●厄介な敵
「うーん。厄介な……」
「…そう?にんぎょうあそびは、すきよ」
時が過ぎ、月は既に眠り始めた。
山の稜線に消えゆく月を眺めて、桜井明(
jb5937)は星空に違和感を感じられない事に…少しだけ焦りを覚える。
そんな彼の言葉に、コクリと首を傾げて少女は白い息を吐く。
柘榴姫(
jb7286)は肉球手袋から白い指先を引き抜いて、ハァーっと息で感触を確かめたのだ。
「お人形さんか?確かにそんな感じのディアボロらしいが…。まあやりかた次第だろうさ」
「そ−ですねー。こう見えて星座って好きなんですよねぇ。近くまで行けば判る事もあると思いますよ」
寒空にマフラーを巻き直したりコートを締める仲間達が、それぞれに感想を述べる。
正面からぶつかるばかりじゃ戦闘じゃないぜ?とルナジョーカー(
jb2309)が不敵に笑い、三善 千種(
jb0872)は隠れてしまっても見つけてしまえば良いと告げた。
ここには様々な能力と、戦法の仲間が居る。全員で一つの脅威に立ち向かえば良いのだ。
「それもそうだな。僕は僕の方法で手伝うとするよ。…時間か、では手はず通りに」
「僕も上から照らしますね。早く倒して、みんなで星を見ましょう」
明も笑うみんなにつきあって笑顔を浮かべ、手は拳を握り締める。
子供と同じくらいの子たちが前線で戦うのだ、自分が戦えないハズは無い。
自分も前に立ちたいが、共に立つのではなく、死なせない様に配慮するのが彼の戦いだ。
クロフィ・フェーン(
jb5188)はそんな彼の気持ちに気が付いたのかしらないが、ぶかぶかのフードを跳ねあげて微笑む事にした。
アウルの輝きが、艶やかに彼女と羽ばたく翼を照らし出す……。
「予定通り布陣したよ。そのまま抜けて、後方で一般人の誘導をお願いっ」
「了解した。だが油断するなよ、連続攻撃は威力が軽めだが、傷次第で少し重くなる」
「…厄介な相手ですね。ですが対策はありますので後は任せて下さい」
さて、被害が出る前になんとかしないとね。
キイ・ローランド(
jb5908)はパタンと繋いだラインごと携帯を閉じて、廃工場の敷地から歩き出した。
間も無くやって来る先遣の撃退士達が、敵を引き連れてやってくるからだ。
同じく話を聞いて居た鈴代 征治(
ja1305)は、聞いた話から、大凡であるが相手のタイプを想定する。
ワントップ戦術なのは来る前に判っている、今の情報で導きだされるのは…。
「継戦仕様の回避阿修羅と行った所ですね。連続攻撃も瞬殺用ではなく、消耗を誘う撲殺用なんでしょう。その欠点を援護型が補う訳です」
「そっか、なら今回は守るより攻めるべきかな。じゃあ張りつくとして、んー、たまには剣を使うのもありかな?」
「良いんじゃないかな?足を止めるのは交代でやれば良いんだしね。……連撃か」
阿修羅の奥義と違って無数のジャブを放つ技。威力が半減する欠点を持ち、その欠点を別の個体が補って魔技に変える。
征治が言いたい事に気が付いて、キイは押し切ってしまえば問題ないねと遠くを見つめ始めた。
その様子に敵が見え始めたのだと気が付いて、陽波 透次(
ja0280)は何気なく…ゾクリとした物を感じる。
「(魔弾と連続斬撃…。相性は悪いけど、かわせたら気持ち良いだろうな…)」
透次の体術は大天使級だが、五連続も受けたら流石に直撃は免れない。
だが…、万が一にも自力で避け切れれば…。
かつてないスリルに、背中を走る物を感じていた。
●星の降る夜
「来たかっ。後は任せる!」
「さぁ…、こっちですよ」
『う…あァァー!』
走り込んで来た先任の撃退士とすれ違う様に交差する。
神足の踏み込みで透次が振り向くと、それだけで迸るアウルがタダならぬ存在感を醸し出す。
少女型のディアボロは、邪魔された事に苛立ち、無造作な剣閃を放った!
「悪く無いけど、このくらいじゃね」
「単発は少々怖い程度ですね。油断だけはせずに、見極め中心で行きましょう」
難なく透次は刹那の間合いで見切る。
当たれば恐ろしい斬撃であっても、この程度では態勢を崩す程の動きは必要ない。
征治は彼より数歩だけ下がった位置で、何時でも交代できるように盾を構えて置く。
「援護するから、そのままこっちへ惹いてっ!」
「気安く行ってくれるね……。とか演技した方が良いのかな?知性は高くなさそうだけどね」
「それは僕が素で言うべき台詞ですよ。まあ監視が居るなら、ここまでパッケージングしないでしょう」
キイが弓を鳴らして弦に替えると、アウルが結晶化して矢となった。
撃ちこまれるそのタイミングで透次が引くと、征治は顔色も替えずに苦笑しつつ……。
目線は油断なく、少女型の周囲から動かさない。
一くくりに完成されたこの『作品』ならば、戦闘データを採る事はあっても、監視役が居る事もあるまい。
「注意は惹きましたから、このまま引っかかってくれれば良いんですけどね」
「無理なら無理でまた仕掛けるだけ…。おにんぎょさん、おどりましょ」
征治が盾に隠した視線で動作や支援役を探っていると、不意に脇から声が掛かった。
緩急をつけた気配に紛れた柘榴姫が、ぽつと呟いて、扇を広げたのである。
舞を思わせる緩やかなの動きの後、開いたまま斬りつけるように振って、あえなく避けられた。
…いや、違う。じっくり観察していた征治の目には、扇はフェイクで、こっそりワイヤーを張ったのが見える。
かくして、…いや意図を隠して人形は形代と踊る。布石の為の偽りとも知らずに避けて見せるのだ。
『お…お…。オオオォォ!!』
「…させねえよ」
やがて苛立った少女型のディアボロが、大剣を掲げて白銀の光を充満させた。
それが雷鳴ならば間に合わない、だが、やってくるのは僅かな時間の後に現れる流星だ。
神速の剣を放つルナにとって、影に潜んだ状態から、割って入るのはそう難しい事では無かった……。
「なんだ、考える事は同じね」
「そりゃあ偽装の為に時間を費やしてますからね。合図を狙うのは常套句ですよ」
「うーん。全力状態で避けてみたかったけどね」
降り注ぐ星は三、四…と苛烈さを増して行く。
だが同時に巻き上げられる柘榴姫のワイヤー、そしてタイミングを見計らった征治の一撃。
それだけの邪魔を受けて、透次が避け切れぬはずは無い!
「へっ、こう言うのは成功すりゃあどうでも良いんだよ。さっさとずらかるぜ」
「第一段階成功…。次が本命だからね、ここで成功する事にそれほど意味は無いからね」
大剣を強打したルナがすたこらさっさと立ち去るのに合わせ、キイは脳裏に描いた得物と持ちかえながら弓を仕舞いこんだ。
代わりに取り出す刀剣を担ぐようにして、彼もまた廃工場の入り口まで後退する。
●封印!
「何か見えた?」
「ん〜。ちょっと違和感はありますけど、ここからだと…『有る』という程度ですねぇ。まあその為に普段は離れてるんでしょうけど」
短気なのか、流星の如き魔法は予想より早く解き放たれた。
後方で見守っていた明は、目を細めて確認する少女に言葉少なに尋ねてみた。
流石にこの位置では難しいのだろう、千種はなんだかおかしい程度の異常しか感じ取れない様であった。
ならば彼がするべき事は何だろう?このまま座して罠に嵌るまで待つ事か?
いいや、もう一つだけするべき事があったはずだ。
「じゃあ向こうからやって来るようだし、…こうしてみようか。目には目を。星には星をってね!」
「まっかせてー!」
「(地上に星……。予定通りなら、このあと直ぐでしょうか…)」
明が手を掲げると、その手に灯火が現れた。
それはこちらに駆け込んでくる仲間達を出迎えるように現れた光。
さながら地上に降りた星であった…。
明は燦然と輝くその光量を脇目に、ソレに負けない輝きを探し始める。
同様に天空で見据える存在が一つ…。上空から偵察する、クロフィの目だ。
『かっ!』
「くっ、お、お、……。なんとお!」
少女型の持つ大剣が星を落とした時とは別種の輝きに満ちる。
それはアウルを直接身に込める奔流だろうか?
気がつけばその姿は直ぐ間近に降り立ち、振り下ろした大剣を透次はかわしていた。
光を写す銀閃はまるで流星の剣だ、美しく残酷な死神のダンス。
右に左に揺れる虎の尾を身を捻ってかわし、振り上げる下段を半歩下がって安全圏へ…。
「……っふー。避けきれなかった。でも、もう一回見れば…」
「そんな余裕は与えませんよ。せっかくここまで呼んだんです。押し込んでしまいましょう」
地面を滑る様にすり足で歩み、最後の最後で真っ二つ!
だがその場に透次は居ない。あるのは急加速に耐えかねて何かが破れる音!
当たると思った瞬間に回避ではなく、逃げに走った透次が大きく身を下がらせたのだ。
運次第だが、次は刹那の間合いで避けて見せる!と意気込む彼に、征治はアッサリと自分の予定を切り替えた。
少女型の脇に飛び込むと、側頭を盾越しに強打する!
「入ったかな?出そうだったら何方か壁に成ってください」
「必要無いよ。…これで完遂だ!」
征治が殴りつけて廃工場の中に押し込むと、そこへアウルの塊が飛来する。
炸裂する魔力の塊は、弾けることで少女型をさらに奥へと放り込む。
同時にキイが立ち位置を入れ変えて、封鎖する事に成功したのだ。
●墜ちた星と、狩人の最後
「(…居た。入り口よりやや外側の上空。照らします)」
上空のクロフィは、他のメンバーより先にその影を感知した。
ずるりと奇妙な軌道を描いて浮遊する姿は見え難いが、落とした影までは変わらない。
自分の姿をスクリーンに周囲を写したソイツも、星の灯が廃工場の壁に造り出す影までは気がつかなかったのだ。
「見ぃー付けた〜。クラゲさん、いらっしゃーい」
「をい、見つけたって…。そっちもか。合わせんぞ!!」
やや遅れて千種にもその異常さがハッキリ判った。
擬態のスクリーンは同時処理できないらしく、見知っている星座が二重に移るのだ。
蠍からオリオンは逃げ出すというが、流石にこれには噴飯ものである。
仲間から伝心されたらしいルナは、同時に声を上げた千種に苦笑してアウルを手に集中させ始めた。
「よくもこの寒い中、藪に籠らせたり全力疾走させやがったな!カッ飛びやがれ!」
「星は好きですけど、星みたいなディアブロは嫌いなんですよねぇ。趣味に合わないので殲滅しちゃいます☆」
どっちみちディアブロはまぁ殲滅するんですけどね☆
ギリシア神話に置いて、優秀な狩人オリオンの末路は決まっている。
蠍から逃げ出した処を、月神の一撃で葬りさられるのだ。
ルナの放った猛烈な火花が、千種の呼び寄せた神の刃が…。
工場の巨大な入り口全体を抉り取り……。僅かに残った硝子を粉砕して行く。
「みんな、頑張ってくれよ……っ!」
「(このまま残りの敵位置を固定しています。残敵を掃討してください)」
いけ、いけいけっ!
逸る心を抑えつつ、明はクロフィと共に灯の位置を動かした。
同時に傷ついた仲間を癒すべく、少女型を抑えているメンバーに治癒法術を飛ばす。
クラゲのようなディアボロは、スクリーンを写して潜伏するのだが…。
クロフィが放った光の矢、そして紅い灯明が隠遁など許しはしなかったのである。
『ギギィ…!?』
「余所見とは余裕だな?…生憎とその技はもう見飽きた」
「私たちは一人じゃないしね。誰かが阻めばそれでいいのよ」
援護が無いとようやく気が付いたのか、足止めを受けていた少女型は入口へと奔る。
だがそこに割って入ったキイの一撃が、跳ね飛ばして元の位置へと押し戻した。
エンチャントさえなければ所詮軽い一撃だ、何発か直撃したが柘榴姫の張った魔力の網でキイの喉元には至れない。
●戦いの終わり
「ピンチみたいだね。さっきの目晦ましを放ってみるかい?」
「まあ何をやろうが、タネが分かればなんとかなります。スリルのある攻防を味わいたいなら申し訳ありませんが…」
ここまでくれば、もはや勝利の天秤はどちらへ傾いたのか明らかだ。
この場で打てる最善手を想像しつつ、透次は片眼を閉じて閃光に身構える。
目晦ましが来ると判っていればどう言う事は無いと、古刀で切りつけ、あるいは符を張りつけ押し込んで行った。
そんな彼が何を望んでいるのか想像しつつ、傷など無いような勢いで征治はつれなく最後の一撃を放つ。
「これで終わりだ!!」
「……っ。こっちもかな!」
「逃がさないよーだ!」
征治の斬りつけた袈裟がけの一撃をディアボロが回避した瞬間に、逆方向から別の一撃が舞い降りる。
切り上げるでは無く、舞い降りる…。
二重に写す鏡の様な斬撃が、ディアボロを少女の骸へと造り変えた。
ほぼ同時にキイが背中に降り注ぐ流星を受け止めて、逆に千種が最後のクラゲを撃ち落とすのは同時である。
戦いは、ここに終了したのである。
「これだけ星がきれいならもっとゆっくり見たかったかな」
「月夜の星空も綺麗だな?あの線なんて見てみろよ、光の弓って感じだぜ」
紅い灯明を消して、クロフィが星空を見上げた。
戦いに追われてジックリ見る事が出来なかったが、星と虫の声が造り出す光景は…。それは見事な物であった。
そんな彼女に月も悪くないぜと、ルナは山の稜線に消えゆく月の淡い光を指差す。
「あれだけの戦いの後によくもまあ……。覚悟が違うのかな」
あれだけシビアなタイミングの激戦の後で、もう笑って星空を見上げている。
明はいつ誰かが重傷になるのではと、ヒヤヒヤしていたものだ。
いや、メンバー次第、作戦次第であり得た未来である。
もし、これが別の依頼に参加する家族で有れば…と、明は思わざるを得なかった。
「……強く、なりたいねえ」
「いつか…なれるんじゃない?」
そんな時に、守りきれるようになりたい。
切に願う彼の隣で、柘榴姫は思いついたように呟いた。
だって何も無かった自分に、待ってくれる人が居るのだ。
強くなるくらいは、きっと簡単な事であろう。
あとは強くなるだけか、それとも今の気持ちを忘れないで居られるかだろう。
気がつけば星明かりが過ぎゆく夜に、戦いの痕は消え去って行った。