子供達の瞳はきらきらと輝いていた。
先ほどまで怖かったディアボロの鳴き声も、ヒーローがいるから大丈夫!という声が聞こえる。
「あの人達は撃退士、皆を守る正義の味方です」
獺郷が言い終える前に、カタリナの高笑いが響く。
冷めた眼差しで撃退士を見下し、鼻で笑う。
「八つ裂きにしてあげるわ!」
「返り討ちにしてくれる…覚悟!」
「出デヨ私ノ可愛イ相棒!」
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大きく殺陣を見せる酒井、縦横無尽に舞うヒリュウと箱に子供達の歓声は収まらない。
だが攻撃を受けても平然とするディアボロと天魔、形勢逆転ともいえる、嫌なBGMが流れだす。
「きゃあああー!」
ユウがディアボロに捕まり、人質に取られてしまった。
ジタバタとあばれ、泣き叫ぶユウを天魔は楽しそうに見ている。
「ナント卑劣ナ…デモ負ケマセン!行キマスヨ私ノ相棒!」
ヒリュウはくるりと弧を描きながら、カタリナの元へ飛び込んでいく。
にやりと笑い、振り払われたカタリナの手にヒリュウが箱の元へと戻り、くったりとうなだれる。
ディアボロの突き飛ばしに酒井が転倒するのを見て、子供達からも声が消えた。
「アッハハハ!相手にならないわ、人間なんて所詮こんなものね!」
ディアボロの鳴き声と共に響く高笑いに、絶体絶命のピンチを迎える撃退士。
涙を浮かべるユウに、それを見つめ何もできないジェリオ。
重く絶望的な状態ができあがり、獺郷が次の台詞を言おうとした時、一人の男の子が立ち上がり、大きな声を出した。
「まけるなぁー!」
しん、と静まる中、その子の声に周りからもぽつりぽつりと声が上がる。
次第にそれは大きくなり、園児全員が泣きながら撃退士に声援を送っていた。
予想外の出来事に言葉を失うも、獺郷はアドリブを入れた。
「撃退士は、皆を守る正義の味方…皆の応援があれば、強くなれる!」
ふらふらと立ち上がる箱と酒井に、天魔とディアボロがたじろいでみせる。
目を合わせ、ふっと笑った二人は大きくポーズを決めると
「私達は負けない!」
「オ前達ニ屈スル程、弱クナイトイウ事ヲ教エテアゲマショウ!」
勝利のBGMが流れだし、最後の戦いが始まった。
「出デヨ!私ノ頼モシイ相棒!!」
召喚されたティアマットは手を広げ威圧してみせる。
「くっ…!人間の分際で!」
カタリナが手を上げるものの、ティアマットの攻撃に怯む。
そこへ酒井が大きく刀を振りあげると、子供達からの声援は最高潮へ達する。
「いっけえええええ!」
「はーああああ!」
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悔しそうに倒れる天魔と、ぐったり動かないディアボロ…その上を嬉しそうに乗るヒリュウ。
刀を収める酒井と決めポーズをする箱に、子供達から大きな拍手が送られた。
「助けてくれてありがとう!」
「おかげで助かったよ」
嬉しそうに微笑むユウとジェリオに、獺郷がマイクを持った。
「こうして皆の平和は守られます…出会わない事が一番だけど、万が一のためにちゃんと覚えておきましょね」
終了のBGMが流れ、生徒達の演劇は終了を迎えた。
舞台の幕が閉じると、脱力感に襲われる一同。
「お、終わった…!」
「後半のアドリブだったよな…よかったー上手くまとまって」
ジェリオとユウがほっとしているところへ、箱が肩を叩き首を振ってみせる。
「オ二人トモ、マダマダコレカラデスヨ…!」
「お疲れ様でした、素晴らしい演劇に先生方も感動してしまいましたよ」
園長先生からのお褒めの言葉をいただいた一同は、無事天魔やディアボロの脅威を伝える事ができた。
美森が作成した撃退庁の連絡先が書かれたカードも、子供達や保護者へと配られるそうだ。
大きな仕事を終え、達成感に思わず笑みを浮かべる一同だったが、外へ出る前にいたのは、幼稚園の子供達だった。
「おにーちゃん!おねーちゃん!」
「遊んで−!」
眩しい程の笑顔で待ち構えていた子供達に、生徒達は目を合わせ大きく息を吐く。
「イイデショウ!アソビマショウ!」
箱がそう答えてあげれば、子供達は両手を上げ喜んでみせた。
「やれやれ、こっちは仕事で来てるのに遊ぶだなんて残業じゃない?」
「…ジェリオおにーちゃん腕まくりなんてしちゃって」
「よ、汚れるのが嫌なだけだよ!」
にっこりと笑うユウに慌てて否定するジェリオだが、彼女はもう既に子供に手を引かれ何処かへ行ってしまった。
ため息をつこうと息を吸ったジェリオだが、足元でじっとこちらを見てるソレらと目があって、固まる。
「…遊ぼ?」
「い、いいけど…」
「ほんと!じゃあね!あのね!最初にお砂場であそぼー!」
小さな手でジェリオの手を握ると、ぐいぐいと引っ張っていく。
それを見た周りの子も彼の手をひっぱり連れて行く。
バランスを崩して座り込むジェリオをもみくちゃにする子供達は、楽しそうなのだが…。
「いっぺんに遊べないから!待って!…ちょっ、助けて!」
ぐっと手を伸ばした先にいたのは、ジャングルジムの上でヒーローのポーズを取る箱だった。
「オーイイデスネ!オ砂場遊ビ楽シイデスヨ!レッツエンジョイ!」
「助けてって言ったんだけど!?」
わいわいと賑やかな園内を見て、酒井とカタリナは楽しそうに笑った。
彼女たちは女の子達に呼ばれ、撃退士としてどんな事をしたのか話している所だった。
目を輝かせ話を聞く彼女たちに、二人は思わず笑みがこぼれる。
「お姉ちゃんたちかっこいいね!」
「おっきくなったらお姉ちゃんみたいになる!」
私も私も、と手をあげ自分達のようになると言い出す子供達に、二人は恥ずかしくなった。
「っふふ、照れちゃいますね」
「…そうだな」
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「ほらほら皆ー!お兄さんお姉さんを困らせちゃダメですよー」
数十分後、先生による助け舟で生徒達は子供達から開放された。
まだ遊びたいと抗議する子供達に、生徒達はどうするかと聞き合う。
「帰りまでそんなに時間無いですね」
「バラバラに遊ぶわけにはいかないな」
「…もうもみくちゃにされるのごめんだけど」
「ソレナンデスガネ?」
「私と箱おねーちゃんにいい案があるの!」
「はーい皆、今日の劇は楽しかったかな?」
美森がそう言うと、子供達は楽しかったと答えた。
そこで獺郷が隣に立ち、おさらいをしましょうと提案をする。
「ディアボロや天魔を見つけたらどうするんでしたっけ?」
「えーっと…お電話するー!」
「あとね、隠れるー!」
「隠れるとこなかったら、逃げるー!」
そこまで言い終えると、箱が準備運動を終え子供達の前に立つ。
なんだろうと首を傾げる子供達に、不敵な笑みを見せながら。
「ソウデス!逃ゲナキャイケマセンネエ…テナワケデ予行練習シマショウ!」
「ほーら鬼ごっこだよー!ユウ達に捕まらないでねー!」
始まったのは、鬼ごっこ。
生徒達全員が鬼となり子供達を追いかけるという単純な遊びだった。
だがそんな単純な遊びでも、子供達はとても楽しそうに逃げ回り園内に笑い声が響き渡る。
途中かくれんぼも入り混じるなど、残り時間を有効に使った生徒達だった。