●大怪我なんて気にしない!
最適な場所を探せばクラクラと回る視線。
どれもが良いとも、悪いとも思えてしまう。これは負傷のせいだろうか?
「やってもうたな…まさかナイスなオツムまで…」
ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は目を抑え、血の滲んだ包帯を抱えて唸った。
具体的に言うと三回転半の捻りを入れ、写真目線で決める。
「アホっ撹乱魔術の影響だ。地図でも読んで判断してろ」
「わーってるちゅーに。こんな体やけどできることはきっちりと…や」
ズキズキと痛む体を抱えるのは同じことだと、ミハイル・エッカート(
jb0544)がゼロにツッコミを入れると…。
彼は余裕のよっちゃんでーすと言わんばかりに、ケロリと地図に描いたマーカーを見せた。
事態は悲観しても変わらないのだ。瀕死な時こそギャグの一発もかまして気楽に行こうじゃないか。
「痛みなんてのは脳内麻薬で何とかするものだぜ。ギャグなんて心の麻薬に頼らなくてもな」
「をおうっ。心の麻薬ゆうたら…ゴホンゴホン。まあええわ、本題に入ろか」
ミハイルとゼロは掛けあい漫才を終えた後で本題へ。
ごほんと咳をして、気分を切り替えた所で状況と方針を再確認する。
大規模戦闘で思わぬ負傷を抱えてしまったが、問題ないか…どうかだ。
「こんな体だが俺らもプロだ、気にしなくて良い。反撃が問題なら姿すら現さずに追い詰めてやる」
「それで構いません。相手の保険を逆用すれば退けるだけなら難しくありませんし」
ミハイル達が遠巻きで挑むという話に、雫(
ja1894)は足元の石を六つほど拾った。
魔法陣を示す大きな石とそれを守る二つの存在、それが二か所に別れて三角形が向かい合っている。
「保険…。なるほど重要ポイントを分散させて時間を稼いでるみたいですね。でも、あくまで重要なのはどちらかの魔法陣を砕くこと」
「はい。どちらでも良いのですし、極論、天使もサーバントも倒さなくて良いのです。ですが…」
ユウ(
jb5639)は雫が何を言いたいのか理解して、魔法陣を示す大きな石の片方(ジャミングの基部側)を転がした。
それで十分。撃退士にとっては確実に排除できるし、天使からみても時間が稼げるなら無用な抵抗もすまい。
だが雫はその段階で少しだけ額に皺を寄せた。魔法陣を壊しても術者が無傷では意味が薄いのだ。
●互いの想定
ついっと天使を示す石を、もう片方の大きな石(術コスト削減側?)に寄せる。
「今後も考えれば、何処までアブサールに付与を使わせるかが、この戦いの肝になります。絡め手というのは居るだけで厄介ですからね」
「なるほど、搦め手で来る相手だからこそ、ですか…」
倒しきれるのが一番ですが。と告げた上で、雫は適当な所で天使が無理せず撤退するだろうと推測した。
長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)は絡め手使いのしたたかさに思い至る。
必要ならそちら側でもう一度ジャミングや、あるいは別の術を唱えかねないのだ。
となればする事はただ一つ!
「それならば、正面から音をあげるまで打ち倒すのみですわ!間接的な相手にはそれが一番有効です」
みずほはバシンと掌と拳を打ち合わせた。
力ずくのブルファイトをテクニカルな戦法で封殺するような相手には、スピードで押し込んでいくのがセオリーだ。
テクニックを発揮する前に、目的を絞って突き進めば良い。
「要は魔法陣の耐久力に、天使とサーバントの体力が上乗せしていると思えば良いのですね?その上で押し込んでいくと」
「ええ。方向はシンプルに、向かう道筋は可能な限り用意しておく。それが勝利の鍵ですの」
ユウがそれまでの話をまとめると、みずほは頷く。
天使を倒しその後で魔法陣を壊す。もし、先に魔法陣が確保できれば壊しながら天使にも攻撃する。それだけの事だ。
「なるほど、と言う事は無理にゴーレム型と戦わなくて良いんですね。なんだか得した気分です」
「そういう話なら、自分は全体の把握を先に努めさせてもらうよ。相手の行動と、周囲の状況をね」
最悪二連戦もあるかなーなんて懸念していたレグルス・グラウシード(
ja8064)はホっと一息をつき、対してキイ・ローランド(
jb5908)は為すべき事を見つけた。
その状況での優先順位を判断して、全員に伝えるよとキイは胸元の携帯をつつく。
赤い天使アブサールの能力は、工作担当とあって前線組の天使ほど知られてはいない。
「どんな手を打ってくるのか伝えるし、撤退された場合に備えて詳細を把握しておくよ。その分合流が遅れるけど、勘弁して欲しいな」
「問題ありませんっ。あの大きな亀さんを抑えるのは、僕の担当です」
キイの指差した携帯を見た時、レグルスは包帯を見かけ、あえて大きく笑った。
手に持った盾をガンガンと叩き、ムフーっと鼻息荒く決意を表明して見せる。
「(負傷された方が多いのだから…元気な僕が、がんばらないと!)」
そう言って手持ちの防御魔装を目いっぱい並べておく。
●トリシュール!
そして撃退士たちは作戦を開始する。
「さて、狙い撃たせてもらおうかしら。おじさま、準備はいい?」
アルベルト・レベッカ・ベッカー(
jb9518)は、天使を50m以上の距離を置いて天使を睨む。
アパートの階段ごしに仲間たちの配置を窺いつつ、射程距離の調整。
2m、4mと幅寄せた所で返信だ。
『こちらも配置についた。そっちが仕掛けたら、移動する間を埋めさせてもらう。怪我の心配なら大丈夫だ、無理も無駄しないさ。』
『せやせや万事まかしとき。相手にこっちの数と配置を、悟らせる必要あらへんからな。交代交代でいこかっ』
別口に待機したミハイルとゼロは、アルベルトと時間差・方向差を付けて撹乱する予定だ。
スナイパーが三人居るからといって、素直に3人同時に攻撃する必要は無いのだ。
即ち彼らは異なるタイミングで機能する三叉戟…トリシュールとなる。
三又の投げ槍が時に天使を牽制し、時に命を狙う刺客として迫るのだ。
「それだけ軽口が叩ければ問題ないわね。…と言う訳でこっちは良好。いつでも仕掛けて良いわよ」
『ではミッションスタートですね。必ずや魔法陣を破壊しましょう』
アルベルトが告げると、間髪いれずにユウの返事が返ってきた。
空気を切り裂く音と共に、向かいのコンビニから飛び出す少女の姿が見える。
階段途中に陣取ったアルベルトからは見えないが、音からすると低空を舐めるように飛んでいるのだろう。
「…平べったいようですが、防御時には陸亀状になるのでしょうか?いずれにせよ正面は危険そうですね」
ユウは思考と同じ速度で機動を変更した。
全力疾走しながら、亀型サーバントの頭の先を掠めて前足の位置に陣取る。
交差すると同時に肩へ重い手応えを感じながらも、拳銃の振動を抑えきった。
「中和に専念してこのレベル。やはり回避はともかく、素の防御力が高いようですね」
「ならば穴を開ければ良いのです」
ユウに合わせて雫は別の前足の位置に陣取った。
全力移動中にも関わらず避けきれない鈍重さであるが、その分、装甲厚が半端ない。
轟雷のような一撃を受けたにも関わらず、思ったより効いてない様子に、雫は使うべき技を選択し直した。
「…例え硬い甲羅を持っていようと、穴を開けてしまえば中身は脆い物。まずはっ」
雫の細い体が走り抜けた赤いアウルで軋み、足元のアスファルトが割れそうなほどの重圧が一点に掛る。
チラチラと降り始める雪さえ載せたまま、一見、ゆっくりに見える刃が深く深く亀に突き刺さった。
剣の白光がようやく追いつき、炎にさらされたかの如く雪が解けて行く。
『ほうっ貫通攻撃か。攻撃力は大天使クラスと見た、さて防御はどうかな?』
「くっ、態勢が…」
傷を付けた返礼は、亀からではなく騎乗する天使からやってきた。
赤い銅鞭が鞭のように伸び、全力疾走で態勢を崩した雫の頭に伸び、ガードが間にあわ…。
その時だ、高い音を立てて鞭が弾けたのは。
『間に合ったかな?』
「助かったのです」
アルベルトの放った銃弾が鞭を跳ね飛ばし、そのお陰もあって雫の手甲が間に合った。
受け止めた衝撃で少し痛むが、アブサールの攻撃はそれほど鋭くない。
態勢さえ戻せば、二回一回は回避できるだろう。
援護した本人は『成果』を確認する。
「今は余裕ポイけど…。強化系って事だし、時間を置くとマズイかな?」
アルベルトが放った本命自体は天使に直撃した。
このままなら、相手の攻撃を避けれるようだし問題ないか?
そう思った処でブンブンと頭を振って冷静さを取り戻した。
高レベルのアスヴァンをディヴァインが守る組み合わせと考えれば、今の能力は『下限』なのだ。
●赤き天使の力
後続も駆けつけ大亀を半包囲する形を作る。
「いかにも硬そうですわね…わたくしの拳が通用するかしら…」
みずほは少しだけ逡巡した後、アブサールと仲間を交互に比べてみた。
特に中央で、亀の水流ブレスを受け止めているレグルスを。
「何だか大きな敵ですが…負けません!僕の力が、役に立つならッ!」
「(あの天使が高レベルのアスヴァンと仮定して、効きそうにありませんわね。ならば狙うのはやはり亀…)」
みずほにはレグルスを気絶させる自身は無い。能力バランスや体力の差こそあれ、似たようなものだろう。
ならばと頭を切り替えて、無理は承知で当初の目的を貫き通す事にした。
亀の方も高レベルのディヴァインとしても、集団戦で全てを、いつまでも守り切れるはずがない。
防御が高いだけと判断して、息を整えた。
「どんな硬い敵でも…衝撃を透せば動きは止まるはずですわ!」
みずの拳が大亀の頭を横合いから強打する。
効かない?ならばもう一撃!
「どんな荒波であろうと、動きさえ止めれば…わたくしの拳で貫き通して見せますわ!」
「その覚悟、僕が守って見せます。僕の力よ!仲間の傷を癒す、光になれッ!」
亀の吐き出した津波のような魔力を抜けて、みずほが拳を連続で叩きつける!
体中に痛みが走るが、レグルスの唱えた治癒法術がそれを塞ぐ。
ようやく亀が動きを止めると、その一瞬を見計らって腕を降り抜いた!
その様子を離れた位置から、仲間たちは見守っていた。
「このまま行けるかな…。なら安心できるんだが」
ミハイルは一息に三射を放った後、物影を移動していた。
建物の影に入った所でダッシュして、攻撃位置を大幅に変えて悟らせない。
「ふっ、こんなところで死んでたまるか。どうせ殺されるなら俺が認めた美女がいい。今度はここから狙ら…?」
ライフルを構え直して銃口に捉えた所で、ミハイルの視界に赤い霧が亀や仲間たちの周囲を覆い始めたのが見える。
なんだあれは?
「さ、今日はじっくりネチネチとってやつや。好きなようにはさせへん……って。攻撃吸い込みおったで。こらアカンわ」
赤い霧は防御を向上させているのか、ゼロが反対側から放った銃弾の威力を削減した。
全てを防ぐような力は無いが、相手は元々防御の高いというのが厄介だ。これではこちらの狙撃が通じにくくなってしまう。
「キイ。そっちからの視点で何か判るか?」
『天使が亀の上に新しい魔法陣を敷いたんだけど…。あの力、みんなの防御も上げてるみたいだ。無差別だけど効率良い範囲防御…かな』
ミハイルの質問に答えながら、彼より前線に近いキイは以前の戦いを思いだした。
あの時は確か全員の体力を底上げし、大量の敵を運用していたはずだ。これが何を意味するのか?
戦闘よりも観察を重視していた事もあり、キイには冷静に考える余裕があった。
●マジカルブレイカー!
ややあって少年は結論と、深刻な問題に思い至る。
量と率を考えれば、無差別であっても相手の方が効率の良いのだ。
『無差別に効く魔法といっても、場所と状況を選べば済む話だ。…しまったな、大怪我さえしてなきゃ是が非でも倒しに行ったのに』
「…ということは次の手はこっちが得意でない魔法攻撃の上昇か?えげつねえ」
キイの推論を聞いて、ミハイルはげんなりした顔を浮かべた。
大量の雑魚が精鋭に、見習い天使が全て天使並みの実力を発揮するとあっては、呆れる他はあるまい。
ここで倒せるならチャンスであったろうし、怪我さえなければ…と思わなくもない。
『まあいいや。終わったことは仕方ないし…。新しい方は何とかしてくる。あたた、まさか大規模で怪我したままの出撃が響く事になるとはね』
「本命の方は任せとき。見えさえすればLock…on…!そこが空いたら…狙い撃ちや」
キイからの通信がぷっつりと途絶え、移動を開始したのだとゼロは思い至った。
亀の上に描いた魔法陣を破壊するつもりなのだろう。
その間に亀を仲間が倒してくれれば、本命を破壊するのはゼロ達の役目である。
『聞いての通りね。亀は頼んだわよ』
「ではそのつもりで援護しますね。場合によってはどちらの魔法陣も想定しておきます。私達が潰した時は天使の方をどうぞ」
アルベルトは弾丸に漆黒のアウルを込めて、その時を待った。
彼らの役目と射程を把握して、ユウはフォローに回るべく上空から撃ち降ろしに掛る。
「こちらも全力で参りますわ!5秒だけわたくしを守ってください…ませ!」
「了解です。孫亀からお爺さんまで三代で攻めて来たって、やらせません(`・ω・)!」
こうなっては生半可な攻撃は不要と、みずほは使い切った技を新しい物に入れ替える。
タイミングを合わせて一気呵成に出ようとする彼女の意図を悟って、レグルスは最前線に立った。
「攻めるなら一瞬で、ですね。例え弱まっていようとも。この手のタイプは何か起死回生の策を持っている可能性が高いですから」
雫はゆっくりと意識のリミッターを解除した。
隠している切り札もあるだろう、天使を倒しきれないのは仕方ない。
だが護衛と魔法陣を破壊するのは当然として、大規模魔術を使う体力を奪う必要がある。
「いくよ。きっとじゃない、間違いなく実行するんだ」
「「応!」」
そしてキイが放った矢は、勝利への鏑矢となった。
全員の力を結集し、城塞のような防御を粉砕、蹂躙していく。
『恐れ入った、あのレベルの防御を踏破するとはな!次はこちらから挑む番だ!』
「…これで、霧が完全に晴れると良いのですが」
飛び去るアブサールに仲間が数発の銃弾を射かけるのを雫は見た。
あの分なら大丈夫。ジャミングの霧も晴れるだろう。
「ああ、疲れた。別に俺が歳ってわけじゃないからな。少々調子が悪いだけ」
「言わなきゃ誰も気づかないのに」
寝っ転がって冗談を口にするミハイルに、仲間達は笑顔を向けた。
もぎとった勝利と情報だ、疲れが取れたら凱旋する事にしよう…。