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「おや。ようやく話を聞けそうな相手に出会ったと思ったらこれか」
やれやれ、とハルルカ=レイニィズ(
jb2546)は首を振る。
ここにきて初めて出会った、喋れる存在。それが敵だったのだから溜め息のひとつも吐きたくなる。
「とはいえ、貴重な情報源だ。少なくとも、この男も構ってはくれるらしい」
す、と一歩進み出た鳳 静矢(
ja3856)が己の胸に手を当てた。
「此方も名乗ろうか……私は鳳静矢、察しの通り撃退士だ」
「あたしは緋伝 瀬兎(
ja0009)! そこの男の人に何したの?!」
相手が名乗った以上、すぐに攻撃をしかけてくるということもあるまい。瀬兎は質問をぶつけた。
教会に倒れる男。ピクリとも動かぬ様子から、既に事切れていることを見て取ることができる。そしてよくよく見れば、男の近くには猟銃が転がっていた。
ここへ来る直前、銃声が聞こえた。もしこの銃によって発砲されたものだとしたら、男はついさっきまで生きていたことになる。
犯人は考えるまでもなく、玄朗なる男だ。
「この者が私に抱く憎しみ、恐怖。その根源をいただいただけのこと」
「んじゃ、おっちゃん、わりぃけどまだまだ質問するぜ?」
噛みつくような視線を留めたまま、尋ねることを頭の中に整理しながらハルティア・J・マルコシアス(
jb2524)が口を開く。
最初に尋ねたのは、この森に存在する小屋のことだ。日記や地下室を発見した、あの小屋。その主は誰か、と。
「私だ」
「……ということは、あの日記は、貴方が書いたものなのかしら」
霧原 沙希(
ja3448)が質問を重ねる。
小屋の主が玄朗ならば、自ずと答えの見える問いではあったが。
「無論」
「だったら『あの子』はどこへ行ったの?」
「聞いてどうする。お前たちには関係のない話ではないかね」
一歩踏み出した瀬兎の言葉を、玄朗は関係ないと一蹴。
だがこの言葉はある確信的な推測へと連鎖する。
(日記の『あの子』を何かに利用したことは間違いなさそうね)
静かな面持ちで、樋渡・沙耶(
ja0770)は思考する。
この玄朗なる男の言葉から読み取れるものを冷静に整理していけば、きっと見えてくるものがあるはず。彼女はそう考えていた。
反応を見るに、『あの子』をどうにかしたのは間違いない。それも、今口にはできないようなことだろう。
そう考えたのは、沙耶だけではない。
(……日記にあった贄というのは、やっぱり……)
沙希も同様。いや、より具体的に予測を立てていた。
小屋で見つけた日記に書かれていた『最上の贄』という文句。これが、同じ日記に書かれていた『あの子』を指しているのではないか。その予感は、ここを訪れる前から抱いていたものでもある。
今玄朗が口にした言葉は、その裏付けに近づいたようにも思えた。
撃退士による質問はまだ続く。
「……ねぇ、貴方最近サーバント作ったりした? 狼モチーフの」
「質問が多いな」
「とにかく情報が欲しいの」
ほんの少々と言ったのだが、と呟く玄朗に、瀬兎の投げる視線は変わらない。
狼がモチーフのサーバントとは、グレイウルフ、コボルトのことを指している。ここへ辿りつくまでに戦ったサーバントだ。
彼女は、ある予感を抱えていた。この依頼で捜索する行方不明者は、既にこの世の者ではないこと。そしてサーバントにされてしまったのではないかということ。
先ほど、この男は雷を放った。即ち玄朗は人ならざる者。恐らく――いや、間違いなくシュトラッサーであろう。全ての推測が正しいとすれば、玄朗が行方不明者をサーバント化した、ということになる。
「まぁ、良いだろう。察しの通り、つい最近狼型のサーバントをこしらえた。壊されてしまったがな」
「何のためにそんなことすんだよ!」
「人が家畜を肉にするように、我々が人をサーバントにして従える。それ以外に理由が必要かね」
ハルティアの言葉に、玄朗はさも当然のように答える。
しかし沙耶はこれを鵜呑みにはしなかった。
(それだけじゃない。サーバントを増やすなら、もっと効率的な方法があるはず……)
それ以上の思考は、雷によって遮られた。彼女らの眼前に落ちたそれは、先ほどの牽制とは意味合いが違う。
開戦の合図だ。
「お喋りはこれまでだ。そろそろお帰りいただこう」
「ほう、帰してくれるのか」
「何を言う。あの世へ、だ」
充分すぎるほど情報は引き出した。静矢が武器を構えれば、他の面々も戦闘態勢へ移行する。
「もう話は終わりかな? それじゃ、遠慮なく行こうか。あの世へは逝かないけどね」
ハルルカが駆け、撃退士が一斉に散る。
全員が一カ所に集まっていては、雷でまとめてやられかねない。相手の狙いを分散させようというのは、彼女らに染みついた撃退士としての勘が告げたことだ。
判断は間違っていなかった。
今まで撃退士たちが立っていた位置に雷が落ちたのだ。もしもその場に留まっていたら、間違いなく大きな傷を負ったことだろう。
最も早く玄朗の下へ辿りついたのは沙希だった。
相手はシュトラッサー。天界の存在だ。
対して撃退士たちは、そのほとんどが冥界寄りの力を宿す。与えられる打撃は期待できるが、逆に相手の一撃が非常に重い。つまりは短期決戦になることは必至だった。
だから、初手で流れを作る。沙希はのっけから全開だ。
「……自分の子を、贄にしたのね。あなた、屑だわ」
極限まで、冥へと堕ちる。解き放たれた闘気は焔と溶け合い、魔の一撃へと連鎖する。
「そのように言った覚えなど――」
正面からの攻撃。シュトラッサーとして、見切ることは容易い。
ただでさえ、椅子の配置から進路が定められる。回避できる、はずだった。
そう。その視界が失わなければ。
「ぬ、何だ……ッ」
「残念、あたしでした」
瀬兎は己の身を隠しながら、己の射程にまで潜り込んでいた。発した風の刃が小さな霧を巻き起こし、玄朗を襲ったのだ。
目を奪われた玄朗。今ならば、届く。
「……だったら、本当のことを、引きずり出す! く、ぁぁああああッ!」
沙希の腕に装着された杭が、玄朗の左肩を貫いた。
弾け飛ぶ血しぶきが髪にかかろうと、沙希は気にも留めない。
生まれた隙を見逃すまいと、撃退士たちは並ぶ椅子を蹴り飛ばす勢いで肉迫した。
「波状攻撃といこうか。文字通りにね」
星の煌きを宿したかのような刃を振るったハルルカ。その剣先から衝撃波が生まれ、玄朗へと飛ぶ。
未だ視界を奪われたままの玄朗。その胸に攻撃を受け、呻きと共によろめいた。
「攻撃を絶やさぬよう、いきます!」
続いた沙耶が攻撃態勢へ移る。
が、位置関係を把握するのは、何も目だけを頼りにするものでもない。耳から割り出すこともまた可能なのだ。
玄朗が腕を向けた先。それは沙耶の方だった。
「次は、そこか」
とはいえ、正確ではない。前後の位置が若干ずれる。
だが動きを止めるには充分。余波を食らわぬよう沙耶が伏せ、行動を潰される。
玄朗の至近にいた沙希はというと、連撃を繰り出す前に蹴り飛ばされた。
ガタガタと椅子が音を立てて弾ける。その影に身を潜めていた瀬兎もまた足を挟まれ、もんどり打った。
「あいつ、肩に穴空いてんのに、やるな……」
ハルティアが冷や汗を流す。
目を潰せばある程度の優位は確立できるはずだが、そう易々とはやられてくれない。
とはいえあれだけ大きな傷を負っているのだから、かなりダメージが通っているはずだ。
「攻撃を続ければ必ず押せるはずだよ」
「もう一度!」
一撃の重みはお互い様。継続的に攻撃できた方が有利のはずだ。ハルルカが再び封砲による衝撃波を繰り出し、沙耶が畳みかけんとする。
ようやく視界が回復したらしい玄朗。瞬時にその動きを見てとり、反撃へと移る。
雷が狙うのは、ハルルカだ。
「させるか!」
静矢が庇いに動く。
剣を振り上げたハルルカを押し出し、頭を盾で守る。
轟音と共に盾がスパークし、全身を貫く衝撃に苦悶の声を上げる静矢。
しかしそこにチャンスは生まれる。
距離を詰めた沙耶の一撃が、玄朗の胸の傷を捉えていた。
「続けてどうぞ!」
「隠れたからって忘れられちゃ困るな!」
これに続き、瀬兎が辻風を放つ。
が、これはステップでかわされた。
態勢を立て直した沙希が追撃をかけんとしたが、それは眼前に落ちた雷によって阻害。
ここへ攻撃を加えるためにハルティアが飛び出すが、途端、何かが頭を打った。
雷をくらったかと思い込んだハルティアが思わずしゃがみこむ。が、そうではなかった。目を開けると、そこには石版が転がっている。
「お前たちの実力は分かった。今回はこれまで、だ」
「おい、何だよこれ、この石版、どういう意味だよ!」
傷は決して浅くはないはず。にも関わらず、玄朗は不敵な笑みを浮かべている。彼は石版を投げよこすことで、戦闘を放棄した。
ハルティアが問いかける。
この石版、小屋でも、そして洞窟でも手に入れた。いずれもサーバントが所持していたもので、これまでの話の流れから、玄朗と無関係とは思えない。しかしその意味は全く以て不明。石版に記された文字の意味とは、何に使うのか、そもそも何故この石版が存在するのか。
「使い方のヒントは、既に得たはずだ。その先は、己らの目で確かめるが良い」
「待て、まだ話は終わっていない」
まともに答える気はなさそうだ。去ろうとする玄朗に、静矢が待ったをかける。
往々にして、こういった場合は待ってくれない。ちら、と視線を揺らした玄朗は、傷なき腕を掲げる。
「逃がさないよ。雷使いに、黒い雨の贈り物だ」
「遅い!」
地を蹴り、ハルルカが黒雲を纏わせた剣を突き出す。が、切っ先が玄朗へ届く前に、雷が炸裂した。
個人を狙ったものより遥かに大規模なそれ。教会内部が白の世界へと塗り替えられる。
強烈な閃光は視界を奪い、轟音は仮初の静寂を生んだ。
撃退士たちの耳に響くのは、キーンと耳障りな音ばかり。これが収まり、目が利くようになるまで数十秒の時間を要した。
最初に静矢が目を開いた時、そこに玄朗の姿は既になかった。
「逃げられたか……。皆、無事か?」
「え、何て?」
「無、事、か?」
ゴシゴシと目をこするハルティアに、静矢の声はほんのかすかにしか聞こえていなかった。
分かりやすく一音ずつ区切る静矢だったが、様子を見るに大きな怪我をした者はいないようである。
状況を把握すべく目を走らせれば、雷が落ちたと思しき地点では椅子が二脚ほど消し炭になっている。そして猟銃を持った男の死体も消えていた。
「……くっ、やられたわ」
苦虫を噛み潰したような表情で沙希が呟く。
「それでも痛手は与えたのだし、上々じゃないかしら」
沙耶がフォローを入れるが、沙希の心は晴れない。
しばらくそっとしておいた方が良さそうだ。
「それより、あの玄朗という人、去り際に緋伝さんを見ませんでしたか?」
「あれ、そうだったの?」
思考を切り替え、沙耶は玄朗の行動を振り返る。
最後の雷を放つ直前、玄朗は瀬兎の方へ視線を走らせたように見えた。当の瀬兎は気付かなかったようだが。
「ふむ、何か意味があるのだろうか」
顎に手を当て、ハルルカが考え込む。
最後に瀬兎を見たのは、もしかしたら気のせいかもしれない。が、そうでないとしたら、そこにどんな可能性が見えてくるだろうか。
頭の中で、玄朗の行動を遡る。
雷を放つ前、瀬兎へ視線を走らせた。その前から玄朗は去ろうとしていた。さらに直前に会話した内容が石版について。
その時の言葉は、確か……。
「あいつの言ったヒントってのを、緋伝が持ってるってことじゃね?」
思い付いたままに、ハルティアが口にする。
石版についてのヒントを、撃退士たちは既に手にしていると言っていた。
ヒントとは何か。それを瀬兎が所持しているということなのだろうか。
「でもあたしが持ってるのなんて、この日記くらい……」
「その日記がヒント、という意味ではないか?」
小屋から持ち出した最新の――2008年のものだが――日記を取り出す瀬兎。そこに静矢が意見する。
日記に、石版に関する何らかのヒントがあるということだろうか。
「今手に入れた石版を見ても、何か思い付くかもしれないわね」
沙耶の言葉に、ハルティアが投げつけられた石版を椅子の上に置いた。
一緒に、小屋と洞窟で手に入れた石版も取り出す。
小屋で手に入れた「破」sinnsatamuewogeの石版に、洞窟で手に入れた「露」tatemerunimekasauの石版。そして、今手に入れた三つめの石版。
並べてみれば、何かが見えてきそうな気がする。
「……何か、わかった?」
「もう少し待って。何か、何か見えそうなの……」
少々気が落ち着いてきたらしい沙希が、石版の並ぶ椅子の方へ顔を出す。
うーんと唸る沙耶。石版の文字に、何か法則が見えそうな気がするのだが、それを見出すのにはもう少し時間がかかりそうだ。
「石版の謎もそうだが、逃げた玄朗も負わねばならないな」
「どこへ逃げたのだろうね。教会を出たようには見えないし。男性の死体を抱えたまま、透過能力で外へ出ることは叶わないだろうからね」
静矢が今後のことを口にすれば、ハルルカが思考を切り替える。
今の時点で森を抜け、行方不明者は全員死亡していたと報告すれば依頼自体はそこで終了だ。しかし、このまま玄朗を放っておくわけにはいかない。
何しろ彼はシュトラッサー。後から村やその周辺に危害を加えないとも限らないのだ。
可能ならば追跡し、倒してしまいたい。
だが玄朗が教会を出た形跡はない。内部に身を潜めていると考えても、その気配はなかった。
「まさか、あの小屋みたいに地下室があったりしてな」
冗談のつもりで言ったハルティア。だが、周囲は冗談とは受け取らなかった。
「可能性はありますね」
「うん、あるかも」
「……そう考えれば、しっくりくる」
沙耶、瀬兎、沙希が頷く。
が、地下へ逃げたのならば、追跡手段さえ得られればいつでも倒しにいける。
先に石版の謎を解いた方が良さそうだ。