●情報共有
混迷する種子島の戦乱が晴れつつある。
まずは冥魔を倒すという暫定的な物だが、それでも活路を見いだせたのは大きい。
「次に戦場へ向かう味方にも、確実な調査結果を渡したい処だね」
後に続く者の為に…。その繋がりを、宇高 大智(
ja4262)は思わざるをえない。
撃退士は一人じゃない。戦った経験を後に残し、連綿と続く思いが天魔の脅威に立ち向かう。
「今はこんなだけど。俺たちの行動の積み重ねが、島の人たちが安心して暮らせる未来に繋がることを願うよ」
「その為にも、推測の裏付けといったところですか。…とくと見極めさせて貰いましょう」
大智の言葉に青戸誠士郎(
ja0994)も頷いた。
ここでドラゴンを倒す事はないが、得られた成果は明日の仲間を救うのだ。
恐れるより身をもって調べ上げる方が建設的だろう。
「一つ一つ把握して行くとしようか」
「いまいち判って無いのが回復かな。あとはどっちが得意か・高いかの誤差だから」
「となると攻撃された直後に間近で見るのが早そうだな」
大智と誠士郎が頷きあって、メモ帳とにらめっこ。
そんな彼らの話に、翡翠 龍斗(
ja7594)が俺も混ぜろよとばかりに乗って来た。
「巻きこまれたら大変だから気をつけないと…って、アスヴァンの単位とってきたのか?」
「お前の為にならそのくらいは……なーんてな。嫁さんの立ち位置を理解するのに習得してみたんだ。丁度良かったから気にすんな」
誠士郎の友人である龍斗は、ヒラヒラとアスヴァン過程終了の認定証を見せてくれた。
最初のうちこそ茶化していたが、実際には奥さんに対するノロケだったでござる。
「と言う訳で回復だっけ?範囲とスピードを俺が担当するから、詳しい詳細を教えてくれるか?」
「了解、…情報に関して共有した後で、判り難い所は聞いてくれ」
龍斗の携帯に誠士郎は共通情報を載せたページのアドレスを伝えた。
後は疑問に思うたびに応えれば良いだけだ。
とはいえ情報共有は重要。皆で流れに乗る事にする。
「…情報共有、重用。…種子島で見られる冥魔のケース。共有しておくべき…」
「そうね。なら、あたし達の方も情報を載せておくわね。…向日葵の有効射程は50mほどで、遠距離射撃モードと近距離用の拡散モードがあって…」
紅香 忍(
jb7811)は種子島司令部の共有ページから、佐藤 七佳(
ja0030)は四国のページからデータをコンバート。
それを全員が共有すれば、本格的に作戦スタートである。
●任務を密やかに遂行せよ
情報を共有した処で、『主目標』に冥魔を誘導開始。
同時に、既に取り巻いている連中は、色んな意味で邪魔なので排除する。
『兎にも角にも、アレには動いてもらわなければ、分かるもんも分かりゃしねーわけで…。こちらは後ちょいです』
『あいよ。接敵に合わせて魅了されてる連中を始末しとくわ』
通信は街道沿いのジェイニー・サックストン(
ja3784)からで、道沿いにやってくる冥魔を引き連れる予定だ。
次に送られた内容は、ロベル・ラシュルー(
ja4646)たち『主目標』周囲に居るメンバーからの返事である。
正確なデータを把握するには、ガーディアンなぞ邪魔だ。
黄門さまの強さを把握するには、お供は不要である。
『まあ、頼もしいパートナーな事だよ。厄介な事にね。…リアン、そっちは大丈夫か?』
「問題ありませんよ。佐藤様からの要請も、新しい敵で無理だった場合で構いませんしね」
ロベルは最も風上に位置する仲間に声をかけた。
天魔生徒であるリアン(
jb8788)は、主目標の特殊能力…抵抗力低下も魅了もモロに受けるからだ。
彼が操られては困るし、この中で、最も工作向きな術を覚えているという点からも、重要人物である。
『まず忍が引き離して、リアンが調整。俺らは周囲で随伴しつつ観察。お互いの確認を忘れるなよ』
「…うん。…念の為にこれから、…姿を変える。確認しておいて」
「敵影と紅香様の『差分』を肉眼と電影で確認しました。誤射しませんので、ご安心ください」
ロベルの合図を聞いて、忍は闇を身にまとった。
その姿はリアンの目の前で姿を変え始め、頻繁に見られる小鬼へと変異する。
同時に端末上の地図へ、忍が変異したディアボロの姿が添付されていた。
魅了された敵を遠くへ引き離すにしろ、始末するにしろ。口火を切るのが撃退士では問題が起きるかもしれない。
だからと言って単純に変身したのでは仲間から撃たれる為、話を通しておいたのだ。
『望遠だけど、こちらでも紅香さんの姿を確認した。特徴は把握したから、支援は任せておいて』
「じゃあ、…少し離れた位置から攻撃する。最初は向こう、その次は…」
同様に望遠鏡をのぞいている大智が姿を確認すると、忍は暗がりに潜んでゆっくりと歩き出す。
向かうはこちらを目指す、冥魔の大集団だ。
敵集団は巡回を担当する獣型たちで、強靭な四肢によって機動兵団と化していた。
ソレが一頭の召喚獣に襲いかかる様は、まさしく壮観である。
「ジェイニーさん予定通りのコースで大丈夫?」
『問題じゃねーです。確かにゾっとする数ではありやがりますが、これがスレイプニル種の真骨頂。(ビューエル、存分に力を借りますよ…)』
七佳が持つディスプレイ上には、ダッシュ後を狙われ、無数の冥魔に取り囲まれそうなジェイニーが映る。
どんなに足が速かろうとも、先回りされてはどうしようもないのだ。
だが彼女を乗せた召喚獣は、一瞬の後に、バス停らしき、小さな小屋の向こうに居た!
そう、これこそがスレイプニルと呼ばれる種の特徴。
強大な戦闘力などより、遥かに重要な追加移動能力である。
『さあこっちですよイヌモドキ。そのオツムで判りますかね。ついてきなさい』
こうなればジェイニーの独壇場だ。
攻防を捨てて一心に走ろうとも、スレイプニルは別方向に向かっているのだから、先回りできるはずもない。
コースの読み合いにだけ気を付けて、ジェイニーは少しずつ順調に『主目的』の方へ引き寄せつつあった。
その様子を見て、主目標…ドラゴンから向日葵を一望する区画に居る仲間たちは身構える。
「あの調子なら問題無く予定地点まで誘導できそうね。もう一枚の切り札もあるだろうし、数発は大丈夫なはず。問題なのは…」
「以前よりも改良されているかもしれないと言う事かな?まあディアボロの強化は魔法由来と言うし、一朝一夕には行かないはずだけどね」
七佳が気になっているのは要塞砲にも似た向日葵の能力。
実際に戦ってない誠士郎にはピンと来ないが、独自の長所短所を抱えており、判っていれば欠点を突くこともできる。
だがそれも欠点がそのままならばの話で、大きな改良ないし、ワンポイントに絞って改善されていれば話は変わってくるかもしれない。
「向日葵が改良されてないなら、単体での脅威は然程でもないけど、交戦から1年程度経ってるのよね」
「その辺のリスクを背負うのは俺たちじゃない。せいぜい『奴』には頑張ってもらうさ。…それよりも始まるぞ」
闘った七佳によれば、向日葵は超遠距離用のスナイパーということだ。おそろしい射程・威力ではあるが、単発をしのげば困らない。
アスヴァンとしては新米の龍斗からみれば、確かに速射性かコストが向上して連射されては困り物なのだが…。
彼らにとっては良い面が1つある。実際に困るのはドラゴンであって、撃退士では無い。
ともあれ情勢は動き始めた、あとは闘いながら把握するのみである。
●実験
魅了された冥魔数体がドラゴンの近くを離れ、銃撃したディアボロ(?)を追いかけて行く。
ソレは不自然でないように風上へと向かい、やがてその姿を消した。
『…風上。でも、魅了は解けて無い。…ただし、支配が強まる事もない(支配された知能は、お馬鹿と同じ?)』
忍はラインを介して呟きながら、落ちついた目でボーっと立っている冥魔を眺めた。
影に潜んだ事でこちらを見失ったのであろうが、次に何をしようと反応するでもなく、ずっとそのままだ。
元の知性はともかく、魅了されている間は頭も働かないのだろう。
『…このまま一体ずつ、距離を離す。視界の通らない位置の個体なら、ゆっくり…時間経過…観察できる』
「こちら龍斗、了解。戦闘が終わったら解除できる連中の所に連れてってみよう。とりあえず、終わったら風上に回ってくれ。暫く近接戦になりそうだ」
忍の話から、龍斗はひとまず連れ出した個体を『とっておき』として頭から切り離した。
敵集団の数が増えるにつれ、撃ち続けていたスナイパーライフルでは歯がゆくなり、大剣に持ち変る為に脳裏に描いておく。
スコープを覗いている間、背中を守ってくれた友人と位置関係を調整しつつ、ドラゴンの様子を見るつもりであった。
「やっこさんの状態はどうだ?」
「…上空から見ると、背中の辺りから少し脈動している。尻尾を本格的に使うつもりかもしれんな。多少、間を離そう」
龍斗は誠士郎が上空に召喚獣を配置していたのを思い出して尋ねると、彼の忠告通りドラゴンから多少距離を離した。
テイルスイングの前触れと知って、無理する必要もあるまい。
彼らが知りたいのはその後…、ドラゴンが怪我を負ってからの話なのだ。
「触手状…いや蔦の尻尾か。まさしく植物属性のドラゴンだな。(この段階で流石に急速回復はしないか)」
「サイズの割りに威力が無い。ディヴァか装甲厚めのルインズなら近くから行けそう…っと。ブレスが来る。間違っても吸いこむな」
範囲攻撃を持つテイルスイングを確認しながら、誠士郎と龍斗はドラゴンの様子を観察し続けた。
獣に襲われているが、現時点では緩やかなオート回復のままで、話に聞いた程の回復力では無い。
共に近接戦を準備しながら眺めていたが、ブレスの到来を知って改めて風向きを確かめた。
今までも風には気を付けていたが、…七佳がリアンに頼んだ作戦を覚えていたからだ。
『…それでは実験を開始します。正面から見て、右側の人は気を付けてください。調整はしてますが…』
「今のところ大丈夫です。タイミングがずれない内にお願いしますね」
リアンはドラゴンブレスに合わせて烈風を巻き起こし、風向きを一時的に変えた。
エアロバーストの魔法は自然を変動させる力を持ち、風に影響される木龍のテンプテーションを目に見えて曲げる。
流石に本体を吹き飛ばす時ほどの効果は狙えないが、ブレスの範囲を減らすには十分だろう。
「…効いてる?ということは、薙ぎ状態で困る事はなさそうかな。後は緊急回避用…かなあ」
『何人か居ればこの状態を維持できそうですけどね。…とはいえ、明確な弱点がある分、向こうの負担の方が軽そうですけどね』
七佳がリアンに頼んだ作戦は見事に成功し、ブレスを反らされた範囲の冥魔は魅了されていない。
再度のブレスにより全て魅了されてしまったようだが、その間に結構な傷を負っている模様だ。
使用回数の問題で押し切られそうなものの、緊急時に切り札が出来たのはありがたい。
何度も使われればピンチだろうが、回復能力さえなんとかできれば、倒しきる事も可能だろう。
そして明らかに負傷度が累積しており、その回復力の真相も明らかになりそうだ。
『まあ、そんなもんかな。何度も使える代わりに、ブレス効果の使い訳はできねーみたいだし、やり方次第で十分攻略できる』
ロベルが見た所、多数討伐に向いた能力を持っては居る。
だがそれは、継続戦闘を重視した戦略用に限定されていた。
このドラゴンを想定した専用チームか大集団。どちらかを用意して、一気に攻略すればやれそうだ。
●命を食らう花
「そうね。あらかじめ随伴歩兵を排除しておけば、一番危険な魔属性の人たちも、安全圏から攻撃できるでしょう。その意味では多人数向きかな」
『後の問題は回復力だが…。見ろよ、早速おっぱじまりそうだ」
一時的に数人が魅了されても大丈夫そうだし…。と七佳が冷徹に眺めていると、リアンが急変を知らせてくれた。
木龍フレーバーは急速回復を開始し、…獣たちが全滅した事を知ってか、彼方の向日葵にも変化が起き始める。
『…一応は火炎が一番効いてるみたいだが、獣のリーダーだったしなあ。そっちはどうだ?』
「炎は効いてるが、物理属性が魔法より若干効いてる分、推測の範囲だ。それと…近くに居る対象から生命力を吸い上げてるのは間違いないな」
ロベルの問いに、近くに寄ってみた誠士郎はジックリと確かめた。
急速に盛り上がって回復するドラゴンと引き換えに、周囲の冥魔…そして近寄った彼もまた、体力を持っていかれた様な気がする。
『なるほど、そいつあ収穫だ(前回魅了した分が、思ったより減ってるのはその辺か)。二人とも構わないから安全圏まで離れてくれ…、向日葵が本気になった』
「いや…誠士郎は俺が守る!二人で少しずつ距離を測るから…、この火力は好都合だ」
ロベルが遠距離攻撃を示唆すると、龍斗は盾を展開して超々長距離射撃を防ぐ準備を整え、少しずつ距離を離れる。
傷つく事を体感で測るのは気持ちの良い物ではないが、必要ならば此処で終わらせるに限るだろう。
「なら俺も協力するよ。二人よりも三人の方が早いだろう?ドラゴンも嫌がっているみたいだし、順次後退して行こう」
「そう言ってくれると助かる。…火炎が苦手なのか確認したら。下がるとしよう」
その様子を見て、大智も誠士郎たちに協力を申し出た。
ドラゴンの方でも一方的に撃たれる事を嫌ったのか、離れ始めたので長くは掛るまい。
方針が決まれば後の進行は早い。
他の仲間たちも申し出て、一気に事が進んでいく。
「なら私たちで結界を張りましょう。いざとなればこちらにお願いします。ドルニエ!(さて、戦車の装甲、どんなもんか見せてもらいますよ)」
ジェイニーのストレイシオンが防壁を張ると、その内側は攻撃を遮断する壁となる。
盾での防御と併用すれば、周囲は安全圏と言えるだろう。ドラゴンの装甲を冷静に眺める事が出来よう。
「その間、こちらで冥魔を狩っておきますよ。彼らの役割はここまでです」
『…殲滅。どうせ…敵対するなら。誤射で済むうちに…潰しておく』
リアンと忍は残りの冥魔を始末しておくことにした。
用済みと言えばあまり気分の良くないが、その辺を躊躇する二人では無い。
いずれ敵対する相手に、容赦は不要。
こうして撃退士たちは、威力偵察を終える。
いずれまた、ドラゴンとは別の形で出会う事になるだろう…。