●おばさん無双
トメの指示で食堂に集められた青嵐寮生は、集まった応援の撃退士たちを見るなりざわとざわめいた。それもそうだろう。このむくつけき男の園にやってきた6人のうち、5人までが女の子だったのだから。
トメはそんな寮生たちをじろりと睨み付けるように見回すと、こほんとわざとらしい咳払いをする。
「あー、そこの汚れ無き野郎ども、静粛に。今回はこの異常事態の打破にあたるため、応援6名がきてくれた!大半が女の子だってことで、浮き足立ってるやつも多いだろうが…」
そこで一度大きくブレスを入れたトメ。そのまま肩幅に足を開き鷹揚に腕を組むと、メドゥーサもかくやあらんというほどの眼力でもう一度、寮生を見回した。
「彼女たちを困らせたり、ましてや不貞を働いたりするようなことがあれば…どうなるか解ってるだろうねぇ?」
「は、はいぃぃ!!」
「解ったらとっとと全員持ち場につきな!」
トメの言葉に寮生たちは蜘蛛の子を散らすようにしてそれぞれの持ち場につき始めた。
「…男子寮というのは皆、こんな具合ですの?」
その様子を見てぽつりとこんな言葉を漏らしたのは桜井・L・瑞穂(
ja0027)。お嬢様で通った彼女にはこの寮の有り様は色んな意味でカルチャーショックだったに違いない。
そんな瑞穂の言葉に、今回応援にやってきた撃退士の中で唯一の男子生徒、音羽 千速(
ja9066)はこくりと首をかしげた。
「うーん、ボクも寮住まいじゃないからよくわかんないですけど…。でも、場所が男子寮で良かったなぁ。これで女子寮だったりしたら、緊張しちゃうもん」
「にゃ♪初々しくて可愛いにゃあ♪」
その場でくるりんと可愛らしく回って見せた猫野・宮子(
ja0024)は、そのまま自分より幾分か背の高い千速をかいぐりしようとして、するりと逃げられてしまい、小さくブーイング。
「初々しいと言えば此方もですが、大丈夫でしょうか…」
その様子に苦笑しながらも、少しばかり心配そうな声音の氷雨 静(
ja4221)の視線の先には、かちこちにこわばった顔の口元をひくひくとさせる久遠寺 渚(
jb0685)がいた。
「はわっ、はわわわわっ!」
赤面症で人見知りの激しい渚からすれば、男子寮は肉食獣の檻のようなものらしい。先ほどからずっとこの様子だ。
「だ、大丈夫ですよ!男の人だってこっちが刺激しなければ噛み付いてきたりしませんから!ねっ!?」
その渚を落ち着かせるために言ったらしい幕間ほのか(
jb0255)の言葉。だが、それはかえって渚の不安に油を注いでしまったようだった。
「男の人って、か、噛み付くんですかぁ…?」
更に不安そうにおろおろとし出す渚の肩をぽんぽんと優しく叩いたのは、寮生たちを送り出し終わったトメだった。
「大丈夫だよ。今、釘を刺してやったしね。それでも何かちょっかいかけてくる奴がいたら、すぐさまあたしのところに来な。あたしからきつぅいお仕置きしてやるからさ」
だから、行っといで!とそのまま肩を押されて、渚は不安そうに眉をハの字にしながらも、皆について三階を目指して移動を始めた。トメは腕を組んで、その背中を見送る。
「あの子の希望した持ち場は大丈夫だろ。それよりも心配なのは…」
はあと大きくため息をついてから、トメはこめかみに手を添えた。
●狩りまくれ!(302号室)
「あの、空室って、本当に何もないんですか? それとも、机とか箪笥とか据え置きの物があるんでしょうか?」
「ああ、昔の寮生が残していった古い家具なんかがあるんだ。302号室は、机が一つだけ残ってるはずだよ」
千速が寮の三階に案内してくれた寮長に尋ねると、こんな答えが返ってきた。じゃあ取り残しとか気をつけないといけないなぁ、と一人ごちた千速は、軍手・籠・懐中電灯、包丁代わりのダガーと持ってきた装備を確かめる。
「ここが302号室だよ」
「うわぁ…」
302号室の扉を開けた途端、千速はそんな声を上げていた。
今まで見ていた廊下などはいくらかきのこが生えていたりもしたが、歩くのに支障がない程度だった。だが、302号室の扉を開けると、そこには歩くのも困難なほどのきのこ、きのこ、きのこ。果ては壁や天井にもそこかしこに生えている。
「廊下は共用部分だし、みんなでそれなりに綺麗にはしたんだけど、この部屋は空き部屋だろ?まだ誰も手を付けてなくてさ」
「すごい。こんなにたくさんのきのこ、久しぶりに見たなぁ。狩り甲斐がありそう!」
「あはは、頼もしいね。俺は隣の部屋にいるから、何かあったら呼んでくれて構わない。じゃあ、よろしく頼んだよ」
「はぁい!」
寮長が軽く手を振って隣の部屋に入ると、千速は一度部屋の中を見回して思案する。
「まずは踏まないように床から始めて、それから壁や天井かなっ。壁走り使えば、ボクでもちゃんと狩れるよねっ」
よぉし、と一つ気合いを入れて、千速はまず床に生えたきのことの格闘を始めた。
●巫女とメイドと番長と(306号室)
「失礼致します。撃退士の氷雨静と申します。ご依頼によりお部屋のきのこの処理に伺いました」
「し、失礼しますっ。わ、私は久遠寺渚と申しますっ。わ、私も…その…きのこを…その…」
すらすらと慣れたように306号室の住人に挨拶をする静に対し、どもりながら必死に言葉を紡ぐ渚。せっかく静に一緒の部屋を担当することを快諾してもらったというのに、今にも泣き出しそうな顔をしているのにはちょっとした訳があった。
二人の目の前に立つのは背の高い、というよりも見上げるほどの背丈の男。髪はオールバック、がっちりとした体躯に着古した長ランを羽織ったその姿は、絵に描いたような番長であった。
(はううぅぅうぅ…。怖そうです!)
怯えている渚の心中を知ってか知らずか、青嵐寮の番長、望月悠里はゆっくりと口を開く。
「ああ、すまないな。むさ苦しい男の部屋だが、よろしく頼む」
そう言う悠里の表情は当初とほぼ変わらない。だが、渚はその言葉尻にちょっとしたイメージの違いを感じ始めていた。
(…あれ、思ったより、怖くない…んでしょうか?)
「己は高いところの方がやりやすいから、高いところを担当しよう。二人は床や低いところのきのこを採ってくれるか」
「承知しました」
「はっ…はいっ!」
いざ、きのこ狩りを始めてみると、306号室はとても居心地のいい空間だった。静は押しつけがましくない程度に会話を挟むのがとても上手く、また悠里もその会話に屈託無く応じた。
「寮を統括なさるというのはご苦労も多いのでしょうね」
「はは、統括か。己は大したことはしておらんよ。統括という意味では寮長の佐久間の方が重要な役割を果たしているな。番長とか呼ばれているが、実際はただの困った時の相談窓口みたいなもんだ」
そういう悠里の言葉通り、きのこ狩りをしている間にも何人かの寮生が306号室を訪れ、何事か相談をしていく様子が静と渚にも伺えた。どんな相談にも親身に応じているらしい悠里の様子に、渚はとても自然にこんな言葉を発していた。
「し、信頼…されてらっしゃるんですね…」
「信頼。そう言ってもらえると嬉しいな、ありがとう」
渚の言葉に、悠里はその表情を穏やかに緩めるのだった。
●反抗期?(309号室)
「キミがりんねくん?ボクは幕間ほのかだよ。よろしくねっ!」
ほのかが担当する309号室の住人は小等部の少年だ。
ほのかはここに来る直前、トメに呼び止められてちょっとした注意して欲しいことを言付けられていた。曰く、りんねは反抗期であるのか、なかなか周囲の言うことを素直に受け入れられないところがある少年だとのことだ。
「根は悪い子じゃないんだけどね。もし合わなそうだったら、309は手の空いてる寮生を行かせるから、別の部屋と取り替えてもいいんだが…」
そう言って気を遣うトメに、ほのかは微笑んで首を横に振った。
「いいえ、ちゃんと行ってみます。話さなきゃ、解らないこともありますから」
かくして309号室に出向き元気に挨拶をしたほのかだったが、出迎えたりんねは思った以上に冷たい視線をほのかに送った。
「ふーん。ま、手伝ってくれるんならいいけどさ。あ、ボクがダメって言ったとこは触んないでよね」
その態度はいざ二人できのこ狩りを始めても変わることはなかった。りんねは淡々ときのこを狩るだけ。会話をしようと何度も話しかけたが、ほとんどが無視をされてしまう。
だが、ほのかは何度も何度もりんねに話しかけた。一人で喋っているようなもので、若干喉が痛くもなったが、それでも何度も話しかける。
そうしてどれくらいが経った頃だろうか。
「…ねぇ、お姉さんはどうしてこの部屋にきたの?」
始めてのりんねからの積極的な言葉に、ほのかは頬を緩ませた。
だが、その言葉に答えようとした瞬間。
「ぎゃあああぁぁぁぁあぁぁぁ!」
すぐ近くで、尋常ではない叫び声が発せられた。
その声に、びくりとするりんねとほのか。だが、先に動いたのは、ほのかの方だった。
「何かあったのかも!ボクが調べに行く!危ないかも知れないから、りんねくんはここで待ってて!」
だっと部屋から駆け出すほのか。りんねはその後ろ姿をぽかんとした表情で見送るしかできなかった。
「ボクも、一応撃退士なんだけどなぁ」
●色男の苦悩、あるいは叫び声の正体(308号室)
308号室の住人、沢木真澄は苦悩していた。
「魔法少女マジカル♪みゃーこにゃ♪よろしくにゃ♪」
そう言ってぱちーんとウインクをして見せたのはスカート短めの魔法少女ルックの宮子。
「わたくしとしたことが、魔装を入れたヒヒイロカネを紛失するなんて…」
そして並び立つのは襟ぐりの大きく開いた、どこかセクシーなTシャツを着た瑞穂だった。
そんな二人を部屋に迎えて、青嵐寮一の色男を自称する真澄は心中穏やかではない。
「うに、あの奥の方の取りたいけど…。にゅ、手を伸ばせば取れるかにゃ?」
そう言いながら短いスカートでベッドの下に潜り込んで行こうとする宮子やら。
「如何してこんな所にまで…ん、しょっ…!!」
背の高い家具の上に生えてしまったきのこを採ろうと手を伸ばした拍子に胸元が強調されてしまう瑞穂をずっと見せられているのだから。
トメに釘を刺されてはいたが、この状況でこの魅力的なレディたちを口説かないなんて、真澄には出来なかった。ぐっと拳に力を入れて決意をする。
「あー、沢木くんたら、おサボりはいけないにゃよ!」
心の葛藤故にきのこ狩りが手抜きになっていたのを宮子に指摘されたのを切欠に、真澄はその本領を発揮し始めた。
「宮子さん、瑞穂さん、お二人にはこんなきのこにまみれるような仕事は相応しくない。向こうの通りに素敵なカフェがあるんです。もしよろしければ、僕と一緒にカフェで…」
だが、ぎくり、と真澄は途中でその言葉を飲み込む。真澄を見る宮子や瑞穂の目がゆるりと据わったのを感じたからだ。それも、ただ怒っているというよりも、餌にかかった獲物をどう料理してやろうかと見るような目つき…のようにも感じられた。
「そういうことしちゃダメにゃよ!そこに正座するにゃ!ちょーっとOHANASHIしないといけなさそうにゃね♪」
「何て不埒な子ですの。わたくし達が確りと教育的指導をして差し上げますわ!」
目を据わらせてお怒りのこの二人に勝てる男など、滅多に存在しないだろう。かくて、308号室に部屋の主の悲痛な叫びが木霊した。
「ぎゃあああぁぁぁぁあぁぁぁ!」
結局真澄は、この騒ぎで集まってきた皆の前でトメに更なる正座をさせられた挙げ句、反省文10枚の提出まできのこパーティーにも参加不可の刑に処せられた。
だが、被害者のはずの宮子と瑞穂にも、トメから服装や所作について一言ずつ注意があったのは想像に難くない。
●レッツきのこパーティー
夕刻の青嵐寮に、芳醇なきのこの薫りが立ちこめた。
きのこ狩り開始と同じように食堂に集められた寮生と応援の撃退士たちの前に置かれる、きのこ料理の数々。その美味しそうな薫りと一日の労働後の男子学生のコラボによって、どこからともなく、ぐぅーと腹の音まで聞こえてくる。
「じゃあ、諸君。まだ採り残しもあるにはあるが、なんとか人として生活出来るだけのスペースは確保できたな?それと、これは有志が作ってくれた料理だ!ありがたく頂くんだよ!では、いただきます!」
「いただきますーっ!!!」
トメの音頭と共に寮生たちの雄叫びが響き、そして戦争のような食事が始まった。
「うまっ、この炊き込みご飯うまい!」
「ボク、きのこ料理なら炊き込みご飯が一番好きだし、よく食べたけど、こんなおいしいのは久しぶりだよ!」
「この味噌汁、なんでこんなうまいんだ?」
「あ、それはですね、隠し味に二番茶を加えているのです。体にもいいので、たくさん食べてくださいませね」
「んぅ〜っ♪このあぶり焼き、中々、良い味が出ていますわねっ」
「それを作ったのは久遠寺だったっけね」
「はっ、はい?! わっ、わわわ、わたひでふか?!」
「ほら、男の子はいっぱい食べないと駄目だよ。たーっぷりあるからね。残したりしたらダメだよ?」
炊き込みご飯、混ぜご飯、雑炊、すき焼き、みそなべ♪
茶碗蒸し、天ぷら、肉じゃが、焙り焼き、味噌汁♪
揚げ物、和え物、炒め物♪
楽しくて美味しい時間はあっという間に過ぎ去って、月が中空に浮かぶ頃。料理は残らずみんなの胃の中に収まってしまった。
しっかりと後片付けまで買って出た数人によって片付けも大体が終わってしまい、大半の人間が食後の心地よい倦怠感に身を任せていた、そんな時。
「あ、これ、きのこダネです。皆さんおみやげに持って行ってくださいませね」
静がそういっていくつかの容器に詰めて応援の撃退士たちに差し出したのは、様々な料理に使用可能だというきのこダネ。残ったきのこを使って作ったようだった。
「寮の冷蔵庫にも、いくつか入っていますので、どうぞお使いください」
静はそう言って、ふわりと微笑んだ。
●また何処かで
「じゃあ、応援に来てくれたみんなもそろそろ門限が気になる時間だろうし、このくらいでお開きにするよー」
トメがパンパンと手を打ち、確認するように声を上げる。
寮生たちはお互いに顔を見合わせて、誰からともなく応援の撃退士たちを見送るために玄関に押し寄せた。
「名残は惜しいですが」
静が胸に両手をあてて、呟く。
「また、機会があればお会いしたいですわね」
「沢木くんにもねっ!」
瑞穂と宮子がそう言って笑顔を見合わせた。
「じゃあ、またねっ!」
千速とほのかがにこにこと手を振る横で、渚が言葉もなく何度も頭を下げていた。
こうして青嵐寮にもやっと平穏な秋がきたのである。