●網目の囲い
「写真にある岩が見えた…。この辺が目的地かな」
日下部 司(
jb5638)は薫る潮風の向こうに、二つの大岩を見つけた。
教えられた通り、片方が浅くて片方が深い。
「出番ですね?よーし海だ! 夏だ! わんの出番がきたぁ〜〜!!」
「その前に一つ片つけないとね。……海辺での訓練か、余り機会がないし確りと訓練に打込んでいい汗をかいて、打ち上げを楽しみたいね」
天海キッカ(
jb5681)は船の上で準備体操開始!!
すこぶる元気な彼女に、司は笑顔で予定を告げた。
「判ってますよーザクザク片してしまいましょう。…ごめんね、クラゲさん。貴方たちの命は無駄にしないから」
キッカはそう言うと合掌したあと、気持ちを切り替える。
「綺麗な斜面状になってやがるな。これなら面白そうだ。効率的に海中訓練が出来るぞ」
「自分の能力に合わせて段階を分けれるのは良さそうですわね」
深い方の岩に到着した時、ミハイル・エッカート(
jb0544)は思わず口笛を吹いた。
長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)が言うように、無理しないペースで、泳いだり潜ったりを調整し易い。
「せっかくですし、ただの訓練で終わらせたくはありませんわ。自分の限界に挑戦し、少しでも幅を広げたいと思います」
「その辺は人それぞれだと思うけど……。きゃはァ、上陸作戦って語呂はなんか良い響きよねェ…訓練が楽しみだわァ♪」
みずほの真面目さに対して黒百合(
ja0422)は気楽な物だが、それでも手に蛍光ブイを持って積極的に手伝っている。
どうせなら楽しく訓練した方が正解であろう。
黒百合が網を持ち上げたところで通信が入る。
『こちら龍崎。探知圏内にクラゲらしき数が減りつつあるよ。一番減ったタイミングで行こうと思う』
『礼野、了解。地引き網班より先行しないと、完全隔離出来ないので。そろそろ動かせてもらう』
それは空中を移動して探知していた龍崎海(
ja0565)からの通信だ。
もう一隻の船に乗ってる礼野 智美(
ja3600)は、応えると同時に海へ飛び込んだ。
「こっちも準備OKだから先に楽しんで来ると良いわぁ」
「はいよ。海の天魔戦を考えて、流されない訓練でもさせてもらうわ。んじゃまた後で」
せっかちねぇ…とか言いつつも、黒百合はライトを灯して、網を次々に投下。
それをミハイルが網が絡まないように、あちら側では智美が調整して行く。
ほどなくして四角い大枠が出来上がった。
●網を引けぃ!
こうして陸地に借り上陸した一同は、地曳網をオペレーション。
「ワザワザ阻霊符を使用していますの?」
「ここは四国だからね。もしかしたら…、あのクラゲの中に野良眷属が混じっていたりするかも?って想定したつもり」
みずほの質問に海はアウルを灯したまま答える。
一応大丈夫なはずだが、念には念をと言うのもあるだろうが、本当の所は…。
「常在戦場の心構えと言う事ですわね」
「そう言う事。こういう訓練からでも心がけておけば、イザと言う時に習慣付けておけるから」
みずほは海の冗談の中に、本質的な重要さを確認した。
自分なりに考えて、ナニカを積み上げて行く事こそが、本当の意味での自己鍛錬に繋がるだろう。
しみじみと頷くと、みずほは『残り』のメンバーに声をかけた。
「と言う訳で、『今度こそ』準備はよろしいですか?…ええと、不安なので、キッカさんの方にお尋ねします」
「はいさーい。わんが腕によりをかけてグルグル巻きにしたんですよっ」
みずほが声を掛けた簡易更衣室からは、キッカに連れられてミイラ少女が現れる。
包帯の端をソレっと引っ張って、『良いではないかローリング!』を掛けると…。
「…うぅ。少し動きずらいっちゃ」
「何もつけずに飛び出ようとするからですよっ」
御供 瞳(
jb6018)が包帯の中から呼び出してきた!
なんと言うか生まれたままの姿で出撃しようとしたので、みずほが腹パンかまして止めた後、キッカが厳重包装したのだ。
今では胸元に丈夫な白布を巻き付け、ちょっとしたビキニになっている。
「ちゃんと褌くらいは用意したのに…うぅ。理解して貰えねえだ(旦那さまぁ、本当にどこにいるっちゃー。はよぉはよぉ見つけてくんロー)」
瞳はもっともらしい事を言って抗議するのだが、腰巻を水着と呼ぶ者は流石に居ない。
地曳網を使うには人数が少ないが、撃退士の体力ならば問題あるまい。
「力を合わせて引き上げるよ。何体か零れるだろうけど、探知は有効だから」
「数少ない男手だからね、女の子達に負けないよう頑張らないとだな!後は手網で個別に回収しよう」
海が音頭を取って縄を引くと、反対側で司がもう片方の縄を握る。
サポートには女の子たちが付き、一気に体重をかけ始めた。
「さあ、ここからが本番ですわ。全身を使って効率よく!」
「任せるだべ!」
みずほや瞳が力を込めて、急激に重量が掛った網を勢いよく引きあげる。
並みの人間ならば音をあげるクラゲ(殆ど水)の重量を、撃退士たちは陸地へ引きずりあげたのだ!
「除去したクラゲは地元の人と相談して、食用や水族館なんかで観賞用に利用出来るよう掛けあって来ますね!(まるでボンレスハムだ〜凄いなあ)」
「その辺りはお任せします。普通の食材はまだしも…クラゲなんてサッパリですから」
「できれば美味しい物だといいだべなー」
最終段階に移って、キッカは岩対策を終えて大きなタライにクラゲを移し始めた。
砂を落としながら、みずほや瞳の体に食い込んだ網をみて、くすくす笑えるのは女の子同士だからだろう。
健全な男の子である、司や海たち目線を反らせていた。
●撃退士、上陸せよ!
「一応…全部捕れたみたいだな」
「生命反応は動かない…貝類くらいだから、そうだと思うよ」
智美が船に戻ってくると、海が飛行を中断して下りてくる。
ここからは荷揚げしながら泳ぐ訓練組と、潜伏しての上陸を狙う者に分かれて特訓だ。
智美はゴーグルが曇った原因である、油塗りの甘い場所を塗り直すと、通信機のスイッチを入れた。
「こちら礼野。旗は準備できているか?」
『さっき設置したので何時でも良い。その間に、こちらは分担でやるから可能な限り時間を掛けないようにがんばろう!』
智美の声に、ややあって司から返答があった。
ガサゴソと聞こえるビニールの音は、荷物の下に広げるブルーシートだろう。
大半はどうでも良い物であるが、透過した天魔による毒物混入を警戒するには、この方法が一番早い。
「大丈夫みたいだね。そのゴーグルもバッチリだし、頑張って」
「うん。あー目を開けての作業多いし、流石に目は鍛えられないものな。…食材の下見も兼ねて行ってくる」
水着のスポーツワンピを褒めるべきか一瞬悩んだ海であるが、先ほど(ボンレスハム)の例もあるので、ゴーグルの方を褒めておいた。
智美は片手をあげて礼を伝えると、再び海へと潜り始める。
やがて深い所まで潜って視線を切った処…。そこには先客がいた。
「(はぁい。考える事は同じですね〜。でもーごめんなさいねえ。私が先に行く事にするから、見つかっちゃうかも)」
「(構わない。同じ区画から上陸すると思うとも限らないしな)」
というようなニュアンスで、黒百合と智美はハンドサインを送り合った。
黒百合は召喚獣を連れていたので、パレオの裾をヒラヒラさせる可愛らしいポーズが、一応のワビのつもりなのだと想像できたけれども…。
俺も女なんだがなーと苦笑するマナ板さんなのであった。
そんなこんなで召喚獣は、水中迷彩の箱を引きずって先行。
少々の抵抗などお構いもない姿は、流石は水棲生物ストレイシオンである。
「(ありがとっ。やっふー早速発見ですねえ♪一気に行かせてもらいますよぉ〜)」
沿岸まで辿りついた黒百合は、召喚獣を送還した後で、荷物の一つを肩に掛けた。
そのままパレオの水を絞りながらフラッグを見つけると、少しずつ移動を開始。
最初は砂地を歩き、作業している仲間が振り向くのに合わせ、一気に駆けだした!
「おんやもう来ただべか。もうちょっと掛ると思っただ」
「油断…大敵なのねぇ。私だけでなく、もう一人そこに居るのよ?」
砂浜を駆ける音に瞳が振り返った瞬間、小走りに歩いていた黒百合が、急加速で走りぬいたのだ。
そして彼女が告げた『もう一人』とは、別に智美が居る事を告げ口したわけではない。
何故ならば、黒百合がウインクした後に、ばしんっと旗を叩く音が周囲に響いた。
「タッチダウンだ。囮になってくれてありがとよ」
最初に浅瀬に辿りついたミハイルは、黒百合が来るまで慎重に岩陰に駆けれ続けていたのだ。
そのまま視線だけ出して待ち続け、気が付いた時には熟練のカンが、疾走する黒百合を見つけた瞬間に彼を飛びださせていた。
●海戦訓練
そして上陸訓練も大詰め。残るチャレンジャーは後二人なのだが…。
「(…居ない。流石にここは普通に登れないからな)」
智美は低学年禁止エリアまで迂回して、足がつかない深い位置を選んだ。
苦無を手カギ代りに、忍者の様に、ツルツル滑る岩肌を登り始める。
その後は走らずに匍匐前進を繰り返し、最後の最後で箱を掲げて走り着く。
「…俺で最後か?」
「いんや。キッカの奴がそこで、ホレ」
岩陰から顔をあげた智美が周囲を見渡すと、他にチャレンジしている人は居なさそうだ。
人数が足りない気がしてミハイルに尋ねてみると…。
彼は底が深い方の岩を指差した。
そこにはクラゲのように漂う、仲間が一人。
「(やっぱり海はいいな。自然のエネルギーはわんの活力源だよ)」
「背泳ぎ…。いや寝泳ぎと言うべきか。どちらにしても、ここで終わりだな。次の過程に入るぞー!」
キッカが海に浮かんだまま、プーカプカ。
それは場所こそ違うものの、海辺出身の智美にとって見慣れたものだった。
ともあれ声を聞いたキッカは、次の訓練こそ参加すべく急いで起き上がった。
「はーい。わんも班分けとか参加するので、ちょっと待ってくださーい」
「ソコだから構わん。サバイバルだから、そこでルールを良く聞いとけ。…素潜り前提で、ランプの点灯中は息継ぎは敗北扱い。ダメージ・負荷系の術・武具魔具は禁止、腰につけた白布を奪われた奴は脱落!」
顔を上げたキッカに対し、ミハイルは白い布を束にして放り投げた。
「今の内に術式や道具類は切り替えとけ!」
ミハイルは鬼コーチであるかのように、ルールを解説し続け…。
周囲がクスクス笑うのも、御愛嬌だろう。
一方、全員が海戦に参加する訳ではないので、残りのメンツは別作業へ。
「あたいら今の内にどうする?」
「食材を集めながら、砂抜きとか下拵えでもしていましょうか」
「そうだね。俺は釣りをしてるから、残りを頼むよ」
ツーピースの先任撃退士(無い胸)たちと共に、海は反対側へ移動して釣り竿を振った。
上陸作業の往復で散々泳いだし、一応の訓練はここまでだ。
後で体力が残ってたら練習するかな…とか思いつつ、太公望を気取る事にしよう。
「魚を取るやつはいるし…貝堀りに行ってきますよ」
「ミハイルさんたちはあちらで練習戦闘中ですし…。今の内に差を付けておきましょう。お願いしますね」
「はいよ。あたしらで肉とか適当に捌いとくから、適当に積み上げな」
智美とみずほはロリ婆な先任に、口だけは気を使いつつ…。
浅瀬からゆっくりと、自分の水泳能力に合わせて貝採りを繰り返した。
慣れない作業なのでそれほどペースは進まないが、料理するのも少人数なのでこんなものだろう。
●訓練の終わりとBBQ
BBQの準備が進む中、海戦組は潜水しての戦闘訓練。
「やるからには勝ちにいかないと…ペース配分が勝負の鍵になりそうだな」
司は顔を出して息継ぎすると、ランプの色が黄色になるのに合わせて再び潜り始める。
海底に赤いランプが届く間は潜水前提だが、迂闊に動いては体力を消耗するだけだ。
一人ずつ脱落させるか、それとも最後まで逃げきるか…。
いずれにせよ時間は無常だ。
「黒百合さん、隙あり〜〜!」
「きゃあん。大岩の陰じゃなくて海底の岩陰に!? …なーんちゃって」
キッカのワキワキ拳が、黒百合の細い腰に伸びる!
水上にだけ注意して、海底を重視しなかった者が負けるのだとしたら…。
キッカは自らフラグを立てていた。
「(つっ、通常の数倍の速度!水棲召喚獣ですかっ」
「(その通り、姿を出したのが迂闊ですねぇ)」
キッカと黒百合の勝負は、速度強化した召喚獣の分で勝敗が付いた。
潜ったままコッソリ仕掛けなかった事が敗因だろう。
「(やっぱりあの影は召喚獣か。仕掛けなくて正解だったぜ。このまま後ろで窺ってる奴を迎撃して、逃げ切るかな)」
その様子を見ていたミハイルは、冷や汗をかきながらランプに合わせて再び潜る。
そして自分を狙う者に逆襲すべく、罠を仕掛けようとしたところ。
ふと、相手が女性である事に気が付いて、注意深く白い布を狙う事にした。
彼の不運は、後ろの相手が『彼女』だった事だ。
「(もらったべ…って)ギャース!おっ、おらには心に決めた旦那さまが…」
「まっ、待て。俺は子供を襲う気は無い。ほらっ、最初に決めた白い布…が二枚?」
瞳が蜃気楼の向こうから仕掛けようとした時、違和感を覚えておいたミハイルが振返る。
水着は触らない様に気を付けて、白い布に狙いを定めて引っ張るのだが…。
賢明な読者ならば覚えていると思う。
水着を用意しなかった瞳のバストは、白い布で覆われていたのだ。
「エッカート、御供ともに失格。人数も減ったし、そろそろ食事に…。待て、なんだそれは」
「違う、俺は無実だ!話せば判る」
「問答無用ですわ。…わたくし、パンチングミット相手の練習をしたいと思っておりましたの」
智美が赤いランプを指差し失格を告げた時、女の子から胸の布をはぎ取ったミハイルが目に飛び込んだ。
凍れる笑顔を振りまいて、みずほがグローブを取り出したのはその後である。
ミットはミハイルのどこに、装着されるのであろうか…。
「…あっけない幕入れですわねえ。最後にひと勝負します?」
「止めておくよ。それに…せっかくの食事が待ってるみたいだ」
黒百合はせっかく対面したので司に声を掛けたが、苦笑して肩をすくめて返された。
ハプニングで気が抜けたし、食事が待っているのは確かだ。
「いい加減にして上がってくると良い。良い塩梅だよ」
「「はーい」」
一同は海の催促に笑顔?で上陸すると、今度はカマドに向かって突撃し始めた。
そこではバーベキューの香りが、潮風と共に漂っていたという…。