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マスター:小石 汐
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:6人
サポート:4人
リプレイ完成日時:2012/10/12


みんなの思い出



オープニング

●赤い悪魔
 夕暮れ。黄昏とも呼ばれ、語源は「誰(た)そ彼(かれ)」と人の見分けがつけにくくなる時間帯を指す。影が細く、長く伸び、世界に闇が広がりつつあった。
 夕日の染め上げる橙の世界に、ゆらりと炎が揺れる。それを囲むように五つの影があった。夕日と炎の二つの光源のせいか、影は薄い物が二つ揺れていた。
「まったく……やつらも懲りねえよなぁ?」
 一人の男が言う。それに同意するように、四人も小さく笑った。傍らに猟銃を携えた彼らは、地元の猟師だった。冬になり、町に下りてくる猪を追い返すのが目的で山に入った。しかし威嚇射撃をしても、去らないどころか襲い掛かってくる猪をいくらか仕留め、山を下りたところだった。
 日が沈むと同時に急激に辺りの温度は下がってゆく。それを見越して、先に火を焚いていた。服の隙間から流れ込む寒風に身を震わせ、暖を取ろうと五人は火を囲んだ。
 しばらく世間話を続けて笑っていたが、話のネタも無くなったのか、静寂が五人を包む。薪がはじける音がしばらく続き、「そろそろ帰るか」と一人が言った。
 その時だった。さく、と葉を踏む音がかすかに流れる。猟師たちは敏感に音を察知して、振り返る。木々の生い茂る闇の中、音は続く。近づいてくることに気づき、猟師たちは皆、腰を上げ、銃を手繰り寄せた。闇の中に標準を合わせ、目を凝らす。やがて浮かんだのは赤い影だった。近づいてくる、足音は重量感に溢れている。しかし、森や山に無い赤色を見て、猟師はトリガーを引くことを躊躇った。
 そして躊躇いは、驚愕に変わり、やがては恐怖となり、彼らを蝕む。
 真紅の体毛は夜闇の中でも薄れることの無い存在感を放つ。重厚な足音は巨躯を示す。炎によって照らし出された瞳には冷たい光が宿っており、猟師たちは動けなくなった。
 熊だ。しかし、スケールが違いすぎた。彼らも今までに幾度と無く熊を見てきたが、目の前に現れたそれを熊と呼んでいいのか分からなかった。恐怖が足の指先まで浸透し、微動だにしない彼らの合間をゆっくりと縫い、赤い熊は炎に鼻を伸ばした。そして揺れる炎を喰らうように、何度も何度も口を開いた。生きた心地のしない静寂が猟師たちを包み込む。冷たい汗が流れ、身体が自然と震えだす。
 やがて、その静寂が破られる。一人の猟師が熊に向けて発砲したのだ。興味無しと言わんばかりの冷たい色が消え、熊の瞳に明確な敵意が宿る。その眼光に捉えられた猟師は、銃を構えたままで小さく悲鳴を漏らした。
 熊は吠える。ビリビリと空気が揺れ、五人は後ずさった。撃った一人は背を向け、逃げ出すも、その間合いは一瞬にして無と帰す。
「た、助けてくれえええ!!」
 熊の巨躯に押し倒された男の悲鳴に、呼応するように四人が動いた。しかし誰一人として銃を構える者はいなかった。荷物も放り出して、脱兎の如く駆け出す。山に木霊する悲鳴は、やがて消え去った。四人は心の中で何度も謝罪の言葉を口にし、涙を流しながらも足を止めることはなかった。

●教室にて

「――と、今回のターゲットは熊のディアボロなの」
 学園に届いた依頼を淡々と読み上げる声が教室の中に響き渡る。
「今は山間部で大人しくしているみたいだけれど、できるだけ早く倒さないと被害者が増えるかもしれないの」
 山間部と言うが、張り出された地図を見るに、すぐ傍に町があった。また、山間部にしては珍しく、娯楽施設なども多い。P(パーキング)と記された広い土地や建物が幾らかうかがえた。
 目撃証言のあった現地の写真は、砂利が敷き詰めただけの簡素な駐車場が広がっている。その奥に緑の多い山がそびえ立っていた。
 現在は立ち入り禁止になっているものの、今回のようにディアボロが山を下りてこない保障は無い。早急な対処が必要だ。
「ただ――」と区切って、続いた言葉は張り詰めた空気を教室内にもたらす。
「炎を喰らう姿が猟師から報告されているの。それに、ターゲットの戦力は未知数――だから、この任務に志願する人は気をつけてほしいの」
 僅かなため息が教室の中に漏れる。
――さて、どうしたものだろうか。


リプレイ本文

 奇しくも最初の目撃情報があった時刻が訪れた。西に沈む夕日により、世界と炎の境界線が曖昧になる。
 駐車場の中心には燃え盛る炎。その勢いが衰えぬよう、シュルヴィア・エルヴァスティ(jb1002)と楠木 くるみ子(ja3222)が時折、薪を放り込んだ。
「もーえろよもえろーよ♪」と定番とも言える歌を口ずさむ、くるみ子の姿は現場の緊張感にそぐわなかったが、無駄に緊張して、動きが鈍くなるよりは遥かにマシだと言えた。

 昼過ぎに現場を訪れ、様々な準備を済ませてから、一時間ほどが過ぎている。しかしながら目標が現れる気配は無かった。
 猟師たちにも準備を手伝ってもらったが、戦闘に巻き込むのは危険と判断し、既に退避してもらっている。そのためか、無視できない緊張感をあらわすように、不気味な静寂が現場を包み込んだ。
「……来るかしらね。出来れば日暮れまでにけりを着けたいのだけれど」
  エルヴァスティの言うことは、もっともだ。誰一人否定することなく、同意するように小さく頷いた。

 そんなくるみ子の姿を遠目から見つめる雫(ja1894)――見た目は、くるみ子と同じぐらい幼いのだが、その瞳は静かな光を宿している――は小さく零す。
「こんな状態で無ければ、お芋や栗を焼いたりして楽しめるのですが」
 雫と共に遮蔽物に身を隠す千堂 騏(ja8900)も同意見だ。
 そもそも火を食らうディアボロに対し、「随分と悪食なもんだ」と素直な感想を漏らしていた。

 そんな撃退士らを――否、彼らが誘き寄せるために準備した揺れる炎を見つめる影が一つ。木々の作り出した濃い影の中に、異様な存在感を放つモノが現れた。緩やかな足取りは葉を踏み、木の枝を砕き、僅かながら地に沈む。
(……おや?)
 その存在に、いち早く気づいたのは八重咲堂 夕刻(jb1033)。夕刻は対象が訪れるであろう、山側の木々の上で息を潜めて待機していたのだ。
 ちらと駐車場側に目をやるが、待機している彼らが気づいている様子は無い。ただ、幸いなことに薪を足していたくるみ子は、既に車の陰に戻っていた。
 これならば心配あるまい――背後からの奇襲に備え、夕刻はそのまま待機する。口の端には、僅かながら笑みが浮かんでいた。今すぐにでも斬りかかりたい――そんな感情を無表情で押し殺しているかのようであった。

 やがて対象が木々を抜けて、駐車場に姿を現した。真っ赤な毛並みは夕日により、馴染む。巨躯は圧巻の一言で、残るメンバー五名も息を呑んだ。
 見た目は、まさに熊である。しかしながら野生の本能とは反し、炎に向かう足取りに躊躇いは無かった。
 赤い悪魔は炎に鼻先を近づけ、まるで炎と戯れるように食し始めた。撃退士は静かに、それを見守る。敵意を殺し、息をも潜め、奇襲のタイミングを待つ。

――今作戦では奇襲の成否が全てを分かつ。
 霧原 沙希(ja3448)は自らの新しい相棒――改良済みのパイルバンカーを握り、その時を待つ。
 それにしても凄い食欲であった。キャンプファイヤーとは言えなくとも、結構な勢いで燃えていた炎が、瞬く間に消えてゆく。
 頃合だろうか――砂利の音を立てないよう、沙希は、そっと腰を上げて体勢を整える。
 自分が傷つく分には構わない――その想いが一番槍として突入する決意を固めさせた。
「――ッあああ!!」
 飛び込むと同時に黒耀砕撃を発動。見る間に魔具は禍々しい形状へと化す。改良パイルバンカーに黒耀砕撃による一撃が、巨躯に吸い込まれる――はずであった。

 しかしながら、ほぼ同時よりも、少し早く飛び出していた者がいた。 騏は武器を振り上げ、既に攻撃体勢に入っていたため、巻き込むことを恐れた沙希の手が少し止まる。
 騏の放つ地平を薙ぐような一閃。奇襲の的として、対象はあまりにも巨躯すぎた。
 しかしながら流石はディアボロと言ったところか。野生の熊とは比にならぬ速度で身を引き、薙ぎ払いを躱す。
 刹那、 騏と悪魔の視線が交錯する。先ほどまで穏やかだった悪魔の瞳に圧倒的な敵意が浮かんだ。

――奇襲失敗。
 脳裏を過った最悪の可能性。ただ、それを一瞬で霧散させたのは、やや遅れて飛び込んだ沙希、そして雫であった。
 短く息を吐きながら、二人は突進する。 沙希と雫はそれぞれ後ろ足を綺麗に叩き、悪魔を転倒させるに至った。
 ただ、その強力な一撃の代償か。反動を一身に受けた沙希の身体が硬直する。腕は痺れ、僅かながら眉をひそめた。それでも体勢を整え、一度悪魔から距離を取った。

――行ける。
 沙希と雫が悪魔から離れたのを確認し、エルヴァスティ、くるみ子も車の陰から飛び出した。少し離れた位置の夕刻も、木から飛び降りて一気に駆け出す。
 くるみ子は光纏と同時に「任せておけ」と小さく呟く。
(せっちゃん、後は頼むのじゃ)
 くるみ子の中に存在する別人格、瀬織津姫へのバトンタッチであった。
 未だ体勢を崩したままの悪魔。その無防備な懐に潜りこみ、強烈な一撃――インパクトを加える。乳児と大人以上の体格差であったが、悪魔の身体が僅かながら宙に浮いた。
 その背後――出来得る限り死角に回りこみつつ、 エルヴァスティはゴーストバレットを放つ。
 とは言え、当たれば悪魔も振り返る。しかしながら悪魔の視界を遮ったのは、夕日にも勝る禍々しき逢魔が時の双眸であった。
 振り向き様に飛び込んだのは夕刻だ。頭――更に言うなら目を狙うように、戦斧を横に薙ぐ。狙いは僅かに逸れたものの、追撃としては充分。刹那ながら悪魔が怯んだ隙に、夕刻は距離を取った。決して打たれ強くない自らの戦闘能力を充分に把握しており、それが冷静な判断へと繋がった。

 奇襲の後、体勢を整えた騏、沙希、雫も更なる追撃を目論んで、悪魔へと疾走する。
 しかしながら、それを遮るように悪魔が吼えた。度重なる攻撃は逆鱗に触れたのだろうか。全身の毛を逆立てて威嚇する様は、歴戦の撃退士ですら恐怖を覚えた。

 それでも挟み撃ちにできる現状を逃すのは、不本意であった。雫は畳みかけるべく、闘気解放を行い、更に痛打、徹しへと流れるように技を紡ぐ。
 雫の確実な手応えは僅かながら油断を生み、刹那ながら悪魔に付け込む隙を与えてしまった。強烈な一撃を貰い、結果としては相打ちとなる。
 ただ雫の熟練された技は確実に悪魔を追い詰め、その後の追撃は許さなかった。弱った悪魔は大きな体躯をよろめかせている。

「大丈夫か?」
 吹き飛んで、結果的に距離を取ることができた雫の下に、くるみ子が駆け寄る。言葉を紡ぎ、放たれるはライトヒール。雫の身体に送り込まれたアウルが熱となり、確実に痛みを和らげた。

 その安息も束の間、体勢を整えた悪魔が鋭い眼差しを雫に向ける。雫の強烈なコンビネーションに比例するように、悪魔の憎悪が燃え上がるのが分かった。

――まずい。
 雫の受けた傷は決して浅くはない。ライトヒールの効果があるとは言え、下手をすると、くるみ子とまとめて一網打尽にされる最悪の可能性が、雫の脳裏を掠める。
 ただ、その間に割って入る者がいた。痛みを堪え、再び黒耀砕撃を構えながら、悪魔を迎え撃たんとするのは沙希だ。やはり、ここでも自分が傷つく分には構わないとの思考が働き、危機をいち早く察知して飛び込んだのだ。
 沙希と悪魔が、互いに吼えながら正面衝突する。その体格差を考えれば、沙希が圧倒的に不利だと思えた。しかしながら雫の与えたダメージが悪魔の力を根こそぎ奪い取ったのだろう。逆に悪魔を押し返す結果となった。

――今度こそ。
 沙希と悪魔の間に飛び込んだのは騏だ。沙希の黒耀砕撃から、流れるような連携でダメ押しの一撃――薙ぎ払いを放つ。今回は有り余る巨躯に吸い込まれ、大きな隙を作り出すことに成功した。

 悪魔は怯みつつ、後ろに下がる。そこで夕刻は阻霊符を抜いて、発動した。戦況を見守っていたため、手際は良い。透過能力を失った悪魔は軋む地に驚愕しつつも、成す術が無かった。そのまま巨大な穴に落ちていった。
 前もって準備しておいた落とし穴だ。網が手足に絡まり、悪魔の動きが鈍る。まるで殺された猟師の怨念の如く、まとわりつく。
 万全の体調であれば、悪魔は激昂し、引きちぎってでも脱出したことだろう。しかしながら、ここに来て、最初に受けた後ろ足のダメージ、そして雫の身を省みないコンビネーションによるダメージの蓄積が、それを阻んだ。穴の底では、もはや最初の威圧感は無く、芋虫のように転がる、ただの熊の姿があった。
 それを憐憫を含んだ瞳で見下ろしながらも、エルヴァスティは銃を構える。雫とくるみ子を除き、残る三名、沙希、騏、夕刻も穴の上から見据える――各々の武器を構えて。
「さあ、散って下さいね……赤い悪魔さん」
 最後を告げる夕刻。それを合図に、撃退士によるトドメの一撃が下された。

 しばらくして。
 太陽は完全に沈んだ頃、辺りは人工の光――車のヘッドライトで満たされた。猟師と連絡を取り、退治が済んだことを告げたのだ。
 迎えの願いと、後片付けを協力して進めた。火はそれほど散っていないが、それでも念を押すように、準備しておいた消火器を使って鎮火した後に、更に水をかけた。
 そもそも駐車場だったので、大きく掘った落とし穴も埋めなければならなかったが、それは猟師たちが機器を導入して、手早く済ませた。

 その間、怪我の無い者は片付けを手伝った。雫は大事に至らなかったものの、猟師の気配りもあり、安静にしていた。暇を持て余しているのか、感情の読めない瞳で、ぼんやりと風景を眺めている。
 エルヴァスティも戦闘の疲れからか、雫と共に休息を取る。手伝えない罪悪感からか、エルヴァスティの表情は少し曇っていた。

 それでも箒でせっせと掃き掃除をする、くるみ子を中心に、残る三名も黙々と片付けを進めた。
 数名はそのまま帰ろうとしたのだが、くるみ子曰く「後片付けもちゃんとするのじゃ!」であった。

 そのためか、あっという間に済み、猟師を含め、一同が顔を合わせる。
「お疲れ様でした」
 夕刻は穏やかな笑みを浮かべる。それに応じるように労いや感謝の言葉が飛び通った。

 やがて全員が車に乗り込み、ゆっくりと下山してゆく。それを見送る山々は穏やかな静寂を取り戻した。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:2人

歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
キッチンの魔術師・
楠木 くるみ子(ja3222)

大学部4年26組 女 アストラルヴァンガード
アネモネを映す瞳・
霧原 沙希(ja3448)

大学部3年57組 女 阿修羅
撃退士・
千堂 騏(ja8900)

大学部6年309組 男 阿修羅
さよなら、またいつか・
シュルヴィア・エルヴァスティ(jb1002)

卒業 女 ナイトウォーカー
黄昏に華を抱く・
八重咲堂 夕刻(jb1033)

大学部8年228組 男 ナイトウォーカー