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マスター:追掛二兎
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/08/10


みんなの思い出



オープニング


 今日は、報告しなくてはいけないことがあります。
 つい先日、私は、撃退士として初めてのお仕事をしました。
 お母さんは、私にそんなことはしてほしくないと思っていたみたいだけど、
 それでも、私にとっては大きな一歩でした。
 ……といっても、実際は、仲間の足を引っ張るだけでしたけど。
 撃退士になるって、思っていた以上に大変なことでした。
 でも、あきらめようとは思いません。やめようとも思いません。
 だって、友達ができたから。
 きっと私には縁がないと思っていた人と、友達になりました。
 あ、心配しないでね。相手は女の子だから。
 すごく活発で、私とは住む世界が違うような人です。
 この人は、私を応援してくれました。
 だから、この人が応援してくれるかぎり、久遠ヶ原でがんばってみようと思います。


 待ちに待った報酬が振り込まれた。
 小倉舞が初めての仕事で得た報酬。喜びもひとしお。
 このお金の使い道は、贅沢をするためのものではない。生活費だ。
 心もとない資金が、ほんの少しだけ潤った。
 ひとまずは、生きていける。
 本来ならば貯金をして、離れて暮らす母を迎えたいのだが、その道のりを進むために、まず自分の生活を安定させねばならない。
 この日は平日。授業が終わったらお金を降ろして、ここしばらく米と海苔の佃煮だけで過ごした日々に別れを告げよう。三菜一汁とまではいかなくとも、おかずのある食事が待っている。
 そう思うだけで、舞の心は躍った。

 ――放課後。
 授業を終えた生徒達は、次々に教室を後にする。
 その流れに合わせて帰ろうと席を立つ舞。が、三つの影が彼女を取り囲んだ。
「あ、え、と……何、かな?」
 三人の少女に見覚えはある。クラスメイトだ。一人一人の名前を思い出すには、少し時間がかかりそう。
 舞がうろたえるような口調であるのには、ちゃんと理由がある。
 目の前の三人は、責め立てるような、睨むような目つきだったのだ。
「アンタさ、この間、道子の代わりに依頼受けたでしょ?」
 そういえば。
 この三人は野極道子とよく一緒にいる女の子たち。
 野極道子とは、先日依頼の参加枠を舞へと譲った人物であり、このクラスで初めての、舞の友人でもある。
 彼女らの言うことは、間違いなく事実。
 だから舞はおずおずと頷いた。
「じゃーさ、依頼の報酬は、とーぜん道子のだよね?」
「えっ、だって実際に仕事したのは……」
 別の少女がとんでもないことを口にする。
 本来は道子が受けるはずだった依頼を、舞が代わった。しかし、その報酬は全て道子のものだというのだ。
 まるで、意味が分からない。
「カンケーないから。だって、道子が譲ったのって、依頼の参加枠だけだもん」
「枠……だけ?」
「道子にそう聞いたし。仕事したかったから、仕事させただけだって。つーことは、報酬は道子のじゃね?」
 何かが、おかしい。
 確かに、仕事を代わった。仕事がしたかったから、させてもらった。
 そして道子は――報酬までくれるとは、言っていない。
「でも……」
「ほら、行くよ」
 何か反論しようとするが、三人の少女は舞の肩を掴むようにして教室を出た。
 連れられた先は、コンビニのATMだ。報酬を全て引き出せ、とのこと。
 実際に仕事をしたのは舞。だが、それは代理。道子の代理だ。道子が報酬を得るべき仕事を、舞が代わりに……。
 何が正しいのか、分からない。思考が頭の中でぐるぐると回って、気がつけば、報酬を全て引き降ろしていた。
 封筒にお金を入れ、コンビニを後にする。そして、外で待つ少女達に手渡した。
 彼女らが、道子へ報酬を渡すらしい。
 本当にこれで良いのか? 自分に問いかけても、答えは出ない。
「でさー、道子はこれで新しいバッグが欲しいらしいんだけどー、ウチも新しいの欲しいんだよねー」
 封筒を鞄にしまった少女は、唐突にそんなことを口にした。
 何故、ここでそんな話が出てくるのか。
 不思議で仕方がない。
「ちょうど、そこの店に出てる、あの白いヤツがいいなー。ね、小倉さん、パクってきてよ」
「え、えぇっ!?」
 少女は、とんでもないことを口にした。
「できないの? サーバントを殺す仕事はできたのに?」
「で、でも、私が直接やったわけじゃ……」
 発言の全てが、舞の常識を超えていた。
 こんなに軽々しく万引きを指示するなんて、その罪深さを、サーバント討伐と比較するなんて。
「誰が殺したかなんてカンケーないじゃん。つーかさ、できるよね? サーバントを殺しにいけたんだから、パクるくらいなんでもないよね?」
「やれっつってんの!」
 少女は舞の背中を突き飛ばした。
 たたらを踏んだ舞が振り返ると、少女達は物陰に身を潜めてしまった。
 店を見る。店員は他の仕事に夢中で、店先に出ている鞄に注意が向いていない。
 やるなら今しかない……けど、こんなことをして許されるはずがない。
 でも……。
 ここで何もしなかったら、後であの少女達に何をされるか分からない。
 怖かった。
 恐ろしかった。
 盗んだ方がマシだと、そう考えてしまった自分が。
 気がつくと――。
「っ!」
 舞は白い鞄をさりげなく手に取り、徐々に店を離れ、見つかっていないことを祈りながら駆け出した。


 翌日のことだ。
 白い鞄は、あの少女の手にある。
 だが、あの白い鞄が盗難品であることは、すぐにバレた。
「近藤、お前が持ってるその鞄、万引きされたものと同じらしいが、どうしたんだ?」
 担任教師が、あの少女――近藤恵美に問いかける。
 コトは学級裁判が開かれるほどに大きくなっていた。
 その場には、当然舞もいる。
 問い詰められて焦るかと思われた恵美。しかし、彼女が口にしたのは、やはりとんでもないことだった。
「え、これは昨日、小倉さんにもらったんだよ? いらないからあげるって言われてさー、キレイな状態だったし、カワイイ鞄だったからついもらっちゃったけど、まさか万引きされたものだったなんて知らなくて」
 それは、罪を舞に押し付ける言葉。
 しれっと、悪びれもせず、何でもないような素振りで、彼女は口にする。
 クラス中の視線が舞に集まる。
「分かった! アンタ、万引きがバレそうになって、ウチに罪を被せようとしたんでしょ!」
 恵美が叫ぶと、いよいよクラスメイトの目つきが厳しいものになっていった。
「小倉が? マジかよ……」
「そんなことするようには見えねぇのに、見かけによらねーな」
「おい、サイテーだぞ小倉!」
 教室に、舞を責める声が溢れる。
 違うと反論しようにも、実際に行動したのは他ならぬ舞だ。
 何とか、この場を切り抜けたい。それは恵美に仕組まれたことだと言ってしまいたい。
 しかし、その証拠がどこにある……?
 狼狽する舞にトドメを刺したのは、他ならぬ担任であった。
「小倉……どうして盗んだんだ?」
 公平に判断すべき担任ですら、舞が犯人であると信じている。
 確かに、実行犯ではある。しかしその裏にいるのは、舞をそうさせたのは、そこにいる恵美だというのに。
「ち、違う……」
 否定する言葉は掠れ、漏れた声は力なく、胸に膨れる罪悪感。
 逃れたい。逃げ出したい。
 自分じゃない、悪いのは自分じゃない。
 でも、確かな言葉にはならない。
「私じゃないよぉっ!」
 気がつくと叫んでいた。
 どこでもいい。この場から逃げ出したくて。
 荷物も持たず、彼女は、教室を飛び出した。


リプレイ本文


 その日、凪澤 小紅(ja0266)は友人に会おうと考えていた。何がしたいとか、話したいとか、具体的な用事があったわけではない。ただ会ってみようと考えただけのこと。
 友人というのは、小倉舞のことだ。
 向かった先の教室からは、異様な様子を感じ取ることができた。生徒たちが集まって、何やら話し合っている。
 ただごとではない。小紅は聞こえる声に耳を澄ました。
「小倉が万引きするなんてな」
「逃げちゃったしね。誰か連れてこれないの?」
(……どういうことだ、舞が、万引き?)
 信じがたい会話だった。
 小紅の知る舞は、万引きをするような人物ではない。
「何をしている?」
 その時、小紅に声をかけてきたのがキャロライン・ベルナール(jb3415)だ。彼女も舞とは友人であり、かつ小紅とも面識がある。
「舞が……万引きをしたという話だ」
「なんだと?」
「……私は詳しい話を聞いてくる」
 短く、こっそりと会話し、小紅は教室へと入った。
 その背を見届けたキャロラインも、気が気でない。
 舞が万引きをするはずがない。それは彼女の性格に起因するものだけでなく、別の違和感もそこにあった。
 アレを探せば、違和感の正体がハッキリする。キャロラインは急ぎ自宅へと向かった。
 教室では、小紅がクラスメイトや担任から事情を聞く。
 小倉舞が万引きをしたこと、そう考えられる理由、店員が万引き直後の舞の後姿を目撃したこと、など。
 これを廊下で聞いている者があった。
(腑に落ちないですねぇ)
 吾妹 蛍千(jb6597)だ。同学年の子が万引きしたという話を耳に、その真相に興味を抱いて話を聞いていたというわけだ。
 彼が抱いた疑問は、小倉舞なる人物が万引きをしたと決めつけているように聞こえたこと。
 ……確かめよう。
 そうして蛍千も教室へと入った。
 が、目新しい情報は特にない。
「あの、先輩?」
「私か」
 ならば、これから調べるしかない。
 蛍千は小紅に目を向けた。
「ええ。その小倉君の、知り合いなのですよねぇ?」
「そうだが……」
「なら調査に協力させてくださいよぉ」
「すまない、助かる。私はこれから舞のところへ行く。場所は教えておくから、後から来てくれ」
 二人は後に舞の部屋で合流することを約束し、部屋を出る。
 殊に小紅は、持てる力の全てを費やして走った。舞が置き去りにした鞄を手に。


 舞の寮は学校から少し離れた場所にある。
 この寮の前を、クルティナ・L・ネフィシア(jb6029)と青柳 翼(ja4246)はぶらついていた。何の気なしに散歩していた、といったところか。
 だから、遭遇は偶然。
 二人の目の前で、一人の少女が泣きながら寮に飛び込んだ。
(今の子泣いてた……何かあったのかな……)
 クルティナが小首を傾げる。
 無視することは容易いが、何だか放ってはおけないような気がして、寮を見る。
(女の子が泣いてるのは穏やかじゃないな〜、どうしたものか……)
 同じく翼も、涙の少女に気を取られ、歩を進めることはできずにいた。
 翼とクルティナは、特に接点があるというわけでもない。ただの通りすがり。
 だがその様子から、感じたこと、考えたことは同じと察知して、互いの顔を見合わせた。
「今の子、知ってる?」
「さあ……」
「どうしたんだろうね」
 今の少女――舞について、放っておけないという意見は一致。しかし、何をどうしたものかと考えると、何も思い付かない。
 と、そこへ。
 とんでもない速度で迫りくる少女があった。小紅だ。
「あ、あの……」
 声をかけようとする翼だが、小紅は取り合いもしない。無言のまま、寮へと駆けこんだ。
 いったい何があったんだ、としばし呆ける二人であった。


 万引きがあった店に、蛍千の姿はあった。
 彼は、万引き犯の目撃証言をはっきりさせようと思ったのである。
 実際に盗まれた鞄の形は、覚えている。あの教室にいた恵美という生徒が持っているものが、それだ。
「あ、この鞄いいなぁ」
 店員さんに聞こえるよう、声を出す。
 手に取った鞄は、盗まれた鞄の色違い。
 これを聞いた店員は、すぐさま飛んできた。
「気に入っていただけましたか?」
「うん。でも、これと同じので、白いのがほしいなぁ」
 蛍千がさりげなく口にすると、店員はバツの悪そうな顔をした。
 白の鞄は、盗まれた鞄だからだろう。
「すみません、今在庫が切れてまして」
「売れちゃったんですかぁ?」
「いえ、その、まぁ……そんなところです」
 歯切れの悪い店員。
 まさか、いきなり万引きの単語を出すわけにもいかず、蛍千はじっくりと話すことにした。


 小紅は舞の部屋をノックした。
 教室から逃げた彼女の行き先は、自室以外に考えられない。万引き犯の疑いをかけられて、外をうろつこうとは考えないはずだから、だ。
 しかし返事はない。
 そっと扉に耳を当てると、中から鼻をすするような音が聞こえた。舞はそこにいる。
「舞、いるんだろう? 私だ。小紅だ」
 それでも返事はない。
「開けてくれないか、舞。顔を見せてくれ」
 数秒。
 迷ったのだろう。戸惑ったのだろう。
 そして、静かに解錠音が聞こえ、扉が控えめに開いた。
 俯いた舞が、そこにいる。
 後は小紅の手で扉を開き、中へと入る。
 そして無言のまま、舞の肩を抱いた。
「ヒドイ顔だな。ヒヨコが怖がって逃げちゃうぞ」
 涙でぐちゃぐちゃになった舞の頬を撫でる。
 舞は何も言わず、黙っていた。額だけを小紅の体に預けた。
 その間、小紅は舞の部屋を見回す。
 テレビも冷蔵庫もない。飾りっ気のない、殺風景な部屋だ。年頃の女の子が暮らす部屋にしては、あまりにも寂しい。
 察した。舞はかなり貧しい生活を送っている。おそらく、食事もまともとは言えないのだろう。その手に抱いた舞の体は、あまりにも骨ばっていた。
 どれくらいの間、そうしていただろうか。ふいに、部屋の扉がノックされた。
「みずほか?」
 そう問い掛けると、扉の向こうから長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)の声が返ってきた。彼女は小紅の親友。ここへ来るまでの間、簡単な顛末を彼女へと連絡し、来てもらうよう頼んでおいたのだ。
「わたくし以外にも、何人かいらっしゃいますけども……」
 そう返してくるみずほの言葉を受け、小紅は舞に小さく問いかける。
 入れてもいいか、と。
 舞は返事をしなかった。言葉を持たぬ人形のようであった。
 そっと頭を撫でてやりながら、小紅はみずほらを部屋へと招き入れる。
 部屋を訪れたのは、みずほの他にキャロライン、翼、クルティナ、蛍千といったメンバーがそろっていた。
 全員が寮の前でそろい、翼とクルティナはみずほに事情を聞いて、そして部屋を訪れた次第である。
「舞さん、お茶にいたしません?」
 みずほは部屋に入って開口一番、そう言った。
 ティーセットを持参したみずほは、紅茶をふるまうことでまずは舞を落ちつけようと考えたのである。
 一つ誤算だったのは、ここに集まった人があまりに多かったこと。舞と、小紅と、蛍千、それから自分の、四人分のカップしか用意していない。仕方なく、みずほは一人分の紅茶を淹れ、座らせた舞の手に乗せた。
 舞は顔を上げぬまま、掌に乗るカップに視線を落としている。
 その隣に小紅が座り、背中をさすっていた。
「せっかくみずほが淹れたんだ。飲むといい」
 小紅がそう言うまで、舞は紅茶に口をつけることはなかっただろう。
 弱々しくカップを持ち上げた舞は、控えめに一口、紅茶を口に含んだ。
 それを確認した小紅は立ち上がり、蛍千を部屋の外へ連れ出した。


「どうだった?」
 小声で伺う。
 蛍千は万引きがあったという店を調査してくれたはずだ。
 何か成果があれば良いのだが。
「万引きがあったってのは本当かなぁ。ただ、それが小倉君のやったことかどうかは、ハッキリしなかったねぇ」
「店員は、舞の顔を見たのか?」
「多分見てないんじゃないかなぁ。具体的な話は聞けなかったけどぉ、小倉君の顔を見てれば、学校の方でも小倉君一人を呼びだして話をするはずだしぃ」
「それもそうだな。分かった、ありがとう」


 情報交換を終えた二人が部屋へ戻ると、丁度翼が舞に声をかけているところだった。。
 みずほや蛍千から聞いて、翼は舞に何があったかを知っている。だが、それは敢えて知らないことにして、舞の言葉を待っていた。
「女の子が泣いているなんて放っておけなくてね。何があったんだい?」
 しばらく、舞は口を開かなかった。ただ一口飲んだだけの紅茶に、ずっと視線を落としている。
 涙が流れている様子はない。落ち着いたのか、枯れ果てたのか。
 小紅も、みずほも、キャロラインも何も言わなかった。ただ、舞の正面に座らないようにだけしながら、言葉を待った。
「私、万引きの……犯人、なんだって」
 分単位の時間を経て、舞はようやく口を開いた。
「疑われているのかい?」
 また舞は黙った。
 小紅ら、舞と面識のある三人は気が気でなかった。舞が万引きなどするはずがないと信じていた。
 犯人ではない。そう言ってほしかった。そう言ってほしいと祈った。
 しかし……。
「やりたくてやったんじゃないよ」
「嘘だ」
 思わず、キャロラインが口にした。
 そして、鞄から数枚の紙束を取り出す。
「ここに証拠がある。先日、舞と共にこなした仕事の報告書だ。その報酬は昨日振り込まれた。舞は私達と共に依頼を達成し、報酬を得ているはずだ。資金に余裕が出たはずなのに、万引きなどするはずがない」
 誰の耳にも、舞の言葉は自白として聞こえた。万引きしたことを認めたも同然なのだ。
 だがキャロラインは反論する。事実への反論だ。
 鞄が欲しかったなら、盗まずに買っただろう。何故なら、鞄一つ買うくらいのお金は、既に振り込まれた後なのだから。
 この話に、小紅とクルティナはそれぞれ別の違和感を抱いた。
 小紅が抱いた違和感は、舞の言葉には「万引きせねばならない状況に置かれた」という意味が含まれていること。舞の意思によるものではない。では何がそうさせたのか、というもの。
 そしてクルティナの違和感は、この部屋にある。見るからに殺風景なこの部屋からは、舞が生活に困窮していることがよく感じ取れる。報酬が入ってもなお困っているというのなら、鞄は盗んですぐに売り飛ばしたはずではないだろうか。蛍千から聞いた話では、盗んだ鞄はクラスメイトに渡したということである。合点がいかない。
「私は……」
 それでも盗んだ。
 そう続くであろう言葉を、小紅は黙って聞いていることができなかった。
「そうか、辛かったんだな」
 また肩を抱いて、撫でてやる。
 舞の手の上で、カップと皿がカタカタと音を立てた。紅茶はすっかり冷めてしまっている。
 罪を認めた少女は、声だけを漏らして泣いている。
「……大方のことは分かったよ。でもね、このまま此処に居ても舞ちゃんの扱いが悪くなる一方だよ」
 そう言って、翼は立ち上がった。
「思い切ってお店や関係者に謝りに行かない?」
 言葉を添えて。
 しばらく舞は動かなかった。動けなかった、が正確だろうか。
「舞。辛いが友人として言わせてもらう。このまま部屋に閉じ籠っていても事態は好転しない。むしろ悪化する。無責任な噂に尾鰭がついて、より窮地に立たされるぞ。理由はどうあれ、万引きをしたならば、出る場所に出て話せることを全部話した方がいい」
 小紅に背中を押されて、舞はようやく頷き、立った。
 どんよりとした空気は、まだ晴れない。
 そこでみずほは、パチンと手を鳴らした。
「そうでしたわ、わたくし、舞さんに一つお願いがありまして、参りましたの」
 伺うように目だけでみずほを捉える舞。
 みずほは、場違いなほど明るく、にっこりと笑んでいた。
「明日、わたくしのボクシングの試合に、応援に来ていただけません?」
 唐突な頼みだった。ボクシングを嗜むみずほは、近々試合を控えているという。
 こんな時に何を、と非難される覚悟はある。だが、それでも、だからこそ、頼んだのだ。
「特等席を用意しておきますわ。是非いらしてくださいね」
 一方的に頼むだけ頼むと、みずほはティーセットを片付けて出ていってしまった。
 その背中を見送りながら、舞はぼそりと何かを口にした。
 小紅が顔を寄せる。すると舞は、もう一度だけその言葉を繰り返した。
「紅茶……美味しかった」


 その後、舞は学校へと顔を出し、翼や小紅の引率の下、鞄を持って店へ謝罪しに行った。
 教室には、舞の担任とクルティナがいる。
「あの子は……実行犯……かもしれない……」
 彼女の言葉を、担任は黙って聞いている。
 どうしても、クルティナには伝えておきたいことがあったのだ。
「でも……きっと……仕組んだ人が……いる」
 それは、事件のあらましやキャロラインの報告書を受けて抱いた違和感であった。
 舞は誰かに万引きを強要された。
 そうでなければ、あの状況で万引きし、それから泣き続けるようなこともないはずである。
「黒幕の予測は……つくはず。でも……それを……大事にしないで……」
「それは約束しよう」
 言葉を受けて、担任は短く言葉を切った。
 クルティナとしては、恐らくどこかにいるであろう舞に万引きを強要した人物を警戒したつもりだ。この黒幕が公になれば、舞がどのような仕打ちを受けるか分かったものではない。
 だが……。
 クルティナの言葉は、担任の心をどのように動かしたのだろうか。


 翌日。
 約束通り、舞は小紅に連れられてみずほの試合を観戦していた。
 店に謝ると、店主はすぐに許してくれた。ちゃんと謝ってくれたならそれでいいと言ってくれた。それで幾分か、舞の心は救われていたのだ。
「あれ、みずほさん、怪我してるの?」
「ああ。仕事でな」
「そんな、危ないよ……」
「いいから見ておけ」
 リングへ上がったみずほの姿に、舞は驚嘆する。
 腕や足に包帯が巻かれている。筋肉を引き締めるためのものでなく、明らかに怪我の治療として巻かれた包帯だ。
 それを、小紅は知っていた。それでもみずほは、試合に臨んだのだ。
 何故かは、舞には分からない。
 みずほの対戦相手は強かった。常に相手の優勢。
 何度かみずほがダウンした。その度、みずほはフラフラになりながらも立ち上がる。
(負けるわけには、いかないのですわ。あの子が見ているのですもの……!)
 ただそれだけを胸に、みずほは戦い続けた。
 相手と立ち位置が変わった時に、舞の顔が見えた。身を案じてくれる、心配そうな目だった。
(そんな顔をなさらないで。私は、貴女に、どうしても、勇気、を……)
 三ラウンド目。みずほの意識は、ほとんどない。
 審判が割って入り、試合は終了。みずほは敗北だ。それに彼女自身は、気づいてもいない。
 ただ、薄れていく意識の中、彼女は思っていた。
(舞さん……貴女は、きっと、戦えるはずですわ)


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:11人

繋いだ手にぬくもりを・
凪澤 小紅(ja0266)

大学部4年6組 女 阿修羅
『力』を持つ者・
青柳 翼(ja4246)

大学部5年3組 男 鬼道忍軍
心の受け皿・
キャロライン・ベルナール(jb3415)

大学部8年3組 女 アストラルヴァンガード
勇気を示す背中・
長谷川アレクサンドラみずほ(jb4139)

大学部4年7組 女 阿修羅
魔群打ち砕く第一撃・
クルティナ・L・ネフィシア(jb6029)

大学部2年158組 女 アカシックレコーダー:タイプB
半熟美少女天使・
吾妹 蛍千(jb6597)

大学部1年273組 男 陰陽師