●いざ、天使の領域へ
「早くこの島を島の人たちに返してあげたいね」
「うん。少しでも島の奪還に近づきたいな…」
種子島南部の要衝、種子島宇宙センター。
この地を守るべく、撃退士達は出発を開始する。
新たに一同へ参加する川澄文歌(
jb7507)は、木嶋香里(
jb7748)から今までの詳細を尋ねた。
「酒守さん、それもですか?」
「うん…。慣れて無いし、少しでも見つかり難いかなってって」
香里が全員の靴底に皮や布で調整していると、隣でガサゴソ。
身につけた装飾品を外すだけでなく、酒守 夜ヱ香(
jb6073)は服や靴の光物を覆い始めた。
この日の為に調達したパーカーやスニーカーなどを更に加工し、隠密性を少しで良くしている。
「そうですね。私たちは素人同然ですし、少しでも確率を上げましょうか」
「やれることを、やれるだけ、ね。…少し怖いけれど、頑張ってみましょうか」
納得した様に香里が呟くと、神埼 累(
ja8133)も同意して地図をもう一度検討し始めた。
敵情報は当然として、どこから…場合によっては船で上陸すべきかなど…少しでもより良い方法を検討する。
「(…やれる事を、やれるだけ…か。そうだよね)。うん。しっかりと敵の領域を見て、もし倒せ無くとも次に繋がる情報を得たいな」
「できる。この手の行動はいかに賢明な選択肢を採れるかだ。才能に任せて迂闊な行動をする方が余程危険だ」
夜ヱ香の何気ない呟きを拾って、何 静花(
jb4794)が言いきった。
それは彼女を励まそうというより、自分にも言い聞かせているようにも思える。
だが弾の飛ばない所に居れば当たらない様に、敵が居る場所を避ければ、それだけで発見される可能性自体が減る。
そして外延に居る敵の個性自体は掴んでおり、余程の事がなければ見つからないはずであった…。
「優先順位は判って居るな?」
「内部の敵殲滅、というよりデータ収集、の心算で行きましょう。何時かは誰かが対峙する個体でしょうから」
静花の確認に、水屋 優多(
ja7279)は当然のように応えた。
もちろん、私達が倒せればベストなんでしょうけど …。と彼の恋人や友人たちの腕前とつい比較してしまいながら…。
それを言っても仕方の無いと僅かな逡巡を飲み込んだ。
●深く静かに、進軍せよ
「今は見逃すとしても…。状況自体は、ここで何とかして食い止めておきたい所ですね」
「そうね。この後の戦いで一矢報いて、それで終わりじゃないものね。焦りは禁物、よ。…難しいけれど」
通り過ぎる甲冑型を見送って、撃退士たちは民家に姿を潜める。
巡回を見つけた水城 要(
ja0355)に答えながら、累はこの地域を教えてくれた子供達に小さな感謝。
あの子達の為にもやらなくちゃね…。と地図上のルートを見返した。
「話し通りなら、暫く何も来ないはずだけど…。精霊型の通らないルートまで、案内をお願いね」
「偵察は任せるのでござる。透過と蜃気楼で抜き足差し足でござる」
累は携帯越しにルートを表示させ、先を行く仲間に道筋を示す。
描かれた矢印と周囲にある目印を照らし合わせたエイネ アクライア (
jb6014)は、指で印を切る仕草をやってからお茶目に先行した。
すっと壁越しに消えゆく彼女の姿を、無事で居てねと皆で見送る。
その後は数人ずつに別れ、何かあっても急場へ駆け付ける事が出来ないからだ。
「(おっけーでござるよ〜)」
「良いみたいですね。この作戦がゲート作成への牽制となれば良いのですが…」
「難しいけどやり遂げようね。宇宙センターは沢山の人が夢と憧れを持って集まり、作り上げた場所なんだから」
こっそり〜と頭だけ出して道から様子を窺うエイネは、道を進んでいるはずの仲間では無く…。
手はず通りに樹上に向けて軽く振って合図。
そこには要が樹上から視認し、別角度で見張りを務め甲冑に見つからない様に連していた。
夜ヱ香は彼に促されながらも、最初の実戦を控えた緊張と向き合い始めた。
種子島で暮らしている人たちの営みを守る為に…。
「(…山間に、住民が残っているでござる、な。どうしたものか、悩むでござる。っとご指示をくだ、され…)」
「メール…?判断は難しいけれど、接触してみましょうか?」
「できれば新情報を入手したいですよね」
暫く後、甲冑の集団を避ける為に迂回して、山間部に差し掛かった処でメールが届く。
先行するエイネが打ちこんだ情報によると、猟師か茸の養殖家か判らないが人が棲んでいるという。
周囲の数軒が逃げ出しているだけに用心は必要だが、聞くだけ聞いてみようと累と文歌は話を全員に通した。
「これで大丈夫だとは思うけど、気を付けてね香里ちゃん」
「大丈夫。相手は人なんだし…傷つく人を少しでも減らす為にも頑張らないと…」
「では、念の為に後をお願いします」
万が一、見張りが居ても大丈夫。
そう言って文歌が陣を描くと、周囲から天魔の気質が退散する。
親友に礼を言って香里は先行すると、住人を尋ねる為に優多たちと共に結界の中を進み始めた…。
「申し訳ない老大人。撃退士なのだが、少々良いだろうか?」
「もし見張りが居るとしても大丈夫です。今なら漏れる事は無いと思いますけど…」
「…あんたら助けに来てくれたんかね?わしゃあ好きで此処に残っとるんよ。悪いが婆さんたちとの思い出がのう…」
静花たちは、素早く周囲にカメラやマイクが無いかチェックし話しかけた。
救助と勘違いした老人は首を振っていたが、香里の話を聞くと知っている話を教えてくれた。
そこで聞いた新しい話とは…。
●テストケース
「そんな所で見たんですか?しかも、変だった?」
「おお。お供に西洋鎧を連れとってのう、前を歩く奴が時々止まったりすんで、よう覚えとるよ。ババーン言う大砲には近寄りもせなんだが」
「取り巻きが居るのは面倒だが…。前方のみとはいえ相手の能力が雑魚を巻き込むのは朗報だ。壁を排除せずに済む」
山を歩いて生計を立てているという老人は、巡回するように山間を歩く連中を見かけたと教えてくれる。
銃弾の音が聞こえたので見もせずに逃げ出したという甲冑型と違い、こちらは蛇の髪に至るまで姿を見れたという。
「感謝する老大人。甲冑型と出逢わずに済んだと言うだけでもありがたい。…さて、どう考えた物か、推測だけなら幾らでも出来るがな」
「勘違いかもしれない。と思う事でも気が付いた事はどんどん記録していきましょう。判断材料は多い方が良いですから」
軽く頭を下げて、静花たちが老人の見送りに感謝した。
優多は書きあげたメモをもう一度見直して検証を開始する。
生憎と灼熱の精霊は位置が判らないが、相手をする気は無いので問題ない。
ここで見るべき情報と言えば…。
「それにしても…ゴルゴン前面に常時能力とは…。まさか本当に完全石化ではありませんよね?」
「流石にそれはないでしょう。前にゴルゴン型が居たという話ですけど、それとは傾向が随分と違いますね」
改めて、目標である蛇頭の女剣士に要が懸念を示すと…。
その話を受けた文歌は、種子島戦の過去記録を呼び出しながら小首を傾げる。
過去例は連携作戦の為に個別能力を有するという形だが、今回の相手はどちらかといえば逆に能力に振り回されている形だ。
「うーん。どちらかと言えば、拙者は牛頭のディアボロを思い出すでござるな。自動的に弱い石化をばらまく面倒なヤツでござった」
「…もしかしたら実験なのかもしれませんね。天使が自分でやっているのか、それとも借りているのか…」
問題なのは、その実験がどう言う意味を持つか…だ。
エイネが見たというディアボロを参考に、自分でもやってみたくなった?もっと上手くやれるとか…。
しかし、実戦でそんな事を同時にする必要があるだろうか?と文歌は奇妙な気持になる。
何しろ資料を読む限り、天使の計画は慎重で、いまさら実験をするなど随分とチグハグだ。
「種子島の戦闘が始まって以来、ラインナップは随分と特色豊かね。甲冑型が森でやっているのも演習だとすると、内部の何体かは実験の可能性が高いわ」
「実験を前線でせざるを得ない状況があるのかな?…正しいとしても、どうしたらこの情報を使えるのか判らないけど」
「今はこの情報を持って行く事、戦闘して確認する事に専念しましょう。全てはそれからです」
報告書を検索する累が、どんな個体が居たのかとメモに抜き出すと実に多彩であった。
夜ヱ香は首を傾げながら、部下が沢山いる場合は結構あるみたいだけどねーと他の地域の報告書と見比べる。
もう少しで結論が出そうな気がするが、中々でない答えに優多は一度、棚上げを提案した。
今答えを出しても利用できないし、此処で議論しても、その推測が正しいとは限らないからだ。
今は可能な限り倒す事、そして無事に情報を持ち帰る事を優先しよう…。
●人事尽くせば、後は運を天に任せて!
「発見でござるよ。もう少し離れれば、歩哨タイプと十分に離れるでござる。ここは偵察の境目…偶然ぐうぜんでござるよ〜」
「出番だね。がんばろっ(いよいよ戦うんだ。大丈夫、体は動いてる。気持ちも落ち着いてる、から)」
偵察に赴いていたエイネが、林と町の境目で蛇髪の剣士を見つけた。
今すぐ阻霊符を起動したい気持ちに駆られるが、ここで発動しては歩哨タイプに気付かれる可能性があると…焦る気持ちを必死で抑える。
戦いが初めての夜ヱ香はその間に、徐々に集中力を高め、緊張の糸が切れない様に手を握ったり開いたり…。
「…もう直ぐ歩哨の視界から見えない位置です。準備はいいですか?」
「はい、こちらからも見えてますし、全員飛び出せます。前衛のお供が止まった所で、一気に仕掛けましょう」
高い所に陣取った要が二グループのサーバントの位置を報告し、香里はヘッドセットから聞こえる仲間の声に頷いた。
携帯に用事した地図に推測上のルートが表示され、ピッピっと仮設マーカーが動いて行く。
後少し、後少し離れれば、もし情報伝達があっても時間を稼げる。
その間に倒すなり、無理でも重傷を与えるんだ…。
本来の石化より効果が弱いのか、足を止めたりまた動き出したりと、リズムが不規則で玩具の様だ…。
やがて蛇髪の周囲をウロウロしていた甲冑型が、数体同時に足を止める。
「取り巻きが…。今なら邪魔されん。先にいくぞっ!」
「はいっ!」
「援護しますが気を付けてください。今回レートを傾けてますから、多分防御対抗技は思うように効かないと思いますので」
言われるまでも無いっ。
静花は言うが早いか飛び出すと、身体の内より闘気を吹きあげて、木々の間に仁王立つ。
後から飛び出した香里と共に、蛇髪の両脇を挟めば準備は完了。
だが優多は雷電を放ちながら苦い物を感じる。
計画は順調だし効いては居る…だが敵も味方も束縛系が入り乱れ、いつバランスが崩れるか判らないのが不安であった。
「守りは私に任せてください!せっかくのチャンスだもんね香里ちゃん。確実にいけばきっと…」
「その通りよ、今は信じて援護を続けましょう。注意を引きつけながら攻め立てるわよ」
「文歌ちゃん、累さん…。ありがとう」
動ける甲冑が回り込んで来たとこへ、文歌が符を放ちつつ同時に魔力の網を掛けた。
魔力の網は、挑発していた為に集中されそうな香里を確かに守る。
その様子に息を付くと、累はデジカメを横目に効果のほどを確かめる為、種類の違う矢を次々と放ち始めた。
無理でも全てのデータを持ち帰れば良いのだ。それに順調にいけばこのまま倒せる。
後は運を天に任せて、天命の矢を放つ!
「今でござる。ここが我らの命の掛け時でござるよ、続け〜。未完成なれど、我が必殺の一撃を見よ!」
「うん判った。行って…」
ぎゅーんっと上空を制したエイネは、そのままの体勢で朱金色の魔剣を振り下ろした。
見るが良い、これぞ我が必殺の一撃。いつか天を堕す…と声を張り上げた処で、修練が足りないのか、膨大な魔力は瞬時に霧散する。
例え未完成であとうとも、全力を尽くす為に振うエイネ…。その姿に夜ヱ香も見習おうと果敢に攻撃に参加した。
掌に造り出した水分が、氷結しては連なり、手痛い傷を受けたばかりの敵へ飛来する!
「この完成度なら倒せますが…。いえ、それも含めてここで終わらせましょう」
能力も運用も荒削りで、取り巻きとの連携もなっては居ない。
放った矢に確かな手応えを感じつつ、要は焦燥を隠しきれないで居た。
例えば弓兵や援護型が増援にいたら…と考えてゾっとしながら、その可能性もとも摘み取る為に、新たな矢を抜き…。
次の樹を目指して、飛翔した。
●魔眼に挑む者
「剣圧で空や遠距離も撃てるのは面倒ですが、特殊能力は正面のみかな…。やはり正面は避けましょう」
「そうね。引きつける意味でも両脇を抑えましょう」
空へ放った剣圧を見てなお、要と累は同時に両脇より少しずつ近くへ回り込み始めた。
元々、右に左にと動いて居たのだが、相手の特性が判れば対策も建てられる。
視線の魔力はオマケであり、仲間にも及んでしまうが、取り巻きの方が抵抗力は低いようだった。
互いを射線に入れぬ様に正確に矢を打ちこんで行く。
「大丈夫ですか?」
「ん。石化していたか。不覚ではあるな。だがそう何度もは喰らいはしない」
一瞬だけ意識が飛んだか?
文歌に声をかけられた静花は、鋼糸で斬撃を絡め取った時の衝撃で目を覚ました。
そういえばこの相手と組むのは初めてだったか。と今思い出すくらいのマイペースで、再び意識を中心に気を全身に巡らせ始めた。
回転するアウルを闘気に載せて、一息に腕を薙ぎ払う。
彼女の意図に鋼の糸が乗って、肉を骨をも切り裂く刃となった!
「回復は良い。他の奴を優先してくれ」
「…無理だったら言ってくださいね」
「なんとか…なりますね。補い合う分、こちらが有利です」
流れる血をふきもせず、静花は文歌の視線に首を振った。
彼女の癒しと守りは攻撃の集中する仲間へ。
優多は彼女たちの連携に、戦いの天秤が傾いて行くのを感じた。
総合的に見て実力は同程度、ならばこちらが負ける道理は無いと躊躇せず稲妻を落とす。
「後少しなのに…。こっこっちだよ。こっちに攻撃してっ」
「大丈夫です。後一撃だけなら保ちますからっ」
「ならば拙者も前に…。いや、先に落とせば結果オーライにござる!」
敵も味方も、そろそろ限界だろうか?
そう思った夜ヱ香が、香里の前に出つつギターを鳴らして惹きつけようとする。
その瞬間、エイネが炎の斬撃を繰り出した。
剣と剣はクロスし、一瞬の差で蛇髪の剣士は崩れ落ちる。
この強敵を倒した事、見聞きした情報にどれほどの価値があるのか、今は判らない。
だけれども…。
ほんの少し、島を取り戻せる日が近くと信じたい。
一同はそう願って、宇宙センターへと帰還する。
●中種子町指令本部にて
結果報告を受けていた九重 誉は、なるほどと言った様子で頷いていた。
「確かにここで見かけるサーバントは、他地域戦線と比べて種類が多すぎる上に不完全なものも多い……これは盲点だったな」
報告に来た生徒に対し、微かに視線を上げて。
「わざわざそんなものを使うのには、間違い無く『事情』が存在する。どうやらここにつけいる隙はありそうだな」
そして満足そうに報告書を閉じると、微かに笑んで見せるのだった。
「皆にご苦労だった、と伝えておけ。予想以上の成果だ」