●大猿との出会い
「兄ちゃん、バナナお土産なの?」
「かもな。どうやら俺は猿型にも縁があるらしい」
猿は猿でも、人形じゃなくて天魔だがよ。
立ち寄った地方商店でバナナを買い込んだ虎落 九朗(
jb0008)は、留守番しているつもりのガキンチョへそう答えた。
鼻歌うたって軽快に、止めてある大型車両へ顔を出す。
「どうよ。状況は?」
「タイミングの要求までして来るんだ、しくじる事もあるまい。だが…天使を上回る移動力と回避力を兼ね備えた敵だ…」
万が一にも取り逃がす訳にはいかん。
礼野 智美(
ja3600) が示した端末は二面。一つには現場の状況、もう一つには過去の光景が映し出されて居た。
「ハヌマッツ、か。 この移動力を見る限り…、ただの大きな猿という訳ではなさそうだな。だが、この街にサーバントを放させはしない…必ず追い詰める」
「あったぼーよ。俺達の目の黒いうちは、お猿さんなんぞに好きな顔させっか」
記録画面には大猿とのチェイスシーン、後ろから迫るのは凄腕の射撃手のはずだが、車の反動なのか中々当たらない。
このサーバントの恐ろしさは、強さではなく移動力。
自分達への脅威ではなく、町への被害を懸念する梶夜 零紀(
ja0728) に対し、先ほどの子供を思い出したのか九朗は当然の様に応えて見せた。
熱中するあまりバナナの皮まで食べそうになって、息を吐いて残りと皮は別のビニールに入れて仕舞い込む。
「さ、さっさと屋内に追い込んで貰ったバナナ付き、ぶっ倒そうぜ」
「この手の相手は自由にさせたら何をするか判らんからな。相手の機動力を封じて挟撃して…頭上を抑える事が出来れば…」
そして智美に声を掛け、カウントダウンの数字を今か今かと待ちわびる。
迂闊に飛び出せば分断と気付かれる…。せめて車を横付けしても良いくらいは離さねばならぬのが歯がゆい。
「3、2、1…。移動を開始するが頼んだぞ」
「やってやるさ。速ぇ相手は正直苦手なんだがな…手応えがねぇってのが一番癪に触りやがる」
時計を睨んで居た零紀の言葉に、仲間達が呼応する。
大型車のドア付近に立つデニス・トールマン(
jb2314) は言い捨て、何時でも降りれる態勢を作る。
壁役と一同のセンサ−役として、前に立つ為である。
そして車は駐車場に飛び込まず路肩へ停止…。一同はデニスを先頭に、弾かれたように降車して行った。
目指すは国道側の入り口。大猿に感知される事無く、二匹居る内の片方を受け持つ為に…。
●クロスエンゲージ!
「もう一回言うけど…、一人行動を避ける、連携を重視し正面からの攻撃は控える。判った?配置を傾斜して、狙わせるんだからね」
「そう言う作戦だからな。当たらなくてもまぁいい、皆でぶっぱなして、一発デカいのをブチ込めさえすりゃ、多少は大人しくなるだろ。クソザルめ、逃がしゃしねぇぜ…」
回避型だって〜どんな感じかなー。
と笑いながら天羽 伊都(
jb2199)が、走り込む仲間達に再確認する。
先頭のデニスは、油断なく構えながら人差し指を倒し、自分が行くとハンドサイン。
盾越しに壁へ密着し、金庫破りのごとく、電気の通わぬ扉をこじ開けた。
「……さて、どれほどの機動力なのか見せてもらおうかしら……。一応の対策はしてきたけど……ね?」
「上は抑える。猿のサーバント故に『ハヌマッツ』か、安直なネーミングとはいえ名前負けしてなければ良いがな…」
集中しているのか、やや大きな溜めで紅 アリカ(
jb1398)は言葉と息を吐き出す。
その視線はクライシュ・アラフマン(
ja0515)へ、彼は頷くと豪語して飛びあがった。
椅子を蹴り、パネルを踏み台に目線だけを油断なく台の上層へ出した。
「どうだ?」
「来てるな。軽く仕掛けて気を…、いや向こうも気付いた。偵察型という看板に偽りは無い様だな」
デニスが足元で駐車場側に最も近い部分へ体を向けつつ、声を掛ける。
クライシュはそれに答えながら、大猿が首を傾げたのに気がついた。逃げ続けて手応えの無い奴、新しい獲物のどちらにするかという贅沢な悩み…。
生じた隙はほんの少し。
それを待っていた先導役が、見逃す訳は無かった。
「後は任せた!」
「今だ、やれ!」
「了解、一気に遮蔽するぞ!」
相手の引き継ぎとデニスの指示は同時。そして智美たち符を持つ者が一息にアウルを解放した!
そして魔導の理は物理へ従属する。
「キィー!」
「猿め顔を真っ赤にして怒り狂ってやがる! これもくらいな!」
「出迎えるぞ。巻き込まれた台からパチンコ玉落ちてたら回収して、他店で換金。…有りだな」
予め開けられていた事務所側へ先導役は飛び込み、向こう側のチームが閉じたのだろう。
透過能力を封じられた為に手近なパチンコ台にバウンドし、怒り狂う猿へ九朗から挑発に何かが見舞われる。
当たる様な位置では無いしそもそも狙っては居ないが、興味は惹いた模様である。
投げ入れられたのがバナナと知って、金 轍(
jb2996)は軽口を叩きながら忍刀を引き抜き、 足元に転がる銀玉を拾い上げると弄び始めた。
「躊躇する気は無いしな…。好きにしろ」
「だってさ。これから一杯拾えると思うよ、…でもどうせならどっちか側に引き込もうよ」
「時間はあまり無いぞ、考えるならさっさとしろ!」
聞こえる衝突音。
軽口へ零紀が応じ、伊都が提案している間にもうやって来た。九朗の挑発に引っかかった訳でもあるまいが、一気にやって来たのだ。
弾き飛ばすデニスの反撃を難なくかわし、眼前に姿をさらす猿面冠者はなんとも憎らしい。
「大丈夫か?まっ、戦域固定すんのは賛成だな。要はサッカーと一緒だぜ」
「なんだって良い、外に出る方を一面ずつ封じて、最終的に追い詰める!」
ハアァァァ!
智美が袈裟がけに放った斬撃は、僅かの所で受けられる。受けられた?
否、直撃の瞬間に智美はステップを掛けて半回転のターン。死角へではなく、相手が回避した方向へ鉢合わせる為に踏み込む。
円運動で放たれる鋼糸がザックリと猿の肌を切り裂いた!
「……浅い踏み込みの割りにあの傷。思っていた以上に早いけど、必ずどこかにチャンスはあるはず……それを見極めさせてもらうわよ」
大剣で切りかかるアリカの目に、辺りはしたが…。という風情の攻撃が見えていた。
それなのにあれほどの血を流し、毛皮の一部が捲れあがっているのは阿修羅とサーバント固有の相性だけではないだろう。
避けられ刃は剛風を起こすのみだが、防御力が低いと判ったのだ、当てる事が出来れば…。
「打たれ弱いか…情けない。猿の英雄神の名を騙るのだからそれなりの実力はあるのだろう?」
一方、不満げな声はクライシュの物だ。
彼の刺突も残念ながら避けられてしまったが、繰り返せば半々で当てる手応えが感じられた。
なのに、敵にはどうしようかと言う戸惑いが見受けられ、殺し愛いに興じる楽しみを与えてくれそうに無い。
仮面の下で、唇が歪む…。
●ゾーンプレス
「見失った……っ。なんて早さだ。ハヌマッツとは猿神の名。風神の化身か…」
「これほどの逃げ足、ステイツにもそうは居ないな。クライシュっ、敵は何処へ向かってる?」
粉砕した機械に紛れ、さっさと逃げ出した大猿を零紀は表情も変えずに探し始める。
彼ほどクールになれないデニスは、腹ただしさを抑えながら、上を取った仲間へと声を掛けた。
「丸見えだ…。所詮は猿知恵と言うところか、『島』を二つ向こう側に逃げ込んだだけ」
そう、別に瞬間移動したわけではない。
後ろへ下がって横に転がりこんだだけのL字移動。
人間だったらこのくらいと、周囲を見渡したから見つからないだけで、つまりは錯覚である。
上から軌跡を見ていたクライシュが、見間違えるはずも無かった。
「手練の忍びならあのくらいはやって見せよう、ゆるゆる追い込むとするか」
「それなんだけどさ、忍者的な運用だとしたら…。次は奇襲して来そうじゃない?」
「あるいは、逃走か…だな。その辺りも考慮して、追い駆けるとしよう」
彼の言葉に伊都と智美が反応し、僅かばかり仲間達に逡巡が走る。
あの移動力なら後衛を狙う事も出来れば、ガラス面を破壊して脱出も難しくはない。
「だから、どうせ追い詰めるなら一手一手、手段とルートを奪いながら行かない?最後はここに追い詰めたら面白いですよね」
「両方を防ぐのは難しい…、が、潰すなら逃走ルートの方だな。奇襲の方は一人二人なら俺が守ってみせる」
「協力すっぜ。へっ。さっきも言ったが構わねえよ。ゾーンプレスで窓側から潰してこうぜ」
周囲の壊れたパチンコ台を指差す伊都の提案に、渋い顔でデニスが結論を下した。
離されると言っても、屋内では限りがある。
上を取るクライシュに補佐を付け、警戒に専念させれば奇襲は防げるし、彼を降ろすか投射に回らせばその封鎖も可能だ。
ならば民間人の犠牲を防ぎつつ、奇襲へは誰かが犠牲になるのが最善と判断だろう。
九朗はその案に同意して、デニスを含む壁役を守り切る決意を固めた。
あ、あと面白トラップの発動もね?
「作戦は決まったか?あちらさんはお待ちかねだぜ…、追い込むのが目的でも、倒せるなら倒しちまっていいんだろう?」
「……隙ができたわね……そこっ!」
話している間も油断なく警戒していた仲間の内、轍が最も早く敵の進撃に気がついた。
忍刀をスライドさせ、遠間から振り抜くと、一瞬遅れて空気が淀む。
チィっと言う音は彼の舌打ちか?
避け切った大猿へ、振り下ろしたアリカの手元が唸る。
炸裂したのは強大な光、避け切った衝撃波が弾け、光を周囲に撒き散らしたのだ。
かわしたつもりの相手には、たまらなかっただろう…。
「今度は外した…か。だがその跳梁もここまでだ」
「だな。この分なら、とり囲んじまえば楽勝だぜ。偏差攻撃で一気にしとめちまおう」
窓側へ走り込んで斬り付けた智美の鋼線を、ぎりぎり大猿はかわして下がる。
彼女が外し、先ほどアリカが当てたのは運だろう。
恐るべき回避力であるが、単騎では此処まで。運は作戦で補えるからだ。
撃退士は互いに協力し合あっているのだ。九朗は包囲の有効性と、輝く鎧が重傷を軽減した感触に頷いた。
●大猿の末路
「ああ、そうだ。それだけ移動力があって、一度下って回り込めば全員を護り切れんよな。だが…」
そして幾度目かの攻防。ルートを封じる事にペースは早くなる。
デニスは己が身で仲間を護りきれなった事実を悟る。
だが恥入りはしないし、悔む事も無い。何故ならば、この中で最も優れた防御力を誇る彼を攻撃しないのは、ある種『当然』だからである。
後衛を護り切れなかったのが悔しく無いのは、作戦だからである…。作戦であれば、守りきれない誰かが、攻撃を受ける予想をしておく事もまた、当然ではないか?
「んー来ると判ってるんじゃあ、ちょっと無理だね。だいたい回避型のボクに死角は無かった♪」
「万が一に備えて、俺も控えてるしな。誰かが倒れるなんて、させねえよ」
不敵に笑うのは伊都と九朗。
守りきれない一人へ、大猿と遜色ない回避力を備える伊都が立ち、安全圏から九朗が防御と回復どちらもできるように準備していた。
まして仲間のフォーメーションを抜ける為、来るべき道は1つか2つ。
そこまで絞れているならば武道の約束組み手も同じ事、当たってやる理由は無い!
「さあ終わりの時だ。調子に乗りすぎた孫悟空は、仏によって罰せられる話は知っているな?」
心の奥底に竜声が聞こえる。
輝く剣を掲げたクライシュは、力を解き放ち、剣の輝きを竜の咆哮へと替える。
敵を識る過程で組み上げた作戦の成功もあり、高揚感はそのまま大いなる力へと昇華しそうではないか。
「さて、まだ動けるだろう?避けてくれよ、ただし俺の一撃は…形なき勝利を狩り獲るがな…」
「流転する運命へこの一撃を徹す。ゆえに俺の攻撃は自在…流れるように討つ!…そこだ!」
手痛い一撃を喰らい、苦悶の声を上げる大猿に、轍は見え見えの斬撃を放った。
忍刀から繰り出される真空刃を避けるのだが、それは数少ない逃げ道を、自分で潰すも同じ事。
待っていたかのように、零記は背後のパチンコ台ごと大猿の横っ面を張り飛ばした。
砕け散った機械からは、無数の銀玉が零れ落ち、ただでさえ動き難い戦場を、銀玉やバナナの皮などが散乱した地獄のような難所へ造り変えて行く。
「……トドメにいこっか?タイミングと向きを合わせるね」
「了解した。…っ成敗!」
アリカの放った光撃を、大猿は避け切れずに瀕死の重傷を受けた。
二歩、三歩、なんとか逃げようと歩き出した所でその首が落ちる。
ついっと巻き付いた智美の鋼線から何かが流れ落ち、哀れなサーバントに終わりがやって来た。
「……狭いから囲み易かったし、囲んでしまえば楽だったけど、他の戦場でもやり方次第でいけそうだね?……。……その銀玉何に使うの?」
「ああ、別の場所…。遊技施設だな。そへこの玉を持ち込めば無料で遊べるって寸ぽ…」
「え?何言ってるの?これって『此処』の系列だよ?」
作戦の経過を頭で咀嚼して、次があったら試してみようと思っていたアリカが。ふと転がる銀玉に興味を覚える。
轍が嬉々拾っていたからなのだが…、そこへ伊都から突っ込みが入った。
「系列って?」
「パチンコの玉って、店のオーナーごとに刻印とか違って、他のを使うと違法なんだって」
知らなかった?
ニコニコとしながら伊都が轍の勘違いを、今更ながらにツッコミを入れる。
「残念だったな。ボーナスは学校にでも出してもらうんだな。今日はミッションコンプリートだ」
「おっとそいつで思い出した。外の応援に行こうぜ」
終わってるかもしんねえけどさ。
フォローというよりは、締めの言葉を入れるデニスへ、思い出したように九朗が提案した。
ぽむっと手を叩いて、大急ぎで手荷物を確かめる。
「不要だ。…何、取りこぼした獲物が居ないかと思って聞いておいた」
「…これで任務完了。 オーナーには申し訳ないが、ここが閉鎖された場所で良かった。 賑わっていれば、確実に被害が出ただろうしな…」
クライシュが顎でしゃくると、仮面の向こうで零記が端末を操作している。
出がけに見た端末の一つには別班の報告、もう片方には依頼完了の返事である。
「終わりかよ。なら、こいつで乾杯ならぬ、乾バナナってのはどうだい?」
「乾バナナ…。新鮮なのに乾物のような響きだな…」
「……だね。…、…」
最初に放りだしたバナナを回収していた九朗へ、智美とアリカが応じると、周囲から笑みがこぼれた。
こうしてハヌマッツと呼ばれたサーバントの事件は、終了したのである。