●夜に融ける黒、闇を照らす銀
闇夜の林に巨大な蝙蝠…。
自然界の生物にしては巨大で、胴の形が歪だった。
「(よかった……まだ動いてない、の)」
闇夜で兎がピョコリ。
その兎はきっと、撃退士と言う名の使者だ。
天魔を葬る地獄の使者…。
若菜 白兎(
ja2109)は白い息を吐きながら、小さく端末へ呟いた。
「…こちら準備が整いましたの。そちらは大丈夫ですか?」
『いい夜風ねェ…夜間襲撃にはいい感じだわァ♪いつでも、幾らでもイケますよぉ』
『こっちもだよ。うん、やっぱり夜はいいねぇ』
ふぁさり…。風になびく髪だろうか?
その音だけを響かせて、白兎の元へ2つの返事を届ける。
唇の動きが想像できそうな程に艶やかなトーンが、今からの殺伐さに色を添えていた。
「全配置の完了ですね。戦闘に於いて、肝要となるのは常に初手。この一手で、一気にこちら側に傾けましょう」
「判りましたの。皆さんが行動を開始した後に、灯しますね」
コクリ。
白兎のビジョン越しに、木上に控えた月臣 朔羅(
ja0820)の視線が交差する。
これより作戦開始、天魔退治の始まりだ。
朔羅は銀糸の髪をなびかせて中腰から、一気に駆け降り始めた…。
「くっ。尋常な動きでは無いですねっ、だがしかし!」
「…♪っボクらに気がついた?その動きは素敵だけど…逃がさないよー?」
シュタタ…。
タタンと木々に残る靴音と、弾痕の列。
朔羅の振りまわす機関銃だけならいざ知らず、…麻夜の歌声までも蝙蝠は軽快な動きでかわしてしまう。
だが…それは計算された動きだ。避けられたとはいえ、困る事は無い。
「逃げれると思うなら逃げて見ると良いよ?夜はボクの領域だー!」
\ヒャッホウ/。
空に踊る夜色の髪を…、タイミングを置いて輝く光が照らし出す。
いや、照らし出すのは髪だけでは無い。麻夜の笑顔と…既に包囲している仲間達の影だ。
そして。
輝きの中で蝙蝠の姿が、少しだけ揺らでいた。
●音羽
「きゃはァ、お休み時間に御免なさいねェ…申し訳ないけど逝ってもらえないかしらァ♪」
長大な銃身よりアウルの輝きが零れる。
両手に抱えて射撃するなど、常人では不可能な大物を細身の少女が平然と構えていた。
誰あろう、その名は黒百合。
名うての撃退士であり、今は空を舞う死神である。
微笑む死神をなんとか目の端に捉え、川辺で潜む男は額に眉を寄せた。
「ヒットを確認。…しかし、今のをどう見るかな」
『ふぅん…中々面倒な相手みたいね。強いというより鬱陶しい…処理に困るタイプだわぁ』
川側よりライフル付きだして狙いを定め始めたミハイル・エッカート(
jb0544)の呟きに、端末から誰かが答えた。
反対側の木上から眺めていた卜部 紫亞(
ja0256)のため息は…。
味方の技へではなく、敵への方が強い。
「最初は空飛べる天使が、乗り心地悪そうな飛行サーバントを作ってどうするんだって思ってたんだがっ、な」
『要はあの回避力を、乗ってる天使に与える為ってことでしょ?…困る状況で無いし、ゆるりとデータを取りながら潰すとしましょう』
ミハエルの放つ一撃は、ギリギリの所でかわされる。
先ほどの二例と比べて、ミハイルは舌打ちをこらえて苦笑した。
紫亞の言う様な性格の悪い方法の方が有効なのだろう。
過去の自分なら、同じ様な戦法を取ったはずだと思いつつ、ミハイルは通信!
「音波探知は回避モードみたいだ。ひかる、麻夜の前衛を頼めるか?それと鎖弦、撹乱を頼む」
「判ってるよ!攻撃も音波探知も…」
「俺達で引き受ける。それが配役と言う物だ」
ミハイルはギリギリで避けられた自分の一撃、余裕を持ってかわされた麻夜の歌、…そして問答無用で直撃した黒百合の射撃の差を見切った。
3人の技量は言う程大きな差は無い。
となれば、音波探知の圏内は回避面での性能向上が著しいのだ。
ならば探知されなければ良いと、清純 ひかる(
jb8844)や鎖弦(
ja3426)に依頼したのである。
「僕の方はついでに出来るけど、きみの方はどうする?」
「正々堂々戦う気はない…忍というのはそういうものだ」
そっかー。
相手と仲間が大きく移動したので、ひかるは反転かけて間へ飛び込む。
同時に鎖弦は、あさっての方向に飛びずさりながら、控える事の可能な音を…あえて立て始めた。
忍び足と木々をひっかける音をランダムに配置し、撹乱として動く為だ。
ガウン!と音を立てて火を吹くリボルバーすら、既に計算の内なのだろう。
それにしても派手にやるなぁ…。
「さぁ、ここからは僕の領域だ、悪いがその目、狂わせて貰う。誰も傷つけさせはしないし、音であろうとも通しはしないよ」
「遮断役、さんくす。いざとなったら、若菜さんの近くと往復するから」
「何時でもどうぞなの!誰も倒れさせたりは…っ」
ひかるが斧槍を振り回し、割って入った事で麻夜に余裕が出来る。
音波攻撃も厄介だろうが、探知によって回避力が上がるなら…。
これで彼女はフリーと言う事だ。
回復役の白兎が目を光らせるなら、危険を避けて戦う事もできる。
戦闘力もあるが…。
作戦によって、一同は奇怪なサーバントを圧倒し始めた。
●戦いのゴングを鳴らせ!
「ん…やれやれちょっと面倒な相手だねぇ。ま、お仕事だしやれるだけの事はやろうかねぃ」
「資料通り今回の敵は素早くてタフですわね。しかしわたくし、判定勝負は性に合いませんわ。このまま包囲網を完成させましょう」
蝙蝠型サーバントは、最初の一撃以降に幾つか攻撃を受けている。
それでもなお健在…というか普通に飛び回って逃げ口を探していた。
ポリポリと頬をかきながら九十九(
ja1149)が飛び出すと、長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)も並び立ち、最後の一角に向かい始める。
そう、一同は能力に任せ、無計画に戦っていはいない!
最初から、少しずつ包囲する為に動き…。
逃げ口の広い方を占め、狭い方向に誘導していたのである!
いかに相手が素早かろうが、『居ると判ってる場所』へ攻撃を打ちこむ事など…。
歴戦の撃退士とって、難しい事では無い!
「錆血風…、荒喰九蛇相柳!」
「チャンス!呼吸が止まれば…動けるのかしら?」
「(…なるほどね)」
仲間達の放つ、剣電弾雨の中…。
九十九は平然と歩を進め、予定地点の1つから地より天を抉る猛毒を吐きだした。
触れれば彼とてタダでは済まぬ…、否、何人も元の形を許さぬ腐敗の毒が、鮮やかな矢より解き放たれる。
音の導きによりその一撃を避けようにも、避ける先に誰かがいたのでは避ける訳にも行かぬ。
毒を受けて暴れる蝙蝠に、みずほは好機と見て一足飛びに腕を振り抜いた…。
その一撃は無心…。
腐敗毒が自分にかかれば、二目と見られぬ顔になるでろうに、一切構わず腕を付き出す!
その無心が更なる奇跡を呼び込むとは、彼女自身も思わなかったに違いない。
そして、一連の流れを観察していた人物が、動き始めた…。
「連続で、効いてる!?」
「確率の問題なのだわ。サポート役がメインというのも不本意だけど、次々に叩き込めばいつか効くわよ」
先ほどまで、直撃しても状態に変化がなかったのに、今度は毒もスタンも効いて居る。
そこに能力は関係ないと知る紫亞は、つまらなそうに両腕を動かした。
回避ブーストを活かされるなら避けられる事もあるし、活かせないなら当てる事も出来る。
からめ手が効くも効かないも偶然の産物であるなら…全ては当たるも八卦。
ジワジワ攻めれば良いと…、亜空に描いた円へ腕を突きこんだ。
「さて、その汚い面をぶっ飛ばしてジャンクにしてあげるわぁ」
弾けなさいな。
描いたアウルの輪より、何者かが悲鳴を上げる。
紫亞は助けを求めてもがく、無数の白き手を呼び出した。
ソレは貪るように…、転げ落ちた蝙蝠に向かって行く…。
●狡猾な天魔を包囲せよ!
「落ちたか…、チャンスだな。超回避型の飛行タイプとあれば狙撃手としては挑みたくなるものだが…」
『くすっ…。チキチキチキ…』
思わず腰を浮かせたミハイルが、冷静に弾丸を撃ちこみつつ…。
自分の位置が悟られない場所に、移動し直した。
この状態ならば当てるのは容易いが、相手が逃げに徹しているのならば、最後まで気が抜けないからだ。
「真っ向勝負はしないのがインフィなんだぜ…(おう、チキンとか言うな)」
『うー〜ん。退路を塞ぎに移動中なので、抗議は聞こえないんですよぉー』
ミハイルの呟きを拾った黒百合は、くすくす笑う。
倒れている今でなくとも、何時でも行ける…と微笑んで軽やかに飛翔し始めた。
目指すは出口、やってくれば良し、来なくとも良し。
でも来てくれる方が楽しめると…高揚感に任せてお空のダンス。
「後続が効いて無い。…ならばこのまま作戦続行!」
「…了解。油断して逃げられたんじゃあ、目も当てられないからね」
ギョロリ…、ピクピク。
朔羅は身動き出来ぬ蝙蝠が、動きを静かにさせているのとは対照的に、目や耳を動かしている姿が見えた。
敵は姑息にも、死んだふりをして…、自由が戻ると同時に飛び立つ気なのだろう。
火力は低くとも、強サーバントと言われる部類に属し、油断ならぬ敵だ。死角に回り込んで黒球を撃ち込む。
その暗黒球が音も無く軋む姿を確認して、九十九は巻き込まれぬように注意しつつ、対空用の鏑矢を温存。
予備の矢を引き抜いて…、退路の1つを塞ぎに掛かった。
「おおぅ…。せっかくノってきたのに、死んだふりなんてズルいよ」
麻夜は思わぬ好機に、少しだけ様子を見ながら…追撃用の術式に入れ変え始める。
脳裏に描いた光景より紡ぎあげて唄うハミングは、赤黒く毒々しい色合いに満ちていた。
「一度も撃たずに終わらせないでね?何度も撃てたら最高なんだけど…さぁ、貴方も堕ちよう?」
タフらしいからね連射だ、連射だ!
普段は気だるげな心が、夜闇に融けて強い衝動に駆られる。
せっかくの機会だ、全力全壊で朝まで唄いきろう!
…〜♪
端末越しに聞こえる歌声が張りつめて…余裕では無く殺意を帯び始める。
と言う事は必殺を喰らわせても…まだ怪しいと判断したのだろう。
「随分とご機嫌ですの…。でも、この機会なら…。みなさん、大丈夫ですか?」
「一番喰らってる僕でこのレベルだから、問題無いと思うよ。元々攻撃型じゃなかったみたいだし…、むしろ奴の判断力の方が怖いかな?」
「そうだな…。愚直な天魔であれば回避モードに走らず、攻撃を乱射していたはずだ」
相手は雑魚に見えて、強サーバントで頭も回る。
と、なれば最後まで、油断は出来ないと言う事だ。ちょっとした隙間から、逃げ出す事を狙っているなら…。
そこに至る懸念から、白兎は少しばかりの懸念の後で自身も包囲の列に加わって攻撃に参加した。
ただし、魔法攻撃はあくまで牽制…。本命は光源と癒し手の位置を調整する為である。
一方、少女が前衛に出て来た事で…。
ひかると鎖弦も、いよいよ大詰めを迎えた事を悟る。
「あと一周りだけど、このまま行くよ。味方の攻撃に当たらない程度に包囲を縮めよう」
「了解した。…この距離なら避けれない。どうしても逃げたいなら、俺達の四肢を潰す以外ないぞ」
包囲を縮める際、一番の懸念である範囲攻撃は、麻夜が術式を変更した事で心配不要だ。
ならば遠慮はいらぬと、味方の射界を潰さない事にだけ注意して、ひかる達は距離を詰める。
高速で刺突し、爪の様な小太刀に持ち替え…。
インファイトに移行して、確実に葬る行動に切り替えた。
●死の御言葉
「これでチェックメイトですわ!参りますわよ!!」
「…ほっといても大丈夫なんだから、勝手にやらせておけば良いのに。元気ねぇ」
みずほはタイミングを見計らい、飛び起きる前の蝙蝠へと迫った。
超大振りの一撃は、まともな相手に使っても当たるか怪しく…まして回避型に当たるはずもない。
だが、この一瞬だけは別だ。
動きを止めた相手が、再び動き出す一瞬の隙!
目を引いて反撃される事など考慮しない彼女の猛ダッシュに…。
紫亞は苦笑しながら、蝙蝠の鼻先に光弾を撃ち込んで最後まで見守る事にした。
「…もしかして、こいつ別の意味で危険なのかしら?」
「ん?…っっと流石に虫の息だが、どうした?」
紫亞が光弾を放った後で、蝙蝠は飛び起きて空へ舞い上がる。
危うく外しそうに成りながらも、ミハイルは態勢を入れ変えて、なんとか直撃させた。
タフとはいえ、ここまでくればもう大丈夫、仮に増援が来ても余裕で倒せるというのに?
「ちょっと考えて見て。騎乗して回避・探知を向上させる天使って…、つまり脳筋じゃない?」
「ごふっ。…それは思いもよらなかったな」
紫亞の一言で、ミハイルはマッチョダンティや堕天使スレスレの残酷系を思い浮かべた。
ああ言う長所も短所もハッキリしている連中が、欠点を補ったら?
「見切りも、逃げ足も立派。でも……相手が悪いわね?」
朔羅が放つ、最後の一撃は無情にも外れる。
だがチーム戦では、状況を作る方が重要だ。
つまり、彼女が狙った本命とは…。
「そこは地獄の蓋です」
『ぱーん。…あの子は無事に柘榴になりましたかねぇ?』
「んー。何処が頭か見分けつきませんねぇ。…状況終了って事で良いんじゃないですか?」
朔羅の目の前で、避けたはずの蝙蝠の頭が弾けた。
顔に掛かる血しぶきを身代り置いて避ける…。
ソレは黒百合の放った死の御言葉だ。全ての逃げ道を塞がれた上、探知のレンジ外では逃げようも無い。
九十九はつまらなさそうに死体を確認すると、皆に依頼の終了を知らせた。
「おやすみなさい、永遠に…。でも残念だなあボクがトドメ刺したかった」
「でも、みんな無事で良かったの。怪我した人は、並んでくださいね」
「ひかるさんがメイン盾になってくださったので、こちらは大丈夫ですわ」
あーあー、終わっちゃったー。
むくれそうになる麻夜を宥めて、白兎は夜の林を駆けまわる。
狙撃手を配した川側は元より怪我は無く、みずほたち林側も問題無い。
後は空中で囮を務めたメンバーだろう。
「じゃあ順番に治療してもらおうか…。どうしたんだい?」
「造られしものの行く末など、案外こんなものなんだろうな。(…今夜は実験か、それとも何かの囮か?…いつかは俺も)」
ひかるが治療してもらいながら、物憂げな鎖弦に声をかけた。
恐るべき回避力に、高い頭脳を誇った巨大蝙蝠は物言わぬ屍と化している…。
その姿はまさしく、忍の末路。
口の中の言葉を飲み込んで、鎖弦は最後に一言だけ付け足した。
「何でもない。別班に連絡を入れて帰還しよう」
今夜は全員無事に帰れたのだ。
ひとまずは、それを祝うとしよう…。