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マスター:西
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/04/15


みんなの思い出



オープニング

 依頼の話を聞いた斡旋所の職員は、電話越しでもわかるような、いやな顔をしていた。
 それから詳しく話を聞くうちに、露骨に声色に出るようになり、電話を置いた後は頭を抱えていた。……その依頼は、色々な意味で不快であり、難題であるように思われたからだ。

「ゴキブリのサーバント、ですか」

 話としては単純である。
 山地の廃墟に住み着いた、ゴキブリのサーバントを掃討してほしい、ということだ。これを滅ぼしつくさねば、廃墟を取り壊して立て直すことができないし、せっかくの開発の決まった土地を放置する、という無駄が発生する。
 存在が好ましくないから、掃討する。敵が虫であることも考えるなら、行為の正当性は疑うべくもない。問題があるとすれば。

「数は確認しただけでも、おおよそ20体。それが廃墟を常に這いまわり、何者かが立ち入れば、集団で襲い来る。……で、襲ってくるのは、体長1mのゴキブリと」

 巨大なゴキブリを数十匹と潰す作業を、誰が好んで行ってくれるか、という難題がある。
 情報を整理すれば、この敵は強くない。
 むしろ、多少しぶといくらいで、攻撃力は低く、まず油断しなければ戦闘不能になることはない……だろう。

 おもな攻撃手段は二種類。助走をつけての体当たり。密着してからの噛みつき。それのみである。
 ただし、体当たりを受ければ倒れることもあるだろうし、そうなれば巨大なゴキブリに押し倒されてしまうことになる。そして密着すれば、かじられるのだ。ゴキブリに。
 想像するだに、恐ろしいと言わねばならない。また、このゴキブリは『飛びついてくる』らしい。
 本来、ゴキブリは滑空することしかできないはずだが、これは這っている床から、飛び立てるのだ。飛ぶというよりは、跳ねる、という表現が近い様子だが、それは重要ではあるまい。
 あまり高くは飛べないとの報告だが、注目すべきは『人間の頭の位置』くらいまでは飛んでくる、という情報である。
 ゴキブリに『顔に張り付かれる』経験など、生涯したくないと、斡旋所の職員は思った。

 ともあれ、依頼は依頼である。規定に従って処理して、応募者を募った。
 6人も、本当に集まってくれるだろうかと、余計な心配をしながら。


リプレイ本文

「ゴキブリ? あの平たいコオロギみたいやつでしょ。なんであんなのが怖いの? つぶしちゃえばいいじゃん」

 廃墟に入る直前、ソーニャ(jb2649)はそう言った。作戦前の意気込みとしては少々強気だが、彼女の実力を慮れば、それも不適当とは言えまい。

「まさに。作戦の方針は、サーチアンドデストロイですね。了解です」

 ヴェス・ペーラ(jb2743)は、ソーニャの意見に賛同しつつ、基本方針を述べた。戦闘の難易度自体、そう高いものではないと、彼女は予測している。

「一応、準備だけはしてあります。あまり依頼者に負担をかけるのも悪いですから、余裕があれば、出来る範囲で片づけはしておきましょう」

 彼女は事前にビニールシートを購入し、持参していた。
 退治した敵をこれで順次回収し、処理業者のもとへ搬送するつもりなのだ。

「資料を読む限り、敵はそんなに強く無いようですわね。わたくしが全て叩き落しますから、安心して索敵してくださいませ。……ああ、探索の邪魔にならないよう、留意しますからご安心を」

 長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)が、自信満々に言い放つ。ただ威勢のいい発言をするだけでなく、一定のフォローを保障するあたり、彼女の有能さが見て取れる。

「趣味が悪いですね。季節外れの大掃除と参りましょう。……みずほさん一人に任せるのも悪いですし、僕も出来る範囲で警戒はしましょう」
「異論、ありませんわ。よろしくお願いしますわね」

 イアン・J・アルビス(ja0084)は、みずほと打ち合わせをして、互いに連携し合うことにした。それがもっとも効率の良い道だと信じて。
 彼は、ゴキブリのようなものが建物内にいるという事実が嫌だった。怖いとは思わないが、恐怖と嫌悪は別物だろう。
 汚れた時のため、人数分のタオルは用意しているが。

「密着されたり齧られたりは嫌だけど、何であんなに嫌悪されてんだろうねぇ? まぁいいや、お仕事お仕事」

 来崎麻夜(jb0905)がアホ毛ピコピコさせながら発言した。見た目自体は平気なのだが、他人がそれを嫌うことは何となく理解している。
 なるべく味方には近寄らせない方が無難かと、彼女は思った。ここは、平気な者が泥をかぶるべきだろう、とも。

「嫌悪されるには、相応の理由がある。……が、やれやれ。こういった手合いが流行っているのだろうか」

 鴉乃宮 歌音(ja0427)は、あくまでも冷静に、そう評した。敵を見下すのではない。ただ淡々と、彼我の能力差を検討しているのだ。

「ヴェスの言うように、見敵必殺でいいだろう。私は通信士を展開し、早期発見を主目的しようか」
「私も鋭敏聴覚や索敵を駆使して、潜んでいる場所をあぶり出します。火炎放射器もありますし、表現的にも、おあつらえむきでしょう」

 突入前の軽い打ち合わせとしては、これで十分だろう。そして、敵が事前の情報と同じスペックであれば、負けはないと、誰もが確信していた。
 書面と現実との差に驚かされるまで、彼らは自信にあふれていたのだ。





「隅々まで探しましょう。一匹たりとも逃すわけにはいきません」
「ああ、Gは集団で行動するからね。逃すと危ない」

 突入してから、イアンは当たり前のことをあえて口にした。これには歌音も同意見なようで、頷いて返す。

「さっそく来ましたわね。――後衛は、支援を。私は前線で、飛び込んでくる敵を叩き落すことに専念しますわ」

 廃墟に入って、五分もせずに接敵である。ろくに探索もしないうちに出てくるとは、敵は好戦的であるらしい。
 もっとも、それはこちらにとっても都合のいいことである。みずほは迎え撃つ体勢を取った。それは他の皆も、同じことだった。
 まだ距離は遠め。廊下の曲がり角から迫りくるそれらは、まさに黒い魔虫とでも呼ぶべきか。おおよその目算で、数は十匹そこそこ。戦端を開くには、悪くない状況である。

「ん、とりあえず数が多いうちは、眠ってもらおう。寒さに弱いって聞くけど、キミ達はどうなのかな?」

 麻夜の大量の黒羽根が舞い散り、範囲内の敵性存在を覆い尽くす。その黒羽根は氷の結晶となりて、周囲を凍てつかせ、対象に安寧の眠りに誘うのだ。
 冷気に包みこまれたゴキブリどもは、多くがその足を止めた。とはいえ、敵は数多い。この一手を抜けてくるものもいる。

「掃射! 接近を妨害する!」

 歌音の掛け声に、イアンとソーニャ、そしてヴェスが反応し、それぞれが持つ銃を掃射する。
 フルオートで放たれる銃弾の雨は、近づいてくる黒の軍勢を押しとどめ、散らし、屍を量産する。
 しかし、敵は止まらなかった。騒音が敵を呼んだのか、一気に増援を呼んでくる。さらに十匹、もう数匹と現れてくる。
 すべて前方から現れており、背後や死角から突っ込んでくるゴキブリが一匹もいなかったのは、幸運というほかない。
 敵が増えたことで、前衛の仕事もできる。

「飛んで火にいる夏の虫、と言うのでしたか? ひどい有様ですこと!」

 みずほが前に出る。ここに来て余裕綽々、という様子では、流石にない。だがそれは闘争の緊張によるものであり、決してゴキブリによる生理的嫌悪感からとは程遠い――。

「本当に、ひどい。……ああ、もう。こないでくださいませッ! 石火!」

 と、言う訳でもない様子だった。
 一匹を打ち払うと、体液を飛び散らせながら、床にひっくり返る。ゴキブリの足側は、よく見るととてもグロい。嫌悪感は、頭から背の表面部分を見るより大きいだろう。
 それをで間近で直視して、みずほは声を荒げながら、視覚的暴力に対抗していた。死にかけのゴキブリに必殺の一撃を叩きこむような、火力過剰な行いをしてしまうほど、冷静さを欠いている。

「きゃー! 近づかないでー! 生理的に怖い、怖いのよー」

 恐慌を来している、という意味でなら、ソーニャも同様だった。
 顔面蒼白、半泣きの状態で、ライフルを掃射し続けている。

「ハァハァ、ボクが滅びるか、そちらが滅びるか。ふたつにひとつ……!」

 フルオート掃射後、素早くマガジンを交換、そして涙目になりながら、ゴキブリの群れを掃討し続ける。
 2人の様子を尻目に、イアンは舌打ちした。

「範囲攻撃がないのが悔やまれますね。僕にその手があれば……」

 多少なりとも、状況は改善したはずだと、彼は思う。現実的には、一匹ずつ潰しいくしかないのだが。
 そして彼とは別の意味で、状況を憂いているのは、ヴェスである。

「私は人間じゃない。表現の難しい形状の姿の同族達と生活経験はありますから、恐怖という感情を集めるつもりで作ったのでしたら、この敵達は失敗作です――と。そう断言したかったのですが」

 人に対して効果絶大、というのであれば、この場においてもそれは変わらぬ。撃退士であり、戦う術を持つ彼女らですら、あの有様なのだ。本格的に運用する手合いが出てくれば、どうなるかわからない。
 それを防ぐ意味でも、ここは完勝するべきだ、とヴェスは思考を完結させる。重傷者など、もってのほか。ヘッジホッグブレイドで飛び込んできた敵を打ちすえ、叩き落としたソレを踏みつぶし、眼前の敵の群れを睨みつけた。
 殺す。ただ殺す。火炎放射器を持ち出して、ゴキブリを焼却する姿は、『東の豪傑』の称号に恥じないものであった。

「ボクを押し倒して良いのは先輩だけなの、ゴメンネ?」

 麻夜の傍にも、敵が押し寄せてきている。近づかれたら胸部や足の付け根をワイヤーで絡め切り、噴き出す体液もそのままに、危なげなく対処している。
 なるほど、確かに押し倒されてはいない。いないが、流石にその白い体液からは完全には逃れ難く。

「うん、思い切りが大事」

 もう自分は仕方がないと割り切り、麻夜は味方の方に向かう別個体を優先的に狙っていた。トラウマ発生を未然に防ごう、という狙いだが、ゴキブリに集られそうになる自分の姿が、他者にどのように見えるか、それについては考えていなかった。

「体液で汚れたって気にしない、と私であれば割り切れたのでしょうが、流石にこれは」

 歌音の射撃が、麻夜に迫る一匹のゴキブリを捉えた。
 視覚的効果を言うなら、女性がゴキブリと格闘する姿とて、男からしてみれば気の滅入る光景である。
 これは即時に対処せねばならぬ、と彼が感じて手を出したのも、無理なからぬことであろう。
 そして事前の打ち合わせとは、思いもよらぬ形ではあるが――以外にも良い形で、連携が取れていた。冷静さを失っても、戦闘能力までは失っていない。そして仲間を思う行動が、良い形で作用しているのだから、当然ともいえるだろう。
 二十匹ほど潰した所で、一旦敵の攻勢が止んだ。これからは、また探索、索敵の形になるが、突入前の心持ちでいられるものは、誰もいなかった。






 一度襲撃されれば、警戒するのが当然というもの。パーティ全体で、鋭敏聴覚やスキルによる索敵を行い、奇襲の予防と敵の早期発見に力を尽くす。
 可能ならば、敵がこちらを知覚する前に、先手を取りたいところであった。

「同じ日陰もの同士、もう少し親密感がわくかと思ったけど、嫌悪感しかわかないわ」
「……いやですわね、もう。体は反射で動いてくれますけど、あのおぞましい……姿には、慣れようがありませんわ」

 ソーニャの言葉に、みずほが同調するように言う。口調こそ平静だが、その目には涙の跡があり、心なしか顔色も悪かった。
 彼女らの様子をかんがみて、いくらかでも慰めた方がいいのだろうかと、考える者もいないではなかったが、結局この手の感情は、己で処理するほかない。

「そこにいますね」
「一匹だけか?」
「はい。焼きますので、ご注意を」

 とりあえず、見つけ次第、迅速に処理することで彼らは対応する。
 その度にびくり、と体を震えさせるソーニャとみずほの姿は、いかにも女の子らしかった。

 ……が、そうしていられるのも長い間ではない。
 廃墟を探索し続け、散発的な処理を行う内に、ついに最後の部分の詰めに入った。
 一階、二階の部屋はほぼ探り終え、最後の一室、二階の物置を残すのみとなった。

「扉の隙間からでも、かなりわかりますね。黒い塊が、動いている様子が見えます」
「そうですね。僕は不快でも、まだ平気ですが……あの部屋にびっちり詰まっているなら、女の子二人には少しきついでしょうか?」

 ヴェスの指摘に、イアンが悩みながらも答えた。物置を閉じている扉は老朽化が進んでおり、廊下側からでも中がいくらか確認できる。
 おおよそだが、十数匹はいるのではないか。そして、あの扉を開けたら、一斉に飛びかかってくるのではないか。

「わっ、わたくしなら大丈夫ですわよ!? 甘く見ないでくださいませッ」
「どうしてゴキブリって怖いんでしょう。うにょうにょ動く触覚とか。……ボクも、うん、大丈夫。お仕事しないといけないってことは、ちゃんとわかってるから」

 みずほとソーニャの言葉に、嘘はないと誰もが見る。彼女らとて撃退士である。生理的嫌悪感から恐慌を来しても、それが敵の能力によるものでなければ、精神の深刻な所までは、侵されぬはずだ。
 つまり、戦力になる。ならば、動くべきだった。

「飛行なんてさせないし、させたとしても撃ち落とす。完全な補償はできないけど、留意はする」
「子供の頃から家族にゴキブリ退治を言い渡されて幾星霜。ボクの方が慣れてるだろうから、代われる所は代わるよ」

 歌音が二人を鼓舞するように言い、麻夜は軽妙に軽口を叩く。だから大したことはないのだと、言い聞かせるように。



 最後の戦闘は、突入と同時に始まった。
 そして、最後の絶叫も、突入と同時に響き渡った。

「ひッ、やぁぁ――ッ!」
「ええいそこだー!! いてまえー!!」

 みずほは恐怖を振り切るように前に出た。実際、彼女は近接攻撃しか決定打がなく、他に選択肢がない。泣きながらゴキブリを殴り飛ばし、体液をひっかぶり、ぬぐって、気持ち悪さと手に残る感触のひどさに目眩を覚えて。それでも泣きじゃくりながら、闘志だけは萎えさせなかった。
 ソーニャは距離を取れるだけ、マシだった。ライフルの掃射は変わらず敵を痛めつける。

「不法占拠の罪により串刺しの刑に処す。なんて、ね」

 麻夜は初手でSelfish Judgmentを使用した。性質上、乱戦になる前に使うしかない技だが、鋭利化した多数の翼は純粋な凶器であり、敵を串刺しにしていく。

「逃がさない。『目標捕捉』……狙撃手!」

 歌音が、射程ギリギリの敵を撃ち抜いた。敵に逃亡の気配は薄いが、わずかでも兆候が見られたなら、それを逃さず打つのが『狙撃手』である。

「顔にくっつかれるのは嫌ですね」

 イアンが、近くに来たゴキブリを盾で叩き落とす。注意をなるべく己に引きつけ、これに耐えるのが彼なりの感情の発露であった。

「この敵達は失敗作です。……そうでなくては、ならないのです」

 ヴェスがガルムSPを構え、撃つ。距離に応じて武器を持ちかえ、状況に対応した。
 ゴキブリのサーバントが、その体液を噴出させながら、倒れる。まだ動くそれらに慈悲を与えるように、確実に止めを刺す。

「ひぃ、ヒッ――」

 前線で拳を振るっていたみずほに、ゴキブリが飛びかかる。顔面に直撃するはずだったソレは、歌音の射撃でどうにか撃ち落とされた。しかし未遂とはいえ恐怖には違いない。
 気を取られた所で体当たりを受け、あわや押し倒されるか、という所まで追いつめられもしたが、敵の数も減ってきた頃合いで、これもなんとか切り抜けた。みずほに限らないが、こうした特殊な敵との戦闘は、得る物が多い。
 最後の一匹を潰した時、彼女は顔色を失いつつも、戦意だけは失わなかった。泣きながらでも、戦えているのだ。それを評価しない者など、誰もいなかった。




 
「あの液体を掃除しなくてもいいっていうのはありがたいですが、汚いままでいるのは気に入りませんね」
「嫌がらせ目的としは、中々。認めるのは、癪ですが」

 あの部屋での戦闘を最後に、敵は姿を見なくなった。改めて探索しなおし、討ち漏らしがないか確認後、予め持参したシートで順次回収。処理業者のもとへ搬送した。掃討は済んだと見るべきだろう。
 イアンとヴェスは疲れ気味に語る。仲間達にはタオルを手渡し、気休め程度に汚れを取った。

「体を洗ったら、お茶にしよう。今日は疲れた」

 歌音は至って変りなく。せめて自分を労おうと、後の事を考えていた。

「ううッ、黒いの、怖いの。アレが動いて、顔に、顔に……」
「よしよし、怖かったね。もう大丈夫だよ」
「ゴキブリさんが悪いわけじゃないんだろけど、それでもダメなの……」

 膝を抱えて泣くソーニャとみずほが、麻夜に慰められる。この一件で、深刻なトラウマが出来てしまったようで、心苦しい。
 依頼は成功だが、後味の悪さは何とも言えぬ。関わった者達だけが分かる、不快害虫の掃討。今後、皆は決してこの件を話したがらないだろう――。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:5人

守護司る魂の解放者・
イアン・J・アルビス(ja0084)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
ドクタークロウ・
鴉乃宮 歌音(ja0427)

卒業 男 インフィルトレイター
夜闇の眷属・
来崎 麻夜(jb0905)

大学部2年42組 女 ナイトウォーカー
カリスマ猫・
ソーニャ(jb2649)

大学部3年129組 女 インフィルトレイター
スペシャリスト()・
ヴェス・ペーラ(jb2743)

卒業 女 インフィルトレイター
勇気を示す背中・
長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)

大学部4年7組 女 阿修羅