●調査隊、出発!
「避難してるみんなのためにも、頑張って調査するね…」
「いってらっしゃーい」
調査拠点である避難所を後にして、一同は南下し始めた。
向かうは種子島南東部、天使より守り切った区角である。
見送る子供達に、酒守 夜ヱ香(
jb6073)は手を振り返した。
「いよいよ本格的な調査ですか。敵が何を考え、行動しているのか…」
中種子町を抜けて南種子町へ向かう道すがら、自然と言葉が漏れる。
目撃例のあった一番近い場所へ向かいつつ、水城 要(
ja0355)は霧の中に手を延ばすような感覚を覚えた。
たが、それは五里霧中という言葉などとは違う、霧を追い払って確たる何かを掴む為の手だ。
「狙いが絞れれば対応策も立てようがあるのですが…、まずは情報を集めないと」
「必ずや突き止めなければなりませんね。出来うるならば天魔の行動よりも早く…」
同行する水屋 優多(
ja7279)も頷いて、地図上の構図を思い浮かべる。
今は南部が怪しいというレベルだが、南西か南東か、そしてその中の何処が目標なのか…。
それを付き止めさえすれば、決して対抗できぬ相手とは要にも思えなかったのだ。
「このまま固まって居ても仕方ない。私らは山に向かう」
「山かあぁ…。面倒だけど仕方ない、なんとか探り出してくるとしようかね」
「こちらは天使やシュトラッサーの目撃例を追って行きます」
いよいよ南部へ差し掛かった処で、何 静花(
jb4794)とヒロッタ・カーストン(
jb6175)が別れを告げる。
ここからは共同で地区を埋めつつも、ツーマンセルで一気に南東部を駆け抜ける予定だ。
山間部を抜ける彼女たちを見送って、優多たちは家屋の方へ向かい始める。
「そうか町の方は任せた」
「お互いですが、くれぐれも無茶は禁物ですよ。少しずつ捜索範囲を狭めていきましょう」
振り向きもせずに山道に踏み居る静花へ、要が声を掛けると軽く手が挙がる。
向かう先は人間の領域とはいえ、何が待ち受けているか判らない旅の始まりであった…。
●先を制する為に
「…えっとソレは何のラインです?」
「後手後手に回ってきましたが、ここらで一つくらいは先手を取りたいと思いまして…ちょっと小細工を、ね」
白地図に書き込むラインが、少しだけ多かった。
良く見れば、前に回った場所も同様に余分がある。
これに意味があるのか、それとも蛇足なのか木嶋香里(
jb7748)は、思い切って礎 定俊(
ja1684)に尋ねてみた。
くしゃくしゃに頭を書きつつ、見つかっちゃたなぁと定俊は微笑む。
「仮に、此処の攻防戦になった場合の予想進軍ラインですよ。同じ戦うとしても、バリケードでも造れば楽に戦えるかと思いましてねえ」
「なるほど、その先を考えてたんですね。じゃあソレを活かす為にも、何にしても情報を増やさないと」
敵が向こうからやってくるとして、布陣して待ち構えるとしたらこの辺でしょう?
そう語る定俊に頷いて、香里はマーカーのある地点を眺めた。
確かにその位置に撃退士がいれば戦いが楽になるし、ポイントを絞る事で参加人数が増えればもっと戦い易いだろう。
「とはいえ、奇襲もあります。相手に振り回され無い為にも頑張らないと…」
今は少ない常駐メンバーと帰郷している出身者を除けば、事件に対応する形で少数が派遣されているだけだ。
中央の認識は、あくまで地方の天魔騒ぎが大きくなった程度なのかもしれない。
本格的に討伐出来る人数を要請する為にも、最低でも今いる人数で守り切る為にも、調査が有益である事を祈った。
「それにしても、敵の思惑ってどんな物なのでしょうね。手堅いのは判るんですけど…」
「あー、それね。状況が完成の為に万全で無いからか、今のまま完成させたくないからかな」
香里はそのまま地図に目を写し、盤上の駒を見るがごとく相手の手を推測し始める。
それに対して定俊は、天使が最初に上陸したと思わしき地点から指を動かしだした。
左側をスムーズに、右側を足踏むように…。
「意図を隠したいのか、向こうにも詳細が判らないのか。同レベルで進軍した為に、南東は撃退士が居た分だけ侵攻に失敗したんです。だから…」
アイデアを書きとめたメモの中から、あったあった…と誰かの意見を取り出す。
そこには…。
「南西や南東だけじゃ意味がないかもって?」
「あくまで可能性の話よ?古代なら遺跡の両方とか、新技術なら鉄砲伝来と宇宙センターとか。対になったり、能力的に一つだけじゃ意味がないとかね」
小首を傾げる夜ヱ香に、神埼 累(
ja8133)は簡単に例を示した。
町にゲートを開いた方が早いが、複数揃えれば効率が上回るような場合もあるだろう。
関連性が無かったとしても階級もちの強力な天使なら、近くに有れば同時にゲートに含める事も出来る。
「なるほど。仮にこの天狗岩なら、単独でも面白いけど、天狗の紐が何処かにあったら凄そうですものね」
「そんな感じかしら?理論として正しいかは天使に聞くしかないけど、この際だから比較検討する為に、私たちなりの視点を持って置きたいと思って」
天狗って、存在するんだっけ…?
ふと、本当に天狗が居るのかな、もしかしたら昔の天魔かも。
なんて考え夜ヱ香も考え始めた。
理屈として正しい必要は無いのだ、目撃例などと合わせて、狙われていそうな場所を比較出来れば良い。
怪しいと推測した場所が間違っていても困るので、検証材料は一つでも多いの方が良いと塁は呟いた。
「天魔がどう出てくるか分からない現時点では、どんな情報が核心に繋がるかわからない…、わ」
近くが駄目なら遠くの目…。島の住民では当たり前だと思っている事を、他人だからこそ見える事もあるかもしれない。
いずれにせよ結論を出さねばならないのならば、可能性は少しでも高めて置きたかった…。
●偵察の意味
「向こうに家が見えて来たけど、聞きこんでみる?」
「そうだな。まずは聞き込み、あたりをつけないとな」
山間部を抜けて、ヒロッタは山間に幾つかの家屋を見つけた。
額にしわを寄せてデジカメの画像と格闘し始めた静花の肩を叩き、あそこに行ってみようと促す。
見れば何人かの農夫たちが作業を行っている。
「申し訳ない老大たち。あれは何?」
「ああ、あれは先月だったかその前だったか、びゅーって大きな何かが飛んでったよ」
「でっけって、こんくれえか?なら儂んとこで見たのとおんなじかもしれんねぇ」
静花が木々が抉れた場所を老婦人に尋ねると、同じ組合だという別の農夫がジェスチャーを交えて乗って来た。
なんでも突風に紛れて、巨大な何かが通り過ぎたとか。
農夫たちは昔からの妖怪話とか見間違いかも…とか言いつつ、最近話題の天魔ではないかと恐れていたらしい。
「サーバントかな?」
「だろうね。単独行動の精霊型として…。こんな人が居ない所なんて怪しすぎる。偵察として、何を調べて居たか」
人間ならば珍しい山菜が取れるとか、人間や税金が嫌でとかも有りえるが天魔ではありえない。
進軍ルートを確認に来たのか、それともパワースポットであるかを計測に来たのか?
静花は少しだけ考えた後、託された通信装置に手を伸ばし連絡を取り始めた。
「風が強い尾根沿いで、何軒か風霊型サーバントを見たそうだ。もう少し調べてみるが、そちらはどうだ?」
「…こちらは池や岬で水霊型が、一回だけの物と数回に渡る物がありました。一旦出てきて。それ以後目撃情報がない…という地域は、外れの可能性が高いかと」
静花が連絡を取ったのは、証言を集めやすい地域の仲間だ。
連絡を受けた優多は、端末に入力したデータを読みあげつつ、分布に静花達の報告も付け加えて行く。
彼女や他の仲間達の報告を照らし合わせれば、敵が一応の確認で寄越した物と、重視している場所が区別出来るだろう。
「何さんたちからですか?」
「はい、あちらも精霊型を見かけたようです。頻度は改めて尋ねるそうですけど、…やはり天使の方も捜索中の可能性が高いと思います」
要の確認に、優多は頷きながらデータ入力を開始した。
風の精霊型が風の気が強い場所で、水の精霊型が水の気が強い場所で活性化するのであれば…。
それらを利用して、偵察行動に紛れて天使側もパワースポットを捜索中ではないかと言う案を提示する。
「相手も南部が有力候補くらいで、今いる所は単なる前線基地とか…もしくは、種子島全体を支配する必要があるとか」
「その可能性がありえる…。で留めて置きましょう。全員の報告を集めた上で、考え方をリセットして見つめ直すべきです」
昔から、土地には龍脈だとか力を持つ土地の話がある。
童話めいたオカルトでも、近代風水に置いても似たような話に枚挙のいとまがない。
マイナスイオンとかは人間の都合にしても、何かあるのではないかと言う優多に待ったが掛かる。
要はその案に一理ある事を認めた上で、複数の見地から見るべきだと告げた。
「そうですね。『紛れの一手』の可能性もありますし、天魔が何度も訪れた場所が怪しい。その上で…として置きましょうか」
そう言いながら、優多はとある場所を思い浮かべていた。
天魔から守り切った場所、そして何度か目撃例の有る…。
●目標の集約、そこは…
「結論を出す前に、甘い物と紅茶はいかがですか?」
「いただくわ。深呼吸して、頭の中も空気の入れ替えをしなくちゃ、ね」
臨時の作戦ルームに香里が用意した紅茶と蜂蜜漬けのレモンが並び始める。
塁たちはその温かさを感じつつ、考えを落ち着かせ始めた。
誰もが報告書に目を通した時に、浮かんだ考えが消えなかったからだ。
「一度だけの目撃例は進軍ルートの確認として、これが何度か目撃のあったラインになります」
「これが南西部外苑で確認された天使側の戦力です。密度を考えると、隠れながら少しずつ戦力を集めているのでしょうか?」
説明を始める優多に合わせて、香里は画面上に赤ラインと赤い駒の絵を配置した。
移動ラインと、戦力が幾つか重なり始めて行く。
無関係そうなラインと駒は少し薄い赤に変化し、重要そうな物を鮮やかなまま留めて…。
「幾つか調べてみたけど、オカルト的な物と、近代的な物を両方上げて見るわね。その中で密集している箇所が何箇所かあるわ」
「あっ。重なって来た…」
「断言は禁物ですが、敵の密度が高い位置から一番近い場所も『ここ』ですねえ。現時点で怪しいとは思います」
塁が古代の遺跡などを白枠で、中世以降の工事関連を黒枠で囲む。
全員の報告例や案を踏まえた上で、定俊は画面の地図から幾つかの目撃例がある場所を明るく残し、殆ど無い物を暗くしていくと…。
やがて一つの場所が、何重ものラインや枠で囲まれているのが判る。
それは天魔の目撃例が重複し、日本の科学を代表する場所の一つであり、周囲にスポットを持つ場所でもあった…。
「種子島宇宙センター…。『ここ』の事だよね?天魔は、宇宙に行きたいと思ったりするのかな…」
「それは判りませんが、この周囲に力を持った地脈があると知って、昔の人も港などに利用していたのかもしれませんね。天魔に影響する力に、人間が影響されないとも限りませんから」
ポツリと、小首を傾げて夜ヱ香が疑問を抱いた。
優多はそれを否定せず、力を持った土地の力に人間も影響されて、宇宙への扉を開こうとしたのでは?と言い替える。
この土地には、人が何かをしたい、何処かに行きたいという気運が満ち溢れているのだろう…と。
「それに今では…多数の避難者がおられたり、種子島の希望の一つですから」
「ふむ、豚は太らせてから喰え。と良く言うな」
「なるほど、土地の力に加えて感情のエネルギーが集中…。時間を掛ける価値、あるいは急がない理由にもなりますね」
誰も居なくても勝手にエネルギーが集まってくる土地へ、プラスして人が沢山集ればどうだろう?
人を追い込みちょっとした町になってからゲートを開けば、確かに効率良いかもしれない。
優多の話を聞いて静花は納得し、要は自分の考えを補足し始めた。
「撃退士の中には天使と戦える猛者も多い。迂闊にゲートを開いて逆襲されるよりも、防備を強いてからの方が万全という事かもしれませんね」
「加えてだけど、天使の方にも不備があるのだとしたら、確かに今の段階で急ぐ必要はないと思うわ」
要の案に相乗りして、塁が自分の案を上載せる。
最初から実行できるなら、陣容を厚めにして南部全てを抑える戦力を投入すれば良いだけの話だ。
対になる土地なのか儀式なりアイテムなのか判らないが、敵にはまだ足りない物がある。
そう考えれば、軽々にゲートを開くのはむしろ危険だろう。注目を集めれば人も冥魔も狙い始める。
「と言う事は必要な物全てが入った段階で最終段階に移行し、増援を呼んで、種子島全土を手中に収める。…という感じでしょうか?」
ゴクリと、結論を出した香里自身が息を飲む。
無理もあるまい、今、この瞬間に届いたのだ…。
天使が企み、冥魔が横から奪おうとする計画に、人の手が追いついた瞬間であった。
●ターニングポイント!
「じゃあ早速、この話を上に持って行こう」
「待て。良くできた外れ籤の可能性もある。まずは反証検証からだな」
「…天使側は慎重な様ですしね。振り回されない為には、確かにその方が安全ですね」
誰かがガタリと立ちあがった時、誰かが制止の声を上げた。
静花が腕を組んだまま、思い至った結論が用意された罠ではないかと注意を促したのだ。
それもそうだという話になって、香里はティーカップを片つけて新しい地図を取り出した。
「そう言えばあそこににも行ったよね、目撃例の有った吉助橋や水天の碑。あれを人力で工事したってことだよね…。昔の人って、すごいな…」
「風水的に整えた場所?そこ確認しつつ他の場所を狙う…。確かに可能性はあるわね」
「進軍コースと仮定して…。中種子町を占拠するつもりで、宇宙センターよりに置いて居るという辺りですね」
夜ヱ香が地図に映った場所を指すと、一緒に行った塁が頷いて可能性を考慮した。
それを受けて要が相手の思考を推測し、代案と言うべき作戦を考えてみる。
南種子町・中種子町までを手中に収め、人を集めてからパワースポット込みでゲートを作るという物だ。
「ありえますけど、冥魔が漁夫の利を得易いと思います。裏で取引してるなら、この案が大本命ですけど」
「じゃあやっぱり宇宙センターの路線で、防衛戦準備の話を上げようか。中種子町の方にも警告は必要だけどね」
ありえる話ではあるが…。
天魔の反応を見る限り、裏で手を組んではいなさそうだと優多が否定した。
もともと敵同士で人を舐めている連中だ、そんな状況で損を引き受けるとは思えないか。
定俊も頷き、来るべき天使の大侵攻に備えようと締めくくった。
さあ、ここからが逆襲の時である!